『フェートン号別件』

「愉しいシリーズ」というモノ…何時かは終焉を迎えてしまう…

↓その「愉しいシリーズ」の“終焉”…

指方恭一郎/フェートン号別件長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖 文春文庫
↑非常に面白かったので、あっという間に読了してしまった…

本作の題名に在る“フェートン号”だが、これは実在した船である。1808年に長崎に現れ、オランダ船を装って近付いて来たイギリス船である…本作は、この史実に在る事件に着想を得た物語となっている…

1808年頃の欧州…ナポレオンが欧州に覇を唱えて勢力を拡大し、それに対峙する勢力との争いが続いていた。オランダはナポレオンに実質的に征服された状況で、「オランダ国旗が翻っている」のは日本の“出島”等の海外の貿易拠点だけだったという情勢下に在った…そのために、長崎にはオランダ船の入港が無い状態が2年余りも続いていた。アジアでは、それまで隆盛を誇っていたオランダに対して、イギリスが勢力を拡大している最中であった…

本作の物語は、そうした史実を踏まえて始まる。長崎では、色々なモノをもたらすオランダ船の来航は歓迎されていたのだが、2年もそれが途絶えた状態であった…その途絶えていたオランダ船がやって来たと、歓迎ムードと期待が高まった…が…「旗が変だった?」と言う者も見受けられた…入港の手続のために出島のオランダ人と日本人通詞が船に向かうのだが、船の側でやって来たオランダ人らを“人質”とする騒ぎになってしまった…

長崎奉行所の伊立重蔵は、この非常事態に対応することとなる。奉行の側近で、重蔵の上司ということになる、奉行所の“ナンバー2”格である佐々木満実を指揮官に、重蔵は混乱の収拾策を練る…

重蔵は奉行の家臣として、奉行の着任前に長崎に乗り込んで以来、シリーズで描かれた様々な事件で活躍しているが、多くの“協力者”を得ている。本作には、そうした人達が“総登場”する…

問題の“フェートン号”は、当時の長崎で、或いは当時の日本全般では思いも寄らないような「恐るべき武装をした船」であった。その武力を背景に、“フェートン号”の乗員は上陸を試みたり、出島を襲撃しようとする…重蔵と長崎の人達がそれにどう対処するのか?それがこの物語である…

事件の収拾と、事件後の重蔵…どうなるのか、「お楽しみ!!」である…

本作で計6冊のこのシリーズ…「江戸時代の長崎」を背景に、「ならでは!」な“舞台装置”(=劇中の出来事)を設定し、「江戸から長崎」と流れて来た主人公が色々な人物に出会いながら、自らが負っていたモノに関しても“昇華”させていく…というような物語になっていて、非常に楽しめた!!

『江戸の仇』

↓何となく目立つタイトルの一冊のように思う…



江戸の仇 長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖(文春文庫)


『江戸の仇』という題名を聞いて、「江戸の敵を長崎で討つ」という言い方が在ったことを思い出した。「意外な場所や筋違いなことで、以前受けた恨みの仕返しをすることのたとえ。また、関係のない者を討って気を晴らすことのたとえ」らしい。

本作『江戸の仇』…思いも掛けぬ人物が主人公の前に姿を現した…その人物こそが“仇敵”と呼ぶべき人物であったというお話しである…これがなかなかに面白かった!!

本作の主人公。伊立重蔵は、長崎奉行を拝命した旗本の家臣である。主君である奉行に先駆けて長崎へ乗り込み、早速に“マフィア的”な暗躍を見せる一味と対決し、以降シリーズの2作目、3作目、4作目で長崎の事情を背景とした色々な事件と向き合う。なかなか面白いシリーズなのだが…本作では初めて、「長崎にやって来る以前」が詳しく語られる…長崎奉行を拝命するような旗本は色々な役目を歴任しているのだが、重蔵の主君は“目付”を務めていた時期が在り、重蔵は御家人達による不正の疑いに関する捜査を行っていた。その時に悔いても悔い切れない“事件”が出来している…

“文庫書下ろし”で進められてきた本シリーズだが…シリーズの中で「起承転結」の“転”に相当するような感じかもしれない…主人公の重蔵が、ここで「掘り下げられた」感じの一作である…

このシリーズでは、重蔵に協力する周囲の人達がなかなかに好いのだが、今作では重蔵が掘り下げられているので、そうした面々の出番は少なめだが…“新顔”の協力者である“劉”がなかなかに好い…

実はこの次の作品でシリーズは完結するらしい…それへ向けた伏線と思われる話題も色々と本作には在るようだ…なかなかに興味深い…

『奪われた信号旗』

「長崎奉行所の伊立重蔵が活躍する」というシリーズが愉しく、どんどん読んでいる…

↓シリーズ第4作である…



奪われた信号旗 長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖(文春文庫)

↑今回は“旅”をすることになる…

伊立重蔵は「小倉藩を探る」という特命を受けた…

外国船が長崎に入港する際、長崎から信号旗と狼煙が上げられ、それが九州北部を横断し、各地へ順次伝えられて江戸に至るまで「速報」される仕組みが整備されていた。その仕組みの一部を担う、小倉の小笠原家の領内で、“信号旗”の盗難や、偽の狼煙が上げられた事件が発生したのだという。

伊立重蔵は、事件そのものに関して、或いは事件の背後の事情も含めて探るため、小倉へ旅に出ることにした。

その時、職人の善六も博多の大店から仕事を頼まれ、出掛ける準備をしていた。吉次郎親分も、馬関(下関)での祝い事に呼ばれていて、出掛けようとしていた。

ということで、重蔵、善六、吉次郎はとりあえず連れ立って旅に出た…

旅に出た先で、次々と色々なことが起こる…そんな中で重蔵は、小倉領での一件の背後で複雑に絡み合ったものを解き解す…

これまでの各作品では、長崎地区で物語が展開したが、今回は長崎街道沿線で、小倉領内で、博多でと舞台が色々と変わりながら展開し、“信号旗”関連で巡らされた妙な陰謀が解き明かされる…大変に愉しかった!!

『出島買います』

「長崎奉行所の伊立重蔵が活躍する」というシリーズが愉しい!!

↓シリーズ第2作である…



出島買います 長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖(文春文庫)

↑これはかなり夢中になった…

長崎には出島という埋立地が在って、オランダ商館がそこに設けられ、交易が行われていた。その埋立地を築いた際、長崎の有力な商人達が出資をしていて、彼らは“出島株”というものを所持している。株を所持していると、オランダ側が払う借地料が配当される。“出島株”を所持しているのは、長崎では大変に伝統と実力が在る商家で、町の役職を務める者が彼らの間で受け継がれている。

その“出島株”というものは25枚在り、伊立重蔵の時代には9つの家に受け継がれていた。が、江戸の札差(金融業者)が「26枚目を入手した」と主張しているというのだ。長崎の或る家から西国の大名に渡り、西国の或る大名から江戸の札差に渡ったというのだが、長崎の或る家も断絶していて、西国の或る大名というのも取り潰しとなってしまっているという。

この「“26枚目”の株」を認めるのか、認めないのかを裁定するのが、長崎に着任する新しい奉行の最初の仕事となりそうな情勢となった。伊立重蔵は、情報収集に奔走する。

そんな案件が発生した最中、長崎では“証文詐欺”が続発する。巧妙な手口の詐欺は、長崎ではそれまでに例が少なかったものであり、江戸からやって来た者達の犯行らしかった。

続発する事件を解き明かしながら、「“26枚目”の株」を擁するとしている男の思惑を探り、「“26枚目”の株」なるものの謎を解く…これは非常に面白かった!!

『麝香ねずみ』

『砂糖相場の罠』という作品を愉しく読み、作品が“シリーズ”であることを知って、「他の作品も是非!!」と思った…

↓早速、シリーズ第1作を入手した。



麝香ねずみ 長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖(文春文庫)

↑大変愉しく読了した!!

この作品では、主人公の伊立重蔵が、色々な仕事を頼まれてくれる職人の善六と知り合い、長崎会所の「裏の談合役」である吉次郎とも関わりが出来、後に部下になる地元出身の若者である主悦と出会うことになる。

伊立重蔵は、新たに長崎奉行として長崎に赴任する旗本の家臣である。奉行としての赴任に先駆け、現地事情を調査把握すべく長崎に乗り込んでいるのが重蔵である…

その重蔵…非常にきな臭い話しを知る…大胆な抜け荷(密貿易)を行っている一味が在り、その通称が“麝香ねずみ”というのだという話しだ…重蔵は調査を始めることになる。

“麝香ねずみ”の一味は、広く深く浸透している様子で、奉行所自体も含めた関係機関に居る者の中にも“関係者”が居るらしい…

重蔵は「後任の奉行の露払い」というような立場で、奉行所の他の関係者から冷淡に扱われるような状況下で、必死に探索活動を続ける…なかなかに面白い!!

『砂糖相場の罠』

↓「如何にも時代モノ」という風情のイラストが表紙に使われている。他方、題名の中に在る“砂糖”というのが妙に気に掛かる…



砂糖相場の罠 長崎奉行所秘録伊立重蔵事件帖(文春文庫)

↑何気なく読み始めたが、好ましい意味で「如何にも時代モノ」という仕上がりで、他方で「主な舞台が長崎」という、一寸面白い演出であり、大変に愉しく読了した。

本作は「町奉行所の役人が“探偵役”となって、協力者達の支援も受けながら“事件”を調査して解決する」という、馴染みの在る“捕物帖”、“犯科帖”、“事件帖”と呼ばれるような系統の作品である。(実際、副題に“事件帖”と在る…)小説、テレビドラマ等で、こういうのは多い…

“町奉行”?実はかなり色々な権能を持っていて、“町奉行所”という機関も色々な仕事をしている。

“捕物帖”、“犯科帖”、“事件帖”と呼ばれるような系統の作品の多くで、町奉行所の役人や、彼らの下で働く目明しが“探偵役”となるような場合、「彼らが属する機構の最高責任者」となっている。云わば“警察本部長”である…

“お奉行様”が活躍する作品も在るが…『遠山の金さん』は「俺がお見通しだ!!」と刺青を見せて啖呵を切り、現場で自身が全てを見聞していたことを明かし、シラを切る凶悪事件の犯人達を黙らせてしまうというやり方で、“刑事事件”を裁いている。『大岡越前』になると、「金を落とした人」と「金を拾って届けた人」との間で、金の帰属を巡って生じた摩擦を解消する“三方一両損”として知られるエピソードのような“財産権係争”や、「産みの親」と「育ての親」との間で生じた摩擦を解消する“親権係争”というような“民事事件”も裁いている。云わば“裁判所判事”である…場合によっては“検事”でさえある…

更に…必需品である米の流通を監視し、不適切な動きが生じた場合にそれを修正しようとする“経済政策”に類することや、不作の影響で食料価格が高騰していたり、食料自体が不足がちで困窮する人達が発生した場合の救援というような“福祉政策”、“非常時対策”というような仕事を担う場合も在る。云わば“自治体の首長”である…

江戸時代の“町奉行”は、テレビドラマに出て来る江戸の他、大坂、京都、その他“幕府直轄”とされていた町に任命されていたが、長崎もそうした町の一つである。そうした地方の町の場合、上述した“警察本部長”、“裁判所判事”、“自治体の首長”というような権能に「地域なりの事情に鑑みた独特な役目」が加わる。長崎に関しては、「キリシタン摘発」や「貿易関係の統制・密貿易(抜け荷)取締」というようなものが加わったようだ…

少しくどかったかもしれないが、本作はその「長崎町奉行(所)の少々独特な役目」ということになる、キリシタンのことや、抜け荷のことが関連してくるのである。更に…“砂糖”…薩摩藩も少し関連する…

主人公は長崎町奉行所に勤める伊立重蔵である。正式な職名は違うのだが、所謂「町奉行所の与力」であり、通常は“与力様”で通っている。「伊立」は「いたて」と読みが、「イタチ」と誤って覚えて「イタチの旦那」などと呼ぶ者も在る…

或る日、伊立重蔵は遺体が発見されて、それが運び去られようとしている現場に出くわした。現場を仕切っていた“町使”と呼ばれる同心のような仕事をする男が、「隠れキリシタンが身投げをした」などと言い立てている。遺体は身投げをして死亡というのではなく、刺殺されているように見える状況だった。重蔵は「どういうことだ?!」と場を仕切っていた男に詰め寄り、言い争いになる…

こうした不審な出来事の他方、重蔵は奉行から特命を受けた。長崎で砂糖の価格が暴落していて、相場に作為が働いていると見受けられる状況なので、事情を調査せよというものであった。

不審な遺体と、その不審な処理から密貿易、商品相場の操作、密かに信仰を護ろうとしている人々など色々な要素が絡まり合って展開する。

色々な事件処理を巡る“管轄権”が複雑に入り組んでいたという長崎の事情も適宜―興を殺がない程度に…―解説される中で、利権を巡って対立する勢力に近い人達を陥れる謀略が在ったり、“口封じ”の暗殺や暗殺未遂が在ったりと飽きさせない。長崎の習俗や自然や街も、魅力的に描かれる。

こうした中で活躍する劇中人物達も、各々なかなかに好い。“長崎町奉行”というのは、「旗本が任命を受けて江戸から赴任する」という役職で、その配下で働く人達の中にも、江戸から付いて来た人達が居た。重蔵はその江戸から来た人である。忙しく役目に没頭していて、多少地元事情に暗い面が在る…これを補佐する部下の主悦は地元育ちの若者だ…彼らの下でフットワーク良く動き回る飾職人の善六や、専門知識で重蔵に協力する蘭法医の典然や、侠気溢れる吉次郎一家等、なかなか愉しい…

大変愉しく読んでいた中、作中に「○○の一件の時」というような記述が在り「シリーズ作品なのか?」と思ったが…本作は“シリーズ”だった!!他の作品も読んでみたくなる!!