コルサコフ港の旅客施設…

稚内港を発つ<アインス宗谷>は、巡航速度15ノット(時速30km弱)で海峡を進み、サハリンのコルサコフ港に着く。

コルサコフ港では、何やら古めかしい―埃っぽいブラウン管の旧いテレビが据えられていて「禁煙」ではなく「お煙草は御遠慮願います」等という掲示が在る車内…―、日本の会社がかなり以前に寄贈したバスに乗せられる。3分程バスに乗ると、旅客施設に着く…

旅客施設の中は、壁や床を多少綺麗にしているのだが…荷物や乗客が多い場合は非常に窮屈である…そこで入国審査を受け、税関の手続きが在る…税関の辺りには“麻薬犬”まで居て、荷物はX線装置を潜らせなければならない…

そして待合所に出る。殊に揺れ方の激しい感じの船で着いた時などは、この待合所に着いて何となく安堵する…

↓外に出るとこういう感じだ…
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↓今年からだと思うが、こうやって入口にプランターの花を置くようになった…
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こういうプランターだが、サハリンでも多少眼に留まる機会が増えているような気がする…実際、稚内から発つロシア人旅客を見ていると、ホームセンターで求めたと見受けられる園芸用品を持っている例もよく視掛ける…

この旅客施設…「狭隘なので新しいモノを…」という“話し”は随分以前から在るのだが…どのようなことになるのか?

↓9月のサハリン…
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ネベリスクでのコンサート…

ネベリスクを訪ねた際、コンサート鑑賞をする機会が在った…地元の芸術学校の在校生、教職員によるものである。

芸術学校というのは、ロシアの都市で見受けられる、児童・生徒が音楽や舞踊などの活動を行う場である。聞く限りでは、通常の学校での授業等の後に希望者が参加するものであるようだ。その芸術学校では、実技指導を行う教職員も居る。

芸術学校で学んだ児童・生徒の中で、能力やセンスが認められた人達の中から、更にレベルが高い専門の教育機関に進学をする人達も見受けられる。一部はプロの演奏家や声楽家や舞踏家になる。ポピュラー音楽の分野で活躍している人達の中にも、この芸術学校で学んだことが在る人達が存外に多いようだ。また故郷や、紹介された地方の学校で教職員になる人達も居る。

ネベリスクは、ネベリスク市と周辺の町を合わせた“地区”で2万7千人弱(2010年データ)の地区であるというが、ネベリスクとゴルノザボツクでこの芸術学校が設けられている。合計2箇所である…何名程度が芸術学校に学び、教職員をどの位擁しているのか、詳しくは聴いていないのだが、それでも「人口3万未満の街での青少年文化活動」としては、少し驚くような「大きめな規模」の活動のように思う…

今般、ネベリスクの文化センターでこの芸術学校の在校生や教職員によるコンサートが催されたのは、「稚内市・ネベリスク市友好都市40年記念行事」の一環で、概ね45分程度の中身であった。様々な内容のものが披露された…

↓色々な舞踊が披露されたが…この男女一組で行ったものが「画になる!!」と思った…
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↑女性は…会場内に居て、偶々近くで擦違ったが、長身だった…身長が180cm近くは在りそうな感じで…イマドキの若者風に言えば「スタイルやばい…」という按配か…

↓殊に渋かったのが、音楽の先生が演奏するバラライカ…
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↑聞き覚えが在るロシア風のメロディーから、欧米のポップスまで、かなり広い演奏レパートリーを持っているようだった…時にゆったり、時に“速弾き”でなかなかに魅せて、聴かせてくれる…

↓アコーディオン奏者とバラライカ奏者がコンビで演奏!!これが素敵だった!!
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↓このコンサート等の様子が見られるセット…
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因みに…これまでに4回の稚内公演を行っているサハリンのバンド<ヴレーミャ・ジャザ>のリーダー、キーボード担当のウラジーミル・キンジーノフさんは、若かった頃にネベリスクの芸術学校で教員をしていたという…ということで、彼はネベリスク時代以来の稚内との縁を非常に大事にして下さっている…

この種のコンサート…何度か拝見しているが…「サハリンの南端部を占めるネベリスク地区」というような、ロシア全土で考えれば“地方の中の地方”という街で、一定水準の文化活動が行われていることに、何時も驚かされる…ロシアは“文化大国”だ…

ロシアの消火器…

↓ユジノサハリンスクのホテルから出掛けようとして、廊下で眼に留めた…
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足元にさり気なく置かれた消火器…何やらゴツい…

他所の土地を訪ねると、この種の「何となく眼に留まるモノ」が面白い…

↓9月のサハリン…
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航海日誌(2012.09.07)

ユジノサハリンスクは朝から好天に恵まれた…そんな朝にはゆったりと散策でも愉しみたいところだが…早朝にバスでコルサコフ港を目指す予定であるため、それも叶わない…実に残念だ…「ほんの一瞬」という次元だが、ホテル近隣の広場を覗いた…「残念!!」という想いが強まるばかりなので、さっさとホテルに引き揚げて出発の支度に勤しんだ…

ということで、予定どおりのバスで向かったコルサコフ港は、ユジノサハリンスク都心部のホテルから、バスで概ね45分から50分程度である。道路状況で目的地到着が若干前後するので、「概ね1時間弱」と考えておけば善いであろう…

そのコルサコフ港へ向けたドライブの間も好天が続く…そしてコルサコフ港で所定の出国手続きを行った…今日は順調に進み、定刻に<アインス宗谷>は離岸した…

↓<アインス宗谷>は、埠頭に船尾を向けて接岸する。車輌の積み下ろしをする箇所から乗客も乗降することになる…
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↑<アインス宗谷>はゆっくり埠頭を離れ、船首を南西に向け、対岸の稚内港を目指す…

↓コルサコフ港が遠ざかる…画面右手の“南埠頭”に<アインス宗谷>は接岸する…
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↑コルサコフ港の“南埠頭”は、往時の“大泊港”の基本構造のままである。1920年代までに整備された形状のままだ。しかし、埠頭の上にはソ連時代に据えられたクレーンが林立していて、少し独特な雰囲気が在る…

それにしても素晴らしい好天だ…初日は移動に終始し、最終日は朝から移動であるという関係上、「3泊4日」のサハリンも実質的には「中の2日」が動き回る時間となる。その2日間、朝から夜まで用事で、深夜も“宿題”に取り組み、「合間に街の様子を愛でる」ということも叶わなかった。それ故に「残念!!」の想いが余計に強まる…

コルサコフ…ここもまた、散策には好適な場所である…そんなことを想いながら、甲板上で遠ざかるコルサコフ港を眺めていた…やがて近くのプリゴロドノエに在るLNG工場が見え、時には巨大な特殊容器が据えられたLNG搬送専用船が悠然と洋上を進む様も見える…

今回、往路は「曇天・強風・高波」という状況だった…何か「波濤を越え…」という雰囲気で、「昔の海戦」を題材にした映画のような雰囲気さえ在ったのだが…対して復路は「これが往路と同じ海域なのか!?」と驚く程に和やかな航海であった。20℃を少し出る程度の気温で寒くもない。風は「やや強めな冷房」のような感じなのだが、陽射しが眩しく、甲板上の居心地が好かった…

居心地の好かった甲板でベンチに腰を下ろし…何時の間にか居眠りしてしまった…何か「強めな冷房の部屋で座っていて、何となく居眠り」というような感じかもしれない…「甲板で居眠り」と乗り合わせた知人に話すと、多少驚かれたが…結局、寝不足だったのかもしれない…

↓<アインス宗谷>はアニワ湾の海岸線を進み、やがてサハリン島南端部のクリリオン岬を望む辺りに差し掛かる…
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↑このクリリオン岬辺りが、北海道の北端部である宗谷岬から見える辺りである…

↓順調に進む<アインス宗谷>は、宗谷の陸地を左舷に望みながら稚内港を目指す…
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↑宗谷丘陵に林立する風力発電の風車の柱が見える…

↓そして<アインス宗谷>は稚内港へ…
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ということで、無事に還ってきた…

↓9月のサハリン…
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「ネベリスクのビール」はサハリンで味わう外ない…

サハリンでは各地にビールを製造している場所が在る。それらは「茶色のペットボトル」等に入って売られていたりする…

「ペットボトルにビール」と言うと、日本ではそういう例が思い浮かばないので多少妙な感じもするのだが、サハリンの消費者には「製造場所が近く、広くない範囲で流通する、鮮度が高いモノ」という受け止め方をされているらしい…

↓日本海側の街、ネベリスクでもビールを製造している。ラベルのトドは、ネベリスクのシンボルでもある…
「ネベリスコエ」という名称は、ズバリ「ネベリスクの」という形容詞である…
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↑小さな場所で醸造していて、売店が設けられていて、このペットボトルを売っている。“バー”的なものがその場に設けられているのでもないが、「出来立て」を注いでもらって呑むことも出来る…

ロシアで“酒”と言えば…最近は、どうやら「とりあえずビール…」ということであるらしい。続いてワインなどで、ウォッカ等はやや人気順位が下がる様子だ…

このネベリスクのビールは、地元の皆さんの“自慢”でもあるようだ。地元の方によれば、サハリンや他のロシア各地から、日本を含む諸外国からネベリスクを訪れた多くの方にこれを奨めて、多くの場合「美味かった!!」と飲み干し、「回収するグラスにビールが残っていない=好評であることの証左」という状態なのだそうだ。「他所ではそうでもなく、存外“残り”が見受けられるのではないか?」というように伺った…

アルコール度数が微妙に高い感じもするのだが、スッキリしていると同時に、なかなかに風味豊かなビールだと思う。現地でグラスに注いだものを頂いたが、ペットボトルもユジノサハリンスクのホテルへ持ち帰った。滞在中に空けてしまったことは“当然”である…

この「ネベリスクのビール」だが…稚内のビールが好きな方が持ち帰ったことが在ったそうだ。その方によれば、ペットボトルであるためか、数日を経て稚内で飲んだ時には、やや質が劣化してしまうように見受けられたという。「ネベリスクで、またユジノサハリンスクのホテルでは凄く美味かったのだが??」という訳だ…

この「ネベリスクのビール」…サハリンに上陸し、山越えをして日本海側のネベリスクを訪ね、地元で、地元の皆さんの自慢の味を愉しむのが善いであろう…

↓9月のサハリン…
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航海日誌(2012.09.06)

極めて個人的には、どちらかと言えば「味気のない訪問」に終始しそうな今般のサハリンだが…

↓当地サハリンで愉しむことが出来る、濃くて熱い珈琲は好い!!
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サハリンでは“コーフェ・アメリカーノ”と呼ばれるこの種の珈琲…少し遅めな時間帯に、不意に欲しくなる…毎度お世話になるホテルの1階に在るカフェバーで頂く珈琲…110ルーブルだった…思わず2杯も頂いた…

朝8時30分から夜8時40分まで…途中の2時間に満たない程度の休憩を除き、用事に終始した…天候も今ひとつ…酷く暑い訳でもなかったのは幸いだが…

何時の間にか、“サハリン時間”では日付が変わっている…こういう場面では、一日が「何だったのか?!」という気分になる…

前5日は朝8時30分から夜11時前まで、移動も含めれば尽く用事であった…出掛けたネベリスクの好天が嬉しかったというだけのことで…そこに「日本時間6日朝締切」という“書き物”が在って、好んでというでもない夜更かしもした…

初日は移動に終始していて…明朝には出発である…

↓9月のサハリン…
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航海日誌(2012.09.05)(その2)

何時の間にかサハリン時間で日付が変わっていたが…日本時間でも日付が変わろうとしている…22時50分に漸く部屋に戻る状況であっても、とりあえず“宿題”は片付けねばならない…漸く、それらが片付いた…

朝のユジノサハリンスクは霧雨で、移動の途中は「弱めの雨」と表現する方が妥当かもしれない状況だった。日本海側へ向けては“山越え”も在るが、「霧の中に道路が浮かび上がる」というような按配だった…道路面は湿った状態であったが…日本海岸が近付くに連れて乾いてきた…そして、到着して1日を過ごしたネベリスクは晴天に恵まれた!!

今日は…かなり草臥れた…

航海日誌(2012.09.05)(その1)

「5時半過ぎに起き出し、6時半頃に戸外に出て、24時間営業の店で煙草とミネラルウォーターを求めた」と言っても、何ら特殊なことのようには思えないが…“プラス2時間ゾーン”のユジノサハリンスクでは、「3時半過ぎに起き出し、4時半頃に戸外に出て」という話しになる…戸外は暗かった…点けっ放しの電飾や、未だ消えていない街燈が多少目立つ按配で、車が多いこの街でも流石に交通量が少なかった…

「酷く眠く感じる他方で、寝付きが今ひとつ…」というような状況が時々在るが、昨日はそういう状況だったような気がする…眠りも深かったような、浅かったような、何か中途半端である…

戸外から戻ると、室内に暖房が入っていた…多分15℃を少し超える程度の気温で、暖房まで入れるとやや暑い…多少居心地が悪くなってしまった…ホテルは5階建てで、2階から5階が客室になっている。私が陣取っているのは4階であるが、部屋の窓は開く…暖房を止めて、窓を10分程度開けていると、居心地が好い感じになった…

7時を少し過ぎた辺りで明るくなるが…今日は雲が垂れ込めた按配で、少し薄暗い…何処かで雨に降られるかもしれない…

今日は、バスで片道2時間の、日本海側に在るネベリスクを往復しなければならない…彼の地に運ぶモノは、結局休む前に整理した…食事を済ませて、着替えて、それらのモノを持って出発である…

車中での水筒代わりに、500ml入りのペットボトルを求めた。<コルサコフスカヤ>という、ガス入りミネラルウォーターで、17ルーブルだった。序に…煙草も求めたが、<ピョートル1世>は1箱30ルーブルだった…

清々しいという程でもない朝だ…

航海日誌(2012.09.04)

↓波頭がぶつかり合って飛沫が散る…今日の宗谷(ラペルーズ)海峡である…
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今日の<アインス宗谷>の乗客は若干少なめで、9時58分には既に船が動き始めた…

風がやや冷たく、甲板上に出る人は、少なめな乗客の中でも少数派に止まった…

それでも遠ざかる稚内港をぼんやりと眺めていた…やがて、波飛沫が霧の様に甲板上に漂うようになってきた。そして、船が進行方向に波を切るタイミングでかなり大きな飛沫を被るようになった…舷側が水浸しのようになった…真っ直ぐ立っていたり、歩くのがやや困難な状態に陥った…

やや危険なため、船室内に入り込み、船の売店前に据えられたソファーに陣取った…結局…そのソファーで座ったまま居眠りをするなどし、殆どの時間をそこで過ごすことになった…

↓航海の様子…
>>La Perouse Strait on SEP 04, 2012 - a set on Flickr

<アインス宗谷>がサハリン側の湾に至り、湾が深くなるに連れて揺れ方は穏やかになった…しかし、波に進路を阻まれ、概ね30分間の延着となった…

朝の稚内もそうだったが、サハリンもどんよりとした曇天で、やや肌寒い感じであった…コルサコフ港からユジノサハリンスク市内へ向かう段階で薄暗かった…

明日は早い…船が結構揺れた割りに気分は悪くならなかったが、「無自覚な疲労」が蒸かそうな気がする…とりあえず早めに休む方が良さそうだ…

気分が乗らない…

昨夜までの「温まった空気」が朝になって漸く冷えてきた感じである…昨夜は、空腹を禁じ得なかったので、やや遅めに近所の“W”へ向かい、食事を楽しみながら読書に興じた…時間的にゆとりが少なめなので、読んだ本はいずれゆっくり御紹介するが、面白かったので夢中で読んでしまった…

帰宅して、直ぐに眠気を覚えて休んだが…朝は存外にスッキリ目覚めた…今朝はこれから支度をして旅に出なければならない…「切符をあげるから、代わりに行かないか?」という“ネタ”をこの1ヶ月程の間に散々連呼したが…とうとう出発の朝がやって来てしまったのである…

ストレスの原因ばかりが思い浮かび、善い要素が殆ど思い浮かばない…こういう状況も、やや珍しいかもしれないが…とりあえず「無事に行って帰って」と願うばかりである。

これだけ気が乗らない旅も珍しいが、そのうち「行きたい!!」旅もすることにしよう…炎暑に倦んでいる各地を思えばどうということもないが、当地の水準で“暑苦しい”状態を免れた日の出発を「幸先がよい」と思うことにしたい…何か煙草でも蒸かしながら、最近珍しく求めてしまったコミックでもゆっくり読み耽りたい感だが…そういう展開に陥ると、なかなか出発出来なくなってしまう…早く支度をして、喫茶店に道草をしつつ、待ち合わせ場所に向かうようにするのが賢明というものだ…