日付が変わって…

NBAのウォリアーズが、前年チャンピオンのマイアミに彼の地で勝利!!5連勝!!所謂“玄関マット”(「誰でも踏んでいるが、特段に注意を払わない」ということで、弱小チームの異名)ということになっているウォリアーズは、今シーズンは快進撃である!!思わず、偶々拙宅に在った頂き物のビールを頂いて「祝杯!!」と御機嫌で居た間に日付が変わっていた…

丸一年程度も以前…雪模様だった稚内駅から列車で出発した…

↓キハ54の一輌運行…“水彩画”風にしてみた…
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↑この辺りでは「最も馴染み」な…と言うよりも、この辺りでは“特急列車”以外は尽くこのスタイルの列車だ…「尽く」とは言え、稚内駅では特急列車3往復に加え、このスタイルの列車5往復しているだけだが…

この間…車輌の背後に見える風景は、所謂“再開発ビル”の竣工で少々変わったが…周辺に然程大きな変化が在った訳でもなく…現在の天候の按配も「確り積雪」ということで、一年程前と変わらない…

このキハ54だが、運行距離も長く、一時は“急行列車”に用いられた経過も在り、内装は少々手が加えられている。「国鉄時代の車輌」と聞いて思い浮かべる風ではなく、嘗ては“0系新幹線”(初めて東海道新幹線を走っていた車輌)の自由席に用いられていた座席が、各車輌毎に微妙に異なる配置で設置されている…乗り心地はまずまずである…

↓雪の鉄路を駆けた列車が駅に到着すると、列車の後部はこういう具合に「雪塗れ…」になっている…
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↑名寄・旭川間の列車ではよく視掛けるキハ40だ…これも“水彩画”風に…

外観は「JR北海道の塗装」になっているものが殆どだが、これは「国鉄時代の車輌」で、内装も往時のままだ…

何か…妙に愛着が在る車輌である…近年、高架駅になり、新しい内装の旭川駅に、やや古めかしいこの車輌が、雪の中を懸命に駆けてきたという様相で停車している様子…意外に好きだ!!

こんな列車に乗車する計画になっている!!大変に楽しみだ!!

支度?身体だけあれば善いのだ!!身軽に出掛ける…どんなものに出くわすのだろうか?

「数日後」…「鎮西入」?

最近、荒天による交通の乱れが相次いでいる…

「交通の乱れ」が厄介なのは、例えば列車の場合…「使用予定の車輛が、前日の運休で発駅に着いていないため、翌日の列車も運休」というような事態である。最近の稚内では特急<スーパー宗谷>にそういう事例が見受けられる…「列車の走行に何ら影響は無さそう…」な天候の下、「沿線の除雪も済んでいる…」と見受けられる状況下でも運休は発生してしまう…「交通の乱れ」は「誰もが“止むを得ない”と思うような、とんでもない荒天」の状況が過ぎても、影響が長引いてしまう場合が在るのが厄介だ…

こうした「交通の乱れ」…今日も続いているのだが、早く落ち着いて欲しいものだ…普段はニュースというのか、“情報”としてその「交通の乱れ」に関して聞いて、「そうでしたか…」というだけなのだが…最近は非常にこれが気になっている…実は…数日後に列車を利用しようと考えているのである…

私の場合、例年6月頃から9月頃までは色々と立て込む…毎年のようにそういう状態で、何時の間にか「夏季は気が向くように動き回ったことが無い…」ということになっていた…

そういうのが、何か妙に面白くなかった…「佳いとされる時季」の様子を知らないままなのである…今年は7月半ばに多少時間が取れそうだったことから、少し動き回ってみた。機会を設けることが叶わなかった「富良野のラベンダー畑」を観て―運悪く雨天の中であったが、それでも佳かった…―、廃止が確定している江差線で江差を訪ねて<開陽丸>に会ってきた…

7月に一寸出掛けた後、10月にも多少出掛ける機会を設けることが叶い、「石炭を焚いて動く機関車が牽引する列車に乗って、石炭を焚いてウィスキーを蒸留している様を観に行く」という、少々洒落ていることをすることも出来た。

こういう具合に、今年は一定程度「気が向くように動き回る」ということもしているのだが…それでも「見慣れぬ鉄路の果てに広がる見知らぬ街」を巡ってみたいという想いは、何時までも和らぐことはない…そうした想いが「御し難いものになっていまう」という、“何処か行きたい症候群”の症状は、年末が近付くに連れて“悪化”の一途を辿る…

“何処か行きたい症候群”の“治療法”…否、これは「不治のもの」のようなので“対症療法”と呼ぶべきかもしれないが…結局のところ「気が済むように!!」何処かに行ってみるしかないと見受けられる…

“何処か行きたい症候群”が「不治のもの」と思われるのは…色々な機会で「これは是非とも行ってみたい!!」というような情報が少しずつ流れ込んで来て、明確に整理整頓している訳でもないが「訪ねてみたい場所“リスト”」というような、頭の中に在るものが際限なく意識下で蠢き、それへの“加筆”が際限なく繰り返されているからである…“症状”が「感じられなくなる」ような暇が無いのである…

昨年、思い付いて「全行程を列車で、稚内から枕崎」ということをやらかした。雪の稚内駅を発ち、5日目の朝に枕崎に至ったのだった…その中で往路に福岡、復路に鹿児島と道草をしてみて…「九州はこれまで非常に縁が薄かったが、訪ねてみると佳い…」という想いが頭の中に棲み付いてしまった…

気に入ってしまい、何冊も揃えてしまった“歴史散歩”シリーズが在るが…「九州はこれまで非常に縁が薄かったが、訪ねてみると佳い…」という想いの故に、“九州7県”のものを何となく揃えてしまった…何か「鎮西入」という、嘗て羽柴秀吉が使ったらしい表現が、頭の中を巡る…単純に「九州へ行ってみたい」ということなのだが、「鎮西入」などという大袈裟な呼び方をしてみると、それだけで「何か大変な壮挙」のような気がして愉しくなってしまう…

何も九州の何処かに限ったものでもないであろうが、「○○へ行く」とハッキリ決めて、その“○○”への往復や、“○○”での滞在を軸に、少し真面目に計画を立てて出掛けると、旅行の内容は充実するのであろうが…どうもそういうことが「出来ない」というのが半分と、「敢えてしない」というのが半分になってしまっている…

「出来ない」というのは…「移動のために利用してみたい交通機関」が色々と在り、「乗ってみたい!!」という想いが入れ代わり立ち代わり頭を過るため、「目的地を目指す細かい経路が決められない」ということ…「訪ねてみたい場所」も同様で「絞り切れない」ということが在るのだ…

「敢えてしない」というのは…「どうしても外せない何か」を抱えて出掛ける訳でもないからである…途中で居心地が好い場所にでも出くわしてしまえば、そこから先は動くのを止めても構わない…逆に大きな期待を持って訪ねた場所で、期待が過大であったことに気付けば、更に別な場所を目指せば好い…「道々、考えれば好い」という程度の旅が「非常に心地好い」ので、そういう具合にしてみたいのである。「立て込んでいる」状況で何処かに行く場合には「絶対に出来ない」ことなので、「そうしたい!!」ということも在る…

数日後に出掛けようとしている旅に関して、とりあえず「鎮西入」と呼んでみてはいるが…「旅行期間の大半を九州で過ごす」ことになるのか、「旅行期間の最終盤に九州に辿り着く」ことになるのか…出発してみなければ判らない…

昨年は…「枕崎に着いたのが5日目」という具合に、“移動時間”が「やや長過ぎ?」という塩梅になっていた…移動そのものも非常に愉しいものではあるが、今度は「着いた土地で過ごす時間」が限定され過ぎてしまう…

この辺の“バランス”を考えなければならない…今般は、往路で「札幌(新千歳)・関空」、復路で「福岡・札幌(新千歳)」の空路を利用することを決めた…

旅行は…「色々と計画を考えている時間」が「実は最も愉しい?」という話しも在るのだが、最近は色々と「数日後」のことを考える場面が増えた…気掛かりなのは…この辺りの「交通の乱れ」である…