『孤狼 刑事・鳴沢了』

↓出先に在って、持ち出した本を読了してしまったことから、書店に立寄って入手してみた一冊だ。夢中になった。最近、順次読み続けている、少し知られているシリーズの第4作である。

孤狼 刑事・鳴沢了 (中公文庫 と25-48) [ 堂場 瞬一 ]



↑基本的には主要視点人物の第一人称で綴られる物語だ。何処か外国の探偵モノを翻訳している文章を想う。詩情が在る街の様子の描写、事態の中での主要視点人物の想い、周囲の人達との協力や対立、やがて明らかになる事の真相と、非常に読ませる物語だ。

物語は、或る男の遺体を見詰めているかのような人物の様子という描写が在って、以降は主要視点人物の第一人称というように綴られている。

青山署で刑事課に異動していた鳴沢了は、窃盗常習犯の取調を行っている。当直中に出動して逮捕したという男である。逮捕され、刑務所に入って、出てからまた逮捕ということを繰り返しているような男だ。取調には応じて色々と話すのだが、余計な御喋りが多く、鳴沢は少し疲れるような感じだった。

そういうことをしていると、本庁の理事官が緊急に招集を掛けているという話しが伝わった。特命事項で直ちに集合場所へ向かうようにということだった。取調べを別な捜査員に交代し、鳴沢は指定された警察署へ急いで向かった。

鳴沢了の他、別な署の今敬一郎という捜査員が招集を受けていた。2人を招集した沢登理事官の指示は、自殺と思われる状況で刑事が死亡した他方、近くに居たと見受けられる別な刑事が失踪してしまっているので、その失踪してしまった刑事を探し出すというものであった。極秘任務というようなことで、鳴沢と今とは方々の応援を受けられるのでもない中で、懸命に訊き込みを続けて、自殺したと見受けられる刑事や失踪した刑事の謎を明かそうとするのだ。

こうして辿り着く真相は如何に?という訳だ。

今作で鳴沢の相方となる今が面白い。通路を塞いでしまうように幅が在る体型の巨漢で、食事の心配を何時もしているような大食漢である。話しを聴く、大事なことを訊き出す、話して説くというようなことも得意だが、少し変わっている。静岡県の実家を継ぐので、何れ警視庁を退くとしている。実家というのは寺で、今は僧侶になるというのだ。この今が、鳴沢と好いコンビニなって行く。そして思い掛けない方向に進んでしまう事案で共闘するのだ。

今作には第2作で鳴沢の相方だった小野寺冴が登場する。警視庁を退いてしまい、私立探偵として活動しているということで鳴沢の前に姿を現す。鳴沢が協力を依頼するという部分も在るのだが、小野寺には独自の強い思い入れが在って、鳴沢が取組む事案に絡まっている感じだ。

鳴沢の好い相方になる今との共闘、そして小野寺が協力し、何やらとんでもない事柄に立ち向かうことになって行く。本当に眼が離せない。御薦めだ!

『歪 捜査一課・澤村慶司』

↓頁を繰る手が停められなくなり、素早く読了に至った一冊だ。

歪 捜査一課・澤村慶司 (角川文庫)



↑少し前に読了した作品のシリーズで第2作である。途中に前作の件への言及が在り、1年半程後の出来事ということになっている。

本作に関しては、何か「映像作品的」というように感じた。第1部、第2部と各々の視点人物の目線で綴られ、第3部は両者の目線の部分が概ね交互に積み重ねられて展開するのである。

第1部は犯罪を犯してしまう側の目線になる。日向毅郎という大学4年生である男が動き、その時点へ至る迄の回想が交じる。そして高校の同級生の井沢真菜と出くわし、行動を共にして行く。

第2部は2人の犯罪の結果に直面する捜査員の側の目線になる。捜査一課の澤村慶司の目線となる。或る夜に事件で出動し、とりあえずその件の仕事が段落し、終電時間帯を過ぎた辺りになってしまってファミレスに入っていると、別な事件でまた現場に向かうという様子である。そういう中で2つの事件の捜査が進む。

第3部は逃走を図って動き回っているという日向毅郎と井沢真菜を、澤村慶司達が懸命に探し、身柄を抑えようとする展開だ。動き回る日向の目線で綴られた部分、彼らを探す澤村の目線で綴られた部分が概ね交互に積み重ねられる。

本作の題名の「歪」は何か暗示的だと思う。何処か歪んだ人生から罪が産れてしまい、それから逃れることを試みているが、「この人に話しを聴くしか無い」という事件現場の状況で、警察の捜査員達は行方を追うことになる。そういう状況にある2人が出くわし、行動を共にするという不思議な状況も生じる。こういう類の「歪」に一定の形を与えようとするかのような捜査員達の行動となる。

本作は架空の地名と、実在の地名が混在しているような中で展開している。多分、澤村慶司が勤めている県警は、神奈川県をモデルにしているのだと思う。彼に追われる日向毅郎の故郷ということになる「東北の小さな街」だが、情景や移動の様子の描写から、福島県の内陸部である会津地方か、宮城県の南側の内陸というような感じだと思った。こういう感じなのだが、逃げている日向毅郎の動きの中に東京や新潟という実在の地名も出ているのだ。

本作の物語である。

第1部では、日向毅郎が故郷の「東北の小さな街」の実家で用を足して、乗っている車で引揚げようとしている時に、高校の同級生の井沢真菜と出くわす。市の中では端と端のような感じながらも、同じ街に出ているということを互いに知る。井沢真菜は地元に一寸戻って、また引揚げようとしているとして「交通費を貸して欲しい」というようなことを言い出す。日向毅郎は「それならこの車に乗って行くか?」として、2人は車で移動を始める。そういう中、2人は御互いに罪を犯してしまったことを告白し合い、日向毅郎が思い描いた計画案で、2人で国外に逃走するという相談になる。そして移動を続ける。

第2部では、県警の捜査員である澤村慶司達が2人の罪の現場に臨むことになる。ワンルームマンションの部屋で、ベランダに置かれた箱の中で幼い子が凍死しており、室内で男性が刺殺されていた。部屋の借り主である女性の姿は無く、男性の血で汚れた衣類等を脱ぎ捨て、シャワーを浴びて着替えて何処かへ出てしまったという様子だった。その捜査が段落した後には、ワンルームマンションで異臭という騒ぎになって遺体が発見されたという話しが在り、澤村慶司達は現場に駆けつけることになった。男子大学生が他殺と見受けられる様子、鈍器で頭を殴られ、タオルか何かで首を絞めた見受けられる状態で発見された。2つの事件の捜査が始まるが、大学生の方は、特殊詐欺の“受け子”をやっていたらしいことが判る。

第3部では、計画の実行に向けて移動中の日向毅郎達が、雪で高速道路が通行止めになるというようなことで難儀する中、澤村慶司達が彼らを追う。逃走と追跡の果ては如何に、という物語である。

主要視点人物たる澤村慶司の他、上司の谷口課長、前作で行動を共にした女性刑事の永沢初美、県警のプロファイリング担当ということで澤村が少し鬱陶しいと思っている橋詰というような、前作で周辺に在った人達も健在で、各々に活躍だ。

逃走する日向毅郎と、追跡する澤村慶司という軸が前面に出ているような感では在るが、寧ろ本作は日向毅郎と出くわして行動を共にする井沢真菜が「裏の主役」かもしれない。何か余韻が深い物語だ。

『熱欲 刑事・鳴沢了』

↓かなり夢中になり、他地域へ出る場面で持ち出し、バスや列車での移動の際中にも読み進め、素早く読了に至った。

熱欲 刑事・鳴沢了 (中公文庫 と25-47) [ 堂場 瞬一 ]



↑主要視点人物の一人称の回想風な綴り方、詩情が滲むような街の描写、主要視点人物と周囲の人達の交流や来し方、次々と起こる出来事が収斂する様子等、夢中にさせてくれる要素が渦を巻いている。

刑事として警視庁に勤める鳴沢了という男が主要視点人物ということになる。警察署の1階、警務課で相談等で来庁する人達を迎えるカウンターの辺りを鳴沢了が通り掛かる辺りから物語が起る。

鳴沢が通り掛かると、60歳代位と見受けられる人達がグループになって訪れ、色々と申し立てていて「責任者を出せ!」、「署長は居ないか!」と騒いでいる。「騙された」と詐欺被害を訴えようとしている様子ではある。鳴沢は彼らに対応するようにと居合わせた署員に押し出されるのだが、グループになって「求め訴える」とワイワイ言われても御話しということになり悪い。困惑していると先輩刑事の横山が現れ、2階の会議室で彼らの話しを聴くということになった。鳴沢は彼らを会議室へ案内したのだった。

鳴沢は青山署へ異動となっていた。生活安全課に在る。グループが訪れて訴えようとした詐欺というような事案も担当する。鳴沢が主に関わった刑事課で扱う事案とは少し違う。そういうことだが、時々当直に就くというのはどの課の刑事も同じだ。夜、鳴沢は共に当直の任に就いていた刑事課の池澤と出動していた。

出動した先は、家庭内暴力の問題で悩む女性が一時的に滞在すべく、そういう人達を支援しようという団体が用意したマンションだった。そこに滞在している女性の夫が在ら阿われて暴れるという事態が生じたので、団体の関係者が通報し、交番の警察官が出て、その後に署の当直への連絡で鳴沢達が現場に出たという様子だった。

そんな一件の後、鳴沢は学生時代に1年間の米国留学をしていた際のルームメイトが来日する計画で、久し振りに会うことを楽しみにしていた。偶然にも、その友人と地下鉄駅で出くわし、祖父母の家に同道することになった。その古い友人の祖父母の家で、思い掛けない出会いも待っていた。

こうした展開の中、青山署にグループになって訪れた人達の詐欺案件の捜査が進められ、事態が進展する中で色々な事も起きて行く。「K社」と呼び習わすことになった詐欺事件の会社の幹部達を調べる中、妙な人物達との交流というような事態にも行き当たる。

こういうような中で、事態は不思議な巡り方をする。鳴沢が活動の中で出くわした人物達の不思議な関係が明かされて行くこととなるのだ。

そういうことなのだが、新潟での経緯、新たに仕事を始めた多摩署での経緯と、色々と在った鳴沢が、新たに出会った人との関係を築いて行く中で、そうした過去を乗越えて行こうというような展開にもなって行く。或いは、シリーズが長く続いて行く入口になっているのかもしれないのが本作であると思う。

勿論、本作は完全なフィクションである。が、それでも詐欺事件の会社の悪辣さが非常にリアルで、先輩の横山と共にそれに立ち向かう鳴沢が驚き呆れる様に共感する。華々しい感じでもない、一定以上に「実在する問題」の様相を踏まえたかのような本作の展開は引き込まれる何かが在る。

本作を読むと、「そして鳴沢は?」と次作以降をとりあえず読んでみたくなってしまう。

『破弾 刑事・鳴沢了』

↓第1作を愉しく読み、長く未読であったことは間違いだったと気付いたというシリーズだが、その第2作である。

破弾 刑事・鳴沢了 (中公文庫 と25-46) [ 堂場 瞬一 ]



↑地味な事案が思い掛けない拡がりを見せて行くのだが、そういう中に入り込んで行く展開が非常に面白い。

警視庁の多摩署、刑事課の資料室で埃に少し塗れながら過去の記録資料を呼んでいる男が在る。鳴沢了である。

その鳴沢了が連絡を受け、事件現場に出ることになった。現場の公園に向かうと、既に女性の捜査員である小野寺冴が到着済みで、鳴沢は「遅い」という言葉で迎えられた。

公園のホームレスが何者かに襲撃されたが、襲撃犯も逃げ、襲撃を受けた側も何処かへ去ってしまったという不思議な状況が生じていた。襲撃を受けた者が何者なのか、そして襲撃犯の正体を探らなければならない。鳴沢は小野寺冴とコンビでこのホームレス襲撃という事件を担当することになった。

こうした展開の他方、鳴沢了の状況が説かれる。前作の事案の結果、複雑な想いを抱いた鳴沢は新潟県警を退職し、学生時代を過ごしていた東京に移った。東京で仕事を探したが、語学堪能者枠という募集で警視庁に入って刑事として活動することになった。そして多摩署に配置された。が、何かよく判らない男が入って来たと相手にされず、資料室で資料を見ているようなことばかりして何ヶ月間か経ったという状況だった。

ホームレスの件でコンビを組むことになった小野寺は、色々と経緯が在って多摩署へ移動して来て日が浅い。この小野寺の事情も順次明かされることになる。

結局、多摩署の刑事課に在って、鳴沢と小野寺は「厄介者コンビ」という扱いだ。それでも2人は懸命に事案に取組む。そして襲撃を受けたホームレスが過去に携わっていたという活動のことを知る。

そうしている間に管轄内で殺人が発生する。自宅の辺りで襲撃を受けた男性が死亡したのであるが、この死亡した男性が、襲撃を受けたホームレスが過去に携わっていたという活動に関与していたということが判った。捜査本部が設けられることとなったが、鳴沢と小野寺はそこには参加せず、ホームレスの件を引続き担当ということになった。

地道な捜査で意外な真実が順次炙り出される。そして被疑者と対決する段での緊迫する展開に夢中になる。

こういう物語であるのだが、鳴沢と小野寺というコンビの出会いと交流、共闘という様子や、鳴沢の個人的な交友というような事柄も在って、なかなかにリアルに展開する。「そういうことだった?」と驚かされる展開になって行く。

何か、色々と在って「荒野」というような中に踏み出して独り歩むような感じになって行く鳴沢というのが前作から続く傾向という感じである。互いを補うように共闘する鳴沢と小野寺による「厄介者コンビ」の風情が好い。東京の多摩地区で展開する物語だが、情景に詩情が滲み、同時にクールである。

大変に愉しいシリーズで、出逢って善かったと思う。

『雪虫 刑事・鳴沢了』

↓よく知られている作品ということではあるが、これまで未読だった。そこで手にしてみたのだが、長く未読であったことは間違いだったと気付いた。夢中になって、頁を繰る手が停められなくなった。

雪虫 刑事・鳴沢了 (中公文庫 と25-45) [ 堂場 瞬一 ]



↑警察の捜査員が活躍する物語を綴るということで、作者がその地位を確立した作品ということになるであろう。この『雪虫』を嚆矢として「鳴沢了」が活躍するシリーズが展開するのだ。更に作者は幾つものシリーズを手掛けることになって行く。

2025年現在、「50年程前」とでも言えば1970年代であろう。昭和40年代というような感じだ。対して、本作にも「50年程前」という話題が在るのだが、それが昭和20年代というような感じになっている。1950年代という感じだ。多少、首を傾げたくなったのだったが、本作は2001年頃に初めて登場している。2001年頃から視ると、「50年程前」は昭和20年代、または1950年代ということになる。こういうような辺りに少し以前の作品という事実が滲むのだが、作品は概ね四半世紀を経ても全く色褪せていないと思う。

美しい情景描写の中、熱いモノを秘めた青年刑事が事件の謎と隠された事実に向き合うという感じである。

冒頭、もう直ぐ雪の季節というような頃、日本海岸をバイクで疾走しているという様子から幕が開く。鳴沢了の趣味が愛車のSRでのツーリングなのだ。そういうことをしていれば携帯電話に連絡が入る。呼び出しである。鳴沢了はそれに応じて引揚げ、仕事に取り掛かる。

鳴沢了は新潟県警の捜査一課に在る刑事だ。捜査本部を設けるような事件で捜査一課の捜査員達が活動することになったので、非番で愉しんでいたツーリングを切り上げたのだ。そして先輩刑事と共に湯沢へ向かった。

湯沢で発生していたのは、78歳で独り暮らしの老女が他殺と見受けられる遺体で発見されたという事件であった。毎朝のように姿を見掛ける老女を見掛けないと気になった隣人が様子を見に家に近付いた。施錠されていない戸が少し開いているという不審な状況だったので思い切って開けて中を見た。うつ伏せで老女が玄関に倒れていた。何かの病気で倒れたのだと思った隣人が「大丈夫か?」と老女の身体に手を掛けた時、腹の側に血溜まりが在ることと、既に死亡しているらしいことに気付いた。大変に驚き、警察に通報した。そして警察が本格的に捜査を始めることになったのだ。

この事件の捜査本部は、湯沢を管轄している魚沼署に設けられた。通常、事件発生地を管轄する所轄署に本部が設けられると、その所轄署の署長が本部長ということになり、関係者の顔合わせという意味合いも在る最初の捜査本部の会議には署長が顔を出す。今般の本部の本部長を務めるのは鳴沢署長であった。捜査本部に参加することになった鳴沢了の父である。

鳴沢了の家は、祖父も父も刑事だ。祖母も母も他界していて、鳴沢は男が3人の家庭で育った。刑事として現役であった父とは接点が少な目で、一線を退いた後であった祖父の傍で育ったような感じだ。何時の間にか鳴沢了は「刑事になる」というように考えていた。更に、「刑事に産れた」とまで思ってもいた。東京の大学を卒業した後、新潟県警に奉職して刑事になり、捜査一課で勤めることになった29歳である。

こんな鳴沢が、魚沼署の若い刑事、大西と組むことを基本にして、事件の捜査に加わる。その顛末、そして鳴沢了個人の色々なことという物語だ。

自宅で襲われて死亡した老女は、家族や縁者が居ないような孤独な暮らし振りであった。時々、祈祷のようなことをしていたという。やがて50年程前に2千人とも3千人とも言われた会員を擁した団体の代表を務めた経過が在ったことが判る。或る種の新興宗教のような感の団体で、彼女は言わば教祖だったのだ。そういう次元の古い経過と、現在の時点で進行する事件とが交差する中で、鳴沢達が真相を解き明かすことに挑むのだ。

その最中で、鳴沢の父や祖父との色々なことや、偶然に出くわした中学校の同級生だった女性との関り等、色々と織り込まれている。詩情溢れるような、それと同時にクールな雰囲気の物語が、雪が降り積もり始める予兆が感じられる寒い新潟で展開する。

非常に夢中になった。シリーズ各作品も読みたくなる。御薦めだ。

『逸脱 捜査一課・澤村慶司』

↓警察の捜査員が活躍するという感じの小説だ。その種の小説を多々送り出している作者の作品で、偶々眼に留まって入手した。

逸脱 捜査一課・澤村慶司 (角川文庫)



↑紐解いてみると少し夢中になった。頁を繰る手が停め悪くなり、素早く読了に至った。

本作は明確に「〇〇県警」というような設定はなされていない。架空の県というような感じで、街の名も架空という感じだ。他方で、福岡、大阪、京都、東京、成田空港というような実在の地名が作中に出て来る場合が見受けられる。そうした様子で、また港や工業地帯が描写されているので、何か神奈川県や茨城県というような雰囲気だと思った。そういう些か本筋を外れているかもしれないような辺りが気になってはしまったが、それはそれとして作中世界に強く引き込まれてしまった。

物語は刑事の澤村慶司の視点で綴られている。それが殆どなのだが、一部に別な視点人物が登場する短めな部分が挿入される。別な視点人物とは、澤村達が手掛ける事件の犯行を重ね、そして警察の活動を見詰めているという人物だ。この人物の正体を解き明かし、この人物を追って逮捕を目指すという顛末が綴られた物語ということになる。

冒頭、この「別な視点人物」の部分で始まる。禍々しい犯行の様子が描写される。そしてその犯行の結果である事件現場に臨んで捜査活動に着手する警察の捜査員達の様子になって、本格的に物語に入っている。

澤村は県警の捜査一課に所属する刑事である。澤村が在る班の出番となって事件現場に臨んだ。他殺と見受けられる遺体が発見されたのだ。細い線で絞めたと見受けられる状態であったが、首筋に小さなナイフが突き立てられていた。澤村はこういう様子の遺体が出て来る事件が2件在ったところで、眼前の遺体は3件目ということに思い至る。

やがて捜査本部が設けられ、澤村は所轄署の少し若い女性刑事である永沢初美と組んで活動することになった。永沢初美は生活安全課の刑事である。所轄署も投入可能な人員を全て投入する体制で捜査に臨んでいるのだ。

澤村は色々と過去の経過も在って、捜査一課の谷口課長とは長く深い縁が在る。そういう他方、西浦管理官とは折り合いが悪く、熱くなって衝突するというような場面さえ在る。そういうような中で、殺害されてしまった人物について掘り下げる。そして澤村が当初手掛けた事件の被害者だけではなく、他の2件に関しても調べるようになる。

難航しながら捜査が進められる中、澤村は研修留学経験者でプロファイリングをしているという橋詰と出会うことになる。澤村の目線で、橋詰は余り相性が好くない人物だった。マイペースに過ぎて苛立つような面が在る人物なのだ。

夏の暑い盛りという中で澤村達が奔走する。澤村達が見出す事件の真相は如何に?そして被疑者を無事に確保出来るのか?ということになって行く。

過去の出来事が契機で、何か熱い想いで仕事に取組む澤村は、何処か「一匹狼」的な、突っ走ってしまうような男である。動き易い服装が好いとジーンズを常々着用して動き回っている。個人的にはカメラ好きという一面も在るのだが、デジカメを常時持ち歩いて、事件現場や人の顔と名前を覚えると称して出逢う人の顔を写真に撮るというようなこともする。こういう少し際立った男が向き合う本作の事件は「連続殺人」ということになった。しかも、過去に類似事件が発生していて未解決で、その時に一般に報道するようなことをしていない「特徴」の「模倣」というのまで在る。何か、米国辺りの刑事ドラマのような雰囲気も色濃いかもしれない。

際立った感じの澤村に対し、真面目な若手という感じの永沢初美や、マイペースな橋詰という手近で動くような人達とのコンビネーションも好い感じだ。捜査が進み、事の真相に近付く中、次なる犯行を阻止しようと澤村が奔走するような場面の緊迫した様子、被疑者との対決等、本当に夢中になった。

2010年頃に登場した作品だという。少し以前だが、そういう古さは全く感じられない。実に面白かった。広く御薦めしたい。

『銀閣の人』

↓訪ねたことが在る場所に纏わる物語―2022年の夏に銀閣を訪ねている。―は興味が沸く。そういうことで手にした一冊である。

銀閣の人 (角川文庫) [ 門井 慶喜 ]



↑紐解き始めると少し夢中になる。頁を繰る手が停め悪くなり、素早く読了に至ったという感だ。

かの銀閣は、公式には慈照寺と称していて、相国寺の管轄下ということになる禅宗の寺院である。が、創建時は東山殿と称した。「銀閣」は後から出て来た通称である。本作はこの「東山殿」を築くことに情熱を傾けた人物を主要視点人物とする物語である。

「東山殿」を築くことに情熱を傾けた人物とは足利義政(1436-1490)である。足利義政は室町幕府の第8代将軍だ。第6代将軍の足利義教の子で、兄である第7代将軍の足利義勝が急逝したことから、弟であった足利義政が将軍となったのだった。足利義政が6歳であった頃、父で第6代将軍であった足利義教が暗殺されてしまった。そして後継者となった兄は急逝してしまった。足利義政は当時の慣例で寺に入るという予定であったのだが、兄の後継者ということに急遽決まったのである。

本作はその足利義政が将軍として成人し、色々と在って、やがて「応仁の乱」という事態になって行くというような時期から起こる。

足利義政が将軍であった頃に「応仁の乱」は起こっている。方々の大名家の後継者争いが重なったのだが、足利将軍家にも問題が起こりつつ在った。足利義政は後継者が居ないということで弟を後継者にしようとした。浄土寺の僧であった弟を還俗させた。弟は足利義視と名乗り、足利義政の後継者ということになった。が、そういうように決めて程無く、足利義政の妻であった日野富子が男児を産んだ。この実子をこそ後継者とすべきであると日野富子達は主張した。そういう波乱の予兆が強まった中で、東西の陣営に分かれた諸勢力の軍事行動、衝突が始まり、後に「応仁の乱」と呼ばれる通算10年間以上の戦乱ということになってしまう。

そういう戦乱の時期の最中、更に戦乱が段落した後ということにもなるのだが、足利義政は「東山殿」を築くことに情熱を傾けるようになる。足利義政の祖父は、その存命中は「北山殿」と呼ばれた鹿苑寺、所謂「金閣」を築いている。この祖父が築いたモノに対して、足利義政は自身が築くモノを模索するのである。

「侘び寂び」というような、何か“日本文化”のキーワードのような語句が在るが、これの「元祖」というような考え方を持つに至った人物は足利義政である。その境地に至る迄の経過が本作の物語の柱ということになる。

この時代の“将軍”というのは、言わば「王」である。その「王」としての存在感を示すには、政治、軍事、経済と様々な分野での活動ということが在るのであろうが、足利義政はその政治、軍事、経済の何れをも択ばなかった。足利義政は「文化」によって存在感を示した。そして足利義政が打ち出したモノは、現在に至る迄「和風な建築様式」の基礎で在り続けている。所謂「書院造」だ。

家屋等に関して、漠然と「集団」として屋内に在るという前提が在ったかもしれない中、足利義政は「個人」を前面に押し出すようなことをした。そこが画期的だ。そして「簡素」を演出するために驚く程の手間や経費を注ぎ込んでいるというのが「東山殿」の特徴という側面も在る。更に「寂び」という考え方には、「時を経た変化」で好さが増すというような想いさえ籠っているのだという。

更に足利義政が自身が過ごす場所として造った東求堂同仁斎の「四畳半」という建築様式は、茶室の源流となったとも言われるのだが、「室内に共に在る人達の間の関係性」を「新たな何か」にするような面さえ在ったかもしれないと本作では示唆されている。

本作は、足利義政が誰かと言葉を交わす、何らかの事柄に臨むということの他、回想や故人達との幻影を見ながらの遣り取りというようなことも交えて、「文化」によって存在感を示すことになった足利義政という人物を掘り下げた物語である。その足利義政本人の想いに加え、妻の日野富子や、息子ということになる足利義尚(第9代将軍)との想いの工作というようなことも描かれる。非常に興味深い。

『札幌誕生』

「御出身は?」とでも問われれば、自身は「札幌」というように応えるであろう。既に閉校してしまった、御厄介になった小中学校は札幌市立であった。その後、高校も札幌市内で、卒業後も暫く札幌に在った。その後は他の地域へ出ているが、それでも札幌へは年に何度も足を運ぶ、または立寄るという様子だ。札幌は自身にとって所縁が深い地域ということになる。

↓そういうことなので、本作の題名を見て、凄く興味が沸いた。加えてその作品を愉しく読んだ経過が在る作者による新作だ。

札幌誕生



↑新聞連載として発表されたモノを整理して本としたということのようだが、非常に興味深く、また勢い良く読み進めて読了に至った。

本作は5篇から成る。各篇は札幌に所縁の5人の人物を主要視点人物としている。5人の各々の物語を連結して、札幌という街が産れて育つ様を描こうという訳である。幕末期から大正期位の様子ということになる。

5人の人物達だが、事績等を或る程度承知している人物が1名、名前は聞いているという人物が2名、初めて聞いた人物が2名という様子だった。が、何れにしても本作を通じて5人の札幌に所縁の先人達に出逢えたということになる。

5人の人物達とは島義勇(1822-1874)、内村鑑三(1861-1930)、バチラー八重子(1884-1962)、有島武郎(1878-1923)、岡崎文吉(1872-1945)である。この5人が、5つの篇の各々の主要視点人物ということになる。

島義勇は佐賀鍋島家中の士であった人物で、北海道開拓に取組み始めた明治時代初めに、札幌の建設に着手した人物だ。内村鑑三、有島武郎、岡崎文吉は札幌農学校で学んだ経過が在る。バチラー八重子は有珠の村のアイヌであるが、アイヌの中に分け入って活動していた英国人宣教師の養子ということになって「バチラー」という姓を名乗った。「バチュラー」というように書く場合も在る。本作ではこれらの5人の人生、事績、生きた時代が描かれることになる。

島義勇については、札幌の小学校に在った頃に「札幌の街の建設を始めた人物」として聞いていたのだが、「佐賀の七賢人」としても名が挙がる人物で、色々と紹介されているのに触れたことも在った。(因みに「佐賀の七賢人」というのは鍋島直正、島義勇、佐野常民、副島種臣、大木喬任、江藤新平、大隈重信の7人だという。更に、大隈重信、江藤新平、大木喬任、島義勇に影響を与え、副島種臣の実兄であった枝吉神陽を加えて「八賢人」とする場合も在るようだ。)島義勇については、幕末期に箱館奉行に従って蝦夷地、現在の北海道やサハリンを訪ねたという経過が在り、本作でもそういう様子が出て来る。

本作の3つの篇に札幌農学校で学んだ人達が登場する。往時の札幌農学校は、卒業後に北海道の官署等で勤務するということで、学費を払わずとも学ぶことが可能であったようだ。内村鑑三、有島武郎、岡崎文吉はその恩恵に与っている。内村鑑三や岡崎文吉は、出身家庭の経済状況が必ずしも好くなかった中、学費が要らないようだということで札幌農学校に進んだようだ。

5人の中、「初めて聞いた」はバチラー八重子と岡崎文吉であった。バチラー八重子はアイヌ語も交じる短歌を発表し、歌集も出版されて注目されたという女性だ。岡崎文吉は土木技師で、石狩川の治水工事等に取組んだ業績が知られるという。

本作は「誕生」と言っても「事の始め」にばかり目を向けているのでもない。豊かな精神文化が育まれるようになって行く様、「事の始め」とされている事の更に以前から在る色々なモノと折り合いをつけるようなこと、大自然と向き合って暮し易いようにして行くということ等を経て、札幌が建設開始当初に意図されたとおりに「北海道を代表する街」への道筋を付ける様が描かれているように思う。

飽く迄も個人的な感想だが、最近は札幌が何やら「散らかっている?」というような気もしている。そういう中で在ったので、躍進へ向かって行く、幕末期から大正期位の様子を描いた本作が一層興味深いというように思えた。広く御薦めしたい作品だ。

『室町無頼 下巻』

↓上巻を愉しく読了し、少し間隔が開いたのだが―他の小説に嵌っていた…―下巻も愉しく読了した。

室町無頼(下) (新潮文庫) [ 垣根 涼介 ]



↑1月下旬に映画を愉しく観た経過が在った。そういうことで原案になった小説を読んでみようと思い付き、上巻と合せてこの下巻を入手して読んだという訳だ。

少年から大人へという年代の若者である才蔵、才蔵と出会う骨皮道賢や蓮田兵衛、道賢や兵衛と関わる女性の芳王子が主要な人物達であると思う。彼らが視点人物になっているが、他に才蔵と縁が在り、「土倉」と呼ばれた貸金業を営む僧兵の法妙坊暁信が視点人物になっている部分も在る。順次視点人物が切替りながら綴られ、作中の出来事が力強く動くという感じだ。

作中で取上げられているのは、室町時代の半ばを過ぎ、室町幕府の体制下で社会が変化したことを受けて起こるようになった「土一揆」である。その「土一揆」も、食料や金銭を巡っての暴動的な感じであったのだが、「武家の出であるらしい指導者」として名前が残ったという蓮田兵衛は、或る種の暴力革命のような発想で「土一揆」の先頭に立ったのかもしれない。そういう感じで少し引き込まれる物語だった。

京都に立地した幕府は、京都に出て来ている方々の大名が様々な役目を担う機構という感じになり、モノの流れのネットワークが拡がる中で銭を使うことが普及し、銭の動きのネットワークも拡がりつつあったのが室町時代だ。そして銭を集めて豊かになる人達の他方、何かの契機で社会的地位を損なう人達も発生し、天候不順による農作物の不作や疫病というような要素も相俟って、困窮する人達が目立ち、酷い格差社会になっていたという時代である。為政者はそうした状況を如何にかしない、出来ない、する気もないという様子だった。そこで社会を如何にかしようとしていたというのが、作中の蓮田兵衛ということになるのかもしれない。

「人生と共に在る社会」ということ、逆に「社会の状況故の人生」というようことで主要な人物達の様子が描かれた上巻に対し、下巻は棒術を究めるべく師匠の下で修行する才蔵の事や、一揆の企てを進める蓮田兵衛の陣営、そしてその蓮田兵衛と個人的に通じていながらも幕府の治安維持の仕事を請け負う骨皮道賢の動き、そして「一揆」とダイナミックな感じになって行く。

「一揆」に関して、本作では次々と視点人物を切替えた節を積み重ねて、巧みに攻める一揆側と、苦戦を強いられる鎮圧を目指す側との戦闘が活写される。やがて一揆側の勢力も鎮圧され、最後の抵抗と首謀者たる蓮田兵衛達の逃走の顛末に入って行く。また戦いの様子等に関連し、高い場所から眺めてみるというような描写も適宜用いられ、何か「作中の時代の京都」という雰囲気が生き生きと伝わる。それらにより、少し夢中になった。頁を繰る手が停められない感じになって行ったのだ。

「無頼」というと、何か「悪漢」というようなことを思い浮かべないでもない。が、本作では「受け継がれた地位や財産等が在るのでもない」という者が、格差社会を何とか潜り抜ける、更に才覚でネットワークを築くようなことをして想いを遂げて行こうとする様子を「無頼」と呼び、それが現れ始めた時代を「室町時代」としているような気がする。「頼るべき何かが無い」という文字どおりの「無頼」な訳だ。そして蓮田兵衛や骨皮道賢は「無頼」を代表する者達として作品の主要人物に据えられているような感だ。

「室町時代」ということになると、時代モノの小説や映像作品は然程多くなく、何となく地味かもしれない。が、モノの流れや金銭の流れが発展してネットワークが拡がる中で“格差社会”が拡がり続けているような感というのが、何となく2010年代以降の様子に通じるような気もする。そうした意味で「室町時代」は少し注目すべきなのかもしれない。

映画か契機で出会った小説だ。読了して、映画制作の話しが持ち上がるというのに大いに納得する感じではあった。若い才蔵の成長と、才蔵が見上げる蓮田兵衛や骨皮道賢の不敵な生き様という様子が、京都の街で展開されるダイナミックな戦闘と絡まるという感じであるからそう思った。広く御薦めしたい作品だ。

『室町無頼 上巻』

↓映画を愉しく観たので、原案になった小説を読んでみようと思い付いた。上下巻から成る小説の上巻を手にして、愉しく読んだ。

室町無頼 上巻



↑本作は複数の視点人物が入れ替わりながら綴られるという物語であると思う。有名な「応仁の乱」に突入する少し前の時期を背景にした物語である。

主要視点人物は17歳の少年である才蔵、才蔵と出会う骨皮道賢や蓮田兵衛、道賢や兵衛と関わる女性の芳王子だ。蓮田兵衛に関しては、寧ろ他の主要視点人物達との関りで言動が見える感なのだが、本作で描かれて行く事態の鍵を握る人物として大きな存在感を示している。

上巻に関しては、才蔵が主人公的に感じられる。完全に零落した武家の出で、子どもの頃から苦労が絶えない生き方であったが、土倉の用心棒をするようになっていた。その土倉で骨皮道賢と出くわす。連れて行かれるのだが、結局は蓮田兵衛に貰われる。その蓮田兵衛は、才蔵が独習していた六尺棒を使う武術に関して、その道を究めるべく修行をせよと唐崎に在る師匠の下に送り込む。

この才蔵の物語の合間に、骨皮道賢の動きや、来し方を振り返りながら骨皮道賢や蓮田兵衛と関わる芳王子の様子が描かれるというような様子だ。

上巻は室町時代の半ばを過ぎたような頃の世相という中で、骨皮道賢や蓮田兵衛と出会って行く才蔵や、独特な生き様の芳王子を掘り下げるようなことで、「人生と共に在る社会」ということ、逆に「社会の状況故の人生ということがじわりと伝わるような物語になっているという気がした。

また蓮田兵衛が才蔵に色々と語る場面が在るのだが、そういう場面が何か好い感じだと思った。この蓮田兵衛が未だ17歳の才蔵に向って語る「世の中」という話しは、現代に在っても「言えている…」ということかもしれない。

映画で描かれた“事態”が発生して行く前の時期というような上巻である。下巻が愉しみだ。