「朝の都市間バスの車中で、ぼんやりしているか、眠っていれば稚内駅の辺りに着く…」という状況下故の安堵感か、前々日、前日と居心地の好かった宿でゆったりめに過ごして元気であるからなのか、「やや眠りが浅い」感も否めないような深夜帯を過ごしている…時にはこういうこともあるであろう…
札幌入り後の“低温”に警戒していたが…着いてみた札幌の状態は、関西辺りで言うと「早朝の日の出前後」のような感じであり、「半袖Tシャツ+長袖ワークシャツ+デニムの裏地が無いジャケット+ジーンズ穿き」という出で立ちで大きな抵抗感は無かった…「少し長く外に佇んで…」ということなら、“防寒ジャケット”や“暖かい下着”は必要かもしれないが…宮崎で「半袖Tシャツ姿で辺りを散策」ということをしていた日に「雪!!」と聞いて、かなり驚いていたのだが…所謂“杞憂”というものであったかもしれない…とは言え、海を渡る日歌風が抜ける稚内での様子はよく判らないのだが…
“帰国”のフライトの日…何となく思い描いたように阪堺の路面電車の“1日乗車券”で沿線を巡り、堺から関西空港を目指すということをした…朝早くから四天王寺を散策した後のことである…
最初に目指したのは恵美須町である。所謂“新世界”で、通天閣の足元の地区である。私自身を含む、他地域の人達が「大阪!!!」と思うようなムードが在るのかもしれない…飲食店等のカラフルで奇抜な看板が溢れる他方、昔から住む町の人達が利用する商店街が拡がっているような感で、通天閣等を訪ねる人達も多く出入りする地区だ。
ここでは…「ソースの“二度付け”は禁止やで…」の串カツを摘み、日本酒を一合頂いた。何か「休日の昼間…」というムードが色濃く漂う感じだった…
串カツを揚げてくれた店員さんの動きを視ていた…材料が小さく切られて串に刺して在り、注文を受けてから粉を付けて手際よく揚げる…具が小ぶりで、素早く揚がる…それを油切りの在る小さなパットに入れて出す…付け合せのようにキャベツも出る…恐らく、店員さんや慣れた人が見れば、具が判るように型を揃えるようなこともしているのかも知れない…なかなかに興味深い…
“新世界”の後は…住吉神社だ。住吉神社は国宝の社殿を4棟連ねていて、北海道にも縁が深い“北前船”に携わっていた人達を含む交通・運送業関係者、各種商工業者の信仰を古くから集めていて、他方で「地域の立派な神社」として地元の人達に親しまれている。この日は“七五三”の親子連れ、結婚式の人達、車椅子に乗った相当に高齢と見受けられる御爺さんを連れて来ていた孫らしい若者等、地元の人達が大勢出ていて、若干の出店までやっていた…加えて、私自身のような来訪者も現れる訳だ…
“阪堺”の名は「大阪と堺とを結ぶ」という意味が込められているのだと思うが、やがて電車は堺に入り、妙国寺を訪ねた。
妙国寺は、歴史在る日蓮宗の寺院である。寺そのものは1562年に興り、1615年の「大坂夏の陣」で焼けた後に復興して永く殷賑を極めたのだが、1945年の空襲で焼けてしまい、現在の建物は1970年代の鉄筋コンクリートの代物だ…ここの貴重な品物や、珍しい「蘇鉄の枯山水」と「推定樹齢1100年」の大きな蘇鉄は、拝観料を払って入る奥でしか観られない…が、地元のガイドのおじさんの軽妙な説明を受けながら、“歴史の教科書”に在る事件や人名が次々に出て来るというのは興味深かった…
阪堺の路面電車を利用した中、<堺トラム>と命名された、新しい“低床型車輌”に乗車する機会も在った。車輌は札幌の<ポラリス>(A1200)とよく似ている。或いは「実質的バリエーション」と視た…
新しい“低床型車輌”は、目新しくて単純に「カッコウ良い」ということもあろうが、他方で実用面でも非常に有益だ。阪堺は、なかなかに年季の入った車輌も大切に使って運行されていて、それが好い感じもするのだが…乗降口に高めな段差が在る車輌は「利用し難い」場合も在る。実際…荷物を持った小柄でやや高齢な方が入口で苦戦していて、近くに乗り合わせた若者が思わず手を貸していた場面も視掛けた…新しい“低床型車輌”では、そういう心配は無用で、老若男女誰でも楽に乗降出来る訳だ…何時か鹿児島で“交通局”―現在の場所ではなく「高麗町」の旧交通局…―を見学した際、あそこでは新しい“低床型車輌”の導入に積極的なことに関して、御担当の方が高齢者が利用する際に「乗降のし易さ」という要望が強いので、可能な限り導入しようとしているというお話しを伺ったことを思い出していた。阪堺では、新しい“低床型車輌”が3輌在るようだ…
こうした間に、路面電車で往来し、車輌を眺めるというようなこともしてゆっくりしていて、やがて南海の堺駅に至った…そこで思い出したのは…<旧堺燈台>である…明治時代に登場し、港が埋立・拡張で機能を失うまで永く使われた木造の灯台で味わいが深い。現在も堺の近代史を伝えるモニュメントとなっている代物だ…実は一度だけ訪ねたことも在った…
好天に恵まれ、「夕焼けが美しそう…」という中、<旧堺燈台>についても「恐らく見栄えが…」と考えて足を運んだのだ。好い風景に出会うことが適った…
<旧堺燈台>に向かう前、堺駅で駅員さんに尋ねて、関西空港へ向かう手立ても確認してあった。今回は<特急ラピート>ではなく、<空港急行>を利用してみた。こちらも悪くない…
10月22日に神戸空港へ飛び、いきなり姫路城を訪ねてから…10月31日に関西空港から発つ直前の<旧堺燈台>に至るまで…実にいろいろな場所を訪ねた…加えて、“乗物好き”なので移動そのものもそれなりに愉しんだ…何か“時代モノ”(歴史関係)と、半ば歴史も関連する“鉄道”がテーマだったかもしれない…
私には…所謂“財産”に類するモノは何も無い…しかし、こうやって気が向くままに方々を訪ねた思い出は、何にも増して「私の!!」貴重な“財産”だと思う…
リュックサックのポケットに確り保管して在った「拙宅の鍵」を何時もの要領でポケットに…後は忘れ物をせず、慌てずに街へ出て、バスに乗車して北上するばかりだ…
運行日誌(2015.10.30-31)
天王寺駅傍の小さな店で<おぼろうどん>というモノ―“おぼろ昆布”というモノを載せたうどん―を美味しく頂き、「ごちそうさま」と店を出る際、背中に「おおきに!」という店のおばちゃんの声を聞く…「大阪で迎えた朝」という感である…劇的な朝焼けこそ視られなかったが、今朝も天候は好い…
“トレインビュー”とでも言うのか、宿の部屋の窓側にJRの線路が在って、各種の列車が行き交っている。人によっては「騒々しい?」と感じる場合も在るのかもしれないが、私は然程気にならない。何か「駅構内に居候」という感で、悪くないと思っている…名前を聞いたことが在る各チェーンホテルで、私が居る宿が、恐らく天王寺駅に最も近い位置に在るであろう…最寄のコンビニが、大きな歩道橋の向こうなのも、「跨線橋を渡って、隣りのホームのキオスクを利用」という風情というものか?朝は5時前から列車が動く様子の音が聞こえていたが…昨夜は全く気にならずに、かなり深く眠ってしまっていた…
昨日は、奈良から京都を経て大阪入りである。関西空港からの“帰国”…空港を目指す際の利便性等を顧慮して、天王寺に陣取った…「陣取った」等と何となく言ってしまうが、天王寺辺りは、戦国期から江戸時代初め辺りまで、武将達が軍勢を引き連れてやって来て、文字どおり彼らが「陣取った」場所でもある訳だが…
奈良から京都は存外に近かった…沿線には、京都に本拠を構える有名な私立大学のキャンパスも在るようだった…土曜日で、“ラッシュ”という程でもないものの、乗物は何れも結構混み合っていた…
西本願寺を訪ねてみた…辺りを伺うと、「直ぐ近くには来たことも在った…」と気付いたのだが、訪ねてみたことが無かったのだ…国宝の<唐門>や、巨大な御堂や、永い歴史を見詰めて来たであろう凄まじく立派な銀杏の木を眺めた…<太鼓楼>というモノが在り、案内板に新選組隊士の島田魁への言及が在った。島田魁…新選組の初期からの隊士で、最後は箱館で戦った経過を有しているが、後年は京都に住んで西本願寺太鼓楼の管理人をしていたらしい…
そんな島田魁の名を視て…新選組の隊士達が呑んでいたという島原に足を運んだ…実は、西本願寺を探していた時に地名を視掛けていた…更に、以前に『輪違屋糸里』という小説が面白かったことから、島原には立寄った経過も在った…恐らくは「尽忠報国乃士」と刻まれた鉄扇を手に、長い刀を差した巨漢だったらしい芹沢鴨―近藤勇の一派に粛清されたという、新選組の最初期の局長―が、大酒を喰らって通り抜けていたであろう大門を潜り、愉しく読んだ小説に在った<輪違屋>や、新選組関係の宴会や、彼らが追っていた長州の志士達の会合も在ったらしい<角屋>を眺め、JRの丹波口駅から京都駅へ混み合っていた列車で移動した…
地下鉄で丸太町へ向かい、何かで読んだ「平安京の模型」が在るという場所を探そうとしたが、駅の案内板を視てもよく判らず「さて、どうしたものか?」と思っていると…“蛤御門”の文字が案内板に…新選組が活躍した「池田屋事件」の後、長州勢が出兵して戦闘が生じているのだが、その舞台となった場所…「行こう!!」とそこを目指した…
“蛤御門”…要は京都御所の門の一つなのだが…何やら「駐車場の出入口」のようになっていて、存外な頻度でバスやタクシーが出入りしていた…「史跡もこういう具合が…」と複雑な気分になったのだが…「京都御所一般公開」の日であったことを知った…「素晴らしい!!」と確り京都御所を見学させて頂いた…好い経験だった!!<宮内庁>という腕章をしたスタッフが出ていたり、<皇宮警察>の名が入った“警備本部”が在って、「彼らの“一大行事”?」と思った側面も在ったのだが…それでも「永い伝統」に、思いがけずに触れさせて頂いたことに感謝したい…
京都・大阪間の移動に関しては、何となく気に入っている京阪電車を利用した。淀屋橋で地下鉄に乗り継ぎ、日が傾いた天王寺、かの<あべのハルカス>の“足下”に入った…
宿にチェックインの後…地下鉄でなんば駅に出て、御堂筋を歩いてみた…復路は、本町駅から地下鉄で天王寺駅に引揚げた…
御堂筋は何処と無く華やかで、歩いてみて何となく気分が好い場所のように思う。船場に至り、本町駅辺りでは「明治43年創業」という店―現在はビルのテナントに入っている―で、「創業以来の味」という<インディアン・カレー>を頂き、<HRC>に寄って一点だけ記念品を求めた…
宿では、<黒霧島>を少々頂き…直ぐに眠った…
散々歩き回っていれば、早めに眠くもなる訳で、必然と言うのか、朝も早い…暗い間に、前夜にコンビニで頂いた箱に荷物を詰めた…
箱に入ったのは、着替えやらカメラ用の小型三脚や、途中の人吉で求めて旅行期間中に使用していたライターオイル等々であるが…存外に重い…全て持って歩き回っていた訳で…何やらとんでもないような気がした…
箱の荷物をコンビニから送付してしまい、そのまま四天王寺へ散策に出た。四天王寺…早朝から近隣の人達等が立寄っている場所だった…
そして散策から戻り、宿の部屋でゆったりとしている…今日の“帰国”のフライト…夕刻だ…“チェックアウト時間”一杯近く迄、ゆっくりしていようと思う…その間に写真の整理も出来ようというものだ…
今日は、半袖Tシャツの上にデニムのジャケット、ジーンズ穿きという出で立ちで散策に出たが…丁度好かった…関西国際空港までは、そういう感じで…“帰国後”に関しては…札幌で考えよう…長袖Tシャツと、長袖ワークシャツは送ってしまわないようにしてある…
“トレインビュー”とでも言うのか、宿の部屋の窓側にJRの線路が在って、各種の列車が行き交っている。人によっては「騒々しい?」と感じる場合も在るのかもしれないが、私は然程気にならない。何か「駅構内に居候」という感で、悪くないと思っている…名前を聞いたことが在る各チェーンホテルで、私が居る宿が、恐らく天王寺駅に最も近い位置に在るであろう…最寄のコンビニが、大きな歩道橋の向こうなのも、「跨線橋を渡って、隣りのホームのキオスクを利用」という風情というものか?朝は5時前から列車が動く様子の音が聞こえていたが…昨夜は全く気にならずに、かなり深く眠ってしまっていた…
昨日は、奈良から京都を経て大阪入りである。関西空港からの“帰国”…空港を目指す際の利便性等を顧慮して、天王寺に陣取った…「陣取った」等と何となく言ってしまうが、天王寺辺りは、戦国期から江戸時代初め辺りまで、武将達が軍勢を引き連れてやって来て、文字どおり彼らが「陣取った」場所でもある訳だが…
奈良から京都は存外に近かった…沿線には、京都に本拠を構える有名な私立大学のキャンパスも在るようだった…土曜日で、“ラッシュ”という程でもないものの、乗物は何れも結構混み合っていた…
西本願寺を訪ねてみた…辺りを伺うと、「直ぐ近くには来たことも在った…」と気付いたのだが、訪ねてみたことが無かったのだ…国宝の<唐門>や、巨大な御堂や、永い歴史を見詰めて来たであろう凄まじく立派な銀杏の木を眺めた…<太鼓楼>というモノが在り、案内板に新選組隊士の島田魁への言及が在った。島田魁…新選組の初期からの隊士で、最後は箱館で戦った経過を有しているが、後年は京都に住んで西本願寺太鼓楼の管理人をしていたらしい…
そんな島田魁の名を視て…新選組の隊士達が呑んでいたという島原に足を運んだ…実は、西本願寺を探していた時に地名を視掛けていた…更に、以前に『輪違屋糸里』という小説が面白かったことから、島原には立寄った経過も在った…恐らくは「尽忠報国乃士」と刻まれた鉄扇を手に、長い刀を差した巨漢だったらしい芹沢鴨―近藤勇の一派に粛清されたという、新選組の最初期の局長―が、大酒を喰らって通り抜けていたであろう大門を潜り、愉しく読んだ小説に在った<輪違屋>や、新選組関係の宴会や、彼らが追っていた長州の志士達の会合も在ったらしい<角屋>を眺め、JRの丹波口駅から京都駅へ混み合っていた列車で移動した…
地下鉄で丸太町へ向かい、何かで読んだ「平安京の模型」が在るという場所を探そうとしたが、駅の案内板を視てもよく判らず「さて、どうしたものか?」と思っていると…“蛤御門”の文字が案内板に…新選組が活躍した「池田屋事件」の後、長州勢が出兵して戦闘が生じているのだが、その舞台となった場所…「行こう!!」とそこを目指した…
“蛤御門”…要は京都御所の門の一つなのだが…何やら「駐車場の出入口」のようになっていて、存外な頻度でバスやタクシーが出入りしていた…「史跡もこういう具合が…」と複雑な気分になったのだが…「京都御所一般公開」の日であったことを知った…「素晴らしい!!」と確り京都御所を見学させて頂いた…好い経験だった!!<宮内庁>という腕章をしたスタッフが出ていたり、<皇宮警察>の名が入った“警備本部”が在って、「彼らの“一大行事”?」と思った側面も在ったのだが…それでも「永い伝統」に、思いがけずに触れさせて頂いたことに感謝したい…
京都・大阪間の移動に関しては、何となく気に入っている京阪電車を利用した。淀屋橋で地下鉄に乗り継ぎ、日が傾いた天王寺、かの<あべのハルカス>の“足下”に入った…
宿にチェックインの後…地下鉄でなんば駅に出て、御堂筋を歩いてみた…復路は、本町駅から地下鉄で天王寺駅に引揚げた…
御堂筋は何処と無く華やかで、歩いてみて何となく気分が好い場所のように思う。船場に至り、本町駅辺りでは「明治43年創業」という店―現在はビルのテナントに入っている―で、「創業以来の味」という<インディアン・カレー>を頂き、<HRC>に寄って一点だけ記念品を求めた…
宿では、<黒霧島>を少々頂き…直ぐに眠った…
散々歩き回っていれば、早めに眠くもなる訳で、必然と言うのか、朝も早い…暗い間に、前夜にコンビニで頂いた箱に荷物を詰めた…
箱に入ったのは、着替えやらカメラ用の小型三脚や、途中の人吉で求めて旅行期間中に使用していたライターオイル等々であるが…存外に重い…全て持って歩き回っていた訳で…何やらとんでもないような気がした…
箱の荷物をコンビニから送付してしまい、そのまま四天王寺へ散策に出た。四天王寺…早朝から近隣の人達等が立寄っている場所だった…
そして散策から戻り、宿の部屋でゆったりとしている…今日の“帰国”のフライト…夕刻だ…“チェックアウト時間”一杯近く迄、ゆっくりしていようと思う…その間に写真の整理も出来ようというものだ…
今日は、半袖Tシャツの上にデニムのジャケット、ジーンズ穿きという出で立ちで散策に出たが…丁度好かった…関西国際空港までは、そういう感じで…“帰国後”に関しては…札幌で考えよう…長袖Tシャツと、長袖ワークシャツは送ってしまわないようにしてある…
運行日誌(2015.10.29-30)
コンビニの珈琲が妙に美味い…宿の直ぐ傍…「館内売店」と言ってしまえるような位置の店に出て仕入れて来た代物だ…
宿に入って暫く経ち、コインランドリーを利用し終えて、何となくベッドの上で何かを被るでもなく大の字になり…スッカリ眠ってしまったようだ…気付くと深夜の2時を過ぎてしまっている…
こういう状態になると…とりあえず珈琲でも欲しい…ということで、偶々着ていた長袖Tシャツ1枚にジーンズ穿きという出で立ちで戸外に出て、然程寒くは無かった…
姫路で朝を迎え、博多駅構内の旅行会社で求めて在った、準備の<スルッとKANSAI>を改札口を通ることの出来るカードに引き換えて頂いて山陽姫路駅を出発した…
最初に立ち寄ったのは舞子公園…明石市と神戸市の境目辺りで、神戸寄りな辺りなのだろうか…巨大な明石海峡大橋の足下に公園が在る。海辺であっても寒くも無い、好い按配だった…
やがて神戸の長田に在る<鉄人28号>に対面し、神戸の都心部へ…漢字で書くと「旧居留地・大丸前」でどうということもない感じだが…平仮名になると「きゅうきょりゅうち・だいまるまえ」となり、駅の看板が窮屈そうだった地下鉄駅に着いた…
神戸では神戸市立博物館をゆっくり見学した。大英博物館のモノが展示される企画展と、神戸の歴史を伝える常設展を、嘗ての銀行の建物を生かして造ったという博物館内でゆっくり愉しんだ次第だ…
やがて…“地下鉄”方式の駅だったので、「何処??」と思いながら辿り着いた阪神の神戸三宮駅に入り、奈良行の“快速特急”という列車に乗った。車内で些かの居眠りも在ったが、1時間半足らずで近鉄奈良駅に到着だ…
奈良に着いてみれば…何やら酷く賑わっていた…「何か頂こう…」と思った…所謂“ランチピーク”は少し過ぎていたが…方々込み合っていて、行列まで在る…そんな中、喫煙席まで在るカフェにたっぷり空席が在ったので入った。頂いたのは、“大和ポーク”という奈良県内の養豚場の肉を使ったハンバーグが使われたハンバーガーで「特大!!」からの連想で命名されたのであろうが、名付けて<大仏バーガー>という代物…これが好かった!!
食後に春日大社方面を散策…「秋がゆっくりと始まる」という風情…古代からの歴史を伝えるような森は、射し込む光と木立の影が、何か「鮮やか…」で心洗われる…他方…老若男女、国内外の「何処から集まった?」という程度の人出である…かく言う自身も、北海道の奥からふらふらと流れ着いた訳だが…
奈良と言えば鹿…宮崎の博物館で剥製を確り視て「ニホンジカはエゾシカより小柄な種類である」と認識していたが…そういう感を強くした…「天然塩味の草…美味い…」とばかりに堂々と草を食む拙宅近所のエゾシカに対し…当地のニホンジカの一部は「お客さん…僕達の好きな“鹿せんべい”は?」と擦り寄って来たり、「何処から来たの?」と佇んでこちらを視ていたり、売店のマスコットのような位置に収まっていて来訪した皆さんと記念撮影をしていたりと、何か「独特な生活環境」の中に生きている様子が伺える…また、牡鹿は角をカットしてあった…
実は…奈良に泊まっているというのは、『正倉院展』見学を企図していたのだが…国立博物館に辿り着いてみれば、続々と団体がやって来て、「只今、館内が大変の混み合っております。今暫く入場をお待ち下さい」とスタッフがマイクを通じてアナウンスする声も聞こえる…何やら凄い行列も遠くに見える…アッサリと“挫折”してしまった…
そしてとりあえず宿に入り…深夜に至るまで寝入ってしまった次第だ…直ぐに再度寝ることも出来ず…写真の整理をしていた…カメラに挿し込んでいるSDカードの要領を確保し、「外でのカード交換」を回避する意図である。これまでのところ、広島のネットカフェで朝に一息という場面で一度交換をしただけで、戸外でやることは回避出来ている…
こうしている間に…また眠気を覚えて来た…珈琲も空いた…
宿に入って暫く経ち、コインランドリーを利用し終えて、何となくベッドの上で何かを被るでもなく大の字になり…スッカリ眠ってしまったようだ…気付くと深夜の2時を過ぎてしまっている…
こういう状態になると…とりあえず珈琲でも欲しい…ということで、偶々着ていた長袖Tシャツ1枚にジーンズ穿きという出で立ちで戸外に出て、然程寒くは無かった…
姫路で朝を迎え、博多駅構内の旅行会社で求めて在った、準備の<スルッとKANSAI>を改札口を通ることの出来るカードに引き換えて頂いて山陽姫路駅を出発した…
最初に立ち寄ったのは舞子公園…明石市と神戸市の境目辺りで、神戸寄りな辺りなのだろうか…巨大な明石海峡大橋の足下に公園が在る。海辺であっても寒くも無い、好い按配だった…
やがて神戸の長田に在る<鉄人28号>に対面し、神戸の都心部へ…漢字で書くと「旧居留地・大丸前」でどうということもない感じだが…平仮名になると「きゅうきょりゅうち・だいまるまえ」となり、駅の看板が窮屈そうだった地下鉄駅に着いた…
神戸では神戸市立博物館をゆっくり見学した。大英博物館のモノが展示される企画展と、神戸の歴史を伝える常設展を、嘗ての銀行の建物を生かして造ったという博物館内でゆっくり愉しんだ次第だ…
やがて…“地下鉄”方式の駅だったので、「何処??」と思いながら辿り着いた阪神の神戸三宮駅に入り、奈良行の“快速特急”という列車に乗った。車内で些かの居眠りも在ったが、1時間半足らずで近鉄奈良駅に到着だ…
奈良に着いてみれば…何やら酷く賑わっていた…「何か頂こう…」と思った…所謂“ランチピーク”は少し過ぎていたが…方々込み合っていて、行列まで在る…そんな中、喫煙席まで在るカフェにたっぷり空席が在ったので入った。頂いたのは、“大和ポーク”という奈良県内の養豚場の肉を使ったハンバーグが使われたハンバーガーで「特大!!」からの連想で命名されたのであろうが、名付けて<大仏バーガー>という代物…これが好かった!!
食後に春日大社方面を散策…「秋がゆっくりと始まる」という風情…古代からの歴史を伝えるような森は、射し込む光と木立の影が、何か「鮮やか…」で心洗われる…他方…老若男女、国内外の「何処から集まった?」という程度の人出である…かく言う自身も、北海道の奥からふらふらと流れ着いた訳だが…
奈良と言えば鹿…宮崎の博物館で剥製を確り視て「ニホンジカはエゾシカより小柄な種類である」と認識していたが…そういう感を強くした…「天然塩味の草…美味い…」とばかりに堂々と草を食む拙宅近所のエゾシカに対し…当地のニホンジカの一部は「お客さん…僕達の好きな“鹿せんべい”は?」と擦り寄って来たり、「何処から来たの?」と佇んでこちらを視ていたり、売店のマスコットのような位置に収まっていて来訪した皆さんと記念撮影をしていたりと、何か「独特な生活環境」の中に生きている様子が伺える…また、牡鹿は角をカットしてあった…
実は…奈良に泊まっているというのは、『正倉院展』見学を企図していたのだが…国立博物館に辿り着いてみれば、続々と団体がやって来て、「只今、館内が大変の混み合っております。今暫く入場をお待ち下さい」とスタッフがマイクを通じてアナウンスする声も聞こえる…何やら凄い行列も遠くに見える…アッサリと“挫折”してしまった…
そしてとりあえず宿に入り…深夜に至るまで寝入ってしまった次第だ…直ぐに再度寝ることも出来ず…写真の整理をしていた…カメラに挿し込んでいるSDカードの要領を確保し、「外でのカード交換」を回避する意図である。これまでのところ、広島のネットカフェで朝に一息という場面で一度交換をしただけで、戸外でやることは回避出来ている…
こうしている間に…また眠気を覚えて来た…珈琲も空いた…
運行日誌(2015.10.28-29)
姫路で早朝を迎えてしまった…夜遅くに到着し、これから出発なので、正しく「寝るだけ」という感だ。が、これもまた私の中では「在り」だ。「どんなに遅くなっても…」と「翌朝の出発予定地点」を目掛けて移動し、夜を明かしてというようなことは、これまでにも何度もやっていることだ…
この休暇期間中、何時も眠りは深い…或いは非常に善い傾向だ。連日のように、通常の何倍も歩き回っているのだから…身体を使えば、深く眠って回復を図るのが“生物”なのであろう…
昨夜に広島駅を発った時、駅構内の売店で土産物を売っているのを視た。「広島」というテーマで、原爆ドーム、路面電車、広島城の写真をあしらったマグネットか何かを見掛けた…これらの3者…今般、私も散々に写真を撮った。期せずして、何処かの土産業者が考える「広島」を追っていた側面も在る。
興味深く読了した『空白の天気図』に登場する気象台、日清戦争の時代に“軍都”という色彩を帯びた街の歴史を伝える、嘗ての「糧秣廠」の煉瓦造建築を利用した資料館、四国や離島との船が往来するターミナルを訪ね、早朝と夕刻に原爆ドームを眺める…ランチは宇品で「お好み焼き」という具合…昨日はそんな一日だった…
気象台にせよ、資料館にせよ、小学生の団体が目立った。気象台は、気象の不思議を子ども達に伝える内容の展示があり、そこで子ども達が盛上っていて、やや煩かった…資料館では、地元小学校の郷土学習のようなことが行われていて、関係者なのか、市民のグループなのか、子ども達に昔の暮らしや広島港発展の契機となった宇品の港の建設やら日清戦争の辺りの経過を語っていて、子ども達は神妙にそれに聴き入っていた…こういう「如何にも」な「街の子ども達も利用するような施設」は善い…
資料館では、“企画展”ということで、日中戦争で戦死した、とある広島出身の青年将校「H氏」の生涯を追う展示が行われていた。これが秀逸だった…
展示では、「H氏」を例として、当時の学校や社会、彼が愛したラグビーの世界の状況、軍隊生活や山陽地方から中国大陸へ出た部隊のこと、“軍人”としての「H氏」の軍服や軍刀や、学校時代からの知り合いの軍医が看取った最期を伝えるもの…何か「人生と時代」というようなものが迫って来た…
早朝、広島のバスターミナルから程近いこともあって、思わず立ち寄った原爆ドームに再度立ち寄り、夕景を眺めていた。色々な想いが渦巻くような場所だ…ぼんやり辺りのベンチに腰を下ろして居れば…国内の人も国外の人も、多数の人がそこで足を停め、写真を撮っていた…
結局、夜の新幹線に乗った…京都か大阪への夜行バスも考えたが…“車中泊”の連続を避けたかった…それで、結局ネットカフェで夜明かしだが…
昨日から今朝に掛けて、写真の整理も可能な範囲で進めた。そもそも、今般は「原爆ドームの写真を撮ってみようか…」というのも、「休暇…西日本!」と思い付いた理由の一つになっているのだ…天候にも恵まれ、或る程度納得出来る写真を撮った…
関西各地の今日の予報は、晴れまたは曇りだ…とりあえず、動き易い天候であれば善い…今日はどんな具合になるか…
この休暇期間中、何時も眠りは深い…或いは非常に善い傾向だ。連日のように、通常の何倍も歩き回っているのだから…身体を使えば、深く眠って回復を図るのが“生物”なのであろう…
昨夜に広島駅を発った時、駅構内の売店で土産物を売っているのを視た。「広島」というテーマで、原爆ドーム、路面電車、広島城の写真をあしらったマグネットか何かを見掛けた…これらの3者…今般、私も散々に写真を撮った。期せずして、何処かの土産業者が考える「広島」を追っていた側面も在る。
興味深く読了した『空白の天気図』に登場する気象台、日清戦争の時代に“軍都”という色彩を帯びた街の歴史を伝える、嘗ての「糧秣廠」の煉瓦造建築を利用した資料館、四国や離島との船が往来するターミナルを訪ね、早朝と夕刻に原爆ドームを眺める…ランチは宇品で「お好み焼き」という具合…昨日はそんな一日だった…
気象台にせよ、資料館にせよ、小学生の団体が目立った。気象台は、気象の不思議を子ども達に伝える内容の展示があり、そこで子ども達が盛上っていて、やや煩かった…資料館では、地元小学校の郷土学習のようなことが行われていて、関係者なのか、市民のグループなのか、子ども達に昔の暮らしや広島港発展の契機となった宇品の港の建設やら日清戦争の辺りの経過を語っていて、子ども達は神妙にそれに聴き入っていた…こういう「如何にも」な「街の子ども達も利用するような施設」は善い…
資料館では、“企画展”ということで、日中戦争で戦死した、とある広島出身の青年将校「H氏」の生涯を追う展示が行われていた。これが秀逸だった…
展示では、「H氏」を例として、当時の学校や社会、彼が愛したラグビーの世界の状況、軍隊生活や山陽地方から中国大陸へ出た部隊のこと、“軍人”としての「H氏」の軍服や軍刀や、学校時代からの知り合いの軍医が看取った最期を伝えるもの…何か「人生と時代」というようなものが迫って来た…
早朝、広島のバスターミナルから程近いこともあって、思わず立ち寄った原爆ドームに再度立ち寄り、夕景を眺めていた。色々な想いが渦巻くような場所だ…ぼんやり辺りのベンチに腰を下ろして居れば…国内の人も国外の人も、多数の人がそこで足を停め、写真を撮っていた…
結局、夜の新幹線に乗った…京都か大阪への夜行バスも考えたが…“車中泊”の連続を避けたかった…それで、結局ネットカフェで夜明かしだが…
昨日から今朝に掛けて、写真の整理も可能な範囲で進めた。そもそも、今般は「原爆ドームの写真を撮ってみようか…」というのも、「休暇…西日本!」と思い付いた理由の一つになっているのだ…天候にも恵まれ、或る程度納得出来る写真を撮った…
関西各地の今日の予報は、晴れまたは曇りだ…とりあえず、動き易い天候であれば善い…今日はどんな具合になるか…
運行日誌(2015.10.28)
立ち寄った経過の在る広島の、これもまた利用した経過が在る駅前のネットカフェで一息入れている…
「JR九州バス」の真っ赤な車体は深夜の山陽路を東へ駆けた…日付が変わる前に休憩停車し、やがて広島に程近い宮島サービスエリアでもう一度休憩停車し、広島に入った…定刻より少しだけ早い程度…好い!!あのバスは、更に福山を目指す…一人の運転士氏で走り抜いた様子だった…感謝申し上げたい感だ…車中では…かなり深く眠っていた…
広島のバスターミナルの近所に、かの“原爆ドーム”が在る…やや風が冷涼で、近くで携帯電話で話していた男性が「めっちゃ寒い…」と口にしているのが聞こえた…“寒冷地仕様”を自認する私にとっては普通だ…半袖Tシャツの上に長袖ワークシャツ―往年の特撮ヒーローの主人公が、平服姿の場面で着ていたような、無地の真っ赤なシャツ…―、ジーンズ穿きという出で立ちで、何とか好い位だ…多分、上着を羽織ると日中に酷く汗をかいてしまうであろう…
“原爆ドーム”…西の空に消えようかという月が彼方に見えるようなシチュエーション…そんな様を眺めた…コンビニで珈琲を求め、「朝の一杯」を気取り、やがて路面電車が賑やかになり始めると、年季の入った路面電車が“原爆ドーム”を背景に現れた…
そういう様子を楽しんだ後、路面電車で広島駅へ動いた。路面電車の“1日乗車券”も確り入手…これを今日は使う!
広島駅の電停付近で様子を伺えば、何やら“通勤通学ラッシュ”の始まりそうな気配…そういう意味で街は既に動き始めたが、未だ“始業前”という雰囲気…とりあえず一息入れることにした…
広島に関しては…2009年に辿り着いて、初めて“原爆ドーム”と資料館を見学したことや、2010年に通り過ぎたことを思い起こす…路面電車でこの街をもう少し動き回ってみようと、少し長く思っていたのだが、今般要約念願を叶えた型である…
今般、休暇ということになり、「行きたい場所が多過ぎる…」と「とりあえず西日本を訪ねる」ということにしてあった…当初思っていたのは、「関西を軸に、広島辺りに足を伸ばし」ということだったのだが…<SL人吉>に引っ張られて「九州上陸作戦」となった。九州では小倉を起点に、熊本、鹿児島、宮崎、福岡と「半ば“一周”」するようなことをしてしまった。福岡でコーヒーブレイクを楽しんだ友人は、「鹿児島辺りは何度も行って、特に珍しくもなくなって…“実家”か何かみたいな…」と指摘していたが、なるほど札幌の“親父殿”の家を訪ねるのに近い頻度で遊びに行っているかもしれない…
もう少々休んで…広島を散策する…早朝の感じでは晴天だった…
「JR九州バス」の真っ赤な車体は深夜の山陽路を東へ駆けた…日付が変わる前に休憩停車し、やがて広島に程近い宮島サービスエリアでもう一度休憩停車し、広島に入った…定刻より少しだけ早い程度…好い!!あのバスは、更に福山を目指す…一人の運転士氏で走り抜いた様子だった…感謝申し上げたい感だ…車中では…かなり深く眠っていた…
広島のバスターミナルの近所に、かの“原爆ドーム”が在る…やや風が冷涼で、近くで携帯電話で話していた男性が「めっちゃ寒い…」と口にしているのが聞こえた…“寒冷地仕様”を自認する私にとっては普通だ…半袖Tシャツの上に長袖ワークシャツ―往年の特撮ヒーローの主人公が、平服姿の場面で着ていたような、無地の真っ赤なシャツ…―、ジーンズ穿きという出で立ちで、何とか好い位だ…多分、上着を羽織ると日中に酷く汗をかいてしまうであろう…
“原爆ドーム”…西の空に消えようかという月が彼方に見えるようなシチュエーション…そんな様を眺めた…コンビニで珈琲を求め、「朝の一杯」を気取り、やがて路面電車が賑やかになり始めると、年季の入った路面電車が“原爆ドーム”を背景に現れた…
そういう様子を楽しんだ後、路面電車で広島駅へ動いた。路面電車の“1日乗車券”も確り入手…これを今日は使う!
広島駅の電停付近で様子を伺えば、何やら“通勤通学ラッシュ”の始まりそうな気配…そういう意味で街は既に動き始めたが、未だ“始業前”という雰囲気…とりあえず一息入れることにした…
広島に関しては…2009年に辿り着いて、初めて“原爆ドーム”と資料館を見学したことや、2010年に通り過ぎたことを思い起こす…路面電車でこの街をもう少し動き回ってみようと、少し長く思っていたのだが、今般要約念願を叶えた型である…
今般、休暇ということになり、「行きたい場所が多過ぎる…」と「とりあえず西日本を訪ねる」ということにしてあった…当初思っていたのは、「関西を軸に、広島辺りに足を伸ばし」ということだったのだが…<SL人吉>に引っ張られて「九州上陸作戦」となった。九州では小倉を起点に、熊本、鹿児島、宮崎、福岡と「半ば“一周”」するようなことをしてしまった。福岡でコーヒーブレイクを楽しんだ友人は、「鹿児島辺りは何度も行って、特に珍しくもなくなって…“実家”か何かみたいな…」と指摘していたが、なるほど札幌の“親父殿”の家を訪ねるのに近い頻度で遊びに行っているかもしれない…
もう少々休んで…広島を散策する…早朝の感じでは晴天だった…
運行日誌(2015.10.27)
「夜行バス移動」を控え、バスターミナルが入るビルに入居しているネットカフェ―博多駅直近で、勝手に“指定休憩所”と呼ぶ場所の一つ…―で夜の一時を過ごしている…今般の旅で、初めて「雨で行動を阻まれた?」と感じる天候も見受けられた一日となった…
小倉駅を発った際、朝焼けが美しかった…殆ど白に見えるアイボリー色に青いラインが入った、国鉄時代からの年季が入ったディーゼルカーは、車体が暁色に染まっていた…
通学の高校生等が多く見受けられ、彼らが入れ替わりながら列車は南東へ進んだ…「夜明」という名の駅を越えて、列車は日田に着いた…
日田では、古い町並みを伝える豆田町を訪ねた。しかし…歩道が無い街路に双方向から車輌が入って行き交う…挙句に、路肩に車を停めて買物か何かをしている人が在り、何やら“ボトルネック”風になっている…そういう場所に居ると…何か「車道を歩かされている」ような、「車に追い立てられている」ような感じで、折角“架線埋設”を施して、スッキリした空に古い屋根が映える状態なのにも拘らず、非常にスッキリしない…
その辺りで雨が混じったが、以降、移動した久留米、福岡と雨が交じる感じが続いた…
久留米では…かの真木和泉に縁の水天宮を観た。
駅の観光案内所で水天宮への道順を教えて頂いたが、案内所では途中の「坂本繁二郎生家」を推しているらしく、説明を頂き、現地で説明パネルも拝見した。明治期の画家で、久留米の武家の生まれである坂本繁二郎…一家が東京に移った後、屋敷は知人に譲られ、その知人と後裔が永く屋敷を保有していたということで、結果的に「久留米に唯一残った武家屋敷」ということになった。久留米市が寄贈を受け、整備保存、文化財としての紹介に力を入れているのだ…江戸時代の「普通の武家」という感じの人の屋敷…佐賀の大隈重信の家や、鹿児島県の知覧に在る屋敷群を見ているが、そうしたモノに通じる感じだった。明治期に、20歳代位の坂本繁二郎が住んでいた頃の様子を、詳しく調べて再現しているのだそうだ…
やがて博多へ…博多も雨だったが…夜行バスの券も取れて、関西に引揚げた後に使う「関西以外で発売」という<スルッとKANSAI>も無事に入手出来た…
博多までやって来るとなれば…天神在勤の旧友を思い出し、連絡を取ってコーヒーブレイクとした…
その友人の薦めも在り、博多駅地下街の店で“博多うどん”を頂いた。「軟い麺」だが「断じて軟過ぎない」感じが秀逸だ!!福岡県から宮崎県位まで、九州の東海岸はうどんがなかなかにポピュラーらしい…
何か今般…新千歳空港のラーメン…鹿児島の屋台村でランチのラーメン…宮崎のうどん…久留米駅のラーメン…博多駅のうどん…という具合に麺を頂く比率が高くなっている感じである…普段とやや違うのだが…普段と違うことをするのが、「休暇」というものだろうと嘯いてみる…
福岡・広島間について「夜行バスでの移動」というのは初めてだ…どのような具合になるか?明日の朝には広島…予報は晴天…素直に予報のとおり、晴れると善い…
小倉駅を発った際、朝焼けが美しかった…殆ど白に見えるアイボリー色に青いラインが入った、国鉄時代からの年季が入ったディーゼルカーは、車体が暁色に染まっていた…
通学の高校生等が多く見受けられ、彼らが入れ替わりながら列車は南東へ進んだ…「夜明」という名の駅を越えて、列車は日田に着いた…
日田では、古い町並みを伝える豆田町を訪ねた。しかし…歩道が無い街路に双方向から車輌が入って行き交う…挙句に、路肩に車を停めて買物か何かをしている人が在り、何やら“ボトルネック”風になっている…そういう場所に居ると…何か「車道を歩かされている」ような、「車に追い立てられている」ような感じで、折角“架線埋設”を施して、スッキリした空に古い屋根が映える状態なのにも拘らず、非常にスッキリしない…
その辺りで雨が混じったが、以降、移動した久留米、福岡と雨が交じる感じが続いた…
久留米では…かの真木和泉に縁の水天宮を観た。
駅の観光案内所で水天宮への道順を教えて頂いたが、案内所では途中の「坂本繁二郎生家」を推しているらしく、説明を頂き、現地で説明パネルも拝見した。明治期の画家で、久留米の武家の生まれである坂本繁二郎…一家が東京に移った後、屋敷は知人に譲られ、その知人と後裔が永く屋敷を保有していたということで、結果的に「久留米に唯一残った武家屋敷」ということになった。久留米市が寄贈を受け、整備保存、文化財としての紹介に力を入れているのだ…江戸時代の「普通の武家」という感じの人の屋敷…佐賀の大隈重信の家や、鹿児島県の知覧に在る屋敷群を見ているが、そうしたモノに通じる感じだった。明治期に、20歳代位の坂本繁二郎が住んでいた頃の様子を、詳しく調べて再現しているのだそうだ…
やがて博多へ…博多も雨だったが…夜行バスの券も取れて、関西に引揚げた後に使う「関西以外で発売」という<スルッとKANSAI>も無事に入手出来た…
博多までやって来るとなれば…天神在勤の旧友を思い出し、連絡を取ってコーヒーブレイクとした…
その友人の薦めも在り、博多駅地下街の店で“博多うどん”を頂いた。「軟い麺」だが「断じて軟過ぎない」感じが秀逸だ!!福岡県から宮崎県位まで、九州の東海岸はうどんがなかなかにポピュラーらしい…
何か今般…新千歳空港のラーメン…鹿児島の屋台村でランチのラーメン…宮崎のうどん…久留米駅のラーメン…博多駅のうどん…という具合に麺を頂く比率が高くなっている感じである…普段とやや違うのだが…普段と違うことをするのが、「休暇」というものだろうと嘯いてみる…
福岡・広島間について「夜行バスでの移動」というのは初めてだ…どのような具合になるか?明日の朝には広島…予報は晴天…素直に予報のとおり、晴れると善い…
運行日誌(2015.10.26-27)
あの“メーテル”に迎えられ、深夜帯へ踏み込もうとしている小倉駅に到着し、「小倉から急遽の移動で熊本」という段取りをしていたネットカフェに再び寄り、所謂“夜明かし”ということをした。ぼんやりしているような、深く眠ってスッキリしているような、少し不思議な朝である…
昨日は、只管に九州の東海岸を北上した…
宮崎から美々津へ向かい、古い町並みと、神武天皇東征に際して船出をしたと伝えられるのが美々津であるということで設けられた<日本海軍発祥>の記念碑を眺めた…宮崎神宮で、その神武天皇の東征ということで、古墳から出土している埴輪に見受けられる古代の船をイメージして製作された船が飾られているのを視た。故に、この美々津への関心が高まった訳だ…
美々津に関しては、かの“クルーズトレイン”の<ななつぼしin九州>が停車して、乗客があの古い町並みを散策する企画が在るという。その皆さんはバスで近くへ行くのだろうが…私は「海辺の坂道」風な国道に沿って、存外に歩き、町並みに加えて、波がうねる海も眺めていた…
美々津からは延岡に出て、現在の宮崎県の版図では最大級だったという近世城郭であるという延岡城の址、城山公園を訪ねた…
何れも…「静かな地方」という感じだが、両地域でなかなかに歩いた…先程、御手洗いで鏡を見たが、多少日焼けしているかもしれない…
延岡から先は…「本数限定」な大分県側への列車に乗車した。佐伯に至り、列車の乗務員氏に「着きましたよ!」と声を掛けられる按配で、居眠りしてしまっていたが、「あの区間」の車窓を暗くなりきってしまう前に視られたのは、少し善かった…
やがて入れ替わり乗客が乗降する列車で北上だが…一部区間では「通学電車に紛れ込んだおじさん」の状態で、周囲を悉く高校生に囲まれるという場面も在った…
後から気付いたのは…列車の始発の大分駅で休んでいれば善かったのだったが、ずうっと先の寂しい駅である大神(おおが)まで進んで小倉行列車を待ち合わせた…
「帰国」の飛行機は関西国際空港からである…今日は、道草をしながら交通結節点の博多にでも出て、“東征”の段取りをしなければ…
昨日は817系、815系と「JR九州の新しい普通列車向け電車」や、旧国鉄時代からの車輌、ことに「2008年鹿児島車両所改造」と称する、真っ赤な<サンシャイン・ミヤザキ>に乗車した…今日も列車で動き回る予定だが、どんな車輌に出くわすことであろうか…
昨日は、只管に九州の東海岸を北上した…
宮崎から美々津へ向かい、古い町並みと、神武天皇東征に際して船出をしたと伝えられるのが美々津であるということで設けられた<日本海軍発祥>の記念碑を眺めた…宮崎神宮で、その神武天皇の東征ということで、古墳から出土している埴輪に見受けられる古代の船をイメージして製作された船が飾られているのを視た。故に、この美々津への関心が高まった訳だ…
美々津に関しては、かの“クルーズトレイン”の<ななつぼしin九州>が停車して、乗客があの古い町並みを散策する企画が在るという。その皆さんはバスで近くへ行くのだろうが…私は「海辺の坂道」風な国道に沿って、存外に歩き、町並みに加えて、波がうねる海も眺めていた…
美々津からは延岡に出て、現在の宮崎県の版図では最大級だったという近世城郭であるという延岡城の址、城山公園を訪ねた…
何れも…「静かな地方」という感じだが、両地域でなかなかに歩いた…先程、御手洗いで鏡を見たが、多少日焼けしているかもしれない…
延岡から先は…「本数限定」な大分県側への列車に乗車した。佐伯に至り、列車の乗務員氏に「着きましたよ!」と声を掛けられる按配で、居眠りしてしまっていたが、「あの区間」の車窓を暗くなりきってしまう前に視られたのは、少し善かった…
やがて入れ替わり乗客が乗降する列車で北上だが…一部区間では「通学電車に紛れ込んだおじさん」の状態で、周囲を悉く高校生に囲まれるという場面も在った…
後から気付いたのは…列車の始発の大分駅で休んでいれば善かったのだったが、ずうっと先の寂しい駅である大神(おおが)まで進んで小倉行列車を待ち合わせた…
「帰国」の飛行機は関西国際空港からである…今日は、道草をしながら交通結節点の博多にでも出て、“東征”の段取りをしなければ…
昨日は817系、815系と「JR九州の新しい普通列車向け電車」や、旧国鉄時代からの車輌、ことに「2008年鹿児島車両所改造」と称する、真っ赤な<サンシャイン・ミヤザキ>に乗車した…今日も列車で動き回る予定だが、どんな車輌に出くわすことであろうか…
運行日誌(2015.10.25-26)
居眠りをしてしまい、「気付くと外が暗くなっていた」という展開が続いてしまった…移動のバス車中でそういう状態だった土曜日に対し、日曜日は一頻り歩いて宿に戻った後にそういうことをしてしまった…そのまま宿の室内で少し過ごし、また眠ってから少し起きて、更に眠って朝に至って気付いたという感である…この宿の部屋に居た間…写真の整理をしていた…
昨日は「日曜日」であったが…宮崎の街は比較的静かであったと思う。或いは、私が動いた辺りが寧ろ“オフィス街”的な場所で、「休日は働く人達が居ない」ということであったのかもしれない…
宿に着いた際、場所を探すのに苦戦した話しをすれば、スタッフの方が“周辺地図”を下さった。「これは好い!」と、それを手に周辺を歩き回ることにした訳である…
宿の辺りから橘通を進み、途中で通の名が江平通に変わった…そして途中に“一の鳥居”なるものが在って、宮崎神宮に至った…
宮崎神宮…古墳から出土した“船”の埴輪を参考に、神武天皇の東征で使われたかもしれないような船を再現したモノが屋外に展示されていて面白かったが、そうした神話の雰囲気を感じさせる“鎮守の森”の中に在る立派な神社だった。何やら結婚式が多く行われていた…更に、車輌の安全祈願の御祓いをしている場所も在った…“観光名所”というより、「街では最も格式が高いと考えられる、地元の人が色々と接点を持つ神社」という雰囲気だった…
静かな辺りに、マイクを通したような曇った反響する声が聞こえていた。「何やらの催し?」と思っていれば…戸外の広場のような場所で、子ども達の剣道大会が催されていた。宮崎県は剣道が盛んであると聞いたような気もするが…20℃を少々超える辺りで、少し風が抜けていた昨日の感じ…戸外行事には好適だったかもしれない…
宮崎神宮の近くは公園ということになっていて、色々な施設が在るようだが…宮崎県立総合博物館に立寄ってみた。入場無料の施設だが、大変に充実した展示で、なかなかに愉しい一時を過ごした…
総合博物館は、自然系と考古学・歴史系とを柱に、レプリカも含む豊富な標本を展示していて、なかなかに勉強になる…1階で宮崎県内の動物の紹介の一環として森のジオラマに鹿を据えていたが、階段を上ると、古代の狩人達が鹿を凝視して槍を投げて仕留めようかとしている様の人形が通路に据えられている…そこから考古学・歴史系の展示になっていた…
鹿は…稚内で視掛けるモノよりも明らかに小柄な種類だ…エゾシカに対してニホンジカというものである…宮崎県の鹿だが、一部地域では集落に現れて畑のモノを食するというようなことも在る様子だ…更に宮崎県の北部は、ニホンカモシカの棲息南限であるという…
歴史関係では…「日向の戦国」というようなビデオを拝見してしまった…これが巧く纏まっていて、面白かった…
やがて宮崎神宮駅に向かった…“停留所”のような小さな無人駅だった…そして宮崎駅へ、817系電車で移動…
宮崎駅辺りから、県庁まで歩いた…何か、私の眼には「異国風」にも見える植え込み等の雰囲気の建物だったが…凄いのは県庁周辺の並木…100年超えの樹齢らしいという楠で、枝が道路に屋根を架けるかのようになっていて、街の中ながらも森の中のようであった…
そんなことをしていて…眼に留まる飲食店はランチ営業を終えた時間というような具合だったが…うどんの店を視付けた。宮崎ではうどんがなかなかにポピュラーなようだが、老舗の伝統を受継ぐ店らしく、「軟いが、過ぎない」という麺と、視掛けは色が薄い出汁の“かけうどん”が秀逸だった…
そこから…「宮崎県の産品として、最もお馴染み?」な霧島酒造の酒…宮崎でポピュラーらしい<白霧島>の「20度」の200ml容器を求めて頂いてしまった…それで「がくん…」と眠ってしまったのかもしれない…
昨日は「半袖Tシャツで街を…」という20℃を少し超える感じだったが…北海道では街に雪が舞ったという話しが伝わった…
今日は…<旅名人の九州満喫きっぷ>を手に、少し動く…昨日は“休養日”のようなものだったのかもしれない…
昨日は「日曜日」であったが…宮崎の街は比較的静かであったと思う。或いは、私が動いた辺りが寧ろ“オフィス街”的な場所で、「休日は働く人達が居ない」ということであったのかもしれない…
宿に着いた際、場所を探すのに苦戦した話しをすれば、スタッフの方が“周辺地図”を下さった。「これは好い!」と、それを手に周辺を歩き回ることにした訳である…
宿の辺りから橘通を進み、途中で通の名が江平通に変わった…そして途中に“一の鳥居”なるものが在って、宮崎神宮に至った…
宮崎神宮…古墳から出土した“船”の埴輪を参考に、神武天皇の東征で使われたかもしれないような船を再現したモノが屋外に展示されていて面白かったが、そうした神話の雰囲気を感じさせる“鎮守の森”の中に在る立派な神社だった。何やら結婚式が多く行われていた…更に、車輌の安全祈願の御祓いをしている場所も在った…“観光名所”というより、「街では最も格式が高いと考えられる、地元の人が色々と接点を持つ神社」という雰囲気だった…
静かな辺りに、マイクを通したような曇った反響する声が聞こえていた。「何やらの催し?」と思っていれば…戸外の広場のような場所で、子ども達の剣道大会が催されていた。宮崎県は剣道が盛んであると聞いたような気もするが…20℃を少々超える辺りで、少し風が抜けていた昨日の感じ…戸外行事には好適だったかもしれない…
宮崎神宮の近くは公園ということになっていて、色々な施設が在るようだが…宮崎県立総合博物館に立寄ってみた。入場無料の施設だが、大変に充実した展示で、なかなかに愉しい一時を過ごした…
総合博物館は、自然系と考古学・歴史系とを柱に、レプリカも含む豊富な標本を展示していて、なかなかに勉強になる…1階で宮崎県内の動物の紹介の一環として森のジオラマに鹿を据えていたが、階段を上ると、古代の狩人達が鹿を凝視して槍を投げて仕留めようかとしている様の人形が通路に据えられている…そこから考古学・歴史系の展示になっていた…
鹿は…稚内で視掛けるモノよりも明らかに小柄な種類だ…エゾシカに対してニホンジカというものである…宮崎県の鹿だが、一部地域では集落に現れて畑のモノを食するというようなことも在る様子だ…更に宮崎県の北部は、ニホンカモシカの棲息南限であるという…
歴史関係では…「日向の戦国」というようなビデオを拝見してしまった…これが巧く纏まっていて、面白かった…
やがて宮崎神宮駅に向かった…“停留所”のような小さな無人駅だった…そして宮崎駅へ、817系電車で移動…
宮崎駅辺りから、県庁まで歩いた…何か、私の眼には「異国風」にも見える植え込み等の雰囲気の建物だったが…凄いのは県庁周辺の並木…100年超えの樹齢らしいという楠で、枝が道路に屋根を架けるかのようになっていて、街の中ながらも森の中のようであった…
そんなことをしていて…眼に留まる飲食店はランチ営業を終えた時間というような具合だったが…うどんの店を視付けた。宮崎ではうどんがなかなかにポピュラーなようだが、老舗の伝統を受継ぐ店らしく、「軟いが、過ぎない」という麺と、視掛けは色が薄い出汁の“かけうどん”が秀逸だった…
そこから…「宮崎県の産品として、最もお馴染み?」な霧島酒造の酒…宮崎でポピュラーらしい<白霧島>の「20度」の200ml容器を求めて頂いてしまった…それで「がくん…」と眠ってしまったのかもしれない…
昨日は「半袖Tシャツで街を…」という20℃を少し超える感じだったが…北海道では街に雪が舞ったという話しが伝わった…
今日は…<旅名人の九州満喫きっぷ>を手に、少し動く…昨日は“休養日”のようなものだったのかもしれない…
運行日誌(2015.10.24-25)
場所は大きく異なり―“ポートサービスセンター”ではなく「宮崎市内の宿」―、時間帯は少し早めだが…「朝から洗濯」というのは、実に「(私の流儀の)正しい休日」という感である…今日は日曜日だ…
昨夜は…「バタン!!」と眠ってしまい、深く長く朝まで確り眠った…宿は“朝食バイキング”が付いていたので、それを確りと頂いた…昨日は「屋台村ランチ営業」でラーメンを頂いた程度で…朝から、かなり空腹だったのだ…それも満たされている…
昨日は、前日に用意の鹿児島市交通局の“1日乗車券”を手に、早朝から精力的に動き、他方で「(私の尺度で)(少々)暑い…」感じであったことから、また全ての荷物を持って動いていたので、やや消耗したのかもしれない…この日曜日は…「のんびりする」ことに充てたい…
昨日の早朝には、雲がやや多めな中で暁に染まった空を背景に聳え立つ桜島を眺めることから始まった…鹿児島に居た期間を通じて、気に入っている眺望を愉しむなどしていたのだが…かの<かごでん>にも乗車した。
<かごでん>は、2012年に鹿児島に路面電車が登場して100年を迎えたことを記念する意味も込めて投入された「観光電車」である…
「観光電車」というのは、路面電車で一回りして、車内で沿線の案内をするというもので、途中の鹿児島駅前で休憩を兼ねて少し停車するが、他は別段に停車せずに走行している。「車窓で街を視るバス」というのが在ると思うが、それを路面電車でやってしまっている代物だ…鹿児島中央駅前を出て、鹿児島駅前までで「1回」、鹿児島駅前から鹿児島中央駅前までで「1回」の「計2回」の乗車という扱いで、2回分の運賃で乗車出来る手軽なものだ。1日乗車券が在れば、そのまま乗車出来る…鹿児島では、<かごでん>の登場以前からやっているようだ…他所で、この種のモノは聞かない…
<かごでん>が登場した2012年、12月に鹿児島に立寄って乗車したことが在った。この車輌は、「路面電車が登場したような時代」の大正期から昭和初期の車輌をイメージして、古い車輌の足回りに新造した車体を載せたモノである…爾来、土日や祝日の「観光電車」や、その他の貸切等で運用されている…
2回目の乗車だが…今回は街中に飾りの一部が現れ始めた<おはら祭り>のことや、路面電車の車輌基地である交通局、更に「日本初の5つ子誕生」の場所として知られる鹿児島市立病院が移転した件の紹介も在り、面白かった。
そんな具合で…次第に「暑い…」感じも増す中、バスに乗車して宿を取った宮崎へ向かった…バスの車中では…「鹿児島市内から鹿児島空港」の経路を殆ど記憶していない…鹿児島中央駅前のターミナルを出た後、10分掛らない位動いて、天文館で停車した辺りは覚えているが…そこからぐっすり眠ったようだ…気付いた時には高速道路上を快走中だった…
鹿児島・宮崎間のバス…鹿児島から鹿児島空港を経てから吉松に北上し、以降はえびの、飯野、小林、高原(たかはる)、都城北と、概ね「“吉都線”の経路」というコースで宮崎市内に入る…宮崎駅へ出るつもりだったが…押えた宿は1つ前の停留所、高千穂通と橘通の交差する辺りが近そうだったので、そこで下車した…宿は大きな他所の建物の完全な陰で、なかなか見つけられずに随分と歩いた…
そして朝に至っているが…写真を少し整理しなければ、メモリーのSDカードにゆとりが無いことから、そういう作業を少しやっている…
今日も…好天だ!窓辺が眩しくなって来た…この宿には今夜も泊まる…一寸だけ、ゆったりしたい…
昨夜は…「バタン!!」と眠ってしまい、深く長く朝まで確り眠った…宿は“朝食バイキング”が付いていたので、それを確りと頂いた…昨日は「屋台村ランチ営業」でラーメンを頂いた程度で…朝から、かなり空腹だったのだ…それも満たされている…
昨日は、前日に用意の鹿児島市交通局の“1日乗車券”を手に、早朝から精力的に動き、他方で「(私の尺度で)(少々)暑い…」感じであったことから、また全ての荷物を持って動いていたので、やや消耗したのかもしれない…この日曜日は…「のんびりする」ことに充てたい…
昨日の早朝には、雲がやや多めな中で暁に染まった空を背景に聳え立つ桜島を眺めることから始まった…鹿児島に居た期間を通じて、気に入っている眺望を愉しむなどしていたのだが…かの<かごでん>にも乗車した。
<かごでん>は、2012年に鹿児島に路面電車が登場して100年を迎えたことを記念する意味も込めて投入された「観光電車」である…
「観光電車」というのは、路面電車で一回りして、車内で沿線の案内をするというもので、途中の鹿児島駅前で休憩を兼ねて少し停車するが、他は別段に停車せずに走行している。「車窓で街を視るバス」というのが在ると思うが、それを路面電車でやってしまっている代物だ…鹿児島中央駅前を出て、鹿児島駅前までで「1回」、鹿児島駅前から鹿児島中央駅前までで「1回」の「計2回」の乗車という扱いで、2回分の運賃で乗車出来る手軽なものだ。1日乗車券が在れば、そのまま乗車出来る…鹿児島では、<かごでん>の登場以前からやっているようだ…他所で、この種のモノは聞かない…
<かごでん>が登場した2012年、12月に鹿児島に立寄って乗車したことが在った。この車輌は、「路面電車が登場したような時代」の大正期から昭和初期の車輌をイメージして、古い車輌の足回りに新造した車体を載せたモノである…爾来、土日や祝日の「観光電車」や、その他の貸切等で運用されている…
2回目の乗車だが…今回は街中に飾りの一部が現れ始めた<おはら祭り>のことや、路面電車の車輌基地である交通局、更に「日本初の5つ子誕生」の場所として知られる鹿児島市立病院が移転した件の紹介も在り、面白かった。
そんな具合で…次第に「暑い…」感じも増す中、バスに乗車して宿を取った宮崎へ向かった…バスの車中では…「鹿児島市内から鹿児島空港」の経路を殆ど記憶していない…鹿児島中央駅前のターミナルを出た後、10分掛らない位動いて、天文館で停車した辺りは覚えているが…そこからぐっすり眠ったようだ…気付いた時には高速道路上を快走中だった…
鹿児島・宮崎間のバス…鹿児島から鹿児島空港を経てから吉松に北上し、以降はえびの、飯野、小林、高原(たかはる)、都城北と、概ね「“吉都線”の経路」というコースで宮崎市内に入る…宮崎駅へ出るつもりだったが…押えた宿は1つ前の停留所、高千穂通と橘通の交差する辺りが近そうだったので、そこで下車した…宿は大きな他所の建物の完全な陰で、なかなか見つけられずに随分と歩いた…
そして朝に至っているが…写真を少し整理しなければ、メモリーのSDカードにゆとりが無いことから、そういう作業を少しやっている…
今日も…好天だ!窓辺が眩しくなって来た…この宿には今夜も泊まる…一寸だけ、ゆったりしたい…
運行日誌(2015.10.23)
「多少は勝手知った」と勝手に思っている鹿児島に辿り着いた…稚内を発った日から「3日目」で鹿児島到達である…
鹿児島は目下、大規模なコンベンション等が催されているらしく、極端に宿泊施設が取れない…こういう事例は初めてだ…九州でその種の事情が発生し易いのは、過去の経験上では福岡で見受けられたが、他では然程程度は酷くない…やや珍しい…或いは、気候が好いこの時季は「催事日和」ということなのかもしれない…
そういう事情なので、少々困ったが…とりあえずネットカフェで夜明かしという展開にすることとした…折り良く、鹿児島中央駅近くの以前に利用した経過も在る場所が悪くない条件なので、そこを利用することにした…
今日は「朝から夕方まで移動」だが、「移動そのもの」が“観光”であるという状況だった…
新水前寺駅から熊本駅に向かい、<SL人吉>に乗車した。
<SL人吉>は、1922年製造…「大正11年生まれ」という蒸気機関車の8620型が3輌の特製客車を牽引するという列車だ。JR九州の人気列車で、全席指定だが、その指定券が取り難いと言われている。それが、若干の空席が前日の夜時点で残っていて、取ることが出来たのである!!
蒸気機関車は一部の車種を除くと「バック運転」が苦手である…そこでスタンバイをした8620型を連結したまま、逆方向に暫時ディーゼル機関車を連結し、それが牽引して熊本駅に姿を現す。ディーゼル機関車は熊本駅で切り離されて、さり気なく去って行く…
「大正11年生まれ」という蒸気機関車…過ぎる程にピカピカに磨き上げられ、「生き物のよう」に蒸気機関車らしく動く…多分、普段の列車で使用される電車やディーゼルカーよりも運行速度は少々遅いのであろう…ゆっくりと田園や川沿いのコースを進んでいた…牽引されている客車に乗車していると、発車する時に「カクン」と引っ張られる独特な動きも在る…そして晴れた空に、随分と煙が散りながら、白い蒸気を噴出しながら進んでいる様子だ…勿論、牽引されている客車に居れば、沿線から眺める様子は想像する他ない訳だが…客車の方は、「昔風で落ち着いていて、現代の尺度でも然程違和感が無い」という具合な、「木造ソファ」を思わせる座席で、展望ラウンジや売店が設えられていた。お年寄りから、保護者に手を引かれた幼児まで、「若干の空席」程度で大勢の乗客で賑わった…社内の売店は「人が途切れない」程の賑わいだった…
人吉に着き、8620型が車庫へ引揚げる様を見届けて、とりあえず何も考えずに一息…続けて<いさぶろう>に乗車し、吉松を目指した…
昨年12月、吉松・人吉の<しんぺい>に乗車した。途中のトンネルに掲げられた額を揮毫した人物に因み、吉松側からの列車は後藤新平に因む<しんぺい>、人吉側からの列車は山縣伊三郎に因んで<いさぶろう>と愛称が着いている…途中で気付いたのだが…
<いさぶろう>には、偶々、昨年12月の<しんぺい>と同じ客室乗務員が乗務していた…吉松駅に着いてから一寸尋ねてみたが…彼女達は鹿児島をベースにしていて、鹿児島から人吉へ向かい―新八代乗換えで、新幹線と特急の乗り継ぎ…―<いさぶろう>に乗務し、吉松ではそのまま<しんぺい>に乗務し、列車が人吉に着いてからは、特急で新八代に向かい、新幹線で鹿児島へ引揚げるようだ…なかなかに大変だ…
車窓が素晴らしい区間も在る<いさぶろう>だが…今日は「遠景が霞んでしまう」程度に好天だった…
吉松からは<はやとの風>である…「そもそも鉄道が開業した頃からのモノ」という駅舎が見受けられる区間で、そういう場所で少し長く停車するということも在る…
この<はやとの風>も、桜島の眺望が素敵な区間が在るのだが…桜島もやや霞んでいた…
今日は…食事らしい食事も摂らずに夢中で動き回っていて…流石に空腹なので、<屋台村>の以前にも寄っている店で“豚丼”を頂き、更にもう一軒寄り…「夜明かし」の体制に入った訳だ…
居眠りになるか…さもなければ、撮った写真などを眺めて過ごすようになりそうだ…
鹿児島は目下、大規模なコンベンション等が催されているらしく、極端に宿泊施設が取れない…こういう事例は初めてだ…九州でその種の事情が発生し易いのは、過去の経験上では福岡で見受けられたが、他では然程程度は酷くない…やや珍しい…或いは、気候が好いこの時季は「催事日和」ということなのかもしれない…
そういう事情なので、少々困ったが…とりあえずネットカフェで夜明かしという展開にすることとした…折り良く、鹿児島中央駅近くの以前に利用した経過も在る場所が悪くない条件なので、そこを利用することにした…
今日は「朝から夕方まで移動」だが、「移動そのもの」が“観光”であるという状況だった…
新水前寺駅から熊本駅に向かい、<SL人吉>に乗車した。
<SL人吉>は、1922年製造…「大正11年生まれ」という蒸気機関車の8620型が3輌の特製客車を牽引するという列車だ。JR九州の人気列車で、全席指定だが、その指定券が取り難いと言われている。それが、若干の空席が前日の夜時点で残っていて、取ることが出来たのである!!
蒸気機関車は一部の車種を除くと「バック運転」が苦手である…そこでスタンバイをした8620型を連結したまま、逆方向に暫時ディーゼル機関車を連結し、それが牽引して熊本駅に姿を現す。ディーゼル機関車は熊本駅で切り離されて、さり気なく去って行く…
「大正11年生まれ」という蒸気機関車…過ぎる程にピカピカに磨き上げられ、「生き物のよう」に蒸気機関車らしく動く…多分、普段の列車で使用される電車やディーゼルカーよりも運行速度は少々遅いのであろう…ゆっくりと田園や川沿いのコースを進んでいた…牽引されている客車に乗車していると、発車する時に「カクン」と引っ張られる独特な動きも在る…そして晴れた空に、随分と煙が散りながら、白い蒸気を噴出しながら進んでいる様子だ…勿論、牽引されている客車に居れば、沿線から眺める様子は想像する他ない訳だが…客車の方は、「昔風で落ち着いていて、現代の尺度でも然程違和感が無い」という具合な、「木造ソファ」を思わせる座席で、展望ラウンジや売店が設えられていた。お年寄りから、保護者に手を引かれた幼児まで、「若干の空席」程度で大勢の乗客で賑わった…社内の売店は「人が途切れない」程の賑わいだった…
人吉に着き、8620型が車庫へ引揚げる様を見届けて、とりあえず何も考えずに一息…続けて<いさぶろう>に乗車し、吉松を目指した…
昨年12月、吉松・人吉の<しんぺい>に乗車した。途中のトンネルに掲げられた額を揮毫した人物に因み、吉松側からの列車は後藤新平に因む<しんぺい>、人吉側からの列車は山縣伊三郎に因んで<いさぶろう>と愛称が着いている…途中で気付いたのだが…
<いさぶろう>には、偶々、昨年12月の<しんぺい>と同じ客室乗務員が乗務していた…吉松駅に着いてから一寸尋ねてみたが…彼女達は鹿児島をベースにしていて、鹿児島から人吉へ向かい―新八代乗換えで、新幹線と特急の乗り継ぎ…―<いさぶろう>に乗務し、吉松ではそのまま<しんぺい>に乗務し、列車が人吉に着いてからは、特急で新八代に向かい、新幹線で鹿児島へ引揚げるようだ…なかなかに大変だ…
車窓が素晴らしい区間も在る<いさぶろう>だが…今日は「遠景が霞んでしまう」程度に好天だった…
吉松からは<はやとの風>である…「そもそも鉄道が開業した頃からのモノ」という駅舎が見受けられる区間で、そういう場所で少し長く停車するということも在る…
この<はやとの風>も、桜島の眺望が素敵な区間が在るのだが…桜島もやや霞んでいた…
今日は…食事らしい食事も摂らずに夢中で動き回っていて…流石に空腹なので、<屋台村>の以前にも寄っている店で“豚丼”を頂き、更にもう一軒寄り…「夜明かし」の体制に入った訳だ…
居眠りになるか…さもなければ、撮った写真などを眺めて過ごすようになりそうだ…
運行日誌(2015.10.22)
“九州強行上陸”の後、“急展開”が在り、とにかくも熊本までやって来た。小倉駅新幹線口のネットカフェで熊本の宿と列車の券を押えて、無理矢理にやって来た…<みずほ>で小倉から熊本へやって来て、熊本駅で豊肥線の列車が折り良く現れたので、新水前寺駅に移動した。押えた宿は、「市電の新水前寺駅前または豊肥線水前寺駅」が便利という案内だった…熊本駅からは新水前寺駅の方が“一駅”手前なので、新水前寺駅で下車したが…宿は、駅間が短めな新水前寺駅・水前寺駅の中間辺りだった。駅周辺の案内図を視て、直ぐに視付けられた…
「出先に居る」という状況を慮ると「非常識!」と非難されそうだが…朝に新千歳空港で「札幌の流儀」な味噌ラーメンを頂いた後、食事らしい食事も摂らずに動き回っていた…何か熊本駅辺りで「フラッ」という感じさえした。そこで…宿にとにかくも入り、近くに目ぼしい店も見当たらない中、コンビニが在ったので弁当を仕入れて頂いた…とりあえず…“高菜”が沢山入っていたのが、「九州の消費者の好み」なのだろうと思うことにした…他方で、熊本県の銘酒である球磨焼酎の<白岳>の小さなモノをグッと頂いたところだ…
札幌に着いてネットカフェで夜明かしの後、バスで空港に向かったが、乗った飛行機はAirDoのB737-700だった。「24番」という私の席は後方で、窓から「預り荷物の積降作業」が見えた。新千歳空港では…背中に“ANA”というロゴも見える、荒天時や冬季や早春に着用するような、防寒衣料風または「裏地が着いたウィンドブレーカー」的なモノを着込んで保安帽を着用した作業員が動き回っていた。神戸空港に着くと…飛行機の荷を降ろす作業の人達が現れたが、彼らは航空会社のロゴワッペンが貼られたワークシャツに作業用パンツに保安帽着用という出で立ちで、長袖ワークシャツの袖を捲っていたり、中には同じデザインのワークシャツの半袖を着ている人まで居た…同じ作業に従事する人達の服装が「札幌と神戸の様子の違い」を実に如実に語っている…
私は…北海道内では、ワークシャツの上に上着を着ていたのだったが…神戸空港以降は、半袖Tシャツの上にワークシャツで何ら問題を感じない…「時に暑い」という具合…20℃を挟む辺りの気温だった…
ポートライナーで神戸の“街中”の交通結節点という風情である三宮に出てみて…何となく姫路を目指した。嘗て、横浜市内から延々と列車を乗り継いで、神戸市内を通過で姫路駅に至ったことが在ったが…あの時はJR…今般は神戸市地下鉄と山陽電鉄である…
姫路では姫路城の見学をした…少し長く修理中で、今年の春から「普通な状態」で一般公開…なかなかに人気で、平日にも拘らず、「何時も静か…」な街に居る私の目線では「とんでもない…」程度に老若男女の見学者が大勢集まっていた。姫路市でお願いしている人達なのか、必死に夥しい来場者を整理するスタッフ達も多く見受けられた…大変だ…
あの姫路城は、結果的に江戸時代に“実戦”を経験していないし、その後も戦闘の舞台にはなっていないが、整備された頃は「戦国の余燼」が感じられるような時代だった筈で、「領主や幕府の権威を象徴」というような壮麗な外観を誇る他方、「敵と対峙する場合には徹底抗戦」と考え抜かれて複雑な構成の地形を仕立てて、石垣や塀や建築物を配していることが判った。なかなか凄いモノで、かなり歩いて天守閣の上にも上ってきた…「基本的に江戸時代辺りのままの建築物」で姫路城程度に大きいモノは驚く…過去に彦根城を訪ねているが、あそこは建物の規模は小さい…大坂城、名古屋城、和歌山城、熊本城は“再建”で、姫路城の見学程酷く歩かない…
何となく思った以上に歩き、草臥れて姫路駅に至った時…「とりあえず九州に脚を伸ばし、復路に近畿地方や中国地方の関心が在る辺りに寄るのが善さそうか?」と考えた…そして…「滅多に乗れない!」という代物である新幹線を利用してみたかったのだ…もう直ぐ北海道にも新幹線は上陸するが…拙宅の在る稚内から、新幹線が開業する函館辺りというのは、「姫路・東京間」に比肩するか、それ以上に隔たっているのだ…こういう機会に「利用!!」ということをしてみるのは悪くない…更に…博多まで行って、福岡市内に滞在しようとすると…曜日や日付によっては妙に混み合っていて宿が取り難い場合が見受けられる…他方で、小倉辺りは、やや与し易い…そこで小倉に出たのだ…
小倉に着いて最初にしたのは…小倉駅には山陽新幹線関係のJR西日本の窓口と、新幹線と在来線全般のJR九州の窓口が在るのだが、そのJR九州の窓口に寄った…
JR九州の列車…“ネット予約”がなかなかに利用し易いのだが、「臨時列車」扱いのモノが絡まると、“ネット予約”が巧く行かない…大変興味が在ったのは、“臨時列車”扱いなのだが、「8620型」という大正時代の蒸気機関車が牽引する列車<SL人吉>である…12月に九州入りした場合、この列車の運行時季は終わっている…10月なら未だ期間中だ。しかし、この列車は人気が高く「何時も満席」らしい。そこで「駄目で元々」と窓口で一寸尋ねてみたのだ…そうしたところ…「明日は在りますよ!」というお話し…「お願い致す!!!」と<SL人吉>で熊本から人吉に向かい、去年と逆コースの「<いさぶろう>+<はやとの風>」で鹿児島に向かうことにした訳だ…
「仕事柄」ということも在るのだろうが、御自身でも九州域内の人気列車の旅をしてみたり、何かで他地域を訪ねた場合にも日程に列車移動を組み入れているらしい女性職員が色々と調べてくれて、私としては「駄目で元々と思っていたのに、思いがけず…」という型で<SL人吉>に乗れることになったのだ!!
という訳で…「朝…熊本に居て、悠然と熊本駅に8620型の勇姿を視に行くべきだよな…」と段取りを考え、「とにかくも!」と熊本へ入った訳だ…
何か、非常に楽しみな展開だ!!
「出先に居る」という状況を慮ると「非常識!」と非難されそうだが…朝に新千歳空港で「札幌の流儀」な味噌ラーメンを頂いた後、食事らしい食事も摂らずに動き回っていた…何か熊本駅辺りで「フラッ」という感じさえした。そこで…宿にとにかくも入り、近くに目ぼしい店も見当たらない中、コンビニが在ったので弁当を仕入れて頂いた…とりあえず…“高菜”が沢山入っていたのが、「九州の消費者の好み」なのだろうと思うことにした…他方で、熊本県の銘酒である球磨焼酎の<白岳>の小さなモノをグッと頂いたところだ…
札幌に着いてネットカフェで夜明かしの後、バスで空港に向かったが、乗った飛行機はAirDoのB737-700だった。「24番」という私の席は後方で、窓から「預り荷物の積降作業」が見えた。新千歳空港では…背中に“ANA”というロゴも見える、荒天時や冬季や早春に着用するような、防寒衣料風または「裏地が着いたウィンドブレーカー」的なモノを着込んで保安帽を着用した作業員が動き回っていた。神戸空港に着くと…飛行機の荷を降ろす作業の人達が現れたが、彼らは航空会社のロゴワッペンが貼られたワークシャツに作業用パンツに保安帽着用という出で立ちで、長袖ワークシャツの袖を捲っていたり、中には同じデザインのワークシャツの半袖を着ている人まで居た…同じ作業に従事する人達の服装が「札幌と神戸の様子の違い」を実に如実に語っている…
私は…北海道内では、ワークシャツの上に上着を着ていたのだったが…神戸空港以降は、半袖Tシャツの上にワークシャツで何ら問題を感じない…「時に暑い」という具合…20℃を挟む辺りの気温だった…
ポートライナーで神戸の“街中”の交通結節点という風情である三宮に出てみて…何となく姫路を目指した。嘗て、横浜市内から延々と列車を乗り継いで、神戸市内を通過で姫路駅に至ったことが在ったが…あの時はJR…今般は神戸市地下鉄と山陽電鉄である…
姫路では姫路城の見学をした…少し長く修理中で、今年の春から「普通な状態」で一般公開…なかなかに人気で、平日にも拘らず、「何時も静か…」な街に居る私の目線では「とんでもない…」程度に老若男女の見学者が大勢集まっていた。姫路市でお願いしている人達なのか、必死に夥しい来場者を整理するスタッフ達も多く見受けられた…大変だ…
あの姫路城は、結果的に江戸時代に“実戦”を経験していないし、その後も戦闘の舞台にはなっていないが、整備された頃は「戦国の余燼」が感じられるような時代だった筈で、「領主や幕府の権威を象徴」というような壮麗な外観を誇る他方、「敵と対峙する場合には徹底抗戦」と考え抜かれて複雑な構成の地形を仕立てて、石垣や塀や建築物を配していることが判った。なかなか凄いモノで、かなり歩いて天守閣の上にも上ってきた…「基本的に江戸時代辺りのままの建築物」で姫路城程度に大きいモノは驚く…過去に彦根城を訪ねているが、あそこは建物の規模は小さい…大坂城、名古屋城、和歌山城、熊本城は“再建”で、姫路城の見学程酷く歩かない…
何となく思った以上に歩き、草臥れて姫路駅に至った時…「とりあえず九州に脚を伸ばし、復路に近畿地方や中国地方の関心が在る辺りに寄るのが善さそうか?」と考えた…そして…「滅多に乗れない!」という代物である新幹線を利用してみたかったのだ…もう直ぐ北海道にも新幹線は上陸するが…拙宅の在る稚内から、新幹線が開業する函館辺りというのは、「姫路・東京間」に比肩するか、それ以上に隔たっているのだ…こういう機会に「利用!!」ということをしてみるのは悪くない…更に…博多まで行って、福岡市内に滞在しようとすると…曜日や日付によっては妙に混み合っていて宿が取り難い場合が見受けられる…他方で、小倉辺りは、やや与し易い…そこで小倉に出たのだ…
小倉に着いて最初にしたのは…小倉駅には山陽新幹線関係のJR西日本の窓口と、新幹線と在来線全般のJR九州の窓口が在るのだが、そのJR九州の窓口に寄った…
JR九州の列車…“ネット予約”がなかなかに利用し易いのだが、「臨時列車」扱いのモノが絡まると、“ネット予約”が巧く行かない…大変興味が在ったのは、“臨時列車”扱いなのだが、「8620型」という大正時代の蒸気機関車が牽引する列車<SL人吉>である…12月に九州入りした場合、この列車の運行時季は終わっている…10月なら未だ期間中だ。しかし、この列車は人気が高く「何時も満席」らしい。そこで「駄目で元々」と窓口で一寸尋ねてみたのだ…そうしたところ…「明日は在りますよ!」というお話し…「お願い致す!!!」と<SL人吉>で熊本から人吉に向かい、去年と逆コースの「<いさぶろう>+<はやとの風>」で鹿児島に向かうことにした訳だ…
「仕事柄」ということも在るのだろうが、御自身でも九州域内の人気列車の旅をしてみたり、何かで他地域を訪ねた場合にも日程に列車移動を組み入れているらしい女性職員が色々と調べてくれて、私としては「駄目で元々と思っていたのに、思いがけず…」という型で<SL人吉>に乗れることになったのだ!!
という訳で…「朝…熊本に居て、悠然と熊本駅に8620型の勇姿を視に行くべきだよな…」と段取りを考え、「とにかくも!」と熊本へ入った訳だ…
何か、非常に楽しみな展開だ!!
運行日誌(2015.10.21-22)
「午後2時台に稚内を発って…午後11時台に札幌到着??9時間も移動するのですか!?」という話しになるが…稚内・札幌間を普通列車を乗り継いで移動すると…何時もそんな感じになる…必ずしも“一般的”とは言い悪い移動方法であろうが、或る程度慣れると「悪くない感じ」に思える…
他地域へ出掛けて、稚内へ引揚げる時、少々遅くなっても構わずに旭川に至り、朝を迎えて「朝6時頃に旭川を出て、ランチタイムに稚内」という普通列車を利用することが在る。その列車は、午後2時台に稚内を発ち、午後8時台に旭川に着くという型で「折り返し」をしていることになる。使用車輌は、名寄以北の「宗谷北線」では御馴染なキハ54で、例によって「1輌運行」だが、“目印”になるのはオレンジ色の「旭川 - 稚内」の行先表示板(サイドボード)だ…
「10月22日の朝に、新千歳空港から飛行機に…」ということを思い立った当初…「前日の夜行バスで移動」と考えていたが、前日の午後に自由な時間が出来た…そこで色々と考えたが、「午後2時台の旭川行の普通列車」に乗車したことが無かったことに思い至り、乗車してみることにした…その場合、翌朝に札幌辺りから新千歳空港に出る関係上、少々遅くなっても札幌に着きたかったのだが…旭川・岩見沢、岩見沢・札幌と乗り継いで、午後11時台に札幌駅に着くことが可能であると判り、試した次第である…
列車は順調に南下したが…現在の時季、音威子府に着く前の午後5時辺りで暗くなってしまい、以降は「夜中に山の中の鉄路を進み、旭川近郊に至る…」という感じになり、旭川以南に関しても「夜行列車??」的な趣だ…江別以南、野幌や大麻から先は「大都市郊外の夜」という趣だ。岩見沢から出る列車は手稲まで行くのだが、列車は寧ろ、札幌以西にやや遅めの時間に向かう、換言すると札幌の西寄りに広がる住宅地へ向かう人の利用が目立つ感じである…
「何時もの」という感じで昼食を摂り、「何時もの」という感じのディーゼルカーに乗り込んだが、「初めて利用する時間帯の列車」であったことから、「一味違う」感じになった…
今般は「初めて実用」という新しいリュックサック―小さな車輪が在って、肩に掛けるストラップを引っ込めると、ソフトタイプの小さなトロリーケースにもなるという代物―に、出発直前になってゴチャゴチャと着替えを詰め込んだ…半袖Tシャツの上に、何となく馴染んだ長袖ワークシャツを着て、“児島”のジーンズを穿き、シューズは久留米の<ムーンスター>のスリッポンである。そして北海道内は寒いので、風除けに米国オレゴン州の刑務所内で製造されているという、デニムの裏地が無いジャケットを引っ掛ける…こんな出で立ちでフラフラと徘徊しようという次第だ…
多少眠りが浅かろうと、睡眠時間が短めであろうと、“夜行バス”に比べれば“指定休憩所”と呼ぶ“ネットカフェ”での夜明かしは少しばかり楽だ…連発すれば疲れるが…
今季は、何やら“用事”が詰まり、7月や8月に短い時間を見出して一寸出てみるようなことが適わなかった…そこに漸く「気が向くままに動き回る」という機会が訪れた…著しく気分が昂揚しているのかもしれない…
6月頃であれば、明るくなっていそうな時間帯に差し掛かっている…今日はいよいよ北海道から“出国”である…
他地域へ出掛けて、稚内へ引揚げる時、少々遅くなっても構わずに旭川に至り、朝を迎えて「朝6時頃に旭川を出て、ランチタイムに稚内」という普通列車を利用することが在る。その列車は、午後2時台に稚内を発ち、午後8時台に旭川に着くという型で「折り返し」をしていることになる。使用車輌は、名寄以北の「宗谷北線」では御馴染なキハ54で、例によって「1輌運行」だが、“目印”になるのはオレンジ色の「旭川 - 稚内」の行先表示板(サイドボード)だ…
「10月22日の朝に、新千歳空港から飛行機に…」ということを思い立った当初…「前日の夜行バスで移動」と考えていたが、前日の午後に自由な時間が出来た…そこで色々と考えたが、「午後2時台の旭川行の普通列車」に乗車したことが無かったことに思い至り、乗車してみることにした…その場合、翌朝に札幌辺りから新千歳空港に出る関係上、少々遅くなっても札幌に着きたかったのだが…旭川・岩見沢、岩見沢・札幌と乗り継いで、午後11時台に札幌駅に着くことが可能であると判り、試した次第である…
列車は順調に南下したが…現在の時季、音威子府に着く前の午後5時辺りで暗くなってしまい、以降は「夜中に山の中の鉄路を進み、旭川近郊に至る…」という感じになり、旭川以南に関しても「夜行列車??」的な趣だ…江別以南、野幌や大麻から先は「大都市郊外の夜」という趣だ。岩見沢から出る列車は手稲まで行くのだが、列車は寧ろ、札幌以西にやや遅めの時間に向かう、換言すると札幌の西寄りに広がる住宅地へ向かう人の利用が目立つ感じである…
「何時もの」という感じで昼食を摂り、「何時もの」という感じのディーゼルカーに乗り込んだが、「初めて利用する時間帯の列車」であったことから、「一味違う」感じになった…
今般は「初めて実用」という新しいリュックサック―小さな車輪が在って、肩に掛けるストラップを引っ込めると、ソフトタイプの小さなトロリーケースにもなるという代物―に、出発直前になってゴチャゴチャと着替えを詰め込んだ…半袖Tシャツの上に、何となく馴染んだ長袖ワークシャツを着て、“児島”のジーンズを穿き、シューズは久留米の<ムーンスター>のスリッポンである。そして北海道内は寒いので、風除けに米国オレゴン州の刑務所内で製造されているという、デニムの裏地が無いジャケットを引っ掛ける…こんな出で立ちでフラフラと徘徊しようという次第だ…
多少眠りが浅かろうと、睡眠時間が短めであろうと、“夜行バス”に比べれば“指定休憩所”と呼ぶ“ネットカフェ”での夜明かしは少しばかり楽だ…連発すれば疲れるが…
今季は、何やら“用事”が詰まり、7月や8月に短い時間を見出して一寸出てみるようなことが適わなかった…そこに漸く「気が向くままに動き回る」という機会が訪れた…著しく気分が昂揚しているのかもしれない…
6月頃であれば、明るくなっていそうな時間帯に差し掛かっている…今日はいよいよ北海道から“出国”である…
間近…
何時までも、屋内では照明が必要な感じの朝だった…雨交じりの天候…やがて晴れ間が広がって来たが…
雨と言えば、去る10月8日に強風の中で雨が降っていて、傘が使用し悪いので愛用の上着を着た姿でそのまま歩き、ずぶ濡れになってしまい、翌日になっても上着が湿っていたことを思い出すのだが…今朝の雨は、そんな頃の雨と比べて、何か急激に、雨水が冷たくなったような感じがしている…
雨水が冷たくなった感じで、そんな雨が交ると“気温”以上に「寒い…」という感が強まってしまう。一寸外に出てから屋内に戻ると、外が酷く寒く思えることから、屋内で何となく落ち着くのに時間を要する感だ…そして雨の場合、着衣が酷く濡れてしまう場合が在る…そういう場面では、一寸按配が悪い…
↓一寸眺めてみたのは、下記のようなモノである…
<10月22日の予報>
稚内―曇時々晴 4℃~10℃
札幌―曇時々晴 4℃~12℃
神戸―晴時々曇 17℃から23℃
広島―晴時々曇 15℃から24℃
福岡―晴時々曇 16℃から24℃
稚内から札幌辺りへ出る場合…「稚内に居るのと同様の服装」程度で問題は無さそうだ…こういう時…稚内・札幌間は、東京・名古屋間に比肩する程度の距離が隔たっているにも拘らず「とりあえず道内」と、何やら妙な安堵感のようなものを覚える…
この北海道の状況に対して…本州方面や九州…“最低気温”で10℃か、それ以上も違う!!「15℃を挟む辺りの気温」というものは、然程着込まずとも快適に過ごすことが叶うような感じで、精力的に歩き回る等すると、若干汗ばむ場合も在るかもしれない程度だ…
そして“最高気温”…上記で何となく視た本州方面や九州は、「23℃程度」ということになっている…この程度の気温…「稚内の尺度」では「7月や8月に見受けられるような感じ」である…“夏”だ…
もう何年も前になる…11月頃に東京に出たことが在った。あの時、気温は18℃程度だった。私は上着を脱いで手で持ち、半袖Tシャツと長袖Tシャツを重ねて着用し、ジーンズ穿きというような出で立ちで早朝の新宿駅辺りに居た。少し経って…通勤の人達等が駅の出口から通へ出て来る姿が目立つようになった。私自身のように、「上着を脱いだシャツ姿」というような人は見掛けなかった。悉くコートのようなものを着用している。中にはマフラーをしている人まで在った…やや驚いていると、少し離れた辺りの数人連れの一団が眼に留まった。何やらポロシャツのようなものを着た姿の一団だった。私自身と似たような次元の服装の一団だ…やがて彼らが私が佇んでいた辺りに近付いて来た。外国人の一団だった…
その時に思ったのは…“国内”ではあっても、自身は「“外国人”的」な感覚になってしまっているのかもしれないということ…加えて、「服装を選ぶ」というのは、気温とは然程関係なく「時季だから」ということで選ぶ傾向が強そうだということだ…更に…「寒い」とか「暑い」の“尺度”も、地域毎に大きく異なる筈だとも、改めて思った…
実は…「10℃を挟む気温で、冷たい雨が交るとかなり寒い感じもする」場所から、「最高気温は20℃超」という地域に到達しようかとしているのだが…「何を着て出掛けるのか?!」と思っている…
こういうようなケースでは…必然的に“着替え”が多くなってしまうことであろう…そう考えて…従前から愛用のショルダーバッグに比べて「やや大きい?」感じのリュックサックを新規に用意してみたのだった…
何処かへ出掛けるという予定が在る場合…こんな次元のことを考えて、何やら馬鹿馬鹿しいと思ってみる他方、こんなことを気に掛けながら過ごすのが、妙に愉快であったりする…妙なものだ…
何時頃の、何の関係だったのか、記憶が混濁して曖昧化している“代休”…既に「寒い…」が口を突く場面さえ少なくないのに取得出来る“夏季休暇”…そういうモノの「固め打ち」…間もなくだ!!
雨と言えば、去る10月8日に強風の中で雨が降っていて、傘が使用し悪いので愛用の上着を着た姿でそのまま歩き、ずぶ濡れになってしまい、翌日になっても上着が湿っていたことを思い出すのだが…今朝の雨は、そんな頃の雨と比べて、何か急激に、雨水が冷たくなったような感じがしている…
雨水が冷たくなった感じで、そんな雨が交ると“気温”以上に「寒い…」という感が強まってしまう。一寸外に出てから屋内に戻ると、外が酷く寒く思えることから、屋内で何となく落ち着くのに時間を要する感だ…そして雨の場合、着衣が酷く濡れてしまう場合が在る…そういう場面では、一寸按配が悪い…
↓一寸眺めてみたのは、下記のようなモノである…
<10月22日の予報>
稚内―曇時々晴 4℃~10℃
札幌―曇時々晴 4℃~12℃
神戸―晴時々曇 17℃から23℃
広島―晴時々曇 15℃から24℃
福岡―晴時々曇 16℃から24℃
稚内から札幌辺りへ出る場合…「稚内に居るのと同様の服装」程度で問題は無さそうだ…こういう時…稚内・札幌間は、東京・名古屋間に比肩する程度の距離が隔たっているにも拘らず「とりあえず道内」と、何やら妙な安堵感のようなものを覚える…
この北海道の状況に対して…本州方面や九州…“最低気温”で10℃か、それ以上も違う!!「15℃を挟む辺りの気温」というものは、然程着込まずとも快適に過ごすことが叶うような感じで、精力的に歩き回る等すると、若干汗ばむ場合も在るかもしれない程度だ…
そして“最高気温”…上記で何となく視た本州方面や九州は、「23℃程度」ということになっている…この程度の気温…「稚内の尺度」では「7月や8月に見受けられるような感じ」である…“夏”だ…
もう何年も前になる…11月頃に東京に出たことが在った。あの時、気温は18℃程度だった。私は上着を脱いで手で持ち、半袖Tシャツと長袖Tシャツを重ねて着用し、ジーンズ穿きというような出で立ちで早朝の新宿駅辺りに居た。少し経って…通勤の人達等が駅の出口から通へ出て来る姿が目立つようになった。私自身のように、「上着を脱いだシャツ姿」というような人は見掛けなかった。悉くコートのようなものを着用している。中にはマフラーをしている人まで在った…やや驚いていると、少し離れた辺りの数人連れの一団が眼に留まった。何やらポロシャツのようなものを着た姿の一団だった。私自身と似たような次元の服装の一団だ…やがて彼らが私が佇んでいた辺りに近付いて来た。外国人の一団だった…
その時に思ったのは…“国内”ではあっても、自身は「“外国人”的」な感覚になってしまっているのかもしれないということ…加えて、「服装を選ぶ」というのは、気温とは然程関係なく「時季だから」ということで選ぶ傾向が強そうだということだ…更に…「寒い」とか「暑い」の“尺度”も、地域毎に大きく異なる筈だとも、改めて思った…
実は…「10℃を挟む気温で、冷たい雨が交るとかなり寒い感じもする」場所から、「最高気温は20℃超」という地域に到達しようかとしているのだが…「何を着て出掛けるのか?!」と思っている…
こういうようなケースでは…必然的に“着替え”が多くなってしまうことであろう…そう考えて…従前から愛用のショルダーバッグに比べて「やや大きい?」感じのリュックサックを新規に用意してみたのだった…
何処かへ出掛けるという予定が在る場合…こんな次元のことを考えて、何やら馬鹿馬鹿しいと思ってみる他方、こんなことを気に掛けながら過ごすのが、妙に愉快であったりする…妙なものだ…
何時頃の、何の関係だったのか、記憶が混濁して曖昧化している“代休”…既に「寒い…」が口を突く場面さえ少なくないのに取得出来る“夏季休暇”…そういうモノの「固め打ち」…間もなくだ!!
一週間前…
気象庁のウェブサイトに在る<週間天気予報>というコーナーを視ると…「10月22日まで」の予報が表示されるようになっていた。“週間”を謳うのだから、10月15日の木曜日から“一週間”経てば10月22日の木曜日になる筈で、何ら特別なことは無い…
しかし今、この「10月22日」という日付と“一週間”という期間に気付くと、何処かそわそわとすることを禁じ得ない…「待ち遠しい…」と言い換える方が妥当だろうか?
既に北海道内で「雪が降った」という話しも伝えられ、戸外を歩いて「手が冷たい…」と思える場面も在って、“夏”は完全に「過去形」というように感じているのだが…私が勤務する職場では「10月末まで」ということで“夏季休暇”(!?)が取得可能である。今季、「夏らしい感じの期間」に“夏季休暇”を取得することは叶わなかった…そして“過去形”になってしまったような時季に突入している…
休日に何か用事が在って、記録上“出勤”という扱いになった場合…“代休”なるものを割り当てられる場合が在る。「X年X月X日」というものは、「一生に一回」な筈で、代替えも何も在ったものではないと個人的には思うのだが…大概、この種の“代休”に関しては「何時の間にか権利消失」のようなことになってしまう…が、今季は何となくその権利とやらを行使出来そうな感じになった…
結局、この“夏季休暇”と“代休”を…「まとめてぶち込め!!」というようなことをやって、10月第4旬に思わぬ時間が出来ることになった…要するに“休暇”な訳だ…
“休暇”ということで時間が出来ると…「何処かへ出掛けてみよう!!」ということになる…そうすると「どちらへ??」という話しになる…
「休暇はどちらへ?」とでも問われれば…現時点で「西日本…」とでも答える他無い…
“西日本”というのも、傲岸不遜なまでに漠然としているが…とりあえず「新千歳空港・神戸空港+関西国際空港・新千歳空港+復路の便を利用する前日の大阪・天王寺の宿(1泊)+前々日の奈良の宿(1泊)」という予約をしてあるだけで、他は「何処へ行ってみようか?」という状態だ…だから「“西日本”を訪ねる」なのだ…
北海道へ引揚げる前夜、天王寺に泊ることに決めたのは…真っ直ぐ関西国際空港を目指す場合、JRの列車が天王寺から空港へ直通であり、僅かばかりの地下鉄移動でなんば駅に出れば、南海の<ラピート>が利用出来て便利だ。また時間にゆとりが在るなら…阪堺の電車を利用し、大阪の南側から堺に掛けて、方々に道草をしながら移動し、堺以南は南海の電車で空港を目指すという具合にすると好さそうだ…
その天王寺泊の前夜、奈良に泊ることに決めたのは…宿に入る前か、宿を出た朝かは決めかねるが、奈良国立博物館で丁度開催中ということになるらしい<正倉院展>に一寸関心が在ったからだ…1300年近い時を超えて伝えられる宝物の展示公開…何やら面白そうだ…
という辺りまで予定を考えたが…後は「行ってみたい」とか「見たい」というモノのリストが余りにも多過ぎて、何をどうすると善いのか、全く整理出来ない…どちらかと言えば、整理整頓が得意な方ではないのだが、こんなことに至るまで整理整頓が出来ない…困った性分だ…例年、「何処かへ行ってみる」という程度の時間を設けるのは…12月頃が多い…それに対して、今般は10月下旬である。そうなると「12月にはやっていないが、10月ならやっている」という催し的なモノも多々在る訳で「何をどうすると善いのか?」という「自身の中の“混迷”」は、その度合いを深めてしまう…
この時季…<青春18きっぷ>は出ていないのだが…関西辺りでは<秋の関西1デイパス>(JR)とか<スルッとKANSAI>(各私鉄)というモノが在る…各地を結ぶ都市間バスも盛んに運航されている…大阪や神戸と九州各地とを結ぶフェリーも運航されている…九州まで至ってしまえば<旅名人の九州満喫きっぷ>という素敵なモノも在る。更にJR九州域内のネット予約であれば、「回数券型の割引切符の1枚あたりの料金」と大差の無い料金で、主要駅間の列車を利用可能な場合も在る。そして神戸空港や関西国際空港と、九州各地等の空港との間では「数日前」という次元で予約可能な、割安な航空券というモノも出回っている…大きな街では地下鉄やバスや路面電車等の“一日乗車券”のようなモノも多々見受けられる…
要するに、“西日本”というような漠然とした考え方で、神戸・大阪と札幌との往復を一応押えておけば、後は駆使することが可能な交通手段の選択肢が非常に広いので、正しく「足が向くまま、気が向くまま」に動き回ることが出来るのである…だから、「行ってみたい」とか「見たい」というモノのリストが余りにも多過ぎて、とりあえず整理困難であろうとも、「現地で何となく決める!」ということに出来るのである…
“西日本”というような漠然とした考え方だが…“西日本”という用語に厳密な定義が在るでもないような気がする。「近畿・中国・四国・九州の総称」という程度のことか?とりあえず何処でも構わないのだが…「時に旅をする」というのは、理屈抜きに好いものだ…
しかし今、この「10月22日」という日付と“一週間”という期間に気付くと、何処かそわそわとすることを禁じ得ない…「待ち遠しい…」と言い換える方が妥当だろうか?
既に北海道内で「雪が降った」という話しも伝えられ、戸外を歩いて「手が冷たい…」と思える場面も在って、“夏”は完全に「過去形」というように感じているのだが…私が勤務する職場では「10月末まで」ということで“夏季休暇”(!?)が取得可能である。今季、「夏らしい感じの期間」に“夏季休暇”を取得することは叶わなかった…そして“過去形”になってしまったような時季に突入している…
休日に何か用事が在って、記録上“出勤”という扱いになった場合…“代休”なるものを割り当てられる場合が在る。「X年X月X日」というものは、「一生に一回」な筈で、代替えも何も在ったものではないと個人的には思うのだが…大概、この種の“代休”に関しては「何時の間にか権利消失」のようなことになってしまう…が、今季は何となくその権利とやらを行使出来そうな感じになった…
結局、この“夏季休暇”と“代休”を…「まとめてぶち込め!!」というようなことをやって、10月第4旬に思わぬ時間が出来ることになった…要するに“休暇”な訳だ…
“休暇”ということで時間が出来ると…「何処かへ出掛けてみよう!!」ということになる…そうすると「どちらへ??」という話しになる…
「休暇はどちらへ?」とでも問われれば…現時点で「西日本…」とでも答える他無い…
“西日本”というのも、傲岸不遜なまでに漠然としているが…とりあえず「新千歳空港・神戸空港+関西国際空港・新千歳空港+復路の便を利用する前日の大阪・天王寺の宿(1泊)+前々日の奈良の宿(1泊)」という予約をしてあるだけで、他は「何処へ行ってみようか?」という状態だ…だから「“西日本”を訪ねる」なのだ…
北海道へ引揚げる前夜、天王寺に泊ることに決めたのは…真っ直ぐ関西国際空港を目指す場合、JRの列車が天王寺から空港へ直通であり、僅かばかりの地下鉄移動でなんば駅に出れば、南海の<ラピート>が利用出来て便利だ。また時間にゆとりが在るなら…阪堺の電車を利用し、大阪の南側から堺に掛けて、方々に道草をしながら移動し、堺以南は南海の電車で空港を目指すという具合にすると好さそうだ…
その天王寺泊の前夜、奈良に泊ることに決めたのは…宿に入る前か、宿を出た朝かは決めかねるが、奈良国立博物館で丁度開催中ということになるらしい<正倉院展>に一寸関心が在ったからだ…1300年近い時を超えて伝えられる宝物の展示公開…何やら面白そうだ…
という辺りまで予定を考えたが…後は「行ってみたい」とか「見たい」というモノのリストが余りにも多過ぎて、何をどうすると善いのか、全く整理出来ない…どちらかと言えば、整理整頓が得意な方ではないのだが、こんなことに至るまで整理整頓が出来ない…困った性分だ…例年、「何処かへ行ってみる」という程度の時間を設けるのは…12月頃が多い…それに対して、今般は10月下旬である。そうなると「12月にはやっていないが、10月ならやっている」という催し的なモノも多々在る訳で「何をどうすると善いのか?」という「自身の中の“混迷”」は、その度合いを深めてしまう…
この時季…<青春18きっぷ>は出ていないのだが…関西辺りでは<秋の関西1デイパス>(JR)とか<スルッとKANSAI>(各私鉄)というモノが在る…各地を結ぶ都市間バスも盛んに運航されている…大阪や神戸と九州各地とを結ぶフェリーも運航されている…九州まで至ってしまえば<旅名人の九州満喫きっぷ>という素敵なモノも在る。更にJR九州域内のネット予約であれば、「回数券型の割引切符の1枚あたりの料金」と大差の無い料金で、主要駅間の列車を利用可能な場合も在る。そして神戸空港や関西国際空港と、九州各地等の空港との間では「数日前」という次元で予約可能な、割安な航空券というモノも出回っている…大きな街では地下鉄やバスや路面電車等の“一日乗車券”のようなモノも多々見受けられる…
要するに、“西日本”というような漠然とした考え方で、神戸・大阪と札幌との往復を一応押えておけば、後は駆使することが可能な交通手段の選択肢が非常に広いので、正しく「足が向くまま、気が向くまま」に動き回ることが出来るのである…だから、「行ってみたい」とか「見たい」というモノのリストが余りにも多過ぎて、とりあえず整理困難であろうとも、「現地で何となく決める!」ということに出来るのである…
“西日本”というような漠然とした考え方だが…“西日本”という用語に厳密な定義が在るでもないような気がする。「近畿・中国・四国・九州の総称」という程度のことか?とりあえず何処でも構わないのだが…「時に旅をする」というのは、理屈抜きに好いものだ…