兜沼駅(2014.02.02)

この辺りでは「雪が在る光景」が冬季には“当然”である…最近、「雪が無い光景」が“当然”であるような地域に、思いも掛けない雪で混乱したという話しが伝えられていたが、そういう報に触れると「実は自分は酷い環境の場所で暮らしているのか?!」等と妙な気分になる…

何時の間にかかなり古い話しになってしまっているが、「雪が無い光景」が“当然”という地域に暮らした経験も無い訳ではない。「珍しく雪!?」ということになって、一寸ザワザワとしていた雰囲気を少しだけ覚えている…

↓稚内市と豊富町との境目辺りに在る兜沼駅だ…
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↑見事に雪の中である…

サハリンからの復路、新千歳空港到着後に旭川に移動し、酒を呑んで夜食を摂り、夜が明けてから普通列車に乗り込んで北上し、列車が擦れ違いのために7分程度停車する間隙に撮った画だ…

雪で混乱する地域も在るが…雪でも平然と、数少ない乗客を乗せて走っている列車も在る…何か不思議な気がする…

↓或いは「最後まで残りそうな“国鉄型”車輌」という雰囲気も在るキハ54…
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↑「雪原に佇む」というような風情が好い…そして…「思う以上に立派に努力して走っている…」と愛着も沸く…

↓サハリンを往来した際の、北海道内での画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - A trip on JAN 28 - FEB 02, 2014' set on Flickriver

↓序でにサハリンの画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, Russia on JAN-FEB 2014' set on Flickriver

ユジノサハリンスク:「順にお呼びしますので、番号札を持ってお待ち下さい…」(2014.01.31)

何やらレシートのようなモノを機械から引き出し、そこに書いてある番号が窓口に点灯するようになっていて、それから用事を足す…こういう仕組みに初めて出くわしたのが、何時、何処でだったか、最早思い出せなくなってしまっている…金融機関の窓口のような場所では広く普及しているやり方だ…

実はこの「番号札を持ってお待ち下さい…」方式は、ユジノサハリンスクの銀行にも在った…

↓ユジノサハリンスク市内の銀行に在った“番号札”である…
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↑「とりあえず“番号札”を取ってから用件」というのが、“ルール”のようになっている場所が多い様子だ…

ユジノサハリンスクで銀行へ…これは、手持ちのロシアルーブルがやや足りないと感じられたので、多少日本円を両替して、ロシアルーブルを若干補充したかった訳だ…

その「外貨両替」の用で銀行に入る…それらしい窓口にいきなり行っても「番号札を持ってお待ち下さい…」ということになってしまう…“番号札”が出る機械を探して見付けると、これが「用件の項目を圧すタッチパネル」になっている…とりあえずタッチパネルと睨めっこで…「外貨両替」を探す…込み合うような場合、御案内係が居て、その人に用件を告げると“番号札”を出してくれる場合も在るのだが…そういう人が居ない場合は、タッチパネルと睨めっこをする他無い…

“番号札”の下2行に在る「Валютно-обменные операции」(ヴァリュートナ・オブミェンヌィエ・オペラーツィー)というのが「外貨両替」のことだ…ロシアでは「日/月/年」で日付を示すので「31/1 2014」で「2014年1月31日」である。その日付の前の行に「お客様の前に1人居ます」と在る。「然程、待たされることもないであろう…」と待っていた。

番号は「511」と思っていると、幾つか並んでいる窓口の背後の電光掲示で「511」が点灯した。どうも「2番の窓口」ということらしい。そこには銀行の職員が居て、他の客は見えない…

番号札を持って近付いた。「両替なんですが…」と言って番号札を見せた。係の人は眉根を寄せる…「こちらは“S”ですね?“S”は6番の窓口です。ここは“D”です…」と言われた…「511」という数字にだけ意を向けてしまっていたが、「アルファベットも付いて“番号”」ということだった…

やがて「S 511」が窓口の背後の電光掲示で点灯…無事に用事は足した…

実は、ユジノサハリンスクで銀行に寄った経験は多くない…大概、「到着時の夕方に現金が一切無いのも不都合…」と稚内の銀行支店でロシアルーブルを若干両替しておき、それを滞在中に使うことで足りる場合が殆どだからだ…若干滞在が長めになった場合や、何となく想定以上に買物をしてしまったような場合、現地での両替が必要となる場合が在る…今回は、少しだけ面白い経験となった…

ユジノサハリンスク:サウナ<SPAradise>(スパラダイス)(2014.02.01)

ユジノサハリンスク市内を歩くと、中心街の商業地の発展と、若干郊外に寄った辺りへの商業施設の集積が同時並行的に起こって行ったのではないかという気がすることがある。

都心部と郊外または郊外寄りな場所の区別が余り明確でもなく、比較的新しい「一寸した商業施設」が拡がっている感のする街だ…何か「自家用車多用の生活」が、短い期間で急速に拡がり、そういう生活スタイルを前提にしたような「何となく商業施設が集積…」という感の場所が何時の間にか形成されていることに気付く。

↓そういう「何となく商業施設が集積…」という感の場所だ…何度か道路を通り過ぎる際にこれを視ていたが、初めて近くに寄って見たことになる…
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↑新しいホテルが登場したと話題になった時期が在ったが、ホテルは下層階がショッピングセンター風になっていて、宿泊客の部屋は上層階に在るような具合だと聞く。そのホテルを核に、色々なテナントが入る建物が集まっている…

ユジノサハリンスクでは、急速に自家用車等の台数が増え、何時の間にか「駐車場!!」の圧力が高まり、一定の駐車場を備えたような施設が何時の間にか増えている…他方で道路や駐車場の容量が足りなくなっているような感に見える面も在るのだが…ユジノサハリンスクの道路では、渋滞または“渋滞風”な状態が多く発生している…

上記写真の、ホテルを核に商業施設が集積している場所は、その駐車場を備えた施設ということになるかもしれない…何処を歩けば善いのか判らず、ふらふらと駐車場の真中を動き回る羽目になったが、車の出入りはそこそこに賑やかだった…

↓施設内のテナントの看板が積み上げられてかなり大きな構造物となっている周囲が、広い駐車場になっているのである…
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ここを運営するグループでは、“アルファ”、“ベータ”、“ガンマ”と呼んでいるようだが、ここは3つのゾーンの商業施設が集積している場所だ…飲食店、ゲームセンター、カラオケボックス等々の色々なモノも在るのだが…

↓注目したのはこれである…
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↑サウナ浴場の施設だ!!

この日は、“機材繰り”とやらで飛行機の出発が勝手に遅くなっていて、空港へ向かう時間を予定より遅くせざるを得ないという事情が在った。サウナ浴場で2時間半とか3時間程度ゆっくりすると“時間調整”には好適であると考えた…稚内でもサウナを利用するが、温まって汗をかいた後、慌てて戸外に出ると身体が急激に冷えるので、汗が退くまでゆっくりする…似たような考え方で利用すれば善い訳だ…

中へ入ってみる…何やら受付カウンターが在り、係のおばさんが居た。サウナを利用して何時間か休みたい旨を申し出る…初めてだと言えば、何やら掲示を示し、各種サービスが在ることを告げられたが、とりあえず入りたい。入場料は700ルーブルだった…(近く800ルーブルになる旨の掲示も館内の方々に在ったが…)

最初に「靴は高いものですか?」と問われた。“高い”は「高価」ではなく「背が高い」という方の語をおばさんは用いた。何を尋ねているのか、一寸理解し悪かったのだが、靴のロッカーを割り当てる都合上、長靴やロングブーツのようなモノなのか、そうではないモノなのかを知りたかったのだ…「一寸、拝見…」とおばさんはカウンターから身を乗り出して私の履物を視た…「なるほど、そういうことでしたか…」という話しだ…

続いて「“キモノ”?“フットボールカ”?」と問われた。“キモノ”というのは、稚内のサウナでも在る、湯上りに着る作務衣風なモノのことである。“フットボールカ”とはTシャツ類のことだ。私は後者を選んだ…料金には、この湯上りに着るモノと、タオル2枚のレンタル料金が含まれている。

そしてロッカーの鍵が…腕時計的な、手首に嵌めるリングに鍵が付いている。それで、靴を入れるロッカーと、着替えを入れるロッカーを開ける。他にICチップの入った、腕時計のようなものが付いていた…

浴場に入ってみる…

サウナは“フィンランド式”―「フィンスカヤ・サウナ」と言っていた…―と呼んでいる、稚内を含む日本国内でもよく見掛けるタイプの、板張り内装のモノと…“バーニャ”と呼んでいる、ムンムンと水蒸気が出る機構を備えた、タイル張りの内装のモノが在った。何れも…座る場所に何かを敷いてある訳でもなく、板やタイルが少々熱いので、受付で貸してくれるタオルを持ち込んで、それを敷いて座る…

シャワーは、「立って利用する」ような型になったモノがずらりと並んでいた…これは意外に利用し易かった…

湯船…幾つかのタイプのモノが在ったが、少し笑ったのは“ヒノキ”と名付けられた木製浴槽が据えられていたことだった。何れの浴槽も、「やや湯がぬるい?」という感じだった…身体がビリビリとする位に熱い―学生時代に利用した新宿区内の銭湯を思い出す…―のも一寸居心地が悪いが…「もう少々熱めでも…」と思った…これは他の欲情でもそういう傾向に在るらしい…

やがて湯上りに、受付で借りた“フットボールカ”―要するにTシャツと短パン―を着用し、休憩コーナーに向った。

飲物や軽食を注文出来るカフェコーナーが在る…一寸様子を視る…レジカウンターで飲物等を頼み、腕時計的な手首に嵌めるリングのロッカーの鍵に着いたICチップの部分を、レジに繋がった機器に当てる。そうすると精算が済むようだ…ICカード乗車券を使うレジと同じ仕組みで、カードの代わりにロッカーの鍵に付いた腕時計のような型をしたモノを使うのである…精算してから“お渡し”の場所でモノを受け取るようになる…

「そういう要領か…」とレジカウンターでビールを御願いしようとしたが…ロッカーの脇に在る現金を扱うレジを備えた場所で、ICチップに“チャージ”をするようになっているのだという…後でレジで支払うのではなく、先にチャージしておく仕組みだった…そこでそのチャージを済ませ、再度お願いして無事にビールを頂くことが叶った…

退出時は、ロッカーの脇に在る現金を扱うレジを備えた場所で、チャージしたお金の精算を行う。私はチャージした分を丁度使い切ったので戻りは無かったが、人によってはここで戻りが在る。“フットボールカ”やタオルは、ホテルの客室清掃の係がシーツを集める時に使うようなカートが在るので、そこに入れれば善い…

↓この施設の、ロシア語のウェブサイトが在った…「こういう施設が在ります」という内容のみではあるが…
>>Панорама - Сауна "SPAradise"

サウナ浴場を利用したのは、休日である土曜日の午後だった。家族連れも目立ち、存外に賑わっていた…こういう場所を覗いてみるのも、一寸面白い…

ユジノサハリンスク:冷えた青空の下のレーニン像(2014.01.31)

冬の晴天…遥か上空の冷気が、蒼い空から地上に降り注ぐような按配になることがある…そんな日に刺さるような冷たい風が吹くと「一寸辛い…」感じにもなってしまう…

この日のユジノサハリンスクは晴上っていた。前日の降雪が長かった時には思い描き悪かった蒼い空が頭上に拡がる。上空の冷気が静かに降り注いでいるような感ではあったが、風は微弱であった。こういう時は、多少手先が冷たいというような場合も在るものの、寧ろ戸外が心地好い…とは言え、余り長時間戸外に居続けるのも身体が冷えてしまうが…

↓こういう冷えた日こそ、レーニンの“コート姿”が様になる…
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↑前日の降雪時にベタベタと貼り付いていた雪も、何時の間にかかなり落ちて「何時ものレーニン」という按配になっている。

↓上空の空気の冷たさが感じられるような蒼い空の下であると、何か“コート姿”も「少々寒くないか?」という按配に見える…
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何処の国や地域でも、「好ましくないことをしていると忠告」という“善意”というものが在ると思う。ロシアにもそういうものが時々見受けられる。

ロシアは寒い国なので「冬の戸外では、確り防寒装備をしなければならない」という問題意識が高い。故に…「駄目じゃないですか…確り帽子を被らなきゃ…」というようなことを、視ず知らずの帽子を被らずに動き回っている人に向って言うようなおばさん、或いはおばあさんというのに出くわすこともないではない…

こういう「駄目じゃないですか…確り帽子を被らなきゃ…」という問題意識の派生型のように思うが…用事で知人を訪ね、去り際に外用の上着を着ていると「帽子は?手袋は?」と知人に尋ねられた…「消防隊の出動前点検でもないのですから…」と冗談を言いながら帽子や手袋を示しながら別れたのだったが…ロシアの冬には、こういうことが在るものだ…

ユジノサハリンスク市内を動き回っていて何となく思ったのだが、通行人を視ていて、様々な種類の帽子やコートのフード等、「何らかの型で頭を覆うモノ」の着用率は99%程度であると思う…北海道内の街では、そうした率は30%位か?冬季の戸外での行事の際には80%位かもしれないが…私はユジノサハリンスクではニットのキャップを着用していた。被らない場面では、丸めて上着のポケットやカバンに入れておくと邪魔にならず、取り出して使うと存外に温かいものなのだ…“防寒”ということでは、「帽子着用」は手軽な割に効果が大きいと思う。

ユジノサハリンスクのレーニン像…帽子は被っていない…流石に、レーニンに向って「駄目じゃないですか…確り帽子を被らなきゃ…」と言うおばあさんは視たことは無いが…このレーニン像が、3階建や4階建の建物のように大きなモノではなく、等身大位で公園や通に佇んでいるようなモノなら…誰かが帽子でも被らせてあげるのかもしれない…

ユジノサハリンスク:降雪の中のレーニン像(2014.01.30)

ユジノサハリンスクには、高さが概ね9mというから、3階建てか4階建ての一寸した建物のような高さの、大きなレーニン像が在る…

“レーニン像”と言うと…「共産党系政権による支配の象徴」という受け止め方も在り、1980年代末から1990年代冒頭に撤去された例も多い…殊に共産党系政権が退場した欧州諸国については、大きなレーニン像をクレーンで吊って撤去しているような画が、移ろう時代を象徴するような場面として随分流布した…

そんなことも在るが、ユジノサハリンスクの大きなレーニン像は、現在も発展する街を、街を行き交う人々を見詰めるかのように佇み続けている…

↓コート姿の像である…
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↑夏―ユジノサハリンスクでは、7月、8月には28℃から30℃程度の日も多い…半袖Tシャツ姿で汗を拭いながら歩いている状況…―に見掛けると「レーニンさん…少し暑くないですか?」というように思えるが…雪が降るような時季は、こういう姿が好い…

この日は、存外に激しい感じの雪が降っていた時間帯が長かった。大きなレーニン像も雪に霞むような感じがする…

↓積雪期としては高めと見受けられる、0℃近い気温になると、雪がベタベタとする…その辺のモノに雪が付着し易い…
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↑大きなレーニン像にも雪がかなり付着している…

こんなに大きなレーニン像である。雪を被っても「そのうち溶けたり、落ちたりするであろう…」と放っておく他ない…雪は像の凹部に刺さりこむか、凸に貼り付くかという具合に不規則に積もる…

この日は酷く雪を被り、何か“レーニン”というよりも…「昔のSF映画に出て来る異星人」というような、とにかくも「不思議なモノ」になっていた…

像そのものの雪は拭い悪い訳だが、周辺の人が歩く場所に関しては、作業員が出て来て随時通路を確保するように除雪を行っていた。

こういう目立つモノ…時間帯や天候によって、違った見え方をするのが愉しい…

北海道の“きびだんご”(2014.01.29)

新千歳空港から出発する前夜、「一別以来…」という按配で久し振りとなる友人と会うことが出来た。先方が「これから出掛けるのに土産も…」と言い出すので、「こちらも何も用意していないし、互いに久々に会えたのが何よりの朗報で…」等と応じれば、「飛行機の中ででも…」と“おやつ”の差し入れを…有難く頂いた次第である…

↓頂いた代物…“機材繰り”とやらで勝手に遅れた飛行機に漸く乗り込み、話していたとおりに機内で出してみた…
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↑「そう言えば…こんなモノ、飛行機に持ち込んで構わないのだろうか?」等と、友人との別れ際に話していたが、機内持ち込みのカバンの隅に入れっ放しになっていた状態で、特段に問題は無かった…

“きびだんご”というこの菓子…古くから北海道内ではお馴染みの、一寸懐かしい感じの代物である…

↓中身はこういう感じ…
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↑オブラートに包まれたまま「ガブり」と頂くことが出来る…

この“きびだんご”は、麦芽水飴、砂糖、生あん、もち米を使って、昔ながらの製法で製造し続けているのだそうだ。

1923(大正12年)に「起備団合」という商品名で菓子を売り出した。北海道開拓の精神と関東大震災の復興を願い“起備団合”としたが、お馴染みの『桃太郎』の「きびだんご」に通じる語感ということで、後になって名称を換えたということらしい…中身はこの「起備団合」と変わっていないようだ…

>>日本一のきびだんご:谷田製菓

『桃太郎』の「きびだんご」…これは「黍団子」…そして岡山県の土産の菓子は「吉備団子」…「黍団子」と「吉備団子」との関係性はよく判らないらしい…「黍団子」と「起備団合」とは、特段に関係なかったが、語感が似ていたので「きびだんご」という商品名になって行ったという関係なのは明らかなのだが…

この「北海道でお馴染みの“きびだんご”」だが、昔ながらの菓子だけに、甘みは仄かで心地好い程度である他方、意外に「噛み応え」が在る…この日は上空でゆっくり頂いたが…一寸変わった経験だ…

音威子府駅(2014.02.02)

稚内・旭川・札幌という区間を、一体何回位列車で往来したのかよく判らなくなってしまっているが…途中の駅である音威子府は「理由はよく判らないが魅せられるもの」があるように思う。「何となく雰囲気が気に入っている」ということなのかもしれない…

音威子府(おといねっぷ)―随分と昔、初めて見た時には読めなかった…―という地名…如何にも「古いアイヌ語が転訛したものに漢字を充てた」という語感で、北海道以外では考え難い雰囲気の地名だ…この地名はアイヌ語の「オ・トイネ・プ」(河口・土で汚れているもの)に由来し、音威子府川が天塩川に合流する地点が泥で濁っていたことからの命名とされている…

音威子府駅は、嘗ては天北線と宗谷線が交差する駅だった。そうした時期が在ったことを伺わせるのは「3本のホームが残っている」という状況だけだ…天北線も廃止されてから、何時の間にか四半世紀も経ってしまっている…現在では、宗谷線の列車が発着するのみの駅である…

音威子府駅は内陸の山間に在る…最近、この駅に関しては早朝に稚内駅を発って名寄駅へ向かう南下する列車、早朝に旭川駅を発って稚内駅へ北上する列車がそれぞれ長めな停車をする際に、「外の空気に触れる場所」というイメージが私の中では強い。稚内駅からの列車も、旭川駅からの列車も比較的多く利用している。それらの列車は、殊に「“青春18きっぷ”シーズン」、更に絞り込むと冬季に利用する場合が目立つ…

サハリンのユジノサハリンスクからの国際線で新千歳空港に下り立つことになった際…「旭川まで出て、夜を明かして、“例の普通列車”で稚内に北上するのが好い」と考えた。

“例の普通列車”と呼ぶ旭川からの早朝の列車は、札幌から朝出る特急が着くよりもやや早い時刻、「正しくランチタイムの少し前」に稚内に着くことが出来る。眠い早朝の出発とはなるが、「車内で寝ていても、確り稚内に連れて行って貰える」という状態だ。稚内駅に着いた時に寝ていても、顔馴染みな駅員さんでもやって来て「毎度どうも…着きましたよ…」と声を掛けてくれるであろう…と勝手に思って安心している…そこで戯れに“ワープ”と呼ぶが、「寝ている間に、少し長い停車をする駅の近く」という状態で移動するので、「速くないのに早く感じる」訳だ…

ユジノサハリンスクからの国際線は、気侭な航空会社の“機材繰り”とやらで、予定よりも3時間も遅く新千歳空港に着き、旭川には日付が変わる少し前に着くような状況だった…そして朝を迎えて北上だ…

↓音威子府に着いて、車輌の後ろ側に出るとこういう具合になっている…
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↑走行時に後方の雪が跳ね上がり、車輌後方に雪が付着する…温度が氷点下10℃近い時のような状況下、雪は粒子が細かくサラサラなので、こういう具合になる。この「車輌後方への雪の付着」を視ると、雪の多寡が判ると同時に雪の状態も判る…

↓跨線橋に上がってみる…
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↑右が旭川から北上の列車で、左が稚内から南下の列車である…遠くの針葉樹林も雪を被って白くなっているが、氷点下10℃かそれ以下の冷え込みだった…

この辺りで普通列車として活躍している車輌は、国鉄時代最末期に登場しているキハ54だ…旧い新幹線等の座席を順次車内に据え付けるということをしていて、乗る車輌毎に座席配置が違っていて「今日はどれが?」というのが、乗車時の一寸したお楽しみだ…

キハ54の列車2本が待っている中、稚内駅から旭川駅を経て札幌駅へ南下する特急列車がやって来て、音威子府駅に停車する…乗降が済んで特急列車は南下を再開する…

↓ホーム上の駅名看板である…
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↑JR北海道の駅の標準的なスタイルだ…微妙な雪の積もり方が好い…

山間の音威子府駅周辺は雪が多い地域でもある。「多い」と一口に言っても、シーズン毎に様子は違う…今季の場合、12月や1月前半は「当地としては少な目?」と感じたが、2月を迎えてみれば「一寸…多いなぁ…」という具合になっている…以前には、12月で既に「妙に雪が多い…」と思えたシーズンも在った…

↓旭川・稚内間の列車は、旭川駅で鮮やかなオレンジの地に白い文字のサイドボードを掲出している。旭川駅を発つ前に係員が登場して、サイドボードを付けている…
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↑北海道内の駅では、国鉄時代以来と見受けられる書体の「縦書き仮名文字駅名表示」が在って、その下に“サッポロビール”のロゴが貼って在るケースが目立つ…

何か、「如何にも北海道の小さな駅」という風情が漂う…特急列車が去った後、音威子府に着くのは“後”なのだが、この旭川から北上していた列車が“先”に出る…そして、“先”に音威子府に着いていた列車が“後”から南下の続きを始めることになる…

何度出くわしても、思わず写真を撮ってみたくなるのが、この音威子府駅の光景である…

ユジノサハリンスク:ユニークな建物のカフェ(2014.02.01)

「平日の朝」を迎えるので、ゆっくりと深く眠りたい…動き回って戻って来たので、身体が重い感じであることから、何となく横になったが、睡眠の時間帯が乱れてしまっていて、すんなりと眠れない…

そうした状況下…<モカ・エチオピア>を淹れる…カフェインの刺激が更に眠りを妨げるような気がしないでもないが、逆に珈琲の温かさと芳香で気分がゆったりとして、眠り易くなる場合も多いような気がする…

珈琲で思い出した…

↓ユジノサハリンスクでこういう不思議な建物に出くわした…
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↑レーニン通とパグラニチナヤ通が交差する、緑地或いは都市公園という感じの場所の角に佇んでいる建物だ…

レーニン通を歩いていて「何だあれ?!UFOか!?遊園地の遊具か何か??あそこにそんなモノが在ったか??」と思いながら近付いた…

雪を被っているが、テント状なモノで覆われた屋根には<МЕЛЬНИЦА>(メーリニッツァ)と在る。マークも見覚えが在る…

“メーリニッツァ”とは、欧州で用いられた「粉挽きに利用した風車」のことである。“粉”と言えばパン…これはパンやケーキを造っている会社の社名、商標として用いられている…商品に入っているマークには、古式の風車のイラストや、麦の穂のイラストが使われている…この会社のパンはユジノサハリンスク市内のスーパー等でも視掛ける。宿の近くの店にも在り、何度も求めたことが在る…

この会社はベーカリーカフェのような店も運営している…言ってみれば「“メーリニッツァ”○○店」ということになるのだろうが、業績が好いのか、このマークのベーカリーカフェは増えているように見える。以前に出くわしたこの店は、「パン販売の傍らにカフェ」という感だったが、最近はもう少し小さな店で「カフェの傍らに持ち帰りのパン等を売っている」というように見える店が目立っている…

“メーリニッツァ”のカフェについては…「チーズケーキが美味い!!」と記憶していた…この店に寄ってみた…

↓公園敷地側に廻り込んでみた…
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↑入口が設えられていて、客が出入りしている…

建物は、客席が設けられた「硝子の円盤」の脇に、作業や事務を行ったり、モノを保管する用途と見られる小さな四角い建物を継ぎ足したような形状だ。四角い建物側の壁に珈琲豆と淹れ立ての珈琲の写真を使った看板が在る。「香り高き珈琲を何時でも」というようなコピーが書き込まれ、“メーリニッツァ”と右下に社名ロゴマークが入っている…

この店だが、「パン販売の傍らにカフェ」という感ではなく、「カフェの傍らに持ち帰りのパン等を売っている」というように見えるタイプの店だった…

店内で頂く場合、カウンターで飲物、ケーキ、パン等を頼んで求め、自分で席に持って行って頂く。カウンターで注文をする際、店員さんは「サボイ?ズヂェッシ?」と尋ねる。“サボイ”は「持ち帰り」で、“ズデェッシ”は「店内」だ…

珈琲を頼み、“ズデェッシ”ということで、空いていたテーブルに珈琲を持って行く…戸外用の上着は暑いので脱いで、席に陣取る…店内には「Wi-Fi Zone」なるステッカーも在った。バッグにノートパソコンが入っていたので引っ張り出した。簡単にネット接続出来た…

↓ここの珈琲…適当に苦味が強い、私の好みに合ったブレンドだ…或いは「欧州諸国の流儀」というものかもしれない…
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↑こういう“普通”な珈琲は「アメリカーノ」と呼ばれている。これは、この店の用語ではなく、何処の店に言ってもそのように呼んでいる…

ノートパソコンで少々インターネットを見る等し、なかなか気に入っている珈琲を頂きながら様子を視ていた。酷く込み合っていた時間帯ではなかったが、余り途切れずに、次々と持ち帰りや店内で頂く目的の客が現れる感じだった。多少降雪も見受けられた土曜日の午後で、公園も「雪で埋まっている…」感じではあった…公園が美しいであろう夏から秋のような時季であれば、「硝子の円盤」という状態のカフェ店内からの眺望も佳いことであろう…

眠れない深夜に珈琲を啜りながら、ユジノサハリンスクのカフェのことを思い出していた…

帰着…

最近は“前倒し”と呼んでいるが、「プラス2時間」のサハリンで動いていた状態から「日本時間」の中に戻り、“23時40分”という次元で旭川駅に着いた…旭川で一寸愉しいひと時を過ごし、深夜2時過ぎに夜食か朝食か判らないような食事を摂り、“休憩所”と呼ぶネットカフェで一寸休み、早朝の列車に“朝マック”やコンビニのサンドイッチを持ち込んで、「頂きながら居眠り」で移動した…稚内駅に着いてみれば…列車内に乗っていたのは私だけだった…豊富辺りからの他の乗客は南稚内駅で全員下りていたのである…

悠然と改札に向かい、顔馴染みな駅員さんに「私一人ですね…今日のこの列車で、稚内駅で下りたのは…」と告げると、「何時もありがとうございます」と朗らかに迎えて下さった…駅ビル内を通り抜けると…稚内に最近やって来て、2月中に講演活動を行うユジノサハリンスクのグループ<ルースキー・テーレム>のリーダーで、アコーディオン奏者のアンドレイ・メリニチェンコ氏が居た。愛用の楽器の按配を視るかのように、一寸音を出していた。互いに顔見知りなので「こんにちは」と挨拶を交わしたが…今日は駅で演奏を披露しようということなのだろう…私が乗って来た列車の後の、特急列車から下りる皆さんを歓迎する演奏を披露してくれる訳だ…

稚内も、私が不在だった間に少々雪が増えたように見える…「雪が増えた」と言えば、少々驚いたのは音威子府だった…12月半ばから1月上旬に何度か通って様子を視ているので、今日の様子には驚いた…

そして帰宅したが…真っ先にしたことは…愛用のライターにオイルを補充することである…続いて、ストーブを点けた…

実質的に用事を足したのは2日だが…往路に2日、復路に2日を要した…「東京都内から群馬県内や茨城県内に向かう」移動距離にも関らず「名古屋の向こう辺りまで行って飛行機に乗る」というようなことをすると…こういう状況になるのかもしれない…

用事そのものは充実し、荒天という程にもならず、寧ろ好天の場面も在った厳冬期のユジノサハリンスクの風情や、稚内市内も含めて各地に在る“サウナ”と似たような感覚で利用可能な場所で一寸休んでみたことなど、なかなか好かった面は在るのだが…“機材繰り”とやらで気侭に運航時間が変わる空路に関しては、途轍もなく心象が悪い…サハリンは…稚内・コルサコフのフェリーで訪ねるのが好い…

これから…ランチを愉しんだり、拙宅で珈琲を淹れる際に用いる水でも仕入れに出たい…そんなことを考えながら、オイルを補充してバッチリ点火する愛用のライターで、「感謝の納税…」という考え方で旭川駅前のコンビニで求めて来た煙草に火を点けた…

極短期間に留まるであろう旭川への道草…

旭川都心部の“指定休憩所”で珈琲を啜る…ありきたりなブレンドだが、妙に好い…

「夜を明かす」と言うかもしれないが…意図しているのは、今の時季であれば「明け切らない」時間帯に出る列車で稚内を目指すことを意図している…どの道、夜行バスに無理に乗車する他には、稚内へ戻る術が無い時間帯に新千歳空港に到着したのである…道草しながら引揚げる他無い…

勝手に遅くなったユジノサハリンスク・新千歳のフライトだったが…到着後は荷物が出て来るまでの待ち時間が妙に長く感じられた…以前は、ユジノサハリンスク空港の搭乗待合の隅に「一服可」な場所が在ったのだが、廃止されていた…そこで新千歳空港到着後に“専用スペース”を利用した訳だ…そこから、結果的に15分程度遅れた列車で旭川に着いた…旭川駅に着いた時点で、既に23時40分だった…

何か妙に眼が冴える…“前倒し”な「サハリン時間」で暮らしていた筈なのだが…深夜2時を過ぎて“豚角煮コンビ牛めし大盛”なるものを頂いた…身体の中では「やや早い朝食」という感覚になっているかもしれない…意識としては夜食だが…

旭川駅に到着した直後、朝の出発に備え、「ドイツのトランク」と呼び習わしている嵩張る方の荷物をコインロッカーに預けた。多少身軽になり、「ワンメーター程度で恐縮…」ながらタクシーを飛ばし、<ア・エヴァンス>を訪ねた。軽く“ジャック・ダニエ”のロックと、かなり久々という感の“コロナ”を頂いた…何となく話しが弾んで、少し楽しいひと時を過ごした…

こういう流れから…朝の出発待ちということになる訳だ…

ところで「気の毒」なのは…私がユジノサハリンスクから乗って来た飛行機でサハリンへ発つ皆さんである…日本時間の午後9時台に発ち、1時間後の午後10時台に着くと…現地時間では深夜0時台なのだ…「いい加減にしろ!!」という次元の話しになっている…

それにしても…早速に友人の一人から「交通整理に出られそうな…」と評された、ロシアの警察関係の一部で用いられている迷彩柄の防寒ジャンパー…非常に温かい…

ロシア製の防寒ジャンパー(2014.01.30入手)

以前から、ロシアの軍関係、警察関係の皆さんが使っているような防寒ジャンパーを視て、「何となく好いな…」と思っていた…

今般は、何となくその種のロシアの軍関係、警察関係の皆さんが使っているような衣類を売っている店を訪ねた。屋外での活動用、作業着という感覚で利用可能なモノを色々と売っていて、以前はそこでTシャツを求めた経過が在ったが…

↓こんなものを入手してしまった…
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↑警察関係の一部で用いられている迷彩柄なのだが…同じような型で色違いの中から、これを選んでしまった…

昨日の夕刻と今日の午後と、これを早速着用している。稚内から着ていたジャンパーは…力尽くで無理やりトランクに詰め込んだ…

ユジノサハリンスクは氷点下6℃とか氷点下8℃という感だが、Tシャツ、長袖のシャツという上にこのジャンパーで温かい…下半身はズボン下を穿いた上でジーンズ、そしてニットのキャップや手袋も戸外では着用するが…

昼に宿をチェックアウトした…色々と詰め込んだトランクは、宿で夕方まで預かって頂けることになった。幸いである…

この防寒ジャンパーを着て街に出たが…雪が降っていた…方々を動いても疲れるので、話しに聞いていた“サウナ”を訪ねた。稚内に在るモノと似たような感覚で利用出来た…700ルーブルだった…

“サウナ”の、湯上り用の服を着用で休憩する場所でテレビが点いていた。途中から何気なく視て、音声も聞こえ辛かったので、詳しくは判らないが、何かロシアの刑事モノ、犯罪モノのようなドラマだった。その中に警察系の部隊が登場していたが、彼らは私が求めたモノと似たような作業服やジャンパーを着ていた…

“サウナ”での休憩も、やや飽きてしまい、街を少々歩く…カフェに入るとWi-Fiによるインターネットが接続可能とのこと…こんな記事を起こしてみた訳だ…

何となく時間が流れるという按配の一日である…

ユジノサハリンスク:「マレーシア旅行」の看板(2014.01.31)

氷点下10℃前後で積雪が見受けられる中を歩く。この時季のユジノサハリンスクでは、好天の日の午前9時台に歩き回ると、空が明るい感じになって行くのが見える…

↓明るくなる、半ば暁のような空を背景に高層住宅が聳え立っている…
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↑こうした大きな建物に、一種の懸垂幕と見受けられる広告看板が貼り付いている様子を、ユジノサハリンスクでは存外に視掛けた…

高層住宅の壁に大きな広告看板が在るのをぼんやりと眺めたが…氷点下10℃前後で積雪が見受けられる中で「水着姿の男女が海岸を走り回っている」写真が在る…

「何?」と思って眺めれば「マレーシア」とあって「果てしなく続くビーチに無限の可能性」というようなキャッチコピーだ…マレーシア旅行を促す広告である…

サハリンでは“旅行需要”が高まり続けている。「需要が高まる」と言うより、「拡がり、深まっている」と言っても良いのかもしれない…

2006年に、稚内・コルサコフ航路で「ロシア人客対日本人客」の比較をするとロシア人客が多数派を占めるという状況が見受けられるようになった。以来、あのフェリーはその「ロシア人客が多数派」という状況が常態化している…それは「一寸旅行に出よう」という人が多くなり、そういう人達がフェリーで北海道内等を訪ねる現象が見られるようになったからだった…

近年、その「フェリーのロシア人客」が伸び悩んでいる。原因の一つとして、「旅行商品の選択肢の幅が広がっている」という事情が在る。「○月○日から○月○日で旅行」ということになった時、「フェリーで北海道」は何ら特別ではなく、ロシア国内、旧ソ連諸国、トルコ、東南アジア等々と同列で、「多くの選択肢の一つ」に過ぎない。最近は東南アジア諸国の人気が高い。温暖な海岸等でゆったりと過ごす内容で、北海道等よりも長めな期間の旅行を安価に組むことが出来るのである。

そういう「東南アジア人気」という中で、マレーシアの広告看板も在る訳だ…

↓今般のサハリンで撮影の写真…
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最近、タイの政情不安が伝えられるが、こちらではロシア外務省が不要不急のタイ渡航の自粛を呼び掛けたことから、「旅行キャンセル!!」等が話題になっているようだ…

ユジノサハリンスク:サハリン州政府ビル(旧“サヒン・ツェントル”)(2014.01.31)

ユジノサハリンスク空港から市内へバスで向かった際、「馴染んでいる辺り…宿の近くの停留所も近い筈…」と思いながら辺りの様子を伺っていたのだったが…馴染みな筈の建物でも、夜の感じは違う…

↓到着時に視掛けて記憶に残った様子と同じような感じになっていたのに気付き、写真を撮ってみた…
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↑広い敷地に、横長な型のビルである。コムニスチーチェスキー通の、かなり目立つ建物の一つだ…

建物正面に「ДОМ ПРАВИТЕЛЬСТВА САХАЛИНСКОЙ ОБЛАСТИ」(ドム・プラヴィーチェリストヴァ・サハリンスカイ・オーブラスチ)と書かれている。「サハリン州政府ビル」という訳だ…

ここは長く民間のオフィスビルだった。“サハリン・センター”という英語名で、露訳すれば“サハリン・ツェントル”で、それが一寸縮まって“サヒン・ツェントル”と呼び習わされていた。2012年9月にサハリンを訪ねた際、この建物が州政府の分庁舎になっていることに気付いた…それでもこの場所を示すのに“サヒン・ツェントル”と言っている人が居た。更に…空港から市内へのバスを利用した場面でも、この建物が見える辺りの停留所を“サヒン・ツェントル”と言っていた…

民間のオフィスビルであった時代から、建物の中に州政府の一部の部局が入居していた。が、庁舎化された訳で、現在はかなり多くの部局が入っている様子だ…精確な数が判り難い程に部屋数が在る建物である…

建物正面の広場だが、結構丁寧に除雪されている…流石に政府庁舎だ…他方で、そんな広場で何となく親子連れの子どもが遊んでいるような様子も眼に留まり、微笑ましい…御近所の方なのか、小さな子どもが橇に乗り、年上の兄弟か保護者が橇を引っ張っているような様子…北海道でも時々視掛ける様子が、ここの広場辺りでも見受けられた…

↓今般のサハリンで撮影の写真…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, Russia on JAN-FEB 2014' set on Flickriver

建物正面に大きな広場が在るが、この周辺は建物の密度が余り高くない感じになっている。そんなことも手伝って、黄昏に灯りが入ると、この建物は凄く目立つ…

ユジノサハリンスク:「ソチ五輪開会まであと○日」の看板(2014.01.31)

サハリンでは、開会が近付いているソチ五輪を待ち望む空気が少し感じられる。ウィンタースポーツ関連の絵柄を使った看板等も眼に留まる…

↓極め付けなのはこれであろう…
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↑「開会まであと○日」とカウントダウンする看板である…

大掛かりな催事に関して、こうした“カウントダウン”の看板が登場することはよく在る…

「006」となっている。「あと6日」ということだ。この数字が3桁の「180」前後だった辺りで、偶々看板を視ていたが、とうとう「1週間を切った」ということである…

↓看板は画が切り替わるようになっている。
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↑何気なく視ていると、測った訳でもないが、20秒位と思われる間隔で細長くなっているパーツが回って画が変わっている…

細長くなっているパーツが回って画が切り替わるタイプの看板だが、ユジノサハリンスク市内では時々視掛ける。切り替わらないタイプも含めて、「街中の看板」が存外に目立つ。加えて、懸垂幕的な建物の壁を使う広告も眼に留まる…

ロシアは「ウィンタースポーツ大国」であり、「是非!!」と強力に運動してソチ五輪開催が決まった。開催に向けて、相当に大掛かりな開発が行われることになって、「どうなんだ?」という話しも在ったように記憶するが…とうとう「一週間を切った」のである…間もなく「選手団が現地に入って調整中で…」というような話題も出て、華々しく開幕し、各競技の話題が溢れるようになるのであろう…

ユジノサハリンスク:独特な感じの除雪車輌(2014.01.31)

好天の日であっても、溜まっている雪を除ける作業等を行うために除雪車輌は出動していることが多い。好天の日に関しては、堆く積もっている雪をトラックに積んで何処かへ運ぶ排雪を行っていることもある。

というのが北海道内で見受けられる状況だが、ユジノサハリンスクでも事情は似ていた。好天に恵まれた中、排雪作業が行われていたり、除雪用の車輌が動いているという様子を視ることが出来た。

↓横断歩道に佇んでいると、少し変わった車輌が現れた…同型と思われる2輌が並んだ…
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↑近くに一般的な乗用車が停まったので、この車輌の大きさが判る。小型である…

この型の車輌は何度か視掛けた。何か、牧草地や畑で活躍するトラクターを想起させる車輌である…

この車輌の前方にはブルドーザー型のパーツが付いていて、降雪時にそれを使って雪を押し退けていた。他方で後方にはブラシのようなものが付いているのが見えた。道路清掃用のパーツであろうか?

このトラクターのような車輌…季節を問わず「道路のメンテナンス」という活動に従事しているのかもしれない…こうした「働く車輌」というようなものは、出くわして眺めると、何となく面白い…

「吉凶は糾える縄の如し」…

“日課”のようにしてしまっている、宿の館内のカフェでのひと時…昨日の紅茶が悪くなかったので、今日も紅茶にしてみた…日中に多少珈琲は頂いたので、バランス的に悪くないであろう…などと考える…

降雪の時間が長かった昨日を思えば、今日は大変に好かった。晴天の一日だった。昨日は厳寒を警戒して、温かいアンダーウェアを着込むなどしたが、“目論み違い”な面も在った。今日は温かいアンダーウェアをズボン下のみとしたのだった。今日は晴れて、昨日より気温は低めで、殆ど一日中氷点下10℃から氷点下7℃程度だったようだ。強風が吹き抜けるでもないので、戸外は然程辛くはない。服装も、私としては丁度好い按配だった。昨日は、然程意識せずに積雪箇所を軽く漕ぐような場面も多く、気付けば酷く靴が濡れていたのだったが、朝までに乾いた靴は、今日は然程濡れていない。積雪に関しては、既に除雪されているか踏み固められているかで歩き易かった…

今日は、昨日訪ねた場所を再訪し、用事の続きを足さなければならなかった。昨日の朝に訪ねた場所を再訪した訳だ。昨日は結構な降雪の中で歩いていて、除雪作業が行われている様子等を眼に留め、やや歩き悪い中を進んだ。今日は非常に歩き易い状態だったので、同じコースを歩いたが、同じ地点に至るまでに要した時間は今日の方が圧倒的に短かった。前日、何となく「ここで間違いないな…」と考えながら歩いたのと、「あれが見えた…」という具合で、勝手知った場所を歩くのとでは速さは変わるかもしれないが…

パベーダ通という場所を歩いた。昨日は降雪で遠景が見えなかったのだが…今日は普段のようにスキー場が見えた…ユジノサハリンスクは、それなりに立派なスキー場が市街から近い場所に在る。

そう言えば…宿の前で、何やらヘルメットを被った若い女性が歩いていた。宿の入口辺り、少し高くなっている箇所に佇んでいたので、何か通行人の頭の方に眼が向いたのだ…日本で言えば高校生位の年恰好の女性に見えたが、スクーターにでも乗るようなヘルメットなので、多少妙に思えた…が、彼女は鮮やかなスキーウェア―ピンク色系のモノだった…―に身を包んでいて、脇にスノーボードを抱えていた…スノーボードをしに行った帰り道という具合か、或いはこれから向かうのか…「一寸だけ歩いて、市内の路線バスで麓周辺に…」という按配でスキー場を訪ねられる街であることを示すような状況である…

そんな「スキー場がよく見える辺り」まで、宿からゆっくり歩いて30分強だった…(スキー場の麓はもう少々歩かなければならないだろうが…)そして用事を足した。非常に密度が濃く、成果が在ったと思う。

用事が無事に足りたことに満足し、市内の前日も歩いた辺りを再度歩いた…雪が降り頻る時間帯も在った前日を思うと、少し別な世界のようだった…

ここで少々驚く情報が届いた。明日のフライトだが、18時台出発が21時台出発に変更になるらしい。往路も、空港に行ってみれば2時間遅れになっていた…往復共である…復路の変更に関しては、何度か在った。13時台が18時台になったらしいということになって、一時は13時台らしいという話しで、結果的に18時台だった…そしてずっと18時台と思っていたのだが、今日になって21時台である。とりあえず、明朝に空港の航空会社の事務所に電話でもしてみるという話しだ…交通手段の運航(または運行)時間帯というものは、「頻繁に変えるべき」ではない!!不特定多数が利用するものである以上、そんなことでは「安心して利用出来ない」ではないか…こういう意味での“安心”は交通手段の「存立に関る問題」のようにも思う…

正直、「荒天で空港の離発着が少々乱れ」というような展開を危惧していたが、そういうのではない…何か“機材繰り”に問題が在るらしく、半ば“常態”のような感で、新千歳・ユジノサハリンスク間では「何か知らないが遅延」という話しが溢れている。以前は、冬季等の荒天関連で運航の乱れが伝えられたことは在ったが、こうした状況は余り記憶が無い。個人的には、現行の運航体制に関して大変に心象を悪くしている。“機材繰り”とやらで時刻変更連絡が頻繁で、連絡の無い遅延が続発しているような状況は「運航をする能力が欠落」と評さざるを得ないのではないか?何かおかしい…

実は今日、<ジャズ・タイム>のコンサートが在った…

多分2008年頃から彼らは<ジャズ・タイム>を名乗っているのだが、それ以前は<ヴレーミャ・ジャザ>だった。彼らが初めて稚内にやって来た2007年に<ヴレーミャ・ジャザ>と呼んでいたことから、稚内では以降も<ヴレーミャ・ジャザ>と呼び習わしている…幅広いジャンルの演奏や歌が素晴らしいグループなのだが、地元ユジノサハリンスクでの公演である…是非伺いたかったが…“千”に近い方の数百席在るホールにも拘らず、最終的に入場券の入手が叶わなかった…

以前、サハリン滞在の最終日にチェーホフ劇場で演劇の公演が催されたことが在った。あれは演出意図故か、通常のステージ上に演じる場所を設け、それを囲むように60席程度を配するという劇だった。『サハリン島―第1章』―現在は劇場のレパートリーから外れていると見受けられる…大変に残念…―と題された、青年チェーホフが長い旅を経てサハリンに辿り着き、活動を始めるという内容で面白かった。“60席”なので、券が入手し悪いと話題になった…地元新聞の文化欄にもそういう話題が出た位だったが…前日に劇場の窓口を訪ねてアッサリと入手出来た…

今日のコンサート…あのステージで演奏し、ホールに聴衆が入る。券は千枚近くということになる…「1枚位は在るだろう…」と前日に劇場の窓口を訪ねたが…「前売りは全て売り切れで、何かで当日券が発生しないとも限らない…開演前にお運び頂く他無い…」という話しに…今日、行ってみた…券は…全く無かった…何処かから「最後に数枚残った…」のようなモノでも出て来る可能性に賭けたのだが…無理矢理に中に入るという“最終手段”が無くはなかったが、そういう“不正規な型”で潜り込むというのも、余り愉しくない…何事につけ「横車」的なことは唾棄すべきであろう…ということで諦めた…偶然に、2007年以来の付き合いであるベース奏者のヴィターリー・ブィチコフ氏に、劇場辺りで会えたので「善し」としたい…

個人的にはかなり残念だが、他方で彼らが安定した人気を誇って活動を継続中である様子を実感することが出来た。正しく「みなさんによろしく!!きっとまた何処かで…」という感だ…

販売60枚でも入手出来る場合が在る入場券が、販売千枚近くでも入手出来ない訳である…何処かで「そんなにか?!?」という程度に多数の券を持って行ってしまって、出回った枚数が最初からやや少なめだった可能性も在るが…

ユジノサハリンスクは人口20万弱と言われる街だ。催事や買物や仕事で出入りする周辺市町村人口を合わせた“商圏”という捉え方では30万人前後の地域である。そういう地域だが、音楽の演奏や演劇の公演や展覧会の類など、文化的催事が盛んだ、日本の「30万人商圏」というような地方の地域と比べて如何であろうか?ユジノサハリンスクは、サハリンに在っては圧倒的な規模と存在感を持つ最大の都市だが、「文化的活動」というものは、もっともっと規模の小さな都市にも及んでいる…稚内にやって来て、活動の成果を発表してくれた経過が在る幾つかのモノを思い出すだけでも、水準の高さに驚くのである…

何か、低温ながらも好天に恵まれ、用事を確り足すことも叶って非常に善かった反面…コンサートに行けずに残念な思いをしたり、飛行機の件で気分を害したりということも在った…吉凶が入り乱れるというのが、普段の暮らしというものだ…

明日は…とりあえず無事に新千歳空港へ向かうフライトを捕まえて乗るだけだが…多少「不愉快な案内」となった21時発にせよ、出発前に聞いていた18時台にせよ、朝はゆっくり動き出せば好い…とりあえず、今日はゆったりと過ごすだけだ…好天だったので、多数の写真を撮った。今般、用事で会った方の中に拙作を御覧頂いた方が在った。「大変に佳かった」と御感想を仰っていた。そういうことを聞くと、所詮は「素人の道楽」―何かで「○○の様子」と紹介する資料に利用可能な場合も在るという、“実用的側面”もゼロではないが…―で撮っているモノだが、少しだけ「余分に愉しい」という具合になる…

昨日は偶々切れていた、宿の館内の珈琲が在るのが眼に留まった…「何時でも休んで構いません」体制の前に、珈琲を頂くことにする…

とりあえず今思っているのは…「明日の日中の好天を期待」というだけである…

ユジノサハリンスク:ロシア正教の聖堂(2014.01.30)

何度も通り掛っている場所の、何度も視ているモノでも、季節が変わると様子がかなり違って見える場合が在ると思う。

積雪寒冷地に在っては…「積雪の見られる時季」と「以外の時季」とではかなり様子が変わることも在る…

↓ロシア正教の聖堂である…
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↑初めて当地を訪ねる日本の方で、ここが記憶に残るという方は多いと思う…

ロシア正教関係の建築は、やや独特な様式のモノが目立ち、何か「ロシア!!」という感じがするものだ…

ここに関して「積雪の見られる時季」に実際に近くで眺めた記憶が余り無い…そういう訳で何か非常に新鮮だった…

↓画面右側の鐘楼の方が道路側である…
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↑横に廻り込んで、建物全般を眺めてみた…

こういうようなロシア正教関係の建築…“雪”が加わると映えるような気がする…

↓少し離れた辺りから望遠で…
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↑降雪も見受けられる空の下、屋根の色が鮮烈で、鮮烈な色を抑えるように雪が被っている…

多少低温だが…こんな風景を眺めながら街を歩くのも悪くはない…

ユジノサハリンスク:「ロシア!!」な感じの広告看板(2014.01.30)

降雪が見受けられる中、コムソモーリスカヤ通という場所を歩いていた。

↓思わず足を止めて写真を撮った…
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↑「謹賀新年&メリークリスマス」という時節の挨拶の文字に、ロシアに独特な感じの三頭立て馬橇(または馬車)の馬である…

日中に知人に会った際…出会った直後に交わした話しは…夏や秋には何度も会っていて、互いにかなり永い付き合いながら「1月に会うのは初めて」ということになり、先方は「ス・ノーヴィム・ゴーダム(謹賀新年)」と言い出した。「未だ“1月”ですから…」と続けたので、私も返した…

「謹賀新年&メリークリスマス」という時節の挨拶の文字が入った看板も、「未だ“1月”だから」ということで“可”なのだろうか?

この看板を眼に留めたのは…実はこの文字のためではない。ロシアに独特な感じの三頭立て馬橇(または馬車)の馬の画が美しいと思ったからだ…

三頭立て馬橇(または馬車)はトロイカと言う。「三者で牽引」ということで、リーダー格を3人据えて運営される組織や機構のことを“トロイカ体制”等と言うことも在る。

実はこのトロイカを一度視た記憶が在る。馬車の方だが…本当にこの画のように、中央の馬は正面を向き、右の馬は右へ首を傾け、左の馬は左へ首を傾けて走る…話しには聞いていたが、本当に不思議だ…

更に馬と言えば、今年の干支だが…ロシアでも一部で干支を話題にする様子だ。十二支のグッズ等も多少在るようだ…

何か非常に「ロシア!!」な感じがして足を止めた看板だが…よく視ると、この種の広告看板を手掛ける広告業者の看板である。ユジノサハリンスクでは、このような「道路脇の広告看板」というようなものが存外に目立つ。この種のモノは時代の移ろいで“規制”も変わるもので、“広告”というものが盛んになった経過の中で“市民権”を強めて行ったのであろう…

こういう「どうでもいいようなモノ」が、他所の地域を訪ねると存外に面白いことが在る…

ユジノサハリンスク:「落雪注意」の看板(2014.01.30)

レーニン通を歩いていた…降雪の時間帯が長い感じだったが、雪が止んで、少々気持ち好かった…

↓何やら歩道の上の、建物脇に妙な掲示が在って、赤系のリボンのようなモノが…
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↑近付いて写真を撮った…

文字を読む前に理解した…これは「落雪注意」の看板だ…文字を読んで確認もした…

ロシア語に関しては「あの文字が…」と大きな抵抗感を感じる方が多いようだが…所詮は33字の大文字と小文字である…頭から覚えようとするでもなく、「一語を言えるように、聞けるようになってから、それをどのように書くか確かめる」という程度のアプローチで暫らく付き合っていると、「そのうち慣れる」というものだ…

「あの文字が…」と大きな抵抗感を感じる方が多いらしいロシア語の文字だが…逆に「お洒落!!」という考え方も在るかもしれない…

そういう余計なことを考えながら、この看板脇を歩いていると…一寸だけ屋根の雪が落ちて来た…注意の看板は“飾り”ではない…

ユジノサハリンスク:日本製と見受けられる除雪車輌(2014.01.30)

降雪が見受けられる中、コムソモーリスカヤ通という場所を歩いていた。方々で除雪作業をしている。建物に住んでいる人や、そこの店舗やオフィスで働いていると見受けられる方が雪を除けている光景も視られたが、「道路管理業務の一部」という按配で、車輌が登場していた場面も見受けられた…

↓こんな車輌が停まっていた…
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↑北海道内の街でも視掛けるようなタイプだと思う…日本のメーカー名が車輌に書かれている…

今季は雪が多めでもないのかもしれないが、ユジノサハリンスク市内は車道も歩道も除雪状態が好いように思えた。ユジノサハリンスクは、車が多い感じの街でもあるが、古くから集合住宅が寧ろ主体で、一定の区画に人口が集まっていることから“歩行者”が意外に多い…「歩道の除雪」という問題意識は高いのかもしれない…

サハリンから稚内等を訪ねた方に問われることが多い質問に「何故、街に人が歩いていないのでしょうか?」というものが在る…稚内の場合、“初来日”という方の、多分「10人中7人か8人」は前述のように訊く…だからと言って、稚内等で歩道の除雪をしていない訳ではないが…

積雪が冬季の常態となっている地域では、何処でも各々に“雪対策”を講じる…寒さと降雪という、文字どおり「自然に抗う」ような活動には、とにかく頭が下がる…

“目論み違い”?

「休む前に、宿の館内に在るカフェで何か頂く」ということを、勝手に日課にしてしまった感が在る…こういうスタイル…嫌いではない…ここの珈琲が気に入っているのだが…今日は珈琲豆が切れてしまったとのこと…紅茶を頂く…

以前は「ロシアで頂く飲物」としては紅茶が好かった…と言うよりも、「佳い珈琲に回り逢い難い」という状態だったのだ…ところが近年は、「濃くて熱い」という、実に好い珈琲に出逢える場所が非常に多くなっている。大変好い傾向だ…

早朝から午後まで、精力的に用事を足した。明日の午前中に一部に“続き”も在るのだが…好感触で用事を足している…

サハリンへ来るにあたっては、半ば未知な次元の厳寒を警戒した…そして「薄く軽く、なかなかに温かい」と評判のアンダーウェアを札幌で求め、サハリンではそれを着込む…朝、用事が在って宿に電話を掛けて頂いた方も在ったらしい―その方とは後刻会うことが叶い、用事は確り足りた…―が、その方が「随分早くから活動している…」と少々驚く程度の時間帯から活動を開始した。

「少々驚く程」と言っても、午前9時前である…午前8時半は過ぎていたが…サハリンの“2時間前倒し”な感じ…「午前7時半に朝食」ということで、その辺りに朝食を頂きながら窓から戸外を伺う…「稚内の午前5時半」と大同小異な空の感じ…この時季は真っ暗だ!!それでも…午前8時を過ぎると、真っ暗な感じの中で多少車の交通量が増える…不思議な感じだ…「もう直ぐ午前9時だ…」と思いながら戸外に出ると多少明るくなっている…それでも未だ街灯は煌々と輝く…そしていきなりそれが消える…時計に眼を落とせば午前9時だ…

積雪が冬の常態である地域では、各々に除雪などの対策体制を整える。ユジノサハリンスクもそうした例に漏れない。車輌が出たり、作業員が出ていた…街は雪だった…今日は、概して降雪の時間帯が長かったように思う…

雪の中を歩くが、強風が吹き抜けるのでもない…静かなものである…学校の入口と見受けられる場所に気温表示が在った。「氷点下9℃」と在ったが、然程厳しいとは感じなかった…

最初の用事で知人に会った訳だが、天候の話しになり「運が好い」と言われた…数日前に「氷点下29℃」ということになり、「今季は低温が酷い」という話しになっていたのだそうだ…その後、会う方全てとの話しの中で、そういう話題に及んだ…

それにしても、「薄く軽く、なかなかに温かい」と評判のアンダーウェアは“効果絶大”だ…特段に寒くはなかった…が、それもその筈で、日中には0℃近くに気温が上昇したようだ…半ば未知な次元の厳寒を警戒したが…結局は一寸酷く汗をかき、「汗をかきながら歩き回って草臥れた」という雰囲気になってしまった…更に、酷く靴が濡れてしまった…明朝までに乾くのか否か不安な程度だ…「濡れた」と言えば、汗が付いたアンダーウェアは、素早く乾いて驚いたが…

動き回ったのは夏季や秋季には幾らでも、そして残雪が多めな春季に多少歩き回ったことが在る場所ばかりだったが…厳冬期の雪の中でそうしたものを視るのは、また違った趣だ…

冬季に何処かへ出掛けると、どうも私は傍目に“薄着”に見える服装をしているらしい…だからというのでもないが…冬季用の作業ジャンパーを入手してしまった…半ば衝動買いだ…ロシア製の、ミリタリーなテイストの代物である…未だ来ていないが、“お気に入り”になりそうな気配である…

汗をかいてしまったこと、衝動買いをしたこと、珈琲ではなく紅茶を頂いたこと…等の“目論み違い”が少々重なった感である…何れも「だから困った」というのでもない…それなら、昨日の飛行機の遅延の方が、少々困った訳である。昨日の夕刻に目論んだ用事を今日に繰り入れたのだから…

今日もまた「眠くなったら眠る」という按配になりそうだ…

ユジノサハリンスク:“お弁当”(2014.01.29)

ユジノサハリンスクの宿に入って、何となく落ち着いてみれば午後8時である…「1時間」の移動に向けて「何時間要したのだ!?」という按配で、何か外に出るのも面倒な感じがしていたのだが、部屋で飲むモノと煙草でも求めようと近所のスーパーに行った…

稚内の銀行支店で1000ルーブル紙幣を予め両替で入手可能であるので、用意しておけばこういうような「一寸した買物」には不自由しない…

午後8時過ぎのスーパー…存外に買物客が居た…「7時から24時」というような営業時間で、何処かへ行った帰り、或いは一旦帰宅してから思い立ってという雰囲気の人達が午後8時過ぎでも目立った…

煙草はレジの辺りで申し出るか、並んでいるのをカゴに入れて求めることになる…飲物は豊富な選択肢から適当に選べば善い…他に何か部屋で頂く極軽いモノでも見繕おうと、惣菜コーナーを眺めた…

↓こんなモノが在ったので求めてみた…
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↑“お弁当”である…(写真は宿に持ち帰った後に撮っているが…)

店の名前のシールが貼ってある…惣菜コーナーに出ているモノを造っている場所か、他の請負業者と契約してなのか、とりあえず“プライベートブランド”というモノである。

米飯とおかず…おかずは何種類か用意されていたが、何れも写真のような外観になっていた…

求めてみたのは、鮭の洋風な焼き物がメインのおかずになっているモノだ…“サーモングリル”と言う方が好いのか?

↓開けると、こういう具合…
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↑ロシア語のシール等が見えない状態にすると…とりあえず、日本国内の“惣菜コーナー”等で視掛ける“お弁当”にしか見えない…

“サーモングリル”…余り脂っこくない魚だった…魚は“一口大”にカットされている…酸味の在る味付けのサラダが添えられていた…米飯は、ややパサッとした感じだったかもしれない…

この“お弁当”…求めたモノを含め、眼に留まった何種類かは一律に270ルーブルだった…やや乱暴にレート換算をすると、「日本国内なら高過ぎ」に思える内容だが…“外食”系統全般が、そういう流儀で計算すると割高になるユジノサハリンスクでは「こんなもの…」と思えるような範囲の価格だと思う…

日本国内では、この種のモノを求めると、割り箸か何かが付いている場合も在るが…ここにはそういうモノは無かった…

↓そこでこんなモノも求めた…
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↑何本も入ったフォーク…19ルーブル…滞在中はこれを利用可能だ…

大食漢の私としては…一寸「慎ましい…」量の“お弁当”だったが…以前には視なかったモノなので、一寸試してみた…

新千歳空港で待機するオーロラ航空のB737-500(2014.01.29)

新千歳空港・ユジノサハリンスク空港間の便は、SAT(サハリン・アヴィア・トラッセ)という会社が運航していたが、会社の合併等で改組して<オーロラ航空>となった…

考えてみると、<オーロラ航空>という体制になってから初めて搭乗することになった…

基本的に新千歳空港・ユジノサハリンスク空港間の便は…「ユジノサハリンスクに居る飛行機が新千歳にやって来て、折り返しユジノサハリンスクへ向かう」という型で運航されている。従って…ユジノサハリンスクからの便が到着しない限り、新千歳空港を発つことが出来ない…

「未だ見慣れないデザインの飛行機が来る筈だ…」と「既に“半日仕事”…」という草臥れた気分で搭乗案内待ちをしながら、窓を覗っていた…

↓「遅延」で案内の在った時刻を過ぎて、漸く飛行機が見えた…
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↑荷物を下ろし、そして積込む作業が慌しく行われていた…

少し多めな乗客を乗せるこのB737…或いは専らサハリンに居るのではなく、方々を廻るようになって、そのために“機材繰り”という問題が起こり易くなっているのかもしれない…SATのマークを付けたままの小型機によるチャーター便の方は、定刻で動いていた辺りをみると、そんなことを思ってしまう…

このB737…速い!!離陸から着陸は1時間余りだ…機内に流れたロシア語と英語による機長のアナウンスでは「1時間5分」ということだったが、雲の切れ間、氷の浮かぶ海という辺りでいきなりユジノサハリンスクの滑走路に下りるまでに1時間を要したか、要しないかだったような気がした…

<オーロラ航空>になって、新たなデザインの客室乗務員制服が制定されたようだが…今日の乗務員の皆さんは、見覚えが在る、ローズピンクとワインレッドのSAT時代の制服だった…1時間のフライト…機内サービスは水やジュース等を1回配るだけだった…

今日は…「“1時間”のために“何時間?!”要したのだ!?」という感だったが…このデザインの飛行機…これから「見慣れた」感じになって行くのであろう…

ユジノサハリンスク:№63のバス(2014.01.29)

「○番のバス」とバスを運行系統の番号で呼ぶ…日本国内でもそういう感じになっている場所が見受けられるが、欧州諸国は顕著で、ロシアもその例に漏れない。ユジノサハリンスクもそういう仕組みだ…

稚内辺りでは…バスに関しては“市内線”とか“空港線”というような言い方が前面に出ている感で、サハリン辺りの方が「○番のバス?」とでも問うたなら、やや説明に窮する場面も在る…

ユジノサハリンスク空港と市内…自家用車やタクシー等で移動する以外に、路線バスが在る。空港と市内とを走るバスだが、№3と№63とが在る。私が滞在する宿に近い辺りへ向かうのは№63だ…

便も少なくなって、静かになっていたユジノサハリンスク空港に着き、薄暗い空港前に佇んで辺りを覗った…路線バスらしきモノが見えた…

↓近付くとこんなバスが…
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↑広告なのか、誰かの趣味なのか、IDEMITSU等と大書されているので「何の車輌だ?」と思ったが、これは№63の路線バスだ…左側に“63”と掲出してあった…

乗ってみれば…スキーウェアか何かのような防寒服姿だったので、一般の乗客かと思ったが、確り乗務員が乗っていた。料金等を入れる小さなバッグを携行していた…

私が下車するのは<オクチャーブリ>という停留所だ。「行きますよね?」と尋ねると、「行きます。近くなったらお報せします」と言ってくれた。料金を支払おうと尋ねれば「15ルーブル」という話しだった…過去のサハリン訪問で残していた硬貨が在るので、それを利用して支払った…

バスが動き出した…こちらの路線バス…運転士さんが何やらカーラジオを鳴らす…存外にボリュームが大きい…<ダロージナヤ・ラジオ>という局らしい…“ダロージナヤ”?“道路”の形容詞…恐らく「カーラジオのリスナー」を意識しているのであろう…それが流れていた…

車内を見回すと、何やらハングル文字が…韓国製の車輌らしい…韓国は右側通行らしく、サハリンでは韓国製のバスをよく視掛ける…

バスは前方と真中に扉が据えられている。「前方から乗車して、真中から下車」という仕組みのようだ…

始発から乗車したので確り座ることが出来た。窓が結露している…窓を擦って結露を落とすと言う動作を何度もしながら外を覗った。通ったことが在る場所でも、暗い中での眺めは少し様子が違う…

バスは存外に乗降する乗客が多い。何時の間にか立っている人ばかりになった…乗務員は車内を動き回り、乗って来た乗客から料金を集めたり、持っている乗車券を検める等している。利用者が多い停留所では乗務員が「○○!」と停留所名を大きな声で言う…

やがて、過去の訪問で何度と無く歩き回っている、チェーホフ劇場や州政府の分庁舎(嘗ては民間のオフィスビルだった…)が見えて来た…「次か、その次かな?」と思っていると、乗務員が近付いて来て「次ですよ」と伝えてくれた…

ユジノサハリンスク空港から、コムニスチーーチェスキー通のレーニン通と交差する辺りに近い停留所である<オクチャーブリ>まで、30分間程度だった…それでも15ルーブル…こちらの“値頃感”というものなのか?

乗務員に「ありがとう!」と言って下車した…バスはまた、大勢の乗客を乗せて、終点を目掛けて走り出した…

↓ロシア語のモノだが、ユジノサハリンスク市内のバス運行系統を紹介しているウェブサイトも在った…
>>Схемы автобусных маршрутов г. Южно-Сахалинска - BUSYS.RU
↑このサイトに在る、例えば“№63”をクリックすると、今般乗車した経路が判る…

今般は…離陸から着陸まで1時間のフライトに乗るまでで「只管に待ち」で何となく草臥れてしまったが、ユジノサハリンスク空港に着いてからは順調だった…

上陸…

ユジノサハリンスクの勝手知った宿…館内のカフェレストランのカウンターで珈琲を頂くことに…ノートパソコンを持ち込んで何となく寛ぐ…早速、近所のスーパーで求めたロシアの煙草に火を点ける…「単純なレート換算」も乱暴だが、新千歳空港の免税店で売っている煙草より、多少高くなってもロシアの煙草は安価だ…

離陸から着陸まで1時間…このフライトに乗って、下りてで“1日仕事”の様相だった…北海道上空は「雲の上」を移動していたことから、北海道内は曇天か雪かの場所が多かったのだろうが、新千歳空港は好天で、ユジノサハリンスクも穏やかなものだった…

「13時10分」が定刻の飛行機だが、チェックイン段階で“遅延”という話しで、「14時50分」ということになった…「11時頃には手続が…」と新千歳空港の国際線出発の辺りには10時50分辺りに着いていたが、チェックインは「11時30分から12時20分」という話し…ということは…「14時50分」に出る、「1時間余りのフライト」を利用するために、遅くとも12時20分に手続をしなければならないということなので、「2時間半」も要するということなのか?只管待っていて、珈琲を頂きながら頭に浮かんだことであるが…

その後、保安検査や出国手続は「13時20分から」という話し…13時14分に保安検査の辺りに着くと、「そこで待っていろ」という話しに…そして「ベルトを外せ」という―外したベルトを振り回してやりたい気分になるが…―ことで「だから飛行機は嫌いだ!!」という気分で、漸く「ぼんやり搭乗を待つだけ」の状態になったのである…

新千歳空港は、“搭乗待ち”の所でもなければ「ぼんやり座っている」のに適当な場所が少ないような気がする…チェックインの場所等は、何やら大型機に乗る乗客が溢れているなどし、“待ち”には適さないと感じた場面がしばしばだった…

“搭乗待ち”に至るまでで、午前9時30分過ぎにすすきのを出ていることから「半日仕事」風な感じだが…案内がなかなか無い…駐機場に<オーロラ航空>のB737-500が姿を見せない…「見えた…」と眺めていて、15時を過ぎて漸く案内である…

15時30分頃から、飛行機は緩慢に地上を動き始めた…眠気を覚えた…「眠い…」と思っていた間に離陸した…雲の上ばかりだったが…サハリンが近付くと海岸部に氷が見えた…

16時40分頃…サハリン時間の18時40分頃に着陸して、バスで運ばれて入国手続…小さなターンテーブルに出て来る荷物を待ち、税関へ…“麻薬犬”だと思うが、大型のシェパードがうろうろしている…大型犬は一寸嫌だ…

氷点下14℃と機内で言っていたが、適当に冷えていた…空港内で暑い思いをしたが、温かめなアンダーウェア着用で正解だった…19時頃には市内へ向かう“№63”のバスが発車…概ね30分でコムニスチーーチェスキー通のレーニン通と交差する辺りに近い停留所へ…徒歩5分少々…勝手知った宿だ…

「日本時間で9時台に出て、サハリン時間で殆ど20時近くに宿に入る」というのは…2012年までの稚内・コルサコフ間のフェリーで旅をする状態に似ている…「“稚内から”視点」であれば、稚内・新千歳空港の移動も存外な手間だが…「“札幌辺りから”視点」では札幌辺り・稚内の移動が存外な手間ということか…それにしても、「日本時間で9時台に出て、サハリン時間で殆ど20時近くに宿に入る」という今日の状態は、「フェリーも飛行機も変わらないじゃないか!?」という思いを抱かせてくれた…

色々な型で「長時間に及ぶ移動」というのは経験しているが…「短めな移動のために只管に待ち」というのは、「長時間」に及ぶことに変わりはないものの、「長時間に及ぶ移動」よりも疲れる…“疲れ方”の“質”は異なるが…

とりあえず…今日は「眠くなった時点で眠る」という按配か?一寸ゆっくりする…

実は「荒天で上陸出来ない」という状態を最も危惧していた…それはとりあえず免れた…善かった…明日は普通に午前7時30分からの朝食を愉しみ、以降は抱えて来た用事である…

北海道庁旧本庁舎(2014.01.28)

すすきのや大通辺りの、若干西寄りな辺りを札幌駅方向へ北上すると…

↓こういう建物に出くわす…
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↑日が落ちてからライトアップが施される…夜も遅くなるとライトアップは消灯しているようだが…

1888(明治21)年竣工の建物で、1909(明治42)年に火災が在って、1911(明治44)年に復旧工事が完成しているという…復旧工事完成から数えて100年と少々…重厚な建物だ…1969(昭和44)年に重要文化財に指定されたのだそうだ…北海道庁の旧本庁舎である…

この時季、「氷雪の世界のロマンチックな雰囲気」を求めてなのか、温かい地域から訪れたと見受けられる旅行者を多く視掛ける札幌市内だが、この北海道庁旧本庁舎辺りも、そうした人を一際多く視掛ける場所である…

とりあえず建物は“重要文化財”ではあるが、飽くまでも「北海道庁の庁舎」である。「○○課のオフィス」のようなものが入居している訳ではないが、一部の部屋が“会議室”として利用されている…

北海道庁は非常に大きな機構で、この旧本庁舎の周辺に在る「○○課のオフィス」のようなものが入居している建物に勤務している関係者だけでも…もしかすると、数千人になるのかもしれない…朝の通勤時間帯にこの辺りを通り掛ると、夥しい人が歩いていて、多少驚く…

この札幌都心のオフィスだけではなく、北海道庁は各地に出先機関を有し―稚内にも在る…―ている他、色々な道立施設に居る関係者も多い…俗に“2万人”―北海道内では、これ以下の人口の市町村が多いのでは?―と言われる職員を擁していて、会議を行う場所は足りないかもしれない…会議となれば、北海道庁の外部の関連が在る皆さんも集まるのだから大変だ…ということで、この「重要文化財」も活躍する訳である…

↓どうでもいいが、ライトアップが非常に映える建物だ!!
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美しい青空を背景に佇むこの建物も好いが…個人的には、こういう具合のライトアップの状態が非常に好きだ…

札幌で朝を迎えた…

深かったような、浅かったような、微妙な眠り方だったような気がする…今朝は、慌てて発つという程のこともない…ゆっくりした朝を過ごすことが叶う…天候は好さそうだ…昨日の日中はプラス3℃というような状況だったが…朝の戸外は確り冷えていた…

昨日は日中に酷く汗をかいてしまい、宿に入って着替えた…早速、求めてきた温かいアンダーウェアを試着したが、悪くない…軽めな感じで汗をかかない具合に出来るのが気に入った。

昨夕は、2012年2月に一別以来、なかなか会う機会が設けられなかった友人―考えてみると、同じ北海道内在住とは言え、互いに居る場所は「東京・名古屋間」よりも距離が在る…今般は、「一寸、札幌駅辺りで夕刻に…」と互いに都合も善かった…―と会うことが叶った。先方は列車で札幌駅へ―順調な場合の、列車の到着予定を聞いていて、その辺りを目掛けて駅に向かうと、先方は私が何となく居た喫煙コーナー前を通り掛かり、互いに待つことなく、予定より早い時間に会うことが叶った。幸いである…―やって来て、バスで引き揚げるということで、札幌駅構内のお好み焼き店で、極軽くビールを頂き、お好み焼き等を愉しんだ。互いの近況等の話しで、愉しいひと時を過ごした。それにしても…お好み焼きは自分達で焼く方式の店だったが…先方はなかなか巧く焼いていた…私が手を掛けたなら、あのようにはならなかったであろう…(苦笑)こういうのも好いものだ…

昨夕は、札幌で求めたアンダーウェアと、以前にサハリンで求めたTシャツとを着用していた。アンダーウェアはバーゲンで780円だった…Tシャツは確か400ルーブル弱…1200円弱ということになる…単純にレートを持ち込んで国外のモノの値段をどうのこうのと論じるのは、やや乱暴かもしれないが…札幌で求めたアンダーウェアの方が、サハリンのTシャツより安価だということに?以前、サハリンの方が稚内で言っていた…稚内での外食や、眼に留めたモノの買物は「高いとは思わない」ということだった…但し、タクシー料金等の交通費は「高い!」と感じたそうだ…何となくそんな話しを思い出していた…

時間的にやや掛かってしまう移動も控えていて、昨夕は友人と会って「ビールを少々にお好み焼き」という状況で早めに宿に引揚げた…宿では多少、写真を整理していた…

昨夜も今朝も、近所のコンビニで珈琲を求めて頂いた…好いものだ…今日は荷物を少々整理して、これを抱えて出掛ける…長い道程になりそうだ…

都市間バスの新しい車輌(2014.01.28)

稚内・札幌間の都市間バスは、稚内を本拠地とするバス会社と、札幌を本拠地とするバス会社による共同運行体制である。

バスを利用する際には、何れかの会社の車輌が投入されている。何れも“3列シート”のタイプで、車輌毎に新旧色々だが、装備に大差は無い…“乗物好き”としては、「どんな車輌が登場?!」というのは一寸した愉しみである…

↓早朝の稚内で、乗場にバスが現れた…
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↑朝6時30分の発車を前に現れたバスだが…「雪の夜…」という趣である…

実際、拙宅からバス乗場までは雪を漕ぐように歩いた…多少エネルギーを使ったが…バスが空いていたので、最後尾の一画を広々と使い、寛ぎながらの移動となった…

現れたバスは、稚内を本拠地とするバス会社の新しい車輌だ!!これと色違い…赤いモノは「2列+2列」のシートで、“貸切バス”として稚内市内で活躍している場面を時々視掛けるのだが、青いモノは余り視たことが無かった…

拙宅から持ち込んだ<壱岐>を車中で頂き、半ば居眠りの場面も在った…稚内・札幌の日中のバスは羽幌と砂川で休憩停車する。高速道路を経由するが、冬季には高速道路の閉鎖も時々在って、ルートが変わる場合も在る…今日は、稚内では少し強めな雪で、羽幌も雪だったが、何時の間にか高速道路の上をバスは走っていた…砂川でも雪だったが、以降は非常に順調だった…

↓札幌駅前に到着してみれば…プラス3℃で積雪が融けていて、足下が悪い箇所も見受けられた…
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↑札幌辺りの皆さんにおかれては、この青いバスを視掛けたら…「遥々と稚内からやって来たバス」と降り返ってやって頂ければ嬉しい…

稚内での雪は、「荒天で運行が?」と不安を抱かせてくれたが、それが杞憂に終始した。善かった…

札幌で“佐世保バーガー”(2014.01.28)

↓長崎県の佐世保を訪ねて、「“佐世保バーガー”だ!!」と、慌しく“佐世保バーガー”の店に立寄ってみた経過が在った…
>>佐世保(長崎県):“佐世保バーガー”(2013.12.19)

そんな記憶が未だ新しいのだが、実は「札幌に出店している」という“佐世保バーガー”の店が在った!!

かなり以前に立寄った記憶も在るのだが…無性に行ってみたくなった…

↓こういう店構えだ…
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“佐世保バーガー”は「昭和20年代に米軍関係者から伝えられたモノが受継がれ、拡がり、地元に根付いて…」という歴史を負っていることから、店構えは「米国的!!」という感じを目指しているのかもしれない…

↓入口辺りの飾り…
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↑一昔前の米国辺りの感じを醸し出している…

“佐世保バーガー”というのは、特定のハンバーガーを示すのではなく、佐世保市内の店で提供される「手作りで」「注文に応じて作り始める(作り置きをしない)」こだわりのハンバーガーの総称である。だから、店毎の色々なモノが在る…

↓この店の看板メニューらしい<スペシャルバーガー>である…
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↑なかなか大きいが…「ぺロり…」と頂いてしまった…

佐世保で受継がれた人気のメニューを、佐世保の流儀に準じて造って出している店だが、なかなかに人気のようだ…今日は「平日の中途半端な時間帯」の一寸空いている辺りに巧く紛れ込んだ型だ…

北海道というのは、色々な地域の人達が入っていて、その後裔に相当する人達が住んでいる場所では在るのだが…と言って、佐世保辺りと特別に強い繋がりが在るでもない…「新しモノ好き」が多いのか?「米国的!!」がウケそうな雰囲気が在るとか?理由はよく判らないが、彼らは札幌に出店している…

私は「こだわりのハンバーガー」というようなモノは大好きなので、こういうのは大歓迎だ!!こうやって札幌で“佐世保バーガー”などを頂くと…慌しく出発してしまった佐世保を再訪してみたくなってしまう…

経由地…

札幌都心部では、最も古くから“指定休憩所”として利用している場所にやって来た…酷く汗をかいてしまった…一息入れる…「食後の茶」というようなものも頂いたが、こういう場所で「食後の珈琲」も好い…

札幌駅前には、バス運行事業者が案内しているとおりの時間帯に確り到着し、安堵した…下車してみて驚く…足元が水浸しだ…JRタワーの側を見上げると、デジタルの温度計はプラス3.5℃を示している。積雪が融けている訳だ…

余り知らない次元の低温に対応すべく、温かいアンダーウェアを札幌駅前で買い込んだ…ビルの8階の店で、エレベーターが込み合っていたので、エスカレーターで移動した。アンダーウェアを見繕っていると、何やらロシア語が聞こえた…数人のロシア人と見受けられる人達が買物をしていた…ロシアでは「衣類の選択の幅」への要求が拡がっていると聞くが、期せずしてその片鱗に触れた型である…

札幌駅前から、横断歩道を渡る際に深めな水溜りが在って多少不自由な中、サッポロファクトリーへ歩いた…存外にエネルギーを使った…

例のインド料理店に入り、ランチを…今日は迷わず“ラム・ビリヤ二”を頂いた…

実は昨日…「何やらインフルエンザが流行っているらしいですよ…」が挨拶代わりになっている中に居た…汗をかいたままで戸外に居ると、多分風邪をひいてしまう…「“馬鹿は風邪をひかない”を実践中…」等と嘯いてはいるが、気をつけたい…

とりあえず今夜は札幌泊…宿へ向かって身軽になりたいが…やや時間帯が早い…“指定休憩所”でゆっくりしてから向かう位で妥当というものであろう…

現在の時点では、冬季に特有な「荒天による交通の乱れ」は杞憂に終始している。善いことだ…

前々夜…或いは前夜…

拙宅で過ごす静かな夜には<モカ・エチオピア>が似合う…ということにしておきたい…芳香や個性的な味が非常に気に入っている…

早朝に頂くことが寧ろ多い珈琲を夜に…とりあえず珈琲でも頂いて、ゆったりとした気分になりたいという欲求が高まっているから淹れたのだ…

久し振りに“リモワ”の小ぶりなトランクを引っ張り出した…随分以前に、ミュンヘンの百貨店でバーゲンをやっていた時に求めたものだ…ドイツの航空会社“ルフトハンザ”のバンドを着けて愛用しているトランクだ…以前は、強引に飛行機の中に持ち込んだことも在った…そういう微妙な大きさの代物である…「ドイツのトランク」と呼び習わして気に入っている代物ではあるが…

久々にこのトランクに衣類を詰めた…明朝からこれを使用することになった…そんな作業を段落させると、何となく珈琲の一杯も頂きたくなるというものだ…

明後日、新千歳空港を利用する…明後日の早朝に稚内を経つのでは間に合わないので、明日発つのだ…「東京都内から群馬県内や茨城圏内を目指すのに、名古屋へ行って飛行機に乗る」というような真似…考え難いのだが…今の時季に稚内からラペルーズ海峡(宗谷海峡)を越えようとすると、そういう真似をしなければならない…

稚内は、氷点下10℃以下の気温を記録することは、広い領域の内陸部の一部を除けば稀だ…向かう先では、そういうこともしばしばらしい…明日、経由地の札幌で何か温かい下着でも仕入れようかと真面目に考えていたりする…

多少は馴染んでいる場所を訪ねる訳で、普通に一人で行って帰って来ることに然程の問題は無いと考えているのだが、厳冬期の低温は未知のモノである…多少の警戒はしたい…

嘗てモスクワで氷点下20℃級を経験してはいるが…あそこは、地下鉄利用が多く、エスカレーターを上ったり下りたり、多少込み合っている電車に揺られて移動で、辺りを足早に歩く分には氷点下20℃を然程自覚しなかった…今般訪ねる先では、用事が在る場所に歩く等の予定も在るので、恐らく低温をより強く自覚することになるであろう…

今夕は、久し振りに「名古屋の流儀」の鶏手羽先等を頂く等した…稚内は、唐突にプラス気温になった場面も在ったが、今朝は少し冷えて雪も降った…

この時季の旅行…未知のレベルの低温の地域に踏み込むということも在るが、それ以上に気になるのは「荒天による交通の乱れ」というものである…正しく天運任せだ…