路面電車の乗車券:ウラジオストク(2018.05.05)

↓ウラジオストクの路面電車に乗車し、下車時に運賃の16ルーブルを支払うと…画のような乗車券を運転士さんに渡される…
tram ticket on 05-05-2018 (1)
↑券は何となく財布に収まっていて、暫らく経ってから「真面目に記録を…」とユジノサハリンスクで写真に収めたのだが…

細長いロール状の紙に券が刷られていて、特段にミシン目のようなモノが在るでもなく、「ビリッ!」と運転士さんが手で千切っている…右側の券は、「概ね“1枚”」という感じなのだが…左側の券は「如何にも手で千切った…」という感が強い…

こういう券だが、上の方に「ウラジオストク市 電気交通公社 シリーズET-1」と細かい文字で、「路面電車」と向きが変わったやや大きい文字、電車のイメージのイラスト、下の方に「1回乗車 管理票」という細かい文字に、少し大きく「16ルーブル」という具合で、なかなかに手が込んでいる。そこに“091625”とか“071237”と通し番号らしきモノまでスタンプが押されている…

こういうモノ…酷く昔から変わらないのだと思う…なかなかに手が込んだ券を刷っているものだと、思わず持って帰った券を眺めてしまう…「乗務員に運賃を払って、昔風な券を渡される」というのも…「旅の中での面白い経験」ということになるであろうか?

何か、ウラジオストクが酷く懐かしくなる…

土産物の“プレート”(2018.05.0 6ウラジオストクで入手)(2018.05.17)

バスの中で居眠りに陥ってしまった間に、間近に近付いたウラジオストク空港だったが、ユジノサハリンスク空港へ向かうフライトの搭乗手続を前に、土産物を売っている店の前を通り掛かった…

↓思わず求めてしまったモノ…
souvenir from Vladivostok in MAY 2018 (3)
↑古くから市章にも使われているアムールトラと、現代のウラジオストクの街…なかなか面白い絵柄である…

大切にユジノサハリンスクに持ち帰ってみたが…「さて…どうしようか…」という感がしないでもない…

こういうような「以上でも以下でもない完全な土産物」を求めてしまったというのも…随分と久し振りなような気がする…

<ZIM>(ГАЗ-12 ЗИМ):アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>(2018.05.05)

ソ連時代のモノを中心とした古い自動車、更に各国の古いオートバイのコレクションが展示されている「アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>」はなかなかに愉しい…

↓「うゎっ!」と、思わず声が漏れる…「かなり古めな高級車」という感じだ…
The historian-mechanic museum Automotoantiquity ('Automotostarina') in Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (7)
↑1950年から1959年に製造されたモノだという…

「米国辺りの1950年代の車輛デザイン」というのと、多少趣が異なるのだが、何か流線形を組み合わせた独特な形が面白い…

19世紀後半から20世紀初頭と見受けられる煉瓦:<ウラジオストク要塞博物館>(2018.05.05)

現在のウラジオストクの地域に、「要塞」の遺構が方々に在るということなのだが、その一つで比較的街中から訪ね易い辺りに博物館が整備されている。

<ウラジオストク要塞博物館>ということで、色々な時代の兵器が置かれていて、それが何となく目立つ感の場所ではあるのだが…寧ろ「街の発展の経過」の一部を、少し判り易く伝えてくれているような性質も在ると思えた…

↓こういうモノが展示されていた…
Vladivostok Fortresses Museum on 05-05-2018 (8)
↑後から彫り込む?製造時に型枠になっている?その辺はよく判らないが…色々な文字や記号の刻印が在る古い煉瓦だ…

ウラジオストクで様々な施設が建設されて行く過程の中、利用されていた煉瓦ということなのであろう…

こういうモノ…他所では視た記憶が無い…

搭乗待合所のカフェ:ウラジオストク空港(2018.05.06)

↓カウンターでカプチーノを頼んで…各自席へ持って行く方式なので持って行ったが…その時に何気なく眼に留めたチーズケーキを後から追加…
VVO on 06-05-2018 (6)
↑多少、ゆとりを持って空港入りし、手続や保安検査も然程混み合わなかった中、搭乗待合所もゆったりとしていた…

搭乗を待つまでの間…こうした「あづましい」感じ…何か非常に好いのだが…天候が好転していたウラジオストクを去るのが「少々惜しい…」と思いながら、極短い滞在を振り返っていた…

<GAZ-M1>(ГАЗ-М1):アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>(2018.05.05)

ソ連時代のモノを中心とした古い自動車、更に各国の古いオートバイのコレクションが展示されている「アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>」は「第2次大戦期辺りの車輛」も色々と在る…

↓この車輛!1936年から1943年に製造されたモノだという…
The historian-mechanic museum Automotoantiquity ('Automotostarina') in Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (4)
↑こういうような年代の車輛となると…“クラシックカー”という趣が濃くなる…

<GAZ>という自動車メーカーは、現在では旧名に復して二―ジニーノブゴロドと呼ばれている街、ソ連時代のゴーリキーに立地している。「ゴーリキー・アフト・ザヴォ―ド」(ゴーリキー自動車工場)の頭文字で<GAZ>だ。米国のフォード社から様々な機器を入れて、それを利用しながらソ連流のアレンジを加えて自動車製造を始めた経過が在るようだ…この<M1>もそういう流れの車輛であるようだ…

こういう時代の、このような型の自動車…民間でも使用されていたと同時に、軍関係でも使用されていて、兵卒か下士官が運転手を務めて、一定以上の地位の士官が連絡車として半ば専用のように使っていた…そんなイメージだ…

<ヴォルガ>(ГАЗ-21М):アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>(2018.05.05)

ソ連時代のモノを中心とした古い自動車、更に各国の古いオートバイのコレクションが展示されている場所がウラジオストクに在る…場所が「サハリンスカヤ通」と、サハリンに多少の縁が在る自身にとって、大変に親しみが沸く住所なのだが…

↓1962年から1970年に製造されたモノだという…
The historian-mechanic museum Automotoantiquity ('Automotostarina') in Vladivostok on 05-05-2018 vol02 (15)
↑時速130㎞まで出るという…スポーティーな乗用車という感だ…

こういうような、「1960年代位の車輛のデザイン」というモノ…何となく好きだ…

「カップの表面」に「ウラジオストク」…(2018.05.06)

早朝に散策し、宿へ引揚げる際に「24時間営業」の飲食店が通り道に在った。ピザ等の料理や飲物を売る店と見受けられた…

早朝であったが、扉は開いていて入ることが出来た。非常に空いてはいたが、奥のテーブルに来店客も見受けられた。寄ってみたのは、「或いは持ち帰りの珈琲?」と思ったからだったので店員さんに訪ねてみれば「在る」ことが判った。

↓そして求めたカプチーノを宿に持ち帰り、窓辺に何気なく置いた…
at Vladivostok in early morning on 06-05-2018 (28)
↑複雑な線がカップの表面に在ると思っていたが…こうやって置いて眺めると、単純に線というのではなく「線画」になっていた…

視えた線画…下の方…手前に灯台が在って、大きな橋梁らしきモノが見える…「或いは?!」と思った…

↓向きを少し変えてみると…下の方に「潜水艦」だ!
at Vladivostok in early morning on 06-05-2018 (26)
↑これは間違いなく、「ウラジオストクの景観」を図案化した線画だ!!

立寄った店が独自に用意したのか、地域の飲食店等に向けて或る程度広く販売されているモノなのかは判らない…が、こういう「地域への愛着の様なモノ」がさりげないモノに示されているというのは好いように思う…

「15番、17番、19番」である筈だが…「17番」は何処か!?(2018.05.05)

ロシアでの「住所表示」は「○○通XX番」というようなスタイルで、ユジノサハリンスクもウラジオストクも、或いは他の何処でも変わりはない…

何処かの建物を目指す場合、建物の住所である「○○通」をとりあえず探し、後は「XX番」に行き当たれば好いことになる。

「○○通」が非常に長い場合に、目指す「XX番」になかなか着かないというような場合も在るかもしれないが…そういうことを避ける意味で「○○通が△△通と交差する辺り」というような言い方も多用されているように見受けられる…

で、目指す「XX番」に関して、これは場所によって色々な番号の振り方の方式が在るように見受けられるが…「よく在る方式」と思えるのは、例えば通の右側に「1番、3番、5番…」と奇数、左側に「2番、4番、6番…」と偶数というような感じだ。建物の大きさが異なる等、色々と在って、例えば「5番の直ぐ向かい側が6番」ということでもなく、番号がやや判り悪い場合も在る…

ウラジオストクを歩いたが、何か「或る場所へ行かなければならない切実な事情」という程のモノが在る筈も無い、「休日を過ごそうと、衝動的に…」ということであったのだったが…それでも「そう言えば、往路の“機内誌”で視たレストランがこの辺りで…確か“17番”だったような…」と、アレウツカヤ通を歩いていて思い出した。

アレウツカヤ通は何度も歩いて、何となく馴染んだ…スヴェトランスカヤ通と交差する辺りで、駅の方向へ向かう右側車線の歩道を行けば、建物の番号は奇数である。「15番、17番、19番」である筈だ…

直ぐに「15番」に行き当たり、「次が?」と思っていれば…次に現れたのは「19番」だった…不思議だ…「17番」は何処か!?

↓歩道から一段高い場所になるやや奥へ、階段またはスロープで上がった辺りに扉が視える建物…それが「17番」らしい…
dinner at Vladivostok on 05-05-2018 (1)

丘陵状の複雑に入り組んだ地形の上に築かれたウラジオストク…こういう「不思議」が方々に見受けられるようだ…

因みに…この「アレウツカヤ通17番」のレストランは、なかなかに好かった!

<カチューシャ>を搭載した<ZiS 151>:アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>(2018.05.05)

ウラジオストクに「サハリンスカヤ通」という場所が在る。ウラジオストクの鉄道駅辺りから、運行系統31番のバスに乗車して二十数分という場所である…

この「サハリンスカヤ通」…何となく親しみが沸く通の名ではあるものの、特別な場所という程のことも無いようだ…しかし!!ウラジオストクで唯一残っている路面電車の起点・終点になっているということが在る…それに加えて…古い車輛の展示館が在る…

↓その展示館の入口で、いきなりこういうモノに出くわす…
The historian-mechanic museum Automotoantiquity ('Automotostarina') in Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (3)
↑第2次大戦期のソ連軍が用いた<カチューシャ>と呼び習わされた、ロケット弾発射器を搭載したトラックである…

第2次大戦期にソ連軍が用いたロケット弾発射器は大きく2種類在って、ここで展示されているのは<BM-13>という、より大きなロケットを載せて打ち出すモノである。トラックにこの発射器を載せ、ロケット弾を装填して“目標”に撃ち込む…“目標”と言っても、精確に狙いを定めるのでもない代物だ…敵軍の将兵等が集結している場所等の「辺り」に大量に撃ち込むというのが専らだったという…

第2次大戦の何年か後まで、第2次大戦期に用いた<カチューシャ>はソ連軍の装備だったようだ…トラックは1951年の車輛らしい…

展示館は<アフトモトスタリーナ>と称している。館名の英訳等も参照して、とりあえず「アンティークカー&オートバイ館 <アフトモトスタリーナ>」とでも呼ぶこととしたい…色々と、興味深い車輛が展示されている場所である…

地下通路:スヴェトランスカヤ通とオケアンスキー通との交差点(2018.05.06)

4月に初めてウラジオストクを訪ね、何箇所か「横断歩道は…何処?」と思った場所が在った。

そういう場所に関しては、地下通路が設けられていて、歩行者はそこを歩く…

今般のウラジオストク訪問でも、そんな場所は何箇所も何回も歩いたのだったが…

↓早朝に辺りを散策した時に、地下通路の写真を撮ってみた…
at Vladivostok in early morning on 06-05-2018 (24)
↑正しく、通常であれば横断歩道が設置される場所の真下に、確りした造りの地下通路が設えられている…

こんな地下通路…歩道橋を設えるより大掛かりな工事をしなければならないようにも思えるのだが…歩道橋は大型車輛の通行を慮って「十分な高さ」を取る関係上、階段が酷く長くなる場合も在るので、「短い階段の上り下りで済む」という地下通路は「より合理的」かもしれない…何度か歩いてみて、そんなことを考えた…

こういうモノは、色々な国や地域で見受けられるモノで、然程珍しくもないかもしれないが…ユジノサハリンスクや稚内では思い当たらない関係で、何となく注目してしまった…

早朝で非常に静かなのだが…通路の空いているスペースを利用して、小さな店が幾つも連なるような様相になっているのが面白い…通路そのものは年季が入っているが、店を入れるようになったのは、然程古いことでもないように見受けられる…

↓そして通路そのものよりも…こういうモノに注目した…意外に美しい…
at Vladivostok in early morning on 06-05-2018 (23)
↑「港町ウラジオストク」というイメージで、錨、羅針盤等、「船を想起するモノ」の装飾が施されている…

こういう「街のディーテール」とでもいうような「細かい事」に何となく気付くと、酷く愉しい気分になる…

ペリメニの店:ウラジオストク スヴェトランスカヤ通(2018.05.04)

ウラジオストクに到着後、宿に入って荷物を置き、直ぐに高台に向かって景色を愉しんで暫く過ごした…やがて少々手が冷たくなり、空腹も覚えたので、宿へ引揚げる道すがらに食事を摂ろうと考えた…

ウラジオストクへ向かうフライトの中、“機内誌”をパラパラと視ていた。<オーロラ航空>のモノである…その“機内誌”にウラジオストクの何軒かの飲食店が見開きで紹介されていた。一種の広告なのかもしれないが…

その中には、4月に立寄った場所も在って「ここ…好かったなぁ…」と眺めたが、他方で寄った事のない場所も在った。その寄ったことが無かった場所だが、住所を何気なく視れば「何となく判るエリア」であったので記憶に止めた…

高台から下りてスヴェトランスカヤ通に入り、アレウツカヤ通と交差する辺りへ向かって歩いて、その“機内誌”の件が頭に浮かんだ…

↓そして辿り着いた店で頂いたのがこういうモノだ…
dinner on 04-05-2018 (2)
↑ペリメニ―精確にはペリメニ2種と、ペリメニに類する料理―を確り頂くことにした訳だ…

スヴェトランスカヤ通とアレウツカヤ通が交差する辺りには<アルセーニエフ記念沿海地方総合博物館>の建物が在る。スヴェトランスカヤ通からアレウツカヤ通を横断するには地下通路を通らなければならない。その地下通路から出て、博物館の前辺りに至る。そこもスヴェトランスカヤ通の一部である。

↓そのスヴェトランスカヤ通の歩道に地下への入口が在り、上記写真の料理が出て来る店が在るのだ…
dinner on 04-05-2018 (1)

↓これは「おばあさんのレシピ」と称し、若干のガーリックが具材の肉に加えられている…
dinner on 04-05-2018 (3)

↓「シベリア風」と称するのは、“ペリメニ”と聞けば思い浮かべる場合が多いような、ベーシックな感じだ…
dinner on 04-05-2018 (5)

↓これは「コンデューム」と称する。19世紀の料理で、廃れてしまっていたモノらしい…歴史研究者がレシピを見出し、それを参照して再現してみたというメニューだった…
dinner on 04-05-2018 (4)

各々のペリメニ…200ルーブルから300ルーブル位だったと記憶する…何となく日本国内であれば「何処かの街の居酒屋で、何点か適当に料理を頼んで、一寸夕食に…」という感覚を思い出す…

実は…サハリンに戻って「ウラジオストクへ出掛けて、食事にペリメニを…」ということを話題にすると、「それは!!」と大いに喜ぶ人が在った。というのも、ソ連時代から「出先の街で手軽に美味しい何かを頂く…ペリメニ?」というイメージが強いというのだ…そしてそういうのが「幼少の頃からの想い出」というイメージでもあるのだという…勿論、個人差も在るのであろうが…

立寄った店は、なかなか美味しいペリメニが頂けて、感じも好かったので、実はウラジオストクから出発する前の昼食に関しても、立ち寄ってまたペリメニを頂いた…「日曜日のランチタイム」となった出発前の昼食時には、小さな子ども達を含む親子連れ、家族連れが存外に目に付く感じだった。サハリンで後から聞いた話し…「幼少の頃からの」ということになるペリメニなのか?

>>Пельменная "Ложки-плошки", пельменная Владивосток(ウェブサイト-露語)

“アムールトラ”のグラフィティー(2018.05.05)

↓整備された広場の辺り…煉瓦の壁に描かれたアムールトラ…
at Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (4)
↑煉瓦の壁にこういう作品…なかなかに映える…

↓よく視ると、人の手が虎に掛かっていて、「人々がアムールトラを保護する」というイメージになっている…
at Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (5)

虎は古くからウラジオストクの市章にも使われていて、「地域を象徴する動物」というようになっているのだが…他方でアムールトラは「保護が必要な希少動物」という状況である…

非常に大きなグラフィティーだが…折角の作品の周辺に、些かの落書きが見受けられたのが残念ではあった…

「5月9日」の予行演習:ウラジオストク(2018.05.04)

ウラジオストクに到着後、直ぐに高台に上がって眺望を愉しみ、暗くなる中でゆっくりと下りてスヴェトランスカヤ通に至った…

スヴェトランスカヤ通の交通量が不自然に少なく、何やら若干の警察車輛と警察官、そして海軍の若い兵士―「海軍」というのが、<太平洋艦隊>の本拠地で、海軍関係者が多く居るウラジオストクらしい…―が沿道に概ね等間隔で並んでいる…歩道は普通に人々が行き交っているが…

そういう様子を視て「何かの催しが、中途半端な夜の時間帯に?!」と思いながら、アレウツカヤ通との交差点辺りに至った…

↓パトカーに先導されて、軍用車輛の一群が現れて待機である…
04-05-2018 in evening at Vladivostok (7)
↑何やら「非常事態?!」と思えなくもないが…至って平和で、軍用車輛を背景にスマートフォンで写真を撮るような人達も大勢居た…そういう人達に紛れて撮った画だ…

「5月9日」に行うパレードの予行演習だったのだ…色々なモノを動かすタイミングを測り、必要が在れば修正を行うようなことのために「本番と全く同じ場所」での予行演習を行うようになっているのであろう…ユジノサハリンスクでも昨年視た事例だ…

ナイトブルーの到来…:<黄金橋>(Золотой мост)(ザラトイ モスト)(2018.05.04)

高台で少し粘って、ゆっくりと巨大な橋梁を眺めていて、多少手が冷たくなり、夕食も摂りたくなった。そんなことでゆっくりと歩いて、高台を下りてスヴェトランスカヤ通の方を目指した…

↓下りる途中でも、金角湾を跨ぐ巨大な橋梁はよく視える…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 vol02 (15)
↑少し低い地点なので、「見え方」が高台の上と少し異なるのが面白いが、「刻々と暗くなって行く…」時間帯なので、全般的な色の変化が面白い…

空がナイトブルーに包まれるようになると、街灯の灯りに照らされる橋は金色に輝く…橋の向こうの建物も灯りが目立つようになっている…

この<黄金橋>…かなり気に入った!!

運航日誌(2018.05.06):朝を迎えた地域と、夜を迎えた地域とが異なる状況…

順調なフライトで暗くなり始めたユジノサハリンスクに到着し…バスがなかなか見えないのでタクシーに乗って住まいに引揚げ…荷物を置いて、近所―少し先のホテル館内…―のカフェにノートパソコン等を抱えて出た…多少馴染んだ珈琲を頂きながら寛ぐ…

ウラジオストクでは早朝に散策し…曇天が晴天に移ろう中、宿でゆっくりしてから街へ出て、少し動いて昼食にペリメニを愉しんで…バスで空港へ移動…バスの車中で居眠りに陥ってしまい、気付くと空港だった…

空港内では、北海道の言い方で言う「あづましい」感じ…搭乗手続、保安検査という面倒も然程並ばず、順調…保安検査後は搭乗待合エリアのカフェでゆったりだ…

ユジノサハリンスクは既に5月4日の雪が全く気にならないようになっていた…大変結構…

今般は…衝動的に出掛けて、何となく天候に恵まれ、非常に感じ好く過ごした…4月に「大変気に入った!」ということになったウラジオストクだが…「益々気に入った!」という感だ…

追って、写真を整理しながら、色々と振り返りたい感である…“次回”は在るか?在れば“何時”か??

それにしても…ユジノサハリンスクとウラジオストクとの間には時差が1時間在る…行って、戻ると…1時間得したような、損したような、何か不思議な気がしてしまう…

ウラジオストク港の朝…(2018.05.05)

「天候が好さそう!」と早朝から戸外へ…

↓日出の辺り…金角湾、停泊中の各種の船、巨大な橋梁が視える辺りへ…
Port of Vladivostok in morning on 05-05-2018 (P7700) (1)
↑静かな水面に天空の様子が映り込む…そして未だ船の灯りが残る…

↓ロシア海軍の太平洋艦隊に所属する艦船…背後に橋梁と、麗しい朝の空…
Port of Vladivostok in morning on 05-05-2018 (P7700) (6)
↑<P7700>の望遠を駆使した画だ…

↓振り返れば、客船ターミナルの硝子に、麗しい朝の空が映り込む…そして建物の上の空は「晴天の蒼」である…
Port of Vladivostok in morning on 05-05-2018 (P7700) (9)

実に気持ちが好い光景だった!

この朝に散策に出て善かった…この翌朝は曇天で、朝陽の光が拡がった訳ではなかったのだ…

移ろう光…:<黄金橋>(Золотой мост)(ザラトイ モスト)(2018.05.04)

夕刻は「移ろう光」という中で「見える光景」がドンドン様子を変える…

金角湾を跨ぐ、今や「ウラジオストクという街のシンボル」のようになっている<黄金橋>という巨大な構造物は、そういう「移ろう光」の中で視ると、なかなかに劇的だ…

<X100F>でも写真を撮った他方、<P7700>の広角を駆使してこの橋梁の「移ろう光」の中での様を撮ってみた…

↓未だこの方角では、傾いて沈み行く西日の光線による影響が少ない…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 (P7700) (2)

↓橋梁の巨大な柱が、西日の光線で色を少し変える…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 (P7700) (3)

↓やがて西日の光線が届かなくなる…陽が沈んでしまった訳だ…そうなると行き交う車輛の灯りが目立つようになる…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 (P7700) (5)

同じ地点で、同じ場所を撮っている3枚の画を並べたが…随分と様子が異なっていて面白い…「朝・昼・晩」というようなことではなく「1時間半程度」の中で撮っている画だ…

この場所に関しては、多分季節が移ろえば見える様子も異なることであろう…そういうことを思うと「何度でも訪ねたい…」というように思ってしまう…

日没の頃…:ウラジオストク(2018.05.04)

「雨上がりの夕空」という按配の中、金角湾や巨大な橋梁、更にやや向こうのアムール湾まで望む高台に上がった…

少しだけ空気が冷たいような気もした…時間が長くなると手が冷たくなってしまった…

↓アムール湾の方角…傾き、沈み行く太陽の光線で、やや雲が多い空が刻々と様子を変えていた…
Vladivostok in evening on 04-05-2018 (P7700) (2)
↑<P7700>を引っ張り出し、望遠を駆使した…

↓神秘的にさえ見えた…
Vladivostok in evening on 04-05-2018 (P7700) (3)

↓こんな具合に雲が拡がり、ドンドンと流れていた…
Vladivostok in evening on 04-05-2018 (P7700) (5)

最近は専ら<X100F>の出番ばかりだが…こういう場面で<P7700>の登場も、未だ在る…

そうしたカメラ機材の件は置いておくが…「雨上がりの夕空」の美しい情景に出逢うことが叶い、何やら「ウラジオストクに歓迎して頂いた…」と感じていた…

運航日誌(2018.05.05):「好天!!!」の一日が暮れた…

陽が落ちてしまった後、午後9時台の時点で、宿の部屋に入ってゆっくりしている…「眠くなれば、何時でも休んで結構…」という態勢だ…

結局…朝の6時前から動き、宿で朝食を摂り…朝食後から昼まで動いた後に宿で一息入れ…更に出て、やや早い夕食を摂ってから、また宿で一息…そこから少しだけ散策…「過ぎる程に…」という程度に動いた一日であった…

「麗しい朝…」という具合に、日出の辺りから晴天で、そのまま天候が好い感じが継続した…朝は肌寒かったが、日中はかなり温かい感じで、<ウルトラライトダウン>は午後から着ないようにして、アンダーウェアの上にウラジオストクで求めた少し厚手の“チェルニャーシカ”(海軍仕様の長袖Tシャツ風なモノ)を着て「丁度好い」按配だった…

「ほんの少しばかり勝手を知ったつもり…」でありながら、然程慣れていないウラジオストクに関しては、「休暇を過ごすには好適!何度でも訪れたい感!」と何となく思っているのだが、そういう場所に在って好天なのだから、後から振り返れば「或る種の“耐久レース”?!」という程度に、無意識に動いてしまう訳だ…私にとって、「出先での“在る!在る!”」な訳だ…

早朝は、鉄道駅裏の客船ターミナル辺りで、夜明けの海、橋梁、停泊中の様々な船を眺めた…これが実に好かった!!追って写真を整理して公開したいが…「東方を征せよ!」という意味合いの名を持つ街が、東方の光に輝く訳である…

こんなことで気分が昂揚したが、朝食後には路線バスを利用…“#31”運行系統を利用し、<サハリンスカヤ通>という停留所へ…20分強の移動だったが…

「ウラジオストクの<サハリンスカヤ通>」…先ず“名前”が「非常に好い!」のだが…「君はここへ来なければならない!」とばかりに、「私が好むモノ」がここには2つも在るのだ…

その一つが…ソ連時代のクラシックカーやら、第2次大戦期やその少し後のソ連の車輛やら、各国の古いオートバイという、実に興味深いコレクションを有する博物館が在るのだ!これをゆっくりと愉しく観た…

もう一つ…ウラジオストクに唯一残った路面電車が走っている!!「路面電車」と言っても、“専用軌道”の場所ばかりなのだが…或いは、“専用軌道”の路線であるが故に、「車輛が溢れるようになったので廃止…」となったれ面電車の中で例外扱いされたのかもしれない…

その路面電車の様子を視たり、乗車経験してみたりと愉しく過ごし、都心部へ引揚げた…

都心部では多少の買物…「ウラジオストクの地図帳」やらTシャツやらを求め、4月に気に入った店でハンバーガーのランチだった…

一息入れた後は…ウラジオストクの「要塞」としての歴史を伝える、一寸面白い博物館を訪ねてみた…

その「要塞」の辺りで少し「パワーダウン?」という感じだったので、街のカフェで一息…「食事を摂って引揚げよう…」と考え…ウズベキスタン料理の店で、プロフとスープを美味しく頂いた…

やがて宿で一息の後、「日没の頃」を目掛けて、再度鉄道駅裏の客船ターミナル辺りへ…今度は暗くなって、灯りが目立つようになって行く港や橋梁や船を眺めた…

そこから…何処かに飲みにでも行くというのも「在り」かもしれないが…流石に「朝6時前から夜9時まで動く」ということをしているので…少し草臥れてしまった…

宿の1階で珈琲を販売している…「持ち帰り」で部屋に持参というのが非常に気に入っている…で、それを求め、とりあえず一日を振り返りながら「何時でも休んで構いません…」という態勢だ…

「少し大きな街」というモノは、俗に言う「保養地」ということでもないが…「随意に歩き廻ることが叶うような規模の場所」、「手軽に便利な公共交通機関で動くことが叶う場所」であるなら、「街」は「様々な文物に触れる」ことが出来て、「(色々な意味で)エネルギーを得られる場所」となり得る…そうした意味で、私にとっては「保養地」という以上に価値が在る…

ウラジオストク…既に、私にとってそういう「高い価値」の場所になっている…様々な見聞は、後日にゆっくりと整理をしてみたい…そういうことをタラタラとやっていると…「また!!」と考えるようになってしまうかもしれないが…

レーニン像…駅…<黄金橋>…:早朝(2018.05.05)

気象情報のサイトを視ると、ウラジオストクの日出は6時1分、日没は20時17分ということだった…

「沿海地方の時間」よりも「プラス1時間」の「サハリン州の時間」に慣れていると…「6時台に起床」のつもりで居ると「未だ5時台…」という話しになってしまう…「サハリン時間-2時間」の日本国内よりは「やや好い?」が、ウラジオストクでは「多少早起き…」な感じになり易い…

昨日の「雨上がりの夕空」という感の後、朝から晴天という感である…こういう状況で早起きすれば…散策である…

↓宿から近い、大変に気に入っている景色だ…
Morning at Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (4)
↑レーニン像の背中…鉄道駅の建物…そして奥に朝陽の光を受けた巨大な柱が輝く感の、金角湾を横断する<黄金橋>が視える…

朝早くからこういう光景に出くわすと、酷く気分が昂揚する!麗しい朝だ…

Morning at Vladivostok on 05-05-2018 vol01 (5)

ウラジオストク空港(2018.05.04)

定刻よりも早い感じでウラジオストク空港に着き、飛行機を下りてバスに乗る…バスでターミナルビルの入口へ…そのバスに乗るタイミングで雨が降った…やや勢いも在った…

そういうことも在って、ターミナル内に入ると何となく安堵したが…

↓通路から視えたこういう様子に、少しだけ見入った…
Vladivostok AP on 04-05-2018 (1)
↑シルバー系の塗装が施された<アエロフロート>の機体…多少濡れている駐機場に大きな翼の裏が映り込んでいる…そして背後の複雑な雲が流れる感じ…

↓少しだけ角度を変えて…
Vladivostok AP on 04-05-2018 (2)

空港でこういう様子を何となく眺める…悪くない…自身が利用した、或いは利用する飛行機ではないのだが…

流れる光…:<黄金橋>(Золотой мост)(ザラトイ モスト)(2018.05.04)

灯りが入るモノは…「辺りが完全に暗くなるでもない時間帯」の眺めが、酷く画になるように思う…

↓この巨大な橋梁もそういう例に漏れない…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 vol01 (3)
↑強い西日の光線が射し込む短い時間を経て、薄暗い感じと、やや明るさが残る空の感じが組み合わさった微妙な混淆状態が生じる…そういう中、次第に方々で灯りが入り、橋梁を通行する車輛も灯りを確り点けるようになる…

展望台的な設えで柵が在る場所なので、柵をカメラの台のようにして確り支え、普段の「絞り優先AE」ながら「ISO」を愛用の<X100F>の「最小」となる「ISO200」ということにして、「F11」まで絞り込む…1秒半の“長時間露光”という具合になるのだ…

「こういう感じが視たかった…」というイメージにかなり近い様子を視ることが出来、非常に嬉しい!!

西日に輝く…:<黄金橋>(Золотой мост)(ザラトイ モスト)(2018.05.04)

陽が西の空の彼方へ沈もうというような時間帯…方角によっては、空の色が然程劇的に変わるのでもない場合も在るのだが、「射し込む光線」が辺りの様子を少し変わった様子に演出してくれることが在る…

↓それ程長くはない時間視られた様子だ…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 vol01 (2)
↑丁度「ライトアップ」のように、強い西日の光線が巨大な橋梁を照らす…白い巨大な柱が色味を帯びる…

少しゆっくりと高台に在って、巨大な橋梁が在る風景を視ていたが…こういう様子が視られて善かった!!

雨上がりの夕空…:<黄金橋>(Золотой мост)(ザラトイ モスト)(2018.05.04)

空港に着いた場面での雨が…街へ入る頃には気にならなくなり…やや離れた西寄りな空に光も感じられた…

そうした中、前回の訪問で覚えた道筋を辿って高台に上がり、金角湾を横断する巨大な橋梁を眺めた…

↓雨上がりの澄んだ感じな蒼…そういう中にやや多目な雲が漂う…
'Золотой Мост' on 04-05-2018 vol01 (1)

深く切り込んだ形状の湾なので、海面は非常に静かだ…

運航日誌(2018.05.04):雨上がりの夕空…

ユジノサハリンスクは前日からの「雨交じり」が続いていて、それがハッキリと「雨の日」という様相になり、やがて「シャーベット状の雪」が多少積もるというような感じになった…

そういう妙な按配だが、ユジノサハリンスク空港での各便の発着に何らの影響も無かった…「ユジノサハリンスク空港・新千歳空港」の便で見覚えが在る<オーロラ航空>のレシプロ機が、順調にウラジオストク空港へ向かった…

雲が多い日のフライト…飛行機が上昇して、雲を突き抜け、明るい空を巡航する訳だが…眼下は真っ白な雲ばかりで、然程面白くはない…そんな状況だったが、定刻よりも随分と早く到着した…

4月の時は「空港ビル内だけを通過することを2回繰り返し、漸くビルの外に出る機会を設けた…」という強い感慨のようなモノが在ったが…今回は「ほんの少しだけ勝手を知ったつもりになっている他所へ…」という按配だ…

空港から駅前へ向かうバス…途中までは順調だったが、アレウツカヤ通辺りから「渋滞」でやや進行が遅くなった…それでも「こんな感じ?」の範囲だ…

夕方の渋滞…これが「ジュウタイ??」という状態の、稚内のような静かな街の住民の目線では「脅威…驚異…」という按配だ…

2回目の利用となった宿に荷物を置いて戸外に出た…空港に飛行機が下りた後…あの<オーロラ航空>のレシプロ機で着いた場合は、駐機場にタラップで下りてからバスでターミナルへ向かうことが必然化してしまうのだが…駐機場で俄かにやや強い雨が降った…「雨なら動き悪い…」と車中で思っていたが、ウラジオストク市内に着けば降雨は気にならなくなり、やや多目の雲の間から「空の蒼」さえ覗いていたのだ…

アレウツカヤ通からスヴェトランスカヤ通に入り、前回覚えたコースでケーブルカーの乗場に向かい、高台に上がった…そして…金角湾に架かる<黄金橋>を眺めた…

「雨上がりの夕空」という感な中での、巨大な橋梁が在る風景…好かった!空の感じ、射し込む光、車輛や街の灯り…こうしたモノが刻々と変わる様を、1時間半程度も粘って、ゆっくりと視た…やや手が冷たくなってしまったが…

そしてスヴェトランスカヤ通までゆっくり下りたが…通には警察官や、黒い制服を身に着けた若い海軍の兵士が沢山居た…若い兵士は、10m弱の間隔で沿道に立っていた…「何事??」と思えば、5月9日(独ソ戦終戦の記念日)に行われるパレードの予行演習だった…車輛の通行を停めて、パレードの際に出て来る車輛の一部が入って、何やらやっていた…ユジノサハリンスクでも昨年視たパターンだ…

そのパレードの予行演習を少し視て、飛行機の座席に在る機内誌に広告を出していた、ペリメニの類を供するレストランが近くなので寄ってみた…<シベリア風>と称する豚肉が入った標準的な感じのペリメニ…<おばあさんの流儀>と称するガーリックが加わったペリメニ…<コンデューム>と称する、「19世紀に流行って、廃れてしまったレシピを、歴史研究家が再現したモノを参照して作った」という「スープ餃子」的なモノ…更に<ポート・アルトゥール>(旅順港)という、何とも言えない名が付けられた黒ビールをゆったりと頂いた…

何か…「いきなり、それなりに満足…」という按配だ…空港から街に到着して、雨が気にならなくなり、「雨上がりの夕空」という按配になったのが非常に好い…

衝動に駆られて…

「右手で扉の鍵を開け、左手を扉のノブに掛けて、扉を開く…」とか、「買い物袋を持っている右手が塞がっているので、左手で扉の鍵を開け、そのまま左手で扉を開く…」というようなこと…“普通”は敢えてこのように書き出してみるようなことなどしない、日常の無意識な所作なのだが…この数日、何やら頭の中に書き出したような短文が繰り返し出て来る…

これも「アクシデント」の影響で、「何となく損なわれてしまっていたモノ」が「還って来ている」ということに「気付いた」ということなのであろう…好い傾向だ…

「アクシデント」の影響で、何処かへ一寸出掛けてみるというようなことが億劫になっていたのだが…2月に淡路島に出て<高田屋嘉兵衛顕彰館>を訪ねることを目当てに神戸に滞在してみること、4月に「強引にでも機会を設けなければ、訪問機会が何時までも設けられないではないか?!」とウラジオストクを訪ねてみたことを通じて、また<“何処かへ行きたい”症候群>という「慢性疾患?!」のようなモノを抱えた「何時もの調子」に戻ったかもしれない…そんなことを思っていた昨今だ…

そうした中…“去り際”に「必ず、また来てみよう…」等と考えていたウラジオストクが、早くも「居ても立っても…」とバタバタしてしまいたくなる程度に懐かしくなって来た…未だ戻ってから1ヶ月にも満たないのだが…彼の地で触れた文物を色々と振り返って、そして天候等の状況で「もう少しこういう具合に…」と後から込上げて来る様々な考えが頭の中で渦巻き、<“何処かへ行きたい”症候群>を蝕む…

こんな状況下での“飛び石連休”…緩慢な空気の流れの中、<“何処かへ行きたい”症候群>は「日頃から抱えている…」という程度を踏み越して、「週末は絶対に何処かへ行く!!」という「激烈な衝動」という状況に陥ってしまった…

そして…ウラジオストクへ向かう…

↓極々一部は昨年11月や今年2月に空港等で撮影した画を使っている記事だが、4月のウラジオストク訪問での見聞等に関することは、粗方下記に纏めて在る…モノクロ写真を使った記事が連なったブログである…
>>ロシア/沿海地方: MONOCHROME-モノクローム寫眞

私の中では、ウラジオストクに関して敢えて纏めるなら…1860年に“新領土”を検分した総督が「ここだ!!」と「東方を征せよ」という意味合いの名を持つ、良港を擁する街の建設に着手させた…艦隊の拠点であると同時に、「極東の富」を活かす交易港としての役目も期待され、交易商も居を構え始める…様々な文物が流れ込みながら、ロシアの古くからの「心の拠所」でも在る教会のようなモノも出来、街は発展する…やがて「戦争と革命の世紀」の様々な動きの舞台となる…ソ連体制下、「艦隊の拠点」ということ、或いはその後に育まれた工業関係の機能に街は特化される感となるが…「ポストソ連」のゴチャゴチャした感じを抜け出す中で「原点回帰」が図られ、「方々の人やモノが行き交う、極東最大級の都市」として新しい世紀の中で「新たな航路」を進もうとしている…というようなイメージだ…

今般…「前回の“積み残し”?」を回収するというのか、「再訪希望!」を叶えるのか、詳しいことは出発直前時点で何ら固まっていない。前回の要領で、<S7航空>のサイトで航空券と宿泊を押さえたのみだ。空路は前回と違う時間帯の便で、所謂“コードシェア”になり、<アエロフロート>の便という型だが…<アエロフロート>は<オーロラ航空>との提携が在って、機材は<オーロラ航空>のモノになるらしい…一寸ややこしい…そして宿は前回と同じ場所だ。あそこは居心地も悪くなく、立地も好かった…

とにかくも出掛ける…<“何処かへ行きたい”症候群>の「唯一の治療方法?」である「何処かへ出掛けること」をする訳だ…「“積み残し”を回収」、「再訪希望を叶える」、または「漫然と過ごす」のかはよく判らないが、とりあえず上述の、ウラジオストクでの見聞等を綴るブログ記事はドンドン増えて行くことだけは確実だ…

本当に…「衝動に駆られて…」という感で、細かいことはイメージせずに、然程の荷物を持つでもなく、ふらりと出てみる…