漸く落ち着いて…

漸く、黙って座っていて“乗り物の揺れ”という錯覚を覚えなくなってきたように思う。

11月に旅行に出た知人が、「また行きたくなる…」と戻って日が浅い段階で口にしていた。「判るが、やや可笑しい…」などと思いながら聞いたが、実は自分でも今、そういう気分で居ることを自覚する。

昨年、東北地方を巡った。あの時は「会津!!」という強い想いが膨らんで、結局会津若松を目指す―列車を乗り継ぎ、通算36時間で稚内・会津若松間を移動した…―ことが前面に出ていて、事前から色々と考えていた。

(※昨年の東北地方を訪ねた折りの写真…)

対して今回は、随分と揺れた…「時には何処かに…」という“何処か行きたい症候群”と呼んでいる症状が酷くなり、あれこれと考えた。訪ねてみたい場所が多過ぎることに思い至らざるを得ない…そして“何処か行きたい症候群”を何とかするために出掛けると意を決したが、それでも未だ計画が煮詰まらなかった…

結局のところ、「“青春18きっぷ”+空路」というプランに落ち着き、出発した。「行ける所まで!!」と東海道と山陽道を突き進んで広島に至り、「復路の一部に500系新幹線…」というオプションまで加えてしまった…

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“青春18きっぷ”を利用した箇所で、可能だった駅では改札口で“下車印”を押してもらった。「降り立った!!」という記念である…存外少ない下車印かもしれない…

“青春18きっぷ”を手に旅に出ると、“移動そのもの”が旅の大きな部分を占める面も否定出来ない。が帰って来てみて、撮った写真を少しばかり整理してみると、「意外に普通に観光している…」という様子に驚いた…広島原爆ドーム、大阪城、名古屋城、京都の東寺、六本木ヒルズの展望室…こう言った「メジャーな場所」の写真が確りと在る…

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アルバムについては…気に入った写真を厳選して“葉書サイズ”にプリントし、年賀状などを整理する「葉書サイズを収めるクリアホルダー」を用意し、それを利用する…昨日の土曜日、この作業に存外時間を費やした…

(※今回の方々を訪ねた写真)

これだけ動き回れば、「水曜日の夕方に戻り、日曜日で漸く“回復?”という雰囲気になるのも無理からぬこと」という話しになるであろう。実際、旅の際に履いて出た、出る前は新品に近いものだった靴も、何となく年季さえ入ってしまったのだから…

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旅から戻り、ぼんやりとしていて、頭の中に色々なことが甦る時に何となく思う。巷には色々な問題も多々在るのだが、とにかくも「平穏な日常の尊さ」のようなものを何となく意識した瞬間が多かったような気がしている…

旅に出る場合、事前に色々と訪問先の文物に関する知識を仕入れて、それから現地を見るという場合も在る。他方、行ってみたことで多少の知識を得て、更に色々と調べてみて“再訪”への想いを膨らませてみる場合も在る…今回は随分と方々に立寄ったが、前者のケースも後者のケースも在る。追ってそうしたものを整理出来ればと思う。

それにしても…今回は訪ねた先々で「今季最高の寒さ」というようなものに出くわした…或いは「寒さを抱えて行ったのか?」と苦笑してしまう…最も驚いたのは「広島の雪」であったが…



道程…

何か…黙って座っていても「乗り物の揺れ」が在るような錯覚を覚える…無理からぬことかもしれない…

旅に出た際の写真だが、私の場合は大きく2つの種類が在ると思う。一つは「これが好き!!」というもので、もう一つは「行程の記録」に類するものである…

その後者に関して、「整理にやや手が掛かる…」と思い、「京都・名古屋・横浜・東京・札幌・旭川・稚内」の部分が未整理だった…

↓それを漸く整理した。下記をクリックして御覧頂ければ幸いである…
→「京都・名古屋・横浜・東京・札幌・旭川・稚内」(95点)

この区間は何か凄いことになっている感じがする…改めて今回の旅の遠大さに愕く…

何か「移動でかなりの時間?」という按配ではあるが、その「移動そのもの」を愉しんでいた感も無いでもない…

↓各移動については下記をクリックして御覧頂ければ幸いである…
→「稚内・旭川・札幌・横浜」(109点)

→「横浜・広島」(62点)

→「広島・呉(往復)」(17点)

→「広島・大坂」(35点)

→「新大阪・京都」(33点)

ざっとこんな感じだ…

北へ進む前夜に…

「早起きしよう…」という前夜、早めに就寝するものの、なかなか寝付けない…誰にでも在りそうなことのように思うが、今日の私はそれのやや程度のひどいものに陥っている…不覚眠ろうとして、何か思うように眠れない…「札幌駅6時1分発を逃すな!!」ということで気持ちが昂ぶっているのかもしれない。そんな時は…「何かする…」他に無い…

少しばかり写真の整理を試みた。

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(横浜の氷川丸)

以前から関心を寄せていた“日本郵船歴史博物館”を訪ねた流れで、氷川丸の見学を行った。周辺のカモメの様子や、氷川丸から望む横浜等もまとめた…

→氷川丸…

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(海から望む横浜)

氷川丸見学直後、「横浜駅へ行ける…もう直ぐ出航…」と聞いて、衝動的に“シーバス”というボートに乗った。これがなかなかに好かった!!

→シーバスから望む横浜…

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(ニコライ堂)

東京方面への電車で、居眠りしながら思ったのは「ニコライ堂が眺めたい」という漠然としたものだった…とりあえず足を運んだ…

→ニコライ堂…

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(六本木ヒルズからの夕景)

ニコライ堂の後、今更ながら六本木ヒルズへ…「“高い所が好き”なのは何とかと何とか…」という話しを想い起して、内心で苦笑いをしながら52階へ…これが素晴らしかった!!

→東京の夕景…

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最近は調子が今ひとつで使用頻度が減っている別なカメラも、実は持っていて、時々使っていた…大きな画像が楽しめる…既に設けていた“セット”に若干の新しい画を加えた…

→大きめな画像…

こういうような作業に打ち込むと…却って眠れなくなってしまうかもしれないが…それでも、単にダラダラとするよりは好いであろう…

思えば…横浜(伊勢佐木町)、広島(駅前)、大阪(梅田・新大阪)、札幌とネットカフェに五晩、夜行列車に一晩…「泊まった」と言うよりも「夜を明かした」が続いた…今回でそれも段落である…

今日は稚内を目指す!!

愚かなことを仕出かしてしまったかもしれない…

“非接触型ICカード”なる方式―幾つか在る技術方式の中、日本ではソニーによるFeliCaなるものが主流だそうだ・・・―を採り入れた、鉄道やバスの乗車カードは、大都市圏では珍しくもない…

私自身は2007年に首都圏に出た際、初めて利用した。あの時は羽田空港に着いてから京浜急行の列車に乗車したが、京浜急行の空港駅で販売されていたpassmo(パスモ)を購入して利用した。大変便利だった!!首都圏では殊更に複雑で煩わしい切符購入の手間が要らなくなるのだ!!「これは好いぞ!!」と喜々として使っていた…

やがて…北海道にもそういうものが登場した。kitaca(キタカ)である。「札幌で札幌駅・新札幌駅の往来等、色々使う場面も在るであろう…」と考えて入手し、札幌に出る機会に何度か利用した…

今回、旅行先である広島で、乗車券を求めて広島・呉間を往来することになった。

と言うのは…稚内・札幌間、横浜・広島間、新大阪・名古屋間、名古屋・御茶ノ水間、札幌・新千歳空港往復は“青春18きっぷ”を利用した…広島・新大阪間は別途に新幹線で移動した関係で、広島・呉間は“移動計画”の中では浮き上がってしまった…

というようなことで、普通に券売機で広島・呉間の乗車券は求められるのだが…何となくicoca(イコカ)を購入してしまった…広島・呉間はそれを利用した…「復路に大阪方面でicoca(イコカ)を利用する機会も?」という思い付きで在ったが、結局のところ大阪では地下鉄の、京都ではバスの“一日乗車券”という“強い味方”を発見し、現金でそれらを購入して利用したので、icoca(イコカ)は使わず終いだった…

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手許にpassmo(パスモ)、kitaca(キタカ)、icoca(イコカ)が在るのだが…互換性が…何時か「何処かで入手した1種類を持っていれば、日本国内の何処でも利用可能」という日でもやってくれば話しは変わるかもしれないが…

稚内への出発を前にして…地元では当然ながら使わないカード―市内のバス会社がこれらのようなモノを使い出しでもすれば別だが…―を眺め、「何時かこれらを使う地域を再訪…」などという気になっていたりする…

その他方…「もしかすると、JR東日本のsuica(スイカ)を持っていれば…」という考えが頭に浮かんだ…今回、12月17日の羽田空港・関内(横浜)間の移動、小川町・六本木・羽田空港の移動、横浜市内で一回乗ったバスでpassmo(パスモ)を利用している。それはsuica(スイカ)でも利用可能な区間だ。広島・呉間だが“東西JR同士”は互いのICカードを利用出来るようにしたというので、suica(スイカ)なら行けたかもしれない…

何か複雑な気がする…

途上…

夜行の乗り物で目的地に到着し、目的地でのいろいろなことを考えながら時間を潰すようなこと…嫌いではない…時間と空間の流れの中に、物理的な身体と、物理的なものに留まらない何かが漂っているような、名状し難い感覚が在る。俗にこういうのを「タフな移動でハイになっている?」とも言うのかもしれないが…

とりあえず横浜での行動開始に先駆け、いきなりの小休止の最中である。後からやろうとすると大変な目に遭いそうな写真の整理を若干手掛けた…

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↑京都では、黒谷金戒光明寺を訪ね、会津墓地を詣でた…

昨年は会津若松も訪ねているのだが、実はその後、黒谷金戒光明寺は私の中の「訪ねてみたい場所ランキング」で急浮上していた。ということで、京都で一息入れてから真っ先に向かった。

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京都ではバスの一日乗車券を手にして動いたが、そんな中「行けるのか?行こう…」と八坂神社や東寺にも立ち寄った。こういう偶然も愉しい!!

東寺は“弘法さん”だった。東寺を開いた弘法大師の命日が3月21日であることに因み、毎月21日に縁日が催されていて、なかなかに好評らしい。中でも12月21日は“終い弘法”などと呼ばれ、毎年注目されているようだ。

かなり以前に、東寺を訪ねた記憶は在る…が、大いに賑わう中で久々に拝観したのは善かった!!

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名古屋へは「生き物の血流のように“絶やさない”ことが企図されたかのような連絡網」となっている東海道線のお陰で、思ったよりスムーズに入った。そして名古屋城…間に合った!!

名古屋城は“戦国”に止めが刺された後に登場し、幸いにしてかなり綺麗に書く建築が残ったものの、第2次大戦時に工業地帯を擁するために名古屋が空襲を受けた際に多くが損なわれてしまっている…最近、尾張徳川家の領地経営の政庁だった“本丸御殿”の再建が手掛けられており、名古屋では盛り上げようとしているようだが…何時かそれも見たいと思った…

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夕刻に、電飾が目立つ中を歩いたお陰も在るが、「人生初上陸」ということになる名古屋は華やかな感じがした…

考えてみると、今回は「人生初上陸」が幾つも在った…

後から写真を加え、記事も更に起こすと思うが、とりあえず写真を整理した…

→新大阪・京都の移動…

→黒谷金戒光明寺…

→八坂神社…

→東寺…

→名古屋城…

→名古屋の様子…

こんなところである…写真は“セット”と称するギャラリーにまとめてあるが、その“セット”を集めた“コレクション”というものもある…

→各“セット”を集めた、今回の旅の画の“コレクション”はこちら…

もう少しで横浜の街に出て散策し、東京へ移動、更に空港に向かって札幌へ飛ぶ…旅はマダマダ途上である…

追伸
→ほぼリアルタイムな“動き”はこちらに…

日曜日から月曜日…

実は今、多少慌てている…

“不経済”な夜行列車は、日本国内では消えゆく運命に在る…<青春18きっぷ>愛用者の間では「東京・大垣」間の夜行普通列車“ムーンライトながら”というのが御馴染であったようだが、それが廃止されていた。その廃止された列車が、<青春18きっぷ>の時季に入って、臨時列車として運行されている…

この“ムーンライトながら”について、気になる文章も読んでいたので記憶に在った…

→記憶に残った文章を読んだ経過はこちら…

これを思い出したので、“ムーンライトながら”には21日に乗車し、22日朝に東京入りして、同日夜に札幌へと思い描いた。そのため、京都に道草して名古屋へ向かい、または名古屋へ向かって時間を過ごし、という案を思い描いていた。

この案は、今日の話しに一寸引っ張られたものである…

↓大阪の地下鉄の“一日乗車券”である…
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↓大阪市内全域に延びる、このマークの地下鉄等に一日中何回でも乗車可能の“一日乗車券”…
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実は“一日乗車券”を提示することで“入場料の割引”という恩恵が在る施設が大阪には多々在る!!(→こちらで御確認頂ける…)

↓永い間、「中を見学してみたかった」大阪城―何度か関西に足を踏み入れていながら、機会を設けられずに居た…―もそういう場所の一つである!!券売機ではなく、窓口に“一日乗車券”を提示するだけである…
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↓大阪では、時々足元にこんなマンホール―大阪城だ!!―が見受けられるのだが、“一日乗車券”で移動しながら街を踏締め、方々を廻った一日だった…
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廻った場所の様子を下記で御覧頂けるように整理してみた…

→通天閣…

→大阪城…

→交通科学博物館…

こういう流れで、京都や名古屋の“博物館系”の訪問先を思い描いていたのだが、大事なことに先程気付いた…月曜日は思い付いていた施設の大半が休館なのである…

慌ててはみたが…どうなるものでもない…流れに任せてしまっても、それなりに興味深い出会いがあるのが「気楽な休暇の旅」の醍醐味のようなモノかもしれないからだ…

“一日乗車券”を手に、ガメつく「元を取る!!」と考えた訳でもないのだが、後から振り返って多少驚く程に動き回った…

→12月20日に動き回った様子…

そんな中、“小休止”をして“催し”を見付けた!!『OSAKA 光のルネサンス』である!!

図書館の明るい色の石造の壁を「立体スクリーン」として魅せる「光のショー」を観た!!

今日は「寒い」を連呼する人が随分見受けられた…私自身が言葉を交わした人には「寒い地域代表」のようにコメントを求められたが、私としては「多少風が冷たく、防寒用に持っているニットキャップを使う場面も在るが…向こうは氷点下…この位は、“歩き回っても酷く汗をかかない”ということで“可”か“良”としたい…」というのが私個人の感想だが…それでも大阪としては“今季最高の寒さ”なのだと思う。実際、数分止まりだが、小雪が舞う場面も…

そういう中で夥しい人が『OSAKA 光のルネサンス』に詰め掛けていた。その場で40分かそれ以上もじっと催しの開始を待つ…中には手洗いを我慢出来ずに、開始少し前に小走りで立った人も見受けられた…私でさえも、上着のポケットからニットのキャップを引っ張り出したのだ…

寒さの中で、じっと我慢で待つような真似までして観た催しだが、なかなかに素晴らしかった!!

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更に街も御堂筋等にイルミネーションが灯されており、なかなかに好い。

多少「自信が無い」タイプの画が多いが、『OSAKA 光のルネサンス』の画をまとめた…

→その1

→その2

「自信が無い」としたのは…どういう具合にやっても、撮影し難い部分が在るようなパフォーマンスだったからである。

帰りに御堂筋を歩いた。道行く人達にも私同様に催しを愉しんだ人達が多かったらしく、口々に「好かった!!」を連呼していた。

そうしていた間に…「そう言えば、あの高速道路が見える辺り…」と一つ思い出した。随分以前に大阪で立ち寄った“ハードロックカフェ”である…

なかなか素敵な『OSAKA 光のルネサンス』を観たので「一杯だけ…“大阪に乾杯!!”ということで…」と酒を頂きながら食事をしようと思い立った…

カウンターに陣取ると、バーを担当する女性がやって来た。私は食事の他、飲み物は酒にするか、ソフトドリンクにするか、と言葉を濁してしまったが、彼女は「今月のハウススペシャル」というものを説明してくれるという。

「今月のハウススペシャル」というのは、「ジン、コワントロー(オレンジ風味リキュール)、サワー(レモン、シュガー、ミネラルウォーター)、ライム、ミントの葉」というようなものだという…一寸思い当たらない組み合わせだ…カクテルは“オリジナル”で、特段に名前は無いという…では「さりげなく彼女の名前でも付ければ」と思ったが、敢えて口にはしていない。とにかくそのカクテルに興味を覚え、「一杯だけ」をそれにすることにした…

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↑カクテルは、或る意味では「キツいスピリットを愉しみ易くする」工夫なのだが、非常に爽やかな一杯だった。何処となく“モヒート”を思い起こさせる…

飲み終わって「如何でした?」と問われ、何処となく“モヒート”を思わせると言ったところ、実は“モヒート”を意識したのだという。先々月、“モヒート”を“スペシャル”として薦めていたというのだが、「ラムよりジンの方が美味しいのでは?」と工夫したのだという。なかなか研究熱心な担当者だ…

そういう愉しいひと時というおまけまであって、気分が昂揚したものの、「博物館系の休館が多い日にどうする?!」とやや落胆していた…しかし!!また何か愉しいことも待っているであろう…

何か…考えようによっては「馬鹿らしいまでに過酷な旅行」をしているのかもしれないが…こういうのが私にとっての“充電”である…

追伸
→リアルタイムに近い“動向”はこちら…
→今回の旅の写真の“コレクション”はこちら…

“小ワープ”…

眠気に抗い難ければ休み、醒めていれば写真を整理…という過ごし方が、このところ“三連投”となっている、ネットカフェでの夜明かしのパターンか?

そういうことをしてみると、日付が変わって昨日はなかなか積極的に動いていた…

行動を開始したのは広島だった…

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(冷えた広島)

広島としては今季一番と見受けられる寒気に見舞われたらしい…多少の雪や氷を見ながら動き始めた…

広島では“市民の足”として活躍する路面電車が非常に印象深い…なかなか良いものだ!市内路線の広い範囲が150円の均一料金になっているようだ…確り利用させて頂いた…

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(原爆ドーム)

冬の青空に映える原爆ドーム…広島でこの「無言の証言者」との対面だけは何としても果たしたかった…それを叶えた訳だ…

もっと大きなものだと思っていた…しかし、想像していたよりも小さかった…無理からぬことである。被爆前は現在の倍程度は在ったと見受けられる…旧い写真で見て得心した…1915年竣工の壮麗な建物が、あんな姿になってしまったのである。だが逆に言えば、周囲が爆風、熱、放射線で“更地”のようになった中であのように残ったということは「竣工当時は“最高”の建築だった」とも言えるように思う。

原爆ドームに“対面”し、平和祈念の式典をやる場面をテレビなどで観る辺りを散策し、資料館も見学した…被爆被害の様子を伝える部分では、正直「正視し悪い」ものも多々在った…惨たらしい核攻撃…排除したいものだが、更に踏み込んで“空爆”という戦術を編み出した「人間の“悪魔”な部分」を少々呪わしく思う…

随分長く「訪ねてみたい…」と思っていた場所に立ち寄り、とりあえず納得した…

→原爆ドームなどの様子はこちら…

→路面電車など、広島の様子はこちら…

広島では色々と時間の過ごしようが在るのだろうが、私は今般は呉を訪ねた。

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(公式には“海事博物館”という“大和ミュージアム”前に佇む“海神”ネプチューン)

呉では「1/10の戦艦大和」と「わざわざ陸に揚げてしまった本物の潜水艦」とを観たかった。それを叶えた訳である!!大満足だ!!

→「1/10の戦艦大和」を含む“大和ミュージアム”の様子はこちら…

→「わざわざ陸に揚げてしまった本物の潜水艦」を含む海上自衛隊資料館の様子はこちら…

夕刻の予定も在ったので、ややそわそわした感じも在ったのだが、これらの博物館は見応えが在る!!

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(呉駅前の船のスクリュー…街の歴史をイメージしたものらしい…「なるほど!!」である…)

呉は“寒村”から「海軍工廠を擁する街」として発展した経過を有している。今でも造船は街を支える重要な産業だ…地方都市の例に洩れず、やや寂しい面も在るが、近年は盛んに合併が在って、呉市は27万人程度を擁しているらしい。対して、海軍の拠点だった頃、最大時は40万人近くが呉に居たそうだが…水兵や士官の住宅だった土地は、現在では集合住宅などが建っているようだ…

呉と言えば…戦艦大和を建造した工廠である。全長265mもの巨大な戦艦を建造したドッグは、大規模な掘削を行ったそうだが、土は当時の練兵場造成に用いたという。現在、その練兵場だった辺りはグランドになっていて、小学生が野球に興じている様が見えた…

戦艦大和を建造した工廠を起源とする造船所だが、現在では国内外で製造した“ブロック”などと称する船体の一部を運んできて組み立てるようなやり方でタンカー等を建造しているらしい。その他、大型船のメンテナンスも手掛ける…大型船には、今でも呉に拠点を構える海上自衛隊の艦船も含まれるが…

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(呉市営バスの“くれたん”)

こういうような呉の話しを、ソフト目な広島訛りで熱心に語って下さったのは、市内を巡るループバス、“くれたん”の運転士氏だ。

→“くれたん”の顛末はこちら…

“くれたん”の運転士氏と出会って、「“郷土を語ることが出来る”ということの尊さ」というようなことに想いを巡らせた…彼の目線では、私などは“呉”と聞けば映画『仁義なき戦い』位しか思い付かない、住んでいる場所も台湾や韓国より遠いかもしれない土地から来た“半ば外国人”のようなものかもしれないが、彼はそんな私に普通に温かく接して下さった…それが嬉しかった!!

そういうことで、「今度、広島辺りを訪ねるようなことにでもなれば、もう少し時間を割き、呉も“事前リサーチ”をして海上自衛隊関係の施設公開を目掛けて…」などという想いを強く抱いて移動を開始した…

→呉の様子はこちら…

夕刻からは移動である…

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(山陽新幹線―500系“こだま”)

→列車内での徒然に任せて詳しく綴った、「“500系”での移動」に関する顛末はこちら…

多少の憧れであった車輛で運行される列車…これは「航空機利用」の“大ワープ”に対して、言わば“小ワープ”ということになるであろうか…

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(大阪・梅田)

何かいきなり「土曜日の夜♪」という大阪に迷い込んだような感じで、辺りを徘徊した…

→大阪の、徘徊した辺りで眼に留めたものはこちら…

これからどうするのか?思案中である…

追伸1

少し大きい画像の写真も若干在る…

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(呉で見掛けた、寄港中の潜水艦…)

→若干の大きな画像はこちら…

追伸2

→リアルタイムに近い、旅の動きはこちらに…

便利過ぎて…

「動ける地点まで…」と考えて…広島へ…もう少し頑張れば岩国へも行けたし、途中で休んだりしなければ広島にももっと早く着けて、岩国以遠も伺えたであろう…

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(「随分以前」という気さえする関内駅)

東海道・山陽道の鉄道…驚く程に便利だ…「即座に直ぐ傍のホーム…」という具合にどんどん乗り継いで、どんどん進むことが出来る。また運転速度が速い…まさか「朝から夜を費やし、普通列車で横浜・広島」という移動が可能とは思っていなかったが、出来てしまって驚いている…

何か「宗谷本線を始めとする道内の状況」に馴染み過ぎていて、「テンポが好過ぎる移動に疲れた」という感さえする…乗り継ぎ時間が少なく、一服したり、飲食したり出来ず、更にはゆっくりと手洗いを利用することもやや憚られる位だ…また、大変に込み合う列車も多く、迂闊に「車中で駅弁を広げる」という訳にもいかない…今回の移動の中では「姫路からの列車が三原に21時3分に入り、乗り継ぐ広島行きの列車が21時29分」というのが在ったが、これ位の“間隔”が私には丁度好い…実は昨年の東北地方もこんな按配が多かったのだが…

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(三原駅)

そういう訳で、浜松、大垣、姫路の3箇所で、故意に「1本か2本後の列車に…」ということをして、一息つかせてもらった…そのために広島入りがやや遅めになっているのだが…

→とにかくも“横浜・広島”の移動の画をまとめた…(62点)

何か、(日付も変わっているので)一昨日、昨日の展開は“移動”が“自己目的化”している感も否定出来ない。それはそれで構わないが、それでも思い付いた様々な文物には触れておきたいものである。

昨年、東北で様々な駅を見た。中に仰々しい駅ビルの県庁所在地等が在ったのだが、そういう場所は好きになれなかった…仰々しいのが過ぎ、周辺から隔絶したような感じがしてしまうのだ…

→昨年の話しはこちら…

今回、浜松で似たような感覚を抱いた…大垣は適当な感じで好感を抱いた…姫路は…何やら工事中で、少し経つと出来上がって雰囲気が随分と変わることが予想される…

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(浜松駅)

大垣で何気なく駅前に出た。周辺の地図が在り、大垣城が非常に近く思えた…そこで…浜松程度に外で一息付けば十分だったのだが、一寸道草を思い立ったのである。

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(大垣城)

→大垣城の様子…

大垣城は、目の前に歯医者か何かの看板が見えているような、「街角にさりげなく在る」佇まいだった…関ヶ原を伺った歴史を思うと、やや意外だった…小ぶりで直ぐ見られそうであり、入場料も100円だったので、慌しかったが、中にも寄って来た…入り口には、“西軍”諸将の幟をミニチュアにしたものが威勢良く掲げられていた…

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(石田三成の幟)

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(宇喜多秀家の幟 後ろは確か小西行長の幟)

関ヶ原と言えば…大垣・米原の路線に関ヶ原という駅が在り、そこから古戦場を訪ねることも出来る…

さて、今日移動してきた東海道・山陽道だが、途中に掲示されるものなどを見る限りでは「最高気温7℃」というような次元だったらしい。ただ、何処も素晴らしく晴れていた…広島で初めて微かな雪に出くわした…

素晴らしい晴天と言えば…沼津・富士川間位で列車の窓から見えていた富士山!!素晴らしかった!!

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(余り巧く撮れなかったが、気に入った「車窓の富士山」の写真)

未だ、この脈絡の無い旅は続く…

追伸
→リアルタイムに近い動きは随時こちらに…

“大ワープ”…

稚内を発ってから、横浜の伊勢佐木町―関内駅の近く―に在るネットカフェに辿り着くまでの写真を整理した…

→写真はこちら…(とりあえず109点…)

朝6時24分発の列車に乗るべく、暗い間から活動開始である…

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(稚内)

氷点下5℃程度にまで冷えていた…

雪深い音威子府を通過し…

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(音威子府)

名寄で列車を乗り換え、旭川で今一度乗り換え…滝川を経て…

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(滝川)

岩見沢で乗り換え…

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(岩見沢)

札幌に至った…

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(札幌)

札幌到着が午後4時18分…既にこの時点で、<青春18きっぷ>を駆使―普通列車のみを利用…―した長大な移動だが…これに止まらない…更に<青春18きっぷ>を駆使して新千歳空港に向かい、“最終便”で東京へ飛んだ…

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(新千歳空港)

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(羽田空港)

羽田では、京浜急行を利用して横浜に出て、JRで関内に入った…

横浜に落ち着いたことについては、2007年に立ち寄って滞在した経過が在り、“土地勘”が在ったことを第一の事由に挙げたい…

更に第二の事由は…「<青春18きっぷ>を駆使して東海道を西へ」という思惑を抱いたからである。京浜急行で通過した駅に“生麦”が在った…かの『生麦事件』が在った辺りなのだろうが…“東海道”は様々な事件の舞台ともなっているので、私は何となく関心が在るのだ…

“東海道”に関心は在るが…私は東海道沿いを余り動いた経験が無い…高校の修学旅行で“京都・東京”を新幹線で移動した経験がたった一度在るだけだ…大阪や京都は飛行機で訪ねた経過が在るし、舞鶴は列車と船だった…昔の“江戸・京都”の東海道を動いたのは、“東京・小田原”の間位なものだ…

今回の旅…色々と考えて、“大ワープ”を敢行してみた…“札幌・東京”を空路で往復してしまえば、<青春18きっぷ>(普通列車限定の乗り放題乗車券)でさえも、相当な範囲で動き回って“帰国”出来る…

それにしても…かなり久々に航空機を利用した…B767-300だった…この機体は全幅47.6m、全長54.9m、全高15.9mで270席なのだそうだ…(飛行機の座席の所に在る機内誌に出ていた…)なかなか大きなものだ…

ということで、夜が明けてからか、明ける前か…列車が動き出してから、東海道を進む…

追伸
→こちらに随時移動などの様子を入れている…

雪の具合…

私が到着した段で、札幌都心は“アスファルト路面”であった…積雪が見受けられない…

昨シーズン、「雪の少なさ」に驚愕した…

→その旨を綴った昨シーズンの記事はこちら…

今季、今日の移動で見た沿線は確りと「時季らしい」積雪に覆われていた。「風と地形」という要素の中で、札幌は積雪を免れているのであろう。北海道では“道路維持”の経費の中、相当な割合を「冬季の除雪」が占める…そういう意味では大歓迎すべき事態かもしれないが…ウィンタースポーツ関係ではやや不具合かもしれない…

“ウィンタースポーツ”と言えば…音威子府駅近くで“京都ナンバー”のやや大柄なワンボックスカーを見掛けた。夏季には稚内で方々のナンバーを付けた車を見る―拙宅近所の某ホテル駐車スペースは、何かナンバープレートの見本市の様相を呈する…「これは何処の県?」という見慣れないものまで登場するのだ…―が、冬季には非常に珍しい…見掛けた車を観察すると、側面に少し大きく、関西の有名な私大の名前と“スキーチーム”というローマ字が紫色で書かれてあった…白系の車なので目立った…関西の大学のスキー部だろうか?或いは、やや大掛かりな同好会・サークルか…音威子府までスキーに来ているのだ…合宿だろうか?

札幌駅…“例の場所”で休んでいるが…今日は未だ移動が続く…

追伸
→進行形の旅の様子はこちらで…

策謀…

少々妙な表現を思い付いて使ってしまった…

さく‐ぼう【策謀】
[名](スル)はかりごとをめぐらすこと。たくらみ。策略。「クーデターを―する」
(Yahoo!辞書)

「はかりごとをめぐらす」という程に仰々しい訳でもないが、今考えていることがある…明日からの休日のことである…

明日は一日を拙宅で過ごす。多少やりたいことも在る…そして明後日からは、一寸出掛ける…

その出掛けることに関して色々と考えている。何も仰々しい訳でもないが、色々と思いを巡らせている中で、自分のやっていることについて“策謀”という表現を思い付いたのである。

面白半分に、自らの行動に思いを巡らせることを“策謀”と称したが、実は考えれば考える程に内容が煮詰まらなくなり、「成り行き任せ」という方向に流れていく。“策謀”というような表現と結び付きそうな「緻密な作戦計画」というようなものは、なかなか出来ない…

追って“策謀”の実態は明らかになるであろう…