『梅安冬時雨』

↓“仕掛人・藤枝梅安”の7冊目である…
新装版・梅安冬時雨 仕掛人・藤枝梅安(七) (講談社文庫)
新装版・梅安冬時雨 仕掛人・藤枝梅安(七) (講談社文庫)

本作は…“絶筆”である…作者、池波正太郎が他界する少し前までに綴っていた分を纏めてある…恐らくは、4冊目以降の他作品同様、「1冊程度の纏まった話し」を構想していたと思われるが…物語は完結していない…

本作もまた、「白子屋一党との抗争」が縦糸になりながら、物語が織り込まれている感である…

本作で、何処と無く“キーパーソン”的な感を抱かせてくれるのは、おしまという女である…

彼女は江戸の元締め、音羽の半右衛門の配下で、元締めが与える使命を果たす人物である筈なのだが…“敵方”の伊八の所へ入り込み、懐に入り込む“手段”として伊八と関係していた…伊八が排除された時、彼女は彼女の中の“変化”に戸惑う…やがてその“変化”を容れるような具合になっていく…

この“仕掛人・藤枝梅安”の各作品には、このおしまを含めて多彩な人物が登場し、それぞれの「心の揺れ」が巧に綴られている場合が非常に多い…藤枝梅安を執拗に狙う、白子屋一党の側の仕掛人―或いは“刺客”とか“暗殺者”と呼ぶべき雰囲気な劇中人物も多いが…―にしても、その「心の揺れ」が見事に描かれている…だから、このシリーズは面白い!!

本書は、作品の長さが中途半端になってしまっていることから、嘗て雑誌に掲載された、池波正太郎の取材旅行の写真や、雑誌関係者との対談等も収録されている。それも、“仕掛人・藤枝梅安”の世界観、池波正太郎の価値観を知る上で興味深いものであるように思った…

大変残念なことに、この未完の『梅安冬時雨』は完成を見ることはない…しかし…“仕掛人・藤枝梅安”は不滅だ!!思い付いて出会ったこのシリーズ…大変に幸いな出会いであったと思う…

『梅安影法師』

↓“仕掛人・藤枝梅安”の6冊目である…
新装版・梅安影法師 仕掛人・藤枝梅安(六) (講談社文庫)
新装版・梅安影法師 仕掛人・藤枝梅安(六) (講談社文庫)

本書は『梅安影法師』に一冊を費やしている…

白子屋一党との抗争は続いている…前作では、藤枝梅安が自宅兼診療所で襲撃を受けた際、家事手伝いをお願いしているおせき婆さんが負傷したことに激怒し、白子屋菊右衛門その人を倒してしまった…しかし、彼を奇襲して仕損じ、そのまま逃げた仕掛人は生き残っていて、菊右衛門の腹心の部下で、江戸進出の先鋒を務めていた伊八も居る…

何か4冊目以降は、「白子屋一党との抗争」が縦糸になりながら、物語が織り込まれている感である…「密かに暗殺を請け負う」という貌と、「親身になって身体の不調を訴える人達の治療に努力」という貌との間に生きる藤枝梅安が、「辿り着かざるを得なかった地点」がこの“抗争”なのかもしれない…

未読の方の愉しみを妨げぬためにも、仔細は省くが…執念深く藤枝梅安を狙う白子屋一党との抗争は、手に汗を握る…

こういう局面であっても、本作が見せる“カラフル”な面は一向に色褪せない…寧ろ、「息詰まる戦いの背景」として、江戸の春夏秋冬の描写はより一層輝いている感さえ在る…

『梅安乱れ雲』

↓“仕掛人・藤枝梅安”の5冊目である…
新装版・梅安乱れ雲 仕掛人・藤枝梅安(五) (講談社文庫)
新装版・梅安乱れ雲 仕掛人・藤枝梅安(五) (講談社文庫)

本書には、前作の『梅安針供養』の後日譚という感の話しから始まる『梅安雨隠れ』と、一冊の殆どを費やしている『梅安乱れ雲』が収められている…

『梅安乱れ雲』では、大坂の元締である白子屋菊右衛門と藤枝梅安らの抗争が激化する…

抗争の原因を作ったということになる小杉十五郎は、白子屋菊右衛門との決着を目指して飛び出し、藤枝梅安は無茶をさせまいと後を追う…他方、白子屋菊右衛門は藤枝梅安を抹殺すべく2人の刺客を江戸へ向けて放った…東海道で繰り広げられる物語が、なかなかに面白い…

白子屋菊右衛門は大坂で当局にさえ一目置かれるような強大な勢力を持つに至っていたが、江戸へ進出し、江戸での勢力を拡大しようと企んでいる…これに対し、江戸で勢力を張っている音羽の半右衛門は、表向きは動きを見せないのだが、密かに動いていた…

藤枝梅安にも危機が迫り、鍼医者の傍らで“仕掛人”という泥濘に嵌っている自身の人生に関して、彼は思い悩むような様子だ…他方で、情け容赦の無い敵を排除しなければならない…

藤枝梅安と仲間の小杉十五郎、彦次郎のグループと、白子屋菊右衛門一党の抗争の行方…これは興味が尽きない!!

『梅安針供養』

↓“仕掛人・藤枝梅安”の4冊目である…
新装版・梅安針供養 仕掛人・藤枝梅安(四) (講談社文庫)
新装版・梅安針供養 仕掛人・藤枝梅安(四) (講談社文庫)
↑意図せず、駆け足に読了してしまった…

これまでの3冊は、「各編は独立した物語でもあり、一連の長編の一章のような様相でもある」作品が集められたものであったが、本作に至って「長大なシリーズの一部となる、文庫本1冊分量の物語」という体裁になった…『梅安最合傘』での各編が「一連の長編の一章のような様相」が濃くなっているようにも感じられたが、それに続く一冊で本当にそういう具合になった…

藤枝梅安と彦次郎は、江戸に舞い戻った小杉十五郎について気に掛けている。藤枝梅安は、「道場主の後継者」を巡る問題が拗れて江戸に居辛くなっていた小杉十五郎を、嘗て世話になったこともある大坂の元締め、白子屋菊右衛門に預けた…が…そこで小杉十五郎は“仕掛人”の道に半ば踏み込んでしまった…

藤枝梅安は、小杉十五郎をその“仕掛人”の道から抜けさせようとする…が、白子屋菊右衛門はそれを許さず、藤枝梅安を「勝手な振る舞いに及ぶ裏切り者」と考えて敵対するようになっていく…小杉十五郎にしても、江戸に居辛くなっていた状況は変わっていない…彼が已む無く斬った者達に連なる者達が、相変わらず彼を狙っているのである…

他方、藤枝梅安は通り掛った寺の辺りで、誰かに斬られて重傷の若い侍を助けた…親しい外科が得意な医師の手助けも得ながら、藤枝梅安は若い侍を徐々に快復させる…が、若い侍は襲われた時に頭を打ってしまったのか、記憶の一部がハッキリしない…

そうした中、藤枝梅安の所に“仕掛”の話しが…大身旗本の家中で起こっている騒動に絡むもののようである…そして、問題の家中の家紋は、藤枝梅安が助けた若い侍の着物に染め抜かれていたものと同じ家紋だった…

ということで…本作は、暗躍する仕掛人達の世界の暗闘、“お家騒動”的な事態、簡単に近付けない相手を狙う藤枝梅安グループの活躍、「豊かな才能に相応しない、恵まれない境涯」で微妙な小杉十五郎の人生、等の色々な要素が詰め込まれており、大変に興味深い…

「思い付き」でこういう愉しい作品に出遭えて、非常に善かった!!

『梅安最合傘』

↓どんどん読み進んでいる“仕掛人・藤枝梅安”シリーズの3冊目だ…
新装版・梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安(三) (講談社文庫)
新装版・梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安(三) (講談社文庫)

本書『梅安最合傘』には「梅安鰹飯」、「殺気」、「梅安流れ星」、「梅安最合傘」、「梅安迷い箸」、「さみだれ梅安」の6編が収められている。各編は独立した物語でもあり、一連の長編の一章のような様相でもあるのだが…小杉十五郎の案件が加わったことにより、「一連の長編の一章のような様相」が濃くなっているようにも感じられる…

未読の方の愉しみを妨げないよう、仔細には極力触れないようにしながら綴るが…小杉十五郎は「道場の後継者」の一件で反発する者達の襲撃を受け、已む無く彼らを斬り、藤枝梅安の援けで大坂に身を隠した…しかし、江戸で育った小杉十五郎は大坂で身を持余し、密かに江戸に戻ってきた…また、大坂でも色々と在ったことが示唆される…

この小杉十五郎の一件が縦糸になりながら、各編での出来事が横糸になり、「時代小説の古典」とも呼ぶべき作品という見事な錦が織り上げられている。『梅安最合傘』を読んで、そんなことを思った…

小杉十五郎は「一流の剣の腕」という豊かな才能を有していながら、恵まれない境涯に在り、故に“事件”が起こってしまう…と『梅安蟻地獄』を読んで感じたが、この『梅安最合傘』ではそうした「豊かな才能に相応しない、恵まれない境涯」という状況が際立ち始めるのである…

「豊かな才能に相応しない、恵まれない境涯」…逆に「貧困な才能に相応しない、恵まれ過ぎた境涯」というものも在り得るように思うが…こういうことは、何か「普遍性が高いテーマ」のように思う。

“時代小説”…何か「おじさんの娯楽の典型」のようなイメージを抱いてしまうような面も在るのだが…上述のような「普遍性が高いテーマ」が入り込んでいるような気さえすることも在り、「なかなかに棄てたものではない」という気がする…

『梅安蟻地獄』

『殺しの四人』を読了してスッカリ気に入った“仕掛人・藤枝梅安”のシリーズ…こういうものは、どんどんシリーズを読み進めてみたくなってしまう…

↓ということ
で…
新装版・梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二) (講談社文庫)
新装版・梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二) (講談社文庫)
↑シリーズの2冊目である…

本書『梅安蟻地獄』には「春雪仕掛針」、「梅安蟻地獄」、「梅安初時雨」、「闇の大川橋」の4編が収まっている。各編は独立した物語でもあり、一連の長編の一章のような様相でもあるのは『殺しの四人』と同様だ…

4編の中、「梅安蟻地獄」には新たな劇中人物として剣客、小杉十五郎が登場する。偶々出逢った女が、今際の際に「親の仇…」と金を出したので、その人物を追っていた…その人物は剃髪をしている医者なのだが、やはり剃髪している藤枝梅安と外見が似ていたので、小杉十五郎は藤枝梅安を尾行した…その一件を通じて、小杉十五郎は藤枝梅安や彦次郎と親しくなっていく…

小杉十五郎は以降も度々登場するようになる。そして一部のエピソードでは、“事の発端”に絡まってきたりする…

江戸時代には主家を持たない“浪人”という武士が多く居た。中には親の代に浪人ということになったので、幼少の頃から長じてまでずっと浪人という武士や、何世代か浪人の境遇が続いている例さえ在ったようだ…小杉十五郎は幼かった頃に父が浪人になってしまっているので、長くそうして生きてきた。が、剣の腕はなかなかのものであり、出入していた道場の師範代格となっていた…

小杉十五郎は「一流の剣の腕」という豊かな才能を有していながら、恵まれない境涯に在り、故に“事件”が起こってしまう…彼が出入していた道場の道場主は、小杉十五郎の技と人柄を見込み、親交の在った大きな道場の道場主に託した遺言の中で“後継者”に指名した。道場には有力な旗本の子弟や、それに連なる者も在り、「一介の浪人」に過ぎない小杉十五郎が道場の後継者になることに反発したのだった…そこで色々と起きてしまうのだ…

『殺しの四人』では、各々に医師や職人としての仕事を有する裏で仕掛人であるという藤枝梅安と彦次郎の独特なシビアさが込められた生き様が描かれていたが、『梅安蟻地獄』では「二人にとって、眼を離せない友人」ということになる小杉十五郎が絡み、ストーリーに厚みや広がりが加わっている…同時に、鮮やかな「江戸の四季」の描写の中で活き活きと、“表”も“裏”も綴られているのが大きな魅力も健在だ。

手頃な分量の各編が纏まった、非常に読み易い一冊で、素早く読了してしまった…

『殺しの四人』

特段に明確な理由が思い当たらないのだが…何となく“必殺シリーズ”が恋しいような気がする昨今である…2009年には久々のテレビシリーズが、2007年に放映された“スペシャル”の後を受けて制作・放映され、2010年にも“スペシャル”が在った…現時点で“新作”はそれまでである…

そんなことを思っていたのだが…「それなら“元祖”の小説が!!」ということに思い至ってしまった…

↓ということで入手し、読了したのがこれである…
新装版・殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) (講談社文庫)
新装版・殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) (講談社文庫)

“必殺シリーズ”は、池波正太郎による「仕掛人・藤枝梅安」シリーズに着想を得て、好評を博したのでどんどん制作されたテレビドラマで、小説とは関係が在るような、関係が薄いような面も在る存在である…

ということで…“必殺シリーズ”が恋しいような気がしている想いを孕みながら、「時代小説の古典」となっている作品をゆっくりと愉しむ昨今である。

この「仕掛人・藤枝梅安」シリーズは、基本的には“雑誌連載”であった小説で、池波正太郎が最晩年に至るまで永く書き継いだ作品である。

本書『殺しの四人』には、「おんなごろし」、「殺しの四人」、「秋風二人旅」、「後は知らない」、「梅安晦日蕎麦」と5編が収まっているのだが、これらは各々“連載1回分”だったのであろう。各編は独立した物語でもあり、一連の長編の一章のような様相でもある…

「仕掛人・藤枝梅安」シリーズの登場に至る以前に、「悪い奴を密かに葬ることを金で請け負う」という人物が登場する池波作品は何編か在ったようだが、“藤枝梅安”が登場したことでハッキリと“世界”が構築されたようだ…“仕掛”を依頼することを“起こり”と呼び、請け負った“元締”を“蔓”と呼ぶというような、独特な用語も、“藤枝梅安”の登場と共に確立したようである…

“藤枝梅安”…最早「定番の時代劇ヒーロー」かもしれない。表向きは腕の良い鍼医者で、裏では凄腕の仕掛人である彼は、藤枝宿で孤児同然の境涯に陥り、そこを京都の鍼医者に拾われ、その技術を学んで独立したという人物である。ある人妻と懇ろになってしまい、人妻の夫がそれを知るに及んだ時、人妻が「彼が強引に…」と嘘を吐き、夫に叩きのめされたことに憤り、女を殺してしまった…そんなことから諸国を彷徨い、結局江戸で仕掛人をやっている…

本作はそうした「定番の時代劇ヒーロー」の“誕生物語”とでも言うような要素が盛り込まれていた。

更に…本作には藤枝梅安の“相方”的な役目を担うもう一人の仕掛人“彦次郎”も登場している。彼も藤枝梅安と共に、このシリーズでは欠かせない…

このシリーズは、仕掛人が暗躍する場面の他、“表の顔”での働きや、“日常”が、鮮やかな「江戸の四季」の描写の中で活き活きと綴られているのが大きな魅力であるようにも想う。

非常に愉しいシリーズで…早くもかなり嵌っている…