「右手で扉の鍵を開け、左手を扉のノブに掛けて、扉を開く…」とか、「買い物袋を持っている右手が塞がっているので、左手で扉の鍵を開け、そのまま左手で扉を開く…」というようなこと…“普通”は敢えてこのように書き出してみるようなことなどしない、日常の無意識な所作なのだが…この数日、何やら頭の中に書き出したような短文が繰り返し出て来る…
これも「アクシデント」の影響で、「何となく損なわれてしまっていたモノ」が「還って来ている」ということに「気付いた」ということなのであろう…好い傾向だ…
「アクシデント」の影響で、何処かへ一寸出掛けてみるというようなことが億劫になっていたのだが…2月に淡路島に出て<高田屋嘉兵衛顕彰館>を訪ねることを目当てに神戸に滞在してみること、4月に「強引にでも機会を設けなければ、訪問機会が何時までも設けられないではないか?!」とウラジオストクを訪ねてみたことを通じて、また<“何処かへ行きたい”症候群>という「慢性疾患?!」のようなモノを抱えた「何時もの調子」に戻ったかもしれない…そんなことを思っていた昨今だ…
そうした中…“去り際”に「必ず、また来てみよう…」等と考えていたウラジオストクが、早くも「居ても立っても…」とバタバタしてしまいたくなる程度に懐かしくなって来た…未だ戻ってから1ヶ月にも満たないのだが…彼の地で触れた文物を色々と振り返って、そして天候等の状況で「もう少しこういう具合に…」と後から込上げて来る様々な考えが頭の中で渦巻き、<“何処かへ行きたい”症候群>を蝕む…
こんな状況下での“飛び石連休”…緩慢な空気の流れの中、<“何処かへ行きたい”症候群>は「日頃から抱えている…」という程度を踏み越して、「週末は絶対に何処かへ行く!!」という「激烈な衝動」という状況に陥ってしまった…
そして…ウラジオストクへ向かう…
↓極々一部は昨年11月や今年2月に空港等で撮影した画を使っている記事だが、4月のウラジオストク訪問での見聞等に関することは、粗方下記に纏めて在る…モノクロ写真を使った記事が連なったブログである…
>>ロシア/沿海地方: MONOCHROME-モノクローム寫眞私の中では、ウラジオストクに関して敢えて纏めるなら…1860年に“新領土”を検分した総督が「ここだ!!」と「東方を征せよ」という意味合いの名を持つ、良港を擁する街の建設に着手させた…艦隊の拠点であると同時に、「極東の富」を活かす交易港としての役目も期待され、交易商も居を構え始める…様々な文物が流れ込みながら、ロシアの古くからの「心の拠所」でも在る教会のようなモノも出来、街は発展する…やがて「戦争と革命の世紀」の様々な動きの舞台となる…ソ連体制下、「艦隊の拠点」ということ、或いはその後に育まれた工業関係の機能に街は特化される感となるが…「ポストソ連」のゴチャゴチャした感じを抜け出す中で「原点回帰」が図られ、「方々の人やモノが行き交う、極東最大級の都市」として新しい世紀の中で「新たな航路」を進もうとしている…というようなイメージだ…
今般…「前回の“積み残し”?」を回収するというのか、「再訪希望!」を叶えるのか、詳しいことは出発直前時点で何ら固まっていない。前回の要領で、<S7航空>のサイトで航空券と宿泊を押さえたのみだ。空路は前回と違う時間帯の便で、所謂“コードシェア”になり、<アエロフロート>の便という型だが…<アエロフロート>は<オーロラ航空>との提携が在って、機材は<オーロラ航空>のモノになるらしい…一寸ややこしい…そして宿は前回と同じ場所だ。あそこは居心地も悪くなく、立地も好かった…
とにかくも出掛ける…<“何処かへ行きたい”症候群>の「唯一の治療方法?」である「何処かへ出掛けること」をする訳だ…「“積み残し”を回収」、「再訪希望を叶える」、または「漫然と過ごす」のかはよく判らないが、とりあえず上述の、ウラジオストクでの見聞等を綴るブログ記事はドンドン増えて行くことだけは確実だ…
本当に…「衝動に駆られて…」という感で、細かいことはイメージせずに、然程の荷物を持つでもなく、ふらりと出てみる…