<北九州リバーサイドウォーク>の<Blue Hawaii>というカフェで、大き目なマグカップを満たす珈琲を頂きながら寛いでいる…或いは無駄に動き過ぎないように休んでいる…
今朝は「早いスタート」とも「遅いスタート」とも言える感じだった…
「早い」…JR二日市駅傍の宿から、6時少し前に出て、少し歩いて西鉄の紫駅―“紫”と書いて「むらさき」と読む…何か変わった読み方でも在るのかと思ったが…―6時台の列車で、西鉄二日市、太宰府と移動し、太宰府天満宮まで出掛けた。そして午前8時頃までに宿に戻った…
「遅い」…結局、JR二日市駅から東へ向けた移動を開始したのは午前11時半前…これは私の行動パターンとしては「やや遅い」感は否めない…
こういうことになったのは…10時のチェックアウト辺りまで、宿でゆったりと過ごしていて、近隣の“二日市温泉”の<博多乃湯>という施設で、少しゆっくりしていたからだ…小さな浴場ながら「源泉かけ流し」を謳う結構な湯だ。ただ、サウナが在ったり、長いが出来るような施設ではない…本当の“浴場”で、やや狭いが…時にはこういうのも悪くはない…
二日市から列車で出た後は…小倉駅まで快速で、普通列車に乗り換えて門司港駅に向かった…門司港駅エリアの散策―ビルの31階に在る展望室も訪ねた…―を愉しみ、その後は普通列車で小倉を過ぎて西小倉駅まで引き返した…一寸、小倉城を眺めたくなったのだが…やや雲が多くなって来た…
実はこれから…小倉駅北口でバスに乗る…バスというのは…フェリーターミナルに向かうバスだ…今夜は瀬戸内海の洋上だ…明朝に神戸港に着くこととなる…
※ 追って写真や詳しいことも整理したい…
岡山城:「2つ?!」の天守閣…(2016.11.22)
↓岡山城で視られる光景だ…

↑“烏城”と呼ばれる黒い外観の建物が、色付いた木々も見える高台に聳え立ち、その様が傍の流れ静かな川面に綺麗に映り込む…
こういう様子!!意外に「視られない…」のではないだろうか?程好い大きさの建築物が、程好い広さの傍に在る水面に映り込む…そして映っている側と現物が「一枚の画」に収まる…意外に“条件”が厳しいように思える…
と言うのも、この後に「流れ着いた」小倉で城の天守閣を眺めた際、“水面”は存外に巧く見えたが、“両方”が「一枚の画」にはなり難かった…極端にが核が拾いレンズを駆使する等すれば話しは違うのかもしれないが…
↓個性的な外観で端正に佇む天守閣と…

↓水面に揺れる幻影のような天守閣と…

岡山城には「2つ」の天守閣が在るのかもしれない…

↑“烏城”と呼ばれる黒い外観の建物が、色付いた木々も見える高台に聳え立ち、その様が傍の流れ静かな川面に綺麗に映り込む…
こういう様子!!意外に「視られない…」のではないだろうか?程好い大きさの建築物が、程好い広さの傍に在る水面に映り込む…そして映っている側と現物が「一枚の画」に収まる…意外に“条件”が厳しいように思える…
と言うのも、この後に「流れ着いた」小倉で城の天守閣を眺めた際、“水面”は存外に巧く見えたが、“両方”が「一枚の画」にはなり難かった…極端にが核が拾いレンズを駆使する等すれば話しは違うのかもしれないが…
↓個性的な外観で端正に佇む天守閣と…

↓水面に揺れる幻影のような天守閣と…

岡山城には「2つ」の天守閣が在るのかもしれない…
博多駅辺り(2016.11.25)
結果として“後知恵”になってしまうが…「赤間駅と東郷駅の間の海寄り」に視える宗像大社は、「東郷駅との間で、バスで往来」が多分正解…バスは230円で、方々のICカード乗車券(私は随分以前に広島駅で求めた記憶が在るJR西日本の<ICOCA>を多用するが…)も車内で普通に使える…(乗車時と下車時に2回タッチするようになっている…)
こういうことでありながら…私は赤間駅から宗像大社の手前まで、1時間40分位も迷いながら歩き回った…酷く草臥れたが、「関西への“折り返し”の段取り…」と博多へ向かった…昨年10月下旬に立寄って以来の博多駅となる…
↓画の奥に新しめなガラス張りの建物!?

↑長く工事が続いていたが、新しい建物がオープンしていた…
↓新しいビルの、バルコニー状になった辺りから、博多駅辺りを望んだ…

↑今までには無かった角度の眺めだ…
↓外が視える場所も在る辺りに、色々と飲食店等が入居していた…

↑今回は“素見”に終始したが…
↓何気なく視て、タクシーの数に一寸驚いた…

博多界隈…どの位居たか?少し離れたJR二日市駅傍に手軽な宿が見付かったので、“速攻”で移動して、直ぐに休んでしまった…そして妙な時間に眼を開けて、何となく写真を整理してみた次第…
こういうことでありながら…私は赤間駅から宗像大社の手前まで、1時間40分位も迷いながら歩き回った…酷く草臥れたが、「関西への“折り返し”の段取り…」と博多へ向かった…昨年10月下旬に立寄って以来の博多駅となる…
↓画の奥に新しめなガラス張りの建物!?

↑長く工事が続いていたが、新しい建物がオープンしていた…
↓新しいビルの、バルコニー状になった辺りから、博多駅辺りを望んだ…

↑今までには無かった角度の眺めだ…
↓外が視える場所も在る辺りに、色々と飲食店等が入居していた…

↑今回は“素見”に終始したが…
↓何気なく視て、タクシーの数に一寸驚いた…

博多界隈…どの位居たか?少し離れたJR二日市駅傍に手軽な宿が見付かったので、“速攻”で移動して、直ぐに休んでしまった…そして妙な時間に眼を開けて、何となく写真を整理してみた次第…
運行日誌:2016.11.25:「どうしようもない私があるいてゐる」…
「玄界灘の肴に会う純米吟醸を」との想いで醸されたという<寒山水>という酒の180mlカップ…「自身で自身を労う」かのように、静かに頂いていたが…何やら「スッキリした感じ」が好ましかった…一つ頂いた後…外に出た序でに、また求めてしまった…
場所は、二日市の静かな宿である。関西方面への“折り返し”は明日ということにした…
「“流れ者”、“流され者”で大いに結構…」と、「神戸市内⇒福岡市内」のJR乗車券を手に、一部は「こういうのも…」と情報収集済だったが、原則的に「フラりと寄り道」をしながら“西”へ進んでいた…
昨日の段階で九州に上陸…小倉に何となく滞在したが…この早朝には「博多へ向かわず、小倉でJR乗車券を求めて東へ進もうか…」とも思っていた…しかし!とりあえず西へ進んだ…
「しかし」の理由は宗像大社の存在だ。小倉から博多へ向かう途中に在る宗像市に在る、大変に由緒ある神社が宗像大社だ…「三女神が降臨」という伝説的な由緒を有している神社で、3人の女神を祀る3つの社が玄界灘の2つの島と九州の宗像に在るという。その宗像に在る社を訪ねてみたくなった…この宗像大社に関連して、現在に至っても厳しく立ち入りを制限する等している、かなり沖に在る“沖ノ島”というモノも存在する。「神宿る島」と言われる沖ノ島は、古代には荘厳な祭礼が行われた特別な場所で、貴重な遺物が多く発掘されていて、それらは“国宝”に指定されている大変に貴重なモノだ。これらを公開する展示会が、境内の中に設けられている<神宝館>(旧い社寺等に在る、貴重なモノを展示する場所)で催されているのだという。そしてそれが「11月28日まで」という期間…何か、偶々福岡県内に居る私としては「観なさい!」と“御導き”を頂いたような気分になってしまった…
こうして、小倉駅を出発し、宗像大社へ向かう駅で途中下車をし、とりあえず博多に向かって、博多で“折り返し”の段取りを考えることにしたのだった…
小倉では朝食に<牛めし>(特盛)をガツガツと頂き、何やら多少ゆったりとしていて、午前9時頃に出発した…小倉駅から博多駅方向、鹿児島本線を行く列車に乗車した。
赤間駅で下車した…宗像大社へ…「歩いてみる…」と進み始めた…宗像大社のウェブサイトで視掛けた略図では…もっとスッキリしていて、1時間程度で着けそうな雰囲気に視えたが…1時間40分程度歩いて、未だ着かなかった…
何やら「〇〇方面」と青い標識に在って、県道の番号らしいモノまで在るが…間違いなくその県道に入っているのか否か、何となく判らない…
かなり迷って、結果論としては回り道までしてしまっていたようだ…「どうしようもない私があるいてゐる」という気分で、時季外れな枯れた水田が広がっているような辺りの県道を延々と歩き続けた…
そこに、宗像大社方向へ向かうバスが現れた!乗車してみると…1区間で宗像大社に到着してしまった…やや拍子抜けだが…とにかくも到着を喜んだ!!
“神木”とされる、枝が複雑な形になってしまっている、楢の木が境内には在り、趣深い本殿、拝殿が在る…中には<神勅>と『古事記』等に伝えられる神社の由緒に関連の在る句が刻まれた額が掛けられている…
玄界灘の辺りは、古代世界に在っては、日本と朝鮮半島や中国大陸の文物や人々が交差する地であった。そして「神宿る島」と言われる沖ノ島は、玄界灘を往来する場合に「海域のど真ん中」にも見えるような小島で、島そのものが「信仰の対象」でさえあった…そこでは「朝廷が主催する“国家的”な祭礼」が催されていたらしく、当時の「最高のモノ」が持ち込まれていたらしい…そういうモノの一部が出土していて、それらの一部が<神宝館>で展示されていた訳だ…
復路は…宗像大社近くのバス停で少し待っているとバスが現れ、赤間駅の一つ西側に在る東郷駅にバスは向かった…奇妙だったのは、<東郷駅入口>という停留所が登場して、その次が<東郷駅>となるということだった。一部の乗客が「えっ?!」という感じで、一寸理解に苦しんでいた…列車に乗る駅は<東郷駅>という停留所だ…
東郷駅からは博多駅へとりあえず出た…駅構内に旅行代理店が在ったことを覚えていた…寄って、一寸物色…段取りを整えた…
何か…「宗像大社を目指す」として田んぼの真中のような道を1時間40分というのを筆頭に、歩き疲れた…そして、何となく宗像大社を訪ね、国宝指定の様々なモノの展示を見学して「腹一杯」という感じだ…博多駅近くのカフェで一息入れ、そういう中で現在滞在している宿をネットで押さえた…“金曜日”だが「少しだけ移動する」感じで、存外に手頃で好い宿に出逢った…
博多駅辺りだが、何年も工事中だった場所にガラス張りな外観の大きなビルが完成して、商業施設等として利用されていた。博多駅辺り…益々仰々しい感じになっていた…
今日は…とにかくも眠い…
※ 追って写真や詳しいことも整理したい…
場所は、二日市の静かな宿である。関西方面への“折り返し”は明日ということにした…
「“流れ者”、“流され者”で大いに結構…」と、「神戸市内⇒福岡市内」のJR乗車券を手に、一部は「こういうのも…」と情報収集済だったが、原則的に「フラりと寄り道」をしながら“西”へ進んでいた…
昨日の段階で九州に上陸…小倉に何となく滞在したが…この早朝には「博多へ向かわず、小倉でJR乗車券を求めて東へ進もうか…」とも思っていた…しかし!とりあえず西へ進んだ…
「しかし」の理由は宗像大社の存在だ。小倉から博多へ向かう途中に在る宗像市に在る、大変に由緒ある神社が宗像大社だ…「三女神が降臨」という伝説的な由緒を有している神社で、3人の女神を祀る3つの社が玄界灘の2つの島と九州の宗像に在るという。その宗像に在る社を訪ねてみたくなった…この宗像大社に関連して、現在に至っても厳しく立ち入りを制限する等している、かなり沖に在る“沖ノ島”というモノも存在する。「神宿る島」と言われる沖ノ島は、古代には荘厳な祭礼が行われた特別な場所で、貴重な遺物が多く発掘されていて、それらは“国宝”に指定されている大変に貴重なモノだ。これらを公開する展示会が、境内の中に設けられている<神宝館>(旧い社寺等に在る、貴重なモノを展示する場所)で催されているのだという。そしてそれが「11月28日まで」という期間…何か、偶々福岡県内に居る私としては「観なさい!」と“御導き”を頂いたような気分になってしまった…
こうして、小倉駅を出発し、宗像大社へ向かう駅で途中下車をし、とりあえず博多に向かって、博多で“折り返し”の段取りを考えることにしたのだった…
小倉では朝食に<牛めし>(特盛)をガツガツと頂き、何やら多少ゆったりとしていて、午前9時頃に出発した…小倉駅から博多駅方向、鹿児島本線を行く列車に乗車した。
赤間駅で下車した…宗像大社へ…「歩いてみる…」と進み始めた…宗像大社のウェブサイトで視掛けた略図では…もっとスッキリしていて、1時間程度で着けそうな雰囲気に視えたが…1時間40分程度歩いて、未だ着かなかった…
何やら「〇〇方面」と青い標識に在って、県道の番号らしいモノまで在るが…間違いなくその県道に入っているのか否か、何となく判らない…
かなり迷って、結果論としては回り道までしてしまっていたようだ…「どうしようもない私があるいてゐる」という気分で、時季外れな枯れた水田が広がっているような辺りの県道を延々と歩き続けた…
そこに、宗像大社方向へ向かうバスが現れた!乗車してみると…1区間で宗像大社に到着してしまった…やや拍子抜けだが…とにかくも到着を喜んだ!!
“神木”とされる、枝が複雑な形になってしまっている、楢の木が境内には在り、趣深い本殿、拝殿が在る…中には<神勅>と『古事記』等に伝えられる神社の由緒に関連の在る句が刻まれた額が掛けられている…
玄界灘の辺りは、古代世界に在っては、日本と朝鮮半島や中国大陸の文物や人々が交差する地であった。そして「神宿る島」と言われる沖ノ島は、玄界灘を往来する場合に「海域のど真ん中」にも見えるような小島で、島そのものが「信仰の対象」でさえあった…そこでは「朝廷が主催する“国家的”な祭礼」が催されていたらしく、当時の「最高のモノ」が持ち込まれていたらしい…そういうモノの一部が出土していて、それらの一部が<神宝館>で展示されていた訳だ…
復路は…宗像大社近くのバス停で少し待っているとバスが現れ、赤間駅の一つ西側に在る東郷駅にバスは向かった…奇妙だったのは、<東郷駅入口>という停留所が登場して、その次が<東郷駅>となるということだった。一部の乗客が「えっ?!」という感じで、一寸理解に苦しんでいた…列車に乗る駅は<東郷駅>という停留所だ…
東郷駅からは博多駅へとりあえず出た…駅構内に旅行代理店が在ったことを覚えていた…寄って、一寸物色…段取りを整えた…
何か…「宗像大社を目指す」として田んぼの真中のような道を1時間40分というのを筆頭に、歩き疲れた…そして、何となく宗像大社を訪ね、国宝指定の様々なモノの展示を見学して「腹一杯」という感じだ…博多駅近くのカフェで一息入れ、そういう中で現在滞在している宿をネットで押さえた…“金曜日”だが「少しだけ移動する」感じで、存外に手頃で好い宿に出逢った…
博多駅辺りだが、何年も工事中だった場所にガラス張りな外観の大きなビルが完成して、商業施設等として利用されていた。博多駅辺り…益々仰々しい感じになっていた…
今日は…とにかくも眠い…
※ 追って写真や詳しいことも整理したい…
小倉:夜明前の常盤橋と<リバーウォーク北九州>(2016.11.25)
「早朝に散策…」というのは、普段もしていることだが、出先でもそういうことをすることを好む…
↓手前が常盤橋…奥のビル群が<リバーウォーク北九州>のビル群だ…

↑この時季の日出は「6時50分過ぎ」という次元なので、「殊更に早い」でもないが…「夜の残滓」が色濃い感じだ…
常盤橋は江戸時代の<長崎街道>の起点だった場所で、江戸時代の橋梁を意識したデザインで架けられた歩行者用の橋だ…「小倉の気に入っている場所」として挙げたい感じだ…
写真はカメラを小型三脚―常時持っている、倉敷で仕入れたトートバッグに何時も入っている…―に載せ、「ISO100 F8 絞り優先AE」で“長時間露光”を行っていて、「少しだけ冷たい風に流れる雲」の“動き”が画に入り込んだ…この辺り…存外に三脚を置き易い場所が見当たらない感じで、多少手間取りながら撮影をしていた…
↓少しだけ時間が経つと、空が“朝の紫”を帯び始める…

↑刻々と変化する光…これを愛でることが、「早朝に散策…」の最大の楽しみである…
城下町…工業都市…流通都市…商業都市…様々な性格を帯びた地域が発展し、合併して大都市=北九州市の一部となった小倉…江戸時代を意識したデザインの歩行者用橋梁の背後に、「如何にも!!」という感じの当世風なビル群…「時間と人々の営みが交錯している」という感じがする…
こういうビル群が視える光景の早朝…或いは「最も静かな時間」という感で、独特なムードが在る…窓から灯りが漏れている時間帯とは表情が異なるのだ…(※ 宿でゆったりと休んでしまっていて、「窓から灯り」な時間帯には写真を撮っていない…在るか無いかも判らないが、それh「次回!」だ…)
今朝も早速に出発しようと思ったが…考えてみると今日は金曜日で、7時頃から9時頃は通勤や通学の人達で、交通機関が顕著に混み合う場合も在る…とりあえず…「彼方を目指す!」のでもない…ゆっくり動くことにする…
☆<リバーウォーク北九州>とすべきものを、<北九州リバーサイドウォーク>と思い違いをしていた…訂正した…(2016.12.15)
↓手前が常盤橋…奥のビル群が<リバーウォーク北九州>のビル群だ…

↑この時季の日出は「6時50分過ぎ」という次元なので、「殊更に早い」でもないが…「夜の残滓」が色濃い感じだ…
常盤橋は江戸時代の<長崎街道>の起点だった場所で、江戸時代の橋梁を意識したデザインで架けられた歩行者用の橋だ…「小倉の気に入っている場所」として挙げたい感じだ…
写真はカメラを小型三脚―常時持っている、倉敷で仕入れたトートバッグに何時も入っている…―に載せ、「ISO100 F8 絞り優先AE」で“長時間露光”を行っていて、「少しだけ冷たい風に流れる雲」の“動き”が画に入り込んだ…この辺り…存外に三脚を置き易い場所が見当たらない感じで、多少手間取りながら撮影をしていた…
↓少しだけ時間が経つと、空が“朝の紫”を帯び始める…

↑刻々と変化する光…これを愛でることが、「早朝に散策…」の最大の楽しみである…
城下町…工業都市…流通都市…商業都市…様々な性格を帯びた地域が発展し、合併して大都市=北九州市の一部となった小倉…江戸時代を意識したデザインの歩行者用橋梁の背後に、「如何にも!!」という感じの当世風なビル群…「時間と人々の営みが交錯している」という感じがする…
こういうビル群が視える光景の早朝…或いは「最も静かな時間」という感で、独特なムードが在る…窓から灯りが漏れている時間帯とは表情が異なるのだ…(※ 宿でゆったりと休んでしまっていて、「窓から灯り」な時間帯には写真を撮っていない…在るか無いかも判らないが、それh「次回!」だ…)
今朝も早速に出発しようと思ったが…考えてみると今日は金曜日で、7時頃から9時頃は通勤や通学の人達で、交通機関が顕著に混み合う場合も在る…とりあえず…「彼方を目指す!」のでもない…ゆっくり動くことにする…
☆<リバーウォーク北九州>とすべきものを、<北九州リバーサイドウォーク>と思い違いをしていた…訂正した…(2016.12.15)
運行日誌:2016.11.24:豊前国…
列車が行き交う音が室内にも刺さり込んで来る…何やら「列車でドンドン移動…」と急き立てられている気分がしないでもないが…他方で「列車が何時も身近に…」というような安堵感も覚える…
綺麗な角度で行き交う鉄道車両が視えるでもないのだが、滞在中の宿の傍を、小倉駅に通じる在来線と新幹線とが敷設されているのだ…滞在中の部屋は「昔からのビジネスホテル」という雰囲気であるが…こういう感じは嫌いでもない…
こんな場所で、思案しているのは…「日曜日以降、“帰国”の日まで」は滞在先を押さえて在って、「何となく関西で過ごす」ことが確定しているのだが…然程の思慮も無く、「在来線で、三原・広島は呉線経由で…」と元町駅の駅員氏には、恐らく「時々現れる奇矯な乗客…」程度に思われながら入手した「神戸市内⇒福岡市内」の乗車券が「明日まで有効」で、「そこから先?」がよく判らないということである…
「船で御手洗?」と漠然と思っていたので、そこは事前に情報収集をしていた…そういうことから、「神戸市内⇒福岡市内」の乗車券を求めたのだったが、行先は“広島”でも“下関”でも構わなかったのだ…ただ「この数年、何となく気に入っている九州の地へ…」と思ったので、駅で乗車券を求めようとした際に「博多へ…」と口を突いたのだ。「小倉へ…」でも構わなかった…
御手洗を訪ねてみようとしていた事の他は「その場で決める…」ような感じ、またはそれに近い決め方だ…そもそも、実質的な初日に空港から市内に入って神戸に泊まるというのも、出る直前に不意に思い付いたことなのだ…更に福山に泊まってしまったのも、「その場の思い付き」に近く、倉敷で何となく決めたのだ…岩国にしても、「赤いレプリカユニフォームの人達が大勢?!広島が混み合っている?少し先?序でに興味が在ったモノを視られる…」と竹原で決めたのだった…
こういうことをやって九州に上陸を果たし、小倉に至ったが…九州へ深く入り込んで行くようなこと―鹿児島辺りに至る…―がやり難い感じになってしまった…が、「初めて!」や「実質的に初!」が多々入り、なかなかに興味深い行程になっている…こういう“旅”が「私の流儀」というものである…
↓今日の動きを振り返る…
岩国 08:11 >> 柳井 08:45 (JR西日本)
柳井 09:45 >> 新山口 11:14 (JR西日本)
新山口 11:26 >> 下関 12:35 (途中の徳山で10分間停車)(JR西日本)
下関 12:38 >> 小倉 12:50 (JR九州)
↑列車毎に、或いは長めの運行では途中の主要駅で列車の乗務員が代わるのはよく在る訳だが…下関以降は乗務員の“制服”も変わった…下関がJR西日本とJR九州との“境界”に相当する訳だ…承知していても、何度出くわしても、少し新鮮な感じがするものである…
今日は風がやや冷たい他方で好天に恵まれた。柳井で「白壁の町並み」と呼ばれている古い街を少し楽しみ…小倉では小倉城を眺め、<小倉城庭園>(小笠原会館)も見学した。そして小倉駅では、なかなかに気に入っている<かしわうどん>も確り頂いた!
光射す瀬戸内海が列車の窓から視える場面も在ったが…居眠りに及んだ場面も在った…とりあえず日没の辺りに宿に引っ込み、何となくゆっくりしている…
明日は本当にどうするか?とりあえず博多を目指すが…先の事は本当によく判らない…
※ 追って写真や詳しいことも整理したい…
綺麗な角度で行き交う鉄道車両が視えるでもないのだが、滞在中の宿の傍を、小倉駅に通じる在来線と新幹線とが敷設されているのだ…滞在中の部屋は「昔からのビジネスホテル」という雰囲気であるが…こういう感じは嫌いでもない…
こんな場所で、思案しているのは…「日曜日以降、“帰国”の日まで」は滞在先を押さえて在って、「何となく関西で過ごす」ことが確定しているのだが…然程の思慮も無く、「在来線で、三原・広島は呉線経由で…」と元町駅の駅員氏には、恐らく「時々現れる奇矯な乗客…」程度に思われながら入手した「神戸市内⇒福岡市内」の乗車券が「明日まで有効」で、「そこから先?」がよく判らないということである…
「船で御手洗?」と漠然と思っていたので、そこは事前に情報収集をしていた…そういうことから、「神戸市内⇒福岡市内」の乗車券を求めたのだったが、行先は“広島”でも“下関”でも構わなかったのだ…ただ「この数年、何となく気に入っている九州の地へ…」と思ったので、駅で乗車券を求めようとした際に「博多へ…」と口を突いたのだ。「小倉へ…」でも構わなかった…
御手洗を訪ねてみようとしていた事の他は「その場で決める…」ような感じ、またはそれに近い決め方だ…そもそも、実質的な初日に空港から市内に入って神戸に泊まるというのも、出る直前に不意に思い付いたことなのだ…更に福山に泊まってしまったのも、「その場の思い付き」に近く、倉敷で何となく決めたのだ…岩国にしても、「赤いレプリカユニフォームの人達が大勢?!広島が混み合っている?少し先?序でに興味が在ったモノを視られる…」と竹原で決めたのだった…
こういうことをやって九州に上陸を果たし、小倉に至ったが…九州へ深く入り込んで行くようなこと―鹿児島辺りに至る…―がやり難い感じになってしまった…が、「初めて!」や「実質的に初!」が多々入り、なかなかに興味深い行程になっている…こういう“旅”が「私の流儀」というものである…
↓今日の動きを振り返る…
岩国 08:11 >> 柳井 08:45 (JR西日本)
柳井 09:45 >> 新山口 11:14 (JR西日本)
新山口 11:26 >> 下関 12:35 (途中の徳山で10分間停車)(JR西日本)
下関 12:38 >> 小倉 12:50 (JR九州)
↑列車毎に、或いは長めの運行では途中の主要駅で列車の乗務員が代わるのはよく在る訳だが…下関以降は乗務員の“制服”も変わった…下関がJR西日本とJR九州との“境界”に相当する訳だ…承知していても、何度出くわしても、少し新鮮な感じがするものである…
今日は風がやや冷たい他方で好天に恵まれた。柳井で「白壁の町並み」と呼ばれている古い街を少し楽しみ…小倉では小倉城を眺め、<小倉城庭園>(小笠原会館)も見学した。そして小倉駅では、なかなかに気に入っている<かしわうどん>も確り頂いた!
光射す瀬戸内海が列車の窓から視える場面も在ったが…居眠りに及んだ場面も在った…とりあえず日没の辺りに宿に引っ込み、何となくゆっくりしている…
明日は本当にどうするか?とりあえず博多を目指すが…先の事は本当によく判らない…
※ 追って写真や詳しいことも整理したい…
ライトアップされた錦帯橋(2016.11.23)
1865年…<長州征伐>の戦後処理で幕府が使節を派遣した際、かの新選組の近藤勇がこれに同道し、京都から大坂に出てから広島へ向かったという…新選組の経過としては、この後に伊東甲子太郎の“分派”という事態が在って、新選組は揺れるのだが…それはそれとして…近藤勇が広島出張の際に足を延ばして錦帯橋を眺めたという説が在る…
現在でも…広島市は広島県で、岩国市は山口県となっていて“管轄”が違うが…錦帯橋を擁する岩国市辺りの名所や、美味しい店というのは、広島市内等の「広島圏内の人々」が親しんでいるエリアだという…実際…広島辺りと岩国辺りで感じる「管轄の違い」は、「辺りを走っていて“主流”と見受けられる車輛のナンバープレート」位なものだ…広島県内では“広島ナンバー”や“福山ナンバー”を多く視るが、岩国まで来ると“山口ナンバー”が目立つ…更に“原付”ではナンバープレートに「〇〇市」と入るので、更に色々なバリエーションも見受けられるが…
近藤勇が活躍していたような頃、広島は広島城を本拠とする浅野家の管轄下で、岩国は毛利家の傘下に在った吉川家の本拠地であり、或いは現代以上に「管轄の違い」が明確だった訳だ…そうした中、近藤勇が錦帯橋を眺めに寄ったとすれば…“旗本”的な立場を得ていた新選組幹部として「御公儀の御用」の一環というようなことであったのだろう…
そんな挿話を想い起しながら、呉線の竹原・広の列車が思っていた以上に少な目で余計に待ち合わせ時間を要したことから、何となく思っていた以上に遅めに岩国入りした後、錦帯橋を眺めに行ってみた…
ズバリ「錦帯橋行」というバスは少ないが、錦帯橋停留所に停まるバスは15分から20分に1本、岩国駅前を発着しているので、それに乗車すると20分程度で到着出来る…運賃は片道が300円で、何となく手頃だ…“ICカード乗車券”の互換性が拡がってから、私は何時か広島で求めたJR西日本が発行しているモノを何となく愛用しているが、岩国のバス車内では残念ながらそれらは使えないようだ…
↓「一度、視たい…」と思っていた岩国の錦帯橋!!念願叶って視ることが出来た!!

↑夜間はライトアップが施される…到着時には、このライトアップの時間帯に入った頃だった…
「目の錯覚」だと思うが…“真横”に近い辺りから眺めるよりも、近付いて“斜め”に、この画のような具合に視ると、弧を描く橋がより急傾斜に視える…
↓「江戸時代の最先端技術」で築かれた、石の橋脚に載せた木造の連接アーチの美しい姿が暗い空に浮かび、静かな川面に独特な形状が映り込む…存外に多くの人達が視に来ていたことに少々驚いた…

錦帯橋は1673(延宝元)年に、現在のような型で初めて架けられたのだという…延長が約210m、幅は約5mで、高さは約11mになるという…276年間持ち堪えていたという錦帯橋だが…1950年に台風による増水で橋が損なわれてしまい、1953年に再建されたのだという…そして、2004年に至って、現在の橋に更なる修復が行われ、現在に至っている…
↓石の橋脚に木造のアーチ連接橋…なかなかに見応えが在る…

現在でも…広島市は広島県で、岩国市は山口県となっていて“管轄”が違うが…錦帯橋を擁する岩国市辺りの名所や、美味しい店というのは、広島市内等の「広島圏内の人々」が親しんでいるエリアだという…実際…広島辺りと岩国辺りで感じる「管轄の違い」は、「辺りを走っていて“主流”と見受けられる車輛のナンバープレート」位なものだ…広島県内では“広島ナンバー”や“福山ナンバー”を多く視るが、岩国まで来ると“山口ナンバー”が目立つ…更に“原付”ではナンバープレートに「〇〇市」と入るので、更に色々なバリエーションも見受けられるが…
近藤勇が活躍していたような頃、広島は広島城を本拠とする浅野家の管轄下で、岩国は毛利家の傘下に在った吉川家の本拠地であり、或いは現代以上に「管轄の違い」が明確だった訳だ…そうした中、近藤勇が錦帯橋を眺めに寄ったとすれば…“旗本”的な立場を得ていた新選組幹部として「御公儀の御用」の一環というようなことであったのだろう…
そんな挿話を想い起しながら、呉線の竹原・広の列車が思っていた以上に少な目で余計に待ち合わせ時間を要したことから、何となく思っていた以上に遅めに岩国入りした後、錦帯橋を眺めに行ってみた…
ズバリ「錦帯橋行」というバスは少ないが、錦帯橋停留所に停まるバスは15分から20分に1本、岩国駅前を発着しているので、それに乗車すると20分程度で到着出来る…運賃は片道が300円で、何となく手頃だ…“ICカード乗車券”の互換性が拡がってから、私は何時か広島で求めたJR西日本が発行しているモノを何となく愛用しているが、岩国のバス車内では残念ながらそれらは使えないようだ…
↓「一度、視たい…」と思っていた岩国の錦帯橋!!念願叶って視ることが出来た!!

↑夜間はライトアップが施される…到着時には、このライトアップの時間帯に入った頃だった…
「目の錯覚」だと思うが…“真横”に近い辺りから眺めるよりも、近付いて“斜め”に、この画のような具合に視ると、弧を描く橋がより急傾斜に視える…
↓「江戸時代の最先端技術」で築かれた、石の橋脚に載せた木造の連接アーチの美しい姿が暗い空に浮かび、静かな川面に独特な形状が映り込む…存外に多くの人達が視に来ていたことに少々驚いた…

錦帯橋は1673(延宝元)年に、現在のような型で初めて架けられたのだという…延長が約210m、幅は約5mで、高さは約11mになるという…276年間持ち堪えていたという錦帯橋だが…1950年に台風による増水で橋が損なわれてしまい、1953年に再建されたのだという…そして、2004年に至って、現在の橋に更なる修復が行われ、現在に至っている…
↓石の橋脚に木造のアーチ連接橋…なかなかに見応えが在る…

運行日誌:2016.11.23:周防国…
「自身でミカンを求めた」というようなことをした記憶が…無い…が、今日は<大長ミカン>という代物を100円で入手した…倉敷で仕入れてしまったトートバッグにそのミカンを容れて持ち運び、何個か在った中の1個を圧し潰してしまったが、他は無事だった…何となく宿の部屋で頂いた…これが「後日取寄せてみようか…」と思う程度に美味かった!!
宿の部屋で頂いたと言えば…<国酒 五橋>という代物…かの錦帯橋と、背後の山に小さく姿が覗く岩国のイメージのイラストが入った180ml詰パック…宿の眼前のコンビニで求めて頂いてしまっていた…こちらも「後で取寄せたい…」感じだ…豊潤さとスッキリ感が巧みなバランスで同居しているように思えた…「酒に煩そうな感じな地域」の酒だけのことはある等と思った…
早朝に福山を発った後、竹原から<大長ミカン>の元祖である大長を擁する大崎下島の御手洗に“渡航”し、竹原からは呉線と山陽線とを乗り継いで岩国に至った…岩国ではバスで錦帯橋を訪ねたが、訪ねた時間帯が日没後になっていて、視たのは“ライトアップ”だ…
↓今日の動きを振り返っておく…
福山 >> 三原 >> 竹原 (JR西日本)
竹原駅 >> フェリーターミナル (タクシー)
竹原 >> 御手洗 >> 竹原 (高速船)
竹原 >> 広 >> 広島 >> 岩国 (JR西日本)
岩国駅前 >> 錦帯橋 >> 岩国駅前 (バス)
※交通機関を利用しない徒歩も多い…
備後国、安芸国、周防国と旧国名で行くと3国…現在の県で言えば、瀬戸内海の島を交えて広島県を東西に横切り、山口県に踏み込んだことになる…昨日の20℃近い様子が、今日は15℃を切る場面さえあったようで、「長袖Tシャツ1枚にデニムの裏地無しジャケットにジーンズ穿き」という服装で、私としては程好かった…列車で視掛けるような周囲の人達は…少し温かそうな服装が目立った…カープの“ファン感謝デー”に向かうと一目で判る、赤いレプリカユニフォーム姿の皆さんさえ、ニットキャップを被っていたり、中に分厚く温かそうな長袖、またはウィンドブレーカー風なモノを着ているような様子が目立った程だ…
瀬戸内海は潮位の変化が大きく、“雁木”と呼ばれた「階段状の設え」を桟橋、岸壁に施し、水位が変わっても船が利用可能な工夫をした…そして灯籠状の灯台も設けていた…こうした設えは、前日の鞆の浦で視たが、更に別な場所でも視てみたかった…鞆の浦も潮位や潮流や風が変わり易い瀬戸内海で重要な港だった経過が在るが、他にもそういうような“風待ち”、“汐待”の港は瀬戸内海に在った…
瀬戸内海の「ど真ん中」になる大崎下島の一部に築かれた町、御手洗はそうした“風待ち”、“汐待”の場所で、江戸時代から明治時代の初めに殊に栄えたのだという…その後、機関を搭載した船が主流になり、“風待ち”や“汐待”という船の運航に関する慣例が廃れて行った…町も静かになって行った…他方…近年は辺りの島々が橋で本州等と結ばれ、島々の様子も随分と変わってしまっているという…
早朝の列車で竹原に出た後、何やら「定員32名」という、「悪路を走るバスや乗用車」に若干似た乗り心地の高速船で大崎下島の御手洗を往復してみた…何となく…「海の乗り合いタクシー」のような雰囲気も感じたが…
竹原に引揚げてからは、竹原の“伝統的町並保存地区”を少々愉しんだ…ここは、北海道では特に有名な、あの「ニッカウヰスキー」の竹鶴翁の出身地でもある…
実は広島にも寄ろうと考えたのだったが…今日は広島カープの“ファン感謝デー”で、何やら街や交通が込み合っている感じ―移動の列車の窓から視えたスタジアムや近隣は、何やら凄かった…―なので素通りし、岩国に入ったのだ…
ここで小さな誤算が…竹原から広島方向への列車が少な目で、「さて…」と駅に向かったのは「列車が出てしまった少し後」で、1時間少々待つ羽目になった…そこで、岩国入りが思い描いたよりも遅れたのだった…宿は竹原のファストフード店でパソコンを開いて、ネットで岩国の宿を安価に押さえることが叶ったのだったが…
札幌での“前泊”の後、神戸、福山、岩国と各地で泊まりながら動いているのだが…兵庫県内や広島県内で夜を明かした―ネットカフェ…―経過は過去にも在ったが…宿を取ったのは初めてだ…山口県内はそういう「夜明かし」経過も含め―「強いて!!」言えば、鹿児島・大阪間、福岡・広島間の夜行バスに乗車した際に、山口県内を通過しているとは思うが…―て「一晩居る」のは全く初めてということになる…
何か「初めて尽くし」な感じもしないではない、ここまでの展開である…休暇の後半は、多少馴染んだ大阪を拠点にゆっくりするが…「勝手知った(つもりの)他所」に乗り込んで、「緩急の“緩”」とするのも悪くないかもしれない…何時の間にか“早寝早起き”は定着しているが…それでも、札幌では朝から散策で、神戸も福山も“始発”次元な列車に乗って出発だった…明日は詳しい予定は立っていないが…「神戸市内→福岡市内」の乗車券を手に、西へ進むことだけは確かだ…
※ 追って写真や詳しいことも整理したいが…昨夜の眠りが浅めで、今日は何やら眠い…
宿の部屋で頂いたと言えば…<国酒 五橋>という代物…かの錦帯橋と、背後の山に小さく姿が覗く岩国のイメージのイラストが入った180ml詰パック…宿の眼前のコンビニで求めて頂いてしまっていた…こちらも「後で取寄せたい…」感じだ…豊潤さとスッキリ感が巧みなバランスで同居しているように思えた…「酒に煩そうな感じな地域」の酒だけのことはある等と思った…
早朝に福山を発った後、竹原から<大長ミカン>の元祖である大長を擁する大崎下島の御手洗に“渡航”し、竹原からは呉線と山陽線とを乗り継いで岩国に至った…岩国ではバスで錦帯橋を訪ねたが、訪ねた時間帯が日没後になっていて、視たのは“ライトアップ”だ…
↓今日の動きを振り返っておく…
福山 >> 三原 >> 竹原 (JR西日本)
竹原駅 >> フェリーターミナル (タクシー)
竹原 >> 御手洗 >> 竹原 (高速船)
竹原 >> 広 >> 広島 >> 岩国 (JR西日本)
岩国駅前 >> 錦帯橋 >> 岩国駅前 (バス)
※交通機関を利用しない徒歩も多い…
備後国、安芸国、周防国と旧国名で行くと3国…現在の県で言えば、瀬戸内海の島を交えて広島県を東西に横切り、山口県に踏み込んだことになる…昨日の20℃近い様子が、今日は15℃を切る場面さえあったようで、「長袖Tシャツ1枚にデニムの裏地無しジャケットにジーンズ穿き」という服装で、私としては程好かった…列車で視掛けるような周囲の人達は…少し温かそうな服装が目立った…カープの“ファン感謝デー”に向かうと一目で判る、赤いレプリカユニフォーム姿の皆さんさえ、ニットキャップを被っていたり、中に分厚く温かそうな長袖、またはウィンドブレーカー風なモノを着ているような様子が目立った程だ…
瀬戸内海は潮位の変化が大きく、“雁木”と呼ばれた「階段状の設え」を桟橋、岸壁に施し、水位が変わっても船が利用可能な工夫をした…そして灯籠状の灯台も設けていた…こうした設えは、前日の鞆の浦で視たが、更に別な場所でも視てみたかった…鞆の浦も潮位や潮流や風が変わり易い瀬戸内海で重要な港だった経過が在るが、他にもそういうような“風待ち”、“汐待”の港は瀬戸内海に在った…
瀬戸内海の「ど真ん中」になる大崎下島の一部に築かれた町、御手洗はそうした“風待ち”、“汐待”の場所で、江戸時代から明治時代の初めに殊に栄えたのだという…その後、機関を搭載した船が主流になり、“風待ち”や“汐待”という船の運航に関する慣例が廃れて行った…町も静かになって行った…他方…近年は辺りの島々が橋で本州等と結ばれ、島々の様子も随分と変わってしまっているという…
早朝の列車で竹原に出た後、何やら「定員32名」という、「悪路を走るバスや乗用車」に若干似た乗り心地の高速船で大崎下島の御手洗を往復してみた…何となく…「海の乗り合いタクシー」のような雰囲気も感じたが…
竹原に引揚げてからは、竹原の“伝統的町並保存地区”を少々愉しんだ…ここは、北海道では特に有名な、あの「ニッカウヰスキー」の竹鶴翁の出身地でもある…
実は広島にも寄ろうと考えたのだったが…今日は広島カープの“ファン感謝デー”で、何やら街や交通が込み合っている感じ―移動の列車の窓から視えたスタジアムや近隣は、何やら凄かった…―なので素通りし、岩国に入ったのだ…
ここで小さな誤算が…竹原から広島方向への列車が少な目で、「さて…」と駅に向かったのは「列車が出てしまった少し後」で、1時間少々待つ羽目になった…そこで、岩国入りが思い描いたよりも遅れたのだった…宿は竹原のファストフード店でパソコンを開いて、ネットで岩国の宿を安価に押さえることが叶ったのだったが…
札幌での“前泊”の後、神戸、福山、岩国と各地で泊まりながら動いているのだが…兵庫県内や広島県内で夜を明かした―ネットカフェ…―経過は過去にも在ったが…宿を取ったのは初めてだ…山口県内はそういう「夜明かし」経過も含め―「強いて!!」言えば、鹿児島・大阪間、福岡・広島間の夜行バスに乗車した際に、山口県内を通過しているとは思うが…―て「一晩居る」のは全く初めてということになる…
何か「初めて尽くし」な感じもしないではない、ここまでの展開である…休暇の後半は、多少馴染んだ大阪を拠点にゆっくりするが…「勝手知った(つもりの)他所」に乗り込んで、「緩急の“緩”」とするのも悪くないかもしれない…何時の間にか“早寝早起き”は定着しているが…それでも、札幌では朝から散策で、神戸も福山も“始発”次元な列車に乗って出発だった…明日は詳しい予定は立っていないが…「神戸市内→福岡市内」の乗車券を手に、西へ進むことだけは確かだ…
※ 追って写真や詳しいことも整理したいが…昨夜の眠りが浅めで、今日は何やら眠い…
鞆の浦の坂本龍馬(2016.11.22)
水面に岡山城天守閣(2016.11.22)
運行日誌:2016.11.22:西へ…
かの“黒船”のペリー提督が幕府の饗応を受けた際、老中だった阿部正弘の肝煎で用意した食前酒を嗜んだと伝えられる…
阿部正弘は備後福山の城主で、領国から銘酒を取寄せて色々な機会に利用していたというが…その銘酒こそ鞆の浦に伝わる<保命酒>(ほうめいしゅ)である…約350年の伝統を誇るモノで、現在でも鞆の浦の土産ともなっている代物だ…
福山駅の程近く…正しく窓から福山城の天守閣が見える宿に陣取った…鞆の浦で仕入れた<保命酒>の300ml入りボトル…「かのペリー提督が?」と思いながら、静かに空けてしまった…
<保命酒>を求めた鞆の浦の店で、店員さんは「最近は寒い…」としていたが…日中の気温は20℃近くになっていたように見受けられる…私にとっては温かく、概して好天で、動き易い一日だった…
早朝の神戸を発ち、福山に至った経過を振り返る…
元町 05:38 >> 06:06 西明石 06:21 >> 06:55 姫路 07:05 >> 08:33 岡山 (JR西日本)
岡山駅前 >> 城下 (路面電車)
岡山 10:49 >> 11:05 倉敷 (JR西日本)
倉敷 13:07 >> 13:49 福山 (JR西日本)
福山駅前 >> 鞆港 & 鞆の浦 >> 福山駅前
早朝から、こういう動きで岡山城、倉敷美観地区、福山城、鞆の浦を訪ねた…天候が好かったことも在り、各所でかなり写真を撮った…追って写真は整理・公開する…
山陽路を列車で…神戸では「神戸市内⇒福岡市内」という乗車券を入手し、普通列車で「西へ!」と進んでいる…適当な待ち時間でドンドン進むことも出来る他方、途中下車をしながら色々な文物に触れて進むことも出来る…或いは「らしい!」感じの列車の旅が楽しめているかもしれない…
時には、通勤や通学の人達が多目な列車にも当たる…殊に通学の高校生等が、互いに話している様子が聞くつもりは無くとも耳に入る場合が在るのだが、彼らの「話し口調」に「遠くへ来た…」を実感してしまう…そしてそうした「話し口調」も、兵庫県内の「関西風な抑揚」が何時の間にか後退し、文末に「じゃけん…」が付く「広島風な言い方」になって行く…自身も「動いている」ことを実感してしまう…
神戸上陸後に神戸に泊まってみたことで…何となく「半日か一日、少し前に思い描いた感じよりもズレた日程?」と思わないでもないが…神戸も福山も、何となく思う以上に安価で快適な宿に滞在出来ていて、或いは「好運」な感じもする…
「かのペリー提督が?」と思いながら、静かに空けてしまった<保命酒>は、材料由来の仄かな甘さが印象的なリキュールで、度数は13度程度だという。店員さんが話していたように、“ハイボール”に用いる炭酸を使って割ると、非常に美味かった…早朝から動き回り、朝食も兼ねた遅めな昼食に“肉うどん”、早めな夕食に“牛メンチカツカレー”を頂いただけだが…何やら<保命酒>が「効く」かもしれない…
阿部正弘は備後福山の城主で、領国から銘酒を取寄せて色々な機会に利用していたというが…その銘酒こそ鞆の浦に伝わる<保命酒>(ほうめいしゅ)である…約350年の伝統を誇るモノで、現在でも鞆の浦の土産ともなっている代物だ…
福山駅の程近く…正しく窓から福山城の天守閣が見える宿に陣取った…鞆の浦で仕入れた<保命酒>の300ml入りボトル…「かのペリー提督が?」と思いながら、静かに空けてしまった…
<保命酒>を求めた鞆の浦の店で、店員さんは「最近は寒い…」としていたが…日中の気温は20℃近くになっていたように見受けられる…私にとっては温かく、概して好天で、動き易い一日だった…
早朝の神戸を発ち、福山に至った経過を振り返る…
元町 05:38 >> 06:06 西明石 06:21 >> 06:55 姫路 07:05 >> 08:33 岡山 (JR西日本)
岡山駅前 >> 城下 (路面電車)
岡山 10:49 >> 11:05 倉敷 (JR西日本)
倉敷 13:07 >> 13:49 福山 (JR西日本)
福山駅前 >> 鞆港 & 鞆の浦 >> 福山駅前
早朝から、こういう動きで岡山城、倉敷美観地区、福山城、鞆の浦を訪ねた…天候が好かったことも在り、各所でかなり写真を撮った…追って写真は整理・公開する…
山陽路を列車で…神戸では「神戸市内⇒福岡市内」という乗車券を入手し、普通列車で「西へ!」と進んでいる…適当な待ち時間でドンドン進むことも出来る他方、途中下車をしながら色々な文物に触れて進むことも出来る…或いは「らしい!」感じの列車の旅が楽しめているかもしれない…
時には、通勤や通学の人達が多目な列車にも当たる…殊に通学の高校生等が、互いに話している様子が聞くつもりは無くとも耳に入る場合が在るのだが、彼らの「話し口調」に「遠くへ来た…」を実感してしまう…そしてそうした「話し口調」も、兵庫県内の「関西風な抑揚」が何時の間にか後退し、文末に「じゃけん…」が付く「広島風な言い方」になって行く…自身も「動いている」ことを実感してしまう…
神戸上陸後に神戸に泊まってみたことで…何となく「半日か一日、少し前に思い描いた感じよりもズレた日程?」と思わないでもないが…神戸も福山も、何となく思う以上に安価で快適な宿に滞在出来ていて、或いは「好運」な感じもする…
「かのペリー提督が?」と思いながら、静かに空けてしまった<保命酒>は、材料由来の仄かな甘さが印象的なリキュールで、度数は13度程度だという。店員さんが話していたように、“ハイボール”に用いる炭酸を使って割ると、非常に美味かった…早朝から動き回り、朝食も兼ねた遅めな昼食に“肉うどん”、早めな夕食に“牛メンチカツカレー”を頂いただけだが…何やら<保命酒>が「効く」かもしれない…
神戸<ポートタワー>(2016.11.21)
運行日誌:2016.11.21:神戸…
今晩は神戸に泊まることにした…元町駅の辺りだ…
札幌駅から<快速エアポート>に乗車して新千歳空港駅へ…新千歳空港から神戸空港へのフライト…神戸空港から三宮駅に<ポートライナー>…以降は三宮や元町を歩き回った…
<ジン丼>を新千歳空港のフードコートで愉しんだ後のフライトで神戸上陸、三宮駅到着は、想定したとおりに午後4時前だった…そこから直ぐに動こうとも思ったが…何となく神戸をゆっくり散策してみたかった…結果的に…存外に多くの写真も撮った…直ぐに暗くなってしまう時季でもあるので「神戸を少し見て、即座に移動」では、やや慌ただしい…動き回るのは明早朝からということにしてしまった…
“神戸”という地名は「かんべ」と言って、生田神社に租税を納める住民達が居たということに由来するらしく、既に平安時代前期には「摂津国八部群神戸郷」ということで、この辺りのことが記録に登場しているらしい…
その「地名の由来」にも関連が在る生田神社を訪ねてみた…三宮駅から然程遠くない…七五三のお参りをやっている様子だったのだが…
そこから少し歩いて、生田警察署やNHK神戸が在る辺りに入り込むと…そこにはイスラム教の立派なモスクが在った…1935(昭和10)年に、イスラム教徒だった貿易商等が出資して建てたモノだという…実際、現在も活動している様子が伺えた…
<神戸ムスリムモスク>から少し進めば元町駅の辺りに出る。元町駅の辺りは、幕末期に開港した後に“居留地”というモノが出来た場所で、様々な国々の人達がやって来た。そして…“居留地”が在った時代から、“居留地”に住むという条約が結ばれなかった当時の清国(現在の中国)等出身の華僑も居たが…彼らは少し離れた辺りに住むようになった…それがチャイナタウンの<南京町>のルーツということになる…
地名の由来にも通じる、相当に古く起こったと言われる神社の傍に、20世紀前半に登場した立派なモスクが在り、その一寸先には19世紀半ばから登場したという華僑の足跡が感じられる地区が在る…「多様なモノを包み込む港町」…そんな様子を何となく意識させられた…
そういう「多様なモノを包み込む港町」としての神戸を一寸意識してみれば…嘗て読んだ『アドルフに告ぐ』という漫画を思い出す…
『アドルフに告ぐ』は、かの手塚治虫が1980年代に手掛けた、比較的知られている作品だ。1936年のベルリン五輪のような時代から戦後までの大河ドラマで、一寸ハードな物語だ…
この中に、過酷な運命を辿るアドルフという名の少年が2人出て来る…2人はやがて青年になって行く訳だが…
2人のアドルフ…これはドイツの外交官と日本女性との間に生まれたアドルフと、日本に流れて来たドイツのユダヤ系一家でパン屋を営む家のアドルフだ…作品ではこの2人の他、もう一人のアドルフであるヒトラーの秘密を巡っての話しが進行するのだが…
外交官の息子であるアドルフは“日独混血”なので、周囲の子ども達から意地悪をされてしまう。パン屋のアドルフは「関西弁を話す外人の子ども」で一寸独特な位置に居たが、生い立ちを掴まえて意地悪をするのは好ましくないと、彼に手を差し伸べた。そして2人のアドルフは仲良しになる…そういう序盤の辺りの物語が在るので、後段の2人の運命の過酷さが際立つのだが…
この『アドルフに告ぐ』の、アドルフ達が少年時代を過ごす神戸は、或る意味で「理想郷的な都市」というように描かれる…正しく「多様なモノを包み込む港町」なのだ…
神戸は1867年に開港し、来年で150年である。ポートタワーを眺めてみようと“メリケンパーク”の方に行ってみれば…“リニューアル”ということで、辺りは大胆に工事中だった…
色々と考えたが…明日からは“西”へ進んでみることにする…明朝は早く出発するつもりだが…「眠くなったら休む」という感じで構わないであろう…
札幌駅から<快速エアポート>に乗車して新千歳空港駅へ…新千歳空港から神戸空港へのフライト…神戸空港から三宮駅に<ポートライナー>…以降は三宮や元町を歩き回った…
<ジン丼>を新千歳空港のフードコートで愉しんだ後のフライトで神戸上陸、三宮駅到着は、想定したとおりに午後4時前だった…そこから直ぐに動こうとも思ったが…何となく神戸をゆっくり散策してみたかった…結果的に…存外に多くの写真も撮った…直ぐに暗くなってしまう時季でもあるので「神戸を少し見て、即座に移動」では、やや慌ただしい…動き回るのは明早朝からということにしてしまった…
“神戸”という地名は「かんべ」と言って、生田神社に租税を納める住民達が居たということに由来するらしく、既に平安時代前期には「摂津国八部群神戸郷」ということで、この辺りのことが記録に登場しているらしい…
その「地名の由来」にも関連が在る生田神社を訪ねてみた…三宮駅から然程遠くない…七五三のお参りをやっている様子だったのだが…
そこから少し歩いて、生田警察署やNHK神戸が在る辺りに入り込むと…そこにはイスラム教の立派なモスクが在った…1935(昭和10)年に、イスラム教徒だった貿易商等が出資して建てたモノだという…実際、現在も活動している様子が伺えた…
<神戸ムスリムモスク>から少し進めば元町駅の辺りに出る。元町駅の辺りは、幕末期に開港した後に“居留地”というモノが出来た場所で、様々な国々の人達がやって来た。そして…“居留地”が在った時代から、“居留地”に住むという条約が結ばれなかった当時の清国(現在の中国)等出身の華僑も居たが…彼らは少し離れた辺りに住むようになった…それがチャイナタウンの<南京町>のルーツということになる…
地名の由来にも通じる、相当に古く起こったと言われる神社の傍に、20世紀前半に登場した立派なモスクが在り、その一寸先には19世紀半ばから登場したという華僑の足跡が感じられる地区が在る…「多様なモノを包み込む港町」…そんな様子を何となく意識させられた…
そういう「多様なモノを包み込む港町」としての神戸を一寸意識してみれば…嘗て読んだ『アドルフに告ぐ』という漫画を思い出す…
『アドルフに告ぐ』は、かの手塚治虫が1980年代に手掛けた、比較的知られている作品だ。1936年のベルリン五輪のような時代から戦後までの大河ドラマで、一寸ハードな物語だ…
この中に、過酷な運命を辿るアドルフという名の少年が2人出て来る…2人はやがて青年になって行く訳だが…
2人のアドルフ…これはドイツの外交官と日本女性との間に生まれたアドルフと、日本に流れて来たドイツのユダヤ系一家でパン屋を営む家のアドルフだ…作品ではこの2人の他、もう一人のアドルフであるヒトラーの秘密を巡っての話しが進行するのだが…
外交官の息子であるアドルフは“日独混血”なので、周囲の子ども達から意地悪をされてしまう。パン屋のアドルフは「関西弁を話す外人の子ども」で一寸独特な位置に居たが、生い立ちを掴まえて意地悪をするのは好ましくないと、彼に手を差し伸べた。そして2人のアドルフは仲良しになる…そういう序盤の辺りの物語が在るので、後段の2人の運命の過酷さが際立つのだが…
この『アドルフに告ぐ』の、アドルフ達が少年時代を過ごす神戸は、或る意味で「理想郷的な都市」というように描かれる…正しく「多様なモノを包み込む港町」なのだ…
神戸は1867年に開港し、来年で150年である。ポートタワーを眺めてみようと“メリケンパーク”の方に行ってみれば…“リニューアル”ということで、辺りは大胆に工事中だった…
色々と考えたが…明日からは“西”へ進んでみることにする…明朝は早く出発するつもりだが…「眠くなったら休む」という感じで構わないであろう…
<ジン丼>(2016.11.21)
早朝の資生館小学校前停留所に現れた「8511」(2016.11.21)
砂川サービスエリアに停車中の都市間バス(2016.11.20)
稚内駅前を朝8時半に発ち、札幌駅前に午後2時半に着くということになっている都市間バス…
↓2回の休憩停車が在り、2回目は砂川サービスエリアである…この時季、駐車場に停車している車輛は少な目だ…夏は少し混み合っていた…

↑稚内・札幌間の都市間バスは、“宗谷バス”と“北都交通”とが共同運行している。朝8時半に稚内を出る便は“宗谷バス”の車輛で運行されている。近年は新しい車輛や、新しいデザインをラッピングした車輛が活躍中で、都市間バスはこの青系の車体になった…
稚内・札幌間は長い道程だが、砂川サービスエリアに停車すると「三分の二?否、四分の三?」という具合になる…
この日の都市間バス…午後2時には終点の札幌駅前の手前、大通バスセンターに到着した…
↓2回の休憩停車が在り、2回目は砂川サービスエリアである…この時季、駐車場に停車している車輛は少な目だ…夏は少し混み合っていた…

↑稚内・札幌間の都市間バスは、“宗谷バス”と“北都交通”とが共同運行している。朝8時半に稚内を出る便は“宗谷バス”の車輛で運行されている。近年は新しい車輛や、新しいデザインをラッピングした車輛が活躍中で、都市間バスはこの青系の車体になった…
稚内・札幌間は長い道程だが、砂川サービスエリアに停車すると「三分の二?否、四分の三?」という具合になる…
この日の都市間バス…午後2時には終点の札幌駅前の手前、大通バスセンターに到着した…
資生館小学校前停留所の「A1202」(2016.11.20)
運行日誌:2016.11.20:出立…
最近は「宿泊が取り悪い…高い!」が蔓延している感の札幌だが、資生館小学校前電停に近い辺りで、安価で快適な宿を押さえることが叶った…4月にも利用した経過が在って、気に入っていたので善かった…「少し遠方を目指す…」ような場合の定番で、札幌で夜を明かす…
今回は、稚内・札幌間を都市間バスで移動した。考えてみれば、夏季に“用事”を抱えて何度か利用した便だ。勝手は判っていたが、夏季とは様子が違い、バスは途中で多目な車輛の故に遅くなるようなこともなく、休憩停車のサービスエリアも車輛や人が少な目で、予定より多少早い程度の時間帯で<大通バスセンター>に到着した…
途中までは雨交じりな感じであったが、札幌はそれを免れている。長袖アンダーシャツにコットンの長袖シャツ、ジーンズ穿きでデニムの裏地が無いジャケット、キャップ着用というような出で立ちで稚内を出発する場面では、やや風が冷たく、少し肌寒い状態を免れ悪かったが、札幌では「程好い」感じである。善かった…
“ランチピーク”を過ぎ、一寸立てば宿へのチェックインも出来そうな時間帯に札幌入り…「遅めな昼食」に…眼に留めた<餃子の王将>で“餃子定食”(トリプル&ライス大盛)を確り頂く…朝の出発前に<どん兵衛>(関西)を頂いただけなので、確りした定食は嬉しかった…
やがて宿に入り、少しだけ散策…結局、直ぐに暗くなったので、余り戸外に長居はせず、早めに宿へ引揚げた…
近所のコンビニで<白霧島>の200ml入りペット容器を求め…ストレートで頂いてしまった…そのためか、または早起きの故か、何となく眠気を催してしまった…
今回は、稚内・札幌間を都市間バスで移動した。考えてみれば、夏季に“用事”を抱えて何度か利用した便だ。勝手は判っていたが、夏季とは様子が違い、バスは途中で多目な車輛の故に遅くなるようなこともなく、休憩停車のサービスエリアも車輛や人が少な目で、予定より多少早い程度の時間帯で<大通バスセンター>に到着した…
途中までは雨交じりな感じであったが、札幌はそれを免れている。長袖アンダーシャツにコットンの長袖シャツ、ジーンズ穿きでデニムの裏地が無いジャケット、キャップ着用というような出で立ちで稚内を出発する場面では、やや風が冷たく、少し肌寒い状態を免れ悪かったが、札幌では「程好い」感じである。善かった…
“ランチピーク”を過ぎ、一寸立てば宿へのチェックインも出来そうな時間帯に札幌入り…「遅めな昼食」に…眼に留めた<餃子の王将>で“餃子定食”(トリプル&ライス大盛)を確り頂く…朝の出発前に<どん兵衛>(関西)を頂いただけなので、確りした定食は嬉しかった…
やがて宿に入り、少しだけ散策…結局、直ぐに暗くなったので、余り戸外に長居はせず、早めに宿へ引揚げた…
近所のコンビニで<白霧島>の200ml入りペット容器を求め…ストレートで頂いてしまった…そのためか、または早起きの故か、何となく眠気を催してしまった…
雨の早朝…(2016.11.20)
雨音…辺りの店からゴミを収集する車輛が稼働しているらしい音…聞こえるのはそんな音ばかり…やがて、遠いのか近いのかが判然とし悪いカラスの声も多少聞こえるようになる…
動いているのは…雨が当たる水溜りの水面の小さな波紋と、街灯の灯りで出来る自身の影だけ…今朝は鹿や狐に出くわすでもなかった…
未だ完全に眠りに落ちているような静かな街を雨が洗っている…足元の積雪や氷は粗方洗い流された…然程立寄る客が居るでもなかろうが、濡れながら利用客を待っている自販機に足を運び、煙草を求める…勿論、<タスポ>は確り持参だ…
求めたばかりの<(ロング)ピース>の黄色い包装紙を包むセロファンを破き、1本取り出す…何時頃求めたモノであったか曖昧になって久しい、ブランデンブルグ門のイラストが描かれたベルリン土産のオイルライターで、湿った通を仄かに照らすようにして、取り出した<(ロング)ピース>を点けた…
煙を吸い込んで、雨が墜ちている暗い空に向かって煙を吐き出す…今朝は息が白くなるような冷え方は免れている。煙の青白さが、街灯の灯りでぼんやりと感じられる…小さな「よろめき」のようなモノを覚える…
起き抜けに、雨をも厭わずに、自販機に態々足を運んで煙草を求める…馬鹿げた振舞いなのかもしれないが…時々やってしまう…
「気持ちが昂って眼が冴えた」というのとは異なる…休日の土曜日ながら、何となく休日風でもなk具合に日中に活動して夕刻に至り、ゆっくりと夕食を愉しみながら読書に興じていると眠気を催し、「2時間前倒しな“サハリン時間”風」な就寝時間帯に寝入ってしまっていた…そうなれば、多少早めに眼が醒めるというものだ…
カラスと自身位しか動いていないような早朝…<(ロング)ピース>を吹かして「よろめき」を覚えながら…<インドネシア・マンデリン・ゴールド>の豆を挽く…
拙宅の中…やや散らかり始めているが、「窓の近くに“指定席”のようになっているテーブルが在る、頻繁に寄る喫茶店」という雰囲気を意識して家具調度を配したのだった…拙宅では、窓を視るような位置に少し大き目な丸テーブルを配して在る。旧宅に居た頃、訪ねて来た“親父殿”が持って来たモノだった…これを運び出そうとした際、扉から出せなかった…ネジを外して、天板部分と脚部分の、2つのパーツにしなければアパートの玄関扉等から出し入れ出来ない大きさだった訳だ。後日“親父殿”に尋ねると「あのテーブル?組立てるようになっていたから、バラバラなままに持ち込んで、室内でネジを締めて組立てた…筈だったよな?」ということだった…実はそういうことを「スッカリと忘れてしまう」程に年月が重ねられていた訳だ…
挽いた豆からゆったりと淹れた珈琲を、その“指定席”の丸テーブルで頂く…キツめなローストの<インドネシア・マンデリン・ゴールド>だが、香ばしさと苦味が好い…こうやって取寄せて在る豆を挽いて珈琲を淹れて味わう「御家カフェ」的な感じも、暫し中断することになる…出掛けるからに過ぎないのだが…
改めて戸外の様子を伺う…「雨模様」が「雨交じり」になって来たようだ…
動いているのは…雨が当たる水溜りの水面の小さな波紋と、街灯の灯りで出来る自身の影だけ…今朝は鹿や狐に出くわすでもなかった…
未だ完全に眠りに落ちているような静かな街を雨が洗っている…足元の積雪や氷は粗方洗い流された…然程立寄る客が居るでもなかろうが、濡れながら利用客を待っている自販機に足を運び、煙草を求める…勿論、<タスポ>は確り持参だ…
求めたばかりの<(ロング)ピース>の黄色い包装紙を包むセロファンを破き、1本取り出す…何時頃求めたモノであったか曖昧になって久しい、ブランデンブルグ門のイラストが描かれたベルリン土産のオイルライターで、湿った通を仄かに照らすようにして、取り出した<(ロング)ピース>を点けた…
煙を吸い込んで、雨が墜ちている暗い空に向かって煙を吐き出す…今朝は息が白くなるような冷え方は免れている。煙の青白さが、街灯の灯りでぼんやりと感じられる…小さな「よろめき」のようなモノを覚える…
起き抜けに、雨をも厭わずに、自販機に態々足を運んで煙草を求める…馬鹿げた振舞いなのかもしれないが…時々やってしまう…
「気持ちが昂って眼が冴えた」というのとは異なる…休日の土曜日ながら、何となく休日風でもなk具合に日中に活動して夕刻に至り、ゆっくりと夕食を愉しみながら読書に興じていると眠気を催し、「2時間前倒しな“サハリン時間”風」な就寝時間帯に寝入ってしまっていた…そうなれば、多少早めに眼が醒めるというものだ…
カラスと自身位しか動いていないような早朝…<(ロング)ピース>を吹かして「よろめき」を覚えながら…<インドネシア・マンデリン・ゴールド>の豆を挽く…
拙宅の中…やや散らかり始めているが、「窓の近くに“指定席”のようになっているテーブルが在る、頻繁に寄る喫茶店」という雰囲気を意識して家具調度を配したのだった…拙宅では、窓を視るような位置に少し大き目な丸テーブルを配して在る。旧宅に居た頃、訪ねて来た“親父殿”が持って来たモノだった…これを運び出そうとした際、扉から出せなかった…ネジを外して、天板部分と脚部分の、2つのパーツにしなければアパートの玄関扉等から出し入れ出来ない大きさだった訳だ。後日“親父殿”に尋ねると「あのテーブル?組立てるようになっていたから、バラバラなままに持ち込んで、室内でネジを締めて組立てた…筈だったよな?」ということだった…実はそういうことを「スッカリと忘れてしまう」程に年月が重ねられていた訳だ…
挽いた豆からゆったりと淹れた珈琲を、その“指定席”の丸テーブルで頂く…キツめなローストの<インドネシア・マンデリン・ゴールド>だが、香ばしさと苦味が好い…こうやって取寄せて在る豆を挽いて珈琲を淹れて味わう「御家カフェ」的な感じも、暫し中断することになる…出掛けるからに過ぎないのだが…
改めて戸外の様子を伺う…「雨模様」が「雨交じり」になって来たようだ…
前夜…(2016.11.19)
雨の夜である…
日中は、些か用事が在ったのでそちらの関係に勤しみ、何時の間にか暮れて夕刻になり、“何時もの店”で夕食を愉しんで帰宅である…
明朝、札幌へ向かう…堅実に「都市間バス」で移動することに決した…結局、稚内・札幌間の移動が“半日仕事”で1日を潰すような型になってしまうので、往復の2日で「中の日程」をサンドイッチするような型で“休日”を過ごすことになる…
気象情報によると、明日の札幌は「晴れ後雨 5℃~9℃」だ…明後日に上陸する予定の神戸は「晴れ時々曇り 15℃~21℃」となっている。想定の範囲内ではあるものの、「何を着て出掛けようか?」というのが、多少の悩みということになる…
何時か誰かが言っていたような気がする…慣れない土地へ立ち寄る際、“ガイド本”の類を抱えて出ても、「本に在る範囲を辿る」で終始してしまう可能性が高い。「迷うと困る」なら、どうしても必要な「宿泊先と最寄り駅の道順や、どうしても行かねばならない場所が判る地図のようなモノを現地調達し、その他は気侭に動く位が程好いのでは?」という話しだが…実は私は、殆ど何時もそういう調子だ…
今般も…最低限の着替え等を小さなバッグに詰め、「その辺に用事足し…」という風体で、身軽に出掛けることになるであろう…
戯れに「“糠鰊”が多分無い国々へ出る」と称して、今夕は“糠鰊”の定食を愉しんだのだった…“糠鰊”は、何れ出先から戻ってから頂くこととなるであろう…
そう言えば…私がよくランチで利用する店では、私が不在であるということで、“2週間交替ランチ”で間違いなく私が“連日”という勢いで頼むと見受けられるメニューを、私が戻った後になる時期に変更してくれたそうだ…こうなると…「行ったきりなら幸せに…」ということにもなるまい…無事に戻る必然性が生じたというものだ…
どんなモノと出逢えるのか?非常に楽しみで、昂ぶりが眠りを妨げてしまいそうな気もするものの…他方で、日中に活動をしているので、何やら平日同様に眠気も指して来た…
日中は、些か用事が在ったのでそちらの関係に勤しみ、何時の間にか暮れて夕刻になり、“何時もの店”で夕食を愉しんで帰宅である…
明朝、札幌へ向かう…堅実に「都市間バス」で移動することに決した…結局、稚内・札幌間の移動が“半日仕事”で1日を潰すような型になってしまうので、往復の2日で「中の日程」をサンドイッチするような型で“休日”を過ごすことになる…
気象情報によると、明日の札幌は「晴れ後雨 5℃~9℃」だ…明後日に上陸する予定の神戸は「晴れ時々曇り 15℃~21℃」となっている。想定の範囲内ではあるものの、「何を着て出掛けようか?」というのが、多少の悩みということになる…
何時か誰かが言っていたような気がする…慣れない土地へ立ち寄る際、“ガイド本”の類を抱えて出ても、「本に在る範囲を辿る」で終始してしまう可能性が高い。「迷うと困る」なら、どうしても必要な「宿泊先と最寄り駅の道順や、どうしても行かねばならない場所が判る地図のようなモノを現地調達し、その他は気侭に動く位が程好いのでは?」という話しだが…実は私は、殆ど何時もそういう調子だ…
今般も…最低限の着替え等を小さなバッグに詰め、「その辺に用事足し…」という風体で、身軽に出掛けることになるであろう…
戯れに「“糠鰊”が多分無い国々へ出る」と称して、今夕は“糠鰊”の定食を愉しんだのだった…“糠鰊”は、何れ出先から戻ってから頂くこととなるであろう…
そう言えば…私がよくランチで利用する店では、私が不在であるということで、“2週間交替ランチ”で間違いなく私が“連日”という勢いで頼むと見受けられるメニューを、私が戻った後になる時期に変更してくれたそうだ…こうなると…「行ったきりなら幸せに…」ということにもなるまい…無事に戻る必然性が生じたというものだ…
どんなモノと出逢えるのか?非常に楽しみで、昂ぶりが眠りを妨げてしまいそうな気もするものの…他方で、日中に活動をしているので、何やら平日同様に眠気も指して来た…
来る“彷徨”まで1週間を切った!
1週間…7日間…「創造主が世界を6日間で創り上げ7日目に休暇」という聖書の挿話で由来が説明されたり、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星の7つの天体、所謂「七曜」が由来と言われたり、諸説在るらしいが…それでも相当に古くから「7日間を1週間」という単位が使われていたようで、これを「改める!」とした、フランス革命後の「1ヶ月を10日単位の3つに分ける」とか、ロシア革命後の「5つの曜日で1週間に」というような試みは、非常に不評で直ぐに元の「7日間を1週間」という単位に戻ってしまったらしい…日本では、1873(明治6)年に現在も用いている暦になって、それ以降にこの「7日間を1週間」というのが定着して行ったのであろうが…今や、「何故“7日間を1週間”なのか?」とか、「何時からこういうことになったのか?」ということを問う人さえ稀な程度に定着している…
この1週間というモノ…長いような、短いような期間だと時々思っているが…最近は「何時の間にか“1週間”を切った…」というようなことばかり考えてしまう…“策謀”していた「来る“彷徨”」と呼んでいる「一寸出掛ける…」という“出発日”が、刻一刻と近付いているのだ!!
“策謀”を巡らせ、「神戸空港上陸後は勝手に動き回る」というのと、「宿を押えた期間に合わせて改めて大阪入りし、大阪を拠点に関西で過ごす」というのを組み合わせ、「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細かく考えずに動くという「従前からの方式」と、「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」という「2016年4月方式」とを「組み合わせる」ことに決した…これで「非常に好い!」と思っていて、勝手に悦に入っている昨今だ…
こういう具合になってみると…前半、後半を「各々如何に過ごす?」ということで、益々深く“策謀”を巡らせるようなことになって行ってしまう…
「神戸空港上陸後?」ということだが…あの空港に降り立ったなら、<ポートライナー>で三宮駅を目指すのが「最初の一歩」になることは動き難い…神戸に在っては、三宮エリアにJRや私鉄各社や地下鉄やバスターミナルが集まり、新幹線の列車が発着する新神戸駅へ向かうにも地下鉄が手っ取り早いという状態なのだ…
神戸空港に関しては、神戸空港を起点・着点とする関西の各所等を結ぶ交通も「多分在る」のであろう…「多分」としたが、実は<ポートライナー>が在って便利なことを知り、実際に利用してみた経過が生じた後、申し訳ないが「敢えて確かめていない」状態だ。<ポートライナー>…正直なところ、「煩わしい保安検査」の故に新千歳空港・神戸空港間のフライトを利用するのは些か気が重いが、<ポートライナー>はそんなことは無いので、「<ポートライナー>に乗る方が、飛行機よりも余程楽しみ!!」とさえ感じている…
<ポートライナー>は専用軌道上の“案内軌条”に導かれて動くモノだが、軌道が設けられているのは主に神戸港沖を埋め立てた人造島のエリアで、車窓には物流施設、医療機関、研究教育施設、オフィスや会議場、宿泊施設等々の様々なモノが見え、やがてビルの間を抜けて三宮駅に至る…何か「昔のSF漫画に描写された未来都市の公共交通」のような軌道が巡らされていて、そこを専用車輛が静かに駆け抜けて行く…旅行鞄の類を抱えた旅人も、各種の施設と街の他地区とを行き交う近隣の人達も車内に在る。“非日常”と“日常”が車内に同居している…何か「凄く好い」感じがする…
その<ポートライナー>で三宮に至ってみれば、港の方向にも、趣が在る建物が見受けられる丘陵側にも、少し歩くだけで至ることが出来る…神戸に関しては、「立寄る」とか「通り過ぎる」というような具合でしか訪問していないが、それでも何となく気に入っている場所だ…
近年の各地を訪ねてみた経過を想い起すと…関西と九州が多くなっているように思う。結局、双方共に「少し動くと“異なる伝統”が積み上げられたような地域が連なっている」と言って構わない面が在る場所で、自身はそういうことを非常に好んでいるのだと思う。しかし、そういうのは関西や九州に限定されるものでもない…
関西と九州との“間”…山陽や山陰ということになる…申し訳ないが山陰の範囲になる鳥取県や島根県等の地域に関しては、訪ねた経過が全く無い…「広義の山陰」ということになる―古く“山陰道”と呼ばれた諸国が在る、京都府や兵庫県の日本海側から、鳥取県、島根県、山口県の日本海側を指す…―かもしれない舞鶴を訪ねてみた経過が在るばかりだ…山陽に関しては、古く“山陽道”と呼ばれていた場所に在る兵庫県、岡山県、広島県、山口県の各県にとりあえず足跡を記してはいるが…然程深く親しんでいるとも言い悪いかもしれない…こうした地域では…広島、宮島の厳島神社、呉に寄っている広島県には少し親しんでいるが、他には下関を少し歩いたとか、岡山で一寸だけ路面電車に乗車してみたことが在ったという程度だ…
こうやって考えると…関西や九州のような「或る程度親しんだ訪問先の枠内」で、気に入って馴染んだ場所に何度も行ったり、その周辺を巡って「掘り下げる…」ようなやり方を自身が好んでいることに思い至る…「一寸通過したことが、そう言えば在った…」を含む“未踏”な場所を、近年は余り“開拓”していないかもしれない…或いは「来る彷徨」の中では、「一寸通過したことが、そう言えば在った…」を含む“未踏”な場所への訪問を採り入れてみるのが好いかもしれないと考え始めている…
とにかくも「随意に何処かを訪ねて…」というようなことを想っている中、何処をどう訪ねるのかというようなことは、「勝手にすれば善い」という以上でも以下でもない。とは言っても、最近は「余りにも色々と考え過ぎる」、「3秒も間が空くと、旅に出てどうするということを考え始める」というような「<何処か行きたい症候群>を和らげることが叶うことが判った時点で生じる“昂奮状態”」に陥ってしまい、「とにかくも考えていることを綴ってみる」というようなことでもして、その“昂奮状態”を多少なりとも“沈静化”したい訳である…
こういうような「待ち遠しい!!!」という場面では、「1週間を切った!」という状況に入ると、「当日!!」を迎えるまでは存外に「速い」ものだ…だからこそ“昂奮状態”にもなるが、色々と詳しいことを考えて、考えたことを綴ってみると“昂奮”は巧く和らぐ…非常に楽しみだ!!
この1週間というモノ…長いような、短いような期間だと時々思っているが…最近は「何時の間にか“1週間”を切った…」というようなことばかり考えてしまう…“策謀”していた「来る“彷徨”」と呼んでいる「一寸出掛ける…」という“出発日”が、刻一刻と近付いているのだ!!
“策謀”を巡らせ、「神戸空港上陸後は勝手に動き回る」というのと、「宿を押えた期間に合わせて改めて大阪入りし、大阪を拠点に関西で過ごす」というのを組み合わせ、「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細かく考えずに動くという「従前からの方式」と、「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」という「2016年4月方式」とを「組み合わせる」ことに決した…これで「非常に好い!」と思っていて、勝手に悦に入っている昨今だ…
こういう具合になってみると…前半、後半を「各々如何に過ごす?」ということで、益々深く“策謀”を巡らせるようなことになって行ってしまう…
「神戸空港上陸後?」ということだが…あの空港に降り立ったなら、<ポートライナー>で三宮駅を目指すのが「最初の一歩」になることは動き難い…神戸に在っては、三宮エリアにJRや私鉄各社や地下鉄やバスターミナルが集まり、新幹線の列車が発着する新神戸駅へ向かうにも地下鉄が手っ取り早いという状態なのだ…
神戸空港に関しては、神戸空港を起点・着点とする関西の各所等を結ぶ交通も「多分在る」のであろう…「多分」としたが、実は<ポートライナー>が在って便利なことを知り、実際に利用してみた経過が生じた後、申し訳ないが「敢えて確かめていない」状態だ。<ポートライナー>…正直なところ、「煩わしい保安検査」の故に新千歳空港・神戸空港間のフライトを利用するのは些か気が重いが、<ポートライナー>はそんなことは無いので、「<ポートライナー>に乗る方が、飛行機よりも余程楽しみ!!」とさえ感じている…
<ポートライナー>は専用軌道上の“案内軌条”に導かれて動くモノだが、軌道が設けられているのは主に神戸港沖を埋め立てた人造島のエリアで、車窓には物流施設、医療機関、研究教育施設、オフィスや会議場、宿泊施設等々の様々なモノが見え、やがてビルの間を抜けて三宮駅に至る…何か「昔のSF漫画に描写された未来都市の公共交通」のような軌道が巡らされていて、そこを専用車輛が静かに駆け抜けて行く…旅行鞄の類を抱えた旅人も、各種の施設と街の他地区とを行き交う近隣の人達も車内に在る。“非日常”と“日常”が車内に同居している…何か「凄く好い」感じがする…
その<ポートライナー>で三宮に至ってみれば、港の方向にも、趣が在る建物が見受けられる丘陵側にも、少し歩くだけで至ることが出来る…神戸に関しては、「立寄る」とか「通り過ぎる」というような具合でしか訪問していないが、それでも何となく気に入っている場所だ…
近年の各地を訪ねてみた経過を想い起すと…関西と九州が多くなっているように思う。結局、双方共に「少し動くと“異なる伝統”が積み上げられたような地域が連なっている」と言って構わない面が在る場所で、自身はそういうことを非常に好んでいるのだと思う。しかし、そういうのは関西や九州に限定されるものでもない…
関西と九州との“間”…山陽や山陰ということになる…申し訳ないが山陰の範囲になる鳥取県や島根県等の地域に関しては、訪ねた経過が全く無い…「広義の山陰」ということになる―古く“山陰道”と呼ばれた諸国が在る、京都府や兵庫県の日本海側から、鳥取県、島根県、山口県の日本海側を指す…―かもしれない舞鶴を訪ねてみた経過が在るばかりだ…山陽に関しては、古く“山陽道”と呼ばれていた場所に在る兵庫県、岡山県、広島県、山口県の各県にとりあえず足跡を記してはいるが…然程深く親しんでいるとも言い悪いかもしれない…こうした地域では…広島、宮島の厳島神社、呉に寄っている広島県には少し親しんでいるが、他には下関を少し歩いたとか、岡山で一寸だけ路面電車に乗車してみたことが在ったという程度だ…
こうやって考えると…関西や九州のような「或る程度親しんだ訪問先の枠内」で、気に入って馴染んだ場所に何度も行ったり、その周辺を巡って「掘り下げる…」ようなやり方を自身が好んでいることに思い至る…「一寸通過したことが、そう言えば在った…」を含む“未踏”な場所を、近年は余り“開拓”していないかもしれない…或いは「来る彷徨」の中では、「一寸通過したことが、そう言えば在った…」を含む“未踏”な場所への訪問を採り入れてみるのが好いかもしれないと考え始めている…
とにかくも「随意に何処かを訪ねて…」というようなことを想っている中、何処をどう訪ねるのかというようなことは、「勝手にすれば善い」という以上でも以下でもない。とは言っても、最近は「余りにも色々と考え過ぎる」、「3秒も間が空くと、旅に出てどうするということを考え始める」というような「<何処か行きたい症候群>を和らげることが叶うことが判った時点で生じる“昂奮状態”」に陥ってしまい、「とにかくも考えていることを綴ってみる」というようなことでもして、その“昂奮状態”を多少なりとも“沈静化”したい訳である…
こういうような「待ち遠しい!!!」という場面では、「1週間を切った!」という状況に入ると、「当日!!」を迎えるまでは存外に「速い」ものだ…だからこそ“昂奮状態”にもなるが、色々と詳しいことを考えて、考えたことを綴ってみると“昂奮”は巧く和らぐ…非常に楽しみだ!!
策謀…
「祝日後」の朝、「休日後」であることから“月曜日”のような気分で居たが…考えてみれば、11月に月が改まって最初の金曜日だった…
金曜日と言えば週末だが…11月に稚内でフルに週末を過ごすのは、今週と来週ということになる。第3週の週末の途中から、一寸出掛ける予定である…
時々、「何処か不案内な土地に出掛けて、彼の地の文物を気儘に見聞してみたい…」というような想いが強くなる。そういう状態を<何処か行きたい症候群>と呼んでいるのだが…<何処か行きたい症候群>という症状への対処方法は、「何処かへ行く時間を設ける」以外には考え悪い…
2016年に関しては…4月初旬に、正しく「思い付いて」で時間を設けて出掛けてみた後、何となく「何処かへ行く時間を設ける」ことがやり悪い状態が続いてしまった…そこで<何処か行きたい症候群>の“症状”が、何やら酷い感じになっていたことを感じていた…多少なりともぼんやりする場面が在れば、直ちに「嘗て訪ねた○○は…」と思い出していたり、偶々読んだ本に出ていた地名の地域に関して調べてみようとしていたりという具合になってしまう…こういうのは、或る程度は“慢性化”している面も在るが…「酷い」と感じるのは、近所の線路を何となく視て、乗ったことが在って記憶に残る列車の様子を次々に頭の中に思い浮かべるようになってしまったからだ…
4月初旬には、関西方面に出掛けて「数年分を纏めて…」という程度に桜を観ることが叶ったが…<何処か行きたい症候群>の“症状”が酷くなっていると感じていた中、「では次の機会には紅葉?」と思い、何となく「11月下旬に時間を設ける」ということにしたのだ…
「何処か不案内な土地に出掛けて、彼の地の文物を気儘に見聞してみたい…」というような想いを満たすには…原理原則としては、“予約”に類することが「最低限」と感じられるような、「勝手に動く」が許される状態であることが、私にとっては重要だ…何となく動き回って、「通り掛かると面白そうなので立寄った」とか、「非常に興味を持っていたが、雨の降り方が酷いので、在るか無いかさえ知らないが、“また今度”ということに…」ということが許される状況が望ましい…“流れ者”、“流され者”でフラフラとしていれば、それで好いのだ…
そういうような具合に、これまでに色々なことをして来た…
「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細々したことを考えずに、とにかく動くというのが、私が出掛ける場合の基本的なやり方だ…妙にこういうのが気に入っている…
或る程度の規模の街を結んで動き回る分には、それこそ「連日のネットカフェでの夜明かし」も辞さない勢いで動く場合も在る。近年は、「随時、行程の途上で宿泊をネット予約」ということもやる場合が在る…
こういうようなやり方であれば、「通り掛かると面白そうなので立寄った」とか、「非常に興味を持っていたが、雨の降り方が酷いので、在るか無いかさえ知らないが、“また今度”ということに…」ということが“やり放題”になる…
そうやって方々に立寄り、後から<○○県の歴史散歩>シリーズの解説を紐解いたり、立寄ってみた地域に関連が在る時代モノの小説等を愉しむと、今度はそうやって得た知識を持って、また周辺に立寄り、更に「出掛ける面白さ」が増す…
私自身、幼少の頃には新興住宅地で育ち、辺りに建物が非常に少ない中で登場した家に住んでいて、辺りの戸外に出ては周辺の建物の建築工事の様子をフラフラしながら視ていたという状態が続いていた。「手近な辺りに視える建物の殆どが、自身より若い」という状況に在ったことから、「永い時間の人々の歩みが積み上げられたような旧い町並み」のようなモノへの漠然とした憧れのようなモノを強く有していて、少年時代から「時代モノ好き」だった…だから、旧い町並みのようなモノも在る場所へふらりと訪れるのが、殊更に愉しいのかもしれない…
そういうことで最近に至っているのだが…最も最近に、好き勝手な旅をした4月の関西では、初めて「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」ということをやっていた。
あれは“偶然”の産み出したものだった…
近年は、「20年前」というような次元の“昔”との比較ではなく、「数年前」との比較でも、例えば「札幌・関西」、「札幌・首都圏」というような次元の「主要地域間を結ぶ空路」は驚く程に手軽になった。豊富な便数で、料金も色々で「こんな感じ?悪くない…」も多々見付かるようになっている。場合によっては「北海道内の都市間を、列車で移動する時と大差無いかもしれない…」と感じるような航空券さえ出回っている…他方、近年、殊にこの2年や3年は国外からの来訪者が著しく増えているというようなことが在って、宿泊施設は「取り悪い、高い」が方々で蔓延している…4月の旅の前には、そういう中で「新千歳空港・神戸空港の航空券」はアッサリと「これ位なら、全然高くない」というモノが見付かり、殆ど衝動的に入手してしまった…それから、宿泊をどうにかしようと思っていると…「取り悪い、高い」が蔓延に出くわした…4月上旬の関西と言えば、冷静に考えると方々の「桜の名所」を訪ねる方が多く、加えて年度初めなのでビジネス関係等で動く人達も多そうな感じで、「最初から宿泊は取り悪い」のかもしれない。そこに衝動的に行こうとしたのだが…そういう中で、実際に利用した「通天閣が見えるような地区の、昔のアパートでも想起させるような…」という宿泊施設を見付けて滞在したのだった。
4月の経験は好かった。何か「通天閣の足下に住んで、関西の面白そうな所を気儘に訪ね…」という具合だった…この経験を通じて、「“とにかく動く”に対して、拠点を設けてゆっくりするのも好い」と思えるようになった…
こうなると…11月下旬に関して、「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細かく考えずに動くという「従前からの方式」を貫くのか、「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」という「4月方式」を採るのか、少し迷ってしまう…
結果として、「両者の好さを折衷」ということにした。「新千歳空港・神戸空港」の往復航空券と、「旅の後半」に相当する新千歳空港へ引揚げて来る手前までび期間に利用する大阪市内の宿を押えた。こうすれば…「神戸空港上陸後は勝手に動き回る」、「宿を押えた期間に合わせて改めて大阪入りし、大阪を拠点に関西で過ごす」という具合で、引揚げて来ると好い…「素晴らしい!!」と思っている…
何処かへ出ると…深く考えずに駅に足を運んで、少し待てば列車が現れて、それに乗車して…というような型や、大きな街の地下鉄や路面電車を利用して動き回るというようなことを好むのだが…「やや不便?」な場所に関して、多少調べて、列車等に乗込んで動くというのも愉しいものだ…「乗物を逃すと動き悪い…」という緊張のようなモノを強いられる場合も在るのだが…
これから“出発”のその時点まで…「どういう場所に、どうやって行ってみようか…」ということばかりを考えることになりそうだ…
金曜日と言えば週末だが…11月に稚内でフルに週末を過ごすのは、今週と来週ということになる。第3週の週末の途中から、一寸出掛ける予定である…
時々、「何処か不案内な土地に出掛けて、彼の地の文物を気儘に見聞してみたい…」というような想いが強くなる。そういう状態を<何処か行きたい症候群>と呼んでいるのだが…<何処か行きたい症候群>という症状への対処方法は、「何処かへ行く時間を設ける」以外には考え悪い…
2016年に関しては…4月初旬に、正しく「思い付いて」で時間を設けて出掛けてみた後、何となく「何処かへ行く時間を設ける」ことがやり悪い状態が続いてしまった…そこで<何処か行きたい症候群>の“症状”が、何やら酷い感じになっていたことを感じていた…多少なりともぼんやりする場面が在れば、直ちに「嘗て訪ねた○○は…」と思い出していたり、偶々読んだ本に出ていた地名の地域に関して調べてみようとしていたりという具合になってしまう…こういうのは、或る程度は“慢性化”している面も在るが…「酷い」と感じるのは、近所の線路を何となく視て、乗ったことが在って記憶に残る列車の様子を次々に頭の中に思い浮かべるようになってしまったからだ…
4月初旬には、関西方面に出掛けて「数年分を纏めて…」という程度に桜を観ることが叶ったが…<何処か行きたい症候群>の“症状”が酷くなっていると感じていた中、「では次の機会には紅葉?」と思い、何となく「11月下旬に時間を設ける」ということにしたのだ…
「何処か不案内な土地に出掛けて、彼の地の文物を気儘に見聞してみたい…」というような想いを満たすには…原理原則としては、“予約”に類することが「最低限」と感じられるような、「勝手に動く」が許される状態であることが、私にとっては重要だ…何となく動き回って、「通り掛かると面白そうなので立寄った」とか、「非常に興味を持っていたが、雨の降り方が酷いので、在るか無いかさえ知らないが、“また今度”ということに…」ということが許される状況が望ましい…“流れ者”、“流され者”でフラフラとしていれば、それで好いのだ…
そういうような具合に、これまでに色々なことをして来た…
「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細々したことを考えずに、とにかく動くというのが、私が出掛ける場合の基本的なやり方だ…妙にこういうのが気に入っている…
或る程度の規模の街を結んで動き回る分には、それこそ「連日のネットカフェでの夜明かし」も辞さない勢いで動く場合も在る。近年は、「随時、行程の途上で宿泊をネット予約」ということもやる場合が在る…
こういうようなやり方であれば、「通り掛かると面白そうなので立寄った」とか、「非常に興味を持っていたが、雨の降り方が酷いので、在るか無いかさえ知らないが、“また今度”ということに…」ということが“やり放題”になる…
そうやって方々に立寄り、後から<○○県の歴史散歩>シリーズの解説を紐解いたり、立寄ってみた地域に関連が在る時代モノの小説等を愉しむと、今度はそうやって得た知識を持って、また周辺に立寄り、更に「出掛ける面白さ」が増す…
私自身、幼少の頃には新興住宅地で育ち、辺りに建物が非常に少ない中で登場した家に住んでいて、辺りの戸外に出ては周辺の建物の建築工事の様子をフラフラしながら視ていたという状態が続いていた。「手近な辺りに視える建物の殆どが、自身より若い」という状況に在ったことから、「永い時間の人々の歩みが積み上げられたような旧い町並み」のようなモノへの漠然とした憧れのようなモノを強く有していて、少年時代から「時代モノ好き」だった…だから、旧い町並みのようなモノも在る場所へふらりと訪れるのが、殊更に愉しいのかもしれない…
そういうことで最近に至っているのだが…最も最近に、好き勝手な旅をした4月の関西では、初めて「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」ということをやっていた。
あれは“偶然”の産み出したものだった…
近年は、「20年前」というような次元の“昔”との比較ではなく、「数年前」との比較でも、例えば「札幌・関西」、「札幌・首都圏」というような次元の「主要地域間を結ぶ空路」は驚く程に手軽になった。豊富な便数で、料金も色々で「こんな感じ?悪くない…」も多々見付かるようになっている。場合によっては「北海道内の都市間を、列車で移動する時と大差無いかもしれない…」と感じるような航空券さえ出回っている…他方、近年、殊にこの2年や3年は国外からの来訪者が著しく増えているというようなことが在って、宿泊施設は「取り悪い、高い」が方々で蔓延している…4月の旅の前には、そういう中で「新千歳空港・神戸空港の航空券」はアッサリと「これ位なら、全然高くない」というモノが見付かり、殆ど衝動的に入手してしまった…それから、宿泊をどうにかしようと思っていると…「取り悪い、高い」が蔓延に出くわした…4月上旬の関西と言えば、冷静に考えると方々の「桜の名所」を訪ねる方が多く、加えて年度初めなのでビジネス関係等で動く人達も多そうな感じで、「最初から宿泊は取り悪い」のかもしれない。そこに衝動的に行こうとしたのだが…そういう中で、実際に利用した「通天閣が見えるような地区の、昔のアパートでも想起させるような…」という宿泊施設を見付けて滞在したのだった。
4月の経験は好かった。何か「通天閣の足下に住んで、関西の面白そうな所を気儘に訪ね…」という具合だった…この経験を通じて、「“とにかく動く”に対して、拠点を設けてゆっくりするのも好い」と思えるようになった…
こうなると…11月下旬に関して、「少し遠めの地域と新千歳空港の往復航空券」を押えて、他は細かく考えずに動くという「従前からの方式」を貫くのか、「旅の期間を通じて、“仮宅”のように1箇所の宿を拠点化し、周辺地域で動き回ってみる」という「4月方式」を採るのか、少し迷ってしまう…
結果として、「両者の好さを折衷」ということにした。「新千歳空港・神戸空港」の往復航空券と、「旅の後半」に相当する新千歳空港へ引揚げて来る手前までび期間に利用する大阪市内の宿を押えた。こうすれば…「神戸空港上陸後は勝手に動き回る」、「宿を押えた期間に合わせて改めて大阪入りし、大阪を拠点に関西で過ごす」という具合で、引揚げて来ると好い…「素晴らしい!!」と思っている…
何処かへ出ると…深く考えずに駅に足を運んで、少し待てば列車が現れて、それに乗車して…というような型や、大きな街の地下鉄や路面電車を利用して動き回るというようなことを好むのだが…「やや不便?」な場所に関して、多少調べて、列車等に乗込んで動くというのも愉しいものだ…「乗物を逃すと動き悪い…」という緊張のようなモノを強いられる場合も在るのだが…
これから“出発”のその時点まで…「どういう場所に、どうやって行ってみようか…」ということばかりを考えることになりそうだ…









