永年の「時代モノ好き」である故か、“長崎”には何処と無く惹かれるものが在ったし、現在も在り、これからも在り続けるのであろうと思っている。実際に一度長崎を訪ねてみて、そうした漠然とした想いは確信の領域に踏み込み、何時になるのか、また実現の可否さえ判らない“再訪”を希望していることを自覚するに至っている…
そういう最近の気分を反映してなのか、札幌の大きな書店に立ち寄った際、“長崎関連”と言える書籍が随分と眼に留まった…不思議なものである…
↓これはそうして札幌の書店で出くわした一冊である…
霧笛の長崎居留地―ウォーカー兄弟と海運日本の黎明 (長崎新聞新書)↑大変に興味深い内容で、素早く読了してしまった…同時に広く奨めてみたくもなった…
妙な喩えかもしれず恐縮だが、“歴史”には「ケーキのような感じ」が在ると思う。ケーキは“12等分”に切ることも、“8等分”に切ることも、“半分”に切ることも出来る。他方、丸毎食べてしまうことも出来る。“丸毎”、“12等分”、“8等分”、“半分”と「同じケーキ」でも見え方は全く違う。味に差異等無い筈だが、食べた時の感じ方はやや違うかもしれない…というように、ある国や地域の人々の上に流れた時間は同じであっても、それを振り返る際の“切り方”が変われば、“見えるもの”、“感じられるもの”等々は違う…故に「妙な喩え」を持ち出してみたのだ。
本作は「少し独特な切り方」をして、「明治時代の最初の辺りから終戦までの日本」を一定程度“通史”的に語っている。
その「少し独特な切り方」とは…“長崎居留地”に住んでいた外国人達の様子、ビジネスマンとして、専門技術者として来日した彼らの活躍やその仕事の推移や長崎の盛衰というようなことを、結果的に「“長崎居留地”に住んでいた最後の外国人」ということになったロバート・ウォーカー2世を輩出した“ウォーカー一家”の辿った道程を軸としながら語っているのである…
明治時代に入った頃、英国人のウォーカー兄弟はかの三菱の創業者となった岩崎弥太郎に雇われる。彼らの仕事は“船長”だった。当時の日本人が未だ豊かな経験を有していた訳でもなかった帆船や蒸気船を運用する遠洋航海…それを自身で仕切ったり、或いは日本人に対して指導するというのが彼らの仕事だった…
ウォーカー兄弟は船長を出発点としながら、やがて実業家となって行く…そして結婚もし、子ども達も生まれ、孫達も生まれていく。
そうした彼らの人生の歩みと並行し、明治・大正・昭和の日本が辿る経過が在り、そんな中で長崎という街も反映と衰退と変化を経験することになる。
長崎のグラバー園には、最も著名なグラバー邸の他、“長崎居留地”の様子を伝える様々な建物が集められている。こうした本は「訪問前」に読むのも結構だが、「訪問後」に訪ねた時の様子を思い出しながら読んでみるのも善いものだ…
本作の著者ブライアン・バークガフニ氏はカナダ御出身ということだが、永く長崎に住んでいる。大学で教壇に立っている他、グラバー園の名誉園長を務めるなど、地域の歴史を紹介する仕事を多く手掛けているという。そもそも、グラバー邸を見学し「ここに住んでいた人達の末裔はどうしている?」と素朴に思ったらしく、そこから「“居留地”に居た人々や、彼らの事績に関する研究が存外に浅かった」という状況に気付き、研究を重ねるようになったのだという。
「少し独特な切り方」で綴られる、「長崎から」目線の明治・大正・昭和の通史…意外に読み応えが在る!!