淀屋橋駅(2016.04.06)

4月頃の写真をさり気なく視ていたのだったが…

↓地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅の様子…何か妙に懐かしいような感じがして、見入ってしまった…この駅には、少し高くなっていて、ホーム全般と発着する電車を鳥瞰出来る場所が在る…“昔風”なようで居て、やや“近未来風”な感じがして、視ると何となく愉しくなる…
Yodoyabashi Station on APR 06, 2016 (4)
↑1930年代の開業当初から、広い空間の駅を建設し、現在のように10輛編成の電車を運行するような状況でも、最低限の改修で済んでいたのだという…

時々、少し時間が経った写真を視ていて、「存外に好い!!」が埋まっていることに何となく気付くことが在る。こういうのも悪くない…

フォトブック <KANSAI DAYS in APR 2016> 完成!!(2016.06.19)

気に入った写真のデータを送り込み、本の体裁に編集して、独自の写真アルバムを…という“フォトブック”は何度も作っている。主に、何処かを訪ねた経過の写真を使用する場合が多いのだが…

“フォトブック”そのものは、私にとって珍しい訳でもないが、今般は「初めて」を試みた…

↓こういうモノが完成した!!
on JUN 19, 2016 (5)
↑この画はカラー写真なのだが…何か不思議な感じに仕上がった…

題して <KANSAI DAYS in APR 2016> という…4月に関西方面に出た際の写真で作ったが…全てモノクロ写真だ!!

既に<櫻華 平成28年4月>と題した、「桜の花が入っている画ばかり」を選んだ、カラーのHDR画の“フォトブック”を作った。そちらの方は、過去の例に倣って正方形のフォーマットだったが…今般は長方形のフォーマットにしてみた。(以前に利用したサービスで、確か正方形のフォーマットばかりだった…今般利用したサービスでは長方形のフォーマットが在ったのだ…)

1 全てモノクロ写真、2 長方形のフォーマット、という二つの「初めて」を試みたという意味で、本作は記憶に残るモノとなることであろう。

フォトブック 『櫻華 平成28年4月』 完成 (2016.05.31)

↓こういうモノが届いた!!
my new photobook on MAY 31, 2016
↑去る5月21日に発注してあった“フォトブック”だ。

“フォトブック”というのは、幾つかサービスが在るのだが、写真データを送り込んで、編集してアルバムか写真集のような体裁に纏めるという代物だ。私自身は「調子に乗った“写真集”」と称することも在るのだが…多数在る写真データから気に入ったモノを選び出し、例えば「○○の旅の記録」という程度の一冊に纏めて持っていると、意外に好いものだ。既に何度もこういうモノを作成している。

今般…『櫻華 平成28年4月』―「さくらはな」または「おうか」と読ませたい…敢えて古めかしい感じの文字を選んだ…古い建物、少し古風な街並みと桜の組み合わせという画が多いことから思い付いた…―と題し、去る4月上旬の関西訪問に際して撮影した夥しい数の画から、「桜の画」だけ(!)に注目し、表紙の分を含めて25点を厳選し、一冊に纏めてみたのだ…

パソコンの画面では何度も何度も視ている、大変に気に入った画を選んだのだが、「紙に刷る」と画は非常に強い存在感を示してくれるものだ…殊にHDR画の、建物の感じ等は「視て、写真に収めた時の“心動いた何か”」が紙面に甦ってくれるようで、非常に気に入っている…

関西で桜を随分視て、「数年分を纏めて観たかもしれない…」と思ったものだが、この『櫻華 平成28年4月』も、暫くの間は何度でも見返して桜を懐かしむことになってしまいそうだ…

(↓今般利用したのはこちら…)
FUJIFILMMALL(フジフイルムモール)

阪急・桂駅のホーム(2016.04.06)

嵐山を訪ね、京都市内に引揚げようとした時、「阪急嵐山→桂→河原町」という具合に動いた。

好天に恵まれ、平日ながらも存外な人出に驚いていた…

↓乗換の桂駅である…
Katsura Station on APR 06, 2016 (2)
↑阪急の電車…新旧の幾つもの形式の車輛が走っているが、各形式とも“マルーン”という独特な色を基調とする外観に統一されている…

何度か利用している阪急だが、その都度に「車輛の美しさ」、「統一された塗色が醸し出す雰囲気」に魅せられる…

↓河原町駅へ向かう列車が現れ、これに乗車した…
Katsura Station on APR 06, 2016 (3)
↑これも上の画とは少し違う形式の車輛だが、塗色のイメージは統一されている…

嵐電・嵐山:“京紫”色の電車(2016.04.06)

京都では、嘗ては併用軌道(路面電車)が随分在ったと聞くが…現在では嵐電の一部が併用軌道になっているだけだ…

↓その嵐電の電車が、起点・終点になっている嵐山に着いたところ…
'RANDEN' tram at Arashiyama Station on APR 06, 2016 (1)

この日、嵐電は嵐山へ向かう人で混み合っていて、2輛を連結して走っていた。通常、運賃や切符等の処理は運転士が扱うワンマン運行なのだが…この日、嵐山では係員が下車した辺りに待機していて、そこで運賃や切符等を扱うようにしていた。「繁忙日の対応」ということだと思う…

↓折り返しの運転まで、暫し車輛はその場で待機している…
'RANDEN' tram at Arashiyama Station on APR 06, 2016 (4)
↑嵐電で、少し前から積極的に採用しているように見えるこの塗色…“京紫”と名付けられている…

この“京紫”の電車がゆったりと走る様…時々、妙に懐かしくなって思い出してしまう…

京都:平安神宮(2016.04.06)

京都の祇園辺りを歩き回って一息入れた後…何となく思い出したのは平安神宮だった…

何時の間にか随分と以前になってしまっているが、思い立って関西方面を訪ねた際、平安神宮に立寄ったことが在った。あの時は京都市内に泊って、往路はタクシーを利用したような、曖昧な記憶が残っている…

今般は…京阪電車の神宮丸太町駅から歩いてみた…

↓神宮丸太町駅は“地下”の区間だが、改札を出た辺りにこういう美しい壁画が飾られている。
Jingu-Marutamachi Station on APR 06, 2016 (1)
↑正しく平安神宮の画である。

駅構内の案内図を視て「この出口から、これの方角…」というように考えたが、存外に距離は在りそうだった…

好天の中であったので、ゆったりと歩き始めた…やや曖昧になっている記憶に残る平安神宮は…何か「酷く大きい、朱塗りの建物」というもので、少し位距離が遠めでも「あっ!あれ!」と見えて来るようなイメージだったが…なかなか見えない…

結局のところ…参拝者・見学者が出入りするような、大きく建物が見える辺りというのは、方角が限定されていることに気付く羽目になった…「この方向…」と見当を付けて動くだけでは、建物が見える入口を見失ってしまう…京都の街の中では、有名な場所を示す案内表示は、他地域と比べて相対的に判り易い方だと思うのだが、そういう表示を頼りにしながら、多少回り込むような具合にして平安神宮に至った…

↓「これだ!」という具合…平安神宮の入口の辺りだ…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (1)
↑かなり広い感じの場所だが、随分と大勢の人が出ていた…

↓有名な神社には“御神酒”ということであろうが、地元の酒造業界が奉納した菰樽が積み上げられている様子が見られる…流石に京都!ここでは伏見の業界による奉納だ…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (2)

↓拝殿の脇に“左近の桜”が在るが、何か花の盛りを過ぎてしまったように見えた…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (11)

↓古の平安の都の建物をイメージしている、独特な形状や色彩が、この日の蒼い空に映える感じだった…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (9)

↓こういう雰囲気!!何か「好いなぁ…」と思う…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (7)

↓境内で見掛けた中、かなり気に入った桜…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (6)

↓何となく雰囲気が好いので、立ち去る際に名残を惜しみながら、何度も振り返ったが、そうやって観た「塀の辺りに桜」という感じが好かった…
Heian-Jingu Shrine on APR 06, 2016 (20)

平安神宮は時代を下って、明治時代に整備された場所で、敷地は広大であり、何か「古風な装いを纏った、近代的な公園」という雰囲気も漂う場所だと思う。或いは、京都という場所は、古くからの様々なモノが多層的に積み重ねられて、現代の都市としても活きている場所で、平安神宮はそういう意味で「京都の街らしい」と言えるかもしれない。

大阪城公園(2016.04.03)

<青春18きっぷ>を手に札幌駅から新千歳空港駅に向かい、神戸空港へ飛んだ後に三ノ宮駅に至り、<青春18きっぷ>をそのまま使って大阪方面へ移動した。新今宮駅近くの宿に至ってモノを置き、また<青春18きっぷ>を手に大阪市内等を巡ってみることにした…

↓大阪環状線の列車に乗り、大阪城公園駅に至った…
Osakajokoen Station on APR 03, 2016 (1)

↓大阪環状線では、何か「酷く懐かしい…」感じがする車輛による列車が運行中だった…
Osakajokoen Station on APR 03, 2016 (2)
↑何時の間にか「かなり昔…」となってしまった、東京で過ごした学生時代に新宿駅等で視掛けた型の車輛だと思う…東京辺りでは、随分以前から既に視掛けなくなってしまっている型だ…

JR西日本のエリアでは、1990年代以降、更に比較的近年に登場している車輛の他、「懐かしい…」感じの国鉄時代に初登場している車輛も存外に多く視掛ける…車輛の内装は、何処かの時点で改装した様子も伺えるのだが…外見は「懐かしい…」感じ、または改めて塗装したユニークな色になっている…この大阪環状線のオレンジの車輛は、何か酷く「懐かしい」感じがした…

大阪城公園駅から少し進めば…正しく公園の領域に直ぐに至る…

大阪城…古くは“大坂城”だった訳だ…かの豊臣秀吉が築き、「大坂夏の陣」で落城して破却され、徳川幕府が城を新たに築き直した。徳川幕府の時代、“大阪城”には天守閣が設けられたそうだが、落雷に起因する出火というようなことで建物が損なわれてしまい、江戸時代を通じて「天守閣が無かった時期」の方が長いらしい…幕末期、「鳥羽伏見の戦い」というような出来事の辺りで、幕府方の将士が大坂城に集結し、総大将だった徳川慶喜が密かに脱出してしまって混乱し、散り散りに彼らが大坂を離れて行った経過というものが在ったが…そんな時代には、城代や関係者がが政務を行う役所として機能していた建物や、賓客が滞在するような場所や、有事に集まった将士が詰める場所等は在ったであろうが、今日も址が視られる石垣に囲われた「巨大な陣地」で、目立って背が高い建物は無かった様子だ…そして明治期に“大坂”の“坂”は「士が反する」に通じる文字で縁起が悪いと“大阪”に改められた。大阪となって、西日本最大級の都市として発展した中、「大阪の城に街のシンボルとして天守閣を!!」ということになり、昭和天皇の即位を記念して各地で行われた記念建設事業の一環に取り上げられ、現在の天守閣が出来たのだ…

↓公園の中を進むと、程無く遠くに大きな天守閣が見える。
Osaka Castle area on APR 03, 2016 vol03 (4)
↑そして、公園の域内も方々に桜が見事に咲き誇っていて、方々で「花見」に興じる大勢の人達が集まっていた…

↓天守閣は、各地の城郭建築を参考にし、古い屏風絵等も視て、「豊臣時代に少し寄ったイメージ」でデザインされているらしい…
Osaka Castle area on APR 03, 2016 vol03 (2)
↑豊臣時代風な、黒地に金で唐獅子を描いたような壁が設けられているが…聞けば、豊臣政権辺りの時代まで、城の建築では「黒い壁」が主流で、「白い壁」は徳川時代以降に一般化したらしい。そういう意味で…大阪城の感じは、寧ろ徳川時代風なのかもしれない…

↓公園ということになっている城の敷地の各所に桜が溢れているような感じ…大阪に入った日に、実に豪華な光景に触れることが出来た感だ…
Osaka Castle area on APR 03, 2016 vol03 (16)

↓公園の端の方へ行けば…こういうような様子が見受けられる…
Osaka Castle area on APR 03, 2016 vol01 (11)
↑殊に秀吉の時代等は、当時の“大坂城”は「周囲を圧する大きな建造物」であったに違いないのだが…現在となっては、城の周囲に「天守閣よりも背が高い」感じの、大きなビルが多数林立している様子が視られるようになった…

今般は…「桜!!」ということで大阪城公園の中を散策してみた…何度か辺りを通っているが、大坂城の周辺を歩いてみるというのも、少し気に入っている時間の過ごし方だ…

神戸・灘:菊正宗酒造記念館(2016.04.08)

関西滞在の中、伊丹で酒造業の歴史に纏わる場所を訪ねたことが契機となり、「神戸空港へ向かう道中で、“灘”に寄ってみよう!」という気持ちが高まった…

所謂“灘”というのは、現在の西宮市の海側から、神戸市の東寄りの海側に拡がっている、嘗ては「灘五郷」という具合に呼び習わされていたという地域だ…聞けば、伊丹辺りよりも、酒造が盛んになった時期は少し遅い様子だが、江戸時代を通じて「沿岸を行く船を利用した広域流通網」が発展して行く中、灘は「船に樽の酒を積み込み、大消費地の江戸に売る」というビジネスを発展させ、江戸時代の終わり頃には伊丹等の他地域よりも大きな売り上げを誇るようになって行ったのだという…

滞在していた宿で、何となく辺りの情報を視て…「大阪から阪神電車で神戸三宮方向へ進むと、神戸市内の東寄りに相当する“灘”を訪ね易そうだ…」ということに思い至り、それを実行した…

阪神電車で魚崎駅に至った後、六甲ライナーという、ポートライナーと同じ会社が運営する“新交通システム”或いは“AGT”に乗り込んで南魚崎駅に至った…同じような“AGT”だが、六甲ライナーはポートライナー以上にダイナミックに港湾用地の水路の上になっているような場所を進み、かなり高い位置に停車するようになっていて面白かった…

↓<菊正宗>の記念館に至った…
Sake maker 'KIKUMASAMUNE' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (2)
↑趣深い古い建物を活かした記念館だった…

<菊正宗>は万治2(1659)年に興った酒蔵を起源と考えている、概ね350年以上の伝統を誇る老舗ということになる。灘では“丹波杜氏”と呼ばれる職工集団が活躍して、酒造の様々なノウハウを開発、蓄積して来た歴史が在るが、<菊正宗>は「生酛造り」と呼ばれる、より生命力が強い酵母を活かす手法を大切にしているのだという…

↓記念館の入口…奥には、酒造の歴史を伝える展示コーナー、「生酛造り」を紹介するビデオを上映している場所、売店が在る…
Sake maker 'KIKUMASAMUNE' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (4)

↓伝統の看板や、往年の容器が陳列されていた…
Sake maker 'KIKUMASAMUNE' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (6)
↑こういう感じ…好きだ…

↓建物の周囲の庭も雰囲気が好い!!
Sake maker 'KIKUMASAMUNE' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (7)

実はこの<菊正宗>の記念館だが、かの阪神大震災で大きな被害を受けてしまい、建物を数年がかりで復元した経過が在るのだという…兵庫県の沿岸部では、そうした「震災と復興と」という経過を辿っている箇所に存外多く出くわす。壊れてしまっても、何とか受け継がれたモノを伝えようと尽力した関係者の皆さんには、本当に敬意を表したい…灘の酒造に纏わる歴史を伝える場所では、壊れてしまった建物の他方で、何とか残った古くから受け継がれた資料(史料)を大切に取り出して、復元した場所でまた展示している…<菊正宗>で視掛けたモノの中にも、そういうモノが交じっていると聞いた…

↓<菊正宗>の近所に、都市緑地が整備されていて、桜がなかなかに好い状態だった…
Nada area, Kobe on APR 08, 2016

<菊正宗>の傍の緑地を動き回ったのは昼食時辺りだったが…何か近くの小学校の複数の学年に及ぶと見受けられる児童の一団と、弁当箱や飲物が入った袋に敷物というようなモノを手分けして抱えた引率教員と見受けられる大人のグループが歩いているのを視掛けた…或いは、近所の小学校で「お花見ランチ」でもしようとしていたのかもしれない…

実を言えば、“有名銘柄”の<菊正宗>の酒は、これまで余り親しんでいなかったのだが…この記念館訪問を縁に、<菊正宗>に眼を向ける機会が増えたような気がする…

神戸:“ポートライナー”の軌道(2016.04.08)

“ポートライナー”というのは“通称”、“愛称”であって、正しくは「神戸新交通ポートアイランド線」と言うのだそうだ…

“ポートライナー”は、神戸の交通結節点となっている三宮から、神戸港内の人工島であるポートアイランドを、更にその少し先の人工島である神戸空港を結ぶ交通である。

今般、新千歳空港と神戸空港を往復したが、神戸空港に到着した際と、神戸空港から出発した際に、この“ポートライナー”を利用した。

「小ぶりな電車」という趣の車輛が専用軌道を行き交うのだが…利用の際に乗場に入ってみれば“フルスクリーン型”と呼ばれる、「完全に壁になっている」型のホーム扉が設置されていて、車輛の様子を写真に収めるということはし悪い…

↓そう思っていたのだが、何やら編成の最後尾、窓が大きく広がった辺りの座席に陣取ることが出来て、写真を撮り易い停車時等に一寸様子を撮影してみた。
'PortLiner' in Kobe area on APR 08, 2016 (1)

「電車の最後尾」で、こういう画のように軌道が見える?通常、電車の編成の後尾の部分、“行先”に辿り着いて折り返すと先頭になる部分には“乗務員室”が設けられているから、こういう画は撮影が出来ない…しかし、“ポートライナー”では出来るのだ…

↓ビルの谷間を縫うように、高低を変えながら、道路の上や港湾用地の上に設けられた専用軌道を、“ポートライナー”の車輛は進む…
'PortLiner' in Kobe area on APR 08, 2016 (2)

この“ポートライナー”は、「自動案内軌条式旅客輸送システム」と呼ばれるものだ。英語で“AGT”(Automated Guideway Transit)と言うそうだ。

「自動案内軌条式旅客輸送システム」というのは、専用軌道の上に“案内軌条”が据えられ、それに従ってゴムタイヤで走行する仕組みであるのだという。乗務員が原則的に乗務せずに車輛を動かす「全自動無人運転」ということも出来るシステムなのだという…

↓反対側へ向かっている編成と擦れ違った…
'PortLiner' in Kobe area on APR 08, 2016 (4)
↑軌道を視ると、車輪が載ると見受けられる箇所の間に、少し凸になったモノが並行している。恐らくこれが“案内軌条”なのであろう…

↓恐らく遠隔操作ということになっていて、常時誰かが視ているのであろうが…“無人”で車輛が動き回っているというのが、何か酷く不思議な気がする…
'PortLiner' in Kobe area on APR 08, 2016 (7)

“ポートライナー”は1981年に、この種のモノとしては日本で初めて運行を始めている。そして神戸空港が2006年にオープンすることになると、空港まで延伸している…

↓“ポートライナー”は、教育機関、研究機関、医療機関、オフィスビル等が設けられているポートアイランドを巡って空港へ至る路線で、何時も存外に乗客が多い感じがする。
'PortLiner' in Kobe area on APR 08, 2016 (6)
↑空港の発着が多い時間帯や、通勤・通学の利用が多い時間帯にはかなり混むらしい…

神戸空港・三宮は18分と案内されているが、何やら「SF映画の乗物のようだな…」と思いながら、軌道の周辺の様子を車窓に眺めていると、何時の間にか到着してしまう…なかなかに気に入ったモノの一つである…

神戸・灘:白鶴酒造資料館(2016.04.08)

大阪市内から神戸空港を目指すには幾つもの経路が考えられる。要は、神戸の交通結節点となっている三宮に至って、空港へ向かうポートライナーに乗れば善いのだが…三宮への経路が幾つか考えられる。

今般は阪神電車を利用した。「桜の通り抜け」を愉しんだ、造幣局に近い天満橋駅から京阪電車と地下鉄を乗り継いで梅田駅に至り、阪神電車に乗車した。西宮を経て神戸の三宮に至るのだが、その経路上に灘と呼び習わされる地区が在る。

灘…伝統的な酒造の盛んな地域ということになる。水が佳く、近在から米を調達し易く、出来た酒を各地へ運ぶ際に海運を利用し易かったということで、江戸時代に酒造業がどんどん盛んになったという経過を有する地域であるという…

灘には幾つか、酒造メーカーによる資料館等が見受けられる…その中から<菊正宗>と<白鶴>に立寄ってみた…

何れの資料館も愉しかったのだが…<白鶴>で観た景色が強く記憶に残る…

↓<白鶴>の、鶴が羽ばたく図案の大きな看板が高い位置に掲げられた、大きな工場、或いは本社ビルのようなモノが遠くから見え、敷地の入口に至ると画のような少し古い建物が眼に留まる…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (13)
↑大正時代から昭和40年代まで酒造に使用されていた蔵を転用した資料館である…

塀で囲われた敷地の入口に、警備員が常駐する詰所のようなモノも在る。眼に留めた古い建物が資料館らしいが、随意に入って差し支えないものか否か逡巡してしまった。すると警備員氏が現れて「どうぞ!御自由に見学なさってください」と促してくれたので、「ありがとうございます…」と敷地の中に進んでみた…

↓庭に桜が!!この「古い建物と桜」という感じが、実に美しい!
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (16)

↓入口には菰樽が積み上げられている…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (5)

<白鶴>は18世紀半ば、1743年に興った酒蔵をその祖と考えていて、270年もの伝統を有していることになる。この資料館では、そうした伝統を受継ぐ酒造りというものに関して、実際にそういう作業が行われた場でもあった場所を活かして判り易く紹介してくれる。

↓伝統的な用具を展示し、同時にそれらを使って作業をする人達の様子を再現した人形が設置されている…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (6)

↓威勢の良い掛け声が飛び交っていたであろう、2階にモノを揚げるような作業の様子も再現されている…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (7)

↓桶も、こうやってずらりと並んでみると、なかなかに見応えが在る…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (9)

↓菰樽を仕上げている様子まで再現されていた…
Sake maker 'HAKUTSURU' museum at Nada, Kobe on APR 08, 2016 (10)

この<白鶴>の資料館…酒造業の伝統を受継いで来た人達の汗や息遣いが感じられるような雰囲気も在り、なかなかに好い。そして、建物外観も見栄えがする。この日は、翌日に予定していたという催事準備で車輛が入っていたり、モノが置かれていて、建物の写真はやや撮り悪かったのだが…

当然ながら…阪神電車での移動で、運転するでもないので「試飲」(“限定”の<蔵酒>という、なかなかに好評であるというモノ…これが好かった!!)もさせて頂いた…

<白鶴>に至った際には、<菊正宗>の辺りからぐるりと辺りを少し長く歩いたが…実は<白鶴>は阪神電車の住吉駅から存外に近いことを、三宮へ移動しようと駅を目指した際に知った…是非、再訪してみたいと思いながら、住吉駅で電車を待っていた…

大阪:「桜の通り抜け」の造幣局とその周辺(2016.04.08)

「荒天で動き悪かった」という事情は在ったにせよ、大阪から神戸に向かってフライトを掴まえて北海道へ飛ぶ前日は、「ゆったりと休んだ」型になった。4月8日は、朝から動き始めて、何箇所かに道草して神戸の三宮駅に至って、ポートライナーで神戸空港を目指すという段取りになった…

大阪滞在中に掲示物等を多く見掛けたのが…「造幣局の“桜の通り抜け”」という催事の告知で在った。「4月8日10時開始」ということであった…

「桜の通り抜け」という言葉は何度も耳にしている…丁度、大阪を離れる日が開始日ということで、何やら縁も感じて、現場に向かってみた。

地下鉄を乗り継いで至った天満橋駅から辺りに出てみれば…催しで大勢が近隣に訪れることを見込んだ露店の準備が忙しそうな様子や、催事の入口辺りに集まる人達が大勢居た…

正直なところ…「年中静か…」な場所に暮らしていて、そこに馴れ切っている関係で、人が多い場所は「少々苦手…」という意識が在る訳だが…それでも「とりあえず観たい!!」と、造幣局の“桜の通り抜け”の入口辺りに集まっている人々の中に加わり…門が開けられた後、造幣局職員の愛好会と見受けられるグループの人が演奏する“ファンファーレ”に拍手喝采を贈り、「後ろの方に続いてゆっくりとお進み下さい…」と一生懸命に言っている警備陣の声を耳に中に入った…

↓何やら色々な種類の桜が敷地内に植えられている…
Sakura at Japan Mint, Osaka on APR 08. 2016 vol02 (1)

↓色々な種類の桜で、開花時期が多少ずれるのか、色々な状態の桜が見受けられた…
Sakura at Japan Mint, Osaka on APR 08. 2016 vol01 (7)

↓かなり花の色が濃い品種も見受けられた…
Sakura at Japan Mint, Osaka on APR 08. 2016 vol02 (4)

↓煉瓦造調の建物の壁を背景に視る桜…なかなかに好かった…
Sakura at Japan Mint, Osaka on APR 08. 2016 vol02 (3)

↓桜と建物とが組み合わさって見える感じが、個人的には好きだ…
Sakura at Japan Mint, Osaka on APR 08. 2016 vol02 (13)

造幣局…「硬貨の製造等を行う場所」ということになる。他に勲章も製造しているという…紙幣は別な場所で印刷されるモノで、造幣局は飽くまでも硬貨を製造するのである。造幣局は1871(明治3)年に大阪に開かれ、現在まで続いている。場所も現在の場所の辺りで変わっていないという。

この造幣局の場所は、大名の藤堂家が大坂屋敷を営んでいた場所なのだという。藤堂家では、屋敷の庭に様々な種類の桜を植えて大切にしていたのだそうだが、造幣局が藤堂家の屋敷跡に設けられた際、その桜の木々も引き継いだのだという。そして明治時代には、既に一般の見物人を迎えることも行っていたのだそうだ…

大阪は第2次大戦期の戦災も激しかった経過が在る場所で、造幣局もそうした被害を免れなかった。桜も被害を受けたが、戦後になって色々な種類の桜を改めて集めたのだそうだ。

こうした「この場所に様々な桜が在る経過」は、実は後から調べて知った訳だが…約560mと言われる敷地の道筋を、様々な花を観ながら進むのはなかなかに面白かった。敷地内をゆっくり進んで…30分余りを要した…

混雑することから、この敷地の路は“一方通行”としていた。着いた時とは反対の側に出た…

出てから、直ぐ傍の橋を渡り、大きく回り込んで天満橋駅辺りを目指すことにした…

↓造幣局の対岸の河川敷にも、桜が多く植えられていた…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (6)

↓花の向こうに、造幣局の建物が見えていた…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (9)

「桜の通り抜け」が、明治時代からの伝統を有する催事であったというのは後で知ったことだが、こういう「広く受け入れられている季節の催事」に出くわすのは、なかなかに好いと思う。他方…造幣局には誰でも見学出来る博物館も在るという。混雑する催事の期間は休館だったようだが、機会が在れば、そういう場所にも寄ってみたい…

何となく、好い経験が出来た…

京都:七条大橋(2016.04.06)

↓京阪電車の七条駅だ…
Shichijo Station on APR 06, 2016 (2)
↑「ホーム上に駅名の看板が見えない?」と辺りをキョロキョロと視ていると、自販機の上辺りの位置に在った…一寸面白いので写真に収めてしまった…

「七条」は「しちじょう」がとりあえず正しいようだが、少し前に読んだ本では、京都の人達の中には「ひちじょう」、更に「ひっちょう」と呼ぶ方も多いそうだ…初めてこの駅を知り、ここで下車してみたのは随分以前だが、その時は「ななじょう」だと思っていた…

この七条駅は、地下に設けられている。京阪電車はこの七条駅の少し手前から地下の軌道に入り、京都市内の起点・終点になっている出町柳駅までの各駅は、地下鉄の駅のようになっている…

↓七条駅で地上に出てみると、鴨川の端の辺りに出て、年季の入った橋が見える。
Shichijo area, Kyoto on APR 08, 2016 (3)
↑この橋が、鴨川に現在架っていて使われている橋としては「最も古い」モノということになるそうだ…

↓七条大橋は、5連の鉄筋コンクリートアーチ橋で全長82m、幅員18mに及ぶ…
Shichijo area, Kyoto on APR 08, 2016 (11)
↑1911(明治44)年着工で1913(大正2)年に竣工している…開通時に敷設された路面電車の軌道が1978(昭和53)年に廃止されたり、戦時中に金属製の欄干が木製のモノに取り替えられ、後年になって金属製のモノが復活というような変化は在るが、橋そのものは「100年超」の永い時を超え、この場所で鴨川や行き交う人や車輛を見詰め続けていることになる…

↓橋の辺りから、川の端に下りられる…
Shichijo area, Kyoto on APR 08, 2016 (6)
↑辺りは自転車で通り抜けたり、散策やジョギングが出来るような設えに整備されている…

この古いコンクリートの橋である七条大橋…勝手に親近感のようなものを抱くようになったのは…稚内港で「屋蓋式防波堤」と呼ばれ、現在は「北防波堤ドーム」と呼ばれている構造物を造る際、「コンクリート造アーチ橋梁」を建設する技術が参考にされた経過が在ると知ったからだ…今般、京都市内を動き回っていて「そう言えば七条大橋…」と思い、一寸寄道してみたのだった…

鴨川の水は、少し少なめな感じであった…その川面を渡り、川辺を吹き抜ける風は、寧ろ“春”で、冷たくキツい訳でも無かった…集まって「見事!」というような感じでも無かったが、辺りに桜が咲いている様子も見受けられた…

こういう場所から戻って、日が経つ程に関西方面の様子が懐かしくなるのだが…こういう「“観光名所”という程でもない…」ような場所の感じも懐かしい…

大和郡山城址の桜(2016.04.04)

“大和郡山”…時代モノのファンとしては「何となく聞く機会が在る地名」のような気がする…

戦国時代末期、大和国で力を持っていた筒井順慶が郡山を本拠地として、城下町も築いた。やがて豊臣秀吉政権の下、秀吉の弟で、陣営に在って様々な活躍をしていた豊臣秀長が大和と紀伊を知行地とし、郡山城を本拠地とした。本拠地と官位に因み、豊臣秀長は「大和大納言」とも呼ばれている…

こういう経過が在って、時代モノのファンとしては「何となく聞く機会が在る地名」となっている大和郡山である…江戸幕府の体制になって以降は、何家かの大名が郡山に入ったり、幕府直轄になっていたようだが、18世紀に柳沢家が入り、明治維新まで郡山城は柳沢家を主としていた…

明治時代以降、城は破却され、一部の遺構を残すのみとなり、広大な敷地の一部は公共施設等に利用されるという「よく在るパターン」になっていたようだ…が、1960年に県の史跡となり、1980年代に一部の建物の復元も為され、公園としても親しまれるようになっている…

↓多少、雲が多めで雨も混じるような中で郡山城址の辺りに至ったが、この時季は桜が見事だ!
Koriyama Castle, Nara pref. on APR 04, 2016 (8)
↑毎年4月上旬には<お城祭り>と銘打って、桜を愛でるようにしているようだ…

↓天守閣の建物が設けられていた天守台等、大きな石垣が「往時の栄華の片鱗」を現代に伝えてくれる感だが、その石垣の周囲に相当な数の桜が植えられている…
Koriyama Castle, Nara pref. on APR 04, 2016 (14)
↑桜そのものは、明治時代に入って、郡山に入った柳沢家を興した柳沢吉保―吉保は5代将軍綱吉の下で権勢を振るったと伝えられる人物で、時代劇『水戸黄門』シリーズでは“敵役”として随分な頻度で登場していた…18世紀に郡山城に入って、辺りを収めた柳沢家の初代ということになったのは、この吉保の子である吉里である…―を主祭神とする柳沢神社を城の敷地に開いたことを契機に植えられるようになったのだそうだ…柳沢神社は1870年代後半に興したそうだが、その時期からにしても140年程度は経ていることになる…

↓巨大な石垣の辺りに咲く桜も好いが…建物が再建されている辺りは、桜も少し見栄えが増すような気がした…
Koriyama Castle, Nara pref. on APR 04, 2016 (1)

↓豊臣秀長は「大和大納言様」と慕われたそうだが、今でも「大和郡山市の礎を築いた」と考えられているのであろう…再建された建物には、豊臣家が用いた桐紋が付けられていた…
Koriyama Castle, Nara pref. on APR 04, 2016 (20)

「大和大納言様」こと豊臣秀長…これまでに読んだことが在る時代モノの小説で、“悪役”的な描かれ方の作品に出くわした記憶は無い…概して“好人物”として描かれる…これまで読んだ中、強い印象を抱くのは、かの藤堂高虎を主役とする『虎の城』に登場した秀長である。仕える主人を何度か換えながらの人生を辿った高虎が、終に巡り合った「本気で敬愛出来る主人」という秀長だった。腕っぷし自慢の高虎の目線では、秀長は武勇に優れた武者でもなく物足りないが、秀長の凄さはそういう部分に在るのではない。秀吉陣営で“経済戦”というような側面、戦場で、または統治すべき地域で展開する土木・建築等を取り仕切り、家中の人間関係の要となっていて、諸大名との折衝の中心的な役目を担った人物で在り、高虎は秀長から多くを学びながら秀長を補佐し、最終的には秀長の筆頭家老のようになって行く。そういう様子を、この郡山城址を視て思い出していた…

この大和郡山城址…「聞いたことが在る地名」な割に、何となく何度か通過したことが在り、一寸寄ってみたいと思っていたのだが…そういう単純なことの他方、奈良県内で「桜が佳い場所」という話題になると、時々名前が挙がっているので、「この機会に是非!!」と立寄ったのだった…

↓こういうような雰囲気…非常に好い!!
Koriyama Castle, Nara pref. on APR 04, 2016 (29)

この日は、古市や富田林で雨の状態で、橿原神宮辺りで少し晴れ、その後も雨だったが、大和郡山では曇天だった…やがて奈良市内方面に至って少し風が強まり、ゆっくりと大阪市内方向へ引揚げたのだった…

“大和大納言様”の城…奈良県内では知られた桜の名所…大和郡山城址に立寄ることが出来て、何か非常に好かった!!

雨の富田林寺内町(2016.04.04)

関西滞在の期間中、「風雨が強いので、歩き回るのは控えよう…」と、宿泊先の近在でゆっくりしていた日が一日在ったが…大阪入りの翌日も多少雨が交っていた…しかし「動き回り悪い…」という程度でもなかったので、主に近鉄各線を利用して、大阪府南東部の河内から奈良県内に入って、また大阪の滞在先に引揚げるというようなことをしていた…

若干の雨交じりな中、「半袖Tシャツの上に、“雨避け”として裏地が打たれていない厚地デニムのジャケット」というような服装で動き回っていたが…考えてみれば、稚内では5月下旬位、或いは6月にでもならなければ「一寸…寒い…」感じの服装だ…しかし、4月上旬の関西では、そんな程度で好かった…雨ではなかった日は、ジャケットは止めて、長袖の普通のワークシャツ姿だった…

旅行の際、雨はやや困る…動き難く、敢えて動き回ると「辛い…」場合も発生する…この日も「大したことは無い…」と雨の中を動き回っていたが、次第に「濡れた」が累積し、昼頃には多少辛くなって来た面も否定出来ない…加えて、雨天では写真を撮り悪い…屋根の下などに入ってレンズを拭うような道具は「必携!」だ…

そんな感じでも、古市で誉田八幡宮を観た後、近鉄電車で富田林に至った…

↓富田林駅から少し進むと、こういうような雰囲気の古い町並みに出くわす…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (3)

富田林は「寺内町」と呼ばれていた経過が在る。「寺内町」というのは、寺院と半ば一体となって町が形成されていて、寺院を中心に住民等が纏まっていて、或る程度強い自治組織も形成されていて、時代が下ると近隣地域の商業の中心というような機能も負って行ったという存在だ。自身の経験の範囲で「寺内町」としては、奈良県内の今井町に立寄ったことが在った…

富田林…初めて立寄った。何やら市内に学校が幾つも在るようで、何種類かの制服姿の高校生と見受けられる若者達を多く見掛けたが、到着したのは通学や通勤で少し賑やかになり始めるような頃合だった…最初に富田林駅に着いてから出た出口が、寺内町とは逆側だったらしく、それに気付いて線路を渡る踏切を通り、何とか寺内町側に辿り着くことが叶った…寺内町が在るのは、大手銀行の支店等も見受けられる、より賑やかな側だった…

↓重厚な造りの住宅や、嘗ての店舗が多く残されている…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (4)

↓古い町並みが、雨に煙るような風情だった…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (8)

この種の古い町並みは、「人々が歩いて行き交う」というようなスケールで建設されている。故に歩き易いのだが…時には古い町並みの辺りに、かなり元気よく多量の車輛が行き交っている場合も全く無いではなく、そういう場所ではゆったり歩いていると「車輛に追い立てられる」ような具合になり、かなり気分が悪い場合も在る。しかし、ここはそういうこともなく、穏やかな感じで動き回ることが叶った…好きな感じだ!

↓なかなかに手が込んだ彫刻が軒に施されている…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (2)
↑瓦も、ディーテールに独自の紋様を施していて見事だ…

↓建物の敷地の中には桜が…一寸凝った感じに見える屋根の間から桜が覗いていた…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (1)

↓なかなかに雰囲気が好いが…「やや早過ぎ…」な時間帯、それに加えて雨が次第に強くなったので、駅の側に引揚げた…
Old Town at Tondabayashi on APR 04, 2016 (6)

↓結局、富田林駅傍で早朝から開いているドーナツ店を見付け、一息入れていた…
at Tondabayashi on APR 04, 2016 (1)

雨がやや強まった感だったのでドーナツ店で休み…辿り着いた場所で動くか否かは「その場の判断」ということにして、また列車を乗り継いで奈良県方面へ移動をした…

慌ただしい滞在となってしまったが、雨に煙る寺内町の雰囲気…好かった!機会が在れば、もう少し動き回り易い条件の下で再訪してみたい…

大阪:天満橋周辺の桜(2016.04.08)

関西方面から戻って以来、日々が過ぎて行くのが妙に早いような気がしている…この間「数年分の桜を纏めて観た…」という状態の中で撮った画を整理する等していたが、未だに作業が完遂した訳でもない…

↓北海道へ引揚げるフライトに搭乗する予定の朝、天満橋の辺りに向かった…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (20)
↑大阪に着いた日の夕刻にも至った辺りだが…桜は「盛りを過ぎた」感じであった…

↓桜に近い河川敷に足を運ぶと…花弁が既にかなり散っている…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (2)
↑それでも遠くから見て、未だ花が“雲”のように…凄まじい量の桜だ…

↓河川敷の遊歩道のようになっている箇所の足下…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (3)
↑桜の花弁が絨毯のように敷き詰められた状態となっていた箇所が見受けられた…

↓遠くに大阪城天守閣が見える場所も在る…
Around Japan Mint or Temmabashi area, Osaka on APR 08, 2016 (18)

この大阪の天満橋辺りの様子…「4月8日」である…「4月18日の稚内」の様子を想うと、大阪辺りは…遠い…しかし、だからこそ、また行ってみたいと思う…

神戸:北野の坂道を上がる(2016.04.08)

神戸空港からのフライトに搭乗する日、神戸の三宮に至った。搭乗の手続きをするような時間帯にはやや早く着き、神戸を少し歩こうとは思っていたのだが…立ち寄った灘の日本酒関係の資料館が愉しく、それ程潤沢に時間が在るでもない…

過去に神戸に立寄った経過では…海側の方向は少し歩いてみたが…山側を歩いてみたことは無かった…そこで辺りに在った案内図を視て、北野地区を目指してみることにした。

昨年10月にも海側に相当する博物館や市役所本庁舎が在る辺りを歩いて、三宮の阪神電車の乗場に至って、近鉄線直通で奈良に向かう列車に乗車したのだったが…高架になったJRや阪急の線路を挟んだ「逆方向」は、「緩やかな坂道」のようになっていて、遠くに山のようになっている様子が伺え、高めなビルも散見する感じだ…そちらの方角へ歩を進めた…

北野地区を目指すなら…三宮の駅辺りの緩やかな坂道を進むのでは、大回りになってしまうことを、途中で珈琲を求めたコンビニで一寸尋ねて知ったので、少し針路を変えて“北野坂”と呼ばれる辺りに至った。

“北野坂”というのは、やや急な坂道であった。が、何かの団体旅行客風なグループや、その他多くの歩行者が見受けられ、「この方角が北野…」と理解出来た…

↓坂道の脇が、段々状に整地され、建物が建てられているのであろう…
Kitano, Kobe on APR 08, 2016 (14)
↑瀟洒な建物が目立った…

↓有名なカフェチェーンが入居している建物…人の出入が殆ど途切れない感じだった…
Kitano, Kobe on APR 08, 2016 (10)
↑画で改めて視て、「存外に急な坂道」であることを強く実感した…

↓坂道を上がり切った感じの、広場のようになっている辺りに至ると、この<風見鶏の家>が目に留まる…
Kitano, Kobe on APR 08, 2016 (17)

↓広場に彫像が据えられている。
Kitano, Kobe on APR 08, 2016 (23)
↑恐らく旭川でも視掛けるモノと同一作者の作品なのだろう…“サキソフォン吹き”だ…多分、この神戸の北野に在るモノの方が古い、言わば“兄”であると思う…

↓辺りの花壇…既に綺麗に花が…
Kitano, Kobe on APR 08, 2016 (7)

結局、少し慌ただしく北野の坂道の辺りを歩き回った…三宮駅の方角へ向かいながら、「この辺りはもう少々ゆっくりと時間を設けて、何時かまた…」等と思っていたのだった…

旭川:<サキソフォン吹きと猫>(2016.04.08)

少し長かった旅の復路…

「旭川を朝6時に発つ普通列車」で稚内に引揚げることにした…

旭川に入るには「多少遅い時間帯になっても差し支えない」ということで、札幌駅辺りから都市間バスに乗車した…高速道路にバスが入り込んだ辺りで眠気が射し、気付いた時には高速道路の「旭川・鷹栖」という出口の辺りだった…速度は普通なのだろうが「早い」感じがした…

到着した旭川…「金曜日の夜11時前後」という具合だ…この日は、大阪の造幣局で「桜の通り抜け」を視て、周辺を歩き回り、神戸側に進んで灘の酒造メーカーの資料館2箇所に立寄り、三宮から北野方面へ歩き、神戸空港に入ってスカイマークのフライトで新千歳空港に飛び、札幌駅へ移動してバスだ…長い一日で、長い移動となった…が、近年は馴染んでいる旭川に着いてみると、何か安堵感のようなものが沸き起こる…

↓これに出会った…
Asahikawa on APR 08, 2016 (5)
↑「金曜日の夜11時前後」に似合うのは、どんな音だろうか?

何度も出くわしているこの像…何度でも写真を撮っている「お気に入り」である…

京都:木屋町の桜(2016.04.06)

4月5日に続いて、4月6日も好天に恵まれそうだと気象情報で知った時…「京都方面へ出よう」と思い立っていた…

滞在していた大阪の新今宮駅または動物園前駅の辺りから、京都市内を目指すとすれば幾つかルートが考えられた。<スルッとKANSAI>が利用可能なルートを検討し…大阪市地下鉄と阪急京都線を利用することにした…

「地下鉄や私鉄等複数の鉄道会社による列車の相互乗入直通運転」という形態は、大阪辺りでも存外に多く例が在る。動物園前駅を通る地下鉄路線の一つも、大阪北部方面へ延びる阪急の線路と繋がって、そういう方式の列車が運行されている。朝、そういうタイプの列車に乗って淡路駅に出ると、乗り換えて京都の河原町駅まで向かうことが出来る…

独特なマルーン色の塗装が施された阪急の電車は、大阪府の北部を抜けて京都府に入り、京都市の西寄りの辺りから地下になっている区間に潜り込んで河原町駅に至る…車窓から眺めた沿線は、次第に明るくなって光が強まる、爽やかな好天の朝という風情だったが、随所で桜が咲いている様子が視えた…

河原町駅と言えば…以前にJR京都駅傍の宿に陣取って、当時京都に在勤していた友人と会う機会が在った際、木屋町で地鶏を席に据えられたコンロで焼いて頂く店で一席設けた後に「ここで阪急の電車に乗って西に一寸、地下鉄で一寸南下すれば京都駅だから…」と、名残を惜しみながら別れた記憶が在る場所だ…辺りは「路上での喫煙は御遠慮下さい」の条例が適用されている地区になるのだが、河原町駅の祇園寄りな出口の辺りに“喫煙コーナー”が在ったことも思い出した…

河原町駅から京都市内に入ろうとしたのは…祇園白川円山公園というような、「桜が好い」と聞く辺りを歩き回る起点に好適と考えたからだ…記憶に在る出口も、その祇園の方向へ出るには便利だ…

↓その記憶していた出口から地上に出てみると、こういうような様子だった…
Kiyamachi, Kyoto in morning on APR 06, 2016 (14)
↑以前にこの場所に佇んだ記憶は間違いなく在るが…あれは盛夏である8月初めという時季だったので、イメージは大きく異なる…ハッキリ言えば、あの時は「普通に、葉が茂った街路樹が在る」という程度にしか思わず、敢えて写真を撮ろうというような気にもならなかった…加えて、日が傾いて薄暗くなった後の時間帯で、通行人も多かった…

未だ通勤や通学の人達や、街中を行き交う様々な人達が少ないような時間帯…何か「桜が待っていてくれた!!」というような気分になって、暫し桜を眺め入ってしまった…

↓少し廻り込むと、光の加減と枝の按配で、桜は少し表情を変える…
Kiyamachi, Kyoto in morning on APR 06, 2016 (6)

↓一部に住宅も在るのであろうが、主に飲食店や商店、幾つかの店舗が入居したような小型のビルが軒を連ねるように見える一画だが…道路脇の木は、悉く桜だった…
Kiyamachi, Kyoto in morning on APR 06, 2016 (1)

↓朝の光で眺める桜…非常に好い!!
Kiyamachi, Kyoto in morning on APR 06, 2016 (4)

関西滞在を通じて、「数年分纏めて…」という程度に桜を観た。京都に入った4月6日の一日だけでも相当な量の桜を観たが…考えてみると、この「河原町駅に着いて、地上に出た直後の木屋町」で視た桜は「初めて京都の地で、自身の眼で間近に観た桜」ということになる。普段からこの辺りを行き交っている人達にしてみれば、何でもないモノなのかもしれないが…私にとっては、何か「非常に大切なモノ」となってくれたような気がする…

この「木屋町の桜」…また何時か再会したい感じだ…

桜と姫路城(2016.04.05)

曇天の日に大阪入りし、翌日は若干の雨の中を動き回り、漸く晴れた朝を迎えた日…「<青春18きっぷ>を手にJRを利用して、“一寸離れた辺り”を目指そう」と思いながら、宿に最寄りの新今宮駅辺りに佇んでいた…

JRの“快速”やら“新快速”というような列車は、多分「昔の急行列車」のような感覚で主要駅に停車しながら、端から端まで乗ると運賃が2千円前後にもなりそうな区間を、「北海道の特急列車」と比肩出来るような時速100㎞超で運行していた筈だ…それに乗車してみることを愉しみながら、「一寸だけ遠出…」と大阪駅に向かって移動を開始した…

動き始めたのは“早朝”という雰囲気が色濃い時間帯で、とりあえず西へ向かい、西明石駅に至った…そこから、通勤や通学の皆さんで込み合い始めた列車を利用して姫路駅に至った…

「桜が似合う」とか、「辺りの桜が素晴らしい」と聞く姫路城を訪ねてみようと思い立った…

移動中の車窓から、方々で桜が好い状態であるのを視ながら姫路に至ったので、姫路城辺りに関しても「きっと好い状態であろう…」と多少期待はした…姫路城そのものは、少し長く続いた大天守閣の修理が終わって、2015年春から観られるようになったとの報を受け、2015年10月に立ち寄った経過が在る。そんな訳で「桜が咲いた時季の雰囲気」を楽しめれば好いと思って訪ねた…

↓「石垣の向こうに大天守閣の威容を望む」というような地点に至れば、既に「桜の向こうに大天守閣の威容」という按配になっている…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol02 (2)

↓大きな大手門から敷地の中に進んで…言葉を失った…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol03 (7)

10月に寄った際、「敷地内に木々が植えられ、何やら公園的に整備されていて…」と思いながら漫然と視ていたのだが…それらの木々の相当なパーセンテージのモノが「桜の木」であり、敷地の広い部分に「花色の雲」のように桜が咲き乱れていたのだ…自身のこれまでの人生で「視た記憶が無い…」程度の多量の桜だ…驚いた…

↓何か「桜の雲海に浮かぶ大天守閣」というような状態が、方々で視られて、凄く嬉しくなった…こういう状態を「自身の眼」で視られた!!何か「酷く幸運!!」と思った…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol (2)

↓敷地内は「桜が全く見えない場所」を探す方が難しいように思える程度に、方々に桜が溢れ返っていた…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol02 (7)
↑何やら…「凄い所に来てしまった…」と、とにかくも驚いた…

↓こういうような具合に、濠と桜が見えるような感じも、なかなかに好い…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol04 (6)

この時は…「平日の午前中」というような時間帯であった訳だが…「年中、朝から夜中まで静か…」な街から流れ着いた者の目線では“驚異的”と思える程度に、色々な人達が集まって来ていた…視た感じで直ぐに判る“外国人旅行者”という風な人達も多かった。如何にも「日本の城!」という感じの姫路城と、「日本の美!」という感じの“SAKURA”による「超豪華共演」が展開中の場所なのだ…恐らく…この日の、私も居合わせた時の姫路城では世界中の人達が夥しい枚数の写真を撮っていたことであろう…

↓「城の敷地に桜が植えられた」のか、「桜の園に城を建てた」のか、判らないような按配だった…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol03 (12)

聞き及ぶ範囲では…江戸時代辺りまで、城で樹木と言えば、何かの折に松明として利用することを考慮して松を植えるのがポピュラーだったといい、明治期以降に“公園化”される中で桜が植えられ、「地元の定番の花見スポット」になって行ったらしい…ということは…「城の敷地に桜が植えられた」が正しい筈だが、それでもこの姫路城に桜の咲き乱れる時季に立ち寄れば「桜の園に城を建てた」というように思ってしまう…

↓これ程までに「夥しい桜」を視た記憶は無い…何か「凄い経験」をさせてもらったような気がする…
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol04 (8)

正しく、後から「数年分の桜を纏めて観たような旅」と振り返ることになるのだが…この姫路城での経験も大きい…

橿原神宮辺り(航空母艦<瑞鶴>の碑が在る<若桜友苑>など)(2016.04.04)

多少の雨にも拘らず、誉田八幡宮や富田林寺内町を訪ねてみた日…往路の道筋を辿って滞在していた宿に引揚げるのも面白くないので、「ぐるりと辺りを大きく廻って…」というようなことを思い付いた…

大阪府の南東部に相当する河内から、近鉄電車で少し東寄りに進むと奈良県に入り込む。橿原神宮前駅に至ると、近鉄の幾つかの路線が交差する。そこで富田林駅、古市駅を経て橿原神宮前駅に向かった。

橿原神宮前駅…自らは、戯れに“寒冷地仕様”と自称する程度に暑さを不得手としているのだが、夏に関西方面に出たことが在った…その時、橿原神宮に至ったことが在る…輝く夏の空の下に深い緑…強い光線が輝き、蝉の声が静かな鎮守の森に響き渡る中、神武天皇の伝説の地に築かれた広大な敷地には「天地の力」のような何かが渦巻いているような、少し不思議な気がしたことを思い出す…

橿原神宮駅から、奈良県内を南北に走る経路で北上して大阪方面へ引揚げることを念頭に移動を開始してみれば…何やら「雨の晴れ間」に当たった…雨の中で、橿原神宮の広い敷地のような場所を歩き回るのは多少草臥れる…しかし、晴れて来たのなら別だ!寄ってみることにした…

↓橿原神宮前駅の、橿原神宮側の出口を出た直ぐの辺り…桜が美しく咲き誇っていた…
Around Kashihara-Jingu-Mae Station on APR 04, 2016 (1)

↓巨大な鳥居に迎えられる…雨上がりなので、木々の緑が少し活き活きしているようにも見える…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (2)

↓建物も相変わらず重厚な感じだ…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (4)

この日、何か「不自然な感じ」を禁じ得なかった…忙しそうに何かを運び出している様子、資材を集めているような様子、「ドローン使用禁止」の看板等が在った。聞けば、前日にここで非常に大きな催事が在って、その後片付けをしていた様子だった。大きな催事とは、神武天皇の崩御から2600年を記念する催事のことである…

↓夏に訪れた際に視た記憶が在る木だが、春の空と光の下では、見え方が違う…加えて、雨上がりで緑が活き活きして見える…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (5)

↓本殿等が集まっている辺りから、北門という出入口を潜り、周辺部に出てみると桜が多く咲いている箇所に行き当たった…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (8)

↓なかなかに立派になっている木が、存外に多い本数集まっていて、少し見応えが在った…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (10)

↓辺りは<若桜友苑>と呼ばれていて、旧海軍の関係者が戦没者の慰霊の意味も込めて整備を始めた小公園だった…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (15)

↓歴戦の航空母艦<瑞鶴>…勇戦の末に撃沈されてしまった経過だが…そうした経過を伝え、戦死した関係者を慰霊する記念碑がここに設けられていた…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (12)
↑偶々、<瑞鶴>も活動していた時期の、航空母艦を駆使した海戦に纏わる話題を扱った本を読了したばかりでもあったので、興味深くこの記念碑を見入っていた…

↓辺りには随所に桜が咲き乱れていたが、一部は花弁がかなり散っていた…
Kashihara Jingu Shrine area on APR 04, 2016 (19)

「桜が好い時季」に関西方面へ…非常に運が好かった!「春以外の時季」に立ち寄ったことの在る場所に関しても、桜が散見する中で訪ねると、かなり様子が異なって見えた…

大坂:天満橋周辺の夜桜(2016.04.03)

衝動的に「何処かへ行こう…」と思い付いて“時間”を設け、新千歳・神戸の往復航空券を押さえた…そして大阪市西成区内の安価な宿を知って予約し、「関西方面で桜でも眺めて…」ということにした…

神戸空港に下立ち、ゆっくりと宿に向かい、モノを置いた後に街へ出てみることにした。思い付いて目指したのは大阪城辺りである…

大阪城辺りは花見客でなかなかの賑わいという按配であった。ゆっくり宿へ引揚げようとして思い付いたのは「JR京橋駅から、大阪環状線で宿の近くのJR新今宮駅へ向かう」ということだった。

そして「多分、こちらが京橋駅であろう…」と辺りの景色を眺めながら歩いたが…辿り着いたのは、京阪電車と地下鉄に乗車出来る天満橋駅の辺りだった…

「少し…“動線”がズレてしまった…」と思いながら、辺りの様子を伺った…

↓天満橋の辺り…川辺に凄い数の桜が!!
Temmabashi area, Osaka on APR 03, 2016 (19)
↑多少驚いて見入ってしまった…

この日は…<青春18きっぷ>を使っていたので、JR駅を探そうと辺りを歩いたが…日が傾いて薄暗くなって来たことから…京阪電車を利用し、天満橋から京橋へ移動し、京橋からJRに乗車して新今宮へ引揚げることにした…そう思いながら天満橋駅を目指した…

↓天満橋がライトに浮かび上がる感じになった…
Temmabashi area, Osaka on APR 03, 2016 (4)

↓川辺の桜も照明に浮かび上がる!!
Temmabashi area, Osaka on APR 03, 2016 (13)

↓「水辺の商都」でもある大阪…ボートで川を巡るというのもポピュラーなようだが…ライトに浮かび上がる桜を愛でる人達を乗せたボートも川を行き交っていた…
Temmabashi area, Osaka on APR 03, 2016 (10)

↓麗しい!!
Temmabashi area, Osaka on APR 03, 2016 (6)

かなり肌寒かった札幌から一気に神戸に飛び、曇天だった大阪に入れば、こんなに多くの桜が迎えてくれた!!

京阪電車の萱島駅(2016.04.06)

↓京都側からの列車で萱島駅に到着…「普通の私鉄の駅」という以上でも以下でもない感じだ…
Kayashima Station on APR 06, 2016 (1)
↑大阪府寝屋川市に在る駅だ…

京阪電車は、大阪の淀屋橋から京都の三条、更に出町柳との間で、色々な区間、色々な停車駅設定の列車が行き交っている。経路は、地図で視ると「昔の京・大坂の街道」を概ね辿っているようにも見える。或いは、京阪電車で大阪城の見えるような京橋辺りから、淀や伏見を経て京都市内に向かった際には、何となく「幕末の“鳥羽伏見の戦い”で幕府方が進撃して、撤退した経路のような…」というようなことも思った…

萱島駅は、京都側からの列車であれば、寝屋川市駅辺りの車輛基地が一寸見えたその少し先という感じになる場所だ。京阪電車の寝屋川市駅と天満橋駅の区間は“複々線化”が施されており、大阪・京都の両都市を結ぶ輸送力はかなり強化されているのである…

↓鉄路は高架上に敷設されていて、ホームも高架の上なのだが…改札へ向かう階段の側へ進むと、少し不思議だ…
Kayashima Station on APR 06, 2016 (4)
↑ホームの上の方に、樹木が突き出して見える…「緑化」ということも在ろうが…「高架線のホームに木が植えられている」という例は聞いたことも無い…

↓改札を潜って外に出た。外から視ると、どういう具合なのか判った!
Kayashima Station on APR 06, 2016 (10)
↑地上に大きな木が在って、その木が空に伸びて行くことが出来るように、高架に隙間を設けていたのだ。だから「高架のホームに木を植えている?」ようにも見えたのだ…

↓木の真下辺り…四角い穴が高架の一部に設けられ、そこを大きな木が潜っているのが判る…
Kayashima Station on APR 06, 2016 (13)

↓この場所は神社だった…大きな楠が神木のようになっていて大切にされていた…
Kayashima Station on APR 06, 2016 (8)
↑複々線化の工事に際し、楠が立っている場所を高架が通ることとなり、木を切り倒す話しも在ったらしいが…木を残そうと、現在のような型に設計変更が行われた…1977年から、この「楠が聳えるホーム」が供用されているのだという…

↓神木の脇で、大阪方面へ向かう列車が発着をしている…
Kayashima Station on APR 06, 2016 (6)

以前から「高架線を大木が突き抜いているような駅」とは聞いていて、何となく「視てみたい」と思っていた。今般、京都から滞在していた大阪へ引揚げる場面で、京阪電車で移動することにしたので、敢えて寄ってみた訳だ…一寸、面白いモノを視た感じだ。

京都・円山公園:<祇園枝垂桜>(2016.04.06)

衝動的に“時間”を設けて関西方面に出たが…桜が観たかった…「桜の名所」として挙げられる場所が関西方面には多い…天候模様を視ながら何ヵ所か、大阪からアクセスし易い近畿地方各府県で動き回ろうと思っていた…

大阪に滞在して近畿地方各府県の「桜の名所」を眺めに出るとなれば、京都市内に入り込む1日を設けるのも一興…否、そういう時間を多分「設けた方が好い」と思った…そこで…大阪市地下鉄、阪急、京阪を利用して京都を訪ねる日程を設けた…

未だ日が高くない間に大阪を発ち、阪急の京都線沿線が次第に明るくなる様子を車窓に眺めながら、「朝の通勤、通学の皆さんで忙しそうになる少し前」という時間帯の京都市内に至ることが出来た。阪急の京都線の終着・始発となる河原町駅の辺りを起点に、祇園方面をとりあえず歩き回った…

祇園白川辺りで、古い建物や小川が在る辺りで桜が咲き誇っている様を視た後、「祇園のランドマーク」と勝手に思っている八坂神社を目安に円山公園に入った…

↓観たかったのはこれだ!!
A famous tree of Sakura at Maruyama Park, Kyoto on APR 06, 2016 (1)
↑円山公園のシンボルのようになっている<祇園枝垂桜>だ!

精確に高さがどれ位なのかは判らないが、何となく思っていた以上に背が高い木で、何か「職人が技巧を凝らして造り込んだ?」かのように、複雑で精緻な感じで垂れた枝が拡がり、枝が花に彩られている。そしてこの日の、「好天な朝の蒼」という色合いの空に凄く映えている。

公園内は桜の木が多く、何やら「お花見会場」という様相になっている場所が拡がっていたが、早朝なので人込みも無く、落ち着いてこの<祇園枝垂桜>を眺めることが適った。

↓近付いたり、離れたり、立ったり、しゃがんだり、視る角度を変えてみたりと、随分ゆっくりしていた…
A famous tree of Sakura at Maruyama Park, Kyoto on APR 06, 2016 (12)
↑そして、そうやって“位置”をほんの少々変えるだけで、「見え方」が千変万化だった…実に興味深い…

↓角度が変わると、背景の空も色が変わって面白かった…
A famous tree of Sakura at Maruyama Park, Kyoto on APR 06, 2016 (19)

↓枝の垂れた感じ…何か江戸時代辺りの、裕福な家の若い女性が愛用していたというような簪の飾りを想像させてくれた…
A famous tree of Sakura at Maruyama Park, Kyoto on APR 06, 2016 (17)
↑永い歴史を誇る京都辺りは、様々な工芸を手掛けた職人が多く居て、色々なモノを造って来た歴史も有しているのだろうが…この枝の感じは、そういう伝統を受け継いで発展させた職人が造り込んだかのような、繊細で精緻な美しさを感じさせてくれた…

今般の関西訪問・滞在の中で夥しい桜を観た訳だが…「ベスト」は選出不能だ…何れも各々に好かったのだ!

しかし…「数年分の桜を纏めて観たかもしれない」という気分が沸き上がったのは…或いは、今般の経験を纏めるようなそのフレーズを思い浮かべたのは、この<祇園枝垂桜>を観ていた時であったと思う…
A famous tree of Sakura at Maruyama Park, Kyoto on APR 06, 2016 (18)

この、「花盛りの時季の<祇園枝垂桜>」と好天な日の朝に出くわすことが出来たというのは、非常に幸運だった!!

雪交じりの幌延駅(2016.04.09)

深夜になりそうな時間帯に旭川に至って、“休憩所”で夜明かしし、早朝の普通列車で稚内へ北上…他地域を訪ねた後に引揚げる場面で、近年は多用するような型で稚内に戻り、何となく昼寝をして、夕食は「何時もの店」で“糠鰊定食”を頂き、ゆったりとした夕べの一時を過ごしている…

早朝の6時2分に旭川駅を出る列車は、昼食時に相当する11時56分に稚内駅到着である。今日は、到着したその足で、拙宅に戻る前に「何時もの店」で昼食を愉しんだのだが…

朝早くから黙って列車に乗っていれば、稚内に連れて来てくれるのだが…時刻表の上では…「旭川・名寄=321D」、「名寄・幌延=4323D」、「幌延・稚内=4325D」というように、3つの“列車番号”になっている…名寄と幌延で、少し長く停車するからであろう…加えて、音威子府や兜沼でも少し長く停車する…

始発駅や終着駅以外で、列車が少し長く停車する場合…この「旭川・稚内」の列車であれば…名寄に関しては、旭川・名寄間を2輛で運行し、名寄で2輛目を切り離す作業が在るので停車する…音威子府では南下中の特急<スーパー宗谷 2号>を、兜沼では稚内から南下中の普通列車を、すれ違いのために待ち合わせる…“単線区間”故の事情だ…こういう「視れば判る」事由で停車している例が多いように思う…

これらの判り易い事例に対して…幌延で永く停車しているのは…些か解せない…何かの慣行の名残だろうか?「早く行け!稚内は、もう少しだけ先じゃないか…」と思うこともないでもないのだが、個人的には「目的地を前に一息入れる…」というように理解している…

今般は…「数年分を纏めて観てしまった…」という程度に桜が咲き乱れていて、好天の日中には20℃に届いていた関西を訪ねてから引揚げる道中だった…乗車前夜から早朝の旭川で出くわした3℃、4℃という次元の一桁気温を、“落差”と少々新鮮に思ってはいたが…

↓北上するに連れて雪が交じり…幌延駅で長く停まる頃には「積雪期の極々初期」のような雰囲気になっていた…
Horonobe Station on APR 09, 2016 (4)

↓画でも降っている様子が少し判る…
Horonobe Station on APR 09, 2016 (13)
↑それにしても…ベチャベチャの雪を被った駅構内…「雪上の足跡」が殆ど見えない…

↓積雪が多い場合は、車輛後方に跳ね上げた雪が付着するのだが、こういう降り方であれば、車輛前方に雪を被る感じになる…
Horonobe Station on APR 09, 2016 (10)

今日は「4月9日」だ…

帰着…

とりあえず、予定した朝の列車で発って、無事に稚内駅に到着した!善かった…

到着後…そのままの足で昼食を摂り、そして帰宅である…

拙宅内はやや冷えていた…暖房を点けた…

何か「数年分かそれ以上に桜を纏めて視た」という状態だったが…戻れば雪交じりである…しかし雪はベタベタなので、多分プラス1℃を挟むような気温帯だ…

少しばかり…昼寝を…

運行日誌(2016.04.08-09)

「多少、勝手知った(つもりの)他所」ということになる旭川に至った…明朝6時に稚内へ北上する計画であり、例によって“休憩所”で過ごす…旭川に至ったのが夜の11時少し前で、一寸だけ腹に食料を入れて、いざ休むとなれば“休憩所”辺りが妥当というものだ…

好天に恵まれ、日中には15℃を超えていて、多分20度近かった関西から、辿り着いた「週末の深夜目前」という状態の旭川はプラス4℃程度…“落差”にやや驚くが、風が微弱なので、どうということもない…今日、関西では「コットンの半袖Tシャツの上に長袖ワークシャツ」という服装だったが、北海道上陸後は関西で「ずうっと腕に掛けて持っていた」状態だったデニムの上着―米国オレゴン州の刑務所で製造という代物…―を引っ掛けていた。明日は、半袖Tシャツを長袖のアンダーウェアに替えるという按配か…デニムの上着だが、関西では4日と7日に“雨避け”ということで、半袖Tシャツの上に引っ掛けていた…北海道では、未だそれは寒くて心地が悪い…

↓今日の動き…

動物園前 >> 南森町 (大阪市地下鉄)
南森町 >> 天満橋 (大阪市地下鉄)
天満橋 >> 淀屋橋 (京阪)
淀屋橋 >> 梅田 (大阪市地下鉄)
梅田 >> 西宮 (阪神)
西宮 >> 魚崎 (阪神)
魚崎 >> 南魚崎 (六甲ライナー)
住吉 >> 御影 (阪神)
御影 >> 神戸三宮 (阪神)
三宮 >> 神戸空港 (ポートライナー)
神戸空港 >> 新千歳空港 (SkyMark)
新千歳空港 >> 札幌 (JR北海道)
札幌 >> 旭川 (中央バス)

大阪の地下鉄から京阪神の私鉄に、ポートライナーや六甲ライナーという一寸変わった感じの都市交通、<スカイマーク>のフライトに、馴染み切った新千歳空港・札幌間の列車、加えて札幌・旭川は「多少時間は要する他方で安価」なバスである。

実は4月8日、大阪の造幣局で「桜の通り抜け」なる催しが始まった。丁度、北海道へ発つ日に始まる催し…「縁!」と思って天満橋の造幣局を訪ねた訳だ…

造幣局の辺りは、普段は静かなのだと思うが…今日は「稚内市民を赤ん坊からお年寄りまでかき集めてもマダマダ足りない…」と思えるレベルの、夥しい群集…地元の大阪や近在の人達、私自身を含む国内各所から来た人達、加えて外国人旅行者も多く見受けられた…取材陣も大勢居た…聞いたことが在る関西のテレビ局のマークや文字が入ったカメラは一通り視た…

場内では、警備のスピーカーは音が割れて、何やら不快だったが…音と言えば、造幣局職員の愛好会的なブラスバンドが在るらしく、開門・入場開始の時にトランペットでファンファーレを鳴らし、他に場内の一隅で色々と演奏していたのが好かった…あの敷地には、実に多種多様な桜が植えられている…「こういうのも…“桜”な訳か?」と思ったのも一部に見受けられた程である…かなり新鮮な感じがした…

造幣局敷地の他、辺りの河川敷が公園的に整備されていて、川辺にも夥しい桜が見受けられた…川辺の桜は、大阪に着いた4月3日辺りがよりベターだったかもしれない…花弁が散り落ちて、地面が花色に染まっているような場所も多々在った…

天満橋の駅辺りに引き返せば「やや早めなランチ」という時間帯…食事を供する店が営業を始めたような辺りだった…“ビーフカツ”というモノを頂いてみた。私自身は…然程縁が無いメニューだった…トンカツは豚肉だが…代わりに牛肉なのである…

神戸空港からのフライトを利用するので、天満橋から色々と乗り継いで神戸方面を目指した。そういう具合に移動をしていて思ったが…大阪辺りは色々な会社の電車が、正しく「碁盤の目」のようにネットワークになっている…<スルッとKANSAI>はそのネットワークを縦横に利用出来る。実際…通常の「他所の地域で発売。連続3日または2日」のタイプを2回、期間限定ながら「関西域内で発売し、有効期間内の任意の3日間」というタイプを今回使用したが…何れの時も「料金の分以上」に色々と使った…

神戸方面…向かったのは灘である…<菊正宗>の資料館、続いて<白鶴>の資料館だ…今般は4月5日に伊丹で<白雪>も訪ねていて、何やら「日本酒三昧」だったかもしれない…桜には…「日本酒が合う!」ということにしておこう…

神戸の交通結節点である三宮では…酷く慌しかったが、坂道を上がって北野に立ち寄った…旭川には<サキソフォン吹きと猫>という彫刻が買物公園の歩行者天国に据えられているが…神戸の北野にも、同じ作家の彫刻が在る。旭川に居る“サキソフォン吹き”の、恐らく“お兄さん”なのだろう…これを視られて、一寸嬉しかった…

神戸・新千歳のフライトは順調で、「やや珍しい?」と思ったが、定刻より20分以上も早く空港に下りた…御蔭で、旭川へはゆっくり動くことも出来た…バスに乗車して、高速道路に上がって暫く経ってから…何やら眠ったようだ…気付くと「旭川・鷹栖」と高速道路の出口のゲートをバスが通過していた…2時間半弱という型の乗車だったが…「妙に早い」感じだ…

ここでゆったりして…明朝は更に北上だ!!

運行日誌(2016.04.07-08)

昨日の雨は、夜遅くには上がったようだ…何時の間にか雨音は聞こえなくなり、静かな夜の時間が過ぎた…迎えた朝は、日も射している爽やかな朝だ!持ち帰りに不便な着替えなどを箱詰めして、近在のコンビニから発送した序でに、極短い期間ながらも慣れ親しんだ通天閣周辺の辺りを散策してみた…

“慣例”という以上の理由は無いのだが、記事件名を「運行日誌」としている。旅に出た際の恒例だが、これは「列車等に乗車して動き回る」イメージで“運行”と称している訳だ…ところが、昨日は「全く乗物で動いていない」状態で終始した…私としては「やや珍しい」状況かもしれない…

何時か、誰かが言っていた…ある音楽CDがショップで今一つな売れ行きだったが、“ジャズ”とか“ロック”というような「ジャンル別コーナー」を移動してみると、売れ行きが伸びる例が在ったという…こういうように、何か「ジャンル分け」のようなことをしてみて、何となく安心するというようなことは存外に多く在るのかもしれない…

こんな話しを想い起したのも、“乗り鉄”なる表現を思い出したからだ。私自身は、その“乗り鉄”なるモノの範疇に入るのか?他出すると、嬉々として列車に乗って動き回っているのは、傍目にはそうかもしれないが、別段に「乗車が100%でもない」ので、“乗り鉄”と分類されることに戸惑いを覚える。更に…“撮り鉄”なる表現も在る。鉄道車輛の写真を随分と撮っているのだが…と言って、「撮るのも楽しいが、乗って何処かを訪ねてみるのも楽しい」ので、“撮り鉄”と分類されることにも戸惑う…

結局のところ…巷の人達は“鉄”なるジャンルの人達が在ると、何となく分類し、更に色々と傾向を当てはめて細かく分類する…そして、どうしたものか安堵している…私にはそういうように見える。趣味系統のことに関しては「各々の流儀」が在るので、各々が勝手に愉しめば善い…巷の皆様に分類して頂く必然性等無い…

不意にそういうことを想った…

昨日は風雨が酷かった…結局、<スパワールド>で寛ぎ、きつねうどんと串カツを愉しみ、昼寝をしてしまったり、写真を整理して一日を過ごした。夕刻に一寸出ようかとも思ったが、雨が強いのでアッサリと諦めた…

それにしても…「数年分を纏めて…」という程度に桜を視た…今日も視ることになるのだろうが…既に方々で“葉桜”になっていたり、「花は終わりに?」という状況も見受けられたが、なかなかに好いタイミングで関西地域に入り込み、方々で桜を愛でることが適った!非常に「好い時間」を過ごすことが出来た…

衝動的に「何処かへ行こう…」と、何時の間にか「半ば自宅?」のような感覚になった大阪市西成区内の宿に滞在する型にして、関西で過ごしてみたが…何やら、名残惜しい…「訪ねてみたい場所」は際限無く在る訳だが、そういうのは「別な機会」というものもきっと設けられるであろう…

もう小一時間もして…チェックアウト…晴れている、またはやや雲が多い大阪、或いは神戸で過ごし、北へ向かうフライトに…神戸空港を夕刻に発つ日を迎えてしまった…

京都・祇園白川の桜(2016.04.06)

地下鉄と阪急の直通列車、阪急の普通列車を早朝から乗り継ぎ、阪急の河原町駅に至った。繁華街の地下に設けられている駅だ…

未だ静かな朝の京都を歩き回った…天候も好く、温かい感じで心地が好かった…

↓コンビニで珈琲を求め、それを啜りながら佇んで眺めた光景…
Gion-Shirakawa, Kyoto on APR 06, 2016 (11)

辺りは祇園白川と呼ばれる地区だ。古くからの家並や小さな川が流れている。なかなかに趣が在る場所だが、桜が多く、それらが満開だった…

↓何か…「江戸時代辺りの木を望む、大正時代辺りの建物群」という感じがした…
Gion-Shirakawa, Kyoto on APR 06, 2016 (21)

祇園というのは…幕末期に志士達が動き回っていたような経過も在る場所である。或いは、この日に視た桜の一部も、幕末辺りに既に在ったか、それ位の時代の人達が植えたのかもしれない…そんなことも思いながら動いた…

↓この辺りには、カメラを手にした人達が存外に多く集まっていた…一寸…飛行機雲が微妙な感じもしたが…
Gion-Shirakawa, Kyoto on APR 06, 2016 (5)
↑旅行者風な人達…恐らくは京都市内等に滞在した人達なのだと思う…私のように、通天閣の足下辺りから早朝の電車を乗り継いで現れたというのは、恐らく少数派だったか、私だけであったことだろう…

↓街角の旧い社が味わい深い…
Gion-Shirakawa, Kyoto on APR 06, 2016 (3)
↑ここも桜に彩られている!!

↓水辺の家並が桜に彩られる様…素敵だ!!
Gion-Shirakawa, Kyoto on APR 06, 2016 (25)

「桜を愛でたい」という思い…成就している感である!!

雨や…

<FIRE 関西限定 ミルクカフェオレ>なる缶コーヒーの温かいモノ…宿の館内の自販機で求めてみた…「ミルクや甘味が加わった缶コーヒー」ということで、「思い浮かぶ味の範囲」を逸脱するモノではないのだが、ミルク素材に拘ったモノらしく、確かに口当たりが好い感じはする…

雨音を聞きながら、滞在している部屋で缶コーヒーを啜っている。滞在期間中、4日の月曜日も雨であったが、もっと弱かったし、衣類は雨で濡れたものの、歩き回る分には支障が少ないと思える時間帯も多かった。が、今朝はハッキリと降っている…

昨日の夕刻…滞在期間中に何となく「板に付いた」―或いは、随分以前から得意かもしれないが…―スタイルで、通天閣の足下のコンビニ前の“灰皿”の辺りで、珈琲を啜りながら一息入れていると…地元のおじさん達の立ち話が聞こえた…

「明日な…大雨になるそうや…(ラジオを)ずうぅっと聴いとったら言ってた…」ということだった…気象情報が何度も入ったのだろう…

昨夜眠る辺りには降っていなかったが…深夜に意識が醒めた時点では、雨音を聞いた気がした…そして起き出せば雨だ…聞いた話しのとおり…

3日は到着後に大阪城辺りを訪ねた…4日は雨交じりな中で河内や大和を巡った…5日は播磨(姫路)や摂津(伊丹)を巡った…6日は京都…この中、雨天は4日のみで、5・6日は好天に恵まれた…一週間弱の日程で、天候に関しては幸運な部類である…

考えてみれば、4・5・6日と朝の5時台、6時台から動き出し、日が傾くような時間帯まで精力的に動き回った…午前8時台には、訪ねた先の文物を愛でながら歩き回っていた…今朝は、雨音を聞きながら部屋でゆっくり缶コーヒーを啜っている…

今日は「“緩急”の“緩”」を決め込む…近隣を少々徘徊するか…部屋でゆっくりとしよう…

運行日誌(2016.04.06)

高架になったJRの新今宮駅が在って、“立体交差”のように阪堺の路面電車軌道が交わって踏切が見え、2路線が在る地下鉄の動物園前駅の入口が在る…色々な看板が掲げられた様々な建物…交通量が多目な道路を、信号を待って慎重に渡ると、滞在先が在る…こういう辺りの風景に、何やら馴染んでしまい、他所へ出て戻ってくると「還って来た」という強い感覚を抱くようになって来た…或いは、学生の頃の東京で、更に留学時代のモスクワで「住んでいた辺りに他所から戻った時」の感覚に似ているのかもしれない…

大阪市西成区内に在るこの滞在場所は、何やら「昔風のアパート」を思わせるものが無いでもない…何が在るというでもなく「寝るだけ…」と言われる施設なのだが、居心地は悪くは無い…

精力的に動き回った1日…或いは素早く眠気が射すかもしれない…

↓とりあえず今日の動きを整理…

動物園前 >> 天神橋筋6丁目 >> 淡路 (大阪市地下鉄/阪急 直通)
淡路 >> 河原町 (阪急)
祇園四条 >> 三条 (京阪)
三条 >> 神宮丸太町 (京阪)
神宮丸太町 >> 三条 (京阪)
三条 >> 七条 (京阪)
七条 >> 三条 (京阪)
京阪三条 >> 醍醐 (京都市地下鉄)
醍醐 >> 太秦天神川 (京都市地下鉄)
嵐電天神川 >> 嵐山 (嵐電)
阪急嵐山 >> 桂 (阪急)
桂 >> 河原町 (阪急)
祇園四条 >> 枚方市 (京阪)
枚方市 >> 萱島 (京阪)
萱島 >> 淀屋橋 (京阪)
淀屋橋 >> なんば (大阪市地下鉄)
なんば >> 動物園前 (大阪市地下鉄)

駅名で察して頂けるであろうか?今日はなかなかの好天に恵まれた中、<スルッとKANSAI>を手に大阪から京都を訪ねてみた…こういうことをやる場合、「関西の加盟私鉄の各路線が利用可能」な<スルッとKANSAI>は驚く程に便利で割安だ…

今日は…「桜の盛りが終盤」という中で、言わば「桜を眺めて精力的に歩き回り、普段は縁が薄目な関西の各私鉄に愉しく乗車」ということを愉しんでいたのだが、方々で「年中静か過ぎ…」な街からやって来た目線では「とんでもない人出」で驚いた…もしかすると…私が居合わせた場面で数千人の人が辺りに蠢いていて、1日だけで「我が街の人口を超えるような人出…」だったかもしれない…

木屋町や祇園白川で「街角の麗しい桜」を愛でた他、円山公園、知恩院、平安神宮、醍醐寺、嵐山という辺りに寄った…醍醐寺や嵐山の人出が殊更に凄かった…

桜とは然程関係ないが…途中に「大正時代のコンクリート造アーチ橋梁」である七條大橋を眺め…(ここは稚内の稚内港北防波堤ドームの建造時に参照された技術で建設された代物なのだ!!)古くから大事にされていた小さな神社の神木を、鉄道の高架工事の際に大事に残し、高架の鉄道線路の上に大きな楠が突き出して居るという京阪の萱島駅を視て来た…

訪問先の仔細を綴ることや、写真はまた後刻・後日ゆっくりと行う…とにかく「動き」を綴っておきたかったのだ…

普通のコットンの半袖Tシャツの上に薄目の長袖ワークシャツ(「昔の特撮ヒーロー」の変身する青年が、変身前に着ているような、真っ赤なシャツで妙に気に入っている代物…)を着て出掛けたが…「寒くない」どころか、日が高くなった日中は「やや暑い…」感さえ否めなかった…こういう按配!!好い…

写真は毎日のように多数撮っているが…他方で、どんどん整理も進めている…それでも多数のデータがSDカードに収まって…今日は終に溢れたので用意の予備SDディスクを使うこととなった…

夕刻…「還って来た」という感覚と共に<新世界>に立ち寄った…今日は…通天閣に電飾が灯った場面を視ることが適った!そして…その通天閣の足下に在るコンビニで<樽酒>というワンカップを求めた…伊丹の会社のモノかと思ったが…よく見れば灘の会社のモノだった…それでも構わない…「輝く通天閣と、大阪滞在期間を通じて連日視ている満開の桜に!!」とワンカップを傾けたい気分だ…

天王寺公園の桜と通天閣(2016.04.05)

日曜日に大阪入りして以来、火曜日は最も好天に恵まれた…早朝の曇天が、次第に好転して行った…

通天閣…滞在中、毎日見上げている…“御近所”だ…

↓こういう様子を見入ってしまった…
Tennoji Park area, Osaka on APR 05, 2016 (9)
↑日が傾き始めた頃、天王寺公園内を散策して出くわした…

↓満開の桜と通天閣…
Tennoji Park area, Osaka on APR 05, 2016 (14)

今回は、正しく「桜が好い時季」の滞在である。愉しく過ごしている…

運行日誌(2016.04.05)

“御近所”である<新世界>で串カツとたこ焼を摘まんで宿に戻り、タラタラとしていた間に「休もうか…」という雰囲気の時間帯に差し掛かっているような気がする…

「朝早くから動き回って、張り切っているじゃないか…」という感覚の他方、「普段の“他出する休日”」を思い浮かべると「やや、のんびり…」という感も強い…西成区内、新今宮駅近くに“拠点”を構え、<青春18きっぷ>や<スルッとKANSAI>(※通常は関西地方以外で、“2日連続”または“3日連続”の券を求めるが、期間限定ながら関西域内で「有効期限の中、連続でも間隔が開いても利用可」というモノが出る。今般はその後者を入手している…)を手に動いている…

稚内から札幌の移動、札幌から新千歳空港と三ノ宮から新今宮、加えて大阪市内少々と<青春18きっぷ>を計2回使い、河内・大和を巡って<スルッとKANSAI>を1回使っている…<スルッとKANSAI>に関しては、神戸空港へ向かう1回を残し、実質あと1回…今日は<青春18きっぷ>を使うことにした…

↓今日の動きは…

新今宮 >> 大阪
大阪 >> 西明石
西明石 >> 姫路
姫路 >> 尼崎
尼崎 >> 伊丹
伊丹 >> 大阪
大阪 >> 新今宮

結局、「桜が凄いらしい…」と聞いていた姫路城を訪ね、存外な人出に驚きながら「雲のような桜の間に浮かんでいるように見える大天守」を眺めて来た…そして復路は伊丹に寄り、「旭川の“男山”の遠祖…」ということになっている酒造の歴史に触れた…大阪では「阪神百貨店に在る“タイガースショップ”」を冷やかして来た…新今宮に戻ってランチの後に少々休み、日が傾く頃に天王寺公園や<新世界>を散策した訳だ…

休憩の間や、夜に写真も整理している…姫路城の様子は少しでも早く整理に着手したい感じの画が随分と多く出来た…これは順次整理するのだが…10月に何気なく視ていた辺りが「広範に桜!!」と花の色に染まっていて驚いた…あれほど夥しい桜を視た記憶も無い程だった…

伊丹…駅構内に観光案内所が在り、一寸色々と教えて頂き、<白雪>という酒を醸造している会社の旧い蔵を活かした「レストラン+展示施設」等を知った。そして…酒造りの歴史の話しに触れると、一杯欲しくなり…施設の売店で<樽酒>という<白雪>の会社で造っているワンカップを求めた。その際、嘗ての酒造会社だった古い屋敷や店舗兼蔵が資料館のようになっている旨を教えて頂いた…

伊丹と言えば、かの“有岡城”だが…それに関することを伝えている城跡は寂しい感じであった…対して、江戸時代に貴族の近衛家の領地ということになり、近衛家の保護と奨励で酒造が盛んだったという経過に関するモノは、現在では「伊丹の酒造会社」が極々少なくなっているにも拘らず、なかなか豊富に視られた…

現在でも在る<白雪>を造っているという老舗だが…ここでは江戸時代に酒を江戸に出す旅をした当主が、途中で富士山頂の雪を視て「<白雪>という愛称が好い!!」と名付けたことが起こりと伝えられているのだそうだ…その江戸時代から遡り、16世紀には現在のモノの基礎となる清酒が伊丹で製造されていたのだそうだ…戦国時代を何とか生き延び、豊臣政権の保護下で伊丹の酒造業は盛んになった…時代が下ると、灘の酒造業に押される感じになって行った様子ではあるが…

そういう話しが妙に興味深かった…

今日は姫路で桜を愉しんだ他、天王寺公園もなかなかに好かった!!何か「桜を愛でる」に特化している感じの、「やや、のんびり…」という過ごし方をしている。




運行日誌(2016.04.04)

早く起き出して…と言うより、早めに眠って深夜に起き出し、また休んで起き出してということを繰り返し、結果的に「少し早起き」な時間帯に行動を開始している一日…当然、早めに「何時でも休める態勢」で寛ぐのが善いというものだ…

今朝は…「天候が今一つ…」と思いながら戸外に出た…昨夜遅くに、若干の“雨音”を室内で聞いていた…実際、「小雨交じり」というのが天候の基調のようになっていて、雨が止んだ曇りになったり、若干好転したりということが断続した。午後から雨が止んだが…午前中はベチャベチャに濡れながら動き回った…多少、消耗したかもしれない…

今日の動きを、とりあえず纏める…

恵美須町 >> 動物園前 (大阪市地下鉄)
動物園前 >> 天王寺 (大阪市地下鉄)
大阪阿部野橋 >> 古市 (近鉄)
古市 >> 富田林 (近鉄)
富田林 >> 古市 (近鉄)
古市 >> 橿原神宮前 (近鉄)
橿原神宮前 >> 近鉄郡山 (近鉄)
近鉄郡山 >> 大和西大寺 (近鉄)
大和西大寺 >> 近鉄奈良 (近鉄)
近鉄奈良 >> 近鉄日本橋 (近鉄)
日本橋 >> 恵美須町 (大阪市地下鉄)

こういう具合だ…

古市駅は大阪府羽曳野市の駅で、この辺りに誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)が在る…雨の中、桜がしっとりと麗しかった…

やがて富田林に向かい、雨の中で“寺内町”というものの雰囲気を愉しんだ…

橿原神宮前に向かえば、天候が好転…橿原神宮辺りを歩いた…丁度、前日に大きな祭りが在って、その片付けをしている感じだったが…あそこには「航空母艦 瑞鶴」関係の慰霊碑が在って、辺りは海軍関係の戦没者を慰霊する小公園になっていた…ここの桜が美しかった…

郡山…ここでは郡山城址である。あの桜は見事だ!!しかし…ここでは小雨混じりの曇天だった…

やがて奈良でランチ―何時かの<大仏バーガー>を狙ったが、完売だったので日替わりランチの<唐揚>を…―を愉しみ…大阪にゆっくりと引揚げた…

とにかくも…少々眠い…

<B737-800 安全のしおり>(2016.04.03)

新千歳空港から神戸空港に、スカイマークのB737-800で飛んだ…

↓飛行機では御馴染の「安全のしおり」というモノを何気なく見た…
in the flight to Kobe on APR 03, 2016 (2)

↓反対側も見た…
in the flight to Kobe on APR 03, 2016 (1)

「!?」と思った…と言うのは…「B737-800 安全のしおり SAFETY INSTRUCTION」という題字と、「手順を示す箇所の数字」の他…「“文字”が無い」ことに気付いて見入ってしまった…

このB737-800という飛行機…多くの国々で、様々な言語を母語とする人達が乗客になっている筈だ…新千歳空港・神戸空港のフライトにしても、この日はそれらしい人達を殆ど意識しなかったが、日本語以外を母語とする人達も多く登場する筈だ…それらの「全ての人達」に<安全のしおり>の情報を伝える“答え”…これである!!

何でも「外国語の字」を「入れたがる」ような傾向が見受けられて、永い間に亘って「疑問」を感じていたが…こういうモノが在る!!

運行日誌(2016.04.03)

大阪市西成区…新今宮駅の近く…今般の“休日”で滞在することにした場所で夜を過ごしている…

大阪辺り…稚内から来た身には「生温かい」感じがする…多分15℃を挟む辺りの気温であろう…普通の半袖Tシャツの上にワークシャツを引っ掛けるような按配で丁度好い…

今般の“休日”…「衝動的に設けた“時間”」で在ったが…時節柄「桜を観たい…」という思いが沸き上がり、衝動的に札幌・神戸の往復航空券を予約してみた…かのSkyMarkの航空券…リーズナブルな料金のモノだった…

そして関西圏各地の宿泊施設の様子を視れば…何やら高めであったり、取り悪い感じが見受けられた…さり気なく“フェイドアウト”(予約してから、支払い手続きを進めずにキャンセルしてしまう…)しようかとも思った時、現在の宿を視付けた…宿は、どちらかと言えば「少し昔のイメージのアパートか寮」のような感じもする…それにしても…「5泊しても“1泊”のような料金」で利用可能だ…こういうのも悪くない…

今日の動きは…

札幌 >> 新千歳空港(JR北海道)
新千歳空港 >> 神戸空港(SkyMark)
神戸空港 >> 三宮(ポートライナー)
三ノ宮 >> 大阪(JR西日本)
大阪 >> 新今宮(JR西日本)
新今宮 >> 大阪城公園(JR西日本)
天満橋 >> 京橋(京阪)
京橋 >> 新今宮(JR西日本)

予約の航空券の他、<青春18きっぷ>を利用し、一部は<ICOCA>(JR西日本が出している交通系電子マネー・IC乗車券…)に千円チャージして使用した…

神戸に降りて以降…方々で桜を視掛ける…生憎の曇天ではあったが…

とりあえず…嵩張るモノを宿に置いて身軽になり、大阪城方面に出てみた…大阪城周辺の公園の一部が「バーベキュー可」と指定されていて、花見を愉しむグループが溢れていた…

大阪城公園を歩き回り、京橋辺りから宿へ引揚げようとしたのだったが…何となく天満橋の方に迷い出た…天満橋辺りの川辺!!桜が見事だった!!

結局…京橋へ抜ける道筋を外れてしまい、よく判らなくなったので、天満橋から京橋まで一駅、京阪で動いた…京橋からはJRで…

思えば…「休暇期間を1箇所に留まった状態で過ごす」のも初めてだ…時にはこういうのも好いのかもしれない…明日以降のこと?余り考えていない…

稚内→旭川 旭川→滝川 滝川→岩見沢 岩見沢→札幌(2016.04.02)

<青春18きっぷ>のシーズン終盤、「発売が終了した後」の「利用可能期間」に入っている…発売終了前に入手した<青春18きっぷ>を使用することとした…

↓北の“始発駅”である稚内駅にやって来た…
Wakkanai Station on APR 02, 2016 (1)
↑始発の列車が待機所から入って来る前だ…今の時季のこの時間帯は「少し明るくなって来る」という感だが、写真に撮る分には「ナイトブルーの残滓」が未だ色濃い感じだ…

↓3月26日からの時刻表…特急列車3往復に、普通列車3往復…
Wakkanai Station on APR 02, 2016 (3)
↑始発は5時14分に発車する…

↓「旭川行…普通列車です…」とアナウンスの録音がエンドレスで車内から聞こえる…車輛正面の表示は“快速”だ…
Wakkanai Station on APR 02, 2016 (8)
↑この列車は名寄に着いて待機した後、旭川までの“快速”ということになる…

「指折り数えられる…」ような次元の数であった乗客の1人として、次第に明るくなる、そして雲が多かった稚内の他方で次第に天候が好転する車窓を眺めながら南下を続けた…

↓音威子府に至った…5分間程度停車する…
Otoineppu Station on APR 02, 2016 (6)
↑一部を除き、殆ど雪が無い…既に“早春”だ…

↓サイドボードが新しくなっていたことに気付いた…
Otoineppu Station on APR 02, 2016 (4)
↑従前からの「稚内⇔旭川」の真中に<快速なよろ>が挿入された按配だ…

音威子府、更に美深で乗客が少し増え、美深以南は「ゆったり座れる」他方で「何となく座席が埋まった感じ」という状態だった。

↓名寄では20分間弱の停車…列車は<快速なよろ>となる…
Nayoro Station on APR 02, 2016 (5)

名寄では、この「1輛運行」は「満席」のような具合になった。そして、旭川が近付く比布や永山(ここは“旭川市内”だが…)で更に乗客が増え、「かなり込み合っている…」という感じの車内になった…

↓旭川駅では、乗客が下車するのになかなかに時間を要した…
Asahikawa Station on APR 02, 2016 (15)
↑車輛半ば、窓側の席に陣取っていたが、動けなかったのでじっとしていて、最後の方に漸く下車して一息…

午前10時半に旭川に着いた後…旭川以南に、更に普通列車で進むのであれば…午後1時40分の滝川行を待たねばならない…

旭川は温かい感じであった…早朝に起き出して列車に乗り、旭川に至るまで何も口にしていなかったことから、とりあえず食事を頂いてから“休憩所”(ネットカフェ)に入るなどして、とにかくも列車の時刻を待った…

↓午後1時半になる前…駅では滝川行が待機中だった…
Asahikawa Station on APR 02, 2016 (8)
↑721系電車の3輛編成だった…

↓721系の車内はこういう按配だ…
Asahikawa Station on APR 02, 2016 (2)
↑“3扉”なのだが、何か「半分ずつ2室」というような造りである。これは、冬季の寒さを慮った構造である…(しかし、この型の後に出ている電車は、東北地方で見受けられるロングシートの車輛で、「乗客がボタンで扉の開閉も出来る」タイプになった…)

↓列車の旅の「ありがち…」というモノ…
Asahikawa Station on APR 02, 2016 (14)

↓滝川駅だ…3本の721系電車が集まっている…
Takikawa Station on APR 02, 2016 (7)
↑右奥の列車で、旭川から到着した…真中の列車は旭川へ北上中…左側の列車が、岩見沢まで乗車した列車である…

↓こうして視ると、721系電車という車輛もなかなかに渋い感じだ…
Takikawa Station on APR 02, 2016 (5)
↑この型も、何時の間にか初登場からかなり年月も経ている…

↓岩見沢に至った…
Iwamizawa Station on APR 02, 2016 (2)
↑跨線橋から線路を視る…右側の列車で着いた…直ぐに左側の列車に乗り換える…

↓この列車は3輛ユニットを2つ連結した6輛編成だった…
Iwamizawa Station on APR 02, 2016 (5)
↑列車は札幌へ向かい、そこで少し停車した後に小樽へ向かう。岩見沢・札幌間、札幌・小樽間という、何れもそれなりに乗客の多い区間を走り抜ける訳だ…

岩見沢までは…「ローカルな列車…」というムードが濃かったが…岩見沢から札幌までは…「都会の電車」というムードになるような気がする…

↓そして札幌である…
Sapporo Station on APR 02, 2016 (2)
↑旭川辺りは温かい感じだったが…札幌は風が冷たく、妙に寒かった…

以上…3月26日の“減便”以降の、「稚内から札幌まで普通列車」という移動の感じであった…

運行日誌(2016.04.02)

衝動的に“時間”を設けてみることにした…

「一寸、何処かへ?」と思い立ったが…一旦は「さり気なく…出掛けるのは止すか?」とも思ったが…思い直し、出掛けてみることにした…

今季の<青春18きっぷ>…4月10日まで利用可能で、発売は3月31日まで…3月30日に入手しておいた…それを手に出発した!!

↓今日の行程…
05:14 稚内 >> 10:28 旭川
13:40 旭川 >> 14:22 滝川
14:45 滝川 >> 15:24 岩見沢
15:35 岩見沢 >> 16:19 札幌

“減便”とやらの影響で、妙に早い出発となり、旭川での乗継の待ち時間が長大化してしまったが…何となく「馴染んでいる感じの、普通列車による稚内・札幌の移動」という範囲な按配だ…

早朝5時台出発の列車…結局「音威子府以北」、「美深以北」はかなり乗客が少ない感じで、「美深以南」は少し込み合い、「名寄以南」は「1輛運行」が窮屈に感じられる按配で、旭川の下車時には存外に手間取った…同じ車内の同じ場所に居続けた訳だが…時間が経つに連れて「違う列車」に乗車しているような気分にさえなった…

旭川以南だが…以前は「岩見沢行列車が滝川で少々長く停車」という按配だったことを記憶しているが…今般は一寸変わり、「旭川・滝川」、「滝川・岩見沢」と完全に別な列車になっていた…

旭川以南の3本の列車…何れも721系電車だ。旭川・滝川、滝川・岩見沢は3輛だったが、岩見沢以南は6輛だった…

既に各地で鉄道軌道の上に積雪は無い状態…“早春”の感だった…旭川都心を少々歩いた際は温かい感じだったが、札幌に着いてみれば、好天ではあるものの風がかなり冷たい感じで、ハッキリ言って寒い…

旭川では「早めの昼食」を頂いたが…札幌では「早めの夕食」を頂いた…結局、「5時台の列車に乗車!」と4時台に起床している…何か、「早寝・早めの食事・早起き」が染み付きそうだ…

札幌は…「宿泊施設が予約し悪い街」というイメージを強めているのだが…今日の宿は実にアッサリと、しかもかなり安価に押さえることが適った!こういう部分…そこそこに「運が好い」のかもしれない…明朝は、殊更に早い訳でもないのだが…「早起きの帰結としての早寝」になってしまいそうな気配だ…




想定内?想定外?

「雪解け間近の北の空」の下、稚内駅を発ったキハ54は順調に南下を続けた。稚内では雲が多い感であったが、兜沼辺りで「上る朝陽」が見えて、天候はどんどん好くなり、青空の下で鮮やかな残雪に跳ね返る光が見える車窓が眩しかった…

鉄路の上に積雪はもう無い…軌道の脇には、結構堆くなっている箇所も在ったが…「長い“早春”的な感じ」が既に始まっている訳だ…

今日が“土曜日”だからであろう…美深駅から乗客が増え始め、名寄で満席のようになり、比布や永山でも多くの乗客が乗り込み、「1輌」の車内は込み合った…旭川駅では「下車するために、妙に時間が掛かる…」という感じだった…

この先…「旭川以南を行く普通列車」は午後1時40分の滝川行まで…無い…ここは想定内なのだが…<青春18きっぷ>を手にしての旅である関係上、ここは「待つ!」のみである…

旭川都心に一寸出た…温かいアンダーウェアを着ているが…それでは「歩き回ると汗ばんで…」という程度だ…ここは想定外な感じだ…

「遅い朝食+早い昼食」で、“塩カルビ丼”なるものを頂いた…その後は…“指定休憩所”で休むのが、最も楽で安価だ…

“前夜”に至った…

年度初めの4月1日だった…

午後のひと時、オフィスで何やらやっていたところに、1枚の紙が届いた…

紙には私の氏名が記され、「勤務を解く」等と在る。「何や?これ?」と見れば、“辞令”とやらいうモノらしい…

「勤務を解く」を見て、「上等じゃないか…勿体付けなくても、アホらしいから辞めたるわっ!」位に思ったが…「兼務を解く」であったものを読み間違えていた…

半ば忘れていたが…昨年の5月31日に、急に「オフィスの引っ越し」を強いられ、何やら「兼務を命ず」なる“辞令”が出ていたのだった…昨日の3月31日にまた「オフィスの引っ越し」を強いられ、昨年の5月31日辺りまでの慣れ親しんだ辺りに戻った…

1年足らずで“往復”の引っ越しを強いられ、「実に非生産的な…」と内心で思っていると…通り掛かった方達の一人が、3月31日までの場所が小部屋で、現在の場所が大部屋で在ることを念頭に、「壁ばかり見ているような部屋より、こちらの方が好いじゃない…」と言った…

「そのとおり!!壁ばかり見ているから“壁”に突き当たる!」と私は応じた。先方は、「余計な軽口で怒らせた」とでも思ったらしく、一寸恐縮していたが…そうではない。恐縮するまでもない。“事実”かもしれないのだから…「かもしれない」としたが…多分、そんな一面は在るかもしれない…

本当に「“壁”に当たっている」のなら、原因は「壁ばかり見る」ような小部屋に居たことに在るのではない…永い間に亘って積上げられた事柄に関して、「本当に善かったのか?」を真摯に問うようなことを蔑ろにしてきたから、という以上でも以下でもないのであろう…

「勤務を解く」は、所謂“エイプリルフール”というのか、ぼんやりしていて字を視間違えたという話しだが…実は少々衝動的に“時間”を設けてみた…

明朝は…早めな時間帯から動く…