『遠い崖 7』

↓かのアーネスト・サトウの日記など、同時代を生きた人達が綴ったものを読み込み、一部を引用しながら当時の状況を解くシリーズ…7冊目である…



遠い崖 7 江戸開城


いよいよ江戸城が明け渡され、旧幕府系の勢力が順次掃討されてしまう局面に入っていくのだが…この巻には大変に興味深い事項が記されている…

サトウらは、北海道を訪問している。ロシアによる活動に関することなどの視察が目的だったようだ…そして、船で北海道の沿岸部を航海していたのだが、彼を乗せた英国船は宗谷で座礁してしまった…結局、箱館に居合わせたフランス船が、この英国船に乗っていた人達を救い出しに向かい、サトウを含む乗船者はフランス船で箱館に引揚げることになるのだが…その間、サトウは宗谷に足跡を残している。

大変興味深く、このサトウらの宗谷での話しを読んだ…この話し…もっと地元で紹介されても良いと想った…

サトウが北海道を訪ねていた間…榎本武揚が率いる艦隊は江戸湾を離れ、やがて箱館に向かい、五稜郭に“政権”を立てる動きを見せる…

箱館の関係では、オランダ語が堪能で、欧米の諸制度にも明るい榎本が各国の外交官達と渡り合い、“政権”の立場を固めようとしていた辺りの動きも、この巻の終盤に出て来る…

広く紹介されているような出来事でも、この作品のような、少し変わった角度から視てみると一味違う…本作を読むことは、なかなかに興味深い体験だ…

『遠い崖 6』

↓かのアーネスト・サトウの日記など、同時代を生きた人達が綴ったものを読み込み、一部を引用しながら当時の状況を解くシリーズ…6冊目である…



遠い崖 6 大政奉還


いよいよ“大政奉還”が実施されたが、他方で「兵庫(神戸)の開港」という懸案を巡って様々な動きが在った…そんな時期のお話しだ…

この時期には、「日本人が外国人に危害」という事件が存外多く発生しており、サトウを含む外交官達は、問題を巡る話し合いにも奔走している…

この「幕府の終焉」という時期になると、「幕府寄り」という色彩をかなり濃くしているフランスのロッシュと、倒幕派系の人達からの情報収集も行っていた英国のパークスとの“鞘当”のような雰囲気も強まってくる…

そして、いよいよ戊辰戦争が始まってしまう…

『遠い崖 5』

このシリーズも、何時の間にか三分の一程度進んだ…

↓1867年5月から9月頃の時期を扱っている5冊目である…

萩原延寿/遠い崖 5 ア-ネスト・サトウ日記抄

外国の公使達の間で評判が高まった徳川慶喜が、積極的に諸外国との交際を始めるというような時期の出来事が扱われている。

この時期、このシリーズの主人公でもあるサトウは各地を旅している時間が多く、「外国人目線の各地の様子」が伺える辺りが、なかなかに面白い。

そしてこの時期、徳川慶喜にかなり深く肩入れする感のフランス公使ロッシュと、他国に先駆けて「日本語を解する人材を育てる」ことも手掛けていて、方々に情報源を持つ英国公使パークスとの「異なる見解を反映した、異なる行動」とでもいうような、或いは“張り合う”ような場面が増えてくる…

かなり長大なシリーズに在って、何処となく「次の巻への繋ぎ」という雰囲気が強いような感を受けた…

『遠い崖 4』

幕末期に活躍した英国人外交官アーネスト・サトウの日記を軸に、多数の“一次史料”(当事者の手による文章類)を丹念に紐解き、激動した時代を多面的に、また深く探り出すシリーズである。

↓第4巻は“最後の将軍”ということになった徳川慶喜が登場する…

萩原延寿/遠い崖 4 ア-ネスト・サトウ日記抄
↑慶喜が将軍に就任するような時期の出来事や、外交官達の眼に映じた慶喜に関することを内容としている…

所謂「第2次長州征伐」を巡る動きの中、英国公使館はサトウを各地へ派遣し、情報の収集に努めていた。サトウ自身は、『英国策論』に綴った観方に確信を深めながら、各地の色々な人物達との交流を広め、また深めている。

英国公使パークス自身、各地を訪ねて大名達の歓待を受ける場面も在った。サトウもそうした地方訪問に同行している。

こんな時期に14代将軍の徳川家茂が大坂城で他界してしまった。一橋慶喜が最有力な後継者であったが、将軍職を継承するまでに多少の曲折が在った。

こういう情勢下、英国公使のパークスとフランス公使のロッシュとの“張り合い”も見受けられるようになる。所謂“西南雄藩”とも繋がりを持つ英国に対し、フランスは幕府にかなり入れ込む。

やがて、将軍となった慶喜と外国公使達の謁見ということになるのだが…やや驚くのは、外国公使達の慶喜評である。“時代モノ”では、慶喜は必ずしも芳しい評判の人物でもないのだが…外国公使達は慶喜を大絶賛しているのである…

実際、慶喜は「なかなかのやり手」であったことは間違いないようだが、この「最後の将軍」を擁する幕府を巡り、更に波乱は続く…このシリーズも面白くなりそうで、思わず次の第5巻も入手してしまった…

『遠い崖 3』

幕末期に活躍した英国人外交官アーネスト・サトウの日記を軸に、多数の“一次史料”(当事者の手による文章類)を丹念に紐解き、激動した時代を多面的に、また深く探り出すシリーズである。

↓第3巻では、サトウが匿名で発表した『英国策論』という論説に綴られた「考え方の変化」が詳しく説かれている…

遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 3 英国策論

サトウが務める公使館の主はパークスになった。この第3巻ではパークスについても少し踏み込んで紹介されており、それがなかなかに興味深い…

この時代にアジア等で活躍した英国人の中には、10代前半位でアジア等に入り、そのまま長じて色々な仕事をするようになったという人達があったようだ。“力”を駆使した当時の英国外交の“申し子”というような存在だが、パークスもそうした人達の一人だったという。彼は人生の大半をアジアで過している…

そのパークスは将軍の権威が失墜し続ける情勢下、有力な諸大名との交流を模索し始める…時代は「第二次長州征伐」(四境戦争)を巡って何か騒然としている状況となっていた…

サトウが匿名で新聞に発表した『英国策論』はなかなかに大胆だ…“将軍”というものに「英国との条約の当事者能力」が在るのか否か疑問を呈し、有力大名の連合等と条約を締結するような在り方を提言してさえいる。“陛下”という用語で呼ばれた“将軍”が、寧ろ“殿下”ではないかと、日本語を研究していた者としての見解も披瀝されている…

そしてこの巻では、幕府にかなり擦り寄るフランスと、反幕府敵傾向を強める薩摩や長州とも接近する英国とが「張り合う」状況も出て来る…

サトウはと言えば、かなり日本語も上達して部内で昇進もしているが、この時期には各方面の日本人との交流が生じたり、「英国公使館のあの男」という具合に各方面に名前や顔も売れ始めているようである。サトウは、よく在る日本の姓“佐藤”に通じるが、本人は“薩道”などと自称することがあったようだ…

第3巻辺りになると、明治維新の歴史で名前が売れている人達が英国公使館関係者等と接した経過が出て来て、そうした辺りも非常に興味深い…

とりあえず第3巻までを愉しんだが、「手応え」はズッシリ重い…

『遠い崖 2』

幕末期に活躍した英国人外交官アーネスト・サトウの日記を軸に、多数の“一次史料”(当事者の手による文章類)を丹念に紐解き、激動した時代を多面的に、また深く探り出すシリーズである。

↓第2巻はかの薩英戦争など、“攘夷”に対する英国の行動に焦点が当てられている。

遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 2 薩英戦争

生麦事件を巡る処理は主に代理公使のニールが指揮を執り、続く下関での長州による外国船砲撃を受けた四国連合艦隊による遠征については、一時帰国から戻ってきたオールコックが指揮を執っている。ウィリスの書簡等では、ニールとオールコックのやり方の違いが「その下で働いている者の目線」で率直に綴られていてなかなかに面白い。

薩英戦争では、鹿児島の街を英国艦隊が焼き討ちにしたことや、薩摩の洋式船を拿捕した経過等が本国で大問題になった経過が在り、オールコックが下関を巡って“力”を行使したことは外務省の幹部達から批判されてしまう。

こうしたことに関連して、通信の往来に数ヶ月を要していたという当時の事情が在る。オールコックの対応は、“攘夷”で揺れていた情勢を平穏化させたという意味では、寧ろ当時の人達に歓迎されるものであったのだが、外務省の高官達にはそういう情勢に関する情報が余りにも届いていなかったのだ…

“攘夷”に揺れた当時という140年以上も前の情勢が、多数の“一次史料”が丹念に引かれていることによって、何か「最近の出来事」でもあるかのようにドキュメンタリー風に浮かび上がる…もっとも、長い歴史の中で「140年と少し前」というのは“最近”かもしれないが…

本作の“主人公”的な位置付けのサトウも、どんどん日本語に習熟し、日本研究をも志すようになってきている…

『遠い崖 1』

その存在はかなり以前から知っていて、何か気に掛かっていた作品ながら、何となく手を伸ばし損なっている…そういうものは意外に在るような気がする。

↓何となく思い付いて第1巻を入手して読了したその作品…随分長く気に掛かっていて、漸く手を伸ばした…

遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 1 旅立ち
↑全14冊という超大作の第1巻…「途中までになっても構わないから、とりあえず読んでみたい…」と思い立った次第である。

本作は幕末期に活躍した英国人外交官アーネスト・サトウの日記を軸に、彼の同僚ウィリスが遺した家族宛の手紙、彼らの上司であった公使のオールコックやパークスが遺した報告や外務省幹部宛の書簡、日本側で彼らと接した人々が残している書簡等々の“一次史料”(当事者の手による文章類)を丹念に紐解き、激動した時代を多面的に、また深く探り出すというものである。

歴史年表などには、この時代の様々な出来事がビッシリと載る訳だが、それだけでは判り難い“隙間”が多々在ると思う。本作は、そういう“隙間”を埋めてくれることが期待出来る力作だ。

アーネスト・サトウ…「Ernest Satow」と綴る。一族はバルト海沿岸の出らしい。東欧方面なら「Satow」は「サトフ」とでも読むのかもしれないが、この一族は英国に定着して以降「サトウ」と言っているそうだ…

この第1巻は、本作で扱われる日本で活躍した人達の晩年の様子等を探るべく、著者が英国などを訪ねた経過が紹介され、サトウやウィリスの出自や日本へ渡るまでが説かれている。

サトウが日本へ渡る前、彼は「とにかく漢字に馴染む必要が在る」というオールコックの意見で、中国に暫く滞在してから日本入りしている。日本では代理公使ニールの下で日本語を学びながら仕事を始めるのだが、間もなくあの生麦事件が起こってしまう…

いきなり、かなり大変な事態からサトウの日本での仕事は始まったのだ…生麦事件のような大変な事件の引き起こす波紋は第2巻に詳しい…

第1巻には英国を訪ねた経過が綴られているが、著者が英国を訪ねた時期は1970年代半ばの北アイルランド紛争が激しかった時期で、それを窺わせる描写も生々しい…

本作が、私が手にしている文庫本として登場したのは2007年であるが、これは最早「読み継がれている古典」である。「確かな手応え」を感じさせてくれる第1巻だった…