「五橋」とも呼ばれる<錦帯橋>…(2018.11.25)

未整理に終始してしまっていた少し前の写真を整理する時間を設けることが叶った…

↓そんな中で引っ張り出したのがこの<錦帯橋>の画…
25-11-2018 at Iwakuni, Yamaguchi pref (23)
↑右奥から左手前へ…大きな弧を描く木と石で築かれたアーチが5つ組まれている形状が少し判り易い画になっていると思う…画は少しだけ日が高くなっている頃だ…

この時は…広島に夜遅くに着き、夜を明かして早朝の列車で岩国に至り、直ぐにバスに乗ってこの錦帯橋の辺りへ辿り着いたのだった…

↓辿り着いた時にはこんな具合だった…
25-11-2018 at Iwakuni, Yamaguchi pref (1)

この<錦帯橋>は、何度でも眺めに出掛けてみたい感の場所だ…

<308>と<1702>:長崎の路面電車(2018.11.28)

↓右側が<308>で、左側が<1702>…右側の電車は画の下側、手前へ進む…左側の電車は画の上側、奥へ進む…
Nagasaki on 28-11-2018 (8)
↑長崎駅前の“デッキ”のようになっている大きな歩道橋は、何やら「路面電車乗場と道路との上の“跨線橋”」という様相を呈している…

全く初めて長崎に足を踏み入れた時…夜に至って長崎駅辺りへ到着し、駅の外に出てみてこの歩道橋を歩き「路面電車!?」と暫しぼんやり眺めたのを覚えている…爾来、何度か長崎に立寄っているが…「長崎駅前の歩道橋から行き交う路面電車が視える」という状況に、「本当に長崎に着いた」と実感する訳だ…

<ライラック>:札幌駅(2018.11.29)

新千歳空港に到着後に札幌駅周辺に出て、食事を摂って多少の買物をしてから「北上の旅路」に就くことにした…

↓夜遅くに稚内へ着く形の移動も疲れると考え、とりあえず「旭川泊」ということにして、北上開始…札幌駅のホームに乗車する<ライラック>が現れた…
29-11-2018 at Sapporo (5)
↑ホームの屋根側から適当に光も射し込む中、こういう6輛というような感じの列車が待機している様子は「様になる」というように思う…札幌駅は長大な編成の列車に対応すべく、ホームが少し「弧を描く」というようになっている…

現在の、この「高架の札幌駅」…想い起すと開業以来、随分な年月が経った…「高架」が開業になったような頃、「青函トンネル」も開業した。永く札幌駅を発着する列車の行先表示は北海道内に限定されていた。が、「高架」になって以降は「青函トンネル」の御蔭で“青森”とか“上野”という行先表示を掲げた列車も現れるようになった。そして少し期間を開けて“大阪”というのまで登場した…そんな時期には…「線路は続くよ♪」と、日本中を列車で訪ねるというようなことも夢想したものだったが…現在は「青函トンネル」が、旅客列車については「新幹線の列車が専ら」で、札幌駅を発着する列車の行先表示から“青森”、“上野”、“大阪”というのが消えてしまった…

↓そう言えば、この札幌・旭川間の<ライラック>として運用されている車輛は函館・新青森間で運用されていて、毎日のように「青函トンネル」を走っていた経過が在る車輛だった…向こうで「御役御免」となって、札幌・旭川間にやって来た訳だ…
29-11-2018 at Sapporo (7)
↑先頭車の脇に、北海道内の色々な地域をイメージしたイラストが入るようになったのだが…この編成はオホーツク海沿岸のイメージで、タラバガニと毛蟹のイラストだ…

この日は…札幌で積雪が消えていたことに驚いて少し戸惑いもしたが…列車内の席で半ば居眠りしながら北上していると、岩見沢以北で積雪が増え、「冬の北海道」という風情の中で移動したのだった…

<306>:長崎の路面電車(2018.11.28)

↓「典型的な長崎の路面電車」という雰囲気が漂う車輛…長崎駅前から諏訪神社を訪ねようとした際、諏訪神社停留所辺りで出くわした…
Nagasaki on 28-11-2018 (11)
↑若干の雨が交じる中で、軌道が敷かれた辺りが湿っていた…

この車輛は1950年に登場した<200形>の改良ということで、1953年に登場したという<300形>の1輛であるという…既に“還暦”を超えていることになる…

路面電車は細かい改造等を施しながら永く運用されるモノだと思うが…長崎の電車は運用期間が概して長い…

眼鏡橋…(2018.11.28)

長崎の街を動き回り始めると…何やら雨が交じり始めた…

↓眼鏡橋に立寄った…酷く有名な場所で、雨が交じる中でも多くの旅行者が見受けられた…
Nagasaki on 28-11-2018 (13)
↑川面に雨が落ちているのが判るのだが…それでも川面に古い石橋の姿が映り込み、“眼鏡”のような形を見せている…

橋は1634年に架けられ、1648年に損壊して再建されたという…その後1982年の水害で深刻な被害を被ったが修復されている…

この辺りに幾つも石造の橋は在るが、この眼鏡橋だけが「二連アーチ」になっていて、他はアーチが一つであるのだという。面白い!

「余りにも…」という程度に有名な場所ではあるが…長崎を訪れると「一寸、観たい…」と思ってしまう…17世紀の半ばに差し掛かろうとするような辺りから現在まで…長崎を通り過ぎた史上の人物たちが視ていたか、通り過ぎたというような場所なのである…

<ライラック>:旭川駅(2018.11.29)

最近…「○○の時のモノ…」と「少し前の写真データ」を何となく見付ける場合が、やや増えたような気がする。<X100F>と<X-Pro2>の2台のカメラを愛用し、各々でドンドン写真を撮っているので、未整理や整理漏れのデータが生じる割合が高まったのかもしれない…

「だから?」という程度の話しだが…見付けたデータを視て、「これ…好いなぁ…」というのが在って、多少嬉しくなる場合が在る…

↓札幌を発ち、旭川に着いた特急<ライラック>だ…
Asahikawa on 29-11-2018 (2)
↑「到着した!」とホームに下り立って、多少身体を伸ばし、乗って来た列車の車輛を「ここまで運んでくれてありがとう!」という気分で眺める…というようなことをするのが好きだ…そんな場面でカメラを取り出し、写真を撮りながら、列車が更に先へ向かうなら「いってらっしゃい!!」という気分で見送る…

この“電車”の列車は、札幌から北寄りへ進む場合は必ず「旭川止まり」だ…旭川以北は電化区間ではないので、“電車”ではなく“ディーゼルカー”が運用される。(細かい事を言えば、車輛の基地が旭川駅の少し北なので、“以北”もほんの少しだけ“電車”は走行可能だが…)

↓6輛運行の<ライラック>のような、少し長い編成の列車は、旭川駅では概ね3番、4番、5番、6番の各ホームを使うようだ…
Asahikawa on 29-11-2018 (3)

↓6番・5番の島式ホームから何気なく視ると、4番ホームに間も無く発車する感じの別な<ライラック>が待機していた…
Asahikawa on 29-11-2018 (5)
↑日が沈んだような頃合いで、硝子張りな側面や、車輛が出入する奥の開いている箇所から覗いている空の感じが何となく好い…

↓乗って来た列車も、折り返しで札幌方面に向かうのか、到着時には後尾だった側に前照用のランプが点いた…
Asahikawa on 29-11-2018 (8)

旭川駅のデザイン…この789系電車のような車輛がホームで待機中というような様子が似合う…好い感じだ!!

雨の夕べに…:<かごっまふるさと屋台村>(2018.11.26)

鹿児島に到着し、「少し久し振り…」と思いながら鹿児島中央駅の西口から戸外へ出た…曇っていたのだが…「雨粒?」という感じに…

そこから宿にモノを置いて一息入れ、暗くなり始めた街へ…

↓2012年以来、鹿児島へ至れば殆ど間違いなく立寄っている場所だ…これは路面電車が走っている通に面した側である…
26-11-2019 Kagoshima (8)
↑雨粒に光が反射しているような…何か不思議な状況だった…

雨交じりな中では、写真はやや撮り悪いが…敢えて撮れば、こういう少し変わった雰囲気の画が視られる場合も在る…

手水鉢の吐水口:霧島神宮(2018.11.27)

↓龍を象った吐水口…神社の手水鉢ではよく視掛けるモノとは思うが、古い由緒を誇り、18世紀の建築という壮麗な社殿を擁する霧島神宮のモノは一味違う…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (12)

鹿児島では「五大橋」と呼ばれる石橋が知られている。かの調所広郷の“改革”で捻出した巨額の資金を投じて架橋工事を推進したらしい…肥後の石工の棟梁である岩永三五郎(1793-1851)を招聘して石橋を架けたと伝えられるが、この霧島神宮でその岩永三五郎が手水鉢と吐水口の龍を造ったと伝えられているという…社殿より少し後の時期に相当する…

↓独特な趣の龍に、少し惹かれて暫し眺め入ってしまった…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (23)

薩摩と大隅の領主であった島津家に招聘され、島津家も篤く信仰していたという霧島神宮の仕事を依頼され、岩永三五郎も豊かな才能を発揮してこの龍を造ったのであろうが…この社の持つ独特な雰囲気が、何か特別なインスピレーションを与えたのか?少し個性的に見える龍だと思った…

眺望…:霧島神宮(2018.11.27)

霧島神宮は「高台」に相当する場所に在り、眺望の好い場所が在るようだ…

↓そういう場所と案内板も在ったので、一寸眺めてみた…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (29)
↑霧島神宮を訪ねた朝は、少々雲が多い感じで、空に少々面白い感じで雲が拡がっていた…が…画の左下に「独立」という感じで、山頂部が白いモノに覆われた山が視える…噴煙を上げる桜島だという…

晴れ渡って「素晴らしい眺望!」というのとは違う…が、「長く歩いて漸く辿り着いた霧島神宮で出逢った眺望」ということで、「忘れ難い」モノである…

「JAPAN'S OLDEST BRAND」:<サッポロラガービール>(2018.11.25)

↓広島で頂いたモノ…「こうして観ると…ラベルがなかなか好い…」と、思わず写真に収めてしまった…古くは「☆」が赤だった筈だが、現在では赤にしているのはこの製品位ではなかろうか?
25-11-2018 at Hiroshima (2)
↑当初、広島県内の酒造会社の製品らしいモノを頼んだが、品切れだった…眼に留まったコレを御願いした…

↓コレ…北海道内では出くわす機会が少ないような気がしないでもない…
25-11-2018 at Hiroshima (1)
↑「全国展開」のメーカーの製品に関しては…「地域毎の好みに若干の差異」ということで、北海道内と他地域で眼に留まるモノが異なるという場合も在るのかもしれない…

「1876年以来の伝統」と「日本最古のブランド」を謳うサッポロビールの、「昔ながらの味や雰囲気」が漂う製品…悪くないと思う…

小倉城(2018.11.25)

戯れに「鎮西入り」と呼ぶ場合が在るのだが…「九州上陸」を目指し、成田空港から広島を経てそれを実行するに際し、とりあえず「北九州市内」という行先表示の切符を入手して列車で動いた…

思惑どおりに、立寄った広島で少し過ごした後、小倉駅に到着した…何度かの「九州上陸」に際して、色々な形で動き回っている小倉駅辺りであるが…思い付いたのは「アレを眺めてみよう!」ということだった…

↓「アレ」とは小倉城に他ならない…
25-11-2018 Kokura, Kitakyushu, Fukuoka pref (3)
↑濠の水面に麗しい天守閣が映り込んでいた…

↓「盛り」は過ぎた様子だったが、未だ紅葉が見受けられ、色付いた葉が濠の水面にも見受けられた…
25-11-2018 Kokura, Kitakyushu, Fukuoka pref (2)

↓角度を変えて眺めてみる…
25-11-2018 Kokura, Kitakyushu, Fukuoka pref (8)
↑こちらは微風に濠の水面が揺らめいているが、辺りのモノの色に水面が染まっている。そして天守閣等の背後の空が面白かった…些かの雲から、冬に入った感じな陽光が拡散していた…

↓過去にも小倉城を眺めて写真を撮った経過は在った…
>>小倉城:少し風が冷たかった早朝(2016.11.25)
>>小倉城:雨が交り始めた夕暮れ(2016.11.26)

何度でも寄ってみたい感の場所である…

紅葉の赤…:霧島神宮への路…(2018.11.27)

「本当に何も無いような…朝が早過ぎて、その辺に視える喫茶店も開いていないような…そこで長々とバスを待つなら…」と思い立ち、霧島神宮駅から霧島神宮まで「多少遠いとは聞くが…」と思いながら歩き始めた…

曲がりくねったような、辺りを多少の車輛が行き交う他方で通行人も近隣住民と見受けられるような人影も無いような道路を延々と歩き続けた…多分6㎞かその位は歩いたと思う…然程暑くもない、10℃程度の気温だったと思うが、少々汗ばんでくる程度の勢いで歩き続けた…途中の自販機で求めた500mlのペットボトル入りだった茶も飲み干してしまった…1時間以上も歩き続けていた…

「小学校」という看板が視えて、「交通安全」の黄色の旗を手にした男性が歩道に佇んでいるのが視えた。眼が合って「おはようございます!」と挨拶を交わした。学校の先生と見受けられた。「霧島神宮??」と尋ねてみれば、直ぐ先が既に参道の一部で「多分1㎞前後で入口」というお話しだった。

↓そして至った…霧島神宮の境内へ続く路…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (6)
↑曇天だった中、「赤」が一際に艶やかだった…街路樹が見事に紅葉していた…

↓木の下…色付いた葉が散って、溜まっていた…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (4)
↑赤い敷物を歩道の脇に敷き詰めたかのようだった…

↓「盛りを過ぎた紅葉」という按配か?
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (3)

延々と歩き、「赤い敷物の路」に迎えられたかのような…そういう訳で霧島神宮が「忘れ難い場所」ということになった…

↓そして境内への入口に辿り着いた…
27-11-2018 Kirishima-Jingu, Kagoshima-pref (8)

現地の事情に明るい方にとっては、「霧島神宮駅から霧島神宮まで歩いた」ということ自体が「不可能でもないが、ややキツい」と御案内なことであろう…実際…小学校の先生と出くわす前辺りは「復路の徒歩は…身体が少々キツい…」と考え、復路に利用するバスの時刻を眼に留めた停留所で確りと確認しておいたのだった…

銀杏の大樹…:鹿児島神宮(2018.11.27)

日豊本線の隼人駅から少し進むと、「大隅国一之宮」とされる鹿児島神宮が在る…

↓非常に大きな銀杏が在った…
27-11-2018 Kagoshima-Jingu vol02 (7)
↑暫し見入ってしまった…

鹿児島神宮の境内には、非常に大きな木が幾つも見受けられた…何か「天地の力」が渦巻いているかのような感覚を覚えた…古くからの神社を訪ねてみるということが、この時の旅を通じてかなり好きになってしまった…

<さくら> (800系) :博多駅(2018.11.26)

大分県内から博多駅へ移動し、更に新幹線で鹿児島中央駅を目指すことにした…

↓博多駅の新幹線ホームに「800系」が姿を見せた…
26-11-2018 Hakata, Fukuoka (20)
↑新幹線の列車が発着するホームの端側で、斜め下に在来線の列車が行き交う様子が視える場所だった…

↓博多駅を始発、終着とする列車が入るようになっている「行き止まり式」なホームが1本在って、利用した列車はそこに現れたのだ…
26-11-2018 Hakata, Fukuoka (15)

「800系」というのは、「JR九州が管轄する新幹線区間」、博多・鹿児島中央間「だけ!」で運用されている車輛だ…

↓指定席は「2列+2列」のゆとり在る座席配置でもある…
26-11-2018 Hakata, Fukuoka (25)

↓これは乗車した列車ではないが、同じく「800系」である。
26-11-2018 Hakata, Fukuoka (13)
↑何処となく「クラシカルな高速列車」という雰囲気で在りながら、「何となく未来風」という独特な外観が素敵だと、視る都度に思う…

↓以前にこの「800系」の登場に纏わる挿話も入った本を読んだ…九州で新幹線車輛を用意することになった際、当時の主力だった「700系」が候補になって、「もう少し…好い形の車輛が?」という話しになったのだそうだ。そしてよく調べると、「700系」のデザインが登場するまでの過程で考えられていたという案の中に「これ!好いのでは?!」というのが在って、それを参考に「800系」のデザイン案が起こされたのだそうだ…
>>『水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン』
>>『電車のデザイン(カラー版)』

「九州だけ!」という新幹線列車の車輛…乗車出来ると「酷く幸運」な気もする…

桜島:雲間の光と噴煙と…(2018.11.27)

↓<仙巌園>の辺りに出て、海岸へ歩いて桜島を眺めた…雲間に光が漏れ、噴煙が上がっている…
27-11-2018 Kagoshima vol01 (3)
↑これは広角ズームレンズの画…

↓噴煙がやや多い傾向だった様子だ…
27-11-2018 Kagoshima vol01 (2)
↑これは50㎜レンズの画…

海岸でゆったりと桜島を眺め、何となくレンズを替えながら写真を撮っていた…

<仙巌園>の辺りの国道だが…車輛の通行量が多く、他方で横断歩道の信号待ちが、「こら!!国道管理者!!」という気分になる程度に酷く長い…

桜島の眺望…色々なパターンが在るのだが、なかなかに気に入っている…

クロガネモチ(2018.11.27)

↓鹿児島の<仙巌園>の辺り…<尚古集成館>側敷地で視掛けた…
27-11-2018 Kagoshima vol03 (2)

↓何やら不思議な外観の庭木だ…「クロガネモチ」と呼ばれる木だという…
27-11-2018 Kagoshima vol03 (1)

↓九州方面ではポピュラーな木であるようだ…
27-11-2018 Kagoshima vol03 (3)

鮮やかな紅い実が、強く記憶に残った…他方で「クロガネモチ」という名は、直ぐに忘れてしまう…こうして記事にして記録しておきたい…

<酒都 西條>:マンホールの蓋…(2018.11.25)

広島から山陽線を東へ…西条駅が在る…駅の近所は、山陽線を輸送手段として利用し易かったということから、嘗ての宿場町で酒造業が盛んになって、現在でも酒造会社が立地している“酒蔵通”という通称になっているエリアが在る…

西条の“酒蔵通”には、江戸時代に「宿場町の酒造家」であった場所の伝統を明治、大正、昭和、平成と受継いで酒造業を続けているという会社も在る―その会社の酒を求め、土産として友人に配って好評を博したが、自身でも試飲して非常に好かった。西条を訪ねた「想い出の味」となっている…―が、多くは明治時代辺りに酒造業を始めたか起こっているという会社であるらしい。故に江戸時代から受け継がれた建築様式である白壁の土蔵造りな建物に、煉瓦造りの煙突が組み合わさったような、更に板を組み合わせた洋館的なモノも一部に混ざるような、独特な旧い建築群が伝わっている。近年では「独特な街並みを大切に…」と、景観を護って整備するようなことも在るようだが、多くは「創業以来、多くの人達が大切に使ってきた建物を大事に使い続ける…」ということで、自然な形で独特な雰囲気が守られて来たという経過らしい…“宿場町”だった時代以来の、現在の感覚では狭隘な道路に沿ったエリアで、中途半端な開発が永く入らなかったという事情も在るのかもしれないが…

その独特な雰囲気のエリアは西条駅に近く、列車で到着して、駅構内の観光案内所で周辺地図を頂いて、それを手に何となく歩いて向かった…

↓こういうマンホールの蓋に出くわす…西条を旧い書体で「西條」としている…
Saijo, Hiroshima on 25-11-2018 (13)
↑「白壁の土蔵造りな建物に、煉瓦造りの煙突」という、辺りの雰囲気を表すイラストが入ったモノだ…

蓋の画をよく視ると…飛行機も飛んでいる…これは、西条を含む東広島市が広島空港を擁するからなのであろう…さり気なくアピールしている…

気が向くまま、足が向くままに方々を訪ねるのは愉しい…そしてそういう時のことは永く記憶に留まり、時々、不意に断片的に色々と思い出すものでもある…

“おでん”と“ロック”と…:<かごっまふるさと屋台村>(2018.11.27)

↓枕崎の鰹節を使った出汁で作るという鹿児島の“おでん”…これを肴に鹿児島県の本格焼酎を…敢えて“ロック”で…
NOV27, 2018 at Kagoshima (3)

↓本格焼酎は「他所には殆ど出ていない…」という代物…見覚えが全く無いラベルである…これをゆったりと頂きながら“おでん”を…
NOV27, 2018 at Kagoshima (2)
↑“お湯割り”で愉しむのが好い本格焼酎だとは思うが、「そのものの味」を少し愉しむには“ロック”も悪くない…

この店の出汁…何種類かの鰹節を混ぜたモノを用意して使っていたそうだが…「時々、味にムラが?」と気になり、混ぜている何種類かの鰹節を「各々に」取り寄せ、一定の割合で混ぜながら使うようにしたことで「味が安定」ということだった…一見して単純なようだが、実に奥深い…

11月の旅で、「過ぎる?」という程に多くの写真を撮った…それを「やや時間が経った?」という中で、未整理分を整理しながら視ているが…こういう“おでん”のようなモノが酷く懐かしい…

長崎土産のネクタイ:路面電車…(2018.12.19)

↓少し昔風なデザインの路面電車が走り回るイメージ…ネクタイの柄だ…
19-12-2018 my one (3)
↑ネクタイの上で模様になっているのは、長崎で走り回っている、長崎電気軌道の少し年季が入った車輛を意識したイラストである…

↓長崎に立寄った折りに見付けて、思わず求めてしまった土産のネクタイの1本である…
19-12-2018 my one (1)

「ネクタイ着用」という機会も少なくないので、土産のネクタイは悪くはないと思っている…

ユジノサハリンスクで、この長崎の路面電車のネクタイを愛用し始めている…

※ 写真そのものはユジノサハリンスクで撮っているが…ネクタイを長崎で求めているので、記事は旅関係として整理したい…

朝の岩国駅(2018.11.25)

↓広島駅から乗車していた列車…岩国駅に到着すると、直ぐに折り返し運転で広島方面へ向かうことになるようだ…乗務を離れようとしている乗務員と、これから出発する乗務員とが列車の脇に居る…
Iwakuni Station on 25-11-2018 (1)
↑現在となっては「古典的な外観」と言いたくなるような、“国鉄時代”からの車輛である115系電車…山陽地方のイメージカラーになっているらしい黄色の単色塗装という外観…これが意外に好きだ!

未だ暗い中で岩国へ向かっていたが…岩国では「明るくなり始めた…」というような按配で、空の感じも何となく微妙だ…

或いは、この路線も新しい車輛の比率が少しずつ高まるのだと思われるが…この「古典的な外観」の車輛も走り続けて欲しいような気がする…或いは、「中身は最新の装備で、外観は昔風な車輛」というようなモノは造ることが出来ないのだろうかと、勝手に思うことも在る…

<ソニック>:883系電車:別府駅(2018.11.25)

JR九州の特急列車に用いられる車輛…素敵なデザインのモノが目立つ…787系電車や885系電車には何度か乗車する機会が在ったが…博多・大分間で運用されている883系電車には乗車する機会がなかなか無かった…

↓小倉・別府間の移動で、乗車する機会を設けることが叶った!!
Beppu Station on 25-11-2018 (3)

カーブが多い日豊本線で減速せずに高速走行することを目指し、“振り子”方式が採り入れられて1995年から運用されている車輛だという…登場した頃はステンレス剥き出しのボディーだったようだが、最近は全体がメタリックブルーで、駅で視掛けると酷く存在感が在る…7輛編成で運行されている…

別府に入って休んだ翌日…色々と動き回る中、更にこの883系電車の<ソニック>に乗車する機会が在った…何か、乗車機会に出くわすと嬉しくなる車輛だ…

<勘定場の坂>:杵築(2018.11.26)

現在の大分県の版図は、江戸時代には色々な大名の領地や幕府の直轄地が複雑に入り組んでいたということで、方々に「辺りの領主だった○○家の居城が在って、城下町が形成された」という経過を有している場所が在る。

別府の少し北に在る杵築も、そういう「城下町が形成された」という経過を有している、大分県の方々に在るような場所の一つだ…

「城下町」というものは、或る意味では城そのものの防衛装置の一環かも知れない…城を囲むように武士達の屋敷や商工業活動が行われる場、或いはモノを運ぶための拠点等を集める訳だ。そういうことになれば、城を攻めようとする軍勢は「真っ直ぐに城へ突入」ということにはならないであろうから、城下町は防衛装置でもある…

防衛装置であるとは言え、無理矢理に城の周囲を拓いて町に出来るでもない…城下町の形成も「地形」の制約は免れ悪い…城の周辺の地形に合わせて、町の建設も工夫されることになる。

杵築は、その「地形の制約」の故に少し独特な町を形成している…城の近隣に2つの高台が在り、その高台に武家屋敷を集め、2つの高台の谷間に商工業活動の場となる町を興した…「サンドイッチ型」と呼ばれるようだが、類例が思い当たらないような感じだ…

↓杵築は城下町の趣を伝える様な旧い街並みを多々残している…武家屋敷が集まるエリアに通じる坂道の様子だ…
Kitsuki, Oita pref on 25-11-2018 (3)
↑「北海道等では視られない!?」ということで、左側の竹林にも少し注目したくなる…この画は、杵築で今般出くわした景色の中、最も気に入っていると言い得るモノである…

↓何か…着物に袴という服装で、刀を身に着けた武士が足早に下りて来ても…違和感が無いような…「江戸時代の城下町ってこういう感じ?」という様子である…
Kitsuki, Oita pref on 25-11-2018 (4)

こういう「旧い時代の記憶」を、「空間丸ごとに留めた」かのような場所との邂逅…一寸、勝手が違う地域を廻ってみる場面での大きな楽しみだ!

新旧車輛…:広島駅(2018.11.25)

↓早朝の「多分…始発…」という列車で岩国を訪ねてみようと、広島駅のホームに出て視掛けた様子である。
Hiroshima Station on 25-11-2018 (2)
↑各地へ向かう列車が各ホームに入っているが…右側から古い115系電車…新しい―2015年から運用されている…―227系電車…更に115系電車に227系電車…新旧の車輛が交互に並んでいた…一寸面白いと思い、何となく注目してしまった…

中国地方…山陽地域では、古くからの車輛の内装や機器を更新したモノと、近年配備された新車とが入り混じって軌道を行き交っている様子が視られる…何方の車輛も好きなので…この方面を旅すると「新旧の何れに乗るのか?」と列車を待つ間が何となく愉しくなる…

「桜島灰干し」の“きびなご”炙り焼き:<かごっまふるさと屋台村>(2018.11.27)

時間を掛けて均一に水分を抜き、魚や肉の組織変化が少ない多方で旨味成分が濃厚になる…という「灰干し」というモノを…「桜島の火山灰を利用」ということでやっていて、それを利用した魚や肉の料理を供する…そんな店に出くわした…

↓“きびなご”という魚…鮮度が損なわれ易く、漁獲の在る鹿児島県内等で消費されるのが専らで、他地域には余り出ない…「鹿児島らしい」という感じの代物…これの「桜島灰干し」を焼いたモノを頂いた…
27-11-2018 Kagoshima vol05 (8)
↑“きびなご”に関しては…刺身や揚物を視掛けて、頂く機会が多いような気がしていたが…焼いてみるのも、なかなかに好い!!

↓「5:5」というような「目盛」が刻まれた、鹿児島でポピュラーな「お湯割りグラス」で供される、焼酎のお湯割りとこの“きびなご”の炙り焼きが酷く合う…
27-11-2018 Kagoshima vol05 (5)

駆け足で半ば強引に立寄った鹿児島で、色々と気に入ったモノに出くわすことが適ったのは、非常に好い思い出だ…

「桜島灰干し」の鶏唐揚げ:<かごっまふるさと屋台村>(2018.11.27)

「灰干し」??魚や肉を保存する方法で、時間を掛けて均一に水分を抜き、魚や肉の組織変化が少ない多方で旨味成分が濃厚になる…というものらしい…

その「灰干し」というモノを…「桜島の火山灰を利用」ということでやっていて、それを利用した魚や肉の料理を供する…そんな店に出くわした…

↓一見、何の変哲も無い鶏唐揚げ…だが、これは「桜島灰干し」という鶏肉を用いている…
27-11-2018 Kagoshima vol05 (9)

鹿児島県は肉用家畜の肥育が盛んである。鶏肉も美味い!その鶏肉に手を掛けたモノを使った唐揚げ…素材の美味さを活かすべく、「味付け」はアッサリという具合に唐揚げにする…“塩味”な唐揚げとでの言うのか?「うゎ!美味い鶏肉!!」という感じがする…そして…九州で好まれる「柚子胡椒」が添えられ、これを一寸点けて頂くのが非常に好い!

幼少の頃から「鶏唐揚げ」というのは好きなのだが…この「鹿児島の流儀の粋な唐揚げ」というのも酷く好かった!何か、「随時これを思い出す…」というような状況だ…

<宇佐参宮線26号蒸気機関車>(2018.11.26)

↓宇佐神宮の敷地の入口辺りに、古い小さな蒸気機関車が展示されている…
26-11-2018 Usa, Oita pref vol02 (2)

「宇佐八幡」こと<宇佐神宮>を訪ねてみようと、宇佐駅に辿り着いた…宇佐駅からバスに乗車しようとしたが、何やら発車時刻まで間が在り過ぎる感だったので…「1300円」という固定料金が設定されているらしいタクシーを利用した。

このタクシー…感じが好かった。運転士さんが色々と必要な情報―観光協会で嵩張る荷物を預かって頂けることや、敷地内は上り下りの坂道が存外に多いというようなこと…―や、<宇佐神宮>を巡る話題提供もしてくれるので、あっという間に<宇佐神宮>に着いてしまった…

タクシーの窓から、この小さな蒸気機関車が見えて「<宇佐神宮>と機関車の関係?」と運転士さんに尋ねれば、「<参宮線>が在った経過」を教えてくれた…

↓この機関車<26号>が走っていた<参宮線>は、1916(大正5)年に開業し、1965(昭和40)年に廃止されている。
26-11-2018 Usa, Oita pref vol02 (3)
↑宇佐駅から<宇佐神宮>の間近までの路線で、参拝客や地元住民が利用していた旅客路線だった訳だ…

↓機関車<26号>は<参宮線>そのものよりも古い…1891(明治24)年にドイツのミュンヘンの<クラウス社>で製造され、1894(明治27)年に「九州鉄道」が輸入している…
26-11-2018 Usa, Oita pref vol01 (1)
↑「九州鉄道」は後に「国鉄」になっていて、<26号>も活動していたが、大型化した機関車の中で運用し悪くなり、1948(昭和23)年に<参宮線>に譲渡された。

長さ約7.5mで高さが約3.5m、動輪が2組という小さな蒸気機関車の<26号>…通算70年間も活動していた…「所縁の地」で、その勇姿が伝えられていることになる。

遥かな昔からの経過が在る<宇佐神宮>に比べると…相対的に新しい時代に70年間動いた機関車ということになるのだが…何となく見入ってしまった…

<白牡丹 広島の酒 原酒>(2018.12.04)

「東広島市」…広島駅から東へ、山陽線の普通列車で40分程度の西条駅辺りを中心とする自治体だ…1973年に広島大学が西条に移転して、大規模な開発が行われることを契機に周辺の町が合併して登場したのが「東広島市」であると聞いた…

この東広島の中心的な地区であるという西条は、古くは「四日市」と呼ばれる宿場町だった。明治時代に鉄道(山陽線)が開通し、重量物の輸送が容易になったことを受け、酒造業が活性化した。やがて「酒都西条」という呼び方もされる程に酒造業が盛んな地域として知られるようになった。

ということなのだが…この西条に「江戸時代からの伝統を受け継ぐ」という老舗の酒造会社も在る。

<白牡丹>(はくぼたん)がその老舗である。かの関ケ原合戦の時、西軍の石田三成に仕えていたという勇将、島左近の子ども達の1人が京都から安芸に移り住み、その後裔が1675(延宝3)年に酒造業を起こしたという。創業家が島家といい、この1675(延宝3)年と伝えられる故事を以て創業としていて、現在活動している広島県内の酒造会社としては「最古」と目されるそうだ…

過日、この西条に立ち寄って酒蔵を眺めて歩いた際、<白牡丹>に立ち寄り、「寧ろ明治時代以降に酒造が盛んに」という地域の経過の中、「300年の伝統」というお話しを会社の方から伺い、「では、その伝統の美酒を…」とお薦めの逸品を入手して稚内の拙宅へ送ったのだった…

↓これがその<白牡丹>から送ったモノだが…実に「渋い」感じのボトルである…
04-12-2018 vol01 (2)

↓古い書簡を写して作った、「在りそうで無い」というような感じのラベルが貼られている…
04-12-2018 vol01 (3)

このラベルには<白牡丹>という銘の由来となった故事が示されている…

1840(天保10)年、京都の最高位の公家(「五摂家」と呼ばれた、摂政や関白を輩出した家の一つ)である鷹司家から、家紋に因んだ<白牡丹>という酒銘が島家に贈られた。

「一つ 此の度 御殿より 白牡丹の御銘 下され置き候間以来 入念に酒造致すべき物也」という書簡でこの酒銘を贈る旨が伝えられ、末尾に「以後も酒造に励むように」というメッセージが加えられている。

この大切な書簡の写しがラベルになっているのが、<白牡丹 広島の酒 原酒>である。「原酒」…特段に手を加えない「出来たままの酒」で、一般的な清酒よりやや度数が高い…

↓猪口に注いでみれば…「清酒!!」という芳香が立ち込める…酒粕の仄かな甘みのようなモノがハッキリと感じられるのだが…好い甘みで呑み易い…
04-12-2018 vol01 (4)

「ロックも好い」とされているので、氷を満たしたカップに注いでゆったりと頂いてみたが…「冷えて甘い飲料」ということで、非常に楽しい感じで呑むことが出来る…

古くから、身分の在る人達に至るまで親しんでいたという、「酒造好適地」とされる地域が育んだ味…これはなかなかに素晴らしい!!

霧島神宮(2018.11.27)

少し時間を置いて撮った写真を視る時、「“写真”として??」と思う場合も在るのだが、「撮った時の思い出」の故に「推したい写真!!」という位に思う場合が在る…

↓これは「“写真”として??」と思わないでもないが…深い森の中に広壮な境内を擁する、古くからの由緒を誇る神社のムードは何となく出ている…
27-11-2018 Kirishima-Jingu vol01 (2)
↑が、この写真に関しては、撮影地の霧島神宮を訪ねた時の「思い出」が深い…

鹿児島中央駅近隣に滞在し、早朝の日豊本線の普通列車に乗り込み、未だ薄暗い間に霧島神宮駅に着いた…霧島神宮へ向かうバスは、殆ど1時間半も待つような状況だった…で…歩いた…1時間15分程度を要し、何とか辿り着いた霧島神宮…画は、その本殿へと続く道である…

↓18世紀の造営であるという華麗な本殿…貸し切りバスで方々を巡るグループの皆さん等がやって来る少し前の時間帯…こうして静かに向き合った時間が好かった…
27-11-2018 Kirishima-Jingu vol01 (3)

「天孫降臨」という神話に関連し、古くから多くの人達の篤い信心の対象となった社…ここもまた「渦巻く天地の力」というようなモノが感じられる場所だ…

「焼酎の維新は、薩摩から。」:鹿児島中央駅前(2018.11.27)

↓鹿児島中央駅前東口の広場からも視えるが…商業ビルの壁に掲出された酒造会社の看板だ…
26-11-2018 Kagoshima vol01 (3)
↑ダイナミックな筆致で、西郷隆盛と大久保利通をモデルとしたと思われる2人の人物の画…そして「焼酎の維新は、薩摩から。」とのキャッチフレーズ…

以前…この場所の看板は少し様子が違った…新しいモノに替った訳だ…看板で宣伝している<黒白波>という銘柄の焼酎…気に入っているモノでもある…

<閻魔>のハイボール(2018.11.25)

↓別府の居酒屋で頂いた…
25-11-2018 Beppu in evening (12)
↑大分の麦焼酎で作るハイボールである!

麦焼酎…「度数がやや低いウィスキー」という感がする場合も在る代物だが…氷と炭酸を合わせてグラスに注ぐ“ハイボール”が酷く合う!

麦焼酎に関しては…個人的には、専らストレートやロックという感じで…“ハイボール”というのは酷く新鮮だった!序に、この<閻魔>のグラスが好い…“ハイボール”を酒造会社でも「推奨!」で、「販売強化に向けて、地元の大分県内の飲食店等にグラスを…」ということでもやっているのであろう…

↓こんなチラシも在った…
25-11-2018 Beppu in evening (8)

「麦焼酎のハイボール」というモノ…「大分県の流儀」ということであるが…方々でもっと流行っても好いのかもしれない…

別府駅傍の宿に近い居酒屋で、これを頂いて若干の料理を摘まんだが…忘れ難い…

夜の原爆ドーム(2018.11.24)

夜の広島駅から路面電車に乗車して訪ねてみた場所…

↓ここだ…
24-11-2018 Hiroshima vol01 (9)
↑辺りの芝生に、適当に落葉も散らばっている…夜間も照明に浮かび上がっている…あの原爆ドームだ…

路面電車の停留所は<原爆ドーム前>と言うのだが…本当に「前」である…

古くは、路面電車の停留所は「相生橋」と、辺りの橋の名前に因んだ呼称だったそうだが…頻繁に「あの原爆ドームは?」と尋ねられることから、停留所名を<原爆ドーム前>としてしまったと聞く…

↓停留所の古い呼称の起こりということになっているという相生橋に足を運ぶと、灯りに照らされた原爆ドームが川面に揺らいでいる様子も視える…
24-11-2018 Hiroshima vol01 (12)

原爆ドームがこういう姿になった「事態」は朝に発生したというが…恐らくその当日辺りは、夜になっても灯りが然程在るでもない中で、辺りは大変な惨状が続いていたのであろう…そして現在、夜でも煌々と明るい大都市広島が在り、酷い戦禍から出発した経過を伝える史跡の原爆ドームも灯りに浮かび上がっている訳だ…

この夜の様子は、カメラを確りと手で持って撮影しているが…ISO1600ということで、意外に巧く撮影は出来る…大きな用紙にプリントするでもないので、ISOはもっと上げても、然程不自然にはならないのかもしれないが…

<5009>:広島の路面電車(2018.11.24)

成田空港に到着した直後…ターミナル地下の駅で切符を求め、<成田エクスプレス>で品川駅に出て、新幹線の<のぞみ>に乗換えて広島駅に至った…

「三連休の真ん中」という状況だった夜の広島…駅前に出て最初に向かったのは…路面電車の停留所だ…

↓発車前の待機中だった路面電車…
24-11-2018 Hiroshima vol01 (2)
↑特徴的なデザインの車輛だ…「低床型」である…<5000形>と呼ばれ、ドイツ製だという…連接型で「編成」と呼ぶべきな形の車輛で、1999年から2002年に12編成が順次導入されたそうだ…

過去にも乗車したことが在ったが、その時に視ていた限りでは、運転士と車掌の2名が乗務するのが通例となっていると見受けられる…

↓暫し眺めてしまったが…これに乗車してみたのだった…
24-11-2018 Hiroshima vol01 (3)
↑広島駅前から各所の停留所を経て、宮島口とを結ぶ路線に入って行く電車だった…様子を視ると、運転士と車掌の2名が乗務していた…

<しろくま>…(2018.11.27)

鹿児島中央駅の駅ビル…地下のフロアに飲食店街が在り、「少しだけ遅い昼食」を愉しむこととした…霧島神宮を訪ねようと始発の普通列車に乗り、1時間15分程も歩いて霧島神宮を訪ね、鹿児島中央駅へ引揚げる途次に鹿児島神宮にも立ち寄った日であった。色々と飲物は頂いたが、前夜から食事らしい食事も摂っていなかった…

そういう訳で食事を摂っていた時に…「この並びに“アレ”を出す店が…デザートに頂こう…」と思い付いた…食後に寄り道…

↓「上から視ると“顔”になっていますから…」と店員さんの口上…これが思い付いた“アレ”である…
27-11-2018 Kagoshima vol02 (5)
↑鹿児島の少し知られたデザート…かき氷の<しろくま>である…

<しろくま>は練乳等を使ったシロップをたっぷりと点けたかき氷で、フルーツ等も入るというモノだ…命名の由来には諸説在るようだが…立寄った店では「上から視ると“顔”」という説を採用している様子だ…

こういうようなモノ…非常に好い!!

<ドルフィンポート>:鹿児島(2018.11.27)

鹿児島で…「桜島が綺麗に視える、路面電車で訪ね易い場所?」ということなら…<ドルフィンポート>が好い!

路面電車の2つの運行系統が集まる鹿児島駅前へ向かう軌道に<いづろ通>という停留所が在る…<天文館通>と<朝日通>との間で、「南九州最大の歓楽街」等とも言われる辺りだ…その<いづろ通>という停留所から、<天文館通>側を背中に離島航路の船が発着する辺りの海側へ進むと、<ドルフィンポート>という商業施設が在る…

↓現在はこういう様子だ!!
27-11-2018 Kagoshima vol02 (6)
↑西寄りな空を背景に…煌めくイルミネーションである…

↓辿り着いて辺りを歩いていた時は、丁度転倒が始まった少し後だったようだ…
27-11-2018 Kagoshima vol02 (7)
↑歓声を上げながら記念撮影をしている人達も若干見受けられた…

この種のイルミネーション…「暗くなり始める?」というような、「点灯した少し後…」というような頃の見栄えが酷く好いかもしれない…

「桜島が綺麗に視える、路面電車で訪ね易い場所」ということで、鹿児島を訪ねる機会が在れば、概ね「必ず!」という感じでこの<ドルフィンポート>には立寄る…桜島に背を向けて、イルミネーションを視るのも悪くない…ということも記憶に留めておきたい…

運航日誌(2018.11.30-12.01)

珈琲の芳香が「適度に暖房」という程度になった室内に…稚内の拙宅で「何時もの早朝」というような状態である…旭川駅の駅ビルに入っている有名なカフェチェーンで、思い出して珈琲豆を仕入れて持って来て善かった…

稚内へ戻る前に時間を設けて、方々を巡りながらゆっくり(?)した訳だが…旭川に泊まった夜が明けるような頃、旭橋辺りまで散策し、24時間営業らしい店でガッチリと朝食を頂いた…それから列車に乗り込む…列車では、読書に興じるか、居眠りかで、何となく「早い?」感じで稚内に到着だった…

久々の拙宅は…暖房が入っていなかったので稼働させた…「温まるまでの間」ということで…喫茶店でゆったりとし、別な店で食事を摂り、序でにもう1軒寄ってハイボールを1杯だけ頂き…拙宅に戻って、直ぐに休んだ…部屋も暖房が効いて温かくなっていた…

稚内の様子を聞けば、稚内でも積雪は然程でもなく、昨日辺りから少し目立っているということだった。確かに雪は少ない…気温は0℃を割り込んで、氷点下2℃や3℃というような按配だった…

迎えている早朝は土曜日…少し長閑に週末を過ごすのが善いであろう…方々を巡りながらの色々なことは…ゆっくりと振り返って行くこととする…

旭橋:雪交じりな早朝…(2018.11.30)

稚内へ北上する朝…6時に出る普通列車ではなく、敢えて9時に出る特急列車を選んだ…訳が在る…

↓日出が午前6時40分頃という今の時季…天候に恵まれれば空が染まる時間帯に、こういう画を撮りたかったのだ…
30-11-2018 Asahikawa in early morning vol01 (1)
↑画の右寄りが東寄りな方角である…

前夜は…食事を摂って直ぐに休んだ…そして早起き…また少し休んで、再度起き出し…漸く「程好い頃合いか…」という時間帯になった…

降ったり止んだりで少々積もった雪を踏み締め、氷点下3℃程度で凍り付いた箇所も見受けられた中で細心の注意を払いながら<昭和通>を進む…そして未だ交通量が少ない旭橋の辺りに至ったのだ…カメラを扱う前に手が悴むので、手袋は確り着用して歩いた…そして<ヴォストーク65>(サハリンのバスケットボールチーム)のロゴが入ったニットキャップも確り着用である…

↓明るくなって行く中だったが、未だ「消灯」ではなかった…
30-11-2018 Asahikawa in early morning vol01 (2)
↑照明で明るい箇所を凝視すると、雪が舞っているのが少し判る…

今般巡った山陽地域や九州では…こういう画のような状況は「考え悪い」に尽きる…「国内」ながらも「異国?」のような遠い地域を巡り、「馴染み切った」ような雰囲気の場所に還って来て「しまった…」という訳だ…

或いは…こういう画を撮るべく、敢えて旭川に泊まるようにしたという側面も在る…

御神木:鹿児島神宮(2018.11.27)

「大隅国一之宮 国分正八幡 鹿児島神宮」…隼人駅から15分程度も歩けば辿り着く古い社である…「海幸山幸」の神話の「山幸」を祀っているそうだ…

鹿児島神宮は相当に古い神社で、延喜年間(10世紀冒頭)には“大社”に列せられて「大隅国一之宮」と称されていて、建久年間(12世紀末)の後鳥羽天皇の御代には多くの社領を得ており、江戸時代末期にも千石を領していたという…

↓その境内に植えられている「御神木」である…
27-11-2018 Kagoshima-Jingu vol01 (7)
↑余りにも大きい!!只管に見上げてしまった…

建久年間(12世紀末)の植樹と云われ、推定樹齢は800年を超える!?

人間は100歳で「大変な長寿…」ということになる…私事だが、2人の祖母は長命で、他界した際には何れも97歳で、葬儀に集まった人達は「大変に長生きをされて…大往生…」と口々に言っていた…この御神木は、そういう次元の長命の8倍もの時間、この境内に在る訳で…今でも勿論「活きて」いるのだ…途方もないことだと思った…

御神木が植樹されたような頃…12世紀末…鎌倉幕府が成立したような時代で、13世紀に入って体制が固まり、以降は室町時代、戦国期、江戸時代、明治・大正・昭和となって平成の御代に至っている訳だが…御神木はそういう時間を活き続けている…

この巨大な御神木を、「エキゾチック!」と感じながら見上げていた自身に、ここを立ち去って隼人駅へ向かって歩いていた時に気付いた…そして、こういう御神木を擁する神社の境内…何か「自然の力」が渦を巻いているような雰囲気が漂う…こんな場所を訪ねると、そういう「力」を少しだけ分けて頂けるような…気もする…

<612>と<603>:鹿児島駅前電停(2018.11.27)

鹿児島市内では路面電車が活躍している…「1日乗車券」(600円)を手に、路面電車で市内を動き回るのが好い…

鹿児島の「玄関」という様相の鹿児島中央駅に対して、街のやや東寄りな辺りに鹿児島駅が在る…鹿児島駅の前に、路面電車の起点・終点となる三叉の軌道に屋根を被せた電停が設けられている…その鹿児島駅前電停の辺りで、路面電車を眺めて写真を撮るのが一寸愉しい…

↓夕刻に一寸街に出て…鹿児島駅前電停に行ってみた…
27-11-2018 Kagoshima vol01 (6)
↑灯りに浮かぶ、年季が入った電車の風情が好い…

この「600形」という車輛…1959年に初登場したモノだという…もう直ぐ“還暦”だが、マダマダ鹿児島の街を元気に行き交っている…

運航日誌:北の地へ…(2018.11.28-29)

多少、気温は低めだ…「やや嵩張る持ち物」と化してしまっていた上着を引っ掛けて戸外を歩く感じで丁度好い気温帯だ…しかし!積雪が消えている…

新千歳空港に下り立ち、札幌まで列車で移動し、札幌駅周辺で買物をしたが…積雪が「全然無い…」ことに面食らった…ユジノサハリンスクを発つ前、北海道内は急速に積雪が多くなった様子が伝わり、「積雪や凍った路面に注意…低温??」と思っていたので、何か「拍子抜け…」である。「気温が低い」という以外、原則的に本州の西寄りや九州各地と大差は無い…(勿論、植物の感じが違うというようなことは在る…「雪が無い」という意味では、札幌辺りも、今朝まで居た辺りと差は無い…)

11月28日の朝…多少草臥れて寝過ごすという危惧は杞憂に終始で、早朝から移動開始だ…

今般、「九州のJR九州の区間だけで運行」という「800系」の新幹線に2回乗車出来た。これは好かった!その「800系」による<さくら>で鹿児島中央駅から新鳥栖駅へ北上した。そして直ぐに在来線特急の<かもめ>に乗換えて長崎駅に至った…

長崎では、路面電車の「1日乗車券」を手に、諏訪神社、眼鏡橋、出島を訪ね、<四海楼>で“ちゃんぽん”や“皿うどん”の「発祥当時の雰囲気を伝えるヴァージョン」を頂いた…

やがて長崎から鳥栖へ移動し、宿を取って泊まった。鳥栖と博多との間は、JR九州の快速列車で40分程度の移動だ…「翌朝に福岡空港へ…」という流れで泊まるには悪くない…よく出張の際に用いるようなカテゴリーな「普通の宿」を利用したが、福岡市内の施設では考え悪い程度に安価に宿泊出来た…

朝…通勤や通学の利用で多少混む時間帯だったが、何となくJRの快速で博多に出た…直ぐに地下鉄で空港へ向かう…地下鉄に乗っている時間よりも、博多駅でJRのホームから地下鉄のホームへの移動の方が「より時間を要する?」という様子は相変わらずだ…

福岡空港は、ターミナルの改築でもしているのか?以前に利用した際のイメージとは少々様子が違った感じだった…

「今般は九州上陸を果たす!」という想いを込め、「成田空港上陸後に時間を過ごし、北海道へ引揚げる交通」として福岡・新千歳間の安価な航空券を押さえてあったのだ…それを利用した次第だ…

飛行機が、気流の関係というようなことで多少揺れた場面は在ったが…順調に、時刻表に示された時刻よりもやや早い感じに新千歳空港に到着だった…

そして…直ぐに旭川へ北上することとした…明朝の列車で更に北上することを目論んだ訳だ…

移動を開始した…列車で北上であるが…早速、驚く羽目に…岩見沢に積雪が見受けられ、以降は…「冬の北海道!!」という景色が続いたのだ…「札幌が異状?」ということだろうか?

日が落ちてしまって、既に暗い旭川に無事に到着した…真冬のように多くはないが、積雪は在る…そして気温は0℃を割り込み、凍結箇所も見受けられるので要注意だ…

広島県…福岡県…大分県…鹿児島県…長崎県…佐賀県…そういうような辺りに足跡を記して、北海道へ…「多少勝手知った(つもりの)他所」に数えられる街、旭川へ…旭川の様子は、他の「多少勝手知った(つもりの)他所」に比べると…「より一層眼に馴染む…」という感だ…或いは、他県をフラフラとしていた時には、「訪日外国人」と同様か、それに近いような目線で方々の文物に親しんでいたのかもしれない…実際、国外から飛来してフラフラとして、また北海道へ戻った訳で「半ば“訪日”」のようなものかもしれない…

多少…ゆったりとする…

黒豚蒸籠蒸し:<かごっまふるさと屋台村>(2018.11.27)

鹿児島を訪ねたなら…殊に鹿児島中央駅の近隣に滞在するなら…<かごっまふるさと屋台村>への立寄りは「外せない!!」と考える…2012年に開業した屋台村だが、鹿児島を訪れると、間違いなく立ち寄っている…

<かごっまふるさと屋台村>は、鹿児島県内の産品を利用した料理や銘酒を供することを中心とした小さな店が集まっていて、地元の人達から来訪者まで、市内、県内、県外、更に国外からの色々な人達が集まって気軽に楽しめるという場所だ…

今般…別府を発って、幾つもの県境を越え―大分県内を北上し、福岡県を東西に縦断して、佐賀県の東部を経て熊本県を南下して鹿児島県に入った…―て鹿児島に辿り着いて宿に入った後、一寸足を運んでみた…

鹿児島中央駅前…東口の広場から路面電車の軌道も敷設された広い道路を望んで進む…路面電車の高見橋停留所が視えるような辺りに差し掛かると<かごっまふるさと屋台村>である…

<かごっまふるさと屋台村>では…「料理を少々頂いて銘酒を一杯…」という具合に、何軒かを梯子するというようなスタイルが愉しい…そういうことを想いながら、とりあえず方々の焼酎を愉しみながらおでんを摘まむ1軒目の店へ…

↓こういう具合で…メニューに在った「黒豚」というモノが出て来た…
26-11-2018 Kagoshima vol01 (5)
↑「蒸籠で蒸すので、他のモノより一寸時間が要ります」ということだったが、“時間”という程に待つのでもない…

↓枕崎の鰹節で作るというおでんの出汁を使って、キャベツと黒豚のスライス肉を蒸す…これが酷く美味い!!
26-11-2018 Kagoshima vol01 (4)
↑脇の小鉢に用意した、おでんの出汁に柚子胡椒を入れて、キャベツと肉を点けて頂くのだ…

鹿児島に2泊したのだったが…初日に酷く美味かったので、第2日にも立ち寄って「昨日のアレが!!」と再度頂いてしまったのだ…

実は写真好きらしいお店の方に「フィルムのカメラ?!」と尋ねられた<X-Pro2>でこの料理の写真を撮ってしまったが…写真を眺めて、「鰹節の出汁で蒸した豚肉…」を懐かしむようになって行くことであろう…

桜島:夕景(2018.11.27)

鹿児島に滞在したからには…「桜島が在る風景」を愉しみたい…

鹿児島に着いた日には雨…翌日は…雨は免れたが、やや雲が多い…

↓それでも夕刻にはこういう様子を視ることが適った!
27-11-2018 Kagoshima in evening
↑最近…噴煙が少々盛んに上がっているということらしい…

雲と噴煙が、残照の光でやや独特な色を見せていた…

何か…「きっと、また会おう!」と桜島との暫しの別れを惜しむかのような…そういう気分になった…

こういう様子を…全く同じ様子はもう二度とは視られないと思うが…また視に!!До свидания!!(ダ スヴィダーニヤ)

運航日誌:「(かなり!)深き眠り」の所以…(2018.11.27-28)

スッキリしたのか?ぼんやりしているのか?「深い眠り」の直後という感…「かなり!」と思えた程度に深く眠って早朝に起き出した…

或いは「(日本時間)プラス2時間」が深く身体に染み込んでいるのか?とりあえず「朝早くから動き回る」ことを妨げずに、早起きが出来るのは好ましいことかもしれない…

11月26日は幾つもの県境を越えながら動いたのに対し…11月27日は鹿児島県内に留まった…鹿児島中央駅近くの宿に連泊した型であるが…県境を越えるようなことをしていない分、「動いていない」ということでもないのだ…

鹿児島中央駅の傍…早朝の始発列車にでも何でも乗車し易い…それを幸いと、11月27日は日豊本線の始発の普通列車で霧島神宮駅へ出た…

鹿児島中央駅・国分駅間は列車本数も多いが…国分・霧島神宮間は駅間が長く、列車本数がやや減る…

鹿児島中央駅から1時間程度の乗車で霧島神宮駅に着いて…駅前に出たのが午前6時40分になる前だったと思う…駅前は暗く…タクシーも客待ちしているでもない…バスは…「7時51分」という話しに…

意を決して…霧島神宮へ歩く―地元事情を知る方には…笑われてしまう場合さえ在る…―ことにしたが…霧島神宮に辿り着いたのは、“御朱印”をお願いするようなことが出来るようになる午前8時に間もなくなるような頃…1時間15分程、通行人に出くわすことがないような、様子がよく判らない、過ぎる程度に静かな場所を延々と、心細くなりながら歩いた…

霧島神宮の少し手前に小学校が在り、交通安全の黄色の旗を手にした、教員と見受けられる方が歩道に立っていた…訊ねてみれば、「そこの橋を渡れば参道で、1㎞位ですよ…」という話しに…何やら酷く嬉しくなった程だった…「先回り」な話で恐縮だが…復路は国分駅前へ向かうバスに乗車出来た。このバスでは15分程度で霧島神宮の辺りから霧島神宮駅に着いた!車窓の眺めに苦笑いが漏れた…

霧島神宮…「天孫降臨」という話しが伝えられるような地の、かなり古い由緒を誇り、18世紀の建築であるという威風堂々という社殿で、「霧島神宮」を称して現在に至る…“有名観光地”という風情だが、それでも「天地に渦巻く八百万の神々の力」が渦巻くような、独特なムードが在って好かった…かの坂本龍馬夫妻も辺りに来た経過が在ると伝わる場所だ…

何か…エネルギーを貰った気になり…バスで辿り着いた国分駅から隼人駅に出て…今度は鹿児島神宮に立寄った…ここもまた、天地のエネルギーが渦巻くようなムードが在る…

やがて鹿児島市内に戻り…やや雲が多い中ながら、桜島の眺望を愉しむなどして過ごした…そういうような流れから…夜は<屋台村>で、結局「バタン!!」と眠った訳だ…

そして迎えている早朝…今日は「北上」する…明日からの「更なる北上」に備えるのだ…

細々したことは追って振り返るが…「好い時間」を過ごすことが適っていると思える…

時空に架かる橋…:錦帯橋(2018.11.25)

↓大きく弧を描いて、真ん中が盛り上がった橋が組み合わさる…「五橋」と呼ばれる場合も在るらしい錦帯橋…
25-11-2018 Iwakuni vol01 (7)
↑日が高くなり始めたような時間帯に現地に至った…「光り輝くような世界へ架けられた橋」というようなことを思い浮かべた…

現在の場所の辺りに1673年に初めて橋が架かり、洪水で流失してしまったので1674年に再建された…それが「錦帯橋」として知られるようになり、1950年まで276年間も威容を保った…1953年に再建され、2002年と2004年に劣化した部分を修復している…

古式な木造の橋梁が、何世代にも渡って受け継がれている…時空を超えて川の両岸を結び続けている錦帯橋だ…

↓少し引くと、「連なるアーチ」という感じが判り易い…
25-11-2018 Iwakuni vol01 (8)

↓朝早くの風情が好かった…
25-11-2018 Iwakuni vol01 (2)

この錦帯橋が何となく頭に浮かび、「視に行くなら…広島辺りに陣取って…」と考え、ウラジオストクから成田に着いた直後に広島を目指したのだった…

鮮やか!:錦帯橋(2018.11.25)

岩国辺りで…紅葉は「殆ど終わり…」という感ではあったのだが…

↓こういう様子が視られた!!
25-11-2018 Iwakuni vol01 (1)

朝早めな時間帯…川を渡る風が存外に冷たく、「氷点下の気温の中でも着用」という上着が有効だった…

この錦帯橋…美しい!!視られて善かった!!

<トワイライトエクスプレス瑞風>:広島駅(2018.11.25)

「始発」と目される列車で岩国駅を目指そうと…駅前の“指定休憩所”を引揚げて広島駅に入った…

IC乗車券の<ICOCA>を利用して改札口を潜り、目指すホームへ向かえば、ホームに車輛が視えた…「既に列車が待機中?」と思いながら近寄ったが…何か見知った山陽線の普通列車で運用されている車輛と様子が違う…

↓停車中であったのはコレだった…
25-11-2018 Hiroshima Station in early morning vol01 (2)
↑遠い国の車輛を思わせる個性的なデザイン…<トワイライトエクスプレス瑞風>だ…

JR九州で“クルーズトレイン”というモノを成功させ、それに触発を受けるようにJR東日本やJR西日本も同種のモノの運行を始めた…<トワイライトエクスプレス瑞風>はJR西日本のモノだ…京都・大阪を起点に山陽・山陰を走り回る“クルーズトレイン”である…

2015年に計画が発表され、2017年から運行を始めている<トワイライトエクスプレス瑞風>…何処の線区にも入り込める―非電化区間を含む…―ようにディーゼルカー―「JR西日本87系」と呼ばれるようだ…―となっていて、マダマダ真新しい感じだ…車輛がピカピカなのが画でも判る…

↓「団体列車が発車します」のアナウンスが流れ、静かな日曜日早朝の広島駅を<トワイライトエクスプレス瑞風>は出発した…
25-11-2018 Hiroshima Station in early morning vol01 (4)

この種の列車…「駅で眺めるだけ…」に留まってしまっているが…「何時か乗車したい!!」というような気になる…

列車名の「瑞風」とは「瑞々しい風」のことで、「吉兆を現す風」という意味を併せ持つとされているらしいが…これを視られて「地域に歓迎されている!!」という嬉しい気分になった…

運航日誌:“緩急”の“緩”か“急”か?「鎮西入り」へ…(2018.11.25)

時間を設けて動き回るという場合に、どうしても“緩急”というようなモノは生じる…今日は…「早くから動き回っていた」という意味では“急”だが、「意図的にゆっくりした夕刻を過ごそうとしている」という意味では“緩”だ…

多分「始発」と見受けられる列車で、広島から岩国を目指した…

早朝の広島駅へ向かってホームに出てみると…見慣れない車輛が?!「団体列車が発車します」というような案内放送が流れたが…<トワイライトエクスプレス瑞風>だった!!

<トワイライトエクスプレス瑞風>…JR九州の「クルーズトレイン」に触発され、JR東日本とJR西日本もその種の列車を運行するようにした…そのJR西日本のモノが<トワイライトエクスプレス瑞風>だ…嘗て、青函トンネルを潜ってから日本海を縦断というルートで札幌・大阪間を走っていた<トワイライトエクスプレス>の名を冠しているが、あの列車に使っていた客車を思わせる深い緑の車輛だった…“実物”を初めて目撃出来た訳だ…

岩国を訪ねたのは…あの錦帯橋を一寸眺めたかったからに他ならない…列車が岩国に着けば、既に路線バスは普通に運行されていて、駅前と錦帯橋との間を往復した…川風が多少冷たかった…

岩国からは…広島を通り越して西条に至る列車に乗車した…

西条は酒造が盛んな地域だ…古くは「四日市宿」という西国街道の宿場町だったそうだが、明治期に寧ろ「西条」と呼ばれるようになり、鉄道も通って酒造業が盛んになって行った経過が在るのだという…

今日の感覚では余りにも狭隘な「メインストリート」が嘗ての街道ということで、その辺りに酒造会社等が在り、なかなかに趣きが深い…

結局、西条で最大の酒造会社と見受けられる<賀茂鶴>(かもつる)と、江戸時代の1670年代からの伝統を受け継ぎ、「広島県内最古の酒造会社」と言われる<白牡丹>(はくぼたん)に立寄り、一寸「試飲」もさせて頂いて、土産を買い込んで“地方発送”である…

西条は、赤茶色の瓦を使った古くからの建物が見受けられる…これはなかなかに特徴的なので紹介されているが、石州瓦の職人達が流れ込み、盆地地形で冬季の気温が周辺より低い西条で「低温に強い」とされる、石州瓦のノウハウで造られた瓦が好まれたという経過が在ったのだそうだ…石州瓦と言えば…ユジノサハリンスクに伝わるサハリン州郷土博物館の屋根にも使われている代物だ…

何か、今般はなかなか視る機会の無い列車を期せずして視て、錦帯橋を眺めて、銘酒の故郷を訪ね、非常に愉しい!!

朝早くは上着を引っ掛けていたのだが…西条で日が高くなった辺りには…上着が少々邪魔に感じられ、また抱えて持ち歩くという展開になっている…

西条からは広島へとりあえず引揚だ…

ハッキリ言えば…設けている時間の大半を、広島辺りに陣取って山陽地域で過ごすのも悪くない…そうは思ったが…結局は「更に西」へ進んだ…今般は何となく「鎮西入り」を意図していたからに他ならない…深く考えずに…別府に宿を取ってのんびりすることにしたのだ…

広島で…前夜に美味かった“お好み焼き”を「アンコール!!」で頂き…<のぞみ>で小倉に移動し、小倉で一息入れてから<ソニック>で別府に入った…別府では、駅のホームから建物が視えるような、便利で安価な宿を押さえることが適ったのだ!!

別府では…何となく散策に出たは好いが…前夜の眠りも浅い中で早朝から動き回り、やや草臥れていたのと…宿で頂いた近隣地図に在る“〇〇通”と称する辺りの街路の通称が、実際に歩いてみるとよく理解出来ず、加えて薄暗くなっていて迷子になりそうだったので、直ぐに駅の近くへ引揚げた…

歩き廻って、何やら面白いモノに出くわしたのではないが…近所の居酒屋で頂いた<とり天>、<馬刺し>、<琉球丼>という料理や、<閻魔>という大分麦焼酎のハイボールが美味かった…

<琉球丼>というのは…その昔、船員や漁師が沖縄に行って、「彼の地ではこういう流儀で…」と魚の刺身に調味料で濃い味を付けて、それを摘まむことを好んだと伝わり…刺身に味付けをして、小鉢や皿に盛って摘まむことを<琉球>と呼び習わしているのだという説が在るらしいが…仔細は判らないという…店では、カンパチの刺身にゴマと醤油で味付けをしたモノを丼飯に乗せて<琉球丼>と呼んでいた…

<とり天>は…鶏肉の唐揚げとは一味違う、大分県でポピュラーだという揚げ物…<馬刺し>は隣県の熊本県のモノで、赤い肉に「鬣(たてがみ)」という白い脂身も在って、一寸美味かった…

こういう具合に「九州の味」を少々楽しんでいる次第だ…

更に…別府駅傍の宿には、温泉の浴場も備わっていた!好みの湯加減で、多少ゆったりと…何か…久し振りのような気がする…

こういう具合に長閑に過ごしているという意味で“緩急”の“緩”のような感だが…多分「始発」と見受けられる列車から動いているという意味では“急”だ…明日のことは?明朝に考える…

運航日誌:山陽へ…(2018.11.24-25)

「寝付きが悪い」というような場合?では眠らなければ善い…ということでダラダラと過ごしているのは…広島駅近辺の“指定休憩所”と勝手に呼んでいる場所…「ネットカフェ」である…

そのうち本当に草臥れれば、それなりの寝床を確保して確り眠れば善いのだ…結局、久々に「好き勝手!!」なスタイルで出歩くので、気分が酷く昂揚しているのであろう…多分、それなりの寝床が確保出来ても、恐らく似たような展開の深夜になってしまっていることであろう…

東京、品川、新横浜の後、名古屋に停車した<のぞみ>…そこからは京都、新大阪、新神戸、岡山と停まって広島に至った…広島で下車したが、列車は新山口、小倉に停まって終点の博多に至る訳だ…

<のぞみ>には車内販売が…新大阪まではJR東海の関係…新大阪以西はJR西日本の関係と車内販売の運営会社が替る…乗務員も新大阪を境にJR二社で交替しているのだが、それに関しては「(人が入れ替わるのは当然として)制服が違う」というだけのことだ…車内販売の場合は扱い品等が少々変わる…

最初は新横浜を出た後…アイスクリームと珈琲を求めた…「何時もの…」という感じで朝食の後、2回の飛行機でサンドイッチを頂いたものの、何やら空腹を禁じ得なかった…京都の手前で何か求めようと思ったが…新大阪以西であればJR西日本の関連になるので「関西方面の気が利いた弁当?」と期待して待つことにした…新神戸を過ぎた辺りで現れた車内販売で求めたのは、奈良県の<柿の葉寿司>だった…これが一寸好い感じだった!!寿司飯が柿の葉で包れていて、1個ずつ手を汚さずに、伝統的な押し寿司のような感じのモノが美味しく頂くことが適う…「お弁当好適メニュー」である!!

広島駅で下車後…駅前から路面電車に…連接式で「大袈裟?」にも見える低床型の車輛に乗車し…<原爆ドーム前>へ…古くは<相生橋>と称した停留所らしいが、来訪者のお訊ねが余りにも多いので<原爆ドーム前>という停留所名にしてしまったらしい…

照明に浮かび上がる、惨禍のことを伝える、半ば崩れた旧い建物…焼け跡から街がまた起こり、現在では凄く大きな建物があの「原爆ドーム」の在る公園を囲むかのように見える…そして相生橋が架かる川の水面に灯りや「原爆ドーム」が映り込んでいる…惨禍を乗り越えて築かれた繁栄と平和…時にはこの「原爆ドーム」を眺めてみたくなる…

そういうことをして広島駅前に引揚げた…

広島駅の辺りで、「お好み焼き」を頂いた…

広島では「広島風お好み焼き」と言うと「顰蹙を買う」と聞いたが…広島駅の傍で、方々の人達がやって来るという場所柄、店の前には「広島風お好み焼き」と在った…

広島の流儀の「お好み焼き」は…野菜や肉、その他の正しく「お好みのモノ」とうどん等が入って、なかなかにボリュームが在るのだ…今般は「ハラペーニョを入れた」というモノを美味しく頂いた!そして…酒造が盛んな地域でもある広島県なので…<広島錦>という、酒造メーカーが県内の飲食店に卸しているという日本酒を一合、大変美味しく―爽やかでバランスが好い味わいだったと思う…―頂いたのだ…

午後8時半に到着という状況…とりあえず休もうと午後10時台には“指定休憩所”に入った…そうしていて、「寝付きが悪い」とか、うとうとと眠ったとかをバラバラに繰り返して、何やら「深夜とも早朝ともつかないような…」という妙な時間帯に至っている…

ところで…氷点下10度前後に対応すべく、長袖シャツの下に長袖アンダーウェアを着て、上着を引っ掛けたが…その状態で「上着が少々邪魔…」と抱えていた…夜少し遅い感じになって、広島はプラス7℃程度…街の人達は「冬の外出スタイル」で上着を確り着て、マフラー着用も存外に目に留まる…私はこの気温でそういうことをすると、必要以上に汗をかいて体調を崩しそうだ…アンダーウェアを軽いモノに切り替えることにする…

今日は…少し早くから動き出すこととしたい…

到着した広島駅から…更に西の終点を目指す<のぞみ>…(2018.11.24)

列車の後尾側…14号車の15号車寄りに乗車していた…下車後に列車の後尾側へ廻り込んだ…

↓品川から広島まで運んでくれた列車に敬意と感謝を込めて、静かに見送った…
24-11-2018 Hiroshima vol01 (1)

途中の新大阪まではJR東海の乗務員と系列の車内販売…終点の博多まではJR西日本の乗務員と系列の車内販売だ…乗務員に関しては、人は交替していても、制服が違っているというだけだが…車内販売は扱い品が変わる…違う会社で手掛けているので当然かもしれないが…

成田空港に到着したS7航空のA320(2018.11.24)

ボーディングブリッジを通り抜け、成田空港の第2ターミナルの中へ…

↓乗せて頂いた飛行機が到着し、色々な関係者が慌ただしく働いている様子が視える…
A320 of 'S7' at Narita AP on 24-11-2018 (1)

↓一寸好きな光景である…
A320 of 'S7' at Narita AP on 24-11-2018 (2)

通常…ウラジオストクからユジノサハリンスクに着いたA320がウラジオストクに折り返す…それから?或いはウラジオストクから成田を往復するのかもしれない…何か、全く同じ飛行機に2回乗った…というような気がする…「だから?」という話しだが…

飛行機は忙しく動き回るものだ…或いは成田からウラジオストクへ引揚げた後も、何処かとの間を往復するのかもしれない…

運航日誌:日本海を2回越えて…(2018.11.24)

品川駅で、東京駅からやって来た列車に乗換え、列車は新横浜駅に停車し、以降は1時間20分程度の間、停車は無く、「次の停車は名古屋でございます」とのこと…

成田空港からの<成田エクスプレス>に乗車し、品川駅で新幹線の<のぞみ>に乗車…以前も利用したパターンである…この時季…車窓は直ぐに暗くなってしまう…成田空港地下の駅で「完全に満席で切符が取れない…」という話しになった夜行列車の車窓と然程変わらないのかもしれない…

所用で稚内へ向かうことに先駆け…自由に動き回る時間を設けた…非常に楽しみだったが…今般は明確に時間を設けられるということを確定するまでに時間を要し、「こういう場所を視に…」というようなことは然程考えずに出発してしまっている…

氷点下10℃を伺おうかというユジノサハリンスクを出て…日本海を西へ進んでウラジオストク…ウラジオストクの空港で出国手続きをして乗換え…日本海を東へ進んで成田空港に到着だ…西へ、東へと進む都度に「マイナス1時間」の時差が生じた…11月から愛用し始めているロシア製の<スラーヴァ>の腕時計は飛行機を乗換える都度に時間を調整している。現在は“日本時間”の時刻を表示している…

東京で少々道草して、夜行列車に乗車して西へ進むことを意図したが…出発直前になって「連休で交通が混み合う週末」であったことに思い至り…“第2案”として、以前に利用した「博多行」の<のぞみ>で、大阪以西に進むということを思い付いていたのだが…結局、その“第2案”が採用だ…

「連休」ということで…自由に動き回る時間の入口になる週末は、例えば航空券を求めてみようとすれば「イマドキ、こういう価格帯の航空券が在るのか?!」という高価なモノばかりが残る…普通な料金の列車の方が好ましい…で、希望の人気列車の席が取れずとも、「“身軽なおっちゃん”が約1名」という程度なら、潜り込める余地は在るというものだ…

JR東海やJR西日本が関わるN700系電車を運用している新幹線の列車…「一寸、一息…」のブースが設けられている…実に好いように思う。巷では「一寸、一息…」が「目の敵」のようにされているのだが…個人的には、人が多い場所での“歩きスマホ”の方が、最低でも1200倍位は迷惑だと思う。成田空港のエスカレーターで“歩きスマホ”をしている人が在って、エスカレーターが終わる所で躓きそうになっているのを視た。私の少しだけ手前…その人は転倒こそしなかった…そして「危ないのが…」と私も敢えて距離を少し開けていたので影響は被らなかったが…派手に転ばれると、少し後ろから上がっている人達が危ない…それから、何となく人が多くなった通路を塞いでダラダラというのも、僅かばかりの時間で何度か出くわす…

とりあえず…日本国内に入った…