ボルシチ…

“ロシア料理”と言うが…ロシアは東西に、南北に、様々な文物が行き交う交差点のような場所に拡がっているので、ロシアでは色々な地域に起源が在る料理を食べている…更に、帝政期には欧州諸国の色々なものを積極的に取り入れた時期も在り、そういう所から生まれたようなものも在る…極端な話し、フランス革命で仕事が少なくなった、フランス貴族の館等で働いていた料理人が、ロシア貴族に召抱えられるというような事例も在ったらしいのだ…

“ロシア料理”と聞くと…

↓こういう“ボルシチ”が何となく思い浮かぶかもしれない…
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↑赤カブの色で、こういう具合になるのだが…

“ボルシチ”は、ロシアと言うよりもウクライナに起源が在る料理らしい…と聞いたことが在る…だから、どうということもない話しだが…“ボルシチ”は非常にポピュラーなスープで、文字どおり「店の味」、「家庭の味」で色々なヴァリエーションも在るようだ…

スープを頂く場合…日本語では「飲む」と表現するが、ロシア語では「食べる」と表現する。ロシアのスープは、具材が沢山入っていて、液体のスープ以上にそれらを確り頂くような感じなので、「食べる」が妥当なのかもしれない…

ロシアは「寒い国」である故か、スープは古くから人気が在るようで、ボルシチの他にも色々なものが在る…

↓2012年7月のサハリンの画…
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“ブリヌィ”(ロシア流のクレープ)の基本的な型…

ロシアのペラペラなクレープ、“ブリヌィ”を利用したデザートが何となく懐かしくなったので画を取り上げたが

↓これが「最も基本的」と思われる“ブリヌィ”はこういう按配である…
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↑ロシアではサワークリームがポピュラーなのだが、脇にそのサワークリームが添えられていることが多い。

更に…蜂蜜が添えられていたり、ジャムが添えられていたりと、ヴァリエーションは多い。この“ブリヌィ”も「店の味」、「家庭の味」とでも言うべきもので、色々な楽しみ方が在る…

他所を訪ねて、こういうようなものに出くわすのも非常に愉しい!!

ロシア流のデザートが好い…

“コース料理”的なものを頂く場合、最後にデザートが出る…これが意外に愉しい!!

↓ユジノサハリンスクでこういうものを頂いた…
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“ブリヌィ”と呼ばれる、ペラペラのクレープのようなものがロシアではポピュラーなのだが、これはその“ブリヌィ”に調理した林檎を包み、練乳とジャムをソースとしてかけているものである。

“ブリヌィ”は、ホットケーキのような感じで朝食や、時間帯を問わず軽食として頂く場合があるが、こうして「デザートの一部」という具合に利用されている場面もよく見掛ける…そして、その種の利用のされ方がしているもの…意外に好い!!

↓2012年7月のサハリンの画…
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ユジノサハリンスクのロシア正教会…

ロシア正教関係の建築…なかなか画になる…“樺太”であった経過の在る地域で見受けられるものは、1990年代以降、場合によっては極近年に建てられたものばかりであると思うが…

ユジノサハリンスクの都心部辺りに在る教会に関しては、あの街を訪れて多少時間が在ると、写真を撮りに一寸寄ってしまう…

↓青空に突き刺さるような塔…或いは塔に筋状の雲が集まってきているような…なかなか強い印象の画になった…
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写真を撮った7月26日…ユジノサハリンスクは、なかなかに暑い感じだった…「私自身が今季経験した」ということでは…“最も”暑かったかもしれない…サハリンから戻って程なく、稚内はなかなかクールになった…

↓2012年7月のサハリンの画…
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ユジノサハリンスクの眺望…

サハリンから戻って、稚内では何か「蒸し暑いような感じ」が続いた気がするが…多少上がった気温も直ぐ落ち着く…他方、夏季はユジノサハリンスク辺りの方が「夏!!」というイメージが強くなるように思う…

ユジノサハリンスクという場所は、直線距離で稚内から北へ200km弱だと思うが…夏は稚内より暑い場合が多い…

↓時間を追う毎に暑さが増していった7月26日…冬はスキー場になる、市街の東側の山に上がった…
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何となく…「高い所に上がると、太陽に近くなって暑くなるのか?!」等と、同行した皆さんと話し、何やら売店が在ったので思わず冷たい飲み物を求めてしまった…

何か妙に「夏らしい!!」感じがする風景だ…

↓2012年7月のサハリンの画…
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ネベリスクのネヴェリスコイ提督像(2012.07.25)

“ネベリスク”という街は、樺太時代には“本斗”(ほんと)と呼ばれていた。1946年にソ連化された際に“ネベリスク”ということになった。

↓この人物に因んで、街の名が付けられた…
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↑ゲンナージー・イワノヴィチ・ネヴェリスコイという人物である。

ネヴェリスコイは、アムール川流域やオホーツク海南部、サハリンの調査を行った実績が知られる人物である。ロシアでは「サハリンが“島”であることを確認した人物」とされる。ネヴェリスコイは海軍の軍人としてキャリアを積んでおり、現役指揮官として過ごした殆どの年月を極東での活動に充てている。最終的な階級に因み、「ネヴェリスコイ提督」と呼ばれる…

ネベリスクの街に在るこの像は、彼に因んで街の名が付けられてから50年となったことを記念し、1996年に建てられたそうだ…

↓航海中に指揮を執っているようなイメージの像で、なかなか好い…
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それにしても…ネヴェリスコイ提督関連の話しを聞くと、「国や地域が変われば、伝えられる歴史は変わる」ということに思い至る。ネヴェリスコイが成し遂げる半世紀近くも以前に、間宮林蔵はサハリンが島であることを探検で証明していたのであるが…

↓2012年7月のサハリンの画…
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意外に画になる旧ネベリスク地区行政府庁舎…

好天に恵まれた静かな朝、ネベリスクの地区行政府庁舎前からユジノサハリンスクへ向けて出発することになった。

考えてみると、ネベリスクで「好天に恵まれた静かな朝」という状況に身を置く機会は非常に稀だった…振り返れば1992年に「初めての国外旅行」ということになった旅がネベリスクであったのだが、以降、指折り数える程度しかこの街で夜を明かしたことがなかった。随分久し振りに、ネベリスクに泊まって朝を迎えたことになる…

↓朝の広場である…
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↑オフィスアワーが始まる少し前に相当する時間帯で、かなり静かである。

サハリンの中は、代表的な都市と周辺町村を組み合わせた“地区”に分けられていて、各地の代表的な都市に“地区行政府”というものが設置されている。ネベリスクの場合、やや南のゴルノザヴォツクやシェブニノという小さな町村を含めた“ネベリスク地区”というものの“地区行政府”が設置されている。この“ネベリスク地区”は、「サハリン島南西の日本海側」ということで、稚内から見える場合も在るクリリオン岬の辺りまでが管轄区域ということになる。

↓美しく植樹されている辺りの真ん中にレーニン像が据えられ、正面に建物が在る…
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↑この建物…“旧地区行政府庁舎”である…然程大きくもない建物だが、こうして視ると…意外に画になる…

ネベリスクでは2007年に直下型地震の被害が生じてしまい、爾来新たな街の建設が進んでいる。この“旧地区行政府庁舎”は地震で多少傷んだが、そのまま使用されてきた…

今年、新しい庁舎が竣工し、地区行政府は新しい庁舎に引っ越した…

↓写真の右奥の建物が、新しい庁舎である。ネベリスクに着いた日に撮影した…
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新しい庁舎は、旧庁舎とは広場を挟んで反対側に在る。何れ、広場を整備することもあるであろう…旧庁舎に関しては、建物の傷んだ箇所を修復し、“郷土博物館”として利用する話しが在るそうだ…現在、集合住宅になっている建物の一部に“郷土博物館”が設けられているが、この“旧庁舎”を利用するようになれば、展示も調査・研究も充実することであろう…少し期待してみたくなる…

↓2012年7月のサハリンの画…
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“ペリメニ”(ロシアの“餃子”)(2012.07.25)

↓ネベリスクを訪ねた際に頂いた昼食コースの一品である…
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↑これを“ペリメニ”と言う…“餃子”のようなものだ。小麦粉の皮に具材が包まれている。煮たり、焼いたりで頂く…煮る場合が圧倒的に多いようなので「ロシアの“水餃子”」と言う場合も多い…

この種の料理…「店の味」、「家庭の味」というもので、色々なヴァリエーションが在るものである…

このネベリスクで頂いたものは、やや大きめで、挽肉がギッシリと詰まっていた…

↓2012年7月のサハリンの画…
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「訪ねた土地で出会う、土地なりの料理」というもの…それなりに愉しい!!

航海日誌(2012.07.27)

何時の間にか、ユジノサハリンスク・コルサコフ間も「馴染んだ道筋」となった感だが…その道筋をまた通り、コルサコフ港に入った…

今回、自身を含む一行の出国手続きは、最近の事例を思い出すと円滑に進んだ方だと思うが、どうしたものか<アインス宗谷>の出航が15分前後遅れ、稚内港到着も15分程度遅れた…それはそれとして、無事に到着で安堵している…

今回のサハリン行きだが…物理的には、最近の事例の中では然程キツい中身でもなかったが、気分的に「無意識に気が張る」ものが在ったのかもしれない…船内で言葉を交わした方に「学校の先生か、医師か?そういう御仕事かと…」と言われたが、その種の仕事に含まれる要素が在るかもしれない内容で動いていて、何時の間にかそういう雰囲気を醸し出していたのかもしれない…或いは…少し前にも「学校の先生か何かをされているような雰囲気…」と言われたことも在ったが…

「無意識に気が張る」ものが在ったのかもしれないことを自覚したのは、<アインス宗谷>が“国境”を通過し、「到着まで2時間強?」という具合になった頃であった。その頃になると、「座ると眠くなる」という現象が…或いは若干の「気疲れ」というものであろうか…

何れにしても無事に<アインス宗谷>が到着し、帰宅した…これから…サウナにでも行って、身体を解したい感じである…

「早い」??

「7時30分出発なので、6時30分に朝食を摂ることになった。間に合うように6時前から起き出して…」とでも言えば、特段“奇異”には聞こえないと思うが…「プラス2時間」ゾーンでは…窓の外の明るさの感じが…何となく変である…既に「6時」でも、馴染んでいる「4時」の明るさ…薄暗い…

何となく、この「プラス2時間」に身体が馴染み始めたが…午後には「何時もの」ゾーンに戻ることになる…

ネベリスクのロシア正教会…

サハリン南西部、日本海岸のネベリスク市街と海岸を見下ろす丘陵部に、旧い石段が在り、そこを上ると…

↓こんな建物が建っている…
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市街を見下ろす丘陵に木造の古い様式で築かれた教会は、1993年に開かれたものである。ロシアで正教関係の建造物が再興されたり、新築されているのは“ロシア連邦”の時代に突入した1990年代以降である。このネベリスクの教会も、そうしたものの一つであろう…

石段は、嘗て神社の石段であるらしい…教会の建物裏側に、神社の礎石と見受けられる遺構も在る。この丘の上が「不便ではないか?」ということで、新たに教会を建築する話しも在るらしい…

建物の見掛けより「新しい」感じであることに些か驚くが…なかなかに趣が在る建物だと思う…

↓辺りからは、こういう具合に市街と海が見える…
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↓2012年7月のサハリンの画…
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「ネベリスク市ワッカナイ通1」…

「Вакканай」と書いて「ワッカナイ」と読む…“稚内”のことである…

↓サハリンの南西部、日本海岸に在るネベリスクで、この「Вакканай」という表示を視付けた…
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これは…集合住宅の建物に貼り付けられている“住所表示”なのである…

ロシアの住所表示は「○○市○○通X番YY号」という具合になる。“X番”は集合住宅やオフィスビル等の建物を指し、“YY号”が各戸を示す。

ネベリスクには、友好都市であることを記念して“稚内通”(“外国語”なので「ワッカナイ通」とする方が自然か?)という通を設けられた。

この「ワッカナイ通」は、単なる「道路の通称」、「商店街や飲食店街の地域を指す通称」ではなく、「実際に郵便が届く“住所”の一部」である。ネベリスクの「ワッカナイ通」には“1番”から“3番”までの“住所”(=集合住宅の建物)が在る…

旧いアイヌ語が転訛して漢字が充てられた“稚内”という地名が、こういう型で大事にされている様を他所で見掛けるのは興味深い…

↓2012年7月のサハリンの画…
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航海日誌(2012.07.25-26)

朝から雨に降られると、何となく嫌なものである…車で移動をするのは良いが、乗っている車の屋根に強い調子で粒が大きいと想像される雨粒がぶつかる音が聞こえているのは気分が滅入る…

そういう状況下、日本海側のネベリスクへ向かった…前日は夜更かしをしていたので、結局移動の車中でかなり眠ってしまった…ネベリスクまでは2時間程度で、道路の一部に「整備中」の区間が残るのだが…そこのコンディションが雨で悪くなっていたと見受けられ、妙に揺れた…

妙に揺れたことで、ネベリスクが近付いていると自覚したのだったが…やがて「アスファルトが乾いている?」という道路に出くわした…着いてみたネベリスク…曇天ではあったが、雨には降られなかった。それは善かった…

今般、ネベリスクでは市内を色々と見て廻る機会が在った…何度か訪れている割には様子を見ていない感じがしたので善かった…

そのネベリスクで静かに夜を明かし、迎えた朝、当初は霧が深い感じであったものの、次第に晴れ渡った…その晴天の下、ユジノサハリンスクまで引き揚げてきた…

ユジノサハリンスク…暑かった…29℃前後にはなっていたと思われるが、無風に近い状態であった…素朴に思うのだが…ユジノサハリンスクでの冷房の設置率…稚内でのそれよりも遥かに高いことであろう…

個人的には、特段に新しいことが在ったでもないのだが、晴天の街を動き回るのは悪くはない…多少気が張った役目は、何となく無事に終わった…善かった…

後は無事に帰るのみである…

“欧州”の“果て”??

ユジノサハリンスクでは「何時ものホテル」に滞在である…今回も顔馴染みの従業員さんに愛想好く迎えて頂いた…先方は、完全に私を記憶に留めて下さっているようだ…私も記憶しているが…

このホテルは“朝食”が好い…

↓所謂「洋食系バイキング」で、内容は日替わりとなっていて、確りと頂くことが出来る…
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食事を摂るコーナーは禁煙だが…直ぐ横に「喫煙可」のコーナーがある…

↓食事の後、「喫煙可」のコーナーに珈琲を持ち込む…
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↑このホテルに滞在する場合の、朝の小さなお楽しみである…

ここの珈琲…濃い…“欧州風”というものであろう…サハリンは「欧州の果て」という側面も持っている土地となっていることに想いが至る…

「おかわりフリー」の場所で、相当に珈琲をガブガブ頂いた想い出も在るが…ここの濃い珈琲…2杯目で「充分!!」という気分になれる…

雨の朝…

何か非常に薄暗い感じの朝を迎えた…

「プラス2時間」ゾーンのユジノサハリンスクに居る訳で、こちらの「6時」は稚内の「4時」の明るさであることから、「こんなものか?」と思っていたが…玄関辺りに様子を視に行くと、結構強めな雨だ…「その辺を歩いてみる」ことを断念した…

今日は早速に“チェックアウト”で、日本海側に向かうが…朝食やその出発には未だ間が在る…

ロシアの煙草…1箱30ルーブル…

↓例によって…
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↑ロシアの煙草を求めてしまったが…微妙に値上がりしていた…

Золотая(ザラターヤ)…「金の」という形容詞が冠せられている商品名だが…光の関係で「金塊?!」というような感じの画が出来上がった…

箱の下の辺り…「Курение убивает」(クリェーニエ ウビヴァーイェット)は「喫煙は(あなたを)殺す」という意味である…

↓2012年7月のサハリン…
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眠れないのでこんなことをしていたが…「いい加減、明日のこと♪考えた方が好い♪」という時間帯に差し掛かってきた…

航海日誌(2012.07.24)

「プラス2時間」のゾーンに身を置いてしまうことになった…“2012年”に改まってから3回目ということになる…通算回数は…随分以前から、よく判らなくなってしまっている…

「普段の時間帯」から移動を開始し、海を越えて対岸に上陸した時点で「プラス2時間」のゾーンである…その「プラス2時間」のゾーンでは、あっという間に「日付が変わる辺り」ということになり、気付けば日付が変わっている…

「明朝が早い…」という意識で、直ぐに眠ろうとも思うのだが、なかなか寝付かれない…そして…中途半端に睡眠不足気味に陥り、2日目は早めに休み、3日目は早めに起き出し…ということで、何時の間にか海を越えて「普段の時間帯」に戻っていくことになる…

今回は…“国外旅行”そのものが初めてという同行者を伴っての“サハリン上陸作戦”である…「放任…」と見せ掛けて、それとなく「気配り…」もせねばなるまい…私には最も不向きかもしれない役目だが…

例によって…時々寄る近所の喫茶店で、“毎度セット”と勝手に呼んでいる“モーニングセット”(分厚い、バターとジャムがたっぷりのトーストと、お好みの飲み物はホットミルク…)を頂き、約束の時刻に集合して稚内港のターミナルから<アインス宗谷>に乗り込む…

風が強まる海峡上で、多少寒い感じがしないでもなかったが、20℃を若干超える程度の気温で寒くはなく、粘着質でもあるかのような海水を裂いて<アインス宗谷>は静かに進んだ…若干雲が見受けられ、また遠くが水蒸気で霞み、眺望は必ずしも好くなかった面が在るが…

船の中で…かなり旧い知人と再会した…「何処かで見掛けた…」と少し考え、相手の名前も思い出せたので尋ねてみれば、案の定その人で在った。久々に出くわして、互いの近況を話したり、世間話をしていた間にかなり時間が経った…その他、乗り合わせた人と話す場面が多く、気付けば「プリゴロドノエのLNG工場が遠くに見える」辺り、或いは「サハリンのFMラジオが受信可能」なエリアに突入していた…

今回は、今日の宿を明朝で出て、翌日は違う場所に滞在し、翌々日は改めて今日の宿に入るという型で…やや忙しい…夕食に入ったレストランでは、少し前に団体の先客が在って、料理が出て来るまでに若干の時間も要してしまった…

文字どおり“移動”に終始した一日だ…「移動に終始」も悪くはないのだが…