<ニコライ2世凱旋門>(2018.06.10)

↓ウラジオストク都心部、スヴェトランスカヤ通から海岸側へ通じる辺り、緑地の中に設けられている門が在る…
10-06-2018 Vladivostok vol07 (23)
↑1891年、皇太子時代のニコライ2世がウラジオストクに立寄ったことを記念したモノである…

↓独特な、面白い形状の建造物だと思った…
10-06-2018 Vladivostok vol07 (25)

ロシア革命後、この凱旋門は取り壊されてしまっていたというが、2003年に復元されたそうだ…来訪者にも人気の場所だが、地元の人達が何かの折に記念撮影をする場所としても親しまれているそうだ…

↓この辺りを歩き回った時に、天候が素晴らしかったことを思い出す…
10-06-2018 Vladivostok vol07 (26)

<ムーミー・トローリ>(2018.06.11)

↓ウラジオストクでは、少し名前が通ったバーである…
11-06-2018 Vladivostok vol06 (14)
↑ソ連時代末期に色々なロックバンドが注目されたのだったが、その中でも異彩を放った「ウラジオストク出身」のバンド、<ムーミー・トローリ>に因む店名…聞けば、バンドのリーダーが経営会社に関与しているらしい…

↓渋い店内だ…
11-06-2018 Vladivostok vol06 (10)
↑遅めな時間帯の賑わいの前に、一寸だけ立寄った…

↓昔のレコードが、壁の上にオブジェ風に飾られていた…
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↓カウンターに陣取って、スコッチをロックで…
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↓そして<ロングアイランドアイスティー>も…
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また、ゆっくり寄りたいような雰囲気だ…

バサルギナ岬周辺(2018.06.10)

↓多くの海鳥が見受けられる、少し目立つ岩礁である…
10-06-2018 Vladivostok vol09 (12)
↑バサルギナ岬の周辺だ…

ボートで巡ったウラジオストク…忘れ難い日に、この辺りに停泊して暮れ行く空を眺めていたのだった…

<ルースキー橋>からボートで遠ざかる…(2018.06.10)

↓酷く気に入った画である…
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↑ボートで航行し、巨大な<ルースキー橋>の間近や真下を通り、やがて遠ざかって行くという場面だ…

巨大な橋梁の向こうは西寄りな空…ウラジオストクの街並みの一部がシルエットとなり、空に散った雲が西日の干渉で輝く…そして「深い入り江」で静かな海は、航行するボートが波を立てている…

忘れ難い日の、記憶に残る光景だ…

<ルースキー橋>…日没…雲…(2018.06.10)

↓バサルギナ岬近海の船上からの眺めだ…
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↑船上に居合わせた人達が、只管に黙って眺めては、時々写真を撮るというような…とにかくも見入ってしまうような光景だった…

この日の午後、「或いは雲が多過ぎないか?」と思わなくもなかったのだが…「適度に天空を彩る…」という程度の雲の拡がり方になったと思う…

忘れ難い光景、忘れたくない光景である…この風景を視て、「この日までの時点で“今年で最良の日”と言って差し支えない…」と思ったのだった…

オーロラ航空機:ユジノサハリンスク空港(2018.06.10)

利用の便に無事に搭乗…ユジノサハリンスク空港はボーディングブリッジが無く、飛行機のタイプを問わず、悉くが「バスに乗せられて、タラップ前まで運ばれて、そこから飛行機の機内へ」というプロセスを経る…着席して、暫らくして飛行機が離陸に向けて動き始めると、何やら大きな安堵感を覚える…

↓そういう中で機窓を覗く…
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↑待機中のオーロラ航空の飛行機が綺麗に間近に視えた…訳も無く「嬉しい!」ような気分になる…

オーロラ航空…ユジノサハリンスクが本社というようなことらしい…サハリンの「地元の翼」ということになるであろうか…

そんなことを想いながら眺めたが…乗っていたのはS7航空の飛行機だった…

<ルースキー橋>:入り始めた灯りが目立つ前:海上から望む(2018.06.10)

↓橋梁、殊に大きく見栄えがするモノに灯りが入り始める頃というのは、視ていて面白い…
10-06-2018 Vladivostok vol08 (11)
↑やや肌寒い船上で、飽きもせずに眺めていた様子である…

眺めて見栄えが好いこの橋だが…ウラジオストク都心部から、もう1つの橋も経てルースキー島までが「繋がった」という状況をもたらし、或いは「1860年の建都以来、最大のインパクト?」という状態になっているようにも思える…非常に興味深い…

夜の船着場:ウラジオストク(2018.06.10)

夕刻のウラジオストクでボートに乗り、沿岸を巡るツアーが愉しかった…

↓ツアーのボートの発着地となった船着場…ツアーを終えて引揚げた場面である…
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↑夜の10時を過ぎたような辺りながら、微妙に明るさが残る空が「6月らしい」感だ…鏡面のような海に、繋留された船や周辺の構造物、建造物が映り込んでいる…

場所は金角湾を跨ぐ橋<黄金橋>を、都心部寄りから渡った対岸地域の一隅である…橋梁の巨大な柱も遠くに覗き、海にもそれが映り込んでいる…

愉しかった「小さな冒険」の余韻に浸りながら眺めた光景だ…忘れ難い雰囲気、忘れたくない場所という感である…

ルースキー島:極東連邦大学周辺の公園:海上から望む(2018.06.10)

↓ナイトブルーの空と、それを映し込む鏡面のような海の狭間に、様々な色の光が煌めく…
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↑ルースキー島の沿岸部が視える辺りに寄せたボートの上からの眺めだ…

ルースキー島の「APEC会場跡地」に、ウラジオストクの有名な研究教育機関である極東連邦大学が本拠地を移し、周辺の整備が進む中、沿岸部は美しい公園として整備されている…

その公園部分にカラフルな灯りが入っているのだ…そして光に浮き上がる公園の木々の向こうに、少し背が高い大学の建物が覗いている。

存外に「視る機会が少ない?」ような気がする眺めで、こういう様子に出会えたのも非常に幸運だ…

ルースキー島の灯:海上から望む(2018.06.10)

↓ウラジオストクの有名な研究教育機関である極東連邦大学を軸に、“都市建設”が行われた、或いは行われている感の地域を、鏡面の様な海に浮かぶボートの上で眺めた…
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↑暗くなるに連れて沿岸部の灯りは数と輝きとを増し、波静かな海面に光が跳ね返って揺れる…

「6月」の、「何時までも暗くなり切らない…」という感の“ナイトブルー”が非常に好い…その“ナイトブルー”を跳ね返している海面の「ゆらぎ…」が独特な雰囲気を醸し出す…

忘れ難い光景、忘れたくない光景である…

ウラジオストク空港周辺の上空…(2018.06.12)

ウラジオストク空港を早朝に離陸し、未だ「Доброе утро」(ドーブラエ ウートラ)(=Good morning)という挨拶で差支えない間の時間帯にユジノサハリンスク空港へ到着…そんなスケジュールで動いていた…

↓無事にウラジオストク空港を離陸して程無くの様子だ…
12-06-2018 trip vol01 (2)
↑搭乗機が静かに上昇する中、やや多いようにも視える雲の間から朝の光が降り注ぎ、緑が濃くなっている沿海地方の陸地が眼下に覗く…

何か、酷く強く印象に残る光景だ…旅から戻って時間が経つ程に思い出される様子である…

搭乗へ…:ウラジオストク空港(2018.06.12)

搭乗待合室で搭乗の案内が在って、ボーディングパスを示して扉を潜り、階段を下りる…待っているバスに乗ることになる…

↓バスの中、何となく乗客が揃うまでの待ち時間が在り、何となく窓の外を眺めた…
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↑ボーディングブリッジ使用なら、手前の白い飛行機の辺りに搭乗する飛行機が在る筈だ…であれば、この角度から飛行機は視えない…

少し奥の、鮮やかなグリーンの機体…これが利用したS7航空の機体だ…バスは画の左側の方向に進み、大きく廻り込んで、機体の辺りのタラップ前に向かった…

毎日のように飛行機に乗るのでもない訳で…こんな様子が眼に入るのは、飛行機での旅ではお楽しみの一つである…

ウラジオストク空港のS7機 A320 (2018.06.12)

↓早朝のウラジオストク空港…搭乗予定のS7航空の機体が待機している…
12-06-2018 (P7700)
↑6月の明るくなる時間帯は早めで、機体の塗装が鮮やかだ…

こういう画を撮ることも叶う、ズームレンズ搭載のP7700も持って行っていて、何となく撮った画だ…

待機中な飛行機の様子を視て、「搭乗の時はバス?」と思ったが、案の定だった…

暁:レーニン像…駅…橋梁…(2018.06.11)

前夜は真っ暗になるまで動き回り、「プラス1時間」に馴染んだ身体では「多少の夜更かし?」だったにも拘らず、確りと「明るくなるような頃合い」に起き出してしまった…

そして「天候?悪くない…」となれば、少しばかり辺りを散策してみるのが、出先では「好い!」と思っている。

↓初めてウラジオストクに着いた時以来の「気に入っている場所」を眺めに行ってみた…
11-06-2018 Vladivostok vol04 (1)
↑レーニン像の背中側から、ウラジオストク駅、海と橋梁が視える方向が東寄りに相当する。暁の空の雰囲気が好い…適当に散っている雲の形や色が面白い…

たった3回…各回共に2泊で、極々短い滞在に留まっている、さらに3回中の2回は「早朝出発」なので更に滞在が限定的なウラジオストクではあるのだが、それでもこ「この光景」は「何時も記憶の何処かに…」という感である…

<ルースキー橋>:日没後:海上から望む(2018.06.10)

↓巨大な橋梁に灯りが入った様…静かな海面に、灯りの入った橋梁や、周辺道路の街灯が映り込む様…
10-06-2018 Vladivostok vol01 (10)
↑多少の肌寒さを苦にもせず、ボートの上から眺め入った光景である…

ウラジオストクで半島とルースキー島とを結んでいる巨大な橋梁だ…大変に愉しかったツアーと相俟って、こんな光景も忘れ難いものになっている…

朝の金角湾:<黄金橋>が視える光景(2018.06.11)

朝、客船ターミナル辺りを散策した…

↓天候に恵まれた滞在期間だったが、朝の様子が好かった…
11-06-2018 Vladivostok vol04 (2)
↑金角湾を跨ぐ橋が輝き、上空の雲も面白い感じだ…

こういう光景に出会う…というだけでも、ウラジオストクを訪ねてみる価値は在るかもしれない…そんなことを思いながら写真を視ている…

“ガーゴイル”が飾られた建物:オケアンスキー通(2018.06.11)

<中央広場>が視える辺りから、北寄りな方向への上り坂が在り、交通量も多い…オケアンスキー通だ…

↓オケアンスキー通の上り坂に入って程無く、不思議な飾りの在る建物が眼に留まる…
11-06-2018 Vladivostok vol06 (6)
↑“ガーゴイル”と呼ばれる想像上の動物だ…

↓坂の上の側、建物の側面の感じだ…
11-06-2018 Vladivostok vol06 (7)
↑欧州で流行った経過が在るような感じの造りで、色々な飾りが面白い…

この建物…嘗ては「日本総領事館」であった建物なのだそうだ…

1876年に当時の日本政府はウラジオストクに「貿易事務館」を設置し、それが1907年に至って「領事館」ということになったという。その後「総領事館」に格付けが上がっている。そして1914年に最初の木造の建物が取り壊され、現在は博物館になっている建物に総領事館が入居し、1916年に画の建物が完成して総領事館になったのだという。そして1946年まで、この建物が総領事館であったのだということだ…

因みに…この建物は、現在は裁判所になっているそうだ…

不意に古くからの経過が覗く建物に出くわす…こういうのが、他所の街を散策する楽しさである…

「運休」の旨…そして…(2018.06.11)

ウラジオストクでは、高台の展望台へ向かうケーブルカーが運行されている。4月、5月に乗車した経過が在り、一寸乗場に行ってみた…

↓入口が閉まっていて、硝子張の部分からこんな掲示物が覗く…
11-06-2018 Vladivostok vol02 (5)
↑「事情によりケーブルカーは運休」とのことである…

↓6月1日から7月1日が、年一回の定期メンテナンスとのことだ…
11-06-2018 Vladivostok vol05 (12)

↓ケーブルカーの脇に、こういう階段が在るので、途中で一息入れながら、一寸上がってみた…
11-06-2018 Vladivostok vol05 (11)
↑下りる際には、別な道路を通ったが…この階段は急峻だ…

こうして運休に出くわすと、永く活躍しているケーブルカーの「有難さ」を実感する…

<ルースキー橋>:海上から望む…(2018.06.10)

<ウラジオストクの灯台>というボートで近海を巡るツアーの中、巨大な橋梁の後背で空が西日に染まる様を船上眺めた…

バサルギナ岬灯台へ近付く時、振り返ると岩礁の向こうに橋梁が視えていた…
10-06-2018 Vladivostok vol03 (2)

やがてバサルギナ岬灯台を少し離れて停船した…

↓画の右側…ムラヴィヨフ・アムールスキー半島の向こう側の海に日が沈んで行く様が「やや強い輝き」で判る…
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↑適度に散った雲が、空を劇的に見せている…

↓空は静かに暮れて行く…
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当初は「最少催行人員が集まっておらず…」という状況だったツアーが催行され、なかなかの好天、「空の具合」という観点では非常に好い「適度に雲が散っている」状況の下で海上を巡ることになった…「忘れ難い絶景」に触れることとなった…思い付いて出掛けてみて好かった!!

バサルギナ岬灯台:海上から望む…(2018.06.10)

<ウラジオストクの灯台>というツアーに参加し、ボートでウラジオストク近海を巡る機会が在った…

↓バサルギナ岬灯台である…
10-06-2018 Vladivostok vol01 (5)
↑岬の脇に在る岩礁の上に灯台が築かれ、岩礁は岬と細い吊橋で結ばれている…

ボートで近付き、海鳥が多い岩礁に忽然と現れる灯台…1937年に竣工したそうだ…戦時は敵の艦船や航空機を警戒するような役目も負った場所らしい…

↓「風浪が創った」と感じられるような地形の場所だが…比較的穏やかな条件で、海や空は西からの光線に輝いていた…
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バサルギナ岬灯台はスクリプリョフ島灯台と連携で運用される。バサルギナ岬灯台は緑ランプ、スクリプリョフ島灯台は赤ランプで、2つの灯台を結ぶ線が「ウラジオストク港域内の出入口に相当する線」という感になっている…

↓少し遠ざかった…
10-06-2018 Vladivostok vol04 (11)

灯台を眺めながらウラジオストク辺りをボートで巡る…好い経験だった!!

スクリプリョフ島灯台:海上から望む…(2018.06.10)

<ウラジオストクの灯台>というツアーに参加し、ボートでウラジオストク近海を巡る機会が在った…

↓スクリプリョフ島灯台だ…
10-06-2018 Vladivostok vol01 (4)
↑ウラジオストク港の域内へ通じる辺りの小さな島に灯台が設けられている…

この島には軍隊が駐留した経過が在り、古びた兵舎が残るが、現在は使用されていない。現在は灯台を管理する人達が灯台に住むだけであるという…

スクリプリョフ島灯台は、直線で結んだような位置関係に在るバサルギナ岬灯台と連携して運用され、ウラジオストク港の出入口の安全を護る役目を担っている…19世紀以来の経過が在る灯台だという…

この日は…薄い雲が拡がる蒼い空の下、輝く海に新緑が眩しい岩の島が浮き、古めかしい灯台が島に乗っている様子が視えた…ボート上の陣取っていた辺りから、やや視悪かったことと、揺れた関係で撮った写真はやや少なめだった…

この場所に関しては…ボートを出して海上からでも眺める他、アクセスは無い…貴重な機会となった…

運航日誌:帰着…(2018.06.12)

普段は「朝食」に寄るユジノサハリンスクの店で…「朝食に遅過ぎ、昼食に早過ぎ」というタイミングで、普段は朝食に頂くサンドイッチを…飲物は休日なのでビールにした…

そんな道草で、無事に住まいに帰着である…

ウラジオストクでは、4月に利用した早朝のフライトと同じ時間帯のフライトを利用することになっていたので、4月の事例のように、朝早くの出発で宿からタクシーで空港に向かった…道中の「明るさ」が4月とは違った…そして空港にしても、夜間の外の照明が、空港に着いて建物を外から視ていた間に消灯になった…

フライトは…離陸後は朝の光が眩しい感じであったが…途中から「雲の上」、「半ば雲の中」という状況が続いて、多少「カタカタ…」と揺れた…そしてユジノサハリンスク空港に降りる前、サハリンの南側で降下した際にはコルサコフ港が視えた…

空港から街中へ…ミール通は少し空いていた…「休日の朝」である…

ユジノサハリンスクはウラジオストクより少し肌寒いかもしれない…10℃程度らしい…ウラジオストクでは、昨日は別段に寒いとも思わなかったが、夕食を摂った店のお姉さんが「今日は少し寒い感じ」としていた…私は「そうですか??」と応じたのだが…結局「肌寒い」には「地域毎の感じ方」が在るのであろう…

ウラジオストクへの上陸は3回目…毎度「もう1日や2日…」と戻った瞬間に思うのだが…或いは「それ位の時間で愉しんでみる」という程度が程好いのかもしれない…

とりあえず…今日はゆっくりと過ごすことになる…

トカレフスキー灯台:海上から望む…(2018.06.10)

<ウラジオストクの灯台>というツアーに参加し、ボートでウラジオストク近海を巡る機会が在った…

↓トカレフスキー灯台である…
10-06-2018 Vladivostok vol01 (2)
↑現在地辺りに1876年に灯台が築かれ、現行のモノは1910年に完成したモノであるのだという…灯台の高さは11.9mであるという…

岸から歩いてここを訪ねている皆さんや、海でのアクティヴィティーの中で立ち寄っている皆さんが多く見受けられた…灯台の背後が西寄りな空で、光の感じが面白い…

古くから「ウラジオストクの港の入口辺りに鎮座する灯台」ということで、「ウラジオストクのシンボルの一つ」のような感でもある…

↓何か、「眺めを満喫!」という感だ…
10-06-2018 Vladivostok vol01 (3)

岸からの眺めは、色々な画を見たような気がするのだが…海上から望んだ様子は余り記憶が無い…そういう意味で、好い感じの画も撮れて善かった…

運航日誌:“上陸作戦”等…(2018.06.11)

最近の「早寝早起き」な傾向に、「明朝が早い…」という事情も加わって、“別邸”という感覚にもなっている宿の部屋でゆったりとしている…

軽く…<シーバスリーガル>のロックを一杯に、<ロングアイランドアイスティー>を一杯という具合に頂き…メニューに何やらイタリア語が書かれていた店でパスタとリゾットの夕食を愉しみ、ホール係のお姉さんに「グラッツィエ!」等と言ってふざけてみて、帰り道に珈琲を求め、更に宿の館内でも珈琲を買い足して、何やら長閑な感じだ…

昨日は「今年の(これまでで)最も好かった1日」という具合に好い感じで<ウラジオストクの灯台>というツアーを愉しみ、やや遅く引揚げて直ぐ休んだ…そして今朝は早起きで、小さく辺りを廻って朝の光を受ける<黄金橋>を眺めたのだった…

一旦は宿に引揚げて一息で、朝食を頂き、そのまま外に出た…<黄金橋>を望む辺りまで歩き…近くのバス停で<黄金橋>、更に<ルースキー橋>を渡る路線バスに乗車したのだ…

<ルースキー橋>は、ルースキー島につながる橋だ…2012年のAPECのメイン会場が設けられた経過が在り、その後を極東連邦大学が“キャンパス”にした…従前のウラジオストク市内各所等に設けられていた施設が移転した型であるのだという。方々に大学の看板が掲げられた施設は在るのだが…学生の教育や研究の中心は、その新しい“キャンパス”に移っているのだという…

ルースキー島の大学に関しては、“キャンパス”という呼び方で通っている感だ…昨日、地元の人達を含む皆さんとお話しをして、何度も出て来た表現だった…

そしてルースキー島に関しては“オーストロフ”(島)が通称になっているようだ。今日、地元の人達が話しているのが聞こえた中で聞いた表現だ…サハリンで“オーストロフ”と言えば、「サハリン島そのもの、またはサハリン州」を指し示すように用いられるが、ウラジオストクでは「ルースキー島、またはルースキー島の方向」というような意味合いで用いられているらしい…

ルースキー島へ繋がる<ルースキー橋>に関しては昨日眺める機会が在ったが…今日はバスに乗車して往復した。序に<黄金橋>もであるが…とりあえず「ルースキー島への“上陸作戦”」を敢行した訳だ…

ルースキー島では…“キャンパス”という場所に行ってみた…

“キャンパス”だが、休日でも学生や関係者の出入りは多い…各校舎の向こうの海岸側は大きな公園になっている。その公園を訪ねた…“キャンパス”を通り抜けられるが、「近道?中で飲物でも売っている?」と校舎ビルの中を通り抜けることは出来ない…

前日に海上から視ていた辺り…ゆっくりと歩き回り、多少草臥れて、バスで引揚げた…バスは乗車した<黄金橋>が視える辺りで下車し、また歩いて、道草でランチ―ぺリメニ…―を愉しんで宿に引揚げた…

宿では…少しだけ眠ってしまったが…夕刻にすうっと起き出した…昨日、「市内の“日本人に所縁の場所”を歩いて巡るエクスカーション」というのが在るらしいと、ツアーの時に聞いていたのでそれに関して電話で問い合わせてみたが…何やら御案内役の方が体調不良で中止になったということであった…

それはそれとして…夕刻にはまた市内を散策した…そして、少しだけアルコールを頂いて食事を摂って引揚げた次第だ…

ウラジオストクに関しては…「街の経過」という観点では、<黄金橋>や<ルースキー橋>が供用されるようになって、「1860年の建都以来、“最大”かもしれない変貌」を遂げたのかもしれない…ウラジオストクの都心から空港の方向へ何やら移動するような感覚で、金角湾の対岸、更にルースキー島まで普通に車輛で動き回ることが出来る。「移動時間が縮まった」ということで「利用し易い地域が増えた」ということになるのだ…大学や近くの公園のような大胆な整備、開発というのも在るが、商業施設の建設や住宅建設も行われた、或いは行われている感である…

そういう「これから?」という新しいモノが加わるのであろうが…ウラジオストクは港を核に都市建設が始められ、複雑な地形の上に築かれた街が様々な歴史を刻んでいて、独特な光彩を放っているということに何ら変わりは無い…

気に入った場所とは言え…“次回”は在るのか、無いのかも定かではない…が、「是非また…」というように思う…こういうような「何度でも寄りたい…」という地元またはそれに準じる場所以外の場所が出来た、増えて行くというのは愉しいものだ…

そういうことだが…明日は早朝からサハリンへ引揚げる…

「地元のツアー」に参加してみて「今年の(ここまでで)最も良かったかもしれない日!!」というようにさえ思った件…

「少し変わったこと」をしたかもしれないので…顛末を書き綴っておきたい…

ウラジオストクの「地域情報サイト」が在る。

↓なかなかに豊富な内容が詰まっている…
>>VL.RU

↓中に、地域での様々な催し等の紹介を行っているコーナーが在り、その中には地域内で催されるエクスカーション、ツアーを紹介している内容が含まれる。
>>VL.RU:Экскурсии и туры во Владивостоке

この「ウラジオストクのエクスカーションやツアー」という中身を何気なく視ていて、一つ「これは!?」というモノを眼に留めた。

«Маяки Владивостока»…「ウラジオストクの灯台」と銘打ったモノである。

↓該当のツアーの詳細ページを開いて、内容を視てみた…
>>Маяки Владивостока во Владивостоке 10 июня 2018

«Маяки Владивостока»(ウラジオストクの灯台)というツアーは、小さなボートを仕立てて、ウラジオストク沿海を巡って海上から灯台や巨大な橋梁を眺めるというモノである。概ね2時間程度の航海という内容だ…

これで料金は…「3,000ルーブルで釣銭」というような価格が示されている…「面白そう!」と思った…

<VL.RU>のこのコーナーでは、「Регистрация」(登録)というボタンが在って、そこをクリックすればフォームが現れて自身の氏名と連絡先等を入力するようになっている。後は、ツアーを催行する会社の御担当等とやり取りをして参加すれば善いという訳だ…

試しに…この「Регистрация」(登録)というボタンをクリックして「参加希望」という意志表示をしてみた…

殆どその直後に…<VL.RU>から「ツアー主催者に御申込を御伝えしました」というメール連絡が入った…

こういうことをやっていたのは昼頃だったが…夕刻近くになり、「ツアー主催者」からのメール等が受信された様子が見受けられない…

こういうサービスだが、ウラジオストクと言わず、実はサハリンにも在る…以前に利用してみたことも在る。

サハリンで利用した際には、サイトに在る連絡先に自身で連絡し、ツアー参加を進める仕組みだった。ウラジオストクに関しても、原理としては同じ訳だが…サハリンでの事例では、最初にツアー参加を打診した所で「満席…」で参加が叶わず、「次善…」と思いながら訪ねた2軒目で巧くツアーに参加出来たということが在った…

そんなことを思い出し、サハリンと1時間の時差が在るウラジオストクでは「未だオフィスアワー…」と思いながら、視ていたサイトに在った「ツアー主催者」のウラジオストクに在る会社へ電話を架けてみた。

「御社の«Маяки Владивостока»(ウラジオストクの灯台)に関して、VL.RUを介して申し込んだのだが…」と切り出して名乗れば、「先程、その申込を拝見しました。ありがとうございます」と会社の方は応じる。そして言葉を継ぐのだが、ツアーに関して、その時点で「最少催行人員」の申込が無く、どうやら「私一人…」かもしれない感で、「催行未確定」なのだということだった。

「そう…やるか、やらないか判らない?」と応じれば、先方は「明日の11時か12時頃までに何とか確定したいと考えていました」と言い出す。それを聞き、「今、私は時差が在るサハリン島に居る…そちらの12時は、こちらの13時…とりあえず明日にでも連絡を取りましょう…」ということになった。

そして迎えた翌日…先方は「サハリンから来る、外国人らしい客が申し込んでいる…」と張り切ってくれたらしく、「催行決定」ということになった。勿論、大歓迎である!

数人が参加の小規模なボートを使うツアー…昨年の<サハリンの涯>と称してクリリオン岬を眺めて、クズネツォフ岬辺りで寛いだという時の状態を思い出す…そう思っていれば、先方では「融通を利かせて、集まり易い集合場所や時間を調整したい」と言い出すので、こちらの予定を御伝えした。ツアーが夕刻開始であれば、当方は昼にウラジオストクに着いて宿に入り、その辺で昼食を愉しんで散策で、ツアーが「その日の主要な用事」になる訳である…

そういうやり取りの中、旅行会社の御担当がサハリンのネベリスク地区、ゴルノザヴォツク生れであるというような話題も飛び出して興味深かった。先方は「ところで…弊社のツアーに関心を寄せて頂いた理由は?」と言い出すので、「写真を撮るのが好きで、海からあの巨大な橋梁を眺める画や、灯台を眺める画は是非撮りたいと思った。御社のツアーのような、ボートで沿岸を巡る機会でも設けなければ、そんなことは出来ない…」と申し上げた…

そして、<中央広場>で集合と決まった。やり取りの中、先方は「多分“地理不案内”な、外国人らしいサハリンからの訪問…何処が集合場所として妥当?」と御気遣いを頂いた節が伺えた。滞在する宿や近隣の通や、食事を摂るべく寄ろうと思っている場所を挙げながら「あれの辺りで集合か?」等と尋ね、ウラジオストクを訪ねた経過も在る旨をお伝えしたところ、「待ち合わせのメッカの<中央広場>で善い」と考えて頂いたのであろう…

人数が予定より少ないので、やや割高な3500ルーブルの料金となるということだったが「想定の範囲」で、「2時間のボートでの航行」で「数人参加」なら「そんなもの…」と納得出来る範囲だ。

これで「大変に愉しみ!!」ということで、集合場所と時刻も確定したので、安心してウラジオストクへ飛べば善い…後は天候が悪くならないことを願うばかりだった…

そしてウラジオストクへ…

到着したウラジオストクは「好天の午後」という様相で、集合時間となった17時45分辺りに至っても好天である。空に若干の雲が散っている感で、夕刻の光の変化の中で、面白い情景が眺められる期待が膨らんだ…

ツアー会社の方…リュドミーラ・ニコラエヴナ・コルニチュナさんとおっしゃった…エネルギッシュな、何か“学校の先生”のような雰囲気が漂うという方だった。話しの中で「孫」という語も出る訳だが…雰囲気としては「社会人になって日が浅いお子さんが在る?」位の年代に視えたのだが、かなり若い頃にお子さんを授かったのであれば、孫が在っても不思議でもない世代なのかもしれない…

そんなことはどうでも構わないのだが…<中央広場>で車に乗って、移動を開始した。用意のボートに乗る場所へ移動ということだが…金角湾の“黄金橋”を渡って、少し先に在る、小型のトレジャーボートが集まっている船着き場へ向かったのだった…

ツアー参加者…リュドミラさんが最初に声掛けをしたと見受けられる、地元の写真家、モスクワの人達、カムチャッカの人達だった…リュドミラさんは、「今回のツアーは、出来るかどうかという感だったのですが、こちらの方が最初に申し込まれて、それが切っ掛けで催行に至りました」と皆さんに話していた。実際、私が問い合わせた後に「折角申し込みが在ったから…」と張り切ってくれた雰囲気は感じていたのだったが、正しくそういうことで、催行を決めた後にも申し込みが在ったように見受けられる…

ボートには船長と、私を含む6名のツアー参加者、リュドミーラさんともう一方のガイド担当のエレーナさんと合計9名が乗った…そして出航である!

波静かなウラジオストク辺りの海だが…小さなボートで速度が上がれば、多少揺れて飛沫も上がる…揺れ具合は然程気にならなかった…元気に甲板に陣取っていて、少しばかりの飛沫は浴びたが…

高台から視たことが在る“黄金橋”ではない方の巨大な橋梁、ルースキー島を他の地区と結び付ける“ルースキー橋”を遠くに眺めながら、“トカレフスキー灯台”を海上から眺めに行く…

そこからのコースは、“ルースキー橋”の下を通って、スクリェプリョフ島の灯台、バサルギナ灯台を巡り、ルースキー島の極東大学キャンパスが視える辺りに寄って、そこから船着き場に引揚げた…何やら「18時半頃スタートで2時間程度」という話しが…船着き場に着いて一息入れて、<中央広場>に車で送って頂いた頃には22時半を過ぎていて、何やら「随分ゆっくり…」だった…

今般は非常に天候が好く、「うわぁ!」という絶景の連発で、予定以上にゆっくりと海上で景色を眺め、各々の参加者が写真を撮る等していた…灯台の歴史や、昔の灯台守の仕事が大変であったというようなガイドのお話し、参加者間での色々なお話しとなかなかに愉しいひと時で、暗くなって来て「あれ?こんなに時間が経った??」という具合だった…

実際…私は「今年の(ここまでで)最も良かったかもしれない日!!」というようにさえ思った。

今般、この«Маяки Владивостока»(ウラジオストクの灯台)を手掛けた会社との縁が出来た…また、ウラジオストクを訪ねる機会が在れば、このツアーや他のモノ等、事前に尋ねてみることとしよう。実際、「“次”が在れば、是非とも御連絡を…」という話しもしながらリュドミーラさんと別れたのだった…序ながら…リュドミーラさんのお子さんが日本に滞在していたというような経過が在って、何度も来日した経過が在るようだ。そんなことも話題にしていた…

今般の「少し変わったこと」というのは、このツアーへの参加だった訳だ…

ツアーのボートに乗った時、一緒に居た地元の写真家氏が、私が提げていたカメラを視て「フジの“X”だね?」と話し掛けてくれた。<X100F>であると応じたが、彼は「最近出た<X-H>というのが凄く良さそうだ…」としていた。そして彼はSONYのデジタル一眼を使用していたのだったが…その脇で、私は<X100F>を使っていて、何やら写真は非常に多く撮った…ゆっくりと写真は整理してみたい…

こういう状況で宿にとりあえず引揚げ、室内で飲むモノを近在の店で一寸求めて、一息入れて直ぐに眠ってしまった…そして…2日目は早起きで、明るく天候が好いので客船ターミナルの辺りへ散策に出て…24時間営業の店で持ち帰り珈琲を求めてから宿に引揚げ、

運航日誌:大変に好い感じで…(2018.06.10)

自身にとっての「地元」ということになる稚内や、「地元に準じる」という感のユジノサハリンスクや札幌が在るが、「両者以外」の多くの場所に関しても、何度か訪ねた経過を経て「馴染みな眺め」というモノが色々と出て来るようになる…

そういうような、「地元」や「地元に準じる」という「以外」の、「馴染みな眺め」という中に身を置いて連休を過ごすという運びになった…

同じ街に3回目の滞在ということになり、3回目もそれ以前の2回も「同じ宿」ということになれば…フロアや部屋は各回で異なっていても、何となく宿が「別邸」でもあるかのように、勝手に思えてしまう…

結局、「来る祝日の3連休…どうしようか?」ということを水曜日の夜に考えて…「何処かへ…出掛けよう!!」とパタパタと手配をして足を運んだのは…「別邸」と勝手に感じるようになってしまった3回目の宿に滞在で、「馴染みな眺め」も増えて、出くわせば安堵感さえ覚える場合が在るウラジオストクに来てしまったのだ…

思えば「どの道“遠回り”なら、少し変わったルート…」と昨年11月に「ユジノサハリンスク→ウラジオストク→成田」という「サハリンから日本へ…」のルートを試行し、「これが何となく好い…」と気に入って、その後も今年2月と5月にその経路を利用した…そういう中、「空港のビル内だけが面白くない…」とウラジオストクを訪ねる機会を設けてみて、かなり気に入ったので再訪している。そういうような経過を振り返れば…何時の間にか、それなりの頻度でウラジオストクに出入りしていることになる…

ユジノサハリンスク・ウラジオストクの移動に関しては<S7航空>のウェブサイトを利用して航空券を求めている。何時もは「.pdf」の“確認票”のようなモノを、「直ぐに…」または「多少後に…」という感じでメールで送って寄越す。多方、空港では搭乗手続きの窓口でパスポートを提示するのみで、直ぐに事前に希望座席を指定したとおりのボーディングパスを寄越してくれる…今般…どうしたものか、その“確認票”のようなモノが届かない…出発前日に気になって、S7航空の“お問い合わせ電話”に架電して尋ねた…「承っています」と直ぐに判り、その内容をメールで送って頂いたので安堵した…

そういうことが在ったが、無事に搭乗手続きはアッサリと済み、なかなかに好天であった中で順調にウラジオストクに到着だ。空港から乗り合いバスで街の中に出て、とりあえず勝手に「別邸」と呼ぶ宿に入った訳だ…

今般は…夕方から「少し変わったこと」をする予定に…そちらの方は「今年の(これまでで)最も好かった1日」という具合に好い感じだった!これの顛末は別途綴る…

日中は…馴染んだ店でランチを愉しみ、少しだけ散策をして一息…夕刻に備えた訳だ…

午後10時台まで積極的に動いた形となった…正直…やや疲れた…何か「好い夢でも見て…」というように、休む前に思える程度に、何となく愉しく過ごすことが叶った!!そんな「感じ」に関して…とりあえず“日誌”的に綴っておこうとした訳である…

出る…(2018.06.10)

日本国内では「祝日が無い唯一の月」が6月である…

ロシア国内では「1990年代に設けられた新しい祝日」が在るのが6月である…

ロシアでは「自身の誕生日」を指し示して“祝日”と称する場合が見受けられる。そういうロシアの流儀に沿えば、6月には私自身の誕生日が在るので、何処に居ようとも6月には“祝日”が在ることになる。

「誕生日」と言って…何か「無駄に齢を重ねたことを何となく確かめる日」というように感じていた、または感じている側面が在るのだが…最近は「また1年生きていた」というのか「“生かされて”いた」というようなニュアンスの捉え方になって来たような気がしないでもない…

昨年11月に「アクシデント」が在った…あれに関して、自身では「不幸中の幸い」という程度に考えることにしていたのだったが…状況としては「もっともっと深刻…」な状態になっても不思議ではなかったのかもしれない。半ば冗談で「ややこしい男は、そういう状況で死んでしまえば…程度のことは囁かれていたであろう…」とは言っていたが…

そんな「アクシデント」状況から立ち直って行った中での誕生日で、今年は「生かされている」という意識が強い…

そういう誕生日に…不意に思った…「来る祝日の3連休…どうしようか?」ということである…

何かの機会に「自身で自身の資金を投じて何かを求める」ようなことを、「自分への御褒美」というように表現する場合が在るかもしれない。私は…そういう表現は余り用いない。自身では“御褒美”という程度の何らかの大きな仕事を成し遂げたというのでもなく、刻苦勉励して何かに打ち込んでいるという程でもない…淡々と好き勝手に日々を過ごしているに過ぎないのだ…

他方…現在「生かされている」ということ自体が、人やモノの運命を司る何らかの力が作用している「らしい」と思えることで、「生かされている」=「ここに自身が在る」ということ自体が、何処からどういう手順で贈り届けられたのかはよく判らないものの“御褒美”のようなものなのかもしれない…

最近…こういうようなことも考えていたが…「自身で自身の誕生日を祝うかのよう」な振る舞いは“野暮”かもしれないが…誕生日の少し後が祝日関係の3連休なので…一寸出掛けるということにしてみた…