『秘録 島原の乱』

↓近所の書店で見掛けて入手した。時代モノの小説だ。

秘録 島原の乱 (新潮文庫)



↑或る程度知られている史上の出来事に関して「本当はこうだった?」と大胆な考証で物語を創る…そういうタイプの作品が在ると思うのだが、本書は正しくそういう内容だ。かの<島原の乱>を取り上げている。これが酷く愉しく、「続き」が気になって、頁を繰る手が簡単に停められなくなってしまった…

タイトルに「島原の乱」と在るが、物語はその20年程も前の時期から起こっている。「大坂の陣」の最中から物語は起こっている。

落城も間近という大坂城…そこで何が起こるか?そしてその後?更に島原の出来事の背後に何が在るのか?

虚実交じって、“虚”たるフィクションでありながら「実?!」と思わせてしまうかのような物語が展開する。「考えてみれば生死不詳?」という人物が「実は生き、その後裔が…」という物語でもある。本当に「秘録」という感の物語となっている。

一寸面白いので広く御薦めしたい!

『水軍遥かなり』

「戦国時代の水軍或いは海賊」に題材を求めた『村上海賊の娘』を愉しく読了したばかりだったが、また「戦国時代の水軍或いは海賊」に題材を求めた時代モノの小説に出逢った。

↓志摩(現在の三重県の南側)を本拠地とした九鬼水軍を題材とした物語だ…

(上巻)

水軍遙かなり 上 (文春文庫)




(下巻)

水軍遙かなり 下 (文春文庫)




↑これは或いは、“水軍”というモノが大きな存在感を持ちえた時期と、その存在感が矮小化されてしまった時期との双方を生きることになった、“水軍”に大きな夢を見た人物の物語という側面が在るのかもしれない。興味深く読了した…

「志摩を本拠地とした九鬼水軍」と言えば、最もよく知られるのは、現在の大阪城の辺りに在ったという石山本願寺が織田信長陣営との永い抗争を続けていた中、瀬戸内海からの補給路を断つべく、毛利陣営の水軍と戦い、彼らを破って補給路を断ち切ることに成功した戦いであろう…

この石山本願寺へ海上から補給を行う経路を巡る戦いは、大きく2回に亘って行われている。1回目の戦いは、毛利陣営が勝利している。その戦いを主な舞台にするのが、本作の少し前に愉しく読了した『村上海賊の娘』である。2回目の戦いでは、1回目の戦いで大型の軍船が焼き討ちを受けて大損害を被ったことから、九鬼水軍は攻め難い更に大きな船を用意し、鉄板による“装甲”まで施し、敵陣営の船や将兵を攻撃する大小様々な多量の銃砲を積み込んだ船で河口から沿岸に「浮かぶ要塞」のような布陣をして戦ったと伝えられる。そしてその「浮かぶ要塞」で歴戦の村上水軍を軸とする毛利陣営の水軍戦力を粉砕してしまったという…

読む前には本作について、或いはこの2回目の戦いを巡る物語とも思ったが…そうではなかった…2回目の戦いが既に終わり、織田信長が天下統一まで「もう一息」となっていたような頃から物語は始まる。そして主人公は、この2回目の戦いで九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆ではなく、息子の九鬼守隆が主人公なのだ。

九鬼守隆…水軍の将の家で後継者として育ったということも手伝い、海の事や天文の事に高い関心を寄せる少年だった…織田陣営に参画する武将の後継者として信長に面会する機会を得た守隆は、信長の「真の興味」、「真の狙い」に触れることとなる…この辺りは、この作者がこの時代を扱う各作品で長く“テーマ”のように綴っている事項に通じる…

やがて豊臣政権の時代…この時代になると、関東の北条家との抗争に関連して太平洋の黒潮に挑む航海をしたり、不思議な行動を取る“風魔”の謎を解いてみたりというようなことが在る。そして、朝鮮出兵に関連する海の戦いに関わることになる。こういう時期を通じ、守隆は徳川家康を知ることになる。

関ケ原合戦を巡る動きの時期、守隆は敬愛していた父の嘉隆と「敵・味方」に分かれるという苦悩を味わうこととなる。そして、この一見はどうなっていくのか?

江戸幕府の体制の中、遠洋航海が関連するような外交事案について、家康が専管的に取り扱った。それが故に、守隆は家康が世を去った後には“想い”を持て余していくこととなってしまう。

本作は…敢えて「一定程度知られる華々しい戦い」というものを描写する機会を設けず、寧ろ「実は…」という“新説”めいた事項も含む話しを明かし、そして膨らむ想いとそれが幻滅してしまう過程を丹念に描き込んでいる…或いは非常に「この作者の作品らしい」印象も受けた…

作者らしいものであろうと、その限りでもないものであろうと、それはどうでも構わないのだが、或いは「エネルギーや意欲を傾注すべきポイントがズレた」結果として展開した歴史という“問題意識”が大変に興味深い。“水軍”というモノが大きな存在感を持ちえた時期が在り、“水軍”の存在感が矮小化されてしまった時期も在ったという訳である…

こうした「或いは一寸ズレた?」を、主要視点人物を介して探り、説くような時代モノ…一寸面白い!!守隆が膨らませた想いと、彼の幻滅というようなものを介して、「この国が辿り得た、別な可能性」に想いを巡らせてみるのも一興なのかもしれない…

『神君家康の密書』

↓あの加藤廣の作品が文庫で登場した!!



神君家康の密書(新潮文庫)

↑読み易い量の中篇が3作収められた1冊である。何れも愉しく、瞬く間に読了してしまった。

加藤廣と言えば、かの「本能寺三部作」のような、「本当はこうだった?!」というような、壮大な物語を思い浮かべるが、作品の分量と無関係に、史上の人物でもある彼が創る劇中人物は凄く「人間臭い」感じで、「スパイスが効いた」感じの中篇もなかなかに佳いのではないかと思う。小説作品を上梓してからの年月が浅めで、未だ作品点数は多くはないかもしれないが、この加藤廣作品については、新しい文庫を見付けると毎度のように目を向けるようにしている。

本書には、表題作である『神君家康の密書』が“しんがり”に据えられ、最初に『蛍大名の変身』、続いて『冥土の茶席 井戸茶碗「柴田」由来記』の計3作が収められている。何れも愉しい!!

『蛍大名の変身』は京極高次を主人公としている。「女の尻で光る」という揶揄を込めて“蛍大名”と呼ばれた人物である。嘗て在った大津城の城主であった時代、関ケ原合戦の時を迎えた。西軍陣営と目されていたが、東軍陣営で戦うことを表明し、大津城で籠城した経過が在る。結果的に彼の行動が決戦の帰趨に大きな影響―西軍陣営では「屈指の名将」と目される、立花宗茂らが率いる1万5千ともいわれる大軍が大津城攻囲をして移動を使用としていた間に決戦は終わってしまった…この大軍が西軍側で決戦に参戦していれば??―を及ぼすことになる。「異能の人」というような英傑が颯爽と駆け抜けた時代に在った、寧ろ「凡庸な人物」が、見様によっては「大変に運が好い」型で激動期を生きていく姿が面白い。加えて“淀君”に関することも詳しい。或いは『秀吉の枷』の後半部に通じる物語が在る…

『冥土の茶席 井戸茶碗「柴田」由来記』は柴田勝家が主人公である。「不器用な武骨者」というイメージの柴田勝家だが、配下の将兵に愛され、敬われた一廉の人物だった。豊臣秀吉との抗争に敗れてしまったのは…豊臣秀吉が“天下盗り”に至るまでの過程で持ち合わせていた「途轍もない強運」のようなものを持っていなかったからなのかもしれない。そうした事情が、柴田勝家が織田信長から拝領して後生大事にしていたと伝えられる茶碗の挿話と共に綴られる。

そして『神君家康の密書』は、題名になっている徳川家康ではなく、福島正則が主人公である。更に、福島正則の叔父でもある筆頭家老の福島丹波守も、やや出番は少なめながら“準主役”的な存在感を示す。これは関ケ原合戦の時の「“東軍”の実態」に迫る内容、或いは決戦そのものの実相を明かそうとするような内容を含んでいる。「飽くまでも“若”(=豊臣秀頼)を護る」として、少年時代からの友でもある盟友の加藤清正と共に行動する福島正則だが、“豊臣系”の人々の中で人望も在って、配下の将兵に敬愛されていて、勇名を馳せた“荒武者”であるに留まらず、智謀を巡らす能力も備えた男であることから、徳川陣営から大いに警戒され、随分と苦労を重ねる羽目になる。そして“密書”である…これに関しては、是非本作を紐解いてみて頂きたい…

加藤廣による、戦国期関連の作品だが、各々の作品に各々の主役が配されてはいるのだが、それでもなお、“戦国”から“天下統一”、“幕藩体制”への道筋を開いた「三大英雄」とその時代を、少し高みに立って語るような興味深さが漂う…

『謎手本忠臣蔵』

“忠臣蔵”というもの…余りにも有名な物語である…小説、テレビドラマ、映画と多くの時代モノのネタになっている…

↓その“忠臣蔵”に、かの加藤廣が正面から挑んだのがこの作品である…

加藤広/謎手本忠臣蔵 上巻 新潮文庫


加藤広/謎手本忠臣蔵 中巻 新潮文庫


加藤広/謎手本忠臣蔵 下巻 新潮文庫
↑手頃な分量の上・中・下の3冊に分かれた文庫で、なかなか読み易く、愉しく読んでいた間にどんどん進んでしまった…

本作の題名は『仮名手本忠臣蔵』という、“忠臣蔵”物語の定番に引っ掛け、「考えてみると…謎かもしれない…」という部分にスポットを当てようとしたことから『謎手本忠臣蔵』と題したようだ…

加藤廣は、史上の有名な事件等に関して、史実、伝えられていること、有名な創作を通じて知られていることなどの“隙間”を巧みに動き回って、「本当はこういうことだったのかもしれない…」という、なかなかに興味深い物語を綴る作家なのだが…この忠臣蔵も、そうした例に漏れない…

「事の起こり」というようなことになる「内匠頭が吉良上野介に斬り掛かった」という一件だが、実は「何故?」ということが判然としない。判らないままに内匠頭は騒ぎを起こしてしまい、判らない間に切腹ということになってしまい、御家取り潰しに至ってしまっている…

本作に登場する大石内蔵助は、この「何故?」を訝る…そして手を尽くして調べ、やがて行動するのである…

本作は大石内蔵助を中心とする物語であるが、他方に同時代の目立った政治家である柳沢吉保(途中までは保明という名だった…)も“主要キャスト”である。この柳沢吉保も、内匠頭の行動の「何故?」を訝る…もしかすると、本作は柳沢吉保の方が、大石内蔵助よりも“重い”役割を担っているかもしれない…

“柳沢吉保”と言えば…“側用人”という「将軍の秘書官」というようなイメージの位置に居て、同時に“大老格”というようなことで活躍したことから、何か「阿諛追従の徒」というような「ネガティヴなイメージ」も在るのかもしれないが、実は通貨のことや暦のことなど、当時はなかなかに難しかった問題の解決に奔走し、功績を確り挙げている人物である…本作では「一途に仕事をする能吏」であり、配下の忍び―出て来る忍びの頭領が渋い…―を駆使して情報収集、情勢把握になかなかのエネルギーを注ぎながら、「幕府の裏方」に徹する男として描かれている…意外に渋い!!

「“忠臣蔵”の時代」というのは、或いは後世の我々が思い浮かべるような「江戸時代の“武士”的価値観」や「仕事の進め方」というようなものが一定程度確立していたと見受けられる時代である。そういう中であるからこそ、かの内匠頭の“衝動的”な行動は、漠然と思う以上に「衝撃的!!」なのであり、大石内蔵助のような家中で重きを為す立場に在れば「何故だ!?何故なのか判らなければ、自分の人生はそこから一歩も先に進められない…」というようなことになるのであろう…

本作では「御家取り潰し」という事態になった後の“後始末”の様子が、なかなかにリアルで、何か非常に興味深い…金銭の始末に関しては生々しい…そういう話しや、“討ち入り”に至るまでの大石内蔵助と主立った人達の関係、或いは「幕府の裏方」を自認している柳沢吉保が「如何に騒動を収めるか?」で巡らせる考察という部分が、実に生き生きしていて分量も多い…他方…実際に淡々としたものだったらしいが、討ち入りの戦闘はアッサリした感じだ…それ以上に、赤穂浪士が泉岳寺へ向かう様子がなかなかに面白い…

余り内容に触れてしまうと、未読の皆さんのお楽しみを妨げるのでこの位とするが…本作は「御馴染みの物語」から“好い意味”で飛躍した、独特な味付けになっていて愉しい!!

『宮本武蔵』

かの“本能寺三部作”が非常に面白かったので注目している加藤廣作品が登場した!!


宮本武蔵 上巻


宮本武蔵 下巻

今度は宮本武蔵が主人公である。

宮本武蔵は「高名な剣客」である他方、詳しい伝記的情報が必ずしも豊富でもない人物である。他方、「高名な剣客」であるが故に、様々な創作の題材となっており、虚実入り混じり、寧ろ“虚”ということになる色々なことが伝えられている人物でもある。

本作は妙心寺に居候していた宮本武蔵が、豊前の細川家から招聘を受ける辺りから書き起こされる。かの佐々木小次郎との対戦の起こりである…

本作は、佐々木小次郎との対戦に始まり、宮本武蔵が逝去する辺りまでの、彼の後半生を描く物語である。有名な佐々木小次郎との対決が、「加藤廣の流儀」で大変興味深く描かれ、更にその後の歩みが「“悲運な天才”(?)の生涯」として綴られているのだ…

宮本武蔵と佐々木小次郎との対戦が組まれた“裏事情”は?そして対戦そのものの推移は?是非本作を紐解いて頂きたい…

その佐々木小次郎との対戦の部分も非常に好いのだが、本作の佳さは「“悲運な天才”(?)の生涯」というようなものが綴られている部分である。“剣客”としての技能が、必ずしも高く評価される訳でもなくなった時代に、色々な出会いや別れが繰り返される中、彼なりの“求道”が在る…これがなかなかに興味深い…

或いは…戦後の復興、高度成長、更にバブルなど「世の中の動きの中に身を置いて…」という色々な物語を聞いているものの、それとは直接関る訳でもなく生きていて、自身の技能に関してどの位の評価を受けているのかも判然とせずというような…そういう「その他大勢…」な人々に贈られた物語が本作なのかもしれない…“武蔵”程の“天才”も「悩み多き人生」を歩んでいたのだから…

“裏事情”(?)が絡まる佐々木小次郎との対決という冒頭部で引き込まれ、そのまま夢中で読了してしまった…非常に読み易かった…

『空白の桶狭間』

幾つかの作品が気に入ると、その作家の作品には自然と眼が向くようになる…

加藤廣に関しては、信長の死を巡る3部作が在り、その文庫本を全て読了した。そして、それが非常に興味深かった…

↓その加藤廣による作品の文庫本が登場した。

空白の桶狭間

タイトルの通り、本作は“桶狭間”を巡る物語である…

「桶狭間の合戦」と聞けば…今川勢の尾張侵入の情報にもなかなか動かなかった風雲児・信長が、突如として支度を始めて愛馬に跨って駆け出し、後を追う家臣達が居て、神社に集合して必勝祈願をし、そのまま風雨が激しくなる中を駆け抜け、桶狭間で休憩中に雨に降られてゴチャゴチャしている今川義元の陣営の近くの小高い場所に集まり、「狙うは義元が首一つ!!」と信長以下の一団が勢い良く突入し、迎撃態勢に無い今川勢をアッサリと蹴散らして、勢いのままに義元を討ってしまう…細かい演出は色々と派生型が在ると思うが、何となくそういう様子を思い浮かべてしまう…

しかし…この何となく思い浮かんでしまう、良く知られた“伝説”だが…色々と考えてみると…「如何にも伝説」という感じがしないでもない…「2万を超える大軍団が悠然と街道を進む」というような場合、桶狭間のような場所に総大将の義元が寄らなければならない理由は…寧ろ見当たらない…ドラマや映画の義元は、何か“お公家さん趣味”で、戦は得意でもないような描かれ方をすることが在るように思えるが、「谷間のような地形の場所に、無理に軍勢を通さない」というような、当時の用兵の常識位は承知していた筈で、桶狭間に居たこと事態が妙だ…そして、京を目指して大軍が進むのであれば、本隊が通ることになる街道ばかりではなく、人馬が通る主な場所に、それこそ「そんな場所まで?」とくどい位な範囲に“偵察隊”を配置して、義元の本隊を襲撃する動き、その可能性が認められるあらゆる事象に警戒していた筈だ。僅かでも常態と異なると見受けられるものが在れば、それは見逃され難い筈で、織田勢は「息を潜める」ような状況に押さえ込まれていたかもしれない…だから、信長以下の一団が密かに義元の陣に近寄る前に、「織田勢が何やら動き出した!!」と伝令が全力で走り、義元自身か幕僚格の重臣達に情報が入り、襲撃への警戒態勢が取られる筈だ…

そういう、一寸考えると思い浮かぶことに関して、本作は「実はこういうことであったのではないか?」という、非常に見事な回答案を示してくれる。正しく、謀略に対する謀略、そして更にそれに対する謀略という具合に、刀や槍を交える以外の凄まじい競合いが、あの“伝説”となっている戦いの裏にあったのではないかとするのが本作だ…

実は本作は、加藤廣による信長の死を巡る3部作の中で既に言及されている“桶狭間”に関して、かなり肉付けをしたような感の作品なのだが、これがなかなかに興味深い大胆なものに仕上がっている。

本作は、「ネタばれ大迷惑!!」な感じであると思われるので、これ以上は内容に言及しない。“伝説”の裏の「真実?」を、是非本書でお楽しみ頂きたい!!

『信長の棺』―同時代の伝記作者が解く、信長を巡る謎…

愉しく読んだ作品に「シリーズが…」と聞けば、つい手に取りたくなる…「1→2→3」という型で世に問われた作品であったが、結局「3→2→1」の順で読了してしまった…何れもなかなかに好かった!!

『秀吉の枷』に続いて、本作も凄い勢いで読了してしまった…と言うよりも、「停まらなくなるもの」が在る作品かもしれない…


信長の棺 上


信長の棺 下

本作の主人公は、織田信長の伝記を著したという太田牛一である。彼は信長の下で“文書・記録担当”という立場で仕事をしている人物である。

物語は“本能寺の変”の報を受け、安土城を脱出する場面から始まる。混乱の中で軟禁状態に陥り、解放されると秀吉の時代になっていた。やがて彼は秀吉の下で少し働き、隠居の身となる…

本作の大半は、その隠居の牛一が「信長の謎」を追い求めることに費やされている。牛一は、後世に己の文筆家としての名と共に、彼が仕えた信長の事績や人となりを伝えようと伝記を綴ることを考えるのだが、彼が知らない信長の極若い頃のことが判らない他、本能寺から消えた遺体が何処に在るのか判らず、牛一はそれを調べようと努力する…

彼は「信長の伝記」という著述作業を通じ「歴史を綴ることの意味」を深く考えるようになる。本書の中盤辺りはそういうことにも紙幅が割かれているように思う。なかなか考えさせられるものがある…

後半から終盤は「遺体の行方」である…彼自身が知る、“本能寺の変”直前に信長が意図していた行動を明かすのと引き換えに、遺体の始末に関して承知している元僧侶と漸く話し合い、それを知ることになる…未読の方の愉しみを妨げたくないので、ここでは言及しないことにするが…

本作を読んで感じたのだが、“牛一”が何となく作者自身と重なるということである。“牛一”はとりあえず一線を退いた立場で、自らの関心を追求している。作者も、色々と他の分野で活躍した経過を経て、やや高齢になってから本作を発表している…そういう辺りで、何か妙に惹かれるものが在った。

作品は非常に手が込んでいる…多くの謎を残す信長の物語を、「物語を綴る人」の目線で綴るという方式…斬新かもしれない…

結局「1→2→3」という型で世に問われた作品を「3→2→1」の順で読了してしまったのだが、何れも完成度が高い作品で、“時系列”の順でもないので、そういうやり方も可であろう…

非常に面白かったので<ブック/加藤廣作品>というカテゴリも設けておいた…多くの皆さんに、彼の力作に出会って頂きたい…

『秀吉の枷』―実は“哀れ”だったかもしれない“天下人”の実像?

“豊富秀吉”というのは余りにも有名な名前で、虚実入交じって色々なことが伝えられている人物である。「思いつく日本史上の人物の名前」というようなことで、不特定多数の人に尋ねてみるというようなことをすれば…きっと名前が挙がるであろう…(と言うよりも…“最大多数”を占めるのは「そんなものは何も知らない」かもしれないが…)

こういう有名な人物だが、だからと言って特段に強い興味を覚えるでもなく、この『秀吉の枷』という本は書店で何度も見掛けているにも拘らず、敢えて手にはしなかった…それを今更入手して読了したのは『明智左馬助の恋』が切っ掛けである。大変に愉しく読了した作品に関して「“シリーズ”が在る…」ということを知ると、つい関心を抱く…

ということで手に取って読了したのだが、非常に興味深かった!!


秀吉の枷 上


秀吉の枷 中


秀吉の枷 下

三分冊になっているのだが、分量は然程でもない…内容が面白いことも手伝って、かなり速く読了してしまった…

「面白い」のだが…何か“哀愁”のようなものが漂う気もする雰囲気である…

主人公は“秀吉”である。物語が扱うのは、中国地方での戦いを続ける秀吉の所に、死期を悟った竹中半兵衛が病身にも拘らずに陣中の秀吉を訪ねてくる辺りから始まり、“本能寺の変”が発生し、秀吉が明智陣営を撃破し、やがて天下を取って晩年に入って他界するまでの「伝記の後半」とでもいうような時期である。

秀吉の「伝記の後半」とでもいうような時期だが…余り人気が高いとも思えない。各種の“歴史モノ”、“時代モノ”で寧ろ「悪役的雰囲気」で描かれているような時期になるのではないだろうか。

しかし本作は、その然程の共感も呼ばないかもしれない時期に敢えて光を当てている。それが題名の“枷”という表現が意味しているものであると思う。“枷”というのは拘束をする道具のことである。ここでは、「秀吉を捕えてしまう何か」という程の意味で用いているのであろう。

本作では、秀吉が織田信長陣営の中で重きを成すようになってきた中で「自分も上に立つ可能性が在る筈だ」という“想い”を強めていく過程が描かれていると思う。従前の“歴史モノ”、“時代モノ”には余り無かった視点のように思う。学識者であると同時に人格者であったとされ、秀吉が最も信頼し、尊敬さえしていたであろう竹中半兵衛が「何時までも信長陣営の中に居る必然性も無い」という主旨を伝え、陣営内の書く武将の動向を精力的に調べるようにせよと、遺言のように秀吉に伝えたことから、秀吉の心と行動に変化が起こる…そうした描写が本作序盤の非常に面白いところだ。

そして“本能寺の変”である。有名な“大返し”は「事態を想定していたから成し遂げられた」という仮説で本作は話しが進む。そして“信長の死”を巡って、秀吉と極一部の謀臣達は「口外無用の事」を抱えてしまう…

“本能寺の変”以降、“天下人”への道を突き進み、やがて君臨するようになって行くのだが、そうした中で「口外無用の事」は次々に発生し、秀吉の心を蝕む…

本作で描かれるのは、「知略と胆力で出世の階段を駆け上がった」というような秀吉ではなく、「“口外無用の事”という“枷”に心を絡め取られて苦しんでいる孤独な権力者」という秀吉である…悪夢にうなされて、もがき苦しんで他界してしまう最後の方のシーンが哀れでさえあるのだ…

“本能寺の変”や、“天下人”となった秀吉の行動に関して「何故だ?」は色々と在るのだが、それに対する一つの答案が本作だ。本作は、夢や浪漫が溢れるような内容ではなく、寧ろ「謎解き」を愉しむミステリーであろうし、「人の罪業」を説くような内容かもしれない…秀吉の最期が描かれる部分の前に、作中で「影の軍団」と称されているのだが、最も古くから秀吉に仕え、優れた土木技術を駆使して鉱山経営や種々の特殊作戦を指揮した前野将右衛門が自殺してしまう場面が在る。その部分が非常に重い…

作者は十数年に亘って構想した内容を三部作に纏めている訳だが、その一つである本作…素晴らしい仕上がりだ!!

『明智左馬助の恋』―“明智陣営”の目線で語られる「本能寺の変」…

時代モノ、歴史モノの小説、映画、テレビドラマで「明智」と言えば、条件反射のように「光秀」であろう…

“天下布武”と号して各地の勢力を制圧し続けた織田信長の覇業が、やがて成し遂げられようという場面で、京都の本能寺に滞在していた彼を襲撃したのが明智光秀である。余りにも有名だ…

“明智光秀”は多くの作品に劇中人物として様々な型で描かれてもいる。また「“落武者狩”で名も無き村人に竹槍か何かで殺害されてしまった」という説の他方に「生き残って、“天海僧正”となって、徳川政権初期に暗躍した」というような説まで在って、なかなか興味深い。更に美濃では“名門”とも言い得る一族の出でありながら、各地を放浪した経過等も在って「想像の翼がはばたく」余地も大きいように見受けられ、その生涯に関しても様々な創作者が「各々の“光秀”像」を打ち出している。

ということで、“明智光秀”が時代モノ、歴史モノの世界ではとにかくも“ビッグネーム”なので、“明智左馬助”(あけちさまのすけ)という見慣れない人名が冠された本作のタイトルは、酷く落ち着かないものであった…

私にとって、余りにも落ち着かないタイトルなので、本書が近所の書店に登場して以来、何か妙に“引っ掛かり”を感じていた…多分、3ヶ月近くも“引っ掛かり”を感じていたのだが、多少思い切って、本書を入手して紐解いてみた…


明智左馬助の恋 上


明智左馬助の恋 下

本書を入手、読了するまでは上述の理由で「落ち着かないタイトルの小説だ…」程度に思っていたのだが、読了してみるとスッカリ“明智左馬助”が気に入ってしまった。書店に本書が登場以来、3ヶ月近くも“引っ掛かり”を感じていたというのは、私が“明智左馬助”に会いたかったのかもしれないし、“明智左馬助”が彼のことを私に知って欲しかったのかもしれない。とにかく愉しく読んだ作品である…

“明智左馬助”…彼は明智光秀の長女の婿で、光秀が“後継者”に指名していた人物である。本来は“三宅弥平次”という名であった。彼は南北朝時代に南朝方で闘った土豪の一族の出だが、少年期に細川家を経て明智光秀に預けられ、彼の家族同様に育っている。光秀は彼を愛し、長女の婿に迎えようとしていたが、織田信長が彼女を政略結婚に利用することとなってしまった。“三宅弥平次”は一旦は光秀の下を去ってしまうが、やがて戻って陣営の“有望若手士官”として活躍していた。そして既に別な女性と結婚して子どもも設けていたが、その女性とは死別ということになってしまっていた。やがて光秀の長女も、嫁ぎ先が信長陣営との抗争に突入した中で“出戻り”ということになる…そこで光秀は“三宅弥平次”に婿になって欲しいことと、後継者に指名したいことを申し入れ、些かの逡巡や経過が在って彼はそれを受諾し、“明智左馬助”となるのだ…

“明智左馬助”は、明智陣営では言わば“オーナー一族の重役”という立場で、明智光秀を助けて様々な仕事を行う。

本作での光秀…家族や身近な人々を愛する心優しい男である。そしてあらゆることで手抜きが出来ない律義者である。更に彼は、高い教養を有する一流の文化人でもあることから誇り高い男であり、それ故の“野心”も在り、同じ陣営の羽柴秀吉にはライバル意識も持っている。

明智左馬助は、そんな光秀の背中をクールに見詰め、配下の忍を駆使して諜報活動も行い、側近として意見をぶつけながら陣営の舵取りを助けている。彼個人は誰もが認める馬術の名手で、なかなかの武人でもある。華麗な軍装よりも、地味なものを好むという面も在る…他方で左馬助は、光秀の身近な人を愛する心優しさを受け継いでいて、「互いに再婚」という型で結ばれた光秀の娘への尽きない愛情を示す。

本作は「本能寺の変」という余りにも有名な事件について、「3本の小説を通じて、作者なりに導き出した“真相”を問う」という主旨を持ったシリーズの“3本目”として登場したものだそうだ…私自身、そのことを後から知ったのだが…

懸命に“3本”を“シリーズ”として世に送り出した作者や出版関係者には些か申し訳ないのだが、この『明智左馬助の恋』は左馬助のキャラクター、彼が背中を見詰める光秀等の人物描写も素敵で、光秀が事件を起こしてしまうまでの経過に関する“謎解き”もなかなか愉しく、また「美しい情愛」と「悲壮な戦国の男の運命」というような全編に漂う雰囲気が素晴らしく、「“シリーズ”から独立した一作」として十二分に素晴らしい!!

2冊から成るのだが、各巻の分量はそれ程多くはない…なかなか手軽だ…最近、当地稚内も何か梅雨のように雨勝ちで湿っているのだが、左馬助の爽やかさが非常に心地好かった。存外な速さで読了してしまった!!未だ新しい部類の文庫で、入手は容易であると思う。お奨めだ!!