『雑賀のいくさ姫』

↓文字どおりに「爽快!」という読後感のエンターテインメント小説であると思う。

雑賀のいくさ姫 (講談社文庫)



↑「あー…終わってしまった…」と読了が惜しくなってしまう程だった。読み始めると、頁を繰る手が停められなくなる。そして読了があっと言う間という感じになってしまう。

戦国時代を背景とした物語である。知られている史上の人物をモデルとした作中人物も多く登場するが、その限りでもない作中人物も多い。物語の進行の中で、視点人物が適宜切り替わりながら、テンポ好く展開している。が、最も主要な視点人物は、ヒロインである「いくさ姫」こと鶴と、彼女と出会うイスパニア人のジョアンということになるであろう。

物語は海で漂流している南蛮船の上から起こる。

1人で甲板上に在るのがイスパニア人のジョアンだ。遠い国々への憧れから、フィリピンに出て総督府の仕事をしていた青年だが、思い立って日本に行ってみようとする。ソウリン・オオトモなる領主が支配する港に出て交易をするという船に便乗して出発した。航海中、船内で反船長派と船長派との諍いが起る。やがて死者が出るような騒乱状態になってしまう。船の便乗者であるジョアンは船倉で混乱をやり過ごそうとしていた。そうすれば、死者多数で、生き残った者達は船を放棄して小舟で脱出してしまった。1人では操船も困難な船にジョアンは1人で残った。やがて嵐になり、帆柱が壊れる等、船は少し大きな損傷を受けて、只管に漂流するということになってしまう。

途方に暮れるような様子であったジョアンだったが、海賊の争いに巻き込まれる。争いを制した側に連れて行かれる。そして船は彼らの所へ曳航された。

ジョアンを連れ帰った一団を率いていたのは若い女性だった。名を鶴と言う。紀州の雑賀衆の領袖、「雑賀孫一」こと鈴木孫一の娘であるという。周辺では「いくさ姫」と綽名される。鶴は約30人の一党を率い、「鶴丸」という船で辺りの海で活動していた。そして他地域から入り込んだ海賊を撃退しようとした時にジョアンを連れ帰り、船を曳航して持ち帰ったのだった。

ジョアンの鶴の下、雑賀衆の村でで暮らすことになった。巻割りや炊事の手伝いというような、様々な雑用に使われる状況であった。鶴はジョアンが乗っていた船を修理、改装して使おうと「鶴丸」を売ってしまい、村の造船廠で作業を進めていた。そのジョアンに鶴が語った夢は、改装した南蛮船を駆使して、南の国々と交易をして様々な見聞をし、そして雑賀の村を豊かにするということであった。ジョアンはそれに共鳴もしたが、否応なく鶴の一党に参加することとなる。

改装が成った南蛮船を操船する演習が繰り返され、鶴の一党が船を扱えるようになった。船は鶴の綽名「いくさ姫」に因んで「戦姫丸」(せんきまる)と名付けられた。「戦姫丸」は出航するのだが、その行く手に暗雲が立ち込めていた。暗雲とは、南の海で暗躍する強大な海賊集団である。林鳳の一党は、琉球を制圧し、そこを拠点に九州を征服することを画策しているのだという。「戦姫丸」は、この企てに抗う動きの中に入って行くことになるのだ。

南海を舞台に繰り広げられる冒険、戦いが描かれる物語だが、多彩な作中人物達が何れも面白い。鶴は意外な秘密も持っていて、それも明かされ、その秘密と向き合うことにもなって行く。

面倒な理屈抜きに、冒険や戦い、作中人物達のドラマが愉しい。御薦め!!

『もののふの国』

↓「日本史」の長い経過の「裏面?」というようなことで展開するファンタジーだ。凄く面白い。

もののふの国 (中公文庫 あ 88-2)



↑紐解き始めて、頁を繰る手が停められなくなってしまった。そして素早く読了であった。

山中の洞窟に、戦いに敗れて少し弱っているという風な男が在るという場面から物語は起る。戦いに敗れた、間もなく最期を遂げようという状況下の男は「武士(もののふ)の物語を聴くがよい」という、頭の中に響く不思議な声を聞くこととなる。本作の主要部分は、その「武士(もののふ)の物語」ということになる。

男が聞かされる物語とは、“もののふ”が繰り返して来た戦いの経過だった。世の中には、決して相容れることが無い2つの一族が在るのだという。「海の一族」、「山の一族」と呼ばれる。各々の一族の流れを汲む者達が在って、両者が争ったというのが、色々と伝えられている戦いの歴史なのだという。

平将門の戦いから源平合戦、鎌倉幕府の成立、室町幕府が起こって行く時代、更に南北朝の争いの収拾が図られる時期、戦国時代から江戸幕府が成立する時期、そして幕府支配が揺らぐ時期に入り、幕末の争乱になる。

史上のよく知られた人物達が登場する篇が折り重ねられている本作である。彼らが、人智を超えた何かに導かれるように、相容れない者との争いを繰り返す。それは「役目」とも呼ばれる。そして洞窟に在る男の時代ということになる。

本書では、単行本の後に発表された戦国時代関係の篇が末尾に追加されている。それによって『もののふの国』の物語は少し厚みを増すが、或いは「マダマダ在る『もののふの国』の物語?」というような感にもなっている。

決して相容れることが無い2つの一族の流れを汲む者達が、人智を超えた何かに導かれるように、「役目」を果たすというのが、繰り返されて来た「戦い」の歴史なのであろうか。或いはそれは「更に続く」または「続いている」のであろうか。

或る種の壮大なファンタジーなのだが、何か考えさせられる内容の作品であると思う。興味深い。

『猛き朝日』

↓「面白そう?」と入手し、少しの間置いて在って、紐解き始めた。「面白そう?」ではない!「面白い!」と思った。

猛き朝日 (単行本)



↑所謂「源平合戦」の時代を背景とした物語だ。少し夢中になって読み進め、読了後に深い余韻に浸ってしまうような感だ。

本作は、章毎、または章の中での部分毎に適宜視点人物が切り替わる体裁で綴られているが、最も主要な視点人物は「木曾義仲」である。木曾義仲は、「源平合戦」の時代の武将である。信濃国から身を興し、平家との抗争に身を投じた木曾義仲は北陸方面で平家の大軍を打ち破り、都に入り「朝日将軍」を号するようになるが、やがて源頼朝麾下の軍勢との戦いに敗れて討死している。この木曾義仲を巡る挿話を参考に、作者の想像の翼が大いに羽ばたいて、活劇と関係した人達のドラマが大胆に展開している。

冒頭、視力を喪っている年老いた僧が、弟子の補助も受けながら山間の草庵に在る人物を訪ねようとしているような場面が描かれる。所謂“琵琶法師”であることが示唆されている。演奏と共に語るべき物語の取材をしようとしている訳である。

そういう場面から、木曾義仲を巡る物語に踏み込んで行くのである。

本篇は木曾義仲が「駒王丸」と呼ばれていた少年時代から起こる。直接に血が繋がる肉親の縁が薄い駒王丸は、信濃の豪族の家で「義父上」(ちちうえ)の庇護の下、義父の息子達と実の兄弟同然に育っている。或る時、「信濃の旗頭」にもなるべき人物ということが示唆され、駒王丸はその出自の秘密を知ることになる。

そして長じて、色々な人達との出逢いを重ね、信濃にも影響が出始めた源平の争いという中で、仲間達や兵達と共に起ち上がり、戦いの渦中に身を投じて行く。

巨大な平家の軍勢に立ち向かう他方、源頼朝陣営との抗争のような状況も生じ、息子の義高を“婿”として実質的な「人質」に出すようなことにもなった。やがて都に進撃するが、平家が西へ去って混乱する最中で法皇や公家等との争いも生じる。

そういうような感じなのだが、「驕る平家」によって虐げられる人々を救わなければならない、誰でも各々に幸せになれるように統治しなければならないとの一念で、その人柄を慕って近くに在る仲間達との闘いを進める木曾義仲の様子は痛快である。そして最期を迎えるような辺りは目頭が熱くなる。

更に本作では、巴御前のような周辺の人達の各々のドラマも実に興味深い。本作では、木曾義仲と出逢い、共に闘い、そして別れる迄が描かれるのだが、物語のキーパーソンであり、「もう1人の主人公」という感でもある。彼女も「驕る平家」によって虐げられる人々の一人だった。

そして本作の終盤の方に在る、木曾義仲の息子である義高の挿話も、何か心揺さぶられるものが在った。

単純に愉しく読む時代モノということで一向に構わないのだが、何か「示唆的」と感じずには居られなかった物語だ。如何いう訳か定まったという、支配側の仕組を押し通そうとするばかりで、支配側の一族の中での争いに血道を上げるようなことまでもしてしまっていて、「多くの人々」は如何なるのか?そういうことを「何とかしたい」とする勇者が、木曾義仲であり、残念ながら彼は敗れてしまう。

何か夢中になることが出来る熱い作品だ!御薦め!!

『有楽斎の戦』

史上の人物達の中には「よく知られているようで、実はそれ程知られているのでも…」という人達が在ると思う。

<本能寺の変>で斃れたという織田信長は非常によく知られている。が、その弟であり、<大坂の陣>にも関わっている織田有楽斎となると、名前に聞き覚えが在るにしても然程知られてはいないのではないだろうか?

↓本作はその織田有楽斎が登場する物語である…

有楽斎の戦 (講談社文庫) [ 天野 純希 ]



↑適当な分量の一冊で、直ぐに読了に至ってしまったが…なかなかに面白い!

本作は6つの短篇から成っている。各々、別な時期に書き綴られて来た短篇のように思うのだが、それでも各篇が「一つの長篇の1章」という様相にも見える。

中心視点人物が織田有楽斎である3つの篇が1番目、3番目、6番目に配される。そして2番目の中心視点人物は博多商人の島井宗室、4番目では小早川秀秋、5番目では松平忠直となっている。

これらの各篇を連ね、<本能寺の変>、<関ヶ原合戦>、<大坂の陣>という大きな事件を潜った作中人物達の時代が綴られる訳である。そして、3つの大きな事件の何れにも関わる人生を送った人物が織田有楽斎ということになる。そして、織田、豊臣、徳川と移ろった時代の中で生き残って来た人物ということにもなる。

有楽斎は、源五郎長益を名乗っていた。織田陣営に在って、特段に武功を挙げたのでもない。戦と直接に関係が無い場面で負傷して参陣出来なくなってしまうことが在った等、寧ろ「武運拙い」という感の人物だ。他方で、信長と交流が在った千利休に師事した茶の湯には魅せられて夢中になり、その方面では少しは知られる人物というようになって行く。

この有楽斎は、<本能寺の変>の混乱から逃げ延びる。その後、彼は如何に生きたか?<関ヶ原合戦>は?<大坂の陣>は?これらの3つの事件に関連し、有楽斎の目線で、また各々の事件に関わった別な人物達の目線で物語が綴られて行く。

或る程度知られている出来事の「中心的な人物」という程でもない「関係者」という存在を中心視点人物に据えて展開させる物語の綴り方というのも意外に面白いものである。

過ぎる程に偉大な兄の下で、寧ろ軽侮されているかもしれない末弟…それでも見出した生甲斐のようなモノに打ち込みたいが、安穏としても居られない時代を生き抜かなければならない。そんな有楽斎が愛おしくなる各篇だった…

『信長嫌い』

少し以前に「面白そうな作品?」と気に掛かり、何となく手を伸ばさずに暫く時間が経ち、そこで再び出くわして「それでも面白そう!」と手が伸びる…時にはそういうような小説も在ると思う。

↓これがその、少し前に気に掛かっていながら、なかなか手にすることがなかったものの、気になって手にしてみた作品だ。気に掛かった時点で、即座に手にしておくべきだったかもしれない…酷く面白かった!!

信長嫌い (新潮文庫)



↑題名の『信長嫌い』をキーワードにする7つの短篇が集められた1冊だ。各話は然程長大でもない、読み易い分量なので、1話ずつ順調に読み進めると好い訳だが…休日にこの本を手にして、一気に7話を続けて読んでしまった。頁を繰る手が停まらなくなってしまうのだ…

『信長嫌い』の“信長”は、言うまでもなく、かの戦国の世に覇を唱えようとした織田信長だ…本作では、この信長との何らかの関りで「人生が変わった?」、「不本意な方向になってしまった?」という感の人達7人が取上げられ、彼らの物語が積み重ねられている。各話各々に主人公が据えられて、主人公自体や周囲の作中人物達が在る。他方で“信長”は「巨大な存在感」を各作品の中で示してはいるが、何かの行動をする、何かを話すというような、「作中人物らしい登場」は殆ど無いような感じだ。これが「その“存在感”だけで信長の一代記を綴ってしまった…」とでもいうような、非常に興味深い手法の作品となっていると思った。

7つの話しの主人公達…今川義元、真柄直隆、六角承禎、三好義継、佐久間信栄、百地丹波、織田秀信という人達である。

今川義元は<桶狭間の戦い>で敗れた人物。真柄直隆は越前の朝倉家に在った武士。六角承禎は南近江の名門大名であった人物。三好義継はかの三好長慶の養子(甥だった…)で、三好家を継いだ人物。佐久間信栄は信長に追放されてしまった宿老の佐久間信盛の息子。百地丹波は伊賀忍者の棟梁格であった人物。織田秀信は秀吉が信長の後継者として擁立した、嫡男の信忠の子であった三法師が長じた姿ということになる。

7つの話しの主人公達を概観すると、“信長”が「時代を揺るがす勢力?」として登場し、越前や近江というような諸国の勢力と争い、畿内の古くからの勢力を駆逐し、石山本願寺との抗争を戦い抜きという流れが視える。加えて、伊賀での戦いというようなことも想い起される。更に、江戸時代には嫡流の織田家は姿を消してしまうのだが、そういう辺りにも触れられていることになる。(因みに、信長の弟であった有楽斎の系統の織田家が江戸時代には続いていたようだ…)

諸勢力との争いに勝ち抜いて「天下布武」の実現を目指した“信長”の業績が「敗者目線な物語」を積み重ねることで描き出されているというのが本作ということになる。実に興味深い!

本作を読んで、何か「映画?」という感も抱いた。“信長”は画面に殆ど登場していない他方で、作中世界で「過ぎる程に巨大な存在感」を示すというような演出である…何となく暇な感じになった休日に、愉しい小説に出くわしたことは幸運だった!

『衝天の剣 島津義弘伝(上)』+『回天の剣 島津義弘伝(下)』

以前、当時は稚内に在った、全国各地へ転勤という展開も在る仕事に携わっていた方が「鹿児島県に所縁が深い」ということで、自身も鹿児島を何度か訪ねていて愉しかったということが在り、話していた時に何となく関連の話題に及んだということが在った。

鹿児島で「昔の殿様」とでも言えば、英邁なことでは同時代の諸侯から抜きん出ていたと評される幕末期の島津斉彬か、戦国末期の「猛将!!」と畏怖されたという島津義弘が「圧倒的!」に有名なのだということだった。換言すれば、「とりあえず2人」が「昔の殿様」とでも言った時に名前が出るということかもしれない。

その「名前が出る2人」の一方である島津斉彬所縁の史跡に<尚古集成館>という博物館が在って、それは島津家の別荘であった経過が在る<仙巌園>という場所に在る。

↓2011年12月、「初上陸」の鹿児島で訪ねた<仙巌園>で出会った…
Sengannen, Kagoshima-HDR on DEC 20, 2011
↑島津義弘が着用したという甲冑を模して造ったモノが、<仙巌園>の入口辺りに飾られていた…

江戸時代の幕藩体制下で薩摩・大隅(加えて日向の一部)を知行した島津家だが、所謂“藩主”としての初代ということになる人物の実父が、「名前が出る2人」の他方である島津義弘なのである。

島津義弘は、戦国時代の終わり頃に活躍した四兄弟の次男だ。長兄は島津家の当主だった島津義久、次兄が島津義弘で、その直ぐ下の弟が島津歳久、末弟が島津家久である。

実は以前に、この四兄弟の末弟である島津家久を軸に展開する物語を非常に愉しく読了した経過が在った…

>>『破天の剣』

『破天の剣』は、薩摩や大隅での勢力争いを制し、日向の伊東氏との抗争を制した島津家が、大友家や龍造寺家と争い、それを制して「九州制覇」を目前としながら、豊臣秀吉の軍門に下るまでの物語だった。この経過の中、大友家や龍造寺家との戦いで劣勢と見受けられた状況を跳ね返す戦いの指揮を執ったのが島津家久だった。そしてこの島津家久は、島津家が豊臣秀吉の軍門に下った頃に急逝してしまった。

そうした『破天の剣』で描かれた時期の「後の時代?!」ということなのだが…それを描いた同じ作者の作品が在ったのだ!

「前置き」が非常に長くなってしまったが、以下に御紹介したい…上下2巻から成る作品だ。

↓こちらが上巻で『衝天の剣』という題である…

衝天の剣 島津義弘伝(上) (時代小説文庫)




↓こちらが下巻で『回天の剣』という題である…

回天の剣 島津義弘伝(下) (時代小説文庫)



↑上下巻を通じて、かなり夢中になって読み進め、頁を繰る手が停まらなくなってしまい、素早く読了に至り…「大変愉しかった!」と深い満足感の中に在る…『破天の剣』が非常に面白かったので大いに期待したが…「期待以上!!」のものだった。

物語は『破天の剣』の末尾の辺り、島津家が豊臣秀吉の軍門に下った少し後の時期から起こっている…島津家、その領国である薩摩・大隅という地域も豊臣政権の体制下に組み込まれようとしている最中であったが、島津家は先祖伝来の薩摩・大隅に在り続けようと必死であるという情勢だ…

そういう状況下、かの「朝鮮出兵」が在り、「庄内の乱」という内訌が在り、「関ケ原の合戦」が在り、合戦後の生き残りを賭けた駆引きが在り、そして琉球侵攻というようなことも在って、江戸幕府の下の幕藩体制という中で島津家が残って行くこととなる。その一連の経過が、主に島津義弘の目線で描かれている。

島津家の四兄弟としては、結局は長兄の義久―本作では「龍伯」という号を名乗るようになっている…―と義弘―途中から「惟新」という号を名乗るようになる…―とが長く生き、色々なことに巻き込まれて、色々なことに心を砕くようになって行く。

弟達や一門の若く有望だった者達が斃れる中、島津義弘は「島津の武威」を体現するようなカリスマ的な指揮官として、苦しい戦いに身を投じて必死に戦い続ける。他方、兄の龍伯(義久)は弟達や一門の若く有望だった者達が斃れ、領国で色々な犠牲を強いられるようになった状況下、深い想いを胸に謀を巡らせる。

この種の物語は、或る程度知られている史上の様々な出来事に一定程度依拠して創られる訳で、「何がどうなって行く」という大まかな流れは「判っている」ということになるにも拘らず、その大まかな流れの隙間を埋める作者の想像の翼が大きく羽ばたき、それが非常に面白いのだ。

結局、本作は『破天の剣』を起こりとする「一連の物語」となっていると思う。「互いを敬愛し、互いを恃みにする四兄弟」が激動の戦国時代末期を潜り抜ける物語…というところであろう。敢えて加えると、本作では脇役ということになる同時代の色々な人達も作中人物として登場するが、それらも各々に味わいが在る…

戦国時代を背景にした物語が好き、その種のモノに一寸興味が在るという方が在れば、本作は「かなり御薦め」である。

『北天に楽土あり』

↓書店で視掛けた際、後述するが「2つの理由」で少し注目してしまった…

北天に楽土あり 最上義光伝 (徳間文庫) [ 天野純希 ]



↑そして入手し、夢中で興味深く読了した。戦国時代の最後の方を背景とする物語である。

本作に注目した「2つの理由」である…

1つは、過去に読んで「なかなかに面白い“時代モノ”」と記憶に残る幾つかの作品の作者による作品と気付いたからである。

↓過去に読んだ作品はこちらに纏めてみた…
>> ブック / 天野純希作品


もう一つは、最上義光という人物に何となく興味も在って、主人公に据えられた作品を読んでみた経過が在ったからだ。

↓既読の作品はこちらで、2012年に読んでいた…
>>『最上義光』


そういう切っ掛けで本作に触れたのだが…「本作の最上義光」は好かった!

現在の山形県辺りに関しては、最上義光の時代には様々な勢力が拮抗して争いが絶えなかった。最上義光が最上家を継承するような頃には、寧ろ弱小勢力という感であった。

そういう所から、豊かな領国を経営して行くことを目指し、勢力の拡大を図って行く。最上義光に関しては「油断ならない梟雄」という評も在るが、そういう道に「如何にして踏み込んだ?」という物語になっている。

合戦や謀略等、“戦国時代モノ”らしい魅力を放つ場面が連発する…少し夢中になった…

『覇道の槍』

「“戦国”を扱った時代モノ」と聞いて想い起す時代背景は、概ね「16世紀後半以降」ということになるのではないだろうか?例えば有名な<本能寺の変>は1582年である。最近少し話題のドラマ『真田丸』の冒頭で、武田勝頼が攻め滅ぼされてしまう辺りの挿話が在ったようだが、あれも1582年の出来事である。世紀の“後半”で、“末”さえ見えるような時期だ。

“戦国”と言えば、こういう時期のイメージが強いように思うのだが、実を言えば、15世紀末の辺りから、概ね16世紀全般を通じて争いが絶えない“戦国”と呼ぶべき状況は続いていた。16世紀は“前半”も争いが絶えない状態だったのだが、そんな16世紀前半に題材を求めた時代モノに出会った。

↓これがその、16世紀前半の時期に題材を求めた作品だ。

覇道の槍 [ 天野純希 ]



↑足利幕府の12代将軍である義晴に対し、同じ足利の血筋の義維(よしつな)を擁立し、堺に幕府を開いたという動きが在ったのだが、その堺公方府の立役者であった三好元長が主役だ…非常に面白い物語で、夢中で読了した…

本作を眼に留めて、入手して読んでみようと思い立ったのは…最近、他作品を愉しく読んだ経過が在る作家の作品であることに加え、堺を訪ねた際に耳にした“三好元長”が劇中人物として活躍するらしいことが判ったからだ…

堺で妙国寺に立ち寄った。妙国寺は、嘗て読了した『等伯』という小説にも出て来る場所で、興味が在った。嘗ては盛大な伽藍を擁する寺院だったが、戦災によってそれらは損なわれ、現在は1970年代の建物なのだが、堺の歴史を伝える場所でなかなか面白い。奥で視られる大きな蘇鉄は見事である…この妙国寺の見学は、拝観料を払って、ガイドの案内で中に所蔵される資料を視るというスタイルなのだが、そのガイドのおじさんの話しに“三好元長”が登場した…幕末期、堺の港で警備任務に就いていた土佐の武士達がフランス船関係者と悶着を起こし、フランス人を銃で撃って殺害してしまった。「関係者の処分」ということになり、武士達が切腹をすることになった。その切腹の場所が妙国寺で記念碑も在る。切腹には色々と作法が在るというが、その中に「憤怒や無念を示す」ということで、「斬った腹から腸を引き出して撒き散らす」という壮絶なモノが在るのだという。土佐の武士達の中に、それをやってのけた人が在るのだという。これをやったという事例は、必ずしも多く伝わっていないようだが、あの時のガイドのおじさんは、「昔、堺で活躍した武将の三好元長が、色々と裏切られて口惜しさと怒りを胸に腹を斬った時、これをやったと伝えられている」という話しをしていた。

そういうように、「昔、堺で活躍した…」と堺市内に在住していると見受けられるガイドのおじさんが「さらり」と名を出した“三好元長”が登場する物語…惹かれるものが在った訳だ…

三好元長の一族は、阿波の細川一族の被官の家柄である。細川一族というのは、幾つもの分家が在るが、“京兆家”と呼ばれる本家筋が在って、その本家の代表が室町幕府の最重要な要職である管領(かんれい)を輩出していた。三好一族は、この細川の“京兆家”の家中に在って重きを為していたのである。

物語は、9歳だった元長が父の討死を伝えられる辺りから起こされる。父とは心理的な蟠りのようなものが在ったのだが、それは元長が「実は父の子ではない」という話しが在ったからだ。祖父が母を手籠めにして身篭り、そして産れたのが元長であるという「不義の子」説が在った…そうした中で元長は成長して行くこととなる。

時代は、有力な武士達が幾つもの陣営に分かれて際限なく争いを続ける様相だった。三好一族は元長の祖父である之長を中心に、京都を巡る争いを続けていた。元長も戦陣に出るようになっていた。そして元長は、戦で疲弊している国を何とか立て直したいという思いを抱くようになって行く…そうした中、京都で後年に大きな役目を負って行く家臣になる少年、久一郎に出会った。(この久一郎が好い!!そして、最後は意外な展開も…)

やがて三好之長の陣営が敗れ、之長も討死した後、元長は阿波に引揚げて暮らすようになる。そこでは“弟”のような存在の足利義賢(後の義維)や細川六郎と暮らしていた。各々、将軍家の血筋、細川京兆家の血筋である。3人は、力を合わせて「戦の無い世」を創ることを目指そうとした…

そして時は流れ…彼らは畿内進出を図り、堺に上陸して堺を拠点とし、“堺公方府”を立ち上げた。将軍の義晴は近江に在り、“管領”と称して彼を擁する細川高国も健在だ。将軍(高国)陣営と堺公方陣営が対立する情勢が続く…

物語は、この高国らの陣営と堺公方陣営の争い、そして堺公方陣営が深刻な内訌に突き進んでしまう様相を描く…戦いと謀略の日々の中、元長や六郎や義維はどうなって行くのか…

本作は、戦乱に明け暮れる世相の中で理想を掲げた、兄弟分のような存在だった元長や六郎の昂揚と離間を通奏低音としながら、猛将達の勇戦や駆け引きを繰り返して決着する戦、忍びの暗闘、恐るべき謀略、智勇備えた傑出した人物との出会い、妻子との愛など、様々なメロディーが展開する、「壮大でありながら、適度に纏まった交響楽」のような作品だと思う。

散ってしまう元長は息子を遺す…可能であれば…畿内で権勢を振るうことになる三好長慶となって行く、この息子の物語も登場すると面白いと思った…

堺では「昔の堺で…」とガイドのおじさんがさらりと名前を出した三好元長…一般には然程知名度が高いでもないのではなかろうか?そういう人物を主人公に据えた物語だが、非常に面白い!!

『破天の剣』

↓休日の土曜日に、朝から夜で一気に読んでしまった一冊である!!

天野純希/破天の剣 ハルキ文庫
↑かなり面白い!戦国期の九州を主な舞台とした時代モノである!!

本作は、島津家久を主人公に据えている。九州制覇も間近となった、戦国時代の終わり頃の島津四兄弟の末弟である。この島津家久は、島津義久、島津義弘、島津歳久という3人の兄が居る。本作の主人公は末弟の家久ではあるのだが、本作全般を通じてみると、何処と無く「四兄弟の物語」という雰囲気も在る。

余談ながら…島津義弘は何度も名を改めていて、本作では“忠平”、“義珍”(よしたか)と名乗っていた時期を扱っているので、その名で登場している…

四兄弟の祖父が島津日新斎で、人材育成に力を注いだ賢君として敬慕される人物であり、父はなかなかの苦労人だった島津貴久である。家久の3人の兄は、父の正室を母としているが、家久は正室が他界した後に迎えられた側室が母である。家久は3人の兄達から視れば、少し年が離れた弟ということになる。

本作の家久…変わり者で型破りであるが、天才的な戦術家で、「不敗の名将」というようになって行く…そういうように歩んだ家久の底流に在ったモノが何なのか?それが全編の奥底に在る…

そうした家久という人物の心の底を描く他方、「変わり者で型破りであるが、天才的な戦術家」としての活躍ぶりが活写されるのだが、これが凄い。

北薩摩の大口では、長期化してしまっていた戦いに決着を着ける大口城攻略に成功する…父・貴久の他界が公表された後のタイミングを狙うであろう、大隅の敵対勢力による攻勢に関しては、彼らが水軍を用いて鹿児島に襲来する策を採ることを予見し、対応策を練って見事に撃退する…永年対立していて、駆逐してしまった日向伊東家の支援を名目に、同時にキリシタン王国建設という野心を胸に日向侵攻を企てた豊後の大友宗麟の軍勢に対しては、様々な手を打って大軍の進撃を阻み、高城に拠って大軍を翻弄した…そして「五州二島の太守」と号し、「熊」と怖れられる龍造寺隆信との争いでは、島原地方の沖田畷を“決戦場”に選定し、入念な準備の上で戦いに臨み、5千の将兵で3万の軍勢を迎え撃ち、総大将の龍造寺隆信を討ち取ってしまった…

飄然として、掴み所も無いような素振りを見せる家久だが、天才的な戦術家で「不敗の名将」とまで言われた陰で、全身全霊で戦の準備に明け暮れていたという一面が在る…やがて、そうした“無理”で多少体調を崩すような場面も生じるようになっていた頃、豊臣秀吉の九州侵攻を迎えることとなって行く…

本作の題名である『破天の剣』だが…作中の家久が、目立って大きな剣を愛用する場面が在るので、それをイメージしているようにも感じられるのだが…陣営の総帥である長兄の義久が、家久を軍事作戦の切り札、“剣”と看做すのかと自問する場面が在るので、そういうようなことをイメージした題名かもしれない。

家久は、些か“不審”な状況の最期を遂げる…これに関して、幾つか説は在るようだが、定説は無い…物語はそんな家久の最期という辺りで幕を閉じる…何か…「淡い」と同時に「強い」余韻が残る感じだ…

『南海の翼』

何処かで読んだか、聞いたかで、少し記憶に残っているフレーズが在る。「幸せな家庭は一様に幸せだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」というようなフレーズだった…

↓或いは「不幸な英傑」の一代記…そういう感を抱きながら、何か「続きが気になる…」と少し夢中になった一冊である…

天野純希/南海の翼 長宗我部元親正伝 集英社文庫
↑戦と謀略に明け暮れ、野心を抱き、それが満たされず、挫折し、何処か「病める」ような心持ちになる…そういう主人公と周囲…何か「捕まってしまう物語」という按配だ…

長宗我部元親という戦国武将が本作の主人公ということになるが…同時にこの長宗我部元親の傍に仕えていた久武親直、後継者となる長宗我部盛親も「物語の主人公」的な存在感を示しているような感がする。本作は長宗我部元親の野心の行方と、心の遍歴というようなことが中心となる…

長宗我部元親の時代、土佐は山がちで耕地面積が限られている所に、中小規模の諸勢力が多く在って、争いも多く豊かではなかった。若き長宗我部元親は、土佐を統一して「少しでも豊かな国」として行くことを願った…そして土佐各地の勢力との争いを制して行く…

その途次での出来事だが、やや折り合いの悪い末弟、島弥九郎を密かに斬らせてしまった…弥九郎に関しては、「旅に出ようとして、阿波の領主の配下に襲撃されて斬られた」ということにしてしまった…そうしたことから、“仇討ち”で「阿波侵攻」という機運が持ち上がる…

やがて長宗我部元親は、「豊かな国」とするための“四国統一”を念願するようになって行く。そして苦しい道程を歩むこととなる。そんな中、何か悔いが残るような事態や、危機が訪れると、元親は幻聴のようなモノに囚われる…それは「弥九郎の声」だ…覇道を往きながら、何処か心の平衡を乱して行く様…そういうように元親は進んで行く…

“四国統一”が半ば成りそうな時点で、織田信長が介入して対立することになるのだが、<本能寺の変>で織田勢の四国侵攻は沙汰止みとなった。その間隙に、元親は宿敵であった十河存保との戦いを制し、“四国統一”を成し遂げる…

時代が動き、羽柴秀吉が天下統一に乗り出す中、元親はその軍門に降り、土佐の領主となる。その他方、後継者としていて、溺愛していた息子の長宗我部信親は期待に応える器となって来ていた…

そして…よく知られる九州遠征と息子の信親の討死という出来事が起こる…本作ではそれが「どうしてあのような展開?」という疑問に応えるべく、なかなかに大胆な“サスペンス”に仕上げられている…

溺愛して期待した息子が他界したことで、元親は決定的に精神の平衡を失った…そうしたことから、大勢に反して四男の盛親を後継者に指名し、人望の篤かった次男や三男を排することとしたのだった。

そういうことが切っ掛けで、家中には争いが生じる。争いは、血で血を洗う暗闘の様相を呈して行く…この辺りが“重い”…故に引き込まれる…

物語は、こういう状態になって、最後に長宗我部元親が夢見たのは何だったのか、そして息子の盛親が辿った経過が加わって終焉して行く…こうした物語の中、元親の傍に在り、“謀略”に関連する、要は「忍を動かす」ような秘密作戦を担うことになっていく家臣、久武親直の存在感が大きい…彼は後継者問題で生じた家中の暗闘に深く嵌り込み、自身も陰惨な謀略に巻き込まれて心の平衡を半ば失ってしまう…そして、大坂の陣に際して、老境に至った姿で盛親の下に現れる…

大雑把に物語を振り返った…土佐の中の争いで立ちはだかる、豪傑の安芸国虎、四国統一の戦いで立ちはだかる、智勇兼ね備えた勇将の十河存保との戦いというような中盤までの面白さ…息子の信親の討死を巡るサスペンス…心の平衡を崩した元親の下で発生する暗闘…「最後に目指した大望」に手を掛けることが適わずに世を去る様…何か引き込まれる物語だ…

とにかくも、夢中になってしまった物語だった…或いは「不幸な英傑」の一代記だが…「それぞれの不幸」がどのようなものだったのか?是非、本書を紐解いてみて頂きたい…

『戊辰繚乱』

↓“戊辰”等と、明治維新を思わせるタイトルの小説が文庫本で登場したのを視れば、強く惹かれることを禁じ得ない…

天野純希/戊辰繚乱 新潮文庫
↑強く惹かれて、カバーに書かれた簡単なストーリー紹介に“会津”等と在るので入手したのだが…夢中になって読了した!!

本作の主人公…山浦鉄四郎という武士と、中野竹子という武家の娘である。主人公の2人は何れも史上の人物をモデルとしているが、その事跡や生涯が詳しく知られているのでもない人物であることも在り、作者の想像の産物である要素が多い劇中人物となっていると思う。

山浦鉄四郎は会津松平家中の士であるが、会津松平家が“京都守護職”として預かった、かの新選組に参加した経過が在る人物だ…

中野竹子は、会津松平家の江戸屋敷に務めていた中野家の娘で、なかなかに優秀な才媛であり、薙刀の達人でもあるなど文武両道の女傑で、なかなかの美人であったと伝えられる女性だ。鶴ヶ城を巡る攻防戦の最中、城に入ることが叶わず、妹や母、更に居合わせた女性達で一隊を組んで戦闘に参加し、討死してしまったことが知られる。

こんな2人が、幕末の激動期をどういうように生き抜いて行くのかという“繚乱記”が本作である…

山浦鉄四郎は江戸に遊学に出ている。会津の家や、地元の武家社会の様子に居心地の悪さ、息苦しさのようなものを感じ、別天地に出てみたかったという本音が在る。

鉄四郎は西周が主催していた塾で学問に取組むが、余り力も入らず、同郷の悪友、佐々木誠一郎と息抜きをする機会ばかりが多かった。そういう最中、一寸した切っ掛けで中野竹子と知り合った。

鉄四郎は、中野竹子に惹かれる何かを感じながらも、「会津の流儀」を地で行こうとしているような面が在り、恐ろしく勝気な竹子とは少し微妙な関係だった。竹子は鉄四郎について、学問も中途半端で、地元では一定の評価を得ていたらしい剣術の稽古も真面目にやらないと、「見掛けると小言」という感じだった…

或る時、鉄四郎は食事に入った店で“御用盗”の浪人に出くわす。尊王攘夷運動を騙り、店等から金銭を脅し取るという輩のことである。酔っている不逞浪人に絡まれている娘を助けようとしている場面で、「試衛館道場の食客」と称する藤堂平助と知り合った。そういう縁で、鉄四郎はやがて試衛館道場に出入りして剣術の稽古に励むようになって行った…そして試衛館の面々は「仲間」と呼び得る存在となって行った…

そうした中、半ば父のような存在で、少し苦手な長兄が江戸に現れた。長兄に思わぬことを告げられた。京都守護職を引受け、上洛することになった松平容保侯に従う家臣団に、兄自身と、兄が推挙してそれが容れられた鉄四郎が参加することとなったというのである。断りようもないと、鉄四郎は京都に出る一行に加わり、家中の役目に就くこととなった…

京都では、壬生浪士組となっていた試衛館の面々と再会し、やがて彼らが芹沢鴨を粛清して新選組となって武名を馳せて行く中、上司の命で新選組の様子をそれとなく見守る役目を負って行く。更に、会津松平家中から隊士を送り込むこととなり、鉄四郎がその一人に選任された…

「会津の家や、地元の武家社会の様子に居心地の悪さ、息苦しさのようなものを感じ、別天地に出てみたかった」という本音だった鉄四郎…会津松平家の運命を変えた京都守護職拝命の一件の巻き添えで、江戸から京都に出た。そして蠢く時代の渦中に身を投じた。彼がどのように変わって行くのか?どういう具合に生きて行くのか?そしていつの間にか互いに惹かれるようになっていた竹子との縁はどのようになって行くのか?本作はそういう物語だ…

蠢く時代の渦中で、変って行くのは鉄四郎だけではない。鉄四郎にとって「良き仲間」だった試衛館の面々も、時代の渦中で各々に変りながら、或いは変わらずに生きて行く。鉄四郎は、そんな様を見詰め続け、考え続けている…

鉄四郎は、何処か「現代の青年」の匂いがする劇中人物だ。何かを求め、求めるモノが何なのかを巧く説明も出来ず、何かに真摯に打ち込めるのか否かも判らない…

竹子も、一目置かれるような程度に学問や武術を修めていて「何かの役に立ちたい!」という強い想いを抱きながら、「何をどうしたものか?」という感じがする女性という描かれ方だ…或いは…「色々な制約、“見えない壁”に何時の間にか当たってしまう…」という、「現代の何処かにも居るかもしれない」ような人物なのかもしれない…

両主人公は、上述のような意味で「凄く現代的」な感じだが、そういうパーソナリティーが「激動の幕末」でどのように悩み、どういう境地に至るのか?本作の面白さであろう!

或いは本作は…「テレビドラマの原案?」という雰囲気も強いように思ったが…「一寸古い、かなり様子が異なる時代」と思われがちな幕末を、「現代の人達に“感じ易い”劇中世界として構成」という感じがする作品だった。少し夢中になった作品で、多くの皆さんに奨めたい!!