“ブハーリン”とは?

不意に思い出した…

サハリンのユジノサハリンスクに在る大型商業施設“シティーモール”の3階に、ビアレストランの<ブハーリン>が在る。

↓店内のディスプレイが渋い…
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<ブハーリン>では、所謂“地ビール”を醸造している。3種類―ピルスナー系、エール系、黒ビール―のビールがなかなかに美味い。つまみにはソーセージ類が充実している。料金もリーズナブルな範囲だと思う。

この“ブハーリン”だが、命名の由来が少々気になった。

ロシアの歴史を紐解くと「ニコライ・イワノヴィチ・ブハーリン」(Николай Иванович Бухарин)(1888年9月27日 - 1938年3月15日)という革命家が居る。ブハーリンは1920年代の活躍が知られる人物なのだが…<ブハーリン>の店内も、何処となく1920年代辺りを意識したような、渋い内装だ…

サハリンで会った友人と<ブハーリン>を訪ねた経過を話した。同行した皆さんと、リーズナブルな料金で存外に楽しめたことから、「あそこは意外に好い」という話しをしたのだが、店の「命名の由来」に話しが及んだ。

↓昔の新聞風な、持ち帰っても構わない、チラシを兼ねたメニューが置いてある…
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私は「革命家のブハーリンから?」と尋ねたのだが、友人は「多分違う」と教えてくれた。

<ブハーリン>は“ブハーチ”という、「大酒を喰らう」という意味で用いられることが在る語から思い付いたものであろう、という話しだった…

↓その“ブハーチ”を露和辞典で調べてみた。
бухать(ブハーチ)
・鈍い音を立てる
・鋭い音を立てて投げる
・(一挙に大量のものを)どさっとぶち込む
・倒れる、落ちる、飛び込む
・うっかり言ってしまう(やってしまう)

「大酒を喰らう」というのは、多分「(一挙に大量のものを)どさっとぶち込む」から来ているのであろう。

<ブハーリン>が“ブハーチ”=「大酒を喰らう」から…一寸面白い…

サハリンの写真…

とりあえず、数は然程でもないが、7月29日の画を公開した…

↓ユジノサハリンスクのホテルから、霧が深まる中でコルサコフへ移動し、海路で稚内へ向かう道筋の画である…
wakkanai097 - View my 'The Way : Yuzhno-Sakhalinsk - Korsakov - Wakkanai on JUL 29, 2011' set on Flickriver

これで7月19日から7月29日に及んだサハリンの画は出した型になる…

↓これらを“コレクション”にもまとめた…
>Voyage : JUL 2011 - Sakhalin, RU

ユジノサハリンスク滞在…一箇所に10泊…こういうスタイルに関しては余り記憶が無い…私は旅行に出ると、忙しく方々を動き回ってしまう性質で、こんなことは珍しい…その滞在の期間中、一部の画は「現地から」どんどん“ギャラリー”に出していたため、帰宅後にはそれ程作業を行っていない…

今回は2台のデジカメを携行した。<DMC-TZ10><S95>である…

上記の写真の多くは<DMC-TZ10>によるものだが、<S95>で撮影した画は主にHDRに利用した…

↓HDRはこちら…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, RU on JUL 2011 ' set on Flickriver

ユジノサハリンスクでの画が大半を占めるが…あちらは暑かったという記憶が非常に鮮明に甦る画が多い…

対して…稚内はクールだ…更に…「プラス2時間時差」生活の“ダメージ”が何時までも抜けなくなってしまっている…

航海日誌:2011.07.29(海上から…)

残念ながら宗谷海峡の洋上は曇天である。遠景は海霧に霞み、よく見えない…

夜は日付が何時の間にか変わった中で休み、目覚めてみればやや明るくなっていた…

何時も旅行に利用する銀色のトランクに、その辺に出してあった荷物を慌しく詰め込んだ。そして朝食だ…

ホテルの朝食…美味しく沢山頂いたが…最後だ…食後に“喫煙可”のコーナーに陣取って、珈琲を頂くというのも…最後だ…

とりあえずチェックアウト…今般はホテルで多少“有料サービス”を利用している。クリーニングと電話である。が、それは利用翌日に「忘れないようにその場で支払が好い」とフロントに申し出て支払を済ませてあったので、特段に何もない。ロシアの規則で、間違いなく外国人客がやって来た旨を当局にホテルが届けて記録するようになっているらしいが、それの証明という、何やら“レシート”のようなものを渡されてお終いである。

お願いしてあった車が迎えに来てくれた…多少、忙しくなり始めた感の街を行く。ユジノサハリンスクは好天だったが、途中から霧が目立ち始め、コルサコフ周辺では曇天だった…

ユジノサハリンスク・コルサコフ間の行程…やや馴染みになった…朝の時間帯、「ユジノサハリンスク行き」は車が多い。通勤をしている人が多いようだ…「コルサコフ行き」の側は然程でもない…

コルサコフ港で手続を済ませて乗船した訳だが…今回は三十数名の乗船というようなことで、船内は空いている…

甲板で、サハリンで愛用していたイヤホンのFMラジオを引っ張り出し、聴いてみる…「殆ど音楽!!」という局が幾つも在って、サハリンのラジオは意外に好きだ。「サハリンの」というよりも、ロシア全土で流れている番組も多いようだが…

曲名やアーティスト名は知らない作品だったが…フェリー<アインス宗谷>の繋留策が巻き上げられ、ゆっくりと離岸する辺りにラジオで流れていた音楽が妙に好かった…作業の音…業務連絡のマイクを通した“曇った声”…これも多少馴染んだ様子ではあるが、何か見ていると独特な感慨も沸き起こる…

やがてイヤホンを使っていることに少々疲れ、何となく自動販売機でジュースを求めてみるなどして、船内をふらふらとする…

巨大なLNG船さえも遠くに霞む、「白い」状態だが、寒くはない。昨日までのユジノサハリンスク市内は、半袖Tシャツでも暑い状態だったが、今朝のコルサコフや海の上は「もう一枚…」というような按配である…

真昼間に航行している訳だが、何か「白夜の国の深夜帯の航海」を想像させるような…実に静かな状況である…

何やら見掛けたことの在る方に出くわした。サハリンと北海道内とを往来して仕事をされている、サハリンの方なのだが…このビジネスマン氏と挨拶を交わした後、先方の私への問いが…「何をなさっているんですか?」である…「この船で稚内へ戻っているのです…」という話ししかない…

やがてそのビジネスマン氏は…日本へ上陸・入国する外国人に求められるカードを抱えて、彼の娘のような年恰好の女性と共に現れた。女性の方は、パスポート数冊と、カード書式を何枚も持っている。その方は何度もフェリーでコルサコフ・稚内を往来しているので、些か馴れていて「これはこういう具合に書く訳だ…」と女性に向かって得意気に言い始めた…女性は、何か非常に珍しいものでも視るような様子だ…

そしてそのビジネスマン氏は…「彼女はね…家族で旅行にという訳で船に乗っている…」と始まった…「そうでしたか…」と聞いていると、ビジネスマン氏は女性に向かって…「君…もし判らないことが在ったら…彼に教えてもらいなさい…」と私を示す…「えっ?私ですか??」という按配だが…

その女性は、私に「“日本国内連絡先”なる欄に何を書く?」と尋ねる…それは宿泊するホテルの名前や電話番号を書いておけばよい欄だ…それを伝えた…そして、パスポートを見てロシア語アルファベットではなく、ローマ字で記載するように伝えた。彼女は肯いて、作業に掛かろうとする…

ビジネスマン氏は、持って来たペンで、何やらカードを一生懸命書いている…他方、女性の方は筆記用具を持っていなかった…私は、持っていたボールペンを貸してあげた…高校生位の年恰好にも、大人にも見えるような、不思議な感じの女性だったが、私のペンを手にカードに取り掛かり始めた…

ビジネスマン氏は何時の間にか行ってしまった…女性は、何度か書き損じてカード書式を丸めながら、恐らく同行している御一家の面々の分、カードを書いていた。やや在って、安堵の微笑を浮かべ、私にペンを戻して自分達の場所に戻って行った…

海は凄く静かだ…何か、海水が粘性を帯びていて、その中をフェリーが滑るようである…SF『銀河英雄伝説』に出て来る「宇宙要塞の表面を覆う流体金属」というようなものを思い浮かべる…船は…揺れない…やや荒い道を行く車やバスの方が…或いは電車の方が余程揺れるのではないだろうか…只管に、静かな海が眼前を流れる…だが、遠景は深い霧に包まれて何も見えない…

出航が若干だけ遅れ、到着もその分という中、霧の彼方に宗谷の陸地が判るようになった…もう30分位で稚内港に到着か?E-mobileを試す…ネットが繋がった!!!

それにしても…静かな航海だった…

航海日誌:2011.07.28(29)

夜は日付が変わった後になって就寝したのだが、非常に深く眠ったように思う。ビールを頂いたこともあるが、午前8時台から動き始め、日付が変わった後もデスクワークに勤しむ羽目で、多少草臥れても居たのであろう。明るくなり始めている時点での起床である。

窓から窺える今朝の様子だが…滞在期間を通じた状況と大差がない…今日も好天になりそうな感じである…

滞在している部屋は、窓辺が見えるような感じで机として利用できるインテリア―否!!これは机だ…―が据えられている。そこの椅子が、7月19日夕刻(夜)以来、作業する場所と寛ぐ場所とを兼ねていたのだが…これも明朝までである。

例によって窓を開けて戸外の空気を入れてみるが…朝はクールだ…稚内の場合、朝のクールな感じからの気温上昇は知れているのだが、ユジノサハリンスクではもう少し「グッと気温が上る」感である…この「グッと気温が上る」という感じ…何時もとは違う…「冷涼な地域に暮らしている」ということを妙に意識させられる…

巧いことを言う人が居た。「青森と函館」では、青森が南だが海が“北向き”なので、北ながらも海が“南向き”の函館よりもやや寒さが厳しく感じられる場合が在る。「稚内と南サハリンの都市」もこういうような関係かもしれないと…肯けるような感じもするが…厳冬期に関しては、“内陸”のユジノサハリンスク辺りと稚内とはかなり違う筈だが…

今日は、用事を抱えた滞在の中で“最後”の用事と、事後のデスクワークが在った…“最後”の用事はコルサコフで足さなければならない…

結局ユジノサハリンスク・コルサコフ間―何となく馴染んだ行程…―を往復する話しとなった…用事は順調に足りた…コルサコフでは、コルサコフ港で「出迎えた」型で出くわし、多少妙な感じも覚えたという知人と話す機会が在った…その話題に一寸触れると、“笑い”も出た…

そしてユジノサハリンスクに戻ってデスクワークである…そのデスクワーク…変に時間が掛かった…昨日、結果的に夜更かしになってしまったこと…更に…暑い…

実際、「深刻に暑い」地域に住む友人から「そちらは涼しそう」というメッセージも頂いたが…何やら街が乾き、陽射しが痛いような気にさえなる…多少歩き回ると、「全身の着衣に汗を溜め込み、それでもダラダラと汗が…」という状況で、少々気が遠くなる…“寒冷地仕様”人種な私には、非常に辛い…

ユジノサハリンスク市内だが…それなりに冷房も効いている場所が所々に在ることに気付いた…「夏は一寸暑い…」という地域である…友人の一人と「我々“寒冷地仕様”人種は、この時季は冷房をガンガンに効かせた所に退避するか、ビールでも飲んで寝るしかない…」等と言い合って笑っていたが…実際、今日はそんな気分だ…

今般の滞在を振り返ると、約2週間にも及ぶ期間の中、「尽く好天」という按配だ…稚内は海岸部で、しかも「3方向が海に開かれていて風も強い」ので天候が変わり易い…そうした「天候の変わり易さ」が感覚に染み付いているのか、「こんなに好天が続いている」というだけで、既に“非日常”である…

天候が非常に好いにも拘らず、道路面が濡れている場合もあるのだが…時折“散水”が行われているようだ…今日、その作業を行っているゴツい車輌を見掛けた…ロシアのゴツい車輌…何となく見栄えが好きだ…そのゴツい車輌が、妙に派手に、路上に水をぶちまけていた…

夕刻…「プラス2時間」である稚内のオフィスアワーの中で“用事”の内容を伝えるべくホテルの部屋で勤しみ、とりあえずそれが完了で安堵すると…マダマダ明るいことも気にせずに多少眠ってしまった…

眼を醒ましても未だ明るかったが…結局そのままホテルの部屋で過すことにした…

自宅に居る場合の、平日の夜…近所の店で夕食を愉しみつつ読書に興じる…呑みに出てしまう…写真を整理…というような様子が思い浮かぶのだが、ここでも多少写真の整理を…出先のホテルの部屋に居ながら、既に“自宅”気分である…考えてみると…2週間弱の旅行をすることは全く無い訳ではないが、「1箇所のホテルに逗留」というのは…記憶が無い…そう思うと、何か今更のように“新鮮な気分”である…

で…ラジオを適当に聞きながら整理していた写真は下記である…

↓7月27日のユジノサハリンスク・ネベリスク間の道路の様子…前半と終盤は普通の道路だが、中盤は悪路だ…
wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk - Nevelsk on JUL 27, 2011' set on Flickriver

↓悪路を越えて辿り着いたネベリスク…
wakkanai097 - View my 'Nevelsk on JUL 27, 2011' set on Flickriver

↓“好意的”に捉えれば、「夏らしい」ということになると思うが…7月28日のユジノサハリンスクの様子である…
wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 28, 2011' set on Flickriver

写真は整理しておけば、何かと利用も可能ではあるが…所詮は「道楽の一部」で、気を張る必要も無い作業なのだが…何となく「勤しむ」という雰囲気になっていた…何時の間にか日付も変わってしまっている…

「多少草臥れて眠った」というのが在るので、然程眠くはない…明日…否、今日はいよいよ帰国である…

↓因みに…現在利用している机で整理した写真を含むコレクションはこちらである…
>Collection: Voyage : JUL 2011 - Sakhalin, RU

航海日誌:2011.07.27(28)

昨夜はかなり深く眠った気がする…“早起き”傾向だったから、「眠たい!!」というのを溜め込んでいたのかもしれないが…とりあえず、今朝は「既に明るくなって来ている」辺りで起床だった…

今朝の空模様は、前日までの同じ時間帯よりも明るいような気がしている。出掛けなければならないのだが、悪くはない日和かもしれない…

例によって朝食を確りと頂き、“喫煙可”のコーナーで食後に珈琲…何か「一日の中で、最も好きな瞬間の一つ」という雰囲気になりつつある時間を過した…

今日は、ほんの少しだけ戸外に出て様子を伺った。ここの地形故に発生するのか、薄っすらと霧が出ていた…これは、天候が好くなる前触れであろう…未だ「清涼な朝の空気」という具合に若干クールだが、日中は暑い感じになるのかもしれない…

この数日の中では、最も早めな行動開始の計画なので、余りのんびりし過ぎるのも困る…遅れないようにしなければなるまい…

今日は日本海側のネベリスクを往復した。2時間強の行程を車で往復した型である…

不思議なもので、ネベリスク周辺は曇天であった…気温もユジノサハリンスク市内よりは多少低めであった…

ユジノサハリンスクから北西の内陸部に入り、途中から南西の日本海岸に在るネベリスクに向かう道路を2008年と2009年に利用した経過が在り、当時の“悪路”という以外に呼びようが無かった状況を思い出し、ネベリスク訪問が憂鬱だった…しかし!!道路はかなり改善された!!2時間強の行程の中、前半の1時間弱は普通で、終盤のネベリスクに通じる辺りの20分強は「道内の道路」風―経験に照らすと、何処と無く「興部から名寄に至る道路」を想わせた…―になっていたのに愕いた。両者の中間部分が、残念ながら“悪路”である…

ネベリスクは2007年に“直下型地震”に襲われた経過が在る…2008年、2009年頃は災害で傷んだ建物を壊すなどしていて空き地が目立ったが、現在は新たな住宅や公共施設がかなり増えている。「一寸変わった雰囲気」になっている街だった…

夜に地元ASTVの情報番組を一寸見たが…一日中好天だったユジノサハリンスクは30℃程度になったようだ…

実は用事を足す中で…「冷房が効いた部屋」にお邪魔した場面が在った!!冷房…素晴らしい!!

地元ASTVの情報番組と言えば…“稚内”が映った!!少し前に、ASTVのレポーターとカメラマンのコンビが、サハリンの新聞記者と共に北海道を訪ねた。その際、フェリーで到着してから列車で旭川に向かう途中で取材をしていたのだが、その様子が流れていた。“副港市場”が取上げられ、馴染みな様子や、顔見知りの人達が映っていた…国境を越えた場所のテレビでそうしたものを視る経験…少し不思議だ…

一応用事が済んだ後…事後整理に手間取った…時間が長くなるとどうしても効率は落ちるが…デスクワークに勤しみ、そのうちに日付が変わった…

何か…酷く長い一日だった…夕刻、近所のスーパーでビールを仕入れてあった…それを頂く…

航海日誌:2011.07.26

夜、休もうとしていたところで部屋の電話が鳴った…「何事?!」と思えばフロントからで、接触を図ろうと考えていた友人の一人が、電話を寄越して連絡先を残して在るという報せだった。これは朗報である!!

という、愉しそうな話しを胸に休もうとしていた間に、夜がどんどん更けた…

そして“朝”だが…また「暗い間」に目覚めてしまった…このままでは帰国後も「20時就寝・2時起床」のような、妙なリズムになってしまうかもしれない…そういうのも…「悪い」という訳でもないと思うが…

「多少の時間が…」ということなら…持込んだパソコンで、写真でも弄ぶのが愉しい…HDR画を創っていた…

↓2011年7月撮影(於 サハリン)のHDR画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, RU on JUL 2011 ' set on Flickriver

今回の滞在は好天な時間帯が長く、何となく写真も撮り易い…HDR画創りでも、なかなか鮮やかなモノが出来て愉しい!!

明るめな時間に入った当初、何やら霧が出ているようにも見えたのだったが、程無く「輝く青空」が覗き始め、建物の壁に強めな朝陽を浴びせている様が見受けられるようになった…今日も好天だ!!だが、朝の間は空気がややクールだ…日中との温度差が大きいようだ…

日中は27℃程度にはなっていると思う。深刻な蒸し暑さの地域から見れば「爽やかな暑さ」というようなことになるのであろうが…冷涼な気候に慣れ過ぎている私のような者には…これでもキツい…何か「活動すること」が即ち「衣服と身体との間に汗を溜め込む行為」となってしまう…汗で消耗してしまう…

「こういうのはいけない…」と、今日は早目に用事を切り上げて、とりあえずデスクワークを少々しながら明日に備えることを基本とした…早目に切り上げた用事の中で多少打合せを行ったのだが、明日は少し早目に出掛けなければならない…更に出先から戻っても用事が在る…エネルギーを蓄えなければなるまい…

ホテルからそう遠くない場所で、未だ詳しく視ていない場所も多く在るので、今日はそんな辺りを少々覗いてみた…

ホテルに近く、大変に重宝しているスーパーにパンのメーカーの看板が出ている。それと同じマークを掲げた、瀟洒なカフェを発見した…

中を覗くと、スーパーではマークの入った袋に入って棚に並んでいるモノと同じパンが棚上のトレーに綺麗に並べられている。ショーケースにはケーキ類やサンドイッチも在る。何やら飲み物のメニューも色々と在る…

日本でも“ベーカリー・カフェ”とでも言うのか、「パン屋兼喫茶店」というような感じの店が在るように思うが、正しくそういうような按配の店になっていた。比較的新しい戸建の店で、店の前は“オープンカフェ”で若干のテーブルと椅子が並ぶ。好天なので、そこで何やら談笑している人達の姿もあった。奥が製パン所になっているようで、客が入る店は然程広くは無かった…

とりあえず、「ケーキ」と言うのか「少々高級感の在る菓子パン」と言うのか、よく判らないが、少々甘味も在るモノを齧って、濃くて熱い珈琲でも頂こうと思い立った。ユニフォームを着用した何人かの店員さんの間で、私服姿の女性が何やら仕切っていた。“小売店舗担当マネージャー”とか“店長”という感じの仕事をしている方なのだろう。レジ前に居て、何となく私の順番風になったタイミングで、その女性が「御注文を伺います」という按配で話し掛けてきた。私は、目を着けた菓子の前に在った、何やら読み難い名札を読もうとしたが、何か非常に読み難かったので「一番下の段…左側の3種類の真ん中のやつ…」と言うと、彼女は回り込んでケースを見て「かしこまりました」という風に準備をしてくれようとした。何やらビニール袋のようなものに手を出しているので、私は“持ち帰り”の包装でもしようとしているのかと思い、「こちらで頂きたいのですが…」と言ってみると、彼女は微笑んで肯いた。彼女はビニールの、使い捨ての手袋を出し、菓子を取り出す際に着用したのだった…

紙皿に菓子を…そして紙コップに珈琲…カジュアルな感じだ…何度も入っている喫茶店よりも単価は安価である…長居には向かないが、なかなか好きな感じだ…

私が頼んでみた“エスプレッソ”には、専用の小さめな紙コップを確りと使っていた。随分以前だが、米国のカフェで“エスプレッソ”を頼むと、汎用の大きな紙コップに少量のエスプレッソが入ってきた…“中身”に対してお金を払っている訳で、それはそれで構わないのだが…あの時は、何か“満足感”が少々損ねられた気がしたものだったが…このサハリンのカフェは、そういう辺りがなかなかに好い!!

“菓子”の方は、酸味と甘味が巧く混じり合ったクリームがタップリ入った、なかなかにヴォリュームの在る代物だった。

その“菓子”と“エスプレッソ”を愉しんでいると、英語が聞えてきた…私の少し後に、欧米の何処かの国から来て滞在していると見受けられる男性が現れ、何やらサンドイッチを求めていた。私に対応してくれた女性がその方にも対応していたのだが、彼女は確り英語を話していた…

「なかなかに好い場所を視付けた…」と思いながら、更に少々歩いた…以前から気になっていた“日本の化粧品”なる看板のテナントが入っている、一寸したショッピングセンターに入ってみた…“キーテナント”的なスーパー以外は、寧ろ空いている時間帯だった…

“日本の化粧品”なる看板のテナントの前を通って様子を見た。近所のスーパーで見た覚えのあるシャンプーやリンスから、台所用の洗剤に至るまで、様々なものが「“化粧品店”然」とした、硝子張りで間接照明風になったモノトーンのブースに並んでいた…何か不思議な感じだった…

今日、用事を足していた合間に「8ルーブル90コペイカ」のボールペンを2本求めた…3本持って来ていたものの中、2本は結構以前から使っていたものだったが、何となく書けないので確かめると…インクが無くなったので棄てた…1本だけが残っている状態が不安だったので、ボールペンを求めるに至った…「出先でボールペンを求めた」というのも余り記憶が無い…或いはこれも、今回は出先に居る期間が永めになっていることの証左かもしれない…

夕刻、友人と会うことが叶った。先方も平日で仕事が在るので、やや遅めな時間になっていたが、暮れなずむ街を一寸ドライブし、車中で互いの近況等の話しをしていた…街の南側を眺望できる高台から、灯りが点き始めた街を眺めた。これがなかなかに美しい!!日曜日に歩いた“勝利広場”から西側へ延びる通などは殊更に強い印象を受けた…

そう言えば、途中で車に給油をした…こちらでは“98”、“95”、“92”と数字でガソリンの質を示す。数字が大きい程に高くなる…1lの価格が28ルーブルというような按配だったが、友人は「概ね1ドル」と言っていた。最近はその位のレートだ…

wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 26, 2011' set on Flickriver

愉しい時間も少しだけ過したが、今日は「とりあえず暑い…」感じだった。明日は朝から夕方まで…色々と在りそうな感じだ…

航海日誌:2011.07.25

昨夜は休んだのが暗くなってからだったが…今朝は暗い間に眼を醒ました…

暗い間…若干のデスクワークに勤しんでいた。そうしながら戸外の様子を伺うが、今朝は些か雲が厚めな感じがする。7月19日の上陸から昨日、7月24日まで好天が続いていたのだ…そろそろ、曇りの日にもなろうというものだ…

ホテルの朝食だが、概して非常に好い。今朝も確り頂いたのだったが、土曜日、日曜日と違って、「これから仕事に…」という宿泊客の皆さんが多く利用していた。金曜日までに見掛けた記憶が在る方の姿も在った…「休日と平日」の差は歴然だ…

朝食後の、これまでは空が蒼い輝きを見せ始めた時間帯に入ったが、相変わらず外は曇天の下だ…そして…昨日までの様子と比べた相対的なものながら…やや肌寒そうな感じになっている…

スッキリしない天候の中、朝から動き始めた。平日の朝と言うことで、異様なまでに車の通行量も多かった…そんな様子を視ながら活動を開始すると…天候が次第に好転してきた…空が蒼く輝き始めた…“ワイシャツ+ネクタイ”がやや心地悪い塩梅になってきた…

用事とデスクワークに勤しんでいた間に、天候はどんどん好くなり、多少暑くなってきた…何となく外には“夏の装い”という感じの通行人が増えてきている…

用事の合間に両替を行った。事前に稚内の銀行で5,000ルーブルを用意したのだが…2千円をこちらで両替した。「100円=34.2ルーブル」というようなレートだった。「若干の円高?」と思えた…だから、どうしたという程でもないのだが…

結局暑い一日だった…午後の一時、スッカリ気に入ってしまった<カフェ・ノーメル・アディーン>(Кафе№1)で寛いだが、それ以外は何やら用事とデスクワークに明け暮れ、夕刻はコルサコフまで出向いて、ユジノサハリンスクに引揚げてから軽作業が在って、何か妙に草臥れた…

コルサコフでは…フェリーで稚内から到着した知人を迎える型になった場面も在ったが…何か不思議な気分だった…「コルサコフの皆さん、ようこそコルサコフ港へ…」と稚内の人間が言っているような按配である…

どうも、暗い間に眼を醒まし、暗くなりかけてきた中でまだ眠っていないが…大変にだるい…

日中、細かい野暮用で稚内に電話した…こちらで好天になっていた中、あちらはやや雲が厚かったようだ…電話の相手は「体調は?」と気遣って下さったが、こちらでは元気一杯に朝食を頂き、日中は動き回って夜は早目に休む按配で、暴飲もしていないので、非常に調子は好い…こちらに上陸したのは先週の火曜日だったから…1週間経過した…

wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk & Yuzhno-Sakhalinsk - Korsakov - Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 25, 2011' set on Flickriver

明日、火曜日は「相対的に忙しくない」ように思えるが…どういう一日になるか?

追伸

サハリン滞在中の写真を“コレクション”に纏めた…

>Voyage:JUL 2011 - Sakhalin, RU

その外、HDR画も…

>Photomatrix - Sakhalin, RU on JUL 2011

航海日誌:2011.07.24

未だ明るかった、昨日の午後8時台だった…横になって居眠りしてしまった…気付いてみて暗くなっていて、更に眠った…そして気付けば…朝だった…7時頃になっていた…静かな日曜日の朝である…

朝食は確りと摂ったが、食堂は…“貸切”だった…食後に“喫煙可”のコーナーで珈琲を頂くのが、朝の小さな愉しみのようになってきている…地元稚内でも、朝から喫茶店に入ってゆっくりすることが在るが、それに多少近い感じで、なかなかに好い…

そうしていた間に…空が蒼い輝きを増していた…今朝も好天である。部屋の窓を開け、朝の多少クールな空気を採り入れてみる…序でに戸外の様子を伺うが…車輌や通行人は少なめだ…とりあえず日曜日なのである…

朝の間…部屋で多少デスクワークに勤しんだが…今日も好天だ…“日光消毒”…戸外を歩いてみることにする…

<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>という、冬季にはスキー場となっている場所まで市内バスで行ってみた…ホテルから市役所前を抜け、東側に曲がった辺りに在る映画館の前のバス停に向かい、目指す“勝利広場”の辺りの広場を通るバスに乗る…

“バス”と言っても、30人や40人は乗れそうな大型のものの外、10名程度を乗せる、寧ろ“ワンボックスカー”のような代物まで様々だ…今回は“ワンボックスカー”のような代物に乗った。運転手さんに15ルーブルの現金を渡して乗る…

“勝利広場”…T34戦車が飾られてある広場だ…辺りにはスタジアムが在ったり、人々が寛ぐ公園が在ったりする。家族連れが散策をしていた他、何やら日光浴をしている人達も見受けられた。多分家族なのだろうが…「草むらに水着の男女と裸の幼児」というようなシュールな光景にも出くわした…

そういう辺りを抜けると<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>に辿り着く。営業開始には間が在ったので、持っていたラジオを聴きながらベンチに腰を下ろしていた…モスクワからの放送を中継でそのまま流すような按配の局も在れば、サハリンで番組を制作して流しているらしい局も在り、ラジオは存外愉しい。概して音楽が多い…

やがて券売窓口が開き、ゴンドラに乗る。家族連れ等で思ったよりも賑わっている。料金は「上って、下りて」の一回りで150ルーブルである…

ゴンドラは、人が乗降する場所ではゆったりとしているが、その乗降ゾーンを離れると加速して、また速度が落ちるのだが、それでも存外早い。そして、頂上までは15分弱を要する…酷く高く感じる柱に張ったワイヤーに乗り込んだゴンドラがぶら下がっている…街が「飛行機の窓から」のような感じで見え、更にゴンドラの中から山上の地面までも高く、意外に迫力が在る…

山頂辺りには、エアドームになった売店が入ったスペースと、テーブルや椅子が在って、訪れる人々が寛げるようになっている。山頂辺りからは主に街の南側が見える…

山頂で多少寛ぎ、ゴンドラで下りてきた…何やらパラグライダーに興じている人が居るのも見えた…とにかく陽射しが眩しい日だ…

陽射しに照らされて多少消耗しながらも、T34戦車が在る広場から延びる道を歩き始めた…

飲料水を求めようと、近くのスーパーに入った。500mlの水のペットボトルが21ルーブル…これを求めたのだが、レジのおばさんが気付いた…「これ…冷えてないですよね?冷えたの…お持ちしますか?」と言い出し、「お願いします」というつもりで肯くと、おばさんはスタスタと売場に向かい、他の従業員に「これの冷えているやつは無いの?」と言いながら、素早く冷えたペットボトルを持って来てくれた。「ありがとうございます!!」という状況である…

おばさんが気を利かせてくれて、冷たい水が当たった。それを呑みながら通をゆっくりと移動する。東側から西側へ動く型だった。

広場やスキー場を望む辺りに、建設中の高層住宅が在った。完成前から売出しが始まっていて、「ローンを組んで購入」というような大きな広告が掲示されていた…

途中に学校が在って、「“スクールゾーン”につき減速」と運転者に呼びかける看板が見受けられたが、何か「新しいモノ」のように見受けられた。

少し旧めな住宅が見えると…壁面に「1917-1967」とか「USSR 50」というような壁画が在った…ソ連時代、「革命50年」とか「連邦制50年」というようなことで住宅整備が推進された…という歴史を壁が語り掛けていた…

やがて、都心を南北に走る、ホテルに通じる通に出くわした。陽射しに晒されて疲れたので、とりあえずホテルを目指した。途中、一寸知った顔に出くわして挨拶を交わして立ち話をしたが、何とかホテルに辿り着いた…すると…部屋は清掃作業の真っ最中だった…

再び外に出たが…明日に疲労も残したくないので、近所のカフェに入った…2杯の珈琲を頂いて粘り、持込んだパソコンで多少デスクワークもしてみた…「出先のカフェでデスクワーク」…何やらスタイリッシュかもしれない…

ということだが…今日は昨日程でもないが存外に歩き、“日光消毒”も出来た…多少、赤い顔をしている…酒を呑んでいるのではなく、日焼けだ…

それにしても…“夏の装い”風の人、大人の男性や子どもの裸が何となく目立つ一日だった…そして…静かな日曜日だった…

wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 24, 2011' set on Flickriver

明るい時間帯が続いているのだが…月曜日は朝から予定も色々と在る…早目に休んで備えることにしたい…

追伸

サハリン滞在中の写真を“コレクション”に纏めた…

>Voyage:JUL 2011 - Sakhalin, RU

その外、HDR画も…

>Photomatrix - Sakhalin, RU on JUL 2011

航海日誌:2011.07.23

日付が変わってから休んだのだが…起き出した時間帯は前日までと変わらなかった…少々不思議だ…昨夜は酒類(ウォッカ少々+ビール少々)を頂いたので、眠りが深かったのかもしれない…

既に同行した皆さんは帰国してしまっていて、今朝は集まって出掛けるでもないので、朝は多少ゆっくり動き出すこととした…

この数日は「暗い?一寸日が差してきたかな?」というタイミングで動き始めていた感だが、今朝はもう少々ハッキリと「日が差してきている」と判り易い時間帯に動き始めている。

朝食を頂くホテルの食堂だが、今朝は何時もより閑散としていた。平日は、何やら朝から用事に出掛ける人達やら、朝にチェックアウトして出発する人達で賑やかな感じであったのだが、今日はそういう人が少ないのであろう。

戸外に出てみた。今朝も好天だ。ややクールと言えないこともないが、半袖Tシャツで出て、差し支えはない…何時もは車の通行量や歩行者が増え始める時間帯だが、今朝は両者共に少なめである…“休日”ということなのであろう…

何となく部屋の窓を開けてみた…室内に流れ込む空気は爽やかな感じではあるものの…表通に面しているので、やや通り過ぎる車の音が気になる面も否めない…通の反対側に見えるビルの、白系の外壁が朝陽を受けて白さを増して見えている。ビルの背後に雲は見えない…

多少、昨日から残っている書き物に着手したのだったが、途中で何気なく横になると…居眠りをしてしまった…外を見ると“早朝”的なイメージを何時までも引き摺っていた様子が少し変わり、「休日の午前中」というような雰囲気になっていて…非常に天候も好い…戸外に出てみることにした…

戸外に出て何気なく駅の傍に行ってみると、<シティーモール>の“無料送迎バス”が待機中だった…これで<シティーモール>を往復した。先日求めた「サッカーのロシア代表チームキャップ」に合わせてトラックジャケットでも求めようと思ったのだったが…残念ながらサイズが無く、断念した…

あの大きな施設の中を色々と見たが…偶々来ていた黄色のTシャツが一寸問題だった…家電のテナントの従業員が同じような色のTシャツを着ていた…家電のテナントを何気なく眺めていると、不意に店員に何かを尋ねようとしている人に声を掛けられたが、先方も直ぐに「“通り掛かり”その一」である旨を認識してくれたようだった…

家電のテナントには、何のためのモノで、どのように使うのか想像し難いような商品も在ったが…パソコンやデジカメのような、個人的に身近な部分では、「表示してあるルーブルの価格の“×3か4”で、日本の店でも在るな…」というものが色々と在って面白かった。パソコンやデジカメに関しては、日本ではやや馴染みが薄いメーカーの品物も興味深かった…一つ「買って帰ろうか?」と思ったのは…USBで繋ぐらしいパソコン用のキーボードで、ロシアで利用されている、キーのアルファベットの脇にロシア文字が入っている代物だった。400ルーブル位のモノが在った…結局求めてはいないが…

都心部の駅辺りに戻ってからは、<ガガーリン公園>を目掛けてゆっくりと歩いた。陽射しもキツくなって来ていた…途中のスーパーでトニックウォーターを求め、それを飲みながら公園に辿り着き、ベンチで残ったものを飲んでいた。

<ガガーリン公園>のベンチに座っていると、「ホテルで見掛けたような?」という方が通り掛った。挨拶を交わし、暫し座って話していた…色々と御苦労を重ねながら仕事をされているというお話しも伺ったが、「好天なので戸外を多少歩き回って、“日光消毒”で元気にならなければ…」等と言いながら別れた…

<ガガーリン公園>内は、家族連れなどで少々賑やかだったが…“夏の装い”という風な人の率が高まっていた。更に…水着姿で日光浴をしている人達も存外に多かった…

公園から教会の辺りに出て、博物館の辺りに…何やら飾り立てた車が多数停まっている…土曜日の午後なので結婚式が方々で在るようだ…

結婚式…飾り立てた車で市内の名所等を巡り、着飾った新郎新婦が記念撮影というのがこちらでは定番で、「博物館での記念撮影」は「定番中の定番」らしい。何か何組ものカップルと彼らを祝う人達が“順番待ち”をしている様相だった…専門の業者なのか、友人の中で得意な人なのかは判らないが、なかなかに高価そうな一眼レフやらビデオカメラを使って撮影していた。素晴らしい天候なので、「レフ板を持った撮影アシスタント役」というのは居なかったが…

こうした「休日な雰囲気」の中を延々と歩き回り、また強めな陽射しを受け続け、正直なところ消耗してしまった…食料・飲料を仕入れてホテルへ引揚げることとした…

妙なモノを視付けた…「ЯПОНСКОЕ」と称するビールである。“ジャパニーズ”という意味だが、サハリンの業者が製造しているモノらしい。更に「САКЭ」(酒)と書いてある。「濃い茶色のペットボトルに日本酒を入れて売っているのか?」と思ったが…「米を使用しているビール」ということである。気になったので購入して試しに呑んでみたが…なるほど、日本のビールに多少飲み心地が似ていなくもない…悪くない…

今日は…期せずしてかなり歩くことになった…多少“日光消毒”という按配になったであろうか?夕刻は「ЯПОНСКОЕ」と称するビールを頂いて、ゆっくりと過したい…

↓7月23日の画…
wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 23, 2011' set on Flickriver

何か…身体を伸ばして横になると…うとうととしてしまう夕刻になっている…

航海日誌:2011.07.22

7月22日は「デスクワークの日」となりそうな気配である…同行の皆さんを港に見送った後、私は更にこちらに残らなければならない…正しく“島流し”な気分になる…

他所の方と会うようなことは「平日のみ」なので、週末はゆっくりさせて頂くことになる…或いは他に選択の余地も無いのかもしれないが…そんなつまらないことも頭を過る…

サハリンでは暑くなると、「かなり大胆…」な“夏の装い”で街を歩く人達が見受けられるとのことなのだが…現在は未だそういうのは然程多く見かける訳でもない…朝夕は「ややクール」という感じがする。同行した方の中にも、最初は半袖ポロシャツを着て外に出てから「??」ということになり、雨避けに用意していた薄い長袖を引っ掛けていた方も在った。

というようなことだが、とりあえず7月19日の上陸以降、天候は好い。戸外を歩くのには悪くない日々である。「クール…」とは言え、日中は20℃程度になって寒くはない…大変結構なことだ…

昨夜は、特段に酒類は頂かなかった…結局、残りが少なくなってしまった25ルーブルの煙草を少々仕入れに出て、“クワス”というロシア独特な飲料とパンを求めるなどし、ホテルでゆったりとしていた…日付が変わる辺りで休み、深く眠った。とりあえず居心地は好い!!

迎えた朝…6時頃の時点で「暗い?」という気もしないではない…が、窓から見える通の反対側に在るビルの窓を見ると、一部が若干輝いている…街の東の山々の頂辺りに、未だ朝陽が上りきっていないのであろう…

今日は…若干早めな“行動開始”ということになる…

朝は同行した皆さんをコルサコフ港まで見送りに出た。各々、土産話のタネを抱えて出国手続を行う場所に去って行ったが…多少の寂しさは禁じ得ないものだ…

ユジノサハリンスクに戻ってからは、夕方まで“一直線”にデスクワークに打ち込むこととなった…手洗いやら一服やら以外は、半ば一心不乱であった…それでも若干の“宿題”は残ってしまっているが…

ということで多少草臥れ、ホテルに戻った…何かホテルが「(臨時ながら)我が家」という居心地になってきた…ホテルの部屋だが…実際の“我が家”よりも余程整然としていて、更に広く、非常に好いのかもしれない…多少、不思議な感覚である…

昨夜、ユジノサハリンスク市内に住んでいる友人と電話連絡を取った…

先方は3月後半に私のオフィスへ電話をくれた…「オフィスへ唐突に電話するのも如何かと思ったのだが、個人的な連絡先が何処かに紛れて…何か日本国内では酷い災害が発生しているということで…とりあえず稚内は電話も普通にこうして通じているし…自分では“稚内辺りはサハリンと似たようなもので、災害の影響は殆ど被っていない”と思っていたが…随分話題になっていて、“とにかく酷いらしい”と言っている人達も居る具合で…何やら発電所の件で大変でもあるようだし…とりあえず稚内に居る友人、知人は無事であるということを、こちらの友人、知人にも伝えることが出来る訳だ…善かった!!」というような話しをしていた…

先方は、言わば“代表取材”のような具合で、手近な友人・知人を代表するような具合で私に連絡をくれて「確かめた」訳である。「噂では“とにかく酷い状態に陥った日本”ということになっているが、例えば稚内のように、現場から距離が在る場所では、大災害に心を痛めてはいるものの“極めて普通”である」ということを電話で確かめてくれた訳だ…

電話を頂いた時には「外国では“日本”は隅々まで大災害と発電所の問題で壊滅状態」という噂が飛び交っているらしいということに一寸した衝撃を受けたが…時間を経ると「電話もこうして通じていて…そこは普通なんだね…」というやり取りが多少可笑しく思えて来た…

そういう経過が在ったので「私は元気に、サハリンへお邪魔した…相変わらずだ…」とサハリン滞在時に時間が在れば連絡を取りたかった…6月は余りにも時間が足りずに連絡はしなかった…他方で、私が利用したホテルのカフェに、電話をくれた友人との共通の友人が偶々居合わせて愕いたということも在った…

今回は時間が取れるので連絡を取り、早速にお会い出来ることになった。懐かしい話しやら何やらで、一寸愉しい時を過した…

未だ真っ暗にならない間にホテルへ“帰宅”したのだが…直ぐに暗くなってしまった…

航海日誌:2011.07.21

昨日は一日動き回っていて、夕刻にはビールも頂いた。その御蔭で、午後11時前にはかなり眠くなり、深く眠った…

昨日寄った<シティー・モール>のビアホール風レストランは、所謂“地ビール”というもの、そこで独自に醸造しているビールを出す店だった。普通の黄色のビールの他、エール系のビールと黒ビールが在る。3種類を一通り、更に2杯程度…を頂いたような…“0.5l”というジョッキで頂いたのだったが、何か最後には何杯目かよく判らなかった…

起き出して窓から戸外を窺うと、何となく「雲が多め?」という感じがしないでもない…とりあえず様子を視に出てみる…

「一寸その辺…」と極短い散策に出てみれば…朝の陽射しが差し込む、街の東側に在る山々の頂き辺りに雲が被っていた…それに妨げられ、陽射しが非常に弱く「薄曇?」に見えたことがハッキリした…日が少しずつ高くなり、戸外は次第に明るい感じになって行った…

このホテルを利用すると…「朝食は確り」という按配になる。悪くない…食後は“喫煙可”のコーナーに陣取って、濃くて熱い珈琲を愉しむのは“定番”と化した…

窓の外は次第に明るさを増している…大変結構だ!!

今日もまた、方々を訪ねるには格好な日和となり、同行の皆さんと共に日本海岸まで出向いた…

ユジノサハリンスクから日本海岸のホルムスクへ向かう途上にトロイツコエという場所が在る。ここに見事なロシア正教の教会が建っている…

この見事な教会…存外に新しいのだが、木造の「旧きロシアの様式」で建てられている。“聖アレクサンドル・ネフスキー公寺院”というそうだ…

“アレクサンドル・ネフスキー公”とは…エイゼンシュタイン監督の1938年の映画でお馴染み(?)な、ロシアの中世に活躍した領主である。ドイツ系の騎士団による侵攻を退けた英雄として讃えられているのだが…教会に居たおばさんによれば、このアレクサンドル・ネフスキー公の名を冠した寺院はロシア全土の東西南北に配置され、「国土の守護」のために存在すると信じられているらしい…サハリンは“東”ということらしい…

そういうお話しを聞いて、西へ走った…ホルムスク市内に至った…

“ホルムスク”の“ホルム”とは「丘陵」の意味だ…段々畑のような丘に市街が広がる街で、日本にも類例は在る…ホルムスクでは「タクシーは走行距離に応じてではなく、坂道を上昇する高度に応じて課金する」という冗談が在るそうだ…

このホルムスクには、“旧王子製紙工場”という巨大な廃墟も在るのだが、大陸との物流を担う港の御蔭で古くから栄え、最近は漁港を改装転用している辺りで資源開発関連物資の受け入れもやっていて、なかなかに賑わっている感じがする…ただ、街を歩く分には、道が複雑で迷子になりそうな気がしないでもない…

サハリンでは、6月から8月は学校が休みである。ということで…「戸外で遊ぶ子ども達」を意外に見掛けた…少し以前、サハリンの方が稚内にやって来て「子ども達が…居ませんね…」等と言っていて、「多分、未だ学校等の時間帯だからでは?」という話しをした経過が在った。しかし…実際「戸外で何やら遊んでいる子ども達」というようなものは、稚内では余り視掛けなくなっているような気もする…

そんなことを想いながら、ホルムスクの街で子ども達を眺めていたのだったが…「おじさん!!何処から来たの?」と元気に話し掛けて来る子どもも居て、「稚内…」と応えれば、「それって何処?!日本?」と更に問い掛けてくる…「日本の端の辺り」と更に答えると、「そうなんだ!凄いや!!」等と遊びの続きに戻る…何か…「旧き善き時代の子ども達」に出くわした感だった…

そんなことが在ってユジノサハリンスクへ戻る…“旧北海道拓殖銀行豊原支店”の建物を利用した美術館に立寄ったが…「展示替え作業の途上」で、中は然程愉しくなかった…やや残念だった…

夕刻は一寸用事も在って、旧知の間柄の方とお話しをする時間が在り、こちらは順調に事が運んだ…安堵である…

とりあえず宿泊先に戻ってみると…ネットワークが復旧していた…この間に済ませてしまいたい“業務連絡”をやってしまい…「写真の順次公開」にも着手した…

多少遅めな時間帯に向かって行くが…未だ戸外は明るい…

↓順次公開中の画をお楽しみ頂ければ幸甚である…
wakkanai097 - View my 'Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 20, 2011' set on Flickriver

wakkanai097 - View my 'Korsakov on JUL 20, 2011' set on Flickriver

wakkanai097 - View my 'Kholmsk on JUL 21, 2011' set on Flickriver

航海日誌:2011.07.20

「早寝を決め込もう」と考え、結局は「日付が変わる少し前」辺りに休んだのだと思う…存外に呑んでしまった度数12%のビール“コルサコフスカヤ”の御蔭か、深く眠った…

6時前…煙草を求めて戸外に出て、結局24時間営業のスーパーに入った…適当に26ルーブルの煙草を2箱求めた…気に入っている<ピョートル1世>が無かった…

寒いという程でもない…朝は20℃に届いていないような気がする…6時台はやや曇った感じがしたが、次第に陽射しが見受けられるようになった…

ホテルの朝食は6時30分からである…始まった辺りに食堂に入って朝食を摂り、食後は“喫煙可”のコーナーに陣取って、濃くて熱い珈琲を愉しんだ…

今回同行の皆さんにも「ホテルの朝食は6時30分から」は御案内済だった筈だが、なかなか出くわさない…7時に一方やって来た…私は部屋へ引揚げる時だったが…考えてみれば…日本時間であれば「5時前」という時間にいきなり朝食も摂り悪いかもしれない…

朝の行動開始までは、部屋でテレビに興じる…“ロシア”というチャンネルの、朝の情報番組の司会のお姉さんが、何か綺麗だった…“ASTV”では、スタジオで踊るエアロビクスというのか、ダンスエクササイズというようなものを流していた…

と…ぼんやりしてばかりも居られない…出発だ…

そんな訳で、一日を外で過したが…午前中に組んであった用事が無事に足りた後は…非常に天候に恵まれ、好い一日になった…

午後、<シティー・モール>という仰々しいショッピングセンターに寄った折り、“アディダス・ショップ”というのが在って「サッカーのロシア代表チームのキャップ」(“公式スポンサー”ということになっているらしい…)というものを視付けた…「欲しい!!」と思ったが、近くに“子どもサイズ”の“XS”というようなものも在ったので、近付いてきた店員に「これ…大人のサイズだね?」と尋ねてみたが…

その笑顔の店員さんを見て一寸愕いた…以前に、「日本語履修生徒の研修」というようなことで稚内へ来たことがある人だった…その際、私は何やらご一行様の御案内役を仰せ付かった経過が在った…その時にエレベーターに乗って、私が地下鉄の車掌さんの調子を真似て「エレベーターを御利用頂き有難うございます。次の停止は上でございます…」等とふざけていたのだが、後で聞けば、その時の生徒達の間で「次の停止は上でございます」が“流行語”になっていたそうだ…

先方は私に気付いて寄ってきたようだったが…思わず、「店員と客の会話」ということになった…先方も、知った顔に思いがけず出逢って、売上も出て幸運だと思ってくれていたかもしれない…こういう「予期せぬ再会」というのは妙に嬉しいものだ…

夕刻は、その<シティー・モール>のビアホール風レストランで、同行した皆さんでビールを愉しく頂いた…なかなかに良かった…

午後8時30分頃にホテルへ戻り、その後近所のスーパーでミネラルウォーターを求めたが…午後9時過ぎに「今日は休むぞ…」という感じになりながら…未だ戸外が少々明るい…これがこの時季のサハリンである…

その後…ネットワークに不具合が発生…昨日は簡単に接続出来たが…今日は何か巧く行かない…

色々と試したが埒が明かないので、後刻、後日に接続を試みることにする…

※ネットワークの復旧を受け、7月21日に投稿…

航海日誌:2011.07.19

昨日、思い付いて用意したラジオ…イヤホンで音を聴く方式だが、FMワイドバンド対応でステレオ音声という代物…これから何やら流れてくる音楽とジングル…「ラッシースカヤスタリッツァ…3(トリ)チサードニャー」(ロシアの首都は午後3時)と、異なる時間帯の時報が平然と流れている…“ヨーロッパ・プラス”である…「来てしまった…」という感だ…今季2回目の“島流し”という次第である…モスクワとサハリンの時差は7時間だった…

宿泊先で一寸尋ねてみたが…持込んだネットブックで簡単にネットに接続出来ることがハッキリした…これを利用しない手はない…

稚内では、寧ろ雲が多少目立つ按配で、遠景がよく見えなかったのだが、稚内港を発った<アインス宗谷>が北上するに連れ、天候は好転して行った…

巨大なLNG船を3隻も見掛けた…やがて6月の航海ではよく見えなかったプリゴロドノエのLNG工場が遠くに見え、船はコルサコフ港南埠頭に滑り込んだ…

例によって…何やら入国手続で少しばかり時間を要したが、19時には用意の車輌でユジノサハリンスクへ向かった…

気温は18℃程度で、多少肌寒い感がする場合も在るのだが…陽射しの御蔭か、街には「夏の装い」という人達も多かったような気がするが…

宿泊は、レーニン通の何度も利用した場所で、ここは24時間営業のスーパーが近いのが有難い…早速、“コルサコフスカヤ”という、1.5lペットボトルに入ったビールと、肴に鶏肉を焼いたもの、序でに黒パンを求めた…

結局「移動の疲労」というものは免れ難い…実は昨夜、先日稚内で出くわした旧友から「そう言えば…怪我は?」と電話を頂いた…「無理は出来ないな…数年前に“軽やか”に歩いていた場所も、多少用心せねば…」というような話しをしていたのだが…今回は無理をせずに過したいものだ…

今日は…“早寝”を決め込む…

↓7月19日の「稚内・コルサコフ」の画…
wakkanai097 - View my 'The Way : Wakkanai - Korsakov (Ferry) on JUL 19, 2011' set on Flickriver