<はぼろ温泉サンセットプラザ>前(2016.12.03)

北海道の日本海側、やや北寄りの羽幌町…稚内・札幌間を移動する場合、何となく“中間点”というのか、「やや稚内寄り」というような感じの場所だ…

↓稚内・札幌間の都市間バスは、その羽幌町の<はぼろ温泉サンセットプラザ>前で休憩停車をする…
Haboro on DEC 03, 2016 (2)
↑時々、北上するバスと南下するバスが仲良く並ぶことも在る…稚内・札幌間は2つのバス会社が共同運行しているが、この日は北上中も南下中も同じ会社の車輛が使われていた…

この日…乗車していた北上するバスがここに着いて休憩停車…好天なので戸外で寛いでいると、南下中のバスも到着して停車した。その南下中のバスから「視たことの在る人が?」と思えば友人の一人で、札幌を経て新千歳空港へ向かおうと、バスで移動中だったのだという。互いに少し驚きながら笑った…

砂川サービスエリア(2016.12.03)

札幌都心の大通エリアの東寄りに在る<バスセンター>から、「稚内行」の都市間バスは出発する…私は多くの場合…動き出して「やや混み合っている場合も多い札幌の街の路」をバスが走行している間に、居眠りに陥ってしまう…そして「何処を走っている?」と思いながら気付くと、バスは高速道路の上を快走している…

↓「高速道路の上か…」と思っていれば、バスは砂川サービスエリアで最初の休憩停車だ…
Sunagawa on DEC 03, 2016 (4)
↑駐車場からサービスエリアの建物を往復する…好天の日は、冬でも一寸気持ちが好い…

このアイボリーホワイトにグリーン系や黄色系のアクセントが配されたバス…比較的新しい車輛である場合が多く、乗り心地は好い…また自身では余り利用しないが、車内でWiFiも使える場合が多い…地元の稚内では「自家用車等以外で札幌辺りを往来」という場合、交通手段としてこの都市間バスを思い浮かべる方が多数派を占めるかもしれない…

大阪城天守閣(2016.12.01)

大阪に滞在した折り…何か妙に「あの天守閣が視たい…」という気持ちが高まった…

2016年は、クライマックスで“大坂城”が舞台となるテレビドラマを愉しく観ていた経過が在って、大阪に滞在していた日にも放映が在ったのを視たというのが影響していたのかもしれない…

地下鉄の1日乗車券を手に、大阪市内を動き回っていた日の夕刻近く…大阪城を訪ねた…

↓こういう具合に、木立の間から天守閣の上層階が覗くような感じ…意外に好きだ…
Osaka Castle on DEC 01, 2016 vol02 (3)

↓正しく“足下”のような位置に近寄ったが、「遠くから望む」に留まらず、間近に寄ったのは久し振りなように思った…
Osaka Castle on DEC 01, 2016 vol01 (3)

↓天守閣へ登楼する場合の入口も見える側に着いたが…既に入場受付を締め切った後だった…
Osaka Castle on DEC 01, 2016 vol02 (13)

↓傾く陽の光が劇的という程でもなかったが…次第に暗くなる中に巨大な天守閣というのは、なかなかに趣が在るモノだった…
Osaka Castle on DEC 01, 2016 vol01 (6)

↓引揚げるに連れて辺りは暗くなった…
Osaka Castle on DEC 01, 2016 vol01 (12)

この大阪城天守閣…「昭和天皇の即位を記念」というようなことも在って1930年代に入って登場した鉄筋コンクリート造のモノだが…既に昭和も遠くなっている中、「そういう時代」を伝える文化遺産という性質を帯びて来ているかもしれない等と感じた…この天守閣…現在見られるこの種のモノとしては最大級であるとは思うのだが…それでも遠くから見ると、辺りの高層建築の陰になってしまっている…昭和の初め頃、何度か大阪に行啓した天皇陛下が登楼した経過も在るのだそうだが…当時は、ここが「辺りで最も高い」建築物だったそうだ…

8冊のフォトブック…

11月下旬から12月初めに出掛けて、夥しい量の写真を撮った。

その整理に手間取って、未だに「100%」の整理状況でもないのだが…他方で年末の札幌滞在中にも、多少の写真を撮った…

こうした夥しい写真を見ていると…「適宜、纏めておきたい…」という想いが募る…

そこで「フォトブック作成」に踏み切った…

従前から色々とフォトブックを作成している。ネット上のサービスを利用し、写真データを送り込んで、適当に編集すると「この惑星に1冊!!」という、「自作写真による、自身のための、自分のモノ」という“写真集”が出来上がる。これについて「調子に乗った“写真集”」等と呼んでいるのだが…

従前は、例えば何処かに出掛けると「一連の動きが判るような…」ということを念頭に纏めていた。これはフィルムとNikon NewFM2やその他のカメラを駆使して写真を愉しんでいた頃、「こんなことをしていたら、破産する…」と思いながらプリントした写真を眺め、プリントを選んでポケット式のアルバムに入れて整理していた“伝統”を踏まえたものだった…

近年は、特段に“プリント”を意図せずに「ドンドン撮ってしまう」ので、出掛けた先から戻った場面等では「取り扱い困難…」な程度の枚数に上る写真データが残る…そこで登場したのが、「テーマ毎に1冊」という方式だ…

「テーマ毎に1冊」という方式の過去例では…色々考えて、結局1冊か2冊出来上がるに留まることが多かった…が…今般は「それでも取り扱い困難…」と感じた。「纏めておきたい」と思えるモノが多かった…そして年末の札幌滞在でもそういうモノが増えてしまった…

結局、下記のように纏めた…

先ずは「11月下旬から12月初めに出掛けた」関係である…

《京都鉄道博物館を訪ねて》:11月下旬に関西を訪ねた“理由”の一つと言い得る<京都鉄道博物館>で撮影した、気に入っている蒸気機関車や、梅小路蒸気機関車庫の風情等を纏めた…

《京都》:かの山県有朋の別荘だった、「交渉が上手く進まない場合に日露開戦も止む無し」と重鎮達が1903年に打ち合わせを持ったという<無鄰菴>や、その近所の美しい南禅寺、更に日を改めて立ち寄った嵐山の天龍寺等々、纏めたい画が多かった…

《山陽路を往く》:神戸に上陸し、岡山県、広島県、山口県を「普通列車乗り継ぎ」でゆったり―他所の方から見ると、「酷く早朝から元気に…」と呆れるペースかもしれない…―と巡り、色々と気に入った風景に出くわしたモノを纏めた…岡山城や錦帯橋が殊に気に入っている。到着時の神戸の夜の感じも好い…

《奈良》:天理市内の石上神宮を訪ね、奈良市内に出て春日大社や興福寺に寄ったが、記憶に残る画が多かった…

《小倉城》:足掛け3日間で写真を撮り、結果的に「単独の被写体としては最も多く写真を撮った」という型の小倉城の表情…好かった!これらを纏めた…

《福岡県》:宗像大社、太宰府天満宮を訪ね、小倉を散策し、門司港エリアも散策し、二日市温泉に寄り、北海道在住の身には珍しく見える西鉄の車輌や、美しいJR九州の車輌も多く見て、纏めたい画が多く在った…

《大阪》:4月にも“仮宅”のように大阪市内に滞在し、何となく「親しみ」が沸くようになった街だが、今般も少し滞在して「親しみ」が強まった。定番と言えば定番ながら「私なりの流儀」で視た光景は忘れ難い…また<大阪歴史博物館>や<大阪くらしの今昔館>というような大阪市による博物館も、色々な意味で記憶に残るモノだった…そして「HOOTERSのチキンウィング」や「RICH GARDENのトリプルチーズバーガー」のようなモノも忘れ難く、早くも懐かしい…それらを纏めた…

上記7冊は、何れも「カラーのHDR画」を纏めたモノだ…

↓下記コレクションで、フォトブック掲載のモノ、未掲載のモノを交えた写真を御覧頂けるようにした…
>>Voyage : 2016 NOV-DEC (Western Japan)

続いて、札幌滞在で増えてしまった纏めておきたい画に関するモノだが…

《札幌の路面電車》:「路面電車でも眺める」と称して12月29日に街へ出たが…「雪が多くなった街で元気に動き回る路面電車」を視るのが楽しく、モノクロの画を多数撮った。そんなことで「路面電車のモノクロの画を纏めたい」という気持ちが強まり、「ついつい…」という感じで作ってしまった。降り頻る雪の中を往く<雪ミク>や、回転ブラシ状の装置で軌道の雪を跳ね飛ばす“ササラ電車”や、少し以前からの回らぬ街並みを駆ける「近未来?」というデザインの“A1200形”や、「札幌の路面電車!」という塩梅に見える旧型車等を纏めてみた次第だ…

↓下記アルバムで、フォトブック掲載のモノ、未掲載のモノを交えた写真を御覧頂けるようにした…
>>MONOCHROME - Tramcars at Sapporo on DEC 29, 2016

この一連の8冊のフォトブック…“居候所”と新札幌界隈との間位の国道沿いに在る“指定休憩所”(=ネットカフェ)にデータを持ち込み、足掛け3日間で発注した…恐らく…年明けに出来上がって、発送される運びであろう…待ち遠しい…

↓今般、利用したのは下記サービスである…ページが少な目の、特定のタイプであれば手頃にフォトブックを作成することが叶う…
FUJIFILMMALL(フジフイルムモール)

8冊のフォトブックが出来上がれば…順次、こちらでも御報告をしてみたいが…とにかく「出来上がり」が楽しみだ!!

機窓:遠方に富士山…(2016.12.02)

飛行機に搭乗し、窓側の席に…基本的には窓からの眺めを愉しんでみたいと考えるのだが…時には座って程無く居眠りに陥り、気付いた時に一面に雲が拡がっている様子を視て「私は?何処に居るのだ?!」と慌てる場合も在る…

12月2日に神戸空港から新千歳空港へのフライトを利用した。神戸を離陸した飛行機は、日本海側に向かいながら北上する航路を飛ぶ…今回は、居眠りに陥るという時間は極々僅かで、窓からの眺めを愉しんでいた…

↓こういう様子を視た!
views from airplane window on DEC 02, 2016 vol02 (19)
↑画の手前側は、頂きが雪を被っている、本州を貫いて拡がる山地であろうが…奥に富士山が!!

特に機内で案内が在ったでもないが…「日本海よりな高空から本州を見下ろす」という状況の中、視えている型の山は、そして大きさも富士山以外には考え悪い…「関西から北海道」の日本海寄りを飛ぶ航路の場合、窓から見える富士山は「山梨県側からの眺望」ということになるであろうか…

それにしても…飛行機で本州方面の上空に出て、「富士山が見えた」ということになると、何となく嬉しいものだ…「だから、どうした?」という話しではあるかもしれないが…

大阪:桜川駅の出入口(2016.12.02)

出先で数日間滞在し、滞在中に動き回る場合、“出発点”、“帰着点”というような型で利用する最寄駅に関しては、何か「勝手な愛着感」が湧く…

↓これは大阪の宿を発ち、神戸空港を目指した場面…何度も利用した桜川駅に「今回の最後の機会」として入った時の画だ…
Sakuragawa Station on DEC 02, 2016

何処かから立ち去る場面で…天候が酷く悪ければ、無事に移動が出来るのか否かが心配になるばかりだが…雨天であると、私が立ち去ることに関して「この場所が惜しんでくれているのか?」等と思う…そして好天であれば…「また、何時でも来て…」と微笑みかけられているような気分になる…

何度も利用した桜川駅の画を見て、何やら酷く懐かしい気分が込み上げるのだが…或いは「また何時でも寄ってや…」と笑顔で送り出してくれたのかもしれない…

大阪:地下鉄御堂筋線の駅名表示(2016.12.02)

↓<大阪歴史博物館>の展示で、地下鉄御堂筋線が紹介されている…開通した頃の車輛の形状を示し、往時の人達のような服装の等身大人形を据えて、大きさの感じが判る。電車の車輛は、近年のモノより「やや小ぶり」である…
Osaka Museum of History on NOV 27, 2016 (15)
↑1933(昭和8)年に「梅田・心斎橋」の区間が開通したというが、これは「日本初の公営地下鉄」でもあったのだという…地下鉄御堂筋線は、既に80年以上も動いている訳だ…

開業した当初の御堂筋線は、当時の街を縦横に走っていた路面電車と比べると「階段を下りて乗車」ということが在り、加えて運賃も相対的に高く、人気が低かったらしいが…現在では新幹線の新大阪、JR大阪駅が在って阪急や阪神のターミナルになる梅田、大阪市役所の本庁舎が在って京阪の通っている淀屋橋、南海や近鉄のターミナルで阪神も乗入れている難波、JR天王寺駅と近鉄の南大阪線の大阪阿部野橋駅に連絡し、序に阪堺の路面電車も利用可能な天王寺と「大阪の南北の交通結節点を貫く」という路線―所謂「関西5大私鉄」の各社ターミナルと繋がる。JRでも在来線の大阪駅と新幹線の新大阪駅という「2大ターミナル」に繋がる…―で、本町や心斎橋のような商業地も通り、2014年辺りの資料に拠ると「1日平均113万人」が利用しているのだという…現在、“御堂筋線”と言う場合、その区間は江坂・中百舌鳥間の20駅24.5㎞を指し、1987年にこの区間が全通しているそうだ。一部は大阪市の域から食み出して、吹田市や堺市に駅が設けられている…

こういうような、伝統も在り、物凄く利用されている大阪の地下鉄御堂筋線だが、何かで大阪に立寄った際には、多分「必ず」滞在中に1回や2回は利用している…以前に大阪滞在に関して「夜遅くに着いて、翌日の午前中に新幹線で九州に去った」ような「極短い滞在」に終始した時でさえ、天王寺・新大阪間でこの御堂筋線を確り利用したことを覚えている…そういう「大阪へ足を踏み入れれば、“必ず”と言って差し支えない程に御世話になる」存在の地下鉄だ…

今般、大阪に滞在した中でも御堂筋線を何度も利用したが…少し気になったのは、各駅で見掛ける駅名表示だった…

↓梅田駅である…
Osaka Underground on DEC 02, 2016 (4)
↑「うめだ」と読み仮名付で「梅田」の漢字が記され、「Umeda」とローマ字が在って「M16」という番号が明記…そして手前が「M17」の淀屋橋で、次が「M15」の中津であることが示されている…この「M16」というような番号だが、車内で流れる録音によるアナウンスでも英語が流れて「エム シックスティーン…」というように確り案内していた…

↓本町駅である…
Osaka Underground on DEC 02, 2016 (3)
↑「ほんまち」と読み仮名付で「本町」の漢字に、「Hommachi」というローマ字…ここは「船場西」と呼び習わされる地区で、その旨が駅名表示の真中に加えられているが、基本的な書式は梅田駅と全く同じだ…

こういうものが「気になった」のは…「シンプルで美しく、非常に視易い!」と思ったからだ…

御堂筋線の列車に乗車してみれば…老若男女の色々な人達が居る。ぼんやり乗車して聞こえる話し声と言えば…大阪なので関西風な話し口調の日本語が最も多いが、「何処の地域から?」と思える、少し違う話し口調の日本語もよく聞こえる。そして外国語…多少判るモノも在れば、「○○語?」と推測、推定可能なモノも在り、更に「少なくとも日本語以外であろう…」というよく判らないモノも聞こえる…

そういう状態でありながら…何処かの地下鉄の駅に在るような、ハングルや“簡体”や“繁体”という2種類の中国語文字などが「ゴタゴタ」と加わっていない…恐らく、「1日に100万人以上」が利用するという地下鉄なら、何処かの地下鉄の駅に在るような文字を読む人達が、数千人や数万人は居る筈だ…それでも…無い…そのことに驚いたが、同時に好感も抱いた。

馴れた人は駅名を一瞥すれば、何処を通っているか、何処に着いたかが判る…不慣れな場合、恐らく乗客の相当な割合の人が、漢字、平仮名、ローマ字(アルファベット)が在れば「駅の呼称」はとりあえず判る。漢字に関しては、幾つかの読み方が考えられる場合が在って難しいかもしれない。例えば「本町」は「ほんまち」だが、同じ漢字を「ほんちょう」と読ませる住所は方々に在るであろうし、「もとまち」という場合も、更にもっと変わった独特な読み方をする場合さえ在るかもしれない…が、これは仮名文字とローマ字で「ほんまち」である旨がハッキリ判る。更に、「ほんまち」と発音し悪いという場合や、不慣れな固有名詞を記憶し悪いという場合でも「M18」という番号や、「赤い色で図等に示される“M”の路線…」と御堂筋線を認識して、地下鉄を多くの人が利用出来る…

要は、読み仮名付で漢字、ローマ字、路線の記号と駅番号という「シンプルで美しい」表示が在れば、乗客の圧倒的多数は「困らないのではないか?」と思うのだ…

伝統も在って、非常に多くの人達が利用している御堂筋線を便利に利用しながら、少し変わったことを考えていたかもしれない…が、こういうような「公共のモノのデザイン」というようなことに関しては、色々な場所を訪ねて、モノを色々と見ながら考えることが、存外に重要なように思う。

広島駅の227系電車(2016.11.23)

広駅から乗込んだ快速列車で広島駅に到着した。

広島駅から岩国駅を目指そうとしたが、到着したホームで待っていれば、乗車すべき列車が現れることが判った。午前中に、大崎下島の御手洗で求め、バッグに入れて在った<大長みかん>を1個取り出し、渇きを癒しながらホームで寛いでいた…

↓到着した列車は、折り返し広駅へ向かう快速列車になる様子だった…
Hiroshima Station on NOV 23, 2016 (4)
↑発車に向けて待機している乗務員さんは女性だ。JR西日本のエリアでは、女性の乗務員さんに出くわす確率が高いように思う…

↓こういう具合に、227系が並んで停車する様子も見受けられた…
Hiroshima Station on NOV 23, 2016 (6)
↑急速に227系の出番が拡がっている様子が伺える…左側は、乗車することになる岩国行になる車輛だ…

↓車内の保温を顧慮し、少し待機している場面では「ボタンを押して扉を開閉」ということになっている…
Hiroshima Station on NOV 23, 2016 (7)

こうして視ると…「227系のステンレスに赤のアクセント」が、「広島辺りの鉄道の風景」に急速に浸透している様子が伺える…

結局、思ったとおりに岩国へ227系で移動したが…機会が在れば、この227系で広島エリアを縦横に動き回ってみたいものだ…


電車の前面に映り込む駅構内―阪急 河原町駅(2016.11.29)

阪急の京都線は、京都都心部の四条の地下を通って起点・終点の河原町駅に至る…

↓河原町駅に着いた列車の多くは、折り返しで大阪方面に向かう…出発まで、ホームで待機する…
Kawaramachi Station on NOV 29, 2016 (2)
↑この列車は大阪のターミナルである梅田駅を目指すことになる…

スッキリした地下駅である河原町駅だが…「ピカピカの車体」というのが御馴染な阪急の電車が停車していると、ホームの床に貼られた点字ブロックから天井の照明に至るまでが、立体的な車輛に複雑な形に映り込んで一寸面白い…暫し眺めてしまう…

停車中の列車は“特急”である。9300系電車という形式で、2003年に登場した京都線の“主力”とされる車輛のようだ…

阪急京都線の特急は河原町を出ると、烏丸、桂、長岡天神、高槻市、茨木市、淡路、十三の各駅に停車しながら、43分間で梅田に到着する…因みに、主に早朝に運転される河原町・梅田の各駅に停車する普通列車は64分間で両駅を結ぶそうだ…

今般の旅では、この「ピカピカの車体」の阪急の列車を多用したように思う…

呉線 竹原駅から広駅(2016.11.23)

竹原駅から、広島駅を経て岩国駅を目指そうとした。

竹原駅に掲出されている時刻表では「三原・福山方面」、「呉・広島方面」という具合に列車が案内されていた。後者、西へ向かう「呉・広島方面」の案内を視る…

時刻表の発車時刻の数字脇、上辺りに列車の行先を示す文字が在る。竹原駅を出る「呉・広島方面」の列車の行先として“広”という文字が付いたモノが多かった…

これを視て…「“広”は“広島”の略なのだろう…」と私は思った。辺りでは広島駅が圧倒的に大きく、各列車が広島駅を目指すのは当然のように思える…

↓そう考えていたところに105系電車が現れた…列車の先頭には“広”の一文字が行先として表示されていた…
Takehara Station on NOV 23, 2016 (3)
↑とりあえずこの列車に乗車した…105系電車は「少し懐かしい感じの内装」で、何となく味わい深い感じがして好感を抱いた…

↓小一時間もこの105系に揺られていたが…列車は“広”という一文字の名を有する駅に到着した…
Hiro Station on NOV 23, 2016 (1)
↑乗務員さんが下車する乗客の様子を見守っているが、ここまで運んでくれた黄色―中国地方で多く見掛けた単色塗装…個人的には、こういう感じの塗装は好きだ…―の105系電車は、とりあえず回送になるようだった…

広駅は呉市内に在る駅で、1935(昭和10)年に呉駅からの呉線延伸の際に開業したそうだ。広駅は先行開業し、数ヶ月後に現行の「呉線」の「三原・海田市」の区間が全通したという。

「広」という地名に関して調べると、「潮が引くと広い干潟が海に現れていた」とか「川の上流の集落と、下流の集落の間の広い平坦な場所」というようなことから「広」と言い習わされるようになったというように伝えられているようだ…

↓広駅では、広島駅へ向かう快速列車が待機中だった。これに乗車した。
Hiro Station on NOV 23, 2016 (3)
↑2015年から登場という新しい車輛だ!<レッドウィング>という愛称が冠せられている…

この車輛を視て、「呉線は広駅が境目で、広駅以西は広島駅との往来が盛ん…」と思ったのだが…広駅は<広島シティネットワーク>と称する広島都市圏で運用している列車のネットワークで、「呉線の東端」と位置付けられているようだ。呉線の広駅以東から広島駅を目指す場合、一部の“直通”以外は「広駅で乗換」となる…

広島周辺は、新しい車輛も投入して「都市圏の利便性向上」が目指されている様子が伺える…今般は、「広島カープの<ファン感謝デー>?広島の街が混み合って…」と一寸尻込みで、錦帯橋が眺めたかったという理由も在ったので岩国に素早く移動してしまったのだったが…機会が在ればもっと親しみたい感じだ…

福山城(2016.11.22)

↓列車の車窓から、何度か視たような気がするが…初めて間近に仰ぎ見た福山城である…
Fukuyama Castle on NOV 22, 2016 (9)

「翌日は広島県内で移動」という場合、神戸から西へ進むなら、広島県の東端側に在る少し大きな街である福山辺りに辿り着いて、そこを翌日の起点にするのが「好さそう…」と思っていて、福山に一晩滞在することとしたのだった…

↓「福山駅の裏」というような場所の小高い部分が福山城の公園になっていて、域内にはこうした城門も見受けられる…
Fukuyama Castle on NOV 22, 2016 (4)

福山城は1622(元和8)年に完成し、備後福山藩の政庁で藩主の居城となっていた。近代化以降、城の用地が色々に利用されて来たが、天守閣の辺りは残り、1945(昭和20)年までは天守閣の建物が残っていたというが、空襲で損なわれてしまい、1966(昭和41)年に現在の建物が建ったという…城の建物に関しては「戦禍で損なわれ、戦後に…」というのが実に多いように思うのだが、この福山城もそうした例の一つということになる…

↓天守閣の建物は博物館として利用されているようだ…
Fukuyama Castle on NOV 22, 2016 (8)

↓少し角度を変えて見上げてみた…
Fukuyama Castle on NOV 22, 2016 (14)

正面から天守閣が綺麗に視える側とは違う側の、公園の通路を歩いてみると、“防衛拠点”として工夫が凝らされた「城の出自」のようなものが仄かに感じられ、一寸面白い…

↓好天に恵まれたこの日、天守閣の下辺りの、森になっている辺りの様子が美しかった…
Fukuyama Castle on NOV 22, 2016 (15)

結局、この日は「福山城の麓」というような位置に在る宿に滞在した…そして翌早朝から「更に西…」を目指して列車で移動を始めたのだった…

フェリー<やまと>で潜った明石海峡大橋(2016.11.27)

新門司(北九州)から神戸までフェリーで移動した。夜行の便になっていて、宿泊が取り悪い土曜日の宿泊を兼ねながら、休んでいる間に九州から関西へ移動出来るということで、「なかなかに好いアイディア!」と喜んでいたが…フェリーの名が<やまと>という名で、かの漫画『沈黙の艦隊』に登場する潜水艦に付けられた名と同じなので、個人的にはそれが可笑しかった…

誰かに煩わされることも無ければ、誰かを煩わせてしまう心配も無い、スッキリと1人で静かに休める個室が取れたので船内ではゆっくり出来た。有名な橋梁の辺り等について、定時運航の場合にどの位の時間帯に通り過ぎるのか、船室に在った“案内”に記されていた…

その案内によれば、明石海峡大橋の辺りを、日出の遅いこの時季、明るくなるような午前7時辺りに通過するのだという…それを知り…その時間帯に、外が視える辺りに陣取って様子を伺った…外は…前夜の出発の頃から、ずうっと雨が降っているままだった…

↓少し離れた辺りに橋が視えて来た…
Ferry 'YAMATO' on NOV 27, 2016 vol01 (3)
↑雨交じりな感じだが、空は少しばかり「朝の紫」というような色彩を帯びている…

↓ぐんぐんと橋が近付く…
Ferry 'YAMATO' on NOV 27, 2016 vol01 (4)
↑陸側からこの橋を視たことも在ったが、こうして船で洋上から近付くと「更に大きい」感じに視える…

↓船が半ば橋の下に入るような位置…
Ferry 'YAMATO' on NOV 27, 2016 vol01 (5)
↑この角度!船上ならではな感じだ!!

↓橋の下を潜り抜けた!!
Ferry 'YAMATO' on NOV 27, 2016 vol01 (6)
↑高さとしては<あべのハルカス>に比肩するような次元であるという、大橋梁を支える柱は半ば雨雲が被ってしまっている…

この明石海峡大橋を潜り抜けると…神戸港まで「もう一息」という感じになる…<やまと>は淡々と瀬戸内海を東へ進み続けたのだった…

通天閣からの眺望(2016.12.01)

大阪の“新世界”に建つ通天閣は、国の「登録有形文化財」(2007年5月登録)になっているそうだ…最近、偶々知ったのだが…「登録有形文化財」とは言っても、高さ108mの塔で、地上87.5mに展望室が在る“展望塔”だ。

現在の通天閣は1956年に完成した“2代目”の塔で、今年で60年だ…

↓今般、この通天閣辺りを訪ねた際には「60周年」という懸垂幕が掛かっていて、暗くなってから塔を輝かせる広告電飾の改装工事を行っているということだった…
'SHINSEKAI' area, Osaka on DEC 01, 2016 (4)

通天閣に関しては、近年の大坂に立寄った経過を振り返ると、上記の画のように“新世界”のエリア内で見上げて「通天閣が在る風景」を愉しんでみるばかりで、本来の“展望塔”としての利用(=塔に上って眺望を愉しむ…)をしていなかった。随分以前に一度上がった記憶が在るばかりだ…

↓という訳で、今般は塔に上ってみた…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (5)
↑展望室脇の構造が視えるような角度で敢えて見下ろして写真を…高い場所を不得手とする方には、やや気持ちが悪い画角かもしれない…

大阪で「地下鉄の1日乗車券」を利用して動き回っていたが、通天閣の入場券は、その「地下鉄の1日乗車券」を提示すると100円割引になる。大阪で少々時間が在って、「折角寄ったから、何箇所か名所にも立ち寄って…」ということなら、「地下鉄の1日乗車券」は「便利でお得」ということになる。私は、こういう「公共交通の1日乗車券」で気楽に巡ることが出来る街に立寄るのが好きだ。

↓地下鉄の恵美須町駅側を見下ろす…アスファルトではなく、タイル貼りになっている<通天閣本通商店街>から通天閣を仰ぎ見られる…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (10)
↑商店街の端に地下鉄の出入口が在るのだが、少し踏み込んだ言い方をすると、その出入口から商店街の路が視えると同時に通天閣を仰ぎ見る型になる…

↓この記事の最初の画、「フグの看板越しに仰ぎ見る通天閣」ということが出来る辺りを見下ろした…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (6)
↑地上で視ると非常に大きな「フグの看板」も、何やら小さな丸いモノにしか視えない…路を真っ直ぐに進むと<スパワールド>の玄関前を抜けて、向こうの道路にぶつかるようになっている…

↓「この方向は大阪城…」と思いながら視たが…現在の天守閣が出来た昭和の初めには「非常に大きなモノ」であった筈ながら、現在では「大きなビルの陰」のようになっていて、一寸キョロキョロと探してしまう…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (7)
↑“大坂城”ということで天守閣を初めて築いた豊臣秀吉や、<大坂の陣>の後に天守閣を再建したという徳川幕府の関係者がこういう様を視たら?何と思うであろう…(因みに、徳川幕府が再建した天守閣は火災で損なわれてしまい、幕末期の<鳥羽伏見の戦い>の時期に大坂城が「揺れ動いた事態の舞台」だった頃、天守閣は無かった…)

↓動物園の在る天王寺公園が視える側には、あの<あべのハルカス>が聳え立っている様が視える…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (3)

↓高さが300mの<あべのハルカス>の三分の一にも満たない高さの通天閣の展望室だが、「高い場所」なので、JR天王寺駅近辺で見上げる<あべのハルカス>とは一味違う感じに視える…
Views from 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (21)

↓そして通天閣の展望室には、「福の神」とされる<ビリケン>が鎮座している…
inside 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (3)

この<ビリケン>だが、米国発祥のキャラクターで、英語では<BILLIKEN>と綴るらしい。米国のセントルイス大学がマスコットに採用していて、スポーツチームの愛称が“ビリケンズ”というそうだ…

↓<セントルイス大学 ビリケンズ>のグッズを売っているサイトに、「米国の<ビリケン>」の画が在るが、大阪のモノとはやや違う…
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↓<ビリケン>が鎮座していた、「5階」となっている展望室から、こういう階段を通って「4階」に移動し、そこから下りるエレベータに乗る…
inside 'TSUTENKAKU' tower on DEC 01, 2016 (5)

通天閣の中は、動く所で可能な場所には悉く物販や各種サービスの営業が行われている状況で「流石に大坂屈指の名所…」と妙に感心した…

思えば以前に通天閣に上った時、<あべのハルカス>は全く無かった…既に60年も経つこの通天閣は、移り変わる大阪の街を見詰めながら永い月日を過ごしている…これからもそう在り続けることであろうが…また訪ねてみたい感じだ…

早朝の太宰府天満宮(2016.11.26)

旅行の“前半”を「気が向くままに動き回る」、“後半”を「大阪を拠点に関西で過ごす」ということにしていた。

“前半”は、「神戸市内 >> 福岡市内」のJR乗車券を“上陸地”の神戸で入手し、「後戻りしない限り、何度でも途中下車が出来る」ということで方々に寄りながら西へ進んだ…そして、山陽路で想定以上に時間を費やした…福岡入り後、九州を巡ろうという想いは在ったのだが諦めて、“後半”へ繋ぐべく「新門司(北九州) >> 神戸 のフェリーで関西へ」という段取りにした…

そうした中でJR二日市駅に近い宿で過ごすということになった。“二日市”と聞いて思い出したのは…以前に太宰府天満宮を訪れた際、西鉄の列車を乗換えたのが西鉄の二日市駅であったということだった…

西鉄とJRとだが、概ね並行して走っている区間が在り、同じ駅名の駅も見受けられるのだが、両者の距離が存外に離れていて“乗換”ということにはなっていない例が幾つも見受けられる。二日市もそういう例の一つだ…しかし、JR二日市駅に関しては、西鉄の紫駅が徒歩3分程度で着きそうな場所に在る。西鉄の紫駅と二日市駅の間は1駅に過ぎず、太宰府駅へ向かう列車に乗るのは簡単だ。復路も同じ経路を折り返して、然程時間も要しない…

こうした状況に身を置くことになり…「早朝の太宰府天満宮訪問」を思い付いたのだ!!

↓太宰府天満宮の境内は、午前6時には既に“開門”しているらしい…が、日出の遅めなこの時季、6時台後半の「もう少しで7時?」という時間帯でも灯りが残っている…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (1)
↑この日は「多少の雲が交るが、概ね晴天」という感じだった…日出を前に少し明るくなっているのは判るが、未だ薄暗いような気もする…

↓橋の脇の灯りには、確り「梅の紋」が入っている…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (2)

↓何時も来訪者が多い場所だが、流石にこんな早朝となると、出くわす人も少なめだ…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (3)

↓辺りに菊が飾られていたのが「時季らしい」感じである…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (4)

↓方々の受験生が“恃み”としている<天神様>だけに、絵馬が非常に多く在った…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (11)

↓境内には随所に大きな樟が見受けられた…
Dazaifu Tenmangu Shrine in early morning on NOV 26, 2016 vol02 (8)
↑こういう大きな樟のようなモノは見慣れないので、何となく興味深く視る…

以前に一度寄っている割には「新鮮!」な感じで太宰府天満宮の境内を散策したのだが…“前回”ということになる2013年12月には、強めな雨が交っていたのだった…そして、太宰府天満宮の後に九州国立博物館に寄っていて、太宰府天満宮の印象が“中和”されていたのかもしれない…

何時でも何処でも可能な訳でもないとは思うのだが…この太宰府天満宮のような「有名な神社」という場所は、「朝一番!!」というような時間帯に立寄ってみるのが、非常に好いのかもしれない…

西鉄 紫駅(2016.11.25-26)

JR二日市駅の傍に宿に滞在することにした夕方、「そう言えば西鉄が少し離れた場所で並行して走っていた筈で…」と宿の方に西鉄の駅に関して尋ねた。

宿には“周辺地図”のようなモノが用意されていて、それを視ながら話したのだったが、西鉄二日市駅はやや距離が在るものの、その手前に相当する各駅停車の普通列車が発着している駅は「JRの二日市駅辺りから3分かそれ位…」ということだった。

少し暗くなってしまっていたが…「明早朝に西鉄の列車を利用して、太宰府天満宮を訪ねてみようか…」と思い付いたので、駅の場所を確かめようと思い立った…

↓これがその、JR二日市駅辺りから歩いて3分というような感じで着いてしまう西鉄の駅だ…
Murasaki Station on NOV 25, 2016 (1)
↑「紫」の漢字が1文字…確か女性の名前で、この1文字で「ゆかり」と読ませる例が在った筈で、何か独特な読み方でも在るものかと思った。太宰府に近いこの辺りは、古代からの永い歴史も積み重ねられているので「想像もしないような読み方」でも在るのかと思ったのだが…実にストレートに「むらさき」なのだ…

この駅は踏切を挟んで、各方向のホームに通じる駅舎が建てられている“双胴型”と呼ばれる構造になっている。画で視えている側は、西鉄二日市駅の方向へ進む列車が発着するホームに通じている…狭いながらも、存外な台数の自転車を置くことが出来る駐輪施設も設置されている…

こういう様子を視て、少し笑いが込み上げた…「紫」の漢字が1文字で「むらさき」と読み、「Murasaki Sta.」とアルファベットも記されているのだが…電光の色もパープル(=紫)なのだ…

↓翌早朝…ICカード乗車券に対応の改札口だったので、手持ちの<ICOCA>で改札を通ってホームに入った…
Murasaki Station on NOV 26, 2016 (1)
↑駅名表示のバックに紫色が使われている…恐らく、西鉄の数在る駅でもここだけであろう…

↓左右が非対称な、少し個性的な形状の車輛…西鉄の駅や沿線で多く見掛ける型のモノ…静かに現れたこの列車で、西鉄二日市駅に出て、太宰府行に乗換えた…
Murasaki Station on NOV 26, 2016 (2)

この紫駅は「筑紫野市紫」という住所に所在している。“紫”は所在地の住所だという…古代には、この辺りで紫色の染料の原材料になる草を取っていたことから、「筑紫」というように“紫”の文字が出て来たらしい。

現在、この辺りは筑紫野市の範囲になるが…筑紫野市は1955年に成立した筑紫野町が1972年に市制施行したものだが、筑紫野町以前には「二日市町」が在った。二日市町が1895年に町制となる以前、辺りの村々が合併して二日市村が成立する。この二日市村の立ち上げに加わった村に「紫村」という村が在ったそうだ…或いはこの「紫村」が、古代の染料の原材料となった草に纏わる故事との関連で起こった地名だったのかもしれない…

ということで、この紫駅が在る筑紫野市の紫という地区の名は、古い紫村の名と関連が在るのかもしれない…

↓スッカリと明るくなった頃…太宰府天満宮から引揚げて、この紫駅に戻った…
Murasaki Station on NOV 26, 2016 (3)
↑往路と逆側のホームに着き、JR二日市方面に向かうには、出口の後に眼前の踏切を渡った…

最初に視た時に「“紫”という駅名で、紫色の電光看板…」というのに笑いが込み上げてしまったのだったが、一寸した散策の往復に駅を利用して、何か親しみが湧くようになった。紫駅は、西鉄の駅としては現時点で最も新しい2010年の開業だという。これからも、この地域と共に永い歴史を紡いで行くのであろう…

興福寺 五重塔(2016.11.30)

少し前に「興福寺の僧が書き残した史料を基礎に“応仁の乱”を論じる」という内容の新書を読んでいて、「興福寺…奈良か…」と何となく頭の隅にその名が少しハッキリとした型で残っていたのだが…実際に奈良に立寄り、興福寺辺りを散策した…

往時のような“大伽藍”ということでもないにしても、興福寺の境内には様々な建物が在る。そして、興福寺に伝えられる貴重なモノを視られる<国宝館>も在るのだが…

↓それでも「興福寺」と言えば「五重塔」であるように、個人的には思う…こういう形が凄く気に入っている…
Kofuku-ji Temple on NOV 30, 2016 vol03 (11)
↑この辺りへ行く機会が在れば、離れたり、近付いたりと、色々に様子を視たくなる存在だ…

↓好天な中でやや日が傾き、空の様子が少し面白い感じになった…
Kofuku-ji Temple on NOV 30, 2016 vol03 (10)
↑そういう中で五重塔が佇む姿が好かったのだが…この塔は高さ50mにもなるという…国内に現存のこの種の建造物としては、京都の東寺に在る五重塔に次ぐ高さであると聞いた…

↓何度か寄った経過が在っても「気付かずに…」という事柄は在るものだ…今般、「近くの猿沢池に映り込む五重塔」というモノが美しいということに、偶々気付いた…
Kofuku-ji Temple on NOV 30, 2016 vol02 (3)

↓池の辺りから視ると、五重塔は少しだけ高台になった辺りに建っている…
Kofuku-ji Temple on NOV 30, 2016 vol03 (7)

奈良に関しては、2015年10月、2016年4月と何となく寄っていて、今般も立寄り、然程長くない期間で3回寄っている。ほんの少しだけ、この興福寺五重塔が聳え立っている眺めが「眼に馴染んだ」ような気がしている…

京都の<大阪屋>:「かやくうどん」(2016.11.28)

暗い早朝に大阪を発ち、無鄰菴、南禅寺、梅小路公園、京都鉄道博物館、西本願寺と朝から京都で動き回り、「いい加減に酷く空腹…」と思いながら京都駅周辺に出ようと歩いていた時だった…

↓こんな店を見付けた…
lunch time at Kyoto on NOV 28, 2016 (1)
↑京都に在って大阪を屋号に掲げている?

“大阪”という文字に最初に引かれたが…うどんの店だ!

店に入ってみれば…近くに住んでいる風な方、近くでお勤めという風な方、明らかに旅行者風な国内外の様々な人達と、「適当に混ざり合った」という具合で、「昔ながらのうどん等が食べられる食堂」という雰囲気の店だった。価格帯も「普段着のランチ」という感じの手頃なものだ…

↓頂いたのは「かやくうどん」というモノ…
lunch time at Kyoto on NOV 28, 2016 (2)
↑“大阪”は「昆布の問屋が在る街」ということで命名したのであろう。美味い出汁に、ツルツルと軟過ぎず硬過ぎない麺で、具材の細々したモノともマッチする…

“かやく”と聞いて「何?」と思ったが…「五目○○」と雑多な具材を入れたモノが在るが、要はその「五目○○」の関西風な言い方が「かやく○○」であるらしい…

とりすましたモノや、わざわざ手を掛けて準備したモノは…私には無用だ…こういう“普段着”な食事が、出先では好ましい…

京都:晩秋の木屋町(2016.11.29)

4月に関西に入った際、「京都市内へ…」という動きの日には阪急の河原町駅を入口にした…その結果、地下に在る駅から上って直ぐの木屋町辺りの様子が何となく気に入った…

↓今般も河原町駅に到着し、木屋町辺りの様子を視たが…4月とは随分様子が異なっていた…
Kiyamachi, Kyoto on NOV 29, 2016 (1)
↑川の上に掛かっている枝は、スッカリ葉が落ちてしまっているか、葉の色付きがかなり進んだ状態だった…

こういうように、季節毎に“表情”が異なる場所へ、違う季節に寄ってみることは興味深いものだ…

↓4月の同じ場所の様子はこちらでご覧頂ける…
>>京都:木屋町の桜(2016.04.06)

電車の前面に映り込む軌道―阪急 桂駅(2016.11.29)

「ピカピカの車体」というのが御馴染な阪急の電車だが…

↓こういう光景に見入ってしまった…
Katsura Station on NOV 29, 2016 (8)
↑停車中の電車の前面に、目の前の軌道と、反対側に停車中の列車や空が映り込んでいる…運転台の在る乗務員室の正面の窓硝子に映っている軌道が、連続してマルーン色の車体にも映り込んでいる!?更に…右側の電車が左側に停車中の電車の車体にも映っている…

如何にも「ピカピカの車体」というのが御馴染な阪急の電車らしい!!

場所は桂駅で、列車は桂・嵐山間を往来している普通列車だ…6300形という形式で、1975年から1978年までに製造された車輛で、画に在るのは嵐山線向けに2008年から2009年にリニューアルが施されたモノであるようだ…

この画のような「一寸したこと」に旅先で気付くと、妙に嬉しいものである…

西宮:<白鷹 禄水苑>(2016.11.29)

西宮は“灘”と呼ばれる地域の一画を占めていて、古くから酒造が盛んで、「西宮 銘酒の街」と謳っているような感じだ…

そんな街を好天の中で歩き回り、<酒蔵通>と名付けられた一帯に至り、辺りの様子を視てみた。

↓こういう場所に至った…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (3)
↑<白鷹>という銘柄…申し訳ないが、個人的には馴染みが薄い銘柄だ…しかし、西宮の老舗で、伊勢神宮で使われる酒を造っているのだという…

この<禄水苑>は、<白鷹>が営んでいる売店、資料館、そして利用はしなかったが飲食店から成っている。ここの売店や資料館を興味深く視た…

↓入口を入った辺りの売店の奥、資料展示が在る方への通路に、趣深い提灯が在った…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (25)

↓この<禄水苑>は、中庭が一寸素敵だった…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (14)

↓こういう“伝統”が滲む老舗の看板…好い!
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (10)

↓大き目な模型を使って、<白鷹>が興った時代の「樽廻船」を紹介していた…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (8)

“灘”は江戸時代になると、大消費地の江戸に向けて商品の酒を送り込む際、「船を使い易い」という意味で畿内各地(今の言い方では関西各地)の酒造業が盛んだった各地よりも有利だった。そういうことで売上が伸び、生産も伸びて行った…

船で江戸へ商品を送る場面で、当初は“菱垣廻船”と呼ばれた、大坂周辺の色々な貨物を集める船に灘の酒も積まれていた。しかし、他のモノと混ざることで荷役が煩雑になってしまったり、余分な輸送時間を要してしまうようになってしまっていた。そこで、「灘の酒」というような、樽詰めの特定のモノに貨物を特化した“樽廻船”というモノが登場した。灘の酒造業者達は、その“樽廻船”で商品を江戸等に送り出していた。

<白鷹>は1862年に起こったという。江戸時代の終わりの方になる。既に、江戸時代の期間を通じて発達してきた物流システムが“完成”の域に達していたような時期だ。その時代であれば、<白鷹>の創業者達は、造った酒を専ら“樽廻船”で江戸等に送り込んだことであろう…

↓西宮が戦禍の影響を受け、街が再建されて行くような昭和20年代頃まで、現在の<禄水苑>辺りが名実共に<白鷹>の本拠地で、蔵や店、創業家の御一家が住む住宅も在ったということで、精密な模型でそういう様子が紹介されていた…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (24)

↓<禄水苑>の資料展示には、創業家に伝わる生活用具等、「昭和の頃までの家族、家庭生活」を伺わせるような展示が在り、これが「他所には余り無い?」感じで興味深かった…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (21)

↓関係者の皆さんが使っていた半纏…現代では、社名ロゴを入れた作業ジャンパーか何かが出て来るところであろうが…こういうモノ!何となく好い…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (20)

↓売店でカップ酒を求めて、中庭でゆったりと頂いてしまった…
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (27)
↑スッキリと美味い吟醸酒だった…つい“広告風(?)”に写真を撮ってしまった…

↓非常に雰囲気が好い中庭が、本当に気に入った!
'HAKUTAKA' at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (30)

ふらふらと歩いて出くわし、何となく入った<白鷹 禄水苑>だが、灘の酒造、酒蔵に携わった人達の歩みが判る展示が好く、建物や中庭の感じが好い、「お奨めな立寄り場所」という感じである…

京都:<鶏どろラーメン>(2016.11.29)

私は、出先で食事を摂る場面で、ラーメンを選ぶ比率が低い方だと思う。米飯モノやハンバーガーのようなモノが多い。麺類なら、うどんが好い…

そんな私だが…

↓京都でこういう光景を視た…
'Gion Kyoto Ramen' on NOV 29, 2016 (5)
↑<祇園京都ラーメン>という店を見付けたのだった…

この日は、大阪・桜川の宿で朝食を頂いた後に「阪急と阪神の全線で乗り降り自由」という1日乗車券を手に、西宮市内を巡って、阪急電車で京都の嵐山に至り、嵐山の後に河原町に出て祇園界隈を歩いていた。その間…色々と面白いモノが多く、食事らしい食事を摂らずに居た…強いて言えば、茶や珈琲を求めた、嵐山のコンビニでアイスクリームを求めた、西宮の<白鷹>でカップ酒というような按配だったのだ…

↓思わずこの<祇園京都ラーメン>に近寄ってしまった…
'Gion Kyoto Ramen' on NOV 29, 2016 (4)
↑ラーメンとしては手頃な普通の値段…昼や夕方の混む時間を外れているので、店内はゆったり出来そうだった…

↓何種類か在ったラーメンの中、<鶏どろラーメン>というモノを眼に留め、頼んでみた…
'Gion Kyoto Ramen' on NOV 29, 2016 (2)
↑「鶏どろ」と言うが、本当に鶏の出汁が濃く、少しどろっとしたスープだ。何処と無く「味噌ラーメン風?」ではあるが、そういうことでもない。独特なスープ!麺は、博多等で見受けられるような、細くて真っ直ぐなモノだった…

散々に動き回った日の午後に「一寸エネルギー補給」というには、これはなかなかに好かった…

店内でラーメンを頂いていれば…空いていると見受けられる時間帯の店内だが、客が全く途切れるようなこともなく、存外に出入りが在った。何やら外国人の家族連れが現れ、若い店員さんが「ウォーター?プリーズ!」と、随意に飲めるように置かれた水差しを差し出すようなことをしていた…更に、何種類か外国人向けのメニュー表を用意しているらしく、それを示す場面も在った。京都は…何処でも外国人を含めて、大勢の来訪者で溢れていたことが記憶に残る…

余り出先ではラーメンは選ばないが…つい惹かれてしまった<祇園京都ラーメン>で出くわした<鶏どろラーメン>は好かった!

レストア中の「D51 200」―<京都鉄道博物館>(2016.11.28)

↓梅小路蒸気機関車庫の脇、デッキのようになっている少し高い位置から眺められる場所で、蒸気機関車のレストア作業が進められていた…こういう画を撮るなら、HDR画は非常に好い!
Kyoto Railway Museum on NOV 28, 2016 vol02 (19)
↑こういう状態の蒸気機関車を視られるのは、一寸貴重かもしれない…D51…最も多く製造された型の蒸気機関車だ…サハリンへ輸出された仕様まで存在する程である…

梅小路蒸気機関車庫は、国鉄からJR西日本に継承された。結果、JR西日本は蒸気機関車の動態保存に関して、様々なノウハウを持つことになった訳だ…思えば「1930年代生まれの蒸気機関車」の場合、蒸気機関車が一線を引いた1970年代までの期間に対し、一線を引いて現在に至るまでの期間の方が、何時の間にか長くなってしまっている…

私自身、同年代では少数派なのかもしれないが…「現役最後の頃に貨物列車を牽引していた蒸気機関車」を幼少の頃に視たことが在る。岩見沢市内の踏切だった…聞けば、岩見沢を起点・終点としている室蘭本線が、最後まで蒸気機関車を普通の貨物列車や旅客列車に運用していた区間であるようだ…蒸気や煙が出て、動輪が動いて、長い貨物列車がゆっくり進んでいた様は、「金属の大きな生物が、息を荒げながら蠢いている」様子のようで、「とんでもないモノを視た…」と思ったものだ。あの時の蒸気機関車…多分このD51形だと思う…

この「D51 200」に関しては、今後のJR西日本による「蒸気機関車牽引のイベント列車」の“主力”という具合にして運用して行く計画であると伝えられている。<SLやまぐち>や<SL北びわこ>というような列車に、この「D51 200」が投入される計画らしい…

ところで…私がこのD51を眺めていた時だった…直ぐ脇に居た親子連れの母親が、小さな子どもを相手に「電車をバラバラにしてなおしている」と言っていた…聞くともなく聞こえて、思わず「モーターで動く電車と蒸気機関車を一緒にしないでくれ!!」という言葉が喉元に上って来て、思わず言葉を飲み込んだ…何時の間にやら、鉄道車輛全般、列車全般を“電車”と言うようになっている訳だ…

石上神宮(いそのかみじんぐう)(2016.11.30)

「崇神天皇7年」??崇神天皇(すじんてんのう)とは3世紀から4世紀頃に実在したと考えられる第10代の天皇である…その天皇の在位中に創建?

そういう“伝説”というような創建の歴史を有しているという神社が、奈良県天理市に在る石上神宮(いそのかみじんぐう)だ。大和朝廷の軍事面を司って活躍したと伝えられる豪族、物部氏の氏神だった神社でもあるという…

「天理市を訪ねる」ということなら、JRや近鉄の天理駅を目掛けて列車で行けば好い。今般は近鉄の列車で天理駅へ行ってみた。沿線は、奈良市内の一部を除くと、寧ろ田や畑、或いは森が視えるような感じで、天理駅の近くは住宅街が拡がって、やがて「小規模な都市の中心」という風情になって行く…天理市は6万7千人程度の人口規模であるようだ…

“伝説”というような創建の歴史を有している石上神宮に興味を覚え、天理駅に出たが…結局「片道30分弱」という道程を歩くのが合理的ということになるかもしれない…路線バスが天理駅前から石上神宮の近くまで走ってはいるのだが、「1日に数本」という、利用し悪いレベルなのでである…

訪ねた日は好天でもあり、「天理市?こういう感じか…」とフラフラと歩いた。「片道30分弱」という道程の半分位は、屋根が在る商店街になっている道筋で、原則的に車輛が進入しない、非常に歩き易い道だった…その商店街が途切れた辺りに、一寸驚いてしまうような大きな建物―私が視た事の在る範囲で言えば…西本願寺の大きな御影堂を1.5倍か2倍位に拡大したような建築物が3棟も連接されたような感じだった…―が在り、看板を視て天理教の本部であると知った。その天理教本部の辺りを通り過ぎて更に少し進むと、石上神宮に入る辺りに通じる道路に行き当たる。その道路に行き当たる辺りにコンビニが在り、一息入れてから石上神宮に向かった…

↓森の中に入って行くような感じで設えられた道を進むと、“布留社”という石上神宮の古い異称が刻まれた灯篭が在って、木々の向こうに鳥居が視える…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol01 (1)
↑遥かな古代に興った社の、名状し悪いエネルギーが籠っているような…そういう気がする空間だ…

↓社殿の手前に楼門が設けられている…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol01 (7)
↑何度となく修繕されているのであろうが、屋根の感じが如何にも「古くからの伝統を伝える社」という風である…

↓楼門を潜ると、拝殿が視える…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (8)
↑この拝殿で参拝をするのである…

↓拝殿の奥に本殿が在るが…本殿は明治時代に設けられたのだという…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (13)
↑永く石上神宮は本殿を持たず、現在の本殿の場所そのものである“禁足地”が御神体という扱いだったが…調査の結果“七支刀”という古代の祭祀に用いた剣が出土したことから、それを祀る本殿を設けたそうだ…

↓境内の辺りには、大きな木も多く見受けられた…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (19)
↑これは葉が落ちてしまった銀杏のようだ…とにかく大きかった…

↓葉が「通行の邪魔」になるような様子でもなく、銀杏の大木の足下に「絨毯のような」という次元を踏み越えて、何やら「マットレス?」という程度に夥しい量の銀杏の葉が積もっていた…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (16)

↓凄く気持ちが安らぐ空間が拡がっている。来訪者も非常に多いという訳でもなく、静かであったこととも相俟って、何となく「らしい!」と思える「伝統の社」の空間だった…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (20)

↓鶏の小屋が?視えているのは…確か“烏骨鶏”という、少し珍しい種類の鶏だ…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (23)
↑石上神宮では、40年程前に寄進を受けたことが切っ掛けで、鶏を境内で大切にしているそうだ。色々な種類の鶏が境内を徘徊していて、何やら餌を啄んだり、元気よく「コケコッコー!」と声を発していた…夜に動物の襲撃を受ける場合が在り、身軽な種類の鶏は高めな枝にジャンプして、そこで休むらしい。そういうことがやり難い種類の鶏達のために、画のような小屋を用意しているのだそうだ…「暁を告げる」として鶏は神聖視されている側面も在る。そんな鶏は、思えば来年の干支だ…ここで出会えて善かったかもしれない…

↓この石上神宮の辺りの森は、常緑樹が主流を占めている様子だ…紅葉した木が若干在ったものの、遥かな古代から続く社のエネルギーを包むような緑の葉が繁っている感じだった…
Isonokami Jingu Shrine on NOV 30, 2016 vol02 (25)

「単純に駅との間を往復するだけで小一時間」ということで、多少の“ゆとり”が無ければ訪ね悪い側面も否定し得ない場所だが…今般は「数日の関西滞在で、ゆっくりと気が向くように方々へ…」ということだったので、ここを訪ねることが叶ったように思う。今般は非常に好かった!

南禅寺の水路閣(2016.11.28)

↓名刹南禅寺の一隅に不思議な建造物が在る…煉瓦造の建造物で、辺りの木々の間に覗く感じが美しい…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (18)
↑これは琵琶湖から京都への水路、<疎水>の一部を成すモノで水を通す水道橋である…

↓アーチが組み合わさった不思議な外観だ…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (14)

<疎水>は1885年から1890年の第1次、1908年から1912年の第2次と2回に亘って整備されているのだそうだ…

Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (22)

この水路閣…以前にも一度観ているが…なかなかに好い!!

梅小路蒸気機関車庫―<京都鉄道博物館>(2016.11.28)

↓「休暇で関西に滞在」ということを思い付いた理由の一つ…これが視たかったからというのが在るように思う…
Kyoto Railway Museum on NOV 28, 2016 vol02 (17)
↑この京都の梅小路蒸気機関車庫と、大阪の博物館に在ったモノを「纏めて見せる」ということで、京都の施設を拡充する工事を経て<京都鉄道博物館>が春にオープンした。きっと開館直後には酷く混んだであろうが…少し経っている状況下でもなかなかの人気施設であることが伺えた…

一度、京都の梅小路蒸気機関車庫は訪ねた経過が在ったのだが、「再訪したい…」と思っていた間に、改装工事で休館状態になっていた。そこで<京都鉄道博物館>のオープンを待ち望んでいて、今般は立寄る機会を設けることが叶ったのだ…

蒸気機関車は、前進するのは好いが、後進は酷く苦手なものである…運転台は飽くまでも前進することを主眼に据えられていて、後ろには石炭や水を積んだテンダーが在って見通しも好くない…列車の進行方向を変えるという場面で、余り長く蒸気機関車を後進させるのは都合が悪い。そして安全確保の上でも、余り好ましくないことであろう…そういう訳で“転車台”が在る。丸いテーブル状の台に蒸気機関車を載せ、「台を回転させる」ことで蒸気機関車の向きを変えてしまうのだ。その転車台が作る円の周りに線路を敷設し、蒸気機関車を保管、整備する場で在る車庫を“扇形”に建てる…

こうした「蒸気機関車の時代」の、一地方の拠点となっていたような、規模が大きな扇形車庫と転車台が在る様子が大切に保存されているのが、この梅小路蒸気機関車庫だ。<京都鉄道博物館>ということになってからは、他の展示を収めた建物との連絡通路となっている、少し離れていて、やや高い箇所から全体を視られるデッキが出来た。これが好い!!本当に酷く混んでいるということでもなかったので、そのデッキで梅小路蒸気機関車庫の様子を視て写真を撮っていた…

↓円形の転車台の周囲に放射状に軌道が敷設…この種の施設ならではな感じ…少し近付いて眺めてみた…
Kyoto Railway Museum on NOV 28, 2016 vol01 (7)

この梅小路蒸気機関車庫には、正しく「博物館の展示」という感の静態保存の蒸気機関車が並ぶ他、施設内でのデモンストレーション運転に供される他、各地でイベント列車を牽引している「動く蒸気機関車」も在る。そしてここが、その動態保存の蒸気機関車のメンテナンスの場にもなっている。

正直なところ…<京都鉄道博物館>を訪ねて館内に居た時間の、相当な割合はこの梅小路蒸気機関車庫辺りで過ごしていた感だ…

柳井:街路樹に柑橘…(2016.11.24)

少しばかり情報を集めてみれば、西日本には「古い町並み」を残していて“保存地区”というようなことになっている場所、そして存外に訪ねてみ易い位置に在る場所が多いことに気付いた…

そんな場所の一つとして、山口県内の柳井に注目した。柳井は古くから瀬戸内海の港町として商業が盛んな地域だったようだが、江戸時代には岩国を本拠地とした、毛利家傘下の吉川家の知行地の一部だった。そうしたことで、江戸時代を通じて周防地域の交易の中心であったようだ。主に商人たちが築いたモノが受け継がれ、明治期以降も栄えていた様子だ。そういう町並みが、山陽線の柳井駅から歩いて数分というような場所に拡がっている…「白壁の町並み」と呼び習わされているようだ。

↓その「白壁の町並み」が拡がり始めるような場所で、街路樹に眼を停めた…
Yanai on NOV 24, 2016 vol01 (1)
↑申し訳ないが、植物の種類に明るくはない…しかし…柑橘類が街路樹に実っている!!少し感心し、様子を眺めて写真を撮っていた…

北海道のような寒冷地に住んでいれば、「柑橘類が木に実っている様子」というものを間近に視るというのは…些か、考え悪い…そういう訳なので、西日本方面で「柑橘類が木に実っている」様子を視ると、「こういう“違う”地域にまで足を伸ばした!」と妙に嬉しくなってしまう…

柳井に関しては、“入口”の段階でかなり強めな印象を受けた…

小倉駅の<かしわうどん>(2016.11.24)

「神戸市内→福岡市内」の乗車券は、利用開始日を含めて4日間有効だった…列車で神戸市内を発ち、岡山、倉敷、福山、竹原、岩国、柳井等に途中下車して立寄り、下関からトンネルを潜って九州に上陸し、小倉に至ったのは第3日目だった…

↓小倉駅のホームでうどんのスタンドを見付けて、思わずこれを頂いた…
'Kashiwa Udon' at Kokura Station on NOV 24, 2016 (1)
↑鶏肉のそぼろのような“かしわ”が載ったうどん!!小倉駅の名物らしい…

これを頂き、散々途中下車をして「漸く九州へ…」と強く実感したのだった…

紅葉の南禅寺(2016.11.28)

↓南禅寺に立寄った…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (6)
↑禅の臨済宗の寺だが、全国の禅寺では最も格式が高いという…

↓なかなかに見事な紅葉が視られ、境内を愉しく散策した…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (10)

↓苔生した地面に赤い落ち葉…鮮烈な感じがした…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (4)

或いは“見頃”を過ぎているのかもしれない紅葉だったが、今般の様子は、それはそれとしてなかなかに愉しめた…

↓この時季は、こういうディーテールが美しい…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (2)

↓暗い色の瓦屋根の建物と、グラデーションを成している木の葉の対比が好い…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol03 (26)

↓境内の中、同じような場所に在る木でありながら、葉の色付き加減は様々だ…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (4)

↓瓦が連なる凹部に落ち葉が溜まっている…
Nanzen-ji Temple, Kyoto on NOV 28, 2016 vol02 (7)

今般の旅で「紅葉の京都」という感が最も強かったのは…この南禅寺であったような気がしながら、写真を視て振り返っている…

京都・無鄰菴(むりんあん)(2016.11.28)

無鄰菴?有名な南禅寺に近い、京都市営地下鉄の蹴上駅から歩いて数分という場所に在る。京都市の管理下に在り、造園業者が指定管理者となっている庭園と建物だ…

無鄰菴は、明治・大正時代の元老、山県有朋が京都に滞在する場面で使っていた別荘である。軍人としての経歴を重ね、保守的な政治家でもあった山県有朋は、何か「武骨な人物」のような感じがしないでもないが、実は和歌や書道が得意で、邸宅を手に入れた場面では著名な造園家と打ち合わせて、自ら工事現場を観に行くことまでして凝った庭園を造るというような「意外な風流人」だったという…

この無鄰菴に関しては、京都市から仕事を請け負っている指定管理者が熱心であるようで、早朝から開園しているということを偶々知った…前日に大阪入りして「関西滞在」を始めた日は雨で動き悪かった分を取り返そうとでもいうように、早朝の薄暗い時間帯から動き始めて「大阪市営地下鉄 >> 阪急京都線 >> 京都市営地下鉄」と乗り継ぎ、無鄰菴が開く午前7時半には入口で入場を待っていた…

↓入口に近い辺りに、ここに滞在中の山県有朋が主に利用したという家屋が在るが…「大政治家の別荘」と聞いて思い浮かべるような大邸宅ではない…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (6)
↑大きさとしては、夫婦2人とか、数人が住んでいるような住宅、または「文化人が一人住まいしているような雰囲気」な建物であった…

↓小さな建物に対して、広壮と言うでもない敷地のかなりの部分が庭園になっている…苔生した地面、木々、紅葉、水と、なかなかに風流だ…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (3)
↑聞けば、手前の建物側に高めな木、奥側に低めな木という具合の「遠近法で広く視える」ような工夫が施されているのだという…

↓この種の庭園では、こういうディーテールが凄く美しく思えることも在る…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (5)

↓「贅沢な邸宅」ということではなく、「大切な個人の時間をゆったり過ごす、居心地の好い場所」という感じがする無鄰菴だ…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (11)

或いは「元老と呼ばれた大物の別荘」ということでは少々拍子抜けな感じがしないでもなかったが…実はそうでもない…

↓和風な建物の横に、2階建てで地味な洋風の建物が在る…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (10)
↑1階も2階も、「誰かの普通の居室程度な広さの部屋が各々1つか2つ」という感じだ…1階では、庭園の管理に関することを紹介するビデオが流されていたが、階段を上がってみた…

↓2階はこういう部屋になっている…山県有朋が来客と懇談するような場だったことが判る…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (8)
↑そしてこの部屋だが…“歴史”の舞台ともなっているのだ…

1903年4月21日…山県有朋の他、伊藤博文、首相の桂太郎、外相の小村寿太郎がこの部屋に集まった…4人の意見交換のテーマは対ロシア外交だった。そして交渉の進み方によっては「開戦も止むを得ず」ということに合意したのだという…

↓小ぶりな建物と瀟洒な庭園…「大切な個人の時間をゆったり過ごす、居心地の好い場所」という雰囲気の別荘だが…非常に重要なテーマが話し合われた場…正しく「大物の別荘」という感じだ…
'Murin-an', Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (4)

何となく眼に留めて訪ねた無鄰菴だったが、なかなかに興味深いものが在った…

通天閣が見え悪かった雨交じりな夜(2016.11.27)

大阪で…とりあえず「電飾に輝く通天閣」というものを何となく視たかった…強い雨も降った日中に大阪を少々動き回り、通天閣の近くに押えてあった宿に入って一息入れてから、雨が弱まったのを視て戸外に出てみた…

通天閣は新世界エリアの色々な場所から見上げれば視えるのだが…気に入っているのは各飲食店等の華々しい看板も見えている辺りだ…

↓その気に入っているポイントで…少々驚きながら通天閣を見上げることとなった…
'SHINSEKAI' area, Osaka in evening on NOV 27, 2016 (3)
↑展望室に相当する箇所だけが、灯りの漏れた感じで…全体は暗いのだ…

暗い中で視悪いが、「通天閣60周年」と書かれた懸垂幕が掛かっている…電飾は、目下工事中であって、幕で覆われているというのだ…

「電飾に輝く通天閣」は視られなかったが、「工事中…」という様子も、何時でも視られる訳でもない…これはこれで善しということにしたい…

<あべのハルカス>―小雨交じりな中で見上げた…(2016.11.27)

北九州の新門司から神戸まで、<フェリーやまと>の航海を終えて大阪に入ったが…この日は一日を通じて雨で、非常に動き難かった…事前に押えた宿に入り、一息入れながら様子を伺っていたが、雨が弱めになったことから、少し外に出てみた…

そして…JRまたは地下鉄の天王寺駅周辺、近鉄の大阪あべの橋駅周辺に至った。(これらは相互に乗換駅だが、駅名は異なる…)

↓あの辺り…大きな交差点を囲むように一周する型の大きな歩道橋が在る。“歩道橋”と言うよりも“デッキ”とか“大きなバルコニー”という形状なのだが…そこから頭の上に巨大な<あべのハルカス>が聳え立っている…
'Abeno HARUKAS', Osaka on NOV 27, 2016 (3)

↓上空を流れている雲に、ビルから漏れている光が跳ね返っているようだ…
'Abeno HARUKAS', Osaka on NOV 27, 2016 (2)

この<あべのハルカス>…約300mの高さだと言うが、灯りが漏れるような夕刻は、何となく「巨大さが際立つ」感じがする…

大阪・心斎橋:<トリプルチーズバーガー>(2016.11.29)

宿の最寄駅であった桜川駅を振出に、西宮市内に出て、京都に向かってから大阪市内へ引揚げて、なんばのエリアに入った。この時季の日の入りは早めで、既に暗い中で「電飾の光が溢れる地区」を歩き回って、「大阪にやって来た実感」に浸っていた…

やがて、地下鉄のなんば駅辺りから御堂筋を少し北上し、心斎橋エリアを動き回った。以前に辺りのカプセルホテルを利用してみたことも在った。何となく想い出が湧上るような雰囲気だ…

↓こんな店が…玄関先にハーレーを停めている…米国流な食べ物を出す店…<リッチガーデン>という店名のようだ…
'Rich Garden-Shinsaibashi' at Namba area, Osaka on NOV 29, 2016 (1)
↑掲出されている看板等によれば、これはハンバーガーがメインの店…手の込んだハンバーガーは大好きなので入ってみた…

↓頂いてみたのは…<トリプルチーズバーガー>という代物!!
'Rich Garden-Shinsaibashi' at Namba area, Osaka on NOV 29, 2016 (4)
↑分厚いハンバーグが3枚!!蕩けるチーズが入っている!!

何か「肉らしい食感」に“こだわり”が在るようで、粗挽きなミンチでハンバーグを作っている様子だ…そして美味いビーフだった…ペーパーに挟んで、ガブッと頂くようになっているが…少し気を付けないと肉汁がドボッと溢れ出る…

これは非常に満足感が高かった!!

北九州・門司港:<焼カレー>(2016.11.26)

↓門司港へ行くと看板を多く見掛ける<焼カレー>というのは、こういう代物だ…
Mojiko area, Kitakyushu on NOV 26, 2016 (8)
↑やっている店によって色々と違いは在るようだが、基本的にはグラタンやドリアに使う分厚い更にライスとカレールーを盛り付け、場合によって具材を加え、溶けるチーズを塗してオーブンで焼き上げるという感じだ…

一説に…門司港地区のとある店の“賄い”に起源が在るという話しも在るらしいが…何時頃から在るのか明確でもなく、明確に誰が発案したということも確定していないようだ…とりあえず門司港では馴染なメニューということで、地域の名物として売り出したようだ…

何度か頂いた記憶が在る<焼カレー>…今般、久し振りに愉しんでみた。

天王寺駅前停留所の阪堺「1001」(2016.11.27)

頭の上に巨大な<あべのハルカス>を仰ぎ見る歩道橋の一画に、阪堺の路面電車が発着する停留所が見える箇所が在る…

↓こういう具合に、混み合う道路の真中に軌道が敷かれている。停留所へは地下通路を経由して乗客が出入りするようになっている。
Tramcar at Tennoji, Osaka in evening on NOV 27, 2016 (1)
↑雨に濡れた感じの街で、路面電車や通過中の車輛の灯りが乱反射している感じが面白い。停留所で待機中なのは、新しい低床型車輛の「1001」だ…

この「1001」…車輛の正面―画で見えているのは、これから画の奥側へ進む関係で後尾側となる…―ランプで行先表示をしているのだが、よく視ると「HAMADERA-EKIMAE」と「浜寺駅前」がローマ字で表示されていた…これは時々、ローマ字と日本語が切り替わるようになっているのだろう…一寸面白い…

大阪ビジネスパーク駅―クールなホームの感じ(2016.12.01)

大阪市内や近隣市に至るまで8路線が在って、方々で他の私鉄との相互乗り入れも見受けられる大阪の地下鉄…大阪方面へ出る場合には非常に便利なモノだ…

この大阪の地下鉄だが、広大な敷地の大阪城公園辺りでは、幾つかの路線の駅が在る…その中に、長堀鶴見緑地線の大阪ビジネスパーク駅が在る。少し離れた展望台等から大阪城方向を視ると「天守閣の傍に大きなビルの一群が…」というように見える場合が在るのだが、そのビル群が大阪ビジネスパークである…

↓地下鉄駅の改札を潜り、列車に乗るホームへ下りると、駅名看板や路線案内が掲出されている…
Osaka Buisiness Park Station in evening on DEC 01, 2016 (2)

↓大阪ビジネスパーク駅のホームはこういう感じだ…直線的な感じに、天井や柱の曲面が組み合わさったようなデザイン…「日本語の文字」が視えなければ、「外国の…」と言われても信じてしまいそうなデザインだ…
Osaka Buisiness Park Station in evening on DEC 01, 2016 (1)
↑長堀鶴見緑地線は新しい路線である。現在の8路線の中で“7号線”と呼ばれているモノである。「新しい」ということは、都心部等では「より深く」にトンネルと軌道が建設される。故に長いエスカレーターを通ってホームに出ることになる。そのエスカレーターを潜って、ホームの端に辿り着き、画のような光景が拡がるのだ…

大都市の地下鉄駅…当該の都市を訪ねて動き回る際に、偶々通るという感じの場所が多いが…この大阪ビジネスパーク駅は「敢えて通ることにして、眺める…」ということをしても好いかもしれない…

御前浜公園の西宮砲台(2016.11.29)

西宮を訪ねてみた…

西宮は漁業が盛んであった場所である他方、醸造業の“灘”の一画を占めている。江戸時代には、酒を江戸のような消費地へ送り出す関係で海運業の拠点にもなって行った。

そういう西宮だが、幕末期に「外国船の脅威に備える」ということになった時、大坂等の防衛に向けた拠点を築く場所に選定された…そして<西宮砲台>が登場することとなる…

滞在した大阪の桜川の宿に近い阪神の駅から、1日乗車券を駆使して電車で西宮市内に至ると、好天であった中で海岸方面を歩き回り、この<西宮砲台>を探した…

↓御前浜公園という場所に辿り着いた…
Seaside of Nishinomiya on NOV 29, 2016 (8)
↑恐らく幕末頃とは、海の様子も変わっていることであろう…が、この砂浜は永く色々な人達が行き交った場所であるに違いない…

聞けば、<西宮砲台>は12m程の高さが在る建造物だという…大きなモノなので、少し離れた辺りから見えそうにも思ったのだが…なかなか見付からなかった…

↓砂浜が見える辺りから、陸側に少し退いた辺り、壁や建物に囲まれた感じの場所に<西宮砲台>は佇んでいた…
Turret in 1866 at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (1)
↑これは海側から、「ここに在ったか…」と近付きながら眺めた様子である…辺りの集合住宅の建物と比べてみると、「大きさ」が何となく判る…

↓脇の方に廻り込み、陸側から海側の方を望むようにして眺めた様子がこれだ…
Turret in 1866 at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (5)
↑チェスの駒に、城塞に設けられた塔を象ったモノが在ったと記憶しているが…眺めながらそれに似ていると思った…

この<西宮砲台>は、1863年から1866年の足掛け4年間で建造されたのだという。千本以上の杭を打ち込んで整えた地盤に石積み―海路で石を運んで来たらしい…―を行い、そこに漆喰の壁を整えて、画のような型になった。

↓壁面に穴が在るが、これは砲眼と観測窓だという。
Turret in 1866 at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (8)
↑12方位に窓という具合で、中に大砲を据えて、全方位に砲撃を行うことが出来るという構想だったのだという。

結果的に、この砲台が実戦で使用された経過は無かったという…が…堅牢な石積で漆喰壁の屋内で、1860年代当時の大砲を撃てば…煙が中に充ちて凄い状態になってしまったような気もするが…

↓そして砲台は、明治、大正、昭和、平成とこの地に佇み続け、港と街の移ろいを眺め続けて来たことになる…
Turret in 1866 at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (3)

御前浜公園は、何か「近隣の皆さんの憩いの場」という風で、何となく気持ちの好い場所であった。辺りは住宅街になっている。公園の傍の集合住宅の向こうには、戸建ての住宅が多く見受けられた。

↓後で住宅街側を歩いて気付いたが…この<西宮砲台>は高い壁の向こうになっているので、それなりに大きいモノである他方、遠くから判り難い感じだったのだ…
Turret in 1866 at Nishinomiya on NOV 29, 2016 (9)
↑御前浜公園に至ろうと随分歩き、砲台を視ようと「何処だ?」と随分と辺りを探したのだった…

この幕末期に急増された砲台だが、こういう「誰でも気軽に立ち寄ることが叶うような場所」で残っているのは、この<西宮砲台>位なのではないだろうか?中の様子の公開等こそ行っていないが、一寸興味深い…

運行日誌:2016.12.03:引揚げ…

多くの物事に関して、始まる前に考える「事の大きさ」のようなモノに対し、実際に事が動く、更に終わってみると「呆気ない…」という感じ方をする場合が少なくないように思うのだが…今般の旅は、正しくそういう感じだ…

今日は朝から都市間バスで北上し、稚内へ無事に帰着した。朝から好天で、稚内に着くまでの道路もアスファルトが出ている箇所が殆どで、「冬の移動」という雰囲気が薄かった…日本海が車窓に視えた箇所で、浪が高いことにやや驚いた程度のことだ…

北上するバスと、南下するバスが擦れ違う休憩停車の羽幌で、南下するバスに乗車していた友人にたまたま出くわして少々驚いた…「変わったこと」はそんな程度である…

今般の旅では、随分と神社を訪ねる機会が在ったのだが…或いは八百万の神々の御加護が在ったのか、「12月に月が改まる辺りで雪が多く降って…」というような話しが多少聞こえていた割には、何らの問題も無く移動出来た。善かった…

帰着して直ぐの昼食、そして夕食は各々の“何時もの店”に確り寄った…拙宅前も酷く雪が残っていた訳でもない…周辺を歩き回る際に、凍結箇所には配意が要るが…結局、稚内は“プラス気温”だった…

時には「こういうようなこと」を仕出かすのも好いものだと思う。色々と見聞し、色々と考えた…また何時か、「“何処か行きたい症候群”が…」と言い出してフラフラと出掛けるということが在るかもしれない…

※ 何れ、休暇期間の写真をゆっくり整理し、関連事項等も順次纏めて行く…

大阪・桜川:ネギ牛すじカレー(2016.11.30)

出先で連泊するようなことになると、「宿の近くの一寸気に入った店」が何時の間にか「定番の夕食場所」のようになることが在るかもしれない。私自身に関しては、連泊機会がやや少な目なので、余り例が無いのだが…

今般…大阪のなんばのやや西、阪神電車や地下鉄で1駅の桜川に在る宿に4連泊した…日曜日に大阪入りし、後から確保した宿で過ごし、月曜日は朝から精力的に動き回って宿に入り、そのまま“帰国”へ向けて出発するまで滞在していたことになる…

初めて宿に入った日の夕刻…「何でも構わないから、何か食べよう…」と辺りに出てみた…

↓こんな場所に行き当たった…
Sakuragawa, Osaka in evening on NOV 30, 2016 (1)
↑当初は画の左側の全国チェーンの店―丼物や定食が結構気に入っている…―の看板に注目したのだが、右側の店に眼が向いた…

右の店に入ってみた。カウンター席だけ…十数名が入れば一杯という感じか?“L字”に配されたカウンターの前に丸い座面のスツールが固定されている。カウンターの内側で、店のおばちゃんが料理を準備している…

↓<ネギ牛すじカレー>というモノを頼んでみた…
Sakuragawa, Osaka in evening on NOV 30, 2016 (3)
↑これが凄く美味い!!

ライスの上に牛すじ煮込みを載せてカレールーを…そして、うどん等に使うような刻んだ青ネギをトッピングである…ルーの味わいと牛すじ煮込みや青ネギの食感が絶妙である!大変に気に入った!!

この店では、色々とカツや唐揚やその他のモノをトッピングするようなカレーも在るのだが…私は4夜の中で3夜この店に寄り、専ら<牛すじカレー>を頂いた…

早くも…これが「少し懐かしい大阪の味」という按配になって来た…

近鉄奈良駅:阪神1000系電車(2016.11.30)

今般、阪神と大阪市営地下鉄の桜川駅近くに滞在したが、阪神の列車を多用した…

↓この車輛も随分頻繁に視たのだが…1000系電車というそうだ…近鉄奈良駅で乗客を迎えて待機している…ステンレス製だという輝く車体が、地下駅の人工光に何となく映える…
Kintetsu-Nara Station on NOV 30, 2016 (5)
↑“近鉄”と明記された駅名看板の脇に“阪神”のマークを掲げた―正面右下の色々な色が囲まれたようなモノが阪神が使っているマーク―車輛…余り慣れていない眼には少々不思議だ…

この車輛…阪神の1000系電車は、2009年からの「なんば線」を介した阪神・近鉄相互乗入に向けて、2007年から登場したという、未だ新しい感じの車輛だ…

これに乗車する機会は何度も在ったが、運転台の直ぐ後ろに居たことが在った。その時は駅で停車しようとする都度「ハンシン ロクリョウ」(阪神 6輛)と連呼している、停止位置を伝えているらしい機器の自動音声が漏れ聞こえてきた…そういうのを聞いて、安全な運行を確保するためのシステム開発で、相当な労力が投入されているであろうことや、永く様々な事例が重ねられて、その経験が色々と反映されているであろうことを想った…

それにしても、この阪神1000系電車…なかなかに美しい車輛だと思う。列車に乗車しようと駅で待っていて、これが現れると少し嬉しくなる…

近鉄奈良駅:京都市営交通10系電車(2016.11.30)

旅先で列車に乗ると、車内に掲出されている“路線図”を眼に留めて眺めることが在る。乗車した駅、下車予定の駅を路線図で見付けてみる…序でに「こんな場所まで(この車輛が)カバーしているのか?」とか、「この駅名…何て読む??」とか、「この駅は前に下車したことが在った…アレだ!!」というようなことを考えるのが好きだ。

ところが…関西で私鉄各社の列車を利用すると…「車内に掲出されている“路線図”」が判り難い場合が多々在る…各社が色々な路線で相互乗り入れを盛んに行っているので、「現在走っている路線と別な会社の車輛」に乗車している場合が多いからに他ならない…

↓大和西大寺駅から乗車した列車が、近鉄奈良駅に到着したところである…アルミ製だという車体…何か美しい…
Kintetsu-Nara Station on NOV 30, 2016 (2)
↑この列車の車内で、奈良県辺りの近鉄の路線図は視なかった…

実はこの車輛…本来は京都を南北に貫く地下鉄(烏丸線)で運用されている車輛なのだ…京都の地下鉄は、2000年以降に「急行 奈良行」を運転して近鉄との相互乗り入れの幅を広げている…北の国際会館駅から南の竹田駅を経て、京都・奈良間の近鉄線を行き交う訳だ。こうして京都の車輛が奈良に現れる他方、京都の地下鉄でも近鉄の車輛を視掛けた…

↓画の右端が、この近鉄奈良駅を含む路線で頻繁に視掛ける近鉄の車輛だ…
Kintetsu-Nara Station on NOV 30, 2016 (1)

関西だけではなく、他地域でもこういう“相互乗入”は色々と例が在るが、そういう事とは縁が薄い地域に住んでいるので、こういう様子に触れるのが出先では何となく興味深い…

神戸:ポートライナーの後方展望(2016.12.02)

「年に一度やそれ位は…」と思い付いて時間を設けて西日本を訪ね、北海道内へ引揚げて来た…

“出入口”を神戸空港と設定し、神戸空港から新千歳空港へのフライトで“帰国”したのだが…神戸空港を“出入口”にしたのは、「ポートライナーで街と港を望みながら、沖の空港へ向かう」というのが便利で、また景色が好いからだ…

↓こういう様子が視られる…或いは「神戸が好きになってしまう」ような眺めだと思う…
views from train window of Portliner, Kobe on DEC 02, 2016 (1)
↑三宮駅を離れて程無く、最初の停車辺りでの後方展望である…

列車の後尾側の座席に陣取ると、こういうような景色が視られる…

↓何処となく…「往年のSF」にでも出て来る公共交通を思わせるような雰囲気が在る…
views from train window of Portliner, Kobe on DEC 02, 2016 (2)

こういうような「〇〇を好きになってしまう」ような光景…色々な場所に各々に在るものだ…そういうモノと出くわすことに期待しながら…宛所無く出掛けてみる…簡単には止められない…

夜が明けたら…引揚げる…

運行日誌:2016.12.02:“帰国”…

何かの折に“冷凍倉庫”にお邪魔したことが在ったことを思い出した。夏季のことだったが、戸外と倉庫内の温度差に多少驚いたことを何となく覚えている…

大阪や神戸と札幌とでは10℃以上の気温差が在る…札幌で外気に触れると、思わず上述のようなことも思い出した…

札幌は…積雪が余り無い…11月20日から21日辺りと、然程変わっていないように見える…或いはこの間に「降った…積もった…融けた…」というプロセスが在ったのかもしれないが…

札幌の気に入っている宿の一つを巧く押さえることが叶い、そこに陣取ってゆっくりとしている…本当に「何もしたくない…」風に、只管ゆっくりだ…多少の空腹を覚えたので、「手軽に手早く、そしてボリューム…」と手近な店でカレーライスを頂いたが…考えてみれば、福山や岩国で夕食を摂った店のチェーン店だ…「まぁ、いいか…」という具合だ…

今日の動きを振り返る…

桜川 >> 大阪難波 (阪神)
なんば >> 梅田 (大阪市地下鉄)
梅田 >> なんば (大阪市地下鉄)
なんば >> 日本橋 (大阪市地下鉄)
日本橋 >> 堺筋本町 (大阪市地下鉄)
堺筋本町 >> 本町 (大阪市地下鉄)
本町 >> 梅田 (大阪市地下鉄)
梅田 >> 神戸三宮 (阪急)
三宮 >> 新神戸 (神戸市地下鉄)
新神戸 >> 三宮 (神戸市地下鉄)
三宮 >> 神戸空港 (ポートライナー)
神戸空港 >> 新千歳空港 (AirDo / ANA)
新千歳空港 >> 札幌 (JR北海道)
さっぽろ >> 豊水すすきの (札幌市地下鉄)

札幌駅から都心部の宿等を目指す場合、歩くことも多いが、今般は「豊水すすきの駅の出口の前」という宿に入りたかったので、地下鉄を利用した…正しく「帰って来た…」感が沸き起こる…

結局、神戸空港へ向かう前に「道草をしながら…」という場面を想定して<スルッとKANSAI>を1日分残して在った…それを利用して桜川の宿から神戸空港へ移動した…新千歳空港以降は<ICOCA>を使った…(随分以前に広島で<ICOCA>を求めて持っていて、「札幌でも利用可能」となった時に、何となく気に入っていたこれを主に使っているのだが…「神戸空港から到着して<ICOCA>を使っている」であれば「関西からの来訪者」という風だ…)

大阪では…パソコンのメモリーが整理していた写真で溢れているので、USBメモリーを…加えてデジカメ用のSDカードの予備を用意しておこうと、梅田の<ヨドバシカメラ>を訪ねた。そして日本橋へ向かって、大変に気に入った<丸福珈琲店>を再訪して名残を惜しみ…<ハードロックカフェ 大阪>に寄ってパーカーを求めた…

神戸では…空港へ向かう前に<布引の滝>を眺めに行き…三宮で<バーガーキング>のハンバーガーを頂いてから空港へ向かった…

今日は<アンダーアーマー>の長袖のアンダーウェアを着込んでいた。関西ではやや厚く、デニムのジャケットは脇に抱えていた…札幌では上着を確り着て、バッグに入りっ放しだったニットキャップも被った…

これからは…宿の部屋でゆったりと過ごし、明朝の都市間バスで稚内へ引揚げる…

※ 何れ、休暇期間の写真をゆっくり整理し、関連事項等も纏めておきたい。私の場合、そういうのは煩わしいとも思わず、ゆっくりとやることを寧ろ愉しむ方だ…

運行日誌:2016.12.01:OSAKA!!

「縁が深い」でも何でもないのに、数日間でも数時間でも、訪問・滞在という機会が在ると「帰って来た!!」というような、妙な気持になる場所という例が幾つか在ると思う。私にとって、大阪は何時の間にかそういう場所の一つになっていた…

今回は神戸空港を“出入口”と設定し、方々を訪ねてみた後に大阪に滞在し、関西各地を巡るというような型で動いているが…大阪滞在は「宿泊施設の多さの故の選択肢の豊富さ」という実務的な事情も在るものの、結局「滞在すると“帰って来た”と感じる何かが在る」からというのも、自身の選択の背後にきっと在ったのだと感じる…

その大阪…明日はゆっくりと宿をチェックアウトで神戸に向けてゆっくり移動し、午後のフライトを利用して“帰国”であるため、実質的に今日が「今般の旅の最終」という感でも在る…

随分と長かったような、非常に早かったような、何とも表現し難い感じがする…「あそこにも…ここにも…」と頭の中の“リスト”がパラパラと捲られるのだが、実際に「設けた機会」の中で訪ねられる場所は限られる…色々と行って、「未だ行っていない…」も「また行きたい!」も多々在るのだが…今日は色々と思案した結果、定番なような、定番を敢えて外すような「私の流儀」の大阪巡りを敢行することとした…

「私の流儀による大阪巡り」のために手にしたのは、大阪市営地下鉄の1日乗車券である。休日は600円と格安だが、平日でも800円である…

この1日乗車券を手に、どのように動いたかを振り返る…

桜川 >> 日本橋 (大阪市地下鉄)
日本橋 >> 天神橋筋六丁目 (大阪市地下鉄)
天神橋筋六丁目 >> 日本橋 (大阪市地下鉄)
日本橋 >> 恵美須町 (大阪市地下鉄)
動物園前 >> 堺筋本町 (大阪市地下鉄)
堺筋本町 >> 北浜 (大阪市地下鉄)
淀屋橋 >> 本町 (大阪市地下鉄)
本町 >> 森ノ宮 (大阪市地下鉄)
大阪ビジネスパーク >> 長堀橋 (大阪市地下鉄)
長堀橋 >> 日本橋 (大阪市地下鉄)
日本橋 >> 桜川 (大阪市地下鉄)

大阪に明るい方でも「意図不明?」な動き方かもしれないが、こういうような具合で、桜川の宿を出てから、桜川の宿に戻って来るまで、悉く大阪市地下鉄を利用し、交通費は1日乗車券を朝に求めただけである…

天神橋筋六丁目駅で下車して訪ねた<今昔館>…入って直ぐに流れている、大阪の咄家によるナレーションで耳に残る「大阪市がビルの9階に、天保年間言いますから、1830年代の大阪の町をこしらえはった…」という施設である。江戸時代の町を映画のセットか、それ以上に精巧に再現したメイン展示と、明治、大正、昭和の街の歩みを紹介する展示が在る。中では「着物を着せてもらって、再現された江戸時代の町を歩き回る」ことが出来て、外国人来訪者に大人気だ。スタッフは軒並み、色々な外国語を操って対応していた。不意に外国語がドンドン出るので、「何がどうなった??」と思う程だ…何となく「地味な施設」のように勝手に思っていたので「こんなに賑わっているのか?!」と驚いた。エレベータで行列なのだ…加えて、市内小学生の校外学習というのにも利用されていた…これは意外に好かった!!

日本橋―これは「にほんばし」ではなく「にっぽんばし」である…―では、千日前の老舗喫茶<丸福珈琲店>を訪ねた。珈琲を頂くことが普及するかしないかの、昭和9年頃の創業という店で、“大阪ストロング”と呼ばれるキツい焙煎の濃い味な珈琲の源流と言われる店だ…老舗の風格が在る店内で、その“大阪ストロング”の源流に通じる味を愉しんだ…

恵美須町では通天閣である。暗い時間帯に、電飾広告が輝かないので不思議に思っていたが…何やら電飾の工事をしているのだそうだ…この通天閣…随分と以前に登楼した記憶が在ったが…久々に上がってみた…

北浜では、幕末に活躍した多くの人が学んだ<適塾>だった緒方洪庵の家を訪ねてみた…序でに、大阪市中央公会堂の華麗な建物も眺めて来た…

森ノ宮では大阪城である…久々に大天守閣の直ぐ傍に行った。中に入るためには…一寸遅かった…日が傾いて来たような頃に現地に入ったのだった…

大阪城の敷地は往時程ではないにしても広い。そこを囲むように幾つもの駅が在るが…その一つの大阪ビジネスセンター駅を利用した…なかなかにクールなデザインのホームが好い…

桜川では…この滞在中に計3回も頂いてしまった<ネギ牛すじカレー>を確り頂いて名残を惜しんだ…

結局、こうやって「好き勝手に動く」位が心地好いのだ…夕刻に大阪ビジネスセンター駅で地下鉄の電車に乗った時…「出来れば、ずうっとこうやって気侭に動き回って暮らしたい…」というようなことが頭に浮かばないでもなかったが…

明日は「北の国」への“帰国”ということになる…

※ 夥しい量の写真は何れ整理したいが…手持ちのSDカード(8GBのモノ)3枚の一部を「強引に整理して空ける」ということをして、“継投”で3枚を使って写真を撮っている状況…何処かで4枚目を求めることも考えなければならない事態に…

運行日誌:2016.11.30:歩いた…

“休む”というのは「ゆっくり過ごすこと」に他ならないのだとは思うが…“休暇”となると、考えようによっては「普段以上に精力的」な状態が続くことも無いではない…今日はそういうことに想いが至った…

夕刻、宿に引揚げて少し経ってから、思わず深夜のように寝入ってしまった…そして少し経って眼を醒ました…時間帯としては、宿の大浴場を利用可能な時間帯である…(滞在初日は逃してしまった…)今日も確り利用し、昨日「好い!」と思った「湯上りの牛乳」も確り用意しておいて愉しんだ…

今日は<スルッとKANSAI>を利用したが、その利用状況を…

桜川 >> 大和西大寺 (阪神・近鉄)(直通)
大和西大寺 >> 天理 (近鉄)
天理 >> 大和西大寺 (近鉄)
大和西大寺 >> 奈良 (近鉄)
奈良 >> 桜川 (近鉄・阪神)(直通)

列車の利用状況を纏めると、今日は少な目だ…天理と奈良とを訪ね、訪ねた先で…「一寸、脚が重い…」程度に歩き回っていて、近鉄奈良駅辺りで夕方に差し掛かって日が傾いていた事から「引揚げよう…」ということにした。無理はするものでもない…そして、宿に戻って早速に寝入ってしまい、起き出して大浴場を利用して、またゆっくりしているような訳だ…

天理を訪ねてみたのは…石上神宮(いそのかみじんぐう)を訪ねてみたかったからだ…かなり古い由緒を有する石上神宮…古くから神聖視されていた一面も在る鶏が境内を徘徊していることでも知られる…

この石上神宮だが、近鉄やJRの天理駅辺りから、単純に到達するだけで徒歩約30分だ…ここを「この街は…こんな感じか…」と様子を眺めながら往復した…かなり長い商店街のアーケードが設えられていて、そこが行程の相当な部分を占めるので非常に歩き易かったが…

その天理の商店街では、天理の老舗醸造業者が醸す<稲天>(いなてん)という銘酒に出くわした…趣深い店が設えられていて、そこで売られていた…今般の旅では<保命酒>(鞆の浦)、<五橋>(岩国)、<白鷹>(西宮)と、随所に銘酒が出て来る…

奈良に移動し、「やや遅めなランチ…」という時間帯になっていて、以前にも愉しんだ<大仏バーガー>を確りと頂いた。そこから春日大社を目指した…ここも片道で30分弱を要するかもしれない…やや「脚が重い…」感じも否めない中、時間は殊に気に掛けずにふらりと春日大社を目指したのだった…

春日大社は式年造替(しきねんぞうたい)を終えたところだ。20年に一度、社殿の大規模修繕を行う。その“第60次”というものが昨年から今年だった…この大規模修繕の間、神様には“仮殿”に“遷座”して頂くことになる。そして大規模修繕が完成すると、本来の社殿にまた“遷座”して頂く。これを「式年造替」と呼んでいるのだ…

これに合わせて、<国宝館>なる資料館が整理され、伝統を誇る春日大社が奉納を受けて伝えられている貴重なモノが見られるということだったが…「展示替えのための休館」で見学は叶わなかった…しかし!“特別拝観”ということで、普段は拝観者を容れない辺りまで見学させて頂けた。「20年に一度」というものである…

それにしても「20年に一度」ということにした「社殿の大規模修繕=式年造替」だが、なかなかに興味深い仕組みだ…例えば…駆け出しの職人がこれに初めて関わったとする。20年後は職人集団の核となるような頃だ。そして更に20年後には、職人のキャリアの終盤に差し掛かって、棟梁格で後身を指導する立場になる。そういうのが延々と繰り返され、色々なことが受継がれて来た訳だ…これは“20年”だから好いのであろう。例えば“50年”なら、最初に手掛けた大規模修繕の様々なノウハウが伝え切れずに、何時の間にやら散逸、劣化、やがて廃れてしまったであろう…

そこから興福寺に立寄った…五重塔や南円堂、更に近くの猿沢池辺りを散策した…

天理は「全く静か」だったが…奈良も「春日大社 式年造替」の関連催事が段落したためか、何となく静かだった。勿論、存外な数の来訪者は在ったが、方々で「デパートのバーゲン?」とか「大都市の通勤時間帯の公共交通?」というものを想起させた一昨日や昨日の京都を想うと…どうということもない…

早いもので、明後日には「帰国のフライト」であるが…明日はどうしようか?結論は簡単に出ない…行きたいと思う場所は多いが…実はそれほど多くは廻れないのである…

※ 夥しい量の写真は何れ整理したいが、手持ちのSDカード(8GBのモノ)3枚が溢れているような感じになって来ている…

運行日誌:2016.11.29:気が変わった中…

「風呂上がりの牛乳が酷く美味い」ということを“発見”したのは、一体何処の誰なのか?「当地が発祥である!」と主張して宣伝する町が現れても善さそうだが…そういうのは聞いた記憶が無い…

滞在中の宿には大浴場が在る…到着した昨日は、草臥れて早寝してしまい、指定の利用時間に利用し損なってしまっていて、今早朝に部屋のユニットバスを使用した…正直…狭かった…そして今日は大浴場!正しく“あづましい”というモノ、実に心地好かった。そして、近くのコンビニで500mlパックの牛乳を求めて、ゆっくりと頂いている訳だ…

今日は…<阪急阪神1Dayパス>という一日乗車券を利用してみた…宿で朝食が出るプランだった―大概は“素泊まり”にする…―ので、「折角だから…」と朝食を頂き、宿の直ぐ傍に在る阪神の桜川駅でこれを1200円で求めた訳だ…この種のチケットのようなモノだが、関西の私鉄では改札口辺りの駅員さんが居る場所で「これこれしかじか…」と申し出て、現金払いで求める例が多いように思う。(以前利用出来た方式の、他地域でクーポンを購入して実際に使用するカードに引き換えた<スルッとKANSAI>も、そういう具合に駅の改札辺りで申し出ていた…“特急券窓口”を設けている近鉄の駅では、その窓口で尋ねれば善かったが…他は思い出す場面が「改札口辺りで…」というのばかりだ。)

阪急と阪神とは永く“ライバル”だった。阪神が社名のとおりに大阪と神戸を結ぶ旅客鉄道の営業を始めたのに対し、阪急は「より短い、直線に近い軌道を敷設し、より速く大阪・神戸間を移動することを実現」ということで後から開業した。“阪急”は「阪神急行」の略だという…

阪急も阪神も大阪・神戸間は概ね東西に延びる路線だが、両者は若干南北に離れて並行して敷設されている…故に…“直通”している訳でもない…一部に南北の短い路線を設けて、阪急と阪神の両者が結ばれている場合が在る位なものだ…或いは…神戸三宮以遠の一部は、同じ軌道に両者の列車が交互に走っているような区間も在るが…

結局…何時か「大人気のプロ野球チームの親会社である阪神は有望なので買収!!」と元気よく運動をした投資家が在って、色々と在った末に阪急と阪神で持ち株会社を興して、「同一グループ」ということになった経過が在った…そういう中から、この<阪急阪神1Dayパス>という一日乗車券も登場したのかもしれない…

この<阪急阪神1Dayパス>という一日乗車券を手に、極一部は無関係な路線でICOCAを使ったが、他は阪神や阪急の列車を駆使して動き回った1日を振り返る…

桜川 >> 甲子園 (阪神)
甲子園 >> 今津 (阪神)
(今津駅を起点に、市内をかなり歩き、西宮駅に至った…)
西宮 >> 今津 (阪神)
今津 >> 西宮北口 (阪急)
西宮北口 >> 十三 (阪急)
十三 >> 桂 (阪急)
桂 >> 嵐山 >> 桂 (阪急)
桂 >> 河原町 (阪急)
河原町 >> 梅田 (阪急)
梅田 >> なんば (大阪市地下鉄)
大坂難波 >> 桜川 (阪神)

少し妙な移動かもしれないが…<阪急阪神1Dayパス>という一日乗車券の利用者として、「酷く真面目」に阪神と阪急を利用した…

南北に間隔を開けて東西に並走する両者の路線を結んでいる区間が今津・西宮北口である。僅か3駅…南北に阪急の電車が動いている。一見、「今津も西宮北口も“行き止まり”になっていて高架線」なので、「どうやって車輛がここに入ったのか?!」と、妙なことを考えてしまうような場所だった…

阪急で京都にまで出てしまうと…梅田に向かって、梅田から阪神で尼崎に向かってから桜川に戻るという選択が在ったが…大阪に滞在しているのだから、日没後のなんばにも出たいと、梅田・なんば間だけは大阪市の地下鉄に乗車した…

結局、西宮と京都を訪ねたということになった…

西宮…少し惹かれていて、なかなか訪ねる機会を設けられなかった…今回は善かった!!

西宮は漁業が盛んであった他方、“灘”の一画を占めていて酒の醸造も盛んだった。“灘”は船で大消費地の江戸に酒を送り出して販売したことから、酒の醸造を手掛ける他の地域以上に酒造業が発展したのだが、「主に酒の樽を積む」というように“専業化”した<樽廻船>というモノまで現れた。西宮はこうした船が動く「海運の街」ということにもなって行った…

酒造関係の色々な場所が在る西宮だか、他に“幕末史”の貴重な史跡も在る…砲台跡だ…

幕末期、幕府は「外国船の脅威に備える」として各地に大砲を据える陣地を造営したのだが、西宮にも1863年から1866年に掛けての工事で砲台が築かれた。この砲台…何やら「幕末の“トーチカ”」とでも呼びたくなるような、なかなかに凄い代物だった…ただ…辺りの壁や建物、樹木等の関係で、大きい割には遠くから「あれだ!?」とは見え悪かった…千本以上と伝えられる杭が地面に打ち込まれ、その上に石を積み上げ、漆喰で綺麗に壁面を整えたというモノで、11の砲眼と1つの窓が設けられているという…仰々しいモノだが、結果的に実戦に使用された経過は無かった…

こういう史跡を訪ねて興味深く視た他…定休日だったので建物外観を一寸視た<白鹿>、起こりは<白鹿>の分家だったという<白鷹>と酒造関係の資料館も興味深く拝見出来た。当然…<白鷹>では、カップ酒を求めて確り頂いた…

そして阪神から阪急への乗換で辿り着いた京都…ここは天龍寺の庭園見学を含めた嵐山散策と、祇園界隈を散策することを目的としたが…とにかくも凄まじい人出に閉口…多少の雨も交じり始め、何やら「大阪へ引揚げ!!」ということにしたのだった…

何時も“前夜”に「ここからこう行って…あそこと、そこに寄って…それから…」と思案をして翌日に行動する場合も多いのだが…「早朝に突然に気が変わる」も非常に多い…実は…今日もそうだった…

<阪急阪神1Dayパス>という、「寧ろ“阪急の”とか“阪神の”1日乗車券として扱われる?」と見受けられるようなモノを手にして、何やら両方に跨って動き回ってしまった…こういう変なことを仕出かすのが好きだ…

或いは「急に気が変わる」ことが在るにしても、色々と訪ねる場所を思案するのは愉しい…

※ 写真が夥しい量になって来ている…何れ整理したい…

運行日誌:2016.11.28-29:連泊…

例によって早めに休み…早めに起きて、また暗い間から動き始めることも出来そうな感じな朝だったが…何となく宿でゆったりしている…“帰国”までの“仮の自宅”のように利用することにしたのは、大坂難波駅から一駅の桜川駅に程近い―地下から上がる出口の一つから看板が見える…―宿だ。旭川で利用した経過が在る宿のチェーンなので「安価で居心地も悪くない」と少し期待したが、期待に外れず、満足している…

昨日は通天閣に近い宿を朝5時台に発ってから京都へ向かい、京都から大阪へ引揚げて宿に入った…

大阪に至った昨日、阪急の梅田駅で<スルッとKANSAI>を求めた。有効期間の間、ネットワーク加盟の関西私鉄各社の列車に乗り放題という大変に有難いモノだ。が…今般のシーズンの発売で、現行方式は終了となるようだ…やや懐かしい“テレホンカード”のようなモノを改札口の機器に通して利用する方式だが…聞けばこういう方式が廃止されて行く場合も在るようで、そんなこんなでこれの発売が見合わせになってしまったというように聞いたが…

その<スルッとKANSAI>の“第1日”は以下のように利用した…

動物園前 >> 天神橋筋6丁目 >> 淡路 (大阪市地下鉄・阪急)(直通)
淡路 >> 烏丸 (阪急)
四条 >> 烏丸御池(乗換) >> 蹴上 (京都市地下鉄)
蹴上 >> 烏丸御池(乗換) >> 京都 (京都市地下鉄)
京都 >> 丹波橋 (近鉄)
丹波橋 >> 北浜 (京阪)
北浜 >> 日本橋 (大阪市地下鉄)
日本橋 >> 桜川 (近鉄・阪神)(直通)

結局、「かなり身軽」なつもりでも、旅の荷物一切を持って動いた訳で、多少の居心地の悪さは否めなかった…それでも相当に歩いた…“願い”が通じて雨は降らず、ずぶ濡れの私を見かねて<Hooters Osaka>の店員さんが下さった小ぶりな傘が文字通りに「無用の長物」だった…好かった…

早朝、「7時半に開く」ということであった<無鄰菴>を訪ねた…

<無鄰菴>は、かの山県有朋の別荘である。或いは「関西方面に出る場合の別宅」という感じなのかもしれない。

<無鄰菴>の建物は“普通”な範疇で、自身が過ごしたであろう和風の小ぶりな家と、来客対応に用いたらしい小さな洋館が在るばかりだ。或いは、大変な権勢を誇ったという大政治家の邸宅という想いで視ると「拍子抜け」かもしれない…

山県有朋は、家を手に入れると作庭に凝ったという。著名な造園家と綿密に打ち合わせて、自身もアイディアを出したり、作庭現場を視に足を運ぶなどもしたらしく、それは熱心だったという。<無鄰菴>は、山県有朋が京都で過ごした時に寛いだり、来客を迎えた場面で散策した然程広くもない庭だが、なかなかに好い。1941年に京都市がここの寄贈を受けていて、現在も管理して公開している。実務は造園業を営む会社が手掛けているようだ…狭い庭を広く見せようと、手前の建物側に高めの樹木を配し、奥側には低目の樹木として「遠近法で広く見せる」というような工夫も在るらしい。そうしたことを見抜いて、丁寧にメンテナンスされた庭…美しい!!苔むした緑の地面、池や小川、色付いた木々が「小粋な合奏曲」のようだ!

<無鄰菴>の建物は、大政治家の邸宅と思えば「拍子抜け」な他方、大政治家の別荘ならではの「歴史的決断」の舞台でもあった…

1903年の4月21日と伝えられるのだが…元老であった山県有朋と伊藤博文、首相の桂太郎、外相の小村寿太郎が<無鄰菴>の洋館、2階の部屋に集まった…2時間程度の会合だったと伝えられるが…ここで「日露開戦も止む無し…」と話し合われたのだという…その部屋が公開されていた!!

こういう「なかなかに凄いじゃないか!」に触れた後、近くの南禅寺辺りを歩き回った。「観光地!!」である…人も多くなっていた…平日の朝だが…

あの南禅寺辺り…明治時代の琵琶湖疎水に縁が深い地域である。記念館が在るのを視掛けたが、残念ながら月曜日は休館だった…

そして京都駅辺りに移動し、梅小路公園に向かった。

梅小路公園では、時々紹介されている<市電カフェ>―旧い京都の路面電車の車輛をカフェにしてしまったもの…―に立寄り、日本酒を醸す伏見の会社が造ったというビールを頂いて休んだ…

“梅小路”と言えば…「蒸気機関車!!」である…今年の春にオープンの<京都鉄道博物館>を訪ねて、蒸気機関車を始め、気に入っている車輛等を眺めて楽しんだ…

<京都鉄道博物館>に関しては、何れ詳しく整理したいが…平日であるのになかなかに賑わっていた。小さな子どもを連れた家族連れが多い…そして館内各所は…「子どもの写真の撮影スタジオ」という様相だ…

更にそこから西本願寺へ歩いた…西本願寺では「空が黄色?!」と思える程度に、巨大な銀杏の木の葉が色付いていて見事だった…

とにかくも写真は沢山撮った…SDカードは予備を出し、カメラのバッテリーも大坂へ引揚げようという辺りで切れた…宿でバッテリーを真っ先に充電したことは言を俟たない…

カメラのバッテリーも、私自身の身体も充電が済んだ…今日からは身軽に動き回ることが叶う…軽い足取りで、何処へ向かうか思案中だ…

京都:(西)本願寺の銀杏(イチョウ)(2016.11.28)

5時台に大阪から移動して京都に足を踏み入れ、早朝7時半から開けるという<無鄰菴>に朝一番で寄り、<南禅寺>に立寄ってから<京都鉄道博物館>を訪ね、気に入っている蒸気機関車等を眺めて満足し、京都の街を歩き始めた。そして思い出したのは本願寺の銀杏だ…

↓昨年10月末、「一体、何の木だ?!」と思いながら、本願寺で巨大な銀杏を視たことを想い出した…
>>京都:(西)本願寺(2015.10.30)

木々が色付いたり、葉が落ち始めている今の時季、「あの巨大な銀杏は…」と気になったのだ…

↓これを一瞥した時…「空が…黄色に?!」とさえ思った…巨大な木を包む葉が、悉く色付いている…
Hongan-ji Temple (West od Ryukoku) at Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (1)
↑更に辺りの地面にも黄色を撒き散らしている…

↓「地を這うような枝」の巨木は、こういう具合になっていた…
Hongan-ji Temple (West od Ryukoku) at Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (10)

↓背後の大きな建物の屋根と、輝くように黄色になった銀杏の葉の対比が素晴らしい…
Hongan-ji Temple (West od Ryukoku) at Kyoto on NOV 28, 2016 vol01 (11)

前日の雨を踏まえて「雨さえ降らねば好い…」という程度に思っていたのだが…光の感じも好く、何やら素晴らしい光景に出くわした…

小倉城:少し風が冷たかった早朝(2016.11.25)

小倉の宿で夜を明かし、早朝に散策をした…前日の晴天故に"朝焼け”を少し期待したが…やや雲は多かった…

↓水面に城の建物が映り込む様子が好い…
Kokura Castle on NOV 25, 2016 vol01 (4)

↓雲が多めな他方で、明るめな部分も目立つような感じであることが、水面を見ていて分る…不思議だ…
Kokura Castle on NOV 25, 2016 vol01 (2)

↓静かな晩秋の朝という風情が好かったが…多少手が冷たくもなって来た…
Kokura Castle on NOV 25, 2016 vol02 (1)

小倉城:雨が交り始めた夕暮れ(2016.11.26)

九州北部に至り、幾分の「思い出深い」感じな場所が増えたが…今般は小倉城の天守閣を随分と眺めて写真を撮っていた…

九州を離れる場面では、小倉駅からのバスで乗場に向かって神戸行のフェリー(夜行)に乗船する運びであったことから、夕刻を小倉城周辺で過ごした…

↓暗くなる頃…建物に灯りが当てられるのだが…何やら雨が交って来たのが、水面を見ると画でも何となく分る…
Kokura Castle in evening on NOV 26, 2016 (1)

こういう風になると…三脚にカメラを載せて、その辺に置くということがやり悪くなってしまう…そこで、「絞り優先AE ISOオート」とし、辺りの標柱や柵の上にカメラを「半ば置くように、慎重に手持ち」ということをしてみたのである…

↓刻々とナイトブルーが濃くなり、灯りが目立つようになる…
Kokura Castle in evening on NOV 26, 2016 (10)

↓ナイトブルーを帯びた水面に、灯りに照らされた天守閣が揺らめく…
Kokura Castle in evening on NOV 26, 2016 (8)

↓「また会おう…」という雰囲気…
Kokura Castle in evening on NOV 26, 2016 (14)

こういう写真を撮っていて、時計を見て駅の方向に足早に去り、食事を慌ただしく摂ってバスに乗車し、ターミナルで手続きして乗船した…そして船室で…出来た写真を見て「思った以上に綺麗に撮れた…」と少し喜んでいた…

運行日誌:2016.11.26-27:<やまと>と共に…

大阪の梅田…何度も利用している“休憩所”に入った…雨模様だ…

船上で夜明かし…何時以来になるか?記憶が確かなら、2008年に八戸・苫小牧のフェリーに乗船した時は「オーバーナイト」だったが…他には最近の例は思い浮かばない…

11月25日、辿り着いた九州から関西へ折り返す段取りを想った時…思い浮かんだのは「週末の宿泊の難しさ」であった。「取れない…高い!」が蔓延しているのだ…25日の金曜日に関しては、何とか取れるかもしれないと考えた。(実際に取った…)場合によっては何処かの“休憩所”(ネットカフェ)も「在り」と考えた。が…26日の土曜日は、何処へ行っても大変そうに思えた…

今般、山陽路を列車で気侭に進んで九州に至った。山陽路で存外に時間を要し、九州は「奥へ進む」が叶わなかった…他方、通って来た山陽路にも「“積み残し”…」という想いが在った…「来た道をそのまま引き返しながら、何処かに更に寄りながら、日曜日に大阪に至る?」とも考えていた…

実際…「神戸市内⇒福岡市内」の乗車券で動いたが、今度は「福岡市内⇒神戸市内」の乗車券を入手しようと、11月25日に宗像大社を訪ねようとしていた辺りには考えていた。が…東郷駅から博多駅の車中で「気が変わった」のだ…

11月25日は九州に残り、11月26日に船で関西へ向かう…それであれば、「26日の土曜日の宿泊?」は心配無用…私が好んで用いる宿よりも高いが、何処かで1泊するような感じの価格で、九州から関西の交通費も込みということになる。博多周辺の様子が車窓に流れる中、「これだ!!早速に博多駅で…」とそわそわして来た…

博多駅構内には、昨年利用した経過の在る旅行代理店が…思い出してそこを訪ねた…係の方には、若い女性が多いが…目が合って話したのは、営業所の幹部と見受けられる、「少なくとも私より年上?」に見受けられた男性社員だった。ベテランの方に尋ねるのは、少し心強い…

旅行代理店で切り出したのは…「北九州から神戸や大阪のフェリーに明日の夜に乗船したい」ということだった…乗船券を手配するには500円少々の手数料も要するということだが、その程度は差し支えない…

そして決めたのは、新門司・神戸の航路…<阪九フェリー>の利用だった…

手配に際し…完全に一人で使える個室が在って、「洗面台もテレビも無い」と旅行代理店の方は何度も仰る…私は「少し広めな場所に、列車の寝台車的設えで、正しく北海道方言で言う“あづましい”(居心地が好い)状態で、静かに過ごして朝に到着」を思い描いていたので、「何ら問題無い!テレビ?真夜中には視ないし、洋上で巧く映らないかもしれないじゃないか…」と応じた。口にはしなかったが、私は自宅アパートにテレビを置いていない…だから「テレビも無い」と言われて「だから?」なのだ。巷には、テレビのようなモノが在ると「とりあえず点いていなければ落ち着かない」ように見受けられる人も在るように思えるが…私にはよく理解出来ない…

そしてそのまま手配をして頂き、料金を支払ってフェリー乗場への送迎バスのことを確かめた。小倉駅の、私が気に入っている“メーテル”がベンチに居る側、新幹線口または北口から出て、階段を下りた辺りで乗車するようになっている。「週末なので、多少混みあう場合も在るかもしれません」とは旅行会社の方の言だ…

ゆっくりとした一日を過ごし、「名残!!」と小倉城の夕景も愉しみ、小倉駅傍の店で焼肉定食を掻き込んで、指定のバス乗り場へ…何やらとんでもなく人が多い…「何だ?!」と思った…

聞けば、団体旅行の人達が在って、彼らが集合していたのだという。添乗員氏が何やら仕切って居た…そして送迎バスは「3台が順次来ます!!」という話し―添乗員氏が居合わせた群衆に向かって言っていた…―だった。一瞬、「これは“バス1台”から完全に溢れる人数だ…どうする?どうなる?」と思ったが、問題は無かった…そして最初に現れたバスに紛れ込んだ…

夕刻に小倉城を眺めていた辺りから小雨が交り始めたのだったが、新門司へバスで向かう中で雨は多少強まった…ターミナルは存外に遠かった…バスで30分弱を要した…

暗く、雨なので、ターミナルの建物の外観はやや判り難かったが、何やら奈良の平城宮址に再現された宮殿を想起させるようなな感じのデザインだった…1階が券を求めたり乗船受付を行う場所で、4階が待合室と乗船口だ…2階と3階は、フェリー会社等で何やら使っていると見受けられた…

「4階から乗船」ということで…船は大きい!1階に居た時に一寸様子を伺ったが…雨の中でトレーラーをどんどん車輛甲板に搬入していた…九州・関西の物流を、更に関西から先も含めた色々なモノの動きを支える航路なのだろう…

何気なく視ていて、フェリーの船名が見えた。<やまと>…漫画『沈黙の艦隊』に登場した潜水艦の艦名と同じ…笑ってしまったが…<阪九フェリー>では、九州北部や関西の旧国名を船に付けている様子で、<やまと>は奈良県の大和国に因む命名なのだろう…<大和>と言えば、福岡へ向かう途中に通過した呉で建造された旧海軍の戦艦の名であったが…

乗船して船内のカウンターで受け付ける…一寸した宿の部屋のような鍵が渡され、キーホルダーの番号の場所へ向かった…そして少し驚いた…ベッドとテーブルとして利用出来る場所が在る「本当の個室」だった…「寝台列車のような設えで、自身がゆっくり出来るスペースがとりあえず確保」―確か、八戸・苫小牧の航路でそういう場所を利用した…―を思い描いていたので、嬉しい誤算だ…

誰憚ることなく過ごすことが叶う…誰かに煩わされる必要に無く、誰かを煩わせてしまう危惧も無用…実に好い!!船内には、最近の大きな商業施設に見受けられるような“喫煙コーナー”や、何となく座って過ごすパブリックスペースも在る。売店やレストランや、色々なサービスも在るようだ…私は売店で、フェリーのロゴが入ったトートバッグを求めてしまったが…

随時、甲板で戸外の様子も伺っていた…雨が続いた…そして明石海峡大橋が近付く辺りで明るくなって来た…巨大な橋が、雨や雲に煙っていて、その傍を<やまと>が通り抜け、あの巨大な橋の下も潜った…

このフェリー<やまと>の旅…好かった!!個室で快眠、ゆったりで、船内を適当に動いて、「宿泊と同時に移動」である…朝は船内レストランでカレーライス(大盛)を頂いて、神戸上陸後に備えた…

その後…運賃230円のバスで阪急御影駅に向かい、隣の岡本駅で特急に乗り換えて梅田駅に着いた次第だ…雨なので、先ずは休む…