何となく、旅行の際の膨大な写真に関して、公開したのか、していないのかが判り難くなってきた…
そこで…整理を試みた…
>Collection : Voyage : DEC 2010 (Yokohama, Nagoya, Hikone, Kyoto, Hiroshima, Shimonoseki, Fukuoka, Okayama, Wakayama, Sakai, Osaka, Asahikawa and other places...)
↑上記をクリックして頂くと、ここまで公開した写真の“セット”が並んだページになる…その“セット”の中から、何かを選んでクリックして頂けば、各セットに入っている写真が御覧頂ける仕組みだ…
関連写真はもう少々公開する予定である…写真はこの“コレクション”に加えて行きたい…
ことの序でなので御紹介しておく…
>2009年(広島到達)
>2008年(会津若松他東北)
↑これらも併せてお楽しみ頂ければ幸甚である…
更に序でなので…
>wakkanai097's collections on Flickr
↑旅行のものの他、近所の写真も含めて、これまで公開している写真の殆どがこちらでお楽しみ頂ける…
「行き先不詳」だった旅…
精力的に過ぎる旅行から戻った現在は、言わば“回復期”なのであろう…未だ落ち着かない感じもする…
一つ気付いた…今日、何気なく鏡を覗いた…どうも顔が赤みを帯びている…“日焼け”したようだ…旅の途中では好天の場面も多く、そんな時は元気に戸外を歩き回っていたので、御蔭で日に焼けたのであろう…“夏”でもないのに“日焼け”というのも何か妙だが…
頭の中の「行ってみたい場所リスト」というようなものが無制限に分厚く、結局それらに関する知識を色々と仕入れた上で「風任せ」に歩く時間を過した…そんな中、常時デジカメをぶら下げていて、思い付いたままにシャッターを押していた…結果、「未だに整理出来ない、夥しい量の画像」が在る…
事前に「何処へ行く?」とでも問われれば「実は確定しておらず…」とでも応えるしかない状態だった…そんな「風任せ」だった動きを整理し、既に整理した分の写真リンクを入れ、一寸だけ全体の整理を図りたい…
如何に、日付、行程、写真リンクの順に綴る…尚、行程の中に挙げた地名は一夜を明かしたり、歩き回った場所を記す…
12月16日(木)
稚内―札幌
>札幌(夜景)
12月17日(金)
稚内―新千歳空港―羽田空港―横浜―東静岡―名古屋
>横浜(ランドマークタワー)
>東静岡(ガンダム)
>名古屋(夜景)
12月18日(土)
名古屋―彦根―京都
>彦根(彦根城)
>京都(梅小路蒸気機関車館)
12月19日(日)
京都―児島―高松―松山
>児島(瀬戸大橋)
>瀬戸大橋内部
>高松
12月20日(月)
松山―宮島―下関―博多
>宮島(厳島神社等)
>下関(夕景・夜景)
>博多(夜景)
12月21日(火)
博多―門司港―岡山―新大阪
>門司港
>岡山(路面電車)
12月22日(水)
新大阪―和歌山―堺―大阪―新大阪
>和歌山(和歌山城)
>堺
>阪堺電気軌道
12月23日(木)
新大阪―奈良―関西国際空港―新千歳空港―札幌
>奈良(東大寺)
>関西国際空港
12月24日(金)
札幌―旭川
>旭川(旭山動物園)
12月25日(土)
旭川―稚内
とりあえずこういう按配だ…写真はそのうち追加もする…
結局、航空券、2枚の青春18きっぷ、四国で止むを得ず求めた乗車券と特急券、松山・呉のフェリー、岡山・新大阪のひかりレイルスター、その外若干の地下鉄・私鉄・路面電車の乗車券…そして奈良(法隆寺)・関西国際空港のタクシーという交通費だった…こんなことをして、“JR6社”全ての列車に乗車した…四国や九州の地も踏んだのである…
「次への課題」を残してしまうというのも、或いは「風任せ」なやり方故なのだが、早くも「次回」への期待を抱き始めている…困った性分だ…
一つ気付いた…今日、何気なく鏡を覗いた…どうも顔が赤みを帯びている…“日焼け”したようだ…旅の途中では好天の場面も多く、そんな時は元気に戸外を歩き回っていたので、御蔭で日に焼けたのであろう…“夏”でもないのに“日焼け”というのも何か妙だが…
頭の中の「行ってみたい場所リスト」というようなものが無制限に分厚く、結局それらに関する知識を色々と仕入れた上で「風任せ」に歩く時間を過した…そんな中、常時デジカメをぶら下げていて、思い付いたままにシャッターを押していた…結果、「未だに整理出来ない、夥しい量の画像」が在る…
事前に「何処へ行く?」とでも問われれば「実は確定しておらず…」とでも応えるしかない状態だった…そんな「風任せ」だった動きを整理し、既に整理した分の写真リンクを入れ、一寸だけ全体の整理を図りたい…
如何に、日付、行程、写真リンクの順に綴る…尚、行程の中に挙げた地名は一夜を明かしたり、歩き回った場所を記す…
12月16日(木)
稚内―札幌
>札幌(夜景)
12月17日(金)
稚内―新千歳空港―羽田空港―横浜―東静岡―名古屋
>横浜(ランドマークタワー)
>東静岡(ガンダム)
>名古屋(夜景)
12月18日(土)
名古屋―彦根―京都
>彦根(彦根城)
>京都(梅小路蒸気機関車館)
12月19日(日)
京都―児島―高松―松山
>児島(瀬戸大橋)
>瀬戸大橋内部
>高松
12月20日(月)
松山―宮島―下関―博多
>宮島(厳島神社等)
>下関(夕景・夜景)
>博多(夜景)
12月21日(火)
博多―門司港―岡山―新大阪
>門司港
>岡山(路面電車)
12月22日(水)
新大阪―和歌山―堺―大阪―新大阪
>和歌山(和歌山城)
>堺
>阪堺電気軌道
12月23日(木)
新大阪―奈良―関西国際空港―新千歳空港―札幌
>奈良(東大寺)
>関西国際空港
12月24日(金)
札幌―旭川
>旭川(旭山動物園)
12月25日(土)
旭川―稚内
とりあえずこういう按配だ…写真はそのうち追加もする…
結局、航空券、2枚の青春18きっぷ、四国で止むを得ず求めた乗車券と特急券、松山・呉のフェリー、岡山・新大阪のひかりレイルスター、その外若干の地下鉄・私鉄・路面電車の乗車券…そして奈良(法隆寺)・関西国際空港のタクシーという交通費だった…こんなことをして、“JR6社”全ての列車に乗車した…四国や九州の地も踏んだのである…
「次への課題」を残してしまうというのも、或いは「風任せ」なやり方故なのだが、早くも「次回」への期待を抱き始めている…困った性分だ…
寄り道の故に…
札幌から旭川へ向かう朝の普通列車に順調に乗車し、旭川で下車した後に“寄り道”に及び、結果として明朝に稚内へ発つことに決した…
>ほぼリアルタイムな動き…
↓旭川での“寄り道”である…

スッカリと有名になっている旭川の旭山山動物園でペンギンの行進を観た…これが傑作だ!!
500m程度のコースを、早い場合で40分弱、時間が掛かってしまう日は1時間強に亘ってペンギンの群れは行進するのだそうだ…先触れのように先行するペンギンが居たり、脇道に逸れて行くペンギンやらそれを追うペンギン、ポーズを取るかのように立ち止まるペンギンや、見得を切るように腹這いで雪上をすごい速さで滑る独特な動きを見せるペンギン、よちよちと大人しく従うペンギン…等々、「彼らにも個々の性格があって、そういうのが発揮されているのだろうか?」等と考えながら、また単純に可愛らしいので頬を緩めながら観ていた…
それにしても凄い人気で、何気なく見た感じで1,000人からが行進を観ていた…実際、駐車場にも40人や50人も乗れるような大型バスは10台かそれ以上駐車していた…
このペンギンの行進等、なかなか楽しめた…結局のところ、展示スペースに関して、「下から、並行に、上から」と立体的に見られる工夫をしていることが人気の秘訣なのであろう。
楽しかった動物園を後に旭川都心の駅周辺へ戻った…昼食が楽しめる店が、不慣れな場合はやや見つけ難い…“3・8”(3条通8丁目)辺りに、夜は居酒屋である店が在ってランチ営業していた。3種類からチョイスの定職が500円、他に定食で出しているメニューのおかずだけが200円と破格である…美味しく頂いて楽しかった…
ハッキリ言って…非常に眠い感じである…今日は今回の旅で初めて本当に“ホテル”を取った…早めに確り休み、明日の早朝から行動したい…
少々写真を整理している…記憶が鮮明な間に、少しでも進めてみたいという希望が在り、着手している…
一部をご紹介しておく…
↓堺の様子…

↓奈良の様子…

↓関西空港から札幌へ…

それにしても…少し異なる環境に身を置いて、馴染んだ北海道へ戻ると「冬は一味違う」という感じがする…
>ほぼリアルタイムな動き…
↓旭川での“寄り道”である…

スッカリと有名になっている旭川の旭山山動物園でペンギンの行進を観た…これが傑作だ!!
500m程度のコースを、早い場合で40分弱、時間が掛かってしまう日は1時間強に亘ってペンギンの群れは行進するのだそうだ…先触れのように先行するペンギンが居たり、脇道に逸れて行くペンギンやらそれを追うペンギン、ポーズを取るかのように立ち止まるペンギンや、見得を切るように腹這いで雪上をすごい速さで滑る独特な動きを見せるペンギン、よちよちと大人しく従うペンギン…等々、「彼らにも個々の性格があって、そういうのが発揮されているのだろうか?」等と考えながら、また単純に可愛らしいので頬を緩めながら観ていた…
それにしても凄い人気で、何気なく見た感じで1,000人からが行進を観ていた…実際、駐車場にも40人や50人も乗れるような大型バスは10台かそれ以上駐車していた…
このペンギンの行進等、なかなか楽しめた…結局のところ、展示スペースに関して、「下から、並行に、上から」と立体的に見られる工夫をしていることが人気の秘訣なのであろう。
楽しかった動物園を後に旭川都心の駅周辺へ戻った…昼食が楽しめる店が、不慣れな場合はやや見つけ難い…“3・8”(3条通8丁目)辺りに、夜は居酒屋である店が在ってランチ営業していた。3種類からチョイスの定職が500円、他に定食で出しているメニューのおかずだけが200円と破格である…美味しく頂いて楽しかった…
ハッキリ言って…非常に眠い感じである…今日は今回の旅で初めて本当に“ホテル”を取った…早めに確り休み、明日の早朝から行動したい…
少々写真を整理している…記憶が鮮明な間に、少しでも進めてみたいという希望が在り、着手している…
一部をご紹介しておく…
↓堺の様子…

↓奈良の様子…

↓関西空港から札幌へ…

それにしても…少し異なる環境に身を置いて、馴染んだ北海道へ戻ると「冬は一味違う」という感じがする…
非常に充実!!
12月22日は「充実の休暇旅行」というムードの一日に終始した。そういう昂揚したような気分の中で軽く呑み、昨日と同じ場所にした滞在場所で、またもや“崩落”のように深く眠った…
朝の列車で「深めな居眠り」となってしまい、「お客さん…」と起こされたような状況だったにも拘らず、和歌山、堺、大阪で歩いた距離は「通常のX倍」に及ぶことは疑う余地が無く、それ故に眠くもなったのであろう…
実は今23日夕刻、大阪から札幌へ飛ぶ…戯れに“大ワープ”等と呼ぶことがある営みになるのだが…年中静かな街から出て来て方々を訪ね、「少しばかり喧騒に慣れたか?」という中で、安堵するような、残念なような気がしている…
12月22日に関しては、23日の動きに鑑みて「関西圏の未だ訪ねていない、多少興味が在る場所へ」ということを考えた。ぼんやりと頭に浮かんだ候補の中、奈良と和歌山が具体的に浮上したものの、早朝に「奈良方面の列車運行に多少の乱れ」という話しに触れ、また同時に足を踏み入れたホームで“紀州路快速”の案内を耳にしたことで「和歌山…和歌山城!!」ということになったのだった…
和歌山城…公開開始の時間になると、音楽と言うのか、チャイムか、独特な音が鳴り渡る。それをゆっくり聞いて、入場した。地元縁の、甲冑や武具のような「城に似つかわしい…」ようなものが展示されている。
如何にも“見学希望者その1”という風体で、公開前から姿を見せていた私がチャイムを聞いて悠然としているので、「どうしました?」という顔でこちらを伺っていた方や、清掃作業などをされていた方達は作業服姿だったが、一人私服の女性が居た。館内の係りの方だと思ったのだが、最上階に上がった際に居合わせて「天候が好転して善かった」という辺りから言葉を交わした。その方は「和歌山城担当の学芸員」であった…
和歌山城では、天守閣のある辺りに対して、“二の丸”に紀州侯らの居館と領内の事務を取り扱う政庁が入った“御殿”というものが在った。目下、その場所の遺構に関して調査が進行しているのだそうだ…
紀州侯は、今日の和歌山県の他に三重県相当の部分、紀伊半島の沿岸部の殆どを領地としていた。そう言えば、現在の三重県の一部に相当する伊勢の人だった大黒屋光太夫…ロシアへ行ってしまった遭難の際には、紀州侯の御用米が積荷だったという…かの吉村昭の小説に詳しい話しなのだが…
そこの豊かな産物を、川や海の水運で動かしていた訳である。城下の川は内陸のなら方面との種々の交流に活かされたという。家中の武士達が暮らしていたという地域は、官公署やオフィスが入っている建物が目立つ。商人達が暮らしたという地域は今でも「古くからの繁華街」というイメージらしい。城の天守閣から眺めると、蟹料理の店の看板が妙に目だって笑ってしまったのだが、その場所辺りらしい…
和歌山城の旧くからの建築物は戦災で消失しているが、一つ門が残っている。現在は、官公署等も在って、公園が整備されていて広くなっている二の丸側から来訪者の出入りが目立つ感だが、嘗ては現在も残る門の側が“正門”だったそうだ…
和歌山城を訪ねると…「ここは良い所じゃないか!?」という気分が込上げる…今日の場合は、前日から雨だった天候が好転して、殊更に気分が良かったのかもしれないが…
↓整理を試みた和歌山城の写真である…

和歌山に関しては“不便”という話しもあるやに聞いたが…私の目線では「周辺地域で最大の都市から2時間以内」なのは“普通”か“便利”かだと思う…何かで大阪方面を訪ねて時間が在り「折角だから何処か…」という場合、和歌山城は訪問先候補に挙げて善いと思う。
その後の堺の顛末…夕刻に“小休止”した際に或る程度纏めた…
↓存分に撮った路面電車の写真を整理した…

新旧様々な車輌が、路面や専用線の入り混じった場所で走る様は表情豊かだ…「一日のほんの一部の時間を費やした」だけでこれ程色々な表情が見られた。多少驚く…
写真に関しては、作業可能な範囲で順次公開したい…
いよいよ大阪辺りでの時間も「最終日」に入る…
>今回の旅の、リアルタイムに近い動きはこちらに…
朝の列車で「深めな居眠り」となってしまい、「お客さん…」と起こされたような状況だったにも拘らず、和歌山、堺、大阪で歩いた距離は「通常のX倍」に及ぶことは疑う余地が無く、それ故に眠くもなったのであろう…
実は今23日夕刻、大阪から札幌へ飛ぶ…戯れに“大ワープ”等と呼ぶことがある営みになるのだが…年中静かな街から出て来て方々を訪ね、「少しばかり喧騒に慣れたか?」という中で、安堵するような、残念なような気がしている…
12月22日に関しては、23日の動きに鑑みて「関西圏の未だ訪ねていない、多少興味が在る場所へ」ということを考えた。ぼんやりと頭に浮かんだ候補の中、奈良と和歌山が具体的に浮上したものの、早朝に「奈良方面の列車運行に多少の乱れ」という話しに触れ、また同時に足を踏み入れたホームで“紀州路快速”の案内を耳にしたことで「和歌山…和歌山城!!」ということになったのだった…
和歌山城…公開開始の時間になると、音楽と言うのか、チャイムか、独特な音が鳴り渡る。それをゆっくり聞いて、入場した。地元縁の、甲冑や武具のような「城に似つかわしい…」ようなものが展示されている。
如何にも“見学希望者その1”という風体で、公開前から姿を見せていた私がチャイムを聞いて悠然としているので、「どうしました?」という顔でこちらを伺っていた方や、清掃作業などをされていた方達は作業服姿だったが、一人私服の女性が居た。館内の係りの方だと思ったのだが、最上階に上がった際に居合わせて「天候が好転して善かった」という辺りから言葉を交わした。その方は「和歌山城担当の学芸員」であった…
和歌山城では、天守閣のある辺りに対して、“二の丸”に紀州侯らの居館と領内の事務を取り扱う政庁が入った“御殿”というものが在った。目下、その場所の遺構に関して調査が進行しているのだそうだ…
紀州侯は、今日の和歌山県の他に三重県相当の部分、紀伊半島の沿岸部の殆どを領地としていた。そう言えば、現在の三重県の一部に相当する伊勢の人だった大黒屋光太夫…ロシアへ行ってしまった遭難の際には、紀州侯の御用米が積荷だったという…かの吉村昭の小説に詳しい話しなのだが…
そこの豊かな産物を、川や海の水運で動かしていた訳である。城下の川は内陸のなら方面との種々の交流に活かされたという。家中の武士達が暮らしていたという地域は、官公署やオフィスが入っている建物が目立つ。商人達が暮らしたという地域は今でも「古くからの繁華街」というイメージらしい。城の天守閣から眺めると、蟹料理の店の看板が妙に目だって笑ってしまったのだが、その場所辺りらしい…
和歌山城の旧くからの建築物は戦災で消失しているが、一つ門が残っている。現在は、官公署等も在って、公園が整備されていて広くなっている二の丸側から来訪者の出入りが目立つ感だが、嘗ては現在も残る門の側が“正門”だったそうだ…
和歌山城を訪ねると…「ここは良い所じゃないか!?」という気分が込上げる…今日の場合は、前日から雨だった天候が好転して、殊更に気分が良かったのかもしれないが…
↓整理を試みた和歌山城の写真である…

和歌山に関しては“不便”という話しもあるやに聞いたが…私の目線では「周辺地域で最大の都市から2時間以内」なのは“普通”か“便利”かだと思う…何かで大阪方面を訪ねて時間が在り「折角だから何処か…」という場合、和歌山城は訪問先候補に挙げて善いと思う。
その後の堺の顛末…夕刻に“小休止”した際に或る程度纏めた…
↓存分に撮った路面電車の写真を整理した…

新旧様々な車輌が、路面や専用線の入り混じった場所で走る様は表情豊かだ…「一日のほんの一部の時間を費やした」だけでこれ程色々な表情が見られた。多少驚く…
写真に関しては、作業可能な範囲で順次公開したい…
いよいよ大阪辺りでの時間も「最終日」に入る…
>今回の旅の、リアルタイムに近い動きはこちらに…
博多・新大阪を11本の列車で移動…
12月21日は、雨に煙ると言うのか、とにかく強めな雨で歩き難い戸外を延々と車窓に眺めながら移動していた…
>ほぼリアルタイムな旅の様子…
そういうことで地道に列車を乗り継いでいたが、岡山でゆっくりと写真を撮ってしまい、「どうしようか?」と“新幹線”を利用してしまった…
↓以下が今日利用した11本の列車だ…
博多 05:37 - 06:57 小倉
小倉 07:16 - 07:29 門司港
門司港 08:36 - 08:42 門司
門司 08:46 - 08:52 下関
下関 09:30 - 10:41 新山口
新山口 11:13 - 11:55 徳山
徳山 12:06 - 13:15 岩国
岩国 13:20 - 14:12 広島
広島 16:21 - 17:01 西条
西条 17:22 - 19:32 岡山
(ひかりレイルスター 584号) 岡山 21:58 - 22:48 新大阪
↑最後の“レイルスター”以外は「青春18きっぷ」である…5時台から23時近くまで…流石にキツいものも…
↓これが岡山の路面電車…

↑どうしても写真を撮っておきたかった…広島で雨のために勝手に諦めていたので「何とか!?」という想いも募ったのであろう…今日撮影のものに、12月19日の移動の途次に撮ったものを加えた…
今晩は、やや何時もよりも眠い…とりあえず休む…
追伸
>「路面電車が好き!!」という想いを高めることになった札幌の路面電車…
>ほぼリアルタイムな旅の様子…
そういうことで地道に列車を乗り継いでいたが、岡山でゆっくりと写真を撮ってしまい、「どうしようか?」と“新幹線”を利用してしまった…
↓以下が今日利用した11本の列車だ…
博多 05:37 - 06:57 小倉
小倉 07:16 - 07:29 門司港
門司港 08:36 - 08:42 門司
門司 08:46 - 08:52 下関
下関 09:30 - 10:41 新山口
新山口 11:13 - 11:55 徳山
徳山 12:06 - 13:15 岩国
岩国 13:20 - 14:12 広島
広島 16:21 - 17:01 西条
西条 17:22 - 19:32 岡山
(ひかりレイルスター 584号) 岡山 21:58 - 22:48 新大阪
↑最後の“レイルスター”以外は「青春18きっぷ」である…5時台から23時近くまで…流石にキツいものも…
↓これが岡山の路面電車…

↑どうしても写真を撮っておきたかった…広島で雨のために勝手に諦めていたので「何とか!?」という想いも募ったのであろう…今日撮影のものに、12月19日の移動の途次に撮ったものを加えた…
今晩は、やや何時もよりも眠い…とりあえず休む…
追伸
>「路面電車が好き!!」という想いを高めることになった札幌の路面電車…
松山・宮島・下関…そして博多に…
「メモ書きを携帯端末に入れて送信してしまう」というやり方でリアルタイムな動きを綴って、ブログを愛読して下さっている方にも御覧頂く…このやり方が何となく定着している…かつて、旅に出るとノートを用意して、少し気づいたことや雑感等をメモしていたのだが…それと同じ感覚で現在の方式になっている…
>その「ほぼリアルタイムな動き」はこちら…
或いは「何処か行きたい症候群」というものは、年中疼いている慢性症状のようなものだが、時々「どうでも構わないから何処かに…」という衝動のようなものを抑え難くなり、今回のようなことを仕出かしてしまう…
「何処か行きたい症候群」に伴う「(頭の中の)行きたい場所リスト」というのは、毎日“優先順位”を変えるが、リストのページが減ってしまうことは無い…
そういうことだから、折角辿り着いても「続きは今度」とどんどん色々なことを考えてしまう…
四国に関しては、実は(詳しいことは判らないのだが…)「御先祖様の土地らしい」という話しが在り、以前から勝手な想いが在る…
また、ここに小説『虎の城』で初めて領国経営というものの中心に自身を据えることとなった藤堂高虎が宇和島城を築いた話しへの興味、吉村昭作品で知った伊達宗城時代の様々な挿話―高野長英の件や、シーボルトの娘の件―への興味が加わり、エンジニアでもないのに「モノを造る様を紹介したようなもの」が意外に好きで、「巨大な橋梁を擁する地域」への関心という調味料が加わった…
その上に「少し前の“連続テレビ小説”で徳島県が出ていた」というデコレーションも加わって、何か「四国へ到達してみるのが…」という強い存念が渦巻いていたことに気付いていた…
そこで、巨大な橋梁への関心を満たしながら四国に至り、宇和島を伺うべく、また各方面への利便性が高い松山へ入ってみることを思い付いた…しかし、読者諸賢には拙文を通じて御案内のような「列車ダイヤの乱れ」に遭遇し、「何か気分が萎える」という経験をした…
その萎えてしまった気分は、四国で色々な出会いがあれば払拭出来るのであろうが、敢えて「今回は縁が薄かったのであろう」ということにした…
そして直ぐに「船旅が大好き!!」という性向が頭をもたげ、松山・呉のフェリー移動を「即座に実施!!」を思い付いた…
船の旅…勝手に気分が昂揚する…閑散としていて暗く静かな船内で、一人で霞む島々やすれ違う船を眺めて船内で動き回っていた…
↓松山。呉間の船旅の様子…写真はもう少々在るが…

呉周辺では、昨年“資料館”を見学したり、巡回バス“くれたん”で埠頭の船を一寸眺めた海上自衛隊艦艇が何やら航行している様を見て、勝手に嬉々としていた…
ということだが、四国・本州間の旅を愉しむ方策として、広く紹介してみたくなり、写真の一部を早速に公開した…
何時も旅行に関して想いを巡らせる際…“長州討ち込み”、“四国征討”、“鎮西入り”等々と「未踏の地を訪ねてみる」ことに関して、読んだ時代小説の劇中人物が口にした表現を借用して呼んでみたりすることがある…とりあえず、現時点では随分と色々なものが実現に至っている…結構なことだ…
呉から列車に乗り、“長州討ち込み”と名付けた「下関辺りを訪ねること」や、“鎮西入り”と名付けた「九州をとりあえず訪ねてみること」を何とか実現させたかったのだが、広島辺りで「今や日本屈指の名所旧跡である宮島…」という考えが頭をもたげた…当初は天候が優れず、「今回も―昨年、広島には至ったが、原爆ドームと呉の博物館を優先したためパスしている…―パスか…」と思っていた…
しかし!!昨日の件で多少気分が萎えた私に力を与えてくれるかのように、天候は好転した!!実は…日頃から海運関連、港関連には多少の縁も在るので、「海運、漁業の神様」である厳島神社の祭神が「その方、遠路遥々辿り着いたのだから、参詣に寄れ…」と私を招いたのかもしれない…
雨上がりの、時季としてはやや高めな気温で、淡いような強いような、独特な光線の中で雅やかな神社は輝いていた…
事前に知らなかったのでやや驚いたのは鹿である。雄の角をカットするなどしている様子だが、町で鹿が普通に暮らしているのだ…“番犬”ならぬ“番鹿”という感じで、郵便ポストの脇にゴロゴロしていた鹿…頬が緩む光景だった…
↓ということで、厳島神社や鹿、更に宮島での見聞の画である…

それにしても…“あなごめし”が美味だった!!
そして漸く下関である!!
↓とりあえず下関の画だ…

日没直後のような時間帯に下関に到達し、例の「○○と田舎者は高い所が…」を実践してしまった…月明かりと街の灯りに浮かぶ港や大橋梁が刻々と様子を変えた…美しかった!!
下関は温暖なのであろう…中に入ったタワーの職員と言葉を交わしたが…私が汗だくになっていた気温でも「寒い」という話しになっているのだそうだ…それだけではなく、下関の駅周辺は何処と無くカリフォルニア州(殊に南部…)やスペインのような雰囲気を意図してデザインされていたように思えた…彼の地も温暖である…
結局12月20日は…
・タクシーで移動…
松山観光港 06:25 - 08:20 呉港
呉 08:43 - 09:24 広島
広島 09:27 - 09:54 宮島口
・宮島訪問・昼(朝)食…
宮島口 12:16 - 12:38 岩国
・岩国で小休止…
岩国 13:44 - 16:51 下関
・下関で写真…
下関 18:38 - 18:45 門司
門司 18:49 - 18:52 小倉
小倉 18:57 - 18:44 赤間
赤間 18:51 - 20:25 博多
・バスでヤフードームを往復…
こんなことをして、その様を夜中に整理…何を考えているのか?明朝からは何をしようか…
>その「ほぼリアルタイムな動き」はこちら…
或いは「何処か行きたい症候群」というものは、年中疼いている慢性症状のようなものだが、時々「どうでも構わないから何処かに…」という衝動のようなものを抑え難くなり、今回のようなことを仕出かしてしまう…
「何処か行きたい症候群」に伴う「(頭の中の)行きたい場所リスト」というのは、毎日“優先順位”を変えるが、リストのページが減ってしまうことは無い…
そういうことだから、折角辿り着いても「続きは今度」とどんどん色々なことを考えてしまう…
四国に関しては、実は(詳しいことは判らないのだが…)「御先祖様の土地らしい」という話しが在り、以前から勝手な想いが在る…
また、ここに小説『虎の城』で初めて領国経営というものの中心に自身を据えることとなった藤堂高虎が宇和島城を築いた話しへの興味、吉村昭作品で知った伊達宗城時代の様々な挿話―高野長英の件や、シーボルトの娘の件―への興味が加わり、エンジニアでもないのに「モノを造る様を紹介したようなもの」が意外に好きで、「巨大な橋梁を擁する地域」への関心という調味料が加わった…
その上に「少し前の“連続テレビ小説”で徳島県が出ていた」というデコレーションも加わって、何か「四国へ到達してみるのが…」という強い存念が渦巻いていたことに気付いていた…
そこで、巨大な橋梁への関心を満たしながら四国に至り、宇和島を伺うべく、また各方面への利便性が高い松山へ入ってみることを思い付いた…しかし、読者諸賢には拙文を通じて御案内のような「列車ダイヤの乱れ」に遭遇し、「何か気分が萎える」という経験をした…
その萎えてしまった気分は、四国で色々な出会いがあれば払拭出来るのであろうが、敢えて「今回は縁が薄かったのであろう」ということにした…
そして直ぐに「船旅が大好き!!」という性向が頭をもたげ、松山・呉のフェリー移動を「即座に実施!!」を思い付いた…
船の旅…勝手に気分が昂揚する…閑散としていて暗く静かな船内で、一人で霞む島々やすれ違う船を眺めて船内で動き回っていた…
↓松山。呉間の船旅の様子…写真はもう少々在るが…

呉周辺では、昨年“資料館”を見学したり、巡回バス“くれたん”で埠頭の船を一寸眺めた海上自衛隊艦艇が何やら航行している様を見て、勝手に嬉々としていた…
ということだが、四国・本州間の旅を愉しむ方策として、広く紹介してみたくなり、写真の一部を早速に公開した…
何時も旅行に関して想いを巡らせる際…“長州討ち込み”、“四国征討”、“鎮西入り”等々と「未踏の地を訪ねてみる」ことに関して、読んだ時代小説の劇中人物が口にした表現を借用して呼んでみたりすることがある…とりあえず、現時点では随分と色々なものが実現に至っている…結構なことだ…
呉から列車に乗り、“長州討ち込み”と名付けた「下関辺りを訪ねること」や、“鎮西入り”と名付けた「九州をとりあえず訪ねてみること」を何とか実現させたかったのだが、広島辺りで「今や日本屈指の名所旧跡である宮島…」という考えが頭をもたげた…当初は天候が優れず、「今回も―昨年、広島には至ったが、原爆ドームと呉の博物館を優先したためパスしている…―パスか…」と思っていた…
しかし!!昨日の件で多少気分が萎えた私に力を与えてくれるかのように、天候は好転した!!実は…日頃から海運関連、港関連には多少の縁も在るので、「海運、漁業の神様」である厳島神社の祭神が「その方、遠路遥々辿り着いたのだから、参詣に寄れ…」と私を招いたのかもしれない…
雨上がりの、時季としてはやや高めな気温で、淡いような強いような、独特な光線の中で雅やかな神社は輝いていた…
事前に知らなかったのでやや驚いたのは鹿である。雄の角をカットするなどしている様子だが、町で鹿が普通に暮らしているのだ…“番犬”ならぬ“番鹿”という感じで、郵便ポストの脇にゴロゴロしていた鹿…頬が緩む光景だった…
↓ということで、厳島神社や鹿、更に宮島での見聞の画である…

それにしても…“あなごめし”が美味だった!!
そして漸く下関である!!
↓とりあえず下関の画だ…

日没直後のような時間帯に下関に到達し、例の「○○と田舎者は高い所が…」を実践してしまった…月明かりと街の灯りに浮かぶ港や大橋梁が刻々と様子を変えた…美しかった!!
下関は温暖なのであろう…中に入ったタワーの職員と言葉を交わしたが…私が汗だくになっていた気温でも「寒い」という話しになっているのだそうだ…それだけではなく、下関の駅周辺は何処と無くカリフォルニア州(殊に南部…)やスペインのような雰囲気を意図してデザインされていたように思えた…彼の地も温暖である…
結局12月20日は…
・タクシーで移動…
松山観光港 06:25 - 08:20 呉港
呉 08:43 - 09:24 広島
広島 09:27 - 09:54 宮島口
・宮島訪問・昼(朝)食…
宮島口 12:16 - 12:38 岩国
・岩国で小休止…
岩国 13:44 - 16:51 下関
・下関で写真…
下関 18:38 - 18:45 門司
門司 18:49 - 18:52 小倉
小倉 18:57 - 18:44 赤間
赤間 18:51 - 20:25 博多
・バスでヤフードームを往復…
こんなことをして、その様を夜中に整理…何を考えているのか?明朝からは何をしようか…
瀬戸大橋に尽きた感…
今朝は暗い間に京都を発ち、明るくなりつつある車窓を愉しんだが、明石駅の前後で巨大な明石海峡大橋を観て非常に気になった…
日本の橋梁建設…それなりに凄いものを産出しているのだが、瀬戸内海には大きく三系統の巨大橋梁が在って、本州と四国とが結ばれていることを思い起こしていた…
やや霜が見受けられる地面を車窓に眺めながら岡山に至り、多少思案して「瀬戸大橋を眺めに行ってみよう!!」と児島に出掛けた…
児島では「ややバスの便が…」という状況で、「往路はタクシーで復路はバス」ということにして、展望台になっている丘へ出掛けた…
とにかく壮観だった!!
↓児島で観た瀬戸大橋…

この壮観な橋に足跡を記したかった…と言っても、車や列車で渡るものなのだが…列車に乗ることにした!!
↓瀬戸大橋の鉄道レール…

瀬戸大橋を渡って、岡山・高松を結ぶ列車“マリンライナー”に児島から乗車し、高松へ…四国へは「人生初上陸」である…
これを契機に…「四国各県を巡ってみるか…」等と思い至り、とりあえず松山を目指すことにした…
ところが…存外伝わっていないと見受けられるが…午前中の事故でダイヤが乱れたことを延々と引き摺った“混迷”が待ち受けていたことは知らなかった…
やがて…「当日中に松山に行けない?」という可能性も発生し、已む無く特急券と乗車券を求め、無理矢理に松山に到達した…と言って…日曜日夜の松山…街は半ば“活動休止”だ…
落ち着くためのネットカフェは瞬時に見つかった…それだけは幸いと言えた…だが、何か妙に草臥れた…
初上陸の四国で方々を巡ろうという考え…急速に萎えている…所詮は「風任せ」に動いている…明朝、また色々と考えよう…
>ほぼリアルタイムな動きはこちら…
日本の橋梁建設…それなりに凄いものを産出しているのだが、瀬戸内海には大きく三系統の巨大橋梁が在って、本州と四国とが結ばれていることを思い起こしていた…
やや霜が見受けられる地面を車窓に眺めながら岡山に至り、多少思案して「瀬戸大橋を眺めに行ってみよう!!」と児島に出掛けた…
児島では「ややバスの便が…」という状況で、「往路はタクシーで復路はバス」ということにして、展望台になっている丘へ出掛けた…
とにかく壮観だった!!
↓児島で観た瀬戸大橋…

この壮観な橋に足跡を記したかった…と言っても、車や列車で渡るものなのだが…列車に乗ることにした!!
↓瀬戸大橋の鉄道レール…

瀬戸大橋を渡って、岡山・高松を結ぶ列車“マリンライナー”に児島から乗車し、高松へ…四国へは「人生初上陸」である…
これを契機に…「四国各県を巡ってみるか…」等と思い至り、とりあえず松山を目指すことにした…
ところが…存外伝わっていないと見受けられるが…午前中の事故でダイヤが乱れたことを延々と引き摺った“混迷”が待ち受けていたことは知らなかった…
やがて…「当日中に松山に行けない?」という可能性も発生し、已む無く特急券と乗車券を求め、無理矢理に松山に到達した…と言って…日曜日夜の松山…街は半ば“活動休止”だ…
落ち着くためのネットカフェは瞬時に見つかった…それだけは幸いと言えた…だが、何か妙に草臥れた…
初上陸の四国で方々を巡ろうという考え…急速に萎えている…所詮は「風任せ」に動いている…明朝、また色々と考えよう…
>ほぼリアルタイムな動きはこちら…
名古屋から彦根を経て京都へ…
実は、昨年の旅でも「大阪に居座って大阪市内で過ごした」という一日が在った。今回の12月18日の様子は、それに似ていないとも言えなくない…
早朝の名古屋を出発し、彦根に寄り、京都に寄り、そのまま京都で夜を明かす…「“目的地”を確定して、ストレートに向かう」のではなく「風任せ」であるが故に生じた事態かもしれない…更に換言するなら、彦根や京都が非常に充実して、また相当に歩いた型なので動きたくなくなったというようなことかもしれない…
「1808年に会津の武士が、何度か生じたロシア船との摩擦に対処する“北方警固”の任務を帯びて稚内へ…」という話しから200年だった2008年、その話しに強い興味を覚えた。「先人の足跡を辿る」と称して会津の人達が稚内にやって来たという話しまで聞き、「では逆に、どんな所から稚内に来たのか、視に行く稚内の人間が居ても構わないであろう…」と会津を訪ねてみた…爾来、かの『会津士魂』を全巻読了するなど、元々好きだった時代小説に更に嵌るということが在った…
そうした中で“井伊直弼関係”の作品も幾分読んでいる。井伊直弼本人が劇中人物として活躍するものも、水戸浪士に討たれる場面が出てくるものも在った。また、井伊直弼が活躍した時代を論じた新書も在った…
↓それらを幾分挙げておく…
>『奸婦にあらず』
>『花の生涯』
>『桜田門外ノ変』(映画と原案小説)
>『井伊直弼の首』
この中、『奸婦にあらず』を読んで“彦根”に強く惹かれ、『花の生涯』で関心が更に深まった…
『奸婦にあらず』では、かの村山たかが、物流や情報の盛んな近江に在って、要人のことを探って各方面へ情報提供を行う、ある種の忍者の一族であるという大胆な面も在るのだが、彦根城下や“埋木舎”を舞台に繊細な、また些か官能的な描写が印象的な作品だ。実は「時代小説??」という友人に勧めたのだが、先方も作品をなかなか気に入ったようだ…
この作品の中で、たかが密かに“埋木舎”を訪ねて井伊直弼と会う場面が在る。そして、彦根井伊家の権威の象徴としての城も描写される…こういうのを読んでいると…「その場を是非!!」という思いが強まる…
実は彦根に関しては、昨年2回通過している…ただその時には上述のような「想いを抱く理由」が薄かった…城のようなもの一般に興味は在るので、彦根城が要衝―京都に近く、街道や琵琶湖を利用した水運が交錯している―である近江北部を領した名門井伊家の居城であること等は知っていたが、それだけだった…その後、彦根城というものが、「天守閣を始め、江戸時代の建築が綺麗に残っている(たったの)12例しか無いものの一つ」であることも知った…
ということで立ち寄った彦根城だが、想像以上に「訪ねる甲斐が在る」ものだった!!
城は“要塞”である。敵軍が城下から進入して攻撃を受けることを想定している。よって、存外に急な丘の上に城は建っている…城の訪問は、そこを上るところから始まる…
その前に、堀と堀の水に映りこむ壁や樹木を愛でるというのも在るのだが、やや急峻な坂道は印象的だ…動き易いシューズを履いて上がった訳だが、昔は草履、草鞋というようなものを履いて上がった訳である…また、建造物を建てるのだから、建材も運んだ訳だ…なかなか大変だ…
そういうことを思い浮かべながら上がったが、自然石を巧みに組み合わせた石垣も見事で、それに苔生している様を見て城が築かれた17世紀からの時間を想った…そして、適度に手入れされた木々も美しい…“銀世界”から辿り着いた私の眼には「未だに一部“紅葉”が観られた」というのは小さな驚きだ…
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天守閣…初めて観て、思わず「対面!!」という単語が口を突いた…色々と“想い”が在ったからだ…江戸時代の建築が眼前で、列車に飛行機にまた列車を延々と乗り継いで辿り着いた私を見下ろしているのである。何か城に「その方、西蝦夷地からの長い道中、大儀である…」とでも声を掛けられたような気がした…対して「御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます…」とでも応える場面か?
中に入った…現代の建材で階段は補強されているが、構造は江戸時代のままである…その階段…恐ろしく急峻である…上り下りにやや苦戦した…天守閣の中に入る場合には靴を脱ぐ…そしてスリッパが在るのだが、私は足に合わない場合も在るので敢えてスリッパを履かなかったが、そうしておいて善かった…
考えてみると、「天守閣内の階段」は「沢山の人達が快適に通行する」ような筋合いのものではない…例えば「大きな神社の石段」のようなものとは違う…「戦の際に将兵が立て籠もる櫓」の延長線上なのである…彦根城は、大阪城や名古屋城のように「権威の象徴」という要素よりも、「要塞の一部」という実用上の事情で構想された建築物なのだ…
城に関しては、例えば天守閣は「要塞の一部」で、普段から誰かが毎日寝起きしていた訳でもない…城の敷地に居館が設けられる。その居館は、領地に関する政務を行う役所でもあった…
彦根城の場合、城主の居館と政務を行う役所を兼ねた“御殿”と呼ばれた建物は復元されており、博物館になっている。これがなかなか面白かった!!現在は“企画展”として刀が紹介されていた部屋が在ったが、ここには「赤い甲冑に実を包んだ勇敢な将兵」ということで“赤備”(あかぞなえ)として知られた井伊家の甲冑や、大名が嗜んだ能楽や茶道などに関する様々な物が在る…
こうした“御殿”に比較的近い辺りに、立派な庭園“玄宮園”も在った…小さな橋が架かった池と茶室が設けられているのだが、池には天守閣を戴く丘が映り込み、実に美しい!!こういう場所で、城主一家や城主の愛妾達が寛いだり、或いは側近が密談でもしていたのだろうか…色々と想像が膨らむ庭園だった…
↓彦根城、庭園、博物館の写真をまとめてみた…

↑小雨も混じり、やや雲が目立ったが、なかなか佳い色合いの画になった…
そして“埋木舎”である…
城の丘の麓に、文字どおりひっそりと建っていた…
“埋木舎”の時期、恐らく井伊直弼は本人の他、「数名の従僕に数名の侍女」という所帯で暮らしていたのであろう。江戸時代のことなので、“薪割り”までして煮炊きをするので、現代の感覚よりもやや広いかもしれないが、「5名、6名で暮らして丁度良い程度か?」と思わせる家だった…
井伊直弼は居合い抜きが得意で、茶道にも通じていたというが、「この辺りで居合い抜きの練習をしていたか?」とか、「この茶室で茶道の点前を?」とか想像が膨らんだ…或いは小説に長野主膳と文学を語る場面や、たかと密会する場面、また『花の生涯』では三味線を叩き壊す場面も在るのだが、そんな場面を想像しながら様子を見ていた…
↓若干の写真を纏めた…

何か「午前中に少々」のつもりが昼近くまで彦根で愉しく過ごすことになった…彦根からは、とりあえず大阪を越えて山陽道に出る列車に乗った…彦根の天候が今ひとつだったので「それなら列車でどんどん動いておくか…」等と思っていた…
しかし!!天候が好転した!!そこで気が変わって京都で下車である…
京都に関しては…昨年“休館日”だったために行かなかった「梅小路蒸気機関車館」が気になっていた…
↓これは確りと楽しんでしまった…

蒸気機関車…私が幼少の頃、未だ“最後のSL”とも言われた、室蘭本線の貨物列車が岩見沢辺りで見受けられた…(年代がバレる…)
後年知った訳だが、あれはD51だった…線路の幅のことが在るので、「日本で見られる鉄道車輌」としては、多分新幹線車輌の方が大きいのだが…黒い車体からすごい煙と音を出す蒸気機関車を、幼少の頃には「途轍もなく大きなもの」と思っていた…
↓これはC55の動輪…動輪が3組の“C”で始まる番号の型は動輪が大きい…「速度重視」な設計だからである…
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ということでSLは好きなのだ!!恐らく日本一多くの種類の蒸気機関車を保管している「梅小路蒸気機関車館」…非常に愉しい!!どちらかと言えば、小さい子どもを連れた家族連れが目立つ場所だが…
京都で「梅小路蒸気機関車館」まで行けば…“島原”が近い!!
↓こんな作品に触れたことが在る…
>『輪違屋糸里』
“糸里”とは“島原”の女性だ…小説は“島原”の女性達と新撰組との物語だ…
ここに出て来る“輪違屋”という場所…現在でも在る!!ということで訪ねてみたかったのだ!!
↓これが“輪違屋”である!!
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↑建物は、新撰組の面々が京都に現れる少し前に出来たもので、明治時代の初めに手が入って今日に至っているのだそうだ…
↓辺りの様子である…

↑旧めな家屋が並ぶ、一寸地味な地域である…
この“島原”を訪ねた際…サウナも利用してしまった…
ということで…「名古屋・彦根・京都」と地味な移動だった12月18日だが…内容は異様に濃かった…
こんな「風任せ」…もう少々続ける…
追伸
>ほぼリアルタイムな動きはこちらに…
早朝の名古屋を出発し、彦根に寄り、京都に寄り、そのまま京都で夜を明かす…「“目的地”を確定して、ストレートに向かう」のではなく「風任せ」であるが故に生じた事態かもしれない…更に換言するなら、彦根や京都が非常に充実して、また相当に歩いた型なので動きたくなくなったというようなことかもしれない…
「1808年に会津の武士が、何度か生じたロシア船との摩擦に対処する“北方警固”の任務を帯びて稚内へ…」という話しから200年だった2008年、その話しに強い興味を覚えた。「先人の足跡を辿る」と称して会津の人達が稚内にやって来たという話しまで聞き、「では逆に、どんな所から稚内に来たのか、視に行く稚内の人間が居ても構わないであろう…」と会津を訪ねてみた…爾来、かの『会津士魂』を全巻読了するなど、元々好きだった時代小説に更に嵌るということが在った…
そうした中で“井伊直弼関係”の作品も幾分読んでいる。井伊直弼本人が劇中人物として活躍するものも、水戸浪士に討たれる場面が出てくるものも在った。また、井伊直弼が活躍した時代を論じた新書も在った…
↓それらを幾分挙げておく…
>『奸婦にあらず』
>『花の生涯』
>『桜田門外ノ変』(映画と原案小説)
>『井伊直弼の首』
この中、『奸婦にあらず』を読んで“彦根”に強く惹かれ、『花の生涯』で関心が更に深まった…
『奸婦にあらず』では、かの村山たかが、物流や情報の盛んな近江に在って、要人のことを探って各方面へ情報提供を行う、ある種の忍者の一族であるという大胆な面も在るのだが、彦根城下や“埋木舎”を舞台に繊細な、また些か官能的な描写が印象的な作品だ。実は「時代小説??」という友人に勧めたのだが、先方も作品をなかなか気に入ったようだ…
この作品の中で、たかが密かに“埋木舎”を訪ねて井伊直弼と会う場面が在る。そして、彦根井伊家の権威の象徴としての城も描写される…こういうのを読んでいると…「その場を是非!!」という思いが強まる…
実は彦根に関しては、昨年2回通過している…ただその時には上述のような「想いを抱く理由」が薄かった…城のようなもの一般に興味は在るので、彦根城が要衝―京都に近く、街道や琵琶湖を利用した水運が交錯している―である近江北部を領した名門井伊家の居城であること等は知っていたが、それだけだった…その後、彦根城というものが、「天守閣を始め、江戸時代の建築が綺麗に残っている(たったの)12例しか無いものの一つ」であることも知った…
ということで立ち寄った彦根城だが、想像以上に「訪ねる甲斐が在る」ものだった!!
城は“要塞”である。敵軍が城下から進入して攻撃を受けることを想定している。よって、存外に急な丘の上に城は建っている…城の訪問は、そこを上るところから始まる…
その前に、堀と堀の水に映りこむ壁や樹木を愛でるというのも在るのだが、やや急峻な坂道は印象的だ…動き易いシューズを履いて上がった訳だが、昔は草履、草鞋というようなものを履いて上がった訳である…また、建造物を建てるのだから、建材も運んだ訳だ…なかなか大変だ…
そういうことを思い浮かべながら上がったが、自然石を巧みに組み合わせた石垣も見事で、それに苔生している様を見て城が築かれた17世紀からの時間を想った…そして、適度に手入れされた木々も美しい…“銀世界”から辿り着いた私の眼には「未だに一部“紅葉”が観られた」というのは小さな驚きだ…
天守閣…初めて観て、思わず「対面!!」という単語が口を突いた…色々と“想い”が在ったからだ…江戸時代の建築が眼前で、列車に飛行機にまた列車を延々と乗り継いで辿り着いた私を見下ろしているのである。何か城に「その方、西蝦夷地からの長い道中、大儀である…」とでも声を掛けられたような気がした…対して「御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます…」とでも応える場面か?
中に入った…現代の建材で階段は補強されているが、構造は江戸時代のままである…その階段…恐ろしく急峻である…上り下りにやや苦戦した…天守閣の中に入る場合には靴を脱ぐ…そしてスリッパが在るのだが、私は足に合わない場合も在るので敢えてスリッパを履かなかったが、そうしておいて善かった…
考えてみると、「天守閣内の階段」は「沢山の人達が快適に通行する」ような筋合いのものではない…例えば「大きな神社の石段」のようなものとは違う…「戦の際に将兵が立て籠もる櫓」の延長線上なのである…彦根城は、大阪城や名古屋城のように「権威の象徴」という要素よりも、「要塞の一部」という実用上の事情で構想された建築物なのだ…
城に関しては、例えば天守閣は「要塞の一部」で、普段から誰かが毎日寝起きしていた訳でもない…城の敷地に居館が設けられる。その居館は、領地に関する政務を行う役所でもあった…
彦根城の場合、城主の居館と政務を行う役所を兼ねた“御殿”と呼ばれた建物は復元されており、博物館になっている。これがなかなか面白かった!!現在は“企画展”として刀が紹介されていた部屋が在ったが、ここには「赤い甲冑に実を包んだ勇敢な将兵」ということで“赤備”(あかぞなえ)として知られた井伊家の甲冑や、大名が嗜んだ能楽や茶道などに関する様々な物が在る…
こうした“御殿”に比較的近い辺りに、立派な庭園“玄宮園”も在った…小さな橋が架かった池と茶室が設けられているのだが、池には天守閣を戴く丘が映り込み、実に美しい!!こういう場所で、城主一家や城主の愛妾達が寛いだり、或いは側近が密談でもしていたのだろうか…色々と想像が膨らむ庭園だった…
↓彦根城、庭園、博物館の写真をまとめてみた…

↑小雨も混じり、やや雲が目立ったが、なかなか佳い色合いの画になった…
そして“埋木舎”である…
城の丘の麓に、文字どおりひっそりと建っていた…
“埋木舎”の時期、恐らく井伊直弼は本人の他、「数名の従僕に数名の侍女」という所帯で暮らしていたのであろう。江戸時代のことなので、“薪割り”までして煮炊きをするので、現代の感覚よりもやや広いかもしれないが、「5名、6名で暮らして丁度良い程度か?」と思わせる家だった…
井伊直弼は居合い抜きが得意で、茶道にも通じていたというが、「この辺りで居合い抜きの練習をしていたか?」とか、「この茶室で茶道の点前を?」とか想像が膨らんだ…或いは小説に長野主膳と文学を語る場面や、たかと密会する場面、また『花の生涯』では三味線を叩き壊す場面も在るのだが、そんな場面を想像しながら様子を見ていた…
↓若干の写真を纏めた…

何か「午前中に少々」のつもりが昼近くまで彦根で愉しく過ごすことになった…彦根からは、とりあえず大阪を越えて山陽道に出る列車に乗った…彦根の天候が今ひとつだったので「それなら列車でどんどん動いておくか…」等と思っていた…
しかし!!天候が好転した!!そこで気が変わって京都で下車である…
京都に関しては…昨年“休館日”だったために行かなかった「梅小路蒸気機関車館」が気になっていた…
↓これは確りと楽しんでしまった…

蒸気機関車…私が幼少の頃、未だ“最後のSL”とも言われた、室蘭本線の貨物列車が岩見沢辺りで見受けられた…(年代がバレる…)
後年知った訳だが、あれはD51だった…線路の幅のことが在るので、「日本で見られる鉄道車輌」としては、多分新幹線車輌の方が大きいのだが…黒い車体からすごい煙と音を出す蒸気機関車を、幼少の頃には「途轍もなく大きなもの」と思っていた…
↓これはC55の動輪…動輪が3組の“C”で始まる番号の型は動輪が大きい…「速度重視」な設計だからである…
ということでSLは好きなのだ!!恐らく日本一多くの種類の蒸気機関車を保管している「梅小路蒸気機関車館」…非常に愉しい!!どちらかと言えば、小さい子どもを連れた家族連れが目立つ場所だが…
京都で「梅小路蒸気機関車館」まで行けば…“島原”が近い!!
↓こんな作品に触れたことが在る…
>『輪違屋糸里』
“糸里”とは“島原”の女性だ…小説は“島原”の女性達と新撰組との物語だ…
ここに出て来る“輪違屋”という場所…現在でも在る!!ということで訪ねてみたかったのだ!!
↓これが“輪違屋”である!!
↑建物は、新撰組の面々が京都に現れる少し前に出来たもので、明治時代の初めに手が入って今日に至っているのだそうだ…
↓辺りの様子である…

↑旧めな家屋が並ぶ、一寸地味な地域である…
この“島原”を訪ねた際…サウナも利用してしまった…
ということで…「名古屋・彦根・京都」と地味な移動だった12月18日だが…内容は異様に濃かった…
こんな「風任せ」…もう少々続ける…
追伸
>ほぼリアルタイムな動きはこちらに…
札幌から名古屋へ…
朝6時に発車する新千歳空港行きに乗らなければ間に合わないフライト…そのために5時頃から行動開始となった朝である…
東京への“大ワープ”敢行後に関しては、いろいろなアイディアが在って、詳細を決めかねていた…
しかし…「機体中央三列シートの真中の列」という身動きが取れない場所で、半ば眠っていた間に東京へ“運ばれ”、東京周辺で素晴らしい好転という様子に出くわすと…「上空から何も見えなかった分、高い所…」という考えが頭を過った…
結果、先ずは「横浜のランドマークタワー!!」と思い至ったのだ…
↓とりあえず、ランドマークタワー関係の写真のセットである…

↑素晴らしい青空と耀く海…非常に素敵だ!!
ということをしてしまったので、何か「横浜から日中の間に動いて…」という展開になって行った…
今日の動きを振り返る…
06:00 札幌 - 06:48 新千歳空港
ANA050 07:30 新千歳空港 - 09:10 羽田空港
※京急で羽田空港から横浜へ…横浜・桜木町間をJRで往復…
12:19 横浜 - 13:45 熱海
13:55 熱海 - 15:06 東静岡
16:09 東静岡 - 16:43 島田
16:57 島田 - 17:42 浜松
17:49 浜松 - 18:25 豊橋
18:31 豊橋 - 19:27 名古屋
※地下鉄で名古屋・伏見間を往復…
という具合である…横浜に向かってランドマークタワーで空、海、港、街並みを楽しんだ後、“ハードロックカフェ”で軽く食事を楽しんだ…
移動をしていた中、東静岡で“ガンダム”が見えてしまい…一寸愉しんでしまった…
『機動戦士ガンダム』は3本の映画が好い!!3本共、今ではゲームセンターか何かになっている札幌都心の映画館で、弟と一緒に観た想い出が在る…1本目はテレビシリーズのダイジェストのようでパッとしなかったが…2本目、3本目は秀逸だった!!3本目の音楽、殊更主題歌の『めぐりあい』は…未だに歌ってしまう…
という訳なので、あの“18m”(設定上の大きさ)の“ガンダム”は、そこに佇んでいるだけで嬉しい!!今日の青空には、あの白い巨体が非常に映えた…
↓何か「模型を利用した特撮」のようでもあるが、確かにそこには18mの“ガンダム”が佇んでいた…

↑知っている人は知っていることだが…“RX-78”とは“ガンダム”の形式番号である…
東静岡で寄り道してしまったが、東海道線は「寄り道をしても次やその次の列車が幾らでも在る」のである…また移動を続けた…
実は…“素通り”説も在った名古屋に道草してしまった…
昨年、名古屋のハードロックカフェで軽く呑んだので、そのことを思い出しながら色々と調べると「12月末で閉店」ということが判った…そこで寄ってみることにしたのだ…
そんな訳で…あそこのメニューではなかなか気に入っている“モヒート”を頂き、序に“パープルヘイズ”(多分、かのジミ・ヘンドリックスの曲名に着想を得たのであろう…)とカクテルを2杯頂いた…店は閉店を惜しむファンでそれなりに賑わっていた…来年にでも復活してくれれば善いが…
名古屋の地下鉄は鬼のように込み合っていた…そこで少々疲れた…名古屋駅周辺で夜を明かす場所を確保である…
何か…「写真を整理しよう…」という頭なのだが…全ては出来ない…
最近は電力消費が控え目な“LED”の普及で、方々で“イルミネーション”が益々盛んになっているらしいが…名古屋も華やかだ…嘗て、「七夕の飾り等の伝統が在る仙台が華やか」等と思ったことも在るが、名古屋もなかなかである…
明日―もう日付が変わってしまっているので今日だが…―は何処に寄るのか…思案中である…
追伸
>リアルタイムに近い動きはこちら…
東京への“大ワープ”敢行後に関しては、いろいろなアイディアが在って、詳細を決めかねていた…
しかし…「機体中央三列シートの真中の列」という身動きが取れない場所で、半ば眠っていた間に東京へ“運ばれ”、東京周辺で素晴らしい好転という様子に出くわすと…「上空から何も見えなかった分、高い所…」という考えが頭を過った…
結果、先ずは「横浜のランドマークタワー!!」と思い至ったのだ…
↓とりあえず、ランドマークタワー関係の写真のセットである…

↑素晴らしい青空と耀く海…非常に素敵だ!!
ということをしてしまったので、何か「横浜から日中の間に動いて…」という展開になって行った…
今日の動きを振り返る…
06:00 札幌 - 06:48 新千歳空港
ANA050 07:30 新千歳空港 - 09:10 羽田空港
※京急で羽田空港から横浜へ…横浜・桜木町間をJRで往復…
12:19 横浜 - 13:45 熱海
13:55 熱海 - 15:06 東静岡
16:09 東静岡 - 16:43 島田
16:57 島田 - 17:42 浜松
17:49 浜松 - 18:25 豊橋
18:31 豊橋 - 19:27 名古屋
※地下鉄で名古屋・伏見間を往復…
という具合である…横浜に向かってランドマークタワーで空、海、港、街並みを楽しんだ後、“ハードロックカフェ”で軽く食事を楽しんだ…
移動をしていた中、東静岡で“ガンダム”が見えてしまい…一寸愉しんでしまった…
『機動戦士ガンダム』は3本の映画が好い!!3本共、今ではゲームセンターか何かになっている札幌都心の映画館で、弟と一緒に観た想い出が在る…1本目はテレビシリーズのダイジェストのようでパッとしなかったが…2本目、3本目は秀逸だった!!3本目の音楽、殊更主題歌の『めぐりあい』は…未だに歌ってしまう…
という訳なので、あの“18m”(設定上の大きさ)の“ガンダム”は、そこに佇んでいるだけで嬉しい!!今日の青空には、あの白い巨体が非常に映えた…
↓何か「模型を利用した特撮」のようでもあるが、確かにそこには18mの“ガンダム”が佇んでいた…

↑知っている人は知っていることだが…“RX-78”とは“ガンダム”の形式番号である…
東静岡で寄り道してしまったが、東海道線は「寄り道をしても次やその次の列車が幾らでも在る」のである…また移動を続けた…
実は…“素通り”説も在った名古屋に道草してしまった…
昨年、名古屋のハードロックカフェで軽く呑んだので、そのことを思い出しながら色々と調べると「12月末で閉店」ということが判った…そこで寄ってみることにしたのだ…
そんな訳で…あそこのメニューではなかなか気に入っている“モヒート”を頂き、序に“パープルヘイズ”(多分、かのジミ・ヘンドリックスの曲名に着想を得たのであろう…)とカクテルを2杯頂いた…店は閉店を惜しむファンでそれなりに賑わっていた…来年にでも復活してくれれば善いが…
名古屋の地下鉄は鬼のように込み合っていた…そこで少々疲れた…名古屋駅周辺で夜を明かす場所を確保である…
何か…「写真を整理しよう…」という頭なのだが…全ては出来ない…
最近は電力消費が控え目な“LED”の普及で、方々で“イルミネーション”が益々盛んになっているらしいが…名古屋も華やかだ…嘗て、「七夕の飾り等の伝統が在る仙台が華やか」等と思ったことも在るが、名古屋もなかなかである…
明日―もう日付が変わってしまっているので今日だが…―は何処に寄るのか…思案中である…
追伸
>リアルタイムに近い動きはこちら…
普通列車で動いた稚内・札幌間…
何時の間にやら12月17日になってしまっている…が、私の中では「12月16日の延長」に過ぎない…
明朝早く“大ワープ”を敢行する…従って、「12月16日の使命」は「“大ワープ”に備える」というだけのことだ。要するに「札幌辺りに辿り着けば良い」ということだったのである…
「稚内・札幌間の移動」に関して「“青春18きっぷ”で=普通列車で」と言い出すと、何か「途轍もない企て」、「無謀な振る舞い」のような印象になってしまうかもしれない…
稚内で「稚内・札幌間の移動」と言えば、「一日3往復の特急列車」、「夜行も在る都市間バス」、「(冬以外の季節であれば)空路」、「自家用車等」ということになり、「“青春18きっぷ”=普通列車」というのは「視野の外」も同然である…
私自身は、例えば“青春18きっぷ”のようなものが年中出ていたなら、もしかすると「原則普通列車」等という考えを抱くかもしれない…
過日、用事を抱えて札幌を往来した際、特急列車を利用した。実は、今回普通列車を利用したが「身体の消耗」に関して言えば、特急列車利用の場合と然程変わらないか、何となく普通列車の方が疲れていないかもしれないのである…
尤も、過日の場合は抱えていた用事が「多少気が張って、また気分的にも滅入る内容を含む」ものであったため、それが身体に作用したのかもしれないが…そういう“用事”の状況と、「風任せ」な今般とでは、「同列に論じる」訳にも行かない面は在るかもしれない…
それでも普通列車利用で移動する場合、乗換えやら列車待ち合わせ等のやや長い停車という「良い気分転換」が在ったり、そういう機会に外気に触れて身体を伸ばせるのが心地好いのかもしれない…
これまでに何度も普通列車による「稚内・札幌間の移動」をしているのだが、“定番化”していたのは「早朝6時台に稚内を発ち、午後4時台に札幌到着」というものであった。今回は違うことをしている…
↓今回利用の列車である…
10:51 稚内 - 14:02 名寄
14:35 名寄 - 16:03 旭川
17:38 旭川 - 19:17 岩見沢
19:36 岩見沢 - 20:17 札幌
↑早朝に稚内を発つ場合、音威子府で“超長時間停車”が在り、「1本余計に列車を乗り継ぐ」気分となってしまうが、基本は変わらない…と言うよりも「稚内を出て、その日に札幌へ着く」ということで普通列車を選べば、“早朝発”か今回の“10:51”しか選択肢は無い…
今回は「午前11時前発・午後8時台着」となっているが、旭川で「直ぐに出る岩見沢行き」に乗り、札幌との間は“通勤圏”で列車も多い岩見沢でも直ぐに来る列車に乗ることで「午後6時台着」に出来る…が、今回は「空腹に耐え兼ねた」ことと、「新しくなった旭川駅の様子を一寸視たい」ということで、「1本見送り」という話しにしたのである…
「明日への備え」の休息時間…ネットカフェで写真の整理である…利用している場所は、“ナイトパック”なるもので、朝まで1,500円である…ドリンクは飲み放題だ…
整理した各写真を御覧頂く…
↓出発前の稚内の様子…

稚内は氷点下5℃前後…冷えていた…曇天基調で雪混じり、思い付いたように光線が差し込む状況であった…
↓稚内・札幌間の様子…

道中、名寄、旭川、到着の札幌で気温表示が出ている箇所に目を向けたが、何れも氷点下4℃というような次元で、終始冷えていた…名寄までは雪が降っている場面も多かったかもしれない…乗換えの岩見沢までは雪もそこそこに積もっていたが、札幌都心では「やや少ない?」という按配になっている…
旭川の新しい駅…“札幌駅風”とでも言うのか、“高架”になった。旧駅舎や、嘗ての線路の箇所は何やら整備工事が進んでいた。旧駅舎の一部は通路のようになっていて、「ここが改札で、駅員さん達が詰めていたのはこの辺りで、切符を売っていたのもこの辺りで、友人への土産のストラップを求めたのはあの辺りで、駅弁を買い込んだのはあっちで、稚内・札幌の夜行列車が夜明け前に長めに停まっていた時に立ったホームはこの辺りで…」と半ば空洞になった旧駅舎や嘗て線路だった箇所を見て、何やら複雑な想いを抱いた…もう少しストレートな表現をさせて頂けば、寂しさや愛惜を覚えた…何れ「自分史の史跡」とでも言うような場所も判り難くなるのであろう…
この駅以外、駅周辺に然程の変化は無かったように思う。“買物公園”の気に入っている「サックス奏者」にも“御挨拶”が出来た!!
時間帯の故なのだと思うが…かなり広い旭川駅は、何か森閑としていた…凝ったディーテールが、なかなかに美しい建築では在る…
旭川に足を運ぶと、何か駅舎正面の「三角形の駅名と時計と雪の結晶模様が入ったランプ」を視て「旭川だ!!」という実感を得ていた…「新駅舎であれが無くなる??」と思っていたのだが、現時点では残っている!!三角形のデザインに駅名と時計は“座り”が良いのだが、あの雪の結晶のランプが点滅している様子は「冬が厳しい土地ながら、物流の拠点として発展してきた街の歴史」を暗示しているような感じで非常に“らしい”と思っていた…旧駅舎を「本当に取り壊した後」に、あの三角形のランプはどうなるのだろう?
そういうことを思いながら、新しい駅舎故に「逆に栄える」感じがする古めの電車711系で移動を続けた…
↓到着した札幌の様子…

今回は「手持ち撮影」の写真が多いが、札幌ではミニ三脚を確り使用した…光溢れる札幌には、ミニ三脚が必要な被写体が多い…
大通公園のイルミネーション!!今年は“釧路湿原”をイメージしたと思われる「川と丹頂鶴」のようなイルミネーションが在り、それが素敵であった!!白いランプの“鶴”はロボットかサイボーグのようで、青いランプの“川”も見栄えがした…
大通公園では、他所から北海道に来ている旅行者の方と言葉を交わした。写真を撮っていると「ここがベストなポイントやろか?」と御婦人2名に声を掛けられた…「ベストか否かは判らないが好い感じなので撮影していた」と応じ、“ミュンヘンクリスマス市”(やや遅かったので、今回は寄らなかった…)のことや、テレビ塔のライトアップは年末年始には色が何時もと違う話しなどをして「北海道を楽しんでください」と別れた…この手の状況ではつい「薀蓄好きな北海道民」になってしまう…
かなり夜が更けたが、テンションが高いのか、何となく元気だ!!
>ほぼリアルタイムな動きはこちらに…
明朝早く“大ワープ”を敢行する…従って、「12月16日の使命」は「“大ワープ”に備える」というだけのことだ。要するに「札幌辺りに辿り着けば良い」ということだったのである…
「稚内・札幌間の移動」に関して「“青春18きっぷ”で=普通列車で」と言い出すと、何か「途轍もない企て」、「無謀な振る舞い」のような印象になってしまうかもしれない…
稚内で「稚内・札幌間の移動」と言えば、「一日3往復の特急列車」、「夜行も在る都市間バス」、「(冬以外の季節であれば)空路」、「自家用車等」ということになり、「“青春18きっぷ”=普通列車」というのは「視野の外」も同然である…
私自身は、例えば“青春18きっぷ”のようなものが年中出ていたなら、もしかすると「原則普通列車」等という考えを抱くかもしれない…
過日、用事を抱えて札幌を往来した際、特急列車を利用した。実は、今回普通列車を利用したが「身体の消耗」に関して言えば、特急列車利用の場合と然程変わらないか、何となく普通列車の方が疲れていないかもしれないのである…
尤も、過日の場合は抱えていた用事が「多少気が張って、また気分的にも滅入る内容を含む」ものであったため、それが身体に作用したのかもしれないが…そういう“用事”の状況と、「風任せ」な今般とでは、「同列に論じる」訳にも行かない面は在るかもしれない…
それでも普通列車利用で移動する場合、乗換えやら列車待ち合わせ等のやや長い停車という「良い気分転換」が在ったり、そういう機会に外気に触れて身体を伸ばせるのが心地好いのかもしれない…
これまでに何度も普通列車による「稚内・札幌間の移動」をしているのだが、“定番化”していたのは「早朝6時台に稚内を発ち、午後4時台に札幌到着」というものであった。今回は違うことをしている…
↓今回利用の列車である…
10:51 稚内 - 14:02 名寄
14:35 名寄 - 16:03 旭川
17:38 旭川 - 19:17 岩見沢
19:36 岩見沢 - 20:17 札幌
↑早朝に稚内を発つ場合、音威子府で“超長時間停車”が在り、「1本余計に列車を乗り継ぐ」気分となってしまうが、基本は変わらない…と言うよりも「稚内を出て、その日に札幌へ着く」ということで普通列車を選べば、“早朝発”か今回の“10:51”しか選択肢は無い…
今回は「午前11時前発・午後8時台着」となっているが、旭川で「直ぐに出る岩見沢行き」に乗り、札幌との間は“通勤圏”で列車も多い岩見沢でも直ぐに来る列車に乗ることで「午後6時台着」に出来る…が、今回は「空腹に耐え兼ねた」ことと、「新しくなった旭川駅の様子を一寸視たい」ということで、「1本見送り」という話しにしたのである…
「明日への備え」の休息時間…ネットカフェで写真の整理である…利用している場所は、“ナイトパック”なるもので、朝まで1,500円である…ドリンクは飲み放題だ…
整理した各写真を御覧頂く…
↓出発前の稚内の様子…

稚内は氷点下5℃前後…冷えていた…曇天基調で雪混じり、思い付いたように光線が差し込む状況であった…
↓稚内・札幌間の様子…

道中、名寄、旭川、到着の札幌で気温表示が出ている箇所に目を向けたが、何れも氷点下4℃というような次元で、終始冷えていた…名寄までは雪が降っている場面も多かったかもしれない…乗換えの岩見沢までは雪もそこそこに積もっていたが、札幌都心では「やや少ない?」という按配になっている…
旭川の新しい駅…“札幌駅風”とでも言うのか、“高架”になった。旧駅舎や、嘗ての線路の箇所は何やら整備工事が進んでいた。旧駅舎の一部は通路のようになっていて、「ここが改札で、駅員さん達が詰めていたのはこの辺りで、切符を売っていたのもこの辺りで、友人への土産のストラップを求めたのはあの辺りで、駅弁を買い込んだのはあっちで、稚内・札幌の夜行列車が夜明け前に長めに停まっていた時に立ったホームはこの辺りで…」と半ば空洞になった旧駅舎や嘗て線路だった箇所を見て、何やら複雑な想いを抱いた…もう少しストレートな表現をさせて頂けば、寂しさや愛惜を覚えた…何れ「自分史の史跡」とでも言うような場所も判り難くなるのであろう…
この駅以外、駅周辺に然程の変化は無かったように思う。“買物公園”の気に入っている「サックス奏者」にも“御挨拶”が出来た!!
時間帯の故なのだと思うが…かなり広い旭川駅は、何か森閑としていた…凝ったディーテールが、なかなかに美しい建築では在る…
旭川に足を運ぶと、何か駅舎正面の「三角形の駅名と時計と雪の結晶模様が入ったランプ」を視て「旭川だ!!」という実感を得ていた…「新駅舎であれが無くなる??」と思っていたのだが、現時点では残っている!!三角形のデザインに駅名と時計は“座り”が良いのだが、あの雪の結晶のランプが点滅している様子は「冬が厳しい土地ながら、物流の拠点として発展してきた街の歴史」を暗示しているような感じで非常に“らしい”と思っていた…旧駅舎を「本当に取り壊した後」に、あの三角形のランプはどうなるのだろう?
そういうことを思いながら、新しい駅舎故に「逆に栄える」感じがする古めの電車711系で移動を続けた…
↓到着した札幌の様子…

今回は「手持ち撮影」の写真が多いが、札幌ではミニ三脚を確り使用した…光溢れる札幌には、ミニ三脚が必要な被写体が多い…
大通公園のイルミネーション!!今年は“釧路湿原”をイメージしたと思われる「川と丹頂鶴」のようなイルミネーションが在り、それが素敵であった!!白いランプの“鶴”はロボットかサイボーグのようで、青いランプの“川”も見栄えがした…
大通公園では、他所から北海道に来ている旅行者の方と言葉を交わした。写真を撮っていると「ここがベストなポイントやろか?」と御婦人2名に声を掛けられた…「ベストか否かは判らないが好い感じなので撮影していた」と応じ、“ミュンヘンクリスマス市”(やや遅かったので、今回は寄らなかった…)のことや、テレビ塔のライトアップは年末年始には色が何時もと違う話しなどをして「北海道を楽しんでください」と別れた…この手の状況ではつい「薀蓄好きな北海道民」になってしまう…
かなり夜が更けたが、テンションが高いのか、何となく元気だ!!
>ほぼリアルタイムな動きはこちらに…
更に遠く?
冷えている朝だ。稚内は氷点下5℃か、それ以下と見受けられる…今朝は国内各地で「今季最高の寒さ」という話しも耳にした…そういう話題が似合う時季に入っている…今朝の稚内は曇天の範疇だが、空は比較的明るい…
今日から暫く“時間”を取ることにした。今2010年として初めて“日”単位で休暇を取得した…
こういうものは“タイミング”というものが肝要であると思うのだが、今年はその“タイミング”を逸し続けていたのかもしれない…そろそろ「今年は…」と振り返る場面も増えるような時季だ…
今年は用事を抱えて札幌やサハリンへ出掛けた機会が何度か在った。だから、全く“旅”をしていないという訳でもない…が、本当に「風任せ」な“旅”をしたという程でもない…そこで“時間”を取ったのである…
昨年も同じような時季に“時間”を取って“旅”をした…“青春18きっぷ”を使った旅をした訳だが、一部は「大ワープ」などと呼んだ“ショートカット”も利用した…
昨年は“ショートカット”として「札幌・東京間の空路往復」を利用した。その結果…行動範囲が非常に広がった反面、「復路の都合」で或る程度の制限も生じたように思う…
昨年は広島で原爆ドームを視て、“潜水艦”や“大和”と言った興味津々な展示の博物館や、「巡回バス」の“くれたん”が実質「一人で貸切…」となって非常に愉しかった呉というのが「最も遠かった場所」だった…それよりも“以遠”へ踏み出すことを躊躇ったのは、「復路の都合」ということだった…
という訳で…今年も「昨年同様の方式」を考えていながら、“復路”は「大阪・札幌の空路」としてみた…
その効果で、“以遠”も在るのかも知れないが、他方で「関西辺りでゆったり…」というのも在るのかもしれない…それが「風任せ」というものである…
確か中学生か高校生の頃に教科書で読んだのだが、何となく覚えているフレーズが在る…
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず
かの『奥の細道』の冒頭部に在る文だが…「わけもなく人をそわそわさせるという【そぞろ神】に憑かれたように心がさわぎ、【道祖神】の手招きにあって何も手につかない有様となり」(「奥の細道 朗読」より)という意味だ…
「風任せ」に“旅”という思いが募ると、こういうフレーズを思い浮かべる…
出立までには、やや間が在るが…“善い時”を過したいものだ…
追伸
>ほぼリアルタイムなこれからの動きはこちら…
今日から暫く“時間”を取ることにした。今2010年として初めて“日”単位で休暇を取得した…
こういうものは“タイミング”というものが肝要であると思うのだが、今年はその“タイミング”を逸し続けていたのかもしれない…そろそろ「今年は…」と振り返る場面も増えるような時季だ…
今年は用事を抱えて札幌やサハリンへ出掛けた機会が何度か在った。だから、全く“旅”をしていないという訳でもない…が、本当に「風任せ」な“旅”をしたという程でもない…そこで“時間”を取ったのである…
昨年も同じような時季に“時間”を取って“旅”をした…“青春18きっぷ”を使った旅をした訳だが、一部は「大ワープ」などと呼んだ“ショートカット”も利用した…
昨年は“ショートカット”として「札幌・東京間の空路往復」を利用した。その結果…行動範囲が非常に広がった反面、「復路の都合」で或る程度の制限も生じたように思う…
昨年は広島で原爆ドームを視て、“潜水艦”や“大和”と言った興味津々な展示の博物館や、「巡回バス」の“くれたん”が実質「一人で貸切…」となって非常に愉しかった呉というのが「最も遠かった場所」だった…それよりも“以遠”へ踏み出すことを躊躇ったのは、「復路の都合」ということだった…
という訳で…今年も「昨年同様の方式」を考えていながら、“復路”は「大阪・札幌の空路」としてみた…
その効果で、“以遠”も在るのかも知れないが、他方で「関西辺りでゆったり…」というのも在るのかもしれない…それが「風任せ」というものである…
確か中学生か高校生の頃に教科書で読んだのだが、何となく覚えているフレーズが在る…
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず
かの『奥の細道』の冒頭部に在る文だが…「わけもなく人をそわそわさせるという【そぞろ神】に憑かれたように心がさわぎ、【道祖神】の手招きにあって何も手につかない有様となり」(「奥の細道 朗読」より)という意味だ…
「風任せ」に“旅”という思いが募ると、こういうフレーズを思い浮かべる…
出立までには、やや間が在るが…“善い時”を過したいものだ…
追伸
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