ペットボトル入りのビール…

“ビール”と“ペットボトル”…余り結び付かない…

↓サハリンへ行くと、ペットボトルに入ったビールが売られている…
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“ビール”というのはなかなかに繊細で、光に当ると劣化するらしい…そこで壜は茶色なのだが…サハリンでは茶色のペットボトルに入っている…

サハリンで視掛けるペットボトルのビール…地元の会社で造っているものが多い。というよりも、ロシア全土に出回っていて、日本でも一部輸入されていたり、日本国内のロシア料理店等でも出ているようなビールは、普通に硝子壜や缶に入っている…「ペットボトルのビール」は、言わば「サハリンの地元の味」ということにもなる…

ユジノサハリンスクの店で頻繁に視掛けることも在るが、私は稚内港からのフェリーが到着するコルサコフで製造されているものが何となく気に入っている。写真はそのコルサコフの会社のものだ。私にとって、これは「ホテルの部屋で戴くソフトドリンク」として“定番化”しているが…

↓コルサコフの会社のサイトが在った…
>>Северная звезда(ロシア語)
↑この会社ではビール以外にも色々と製造している…“クワス”という、ロシアに独特な飲料や、ミネラルウォーターも好い。

私自身は試したことはないが…このペットボトルのビールを持ち帰って、少し経ってから呑むと、何となく品質が劣化してしまうのか、サハリンで呑む時のような感じとは異なるのだという…「土地の味は地元で楽しむ」のが善いということか…

サハリン州郷土博物館…

サハリン州郷土博物館の建物は、「ユジノサハリンスクで最も有名な建物の一つ」と言って差し支えないと思う。初めてサハリンを訪ねる同行の皆さんと共に、この博物館に立ち寄って見学をした…

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地元の歴史等を伝える“博物館”に類する場所で、その「建物そのもの」がなかなかに価値が在って立派なモノであるという事例…意外に在るようにも思うが…ユジノサハリンスクで視掛けるこの博物館も、「先ず、建物そのものが、大変立派な“展示品”だ」と何時も思う…

何かの都合で変わる場合も在り得るのだが、ユジノサハリンスクのサハリン州郷土博物館では概ね下記のような展示が視られる…

1階左側:古生物、自然、動物
1階右側:考古学系のモノ、北方少数民族関係
2階左側:19世紀から20世紀前半の歴史
2階右側:第二次大戦期以降の歴史

こういう具合なのだが…1階から2階へ階段で上った辺りで来館者を見詰めている銅像が在る…

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この人物…ゲンナージー・イワノヴィチ・ネヴェリスコイという…

ネヴェリスコイは19世紀のロシア海軍の軍人だ。1853年に、今日のコルサコフに砦を築いた人で、それまで“タタール湾”とされていた箇所を“海峡”と改めたとされている。「タタール海峡」…要するに「間宮海峡」であるのだが…

サハリンでは、このネヴェリスコイは「地域を拓いた先人」として大変な敬意が払われているようだ。樺太時代には“本斗”と呼ばれていた街は、このネヴェリスコイに因み、1946年に“ネヴェリスク”と改名して今日に至っていたりする…

サハリン州郷土博物館には、このネヴェリスコイも含め、サハリンへやって来た航海者達も紹介されている。日本関係の最上徳内、間宮林蔵、松浦武四郎という辺りも確り紹介されていた…

やや厳しい感じで博物館を訪れる人々を迎えているネヴェリスコイ…辿り着いた極東の島が資源ビジネスで注目されている今日の様子など、想像だにしなかったであろうと想いながら像を見上げるが…同時に「こういう顔や体格のおじさん…意外に視掛ける…」などとつまらないことも思ってしまう…

↓1階左側に、にこういうものが展示されている…
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旧い哺乳類の骨格が化石化したものである。水辺に棲んでいたと考えられる“デスモスチルス”なる動物であるという。カバのような動物ということになるのか?

殆ど全部の骨が在り、“デスモスチルス”なる動物の姿を伝えてくれるこの化石だが、サハリン州郷土博物館に在るものは精巧なレプリカである…

これの“本物”(オリジナル)は、札幌の北海道大学総合博物館に在る。レプリカは、北海道とサハリン州との善隣交流に寄与すべく、北海道大学総合博物館がサハリン州郷土博物館に贈ったモノのようだ…

この化石は、樺太時代に当時の“北海道帝国大学”(現在の北海道大学の前身)の調査チームが樺太に出向いて発掘した代物である…

北海道大学総合博物館サイトに在る“データベース”に下記のような説明が記載されていた。
デスモスチルス
Desmostylus hesperus
哺乳類 MAMMALIA
産地 ロシア連邦サハリン州スミルヌィフ地区スミルヌィフ町旧気屯川支流初雪沢4号堤(樺太庁敷香郡敷香町気屯・気屯川支流初雪沢4号堤)
【旧】 樺太敷香町気屯川支流初雪沢4号提
【英】 Smirnykh, Smirnykhovsky Dist., Sakhalin Oblast, Russia
年代 新生代新第三紀中新世
地質 本斗層群内幌夾炭層

「樺太敷香町」(からふとしすかちょう)とは、現在のポロナイスクである…北緯50度線の少し南側の東海岸に在る街だ…そして「気屯」(けとん)はもう少々内陸にあたり、現在はスミルヌィフという別な町ということになっている…私自身、残念ながらポロナイスクやスミルヌィフを訪ねたことはないが…

館内の写真を載せているが…50ルーブルの入場料の他に、70ルーブルを支払って許可を受けると館内での写真撮影が許可される…

↓建物の周りは2000年代に入って綺麗に整備され、市民の憩いの場になっている…
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↑この日は、市内なのか他所から来ているのかは判らないが、児童生徒の団体が存外多く来ていた…この庭で記念写真を撮っていた。記念写真と言えば、この場所で記念写真を撮る新婚カップルもよく視掛ける。この日は居なかったが…

建物は「コンクリートの建物に、和風な瓦屋根を取り付ける」という、1930年代に日本で流行った“帝冠様式”というもので建てられている。日本国内でも、この時代の建物、この様式に数えられる建物は限られたものしか残っていないが…広大なロシアでも、こんな様式の建物はこれ位なものであろう…

この建物は、1937年に竣工した“樺太庁博物館”だった。1946年のソ連化以降も博物館として使用され続けている。“機構”としては、「アレクサンドロフスク・サハリンスキーに在ったサハリン州郷土博物館」が“移転”という型になっていて、「博物館の歴史」は「アレクサンドロフスク・サハリンスキーで興り」という所から綴られるのが現在の通例のようだ。

↓中の階段もなかなかに堅牢そうだ…
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↑こういう雰囲気…「軍隊の司令本部か何か」を想わせるが、ここは飽くまでも博物館である…

↓偶々、出入口辺りをゆっくり眺めてしまった…
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↑扉に「菊の御紋章」が浮き彫りになっている…

扉の「菊の御紋章」に初めて気付いたのだが…また改めて訪ねると、新しい発見が在りそうである…

不思議な感じ…

早朝には、サハリンのラジオ放送を聴いていた…そして現在、見慣れた稚内の様子を眺めている…

↓ユジノサハリンスクの<シティーモール>で視付けた。1,890ルーブルだった。私が両替した時点で「1ルーブル=2円90銭」だったので、5千数百円という感じか…
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早朝からこれを着て船に乗り、今でも着たままだが…存外に温かく着心地が好い…

↓これを着た状態で望んだ稚内港の光景である…
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↑蒼い空の下に紺碧の海が波打ち、建造物の金属部が光を照り返す…

こういう具合だった稚内だが、現在は曇っている…

サハリン時間の早朝から動いているので、何やらダルくなってきたのだが…写真を少々整理していた…

wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, RU on JUN 2012' set on Flickriver

何か“頭の中”が多少フワフワする…短すぎる期間で“時差”の生活をしたからであろう…

宗谷沖から…

朝、ホテルから“得意”の24時間営業スーパーに行った。「船内用」に水を求めたのだったが…持ち帰る際に手が多少悴むような感じだった…

恐らく、サハリン滞在中の2泊3日で最も寒かった中、バスでコルサコフ港に向かった…ふと思ったのだが…「札幌・地下歩行空間を往来した回数」以上に「ユジノサハリンスク・コルサコフ間を移動した回数」の方が多いかもしれない…

港に行ってみれば…「約130名乗船」という話しで、出国手続を行う場所が込み合っていた…手続に時間を要し、最後の乗客が乗船したのは10時30分頃…定刻から35分程度遅れて出航した…

フェリー船内は、サハリンの若者の団体等も見受けられ、少し賑やかな雰囲気であった…往路には垂れ込めた雲で見えなかったLNG工場等も視ることが出来た。巨大なLNG船が行き交う様も見えた…

宗谷の陸地が見えるような、見えないような…という状況になって、EMOBILEが使用可能になった…

稚内港到着はサハリン時間の16時10分頃…日本時間では14時10分だ…往路も復路も、何やら少し浪が在ったが、船は然程揺れなかった…これは善い!!

早くも帰国へ…

「寝坊をしてはいけない」とホテルのモーニングコールを利用した。が、気が張っていたのか、コールの少し前に眼を醒ました…

考えてみると、サハリンでは随分とビールを頂いた…最近はビールよりも焼酎や日本酒の方が何となく多かったのだが…サハリンに着いた日の夜も、昨日の夕刻もビールを頂いていた他、ホテルの部屋でも“ソフトドリンク”ということにして、1.5リットル入りのペットボトルを1本空けた…

今朝も…少し雲が低く、薄暗い感じのようだ…

テレビを点けてみた。F1の中継が流れている。モナコGPのようだ…日本でも見掛けるようなF1の映像だが、ロシアのアナウンサーが何やら一生懸命喋っている。特段にコメンテーターやらゲストが居るでもなく、アナウンサーが物凄い勢いで喋っているスタイルで中継している。「シューマッハ」が「シューマッヒェル」と“ロシア語化”している…こういうのは意外に面白い…

それにしても…余りに呆気なく「出発の朝」である…

“季節不詳”…

「2泊3日」とは言うが…第1日は移動に終始し、第3日は朝早くから午後までが移動なので、サハリン滞在は“実質丸1日”も同然である…

その“実質丸1日”…「過ぎない」程度に入った予定をこなし、後は明朝に引揚げるのみとなった…

「あそこへ行っても?今は霧で…」という状態でも、敢えて行ってみたのが、ユジノサハリンスク市街の東側、スキー場になっている辺りの山である…

↓見事に街が霧に包まれている…
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こういう眺め…時には好い…眼下の競技場のスタンドがハッキリしている他は、何かぼんやりしている…

午後に入り、こういう霧は晴れた…

↓稚内を発ってからの写真…一部を早速整理し始めた…
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ユジノサハリンスク辺り…10℃を挟むような気温で推移した…日中、少しばかり陽射しが見受けられた短い間を除き、やや寒い感じだった…

私自身は、「半袖Tシャツの上に長袖シャツ、更にジャケット」という服装だったが、同行した皆さんの中には、そういう感じに1枚加えたような服装の方も在った…

「寒いですよね…」等と言葉を交わしながらホテルの前に佇む…ユジノサハリンスクの主要な通の一つを視ていると、色々な人達が行き交った…薄手のコートを羽織っている人、革ジャンパーの人、ジャージの上やフリースというような人、背広姿や何処かの制服姿の人…この辺までは判るのだが…薄手の長袖シャツ姿の人や、半袖Tシャツ姿の人…「寒くないのか?」という疑問を禁じ得なかった…何か“季節不詳”という按配である…

少しばかり陽射しが見受けられた短い間…立ち止まって厚手の上着を脱いで抱えている人も見掛けた…この時季、寒かったり、温かかったりが随分と目まぐるしく変わる…

“季節不詳”というようなユジノサハリンスクの状況に思い至ったが…或いは、稚内も似たようなものかもしれない…ユジノサハリンスクの場合は、稚内で見受けられる「北の海を渡る強風」が見受けられないので、少々趣は異なるのだが…

そんなことを振り返っている間に、“サハリン時間”(日本時間+2時間)で日付が変わってしまった…

国境(日ロ中間ライン)を通過…

時折、凄い風の音が聞こえて、稚内港の浪がやや荒い感じがした朝、稚内・コルサコフ航路の2012年運航が開始された…

「天気晴朗ナレド波高シ」という言葉が浮かんだが…フェリーは「船らしい…」という程度に揺れた程度で、特段に問題は無かった…一貫してやや雲は厚く、「滅多に見られない眺望」というものを愉しむには至らなかったことが多少残念ではあった…

↓今季運航から始まった新たなサービス…
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↑「国境(日ロ中間ライン)通過証明書」である!!実際にフェリーが国境を越えたところで案内が在り、配布が始まるのである…実に些細なことだが…こういうのは意外に嬉しい…「今季第1号」ということになる証明書であるが、1995年以来、現在の<アインス宗谷>が運航するようになった1999年以降「初めて」の“証明書”だ…

そしてコルサコフに着き、入国手続き等でやや時間を要し、同行するグループの皆さんが揃うまでにまた時間を要し、バスでユジノサハリンスクへ向かった…

ユジノサハリンスクで食事を摂るなどしていて、何時の間にやら時間が経った…「プラス2時間」のサハリン…日付が変わっていた…

「我、起床ニ成功セリ」…

「出掛けるので早めに起きたい」というような場面で、「我、起床ニ成功セリ」というフレーズが思い浮かぶ…私の中での“定番”なのだが…

晴れているようだが、多少風が強いような感じもする朝を迎えた稚内である。今日、船に乗るのだが…

今年も6月から9月で28往復が運航される予定の「稚内・コルサコフ航路」は、今日の“稚内港発”から今季運航が始まる。「船に乗る」としたが、今日はコルサコフへ向かう。復路は6月7日である…

パスポートやら、銀行で両替済のロシア・ルーブルなど、どうしても必要なモノを忘れないように確認して港へ向かうことになるが…拙宅でゆったりしていたのでは、そのうちに眠ってしまうような気もする…喫茶店に出て「朝の読書」に興じ、そこから港に向かうのが賢明かもしれない…

昨年は6月7日から6月9日でサハリンを訪ねたが…今年は6月5日から6月7日である…そう言えば…明日、6月6日でまた無駄に齢を重ねることになる…