『流域へ』

↓李恢成(りかいせい)の作品である…



流域へ(上)(講談社文芸文庫)





流域へ(下)(講談社文芸文庫)

↑前に読んだ『サハリンへの旅』は紀行、随想だが、本作は小説である…興味深く読了した。

李恢成は『サハリンへの旅』に綴られた1981年の“故郷訪問”の後、色々な場所を訪ねているが、本作は1989年の中央アジア訪問での経験、見聞をベースにしている。

明らかに李恢成本人をモデルにしていると思われる在日の作家が、同じく在日のルポライター、カザフ在住朝鮮人の案内役の3人で、モスクワ、カザフスタン、ウズベキスタン、モスクワと各地を巡る物語である。

彼らは「1937年のこと」を調査する名目で旅をしている。現在のロシアの沿海地方に朝鮮人が多く住んでいた地域が在ったが、1937年に中央アジアへ“強制移住”ということになった経過が在り、彼らはそれを調べていたのだ。

色々な人達との出会いの中、作家は自身の人生を振り返る訳だが、“人”、“家族”、“社会”、“歴史”というような大きなテーマを考えさせてくれるようなもの、更に「これは余り知られていない?」というような情報が潤沢である。

或いは…紀行、随想というような型では「綴り悪い?」と作者が感じるものが在って小説という体裁にしたのかもしれないが、中央アジアを巡る劇中人物達の“小説的”な雰囲気の他方で、紀行、随想が読者に伝える「経験と想い」というようなものが強く感じられる作品であると思った。言葉を換えると「紀行、随想と小説の中間」というような印象を抱く作品だ…

なかなかに読み応えが在った!!

『サハリンへの旅』

少し前に「樺太の真岡(現在のホルムスク)産まれの芥川賞作家が居る」と聞いた。李恢成(りかいせい)である…

私は「○○賞」というようなものに然程の関心も無く、偶々知らなかったのだが、李恢成が少々気になった…

李恢成は樺太に居た朝鮮人の一家に産まれいて、戦後に日本に来て、“朝鮮籍”である。どのような人生を歩んだ人なのか?気になった…因みに、私自身も御厄介になった大学の大先達でもあるらしく、「であれば、是非その作品にも触れてみたい…」と考えた…

↓そして視付けた李恢成作品がこれだ!!



サハリンへの旅(講談社文芸文庫)

↑ゆっくりと読了したところだ…

本作は“小説”ではなく“紀行”である。「故郷」への想いを募らせ、終にそこを訪ねるに至り、その「故郷」での経験について、そこで考えたことに関して綴り、発表当時は必ずしも広く知られていなかったかもしれない事柄を伝える意味さえ帯びた作品である…

作者は1981年の10月にサハリンを訪ねている。翌年から雑誌に本作が登場し、翌々年に単行本が出版されている。私が手にした本は、その1983年の本を底本にして1989年に登場した文庫が版を重ねて2012年に売り出されたモノである。

本作は、作者が自身の人生と向き合い、色々なことに想いを巡らせた内容になっている。彼の一家のことや時代状況にも、本作には色々と触れられている。

李恢成は12歳だった頃、1947年に―作者の表現に倣う…―「引揚げ」をしている。樺太には朝鮮人が多く居た。「募集」の名の下に集められた人も在れば、各地を転々として樺太で仕事を求めた人も在った。李恢成の両親は後者であったようだ…終戦後、日本人は引揚げたが、朝鮮人は宙に浮いてしまった。李恢成の父は、危険な密航のようなことをするよりも、日本人の引揚げに混じって日本に渡航し、故国への帰国を目指すという手段で樺太を離れることを考えた。そうやって日本に向かい、当時の朝鮮半島の情勢等に鑑みて渡航を断念し、やがて一家は札幌に“在日”として住むようになる。この経過を李恢成は「引揚げ」とカッコを付けて表現している。

「引揚げ」に際して、父の後妻―義母―の連れ子であった義姉は樺太に残った。母の両親である祖父母も残った。そういうように、一族は離散した。更に34年間も経ち、一族の中では北朝鮮に行った者も在った。一族は「引揚げ」をした作者自身のような“在日”、サハリンで“ソ連国籍”となった者、“北朝鮮国籍”を得た者、“無国籍”という型でサハリンに居続ける者とそれぞれの状況になっている。

李恢成は「北朝鮮国籍」でもなく、「韓国国籍」でもない「朝鮮籍」の型の“在日”である。そのために国外旅行では難儀した経過が在ったようだが、1981年に「作家同盟の招待」という体裁を整え、サハリンへ渡航する機会を得た。往路は“墓参団”がサハリンを訪ねた船で稚内からホルムスクへ向かい、復路は空路でユジノサハリンスク―ハバロフスク―新潟のルートで帰国している。本作では、その様子が克明に伝えられている。

私自身、何度も「サハリンへの旅」を経験していて、本作で描写が在る場所の一定部分に関しては「恐らくあの辺り」と推定出来るので、それを思い浮かべながら読んでいた一面も在るのだが、作者の「眼前の様子と、胸中の想い」がぐっと迫ってきた…

本作で描かれた「1981年頃の様子」から相当に年月を経ている…その「1981年頃の様子」がよく伝わるという意味でも、貴重な一冊であると思った…が、それ以上に「迫ってくる」ような作者の「眼前の様子と、胸中の想い」というものが貴重である…