連載:『Nautilus pompiliusまたはНаутилус Помпилиусのこと…』04

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稚内は、サハリンのコルサコフ港からのフェリーが到着する土地である。一頃程賑々しくはないが、北海道内で催される“青少年国際交流”というような催しに参加するサハリン辺りの青少年が稚内にやって来ることも在る。

偶々、そういう青少年のプロフィールを知る場合も在る。そんな時、何かハッとする場合が在る…“ナウチールス・ポンピリウス”の『Тутанхамон』(トゥタンハモン)がラジオから流れていたような頃、未だ物心付いていないか、或いは生まれていないというような参加者が見受けられるのである。

“ナウチールス・ポンピリウス”の『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を毎日ラジオで聴いていたのが1993年、1994年…15年程度経過している。その前年辺りに生まれた子ども達も、日本の制度で言えば中学2年とか中学3年、または高校に入学というような年代に差し掛かっている…“青少年国際交流”というような催しの参加者が募られれば、応募する場合も少なくないであろうし、興味を覚えて日本語やら日本の文物に関して学ぼうとする子どもだって見受けられて可笑しくはない…

少し以前、「サハリンで日本語を履修している生徒達の旅行」ということで、『Тутанхамон』(トゥタンハモン)が毎日ラジオで流れていた頃には「漸く歩き始めた」ような年代であったであろう青少年が、稚内港経由でやって来て、また帰国していった様子を偶々見掛けた。サハリン辺りでは、“自動車”と言えば“日本車”と言い換えても差し支えない程に走っているなど、日本の文物は存外在る。だから、日本のことに関心を抱き、「日本語を履修」という生徒も見受けられるのであろう…また、そういうことを手掛ける指導者(講師、教員等)が偶々居たということなのかもしれない…

これに対して…「日本でロシア語を履修している生徒達の旅行」というような事例が考えられるであろうか?漠然とではあるが、「考え難い」ような気がする…

実は、東京の私立高校の修学旅行で、行き先を選択制にしていて、幾つか設けられたグループの一つがサハリンを訪ねた事例が一つ在った。あれは「歴史を学ぶ」という部分に」力点が在ったが…そういう動きは、今後も拡がって頂きたいとは思う。

それでも思う。ロシアなど、諸外国の事象や言語等に興味を持って、それを積極的に学んでみようというようなことが、身近なところで行われているであろうか?余り行われていないような気がする…

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を毎日ラジオで聴いていたモスクワ滞在から戻った1994年頃、時々訊ねられた。「ロシア…モノは在るの?」とである。ゴルバチョフ政権末期、「空っぽの棚ばかりの商店の前に、日用品を求める大勢の人が行列」という映像が随分とテレビ放映されていた。そのイメージが強烈だったのであろう。実際には夥しい輸入品が当時は溢れ始めていたのだが…例えば当時、モスクワ市内の売店と、フィンランドのヘルシンキ市内の売店で「全く同じジュース」を見掛けて妙に嬉しかったというような経験もした…

今日…ロシアも随分と変わった…“ゴア”とか“チェルノムィルジン”というような名前…御記憶であろうか?サハリンの資源開発が本格化しようとしていた頃の米ロの政治家だが…その後、開発も進んで、今やLNGが出荷されているのである…

稚内辺りに上陸する人達の中にも、稚内辺りの店では「注文・取り寄せが半ば“必須”」の大型テレビを購入している様子が見受けられるのだが…それでもなお「ロシア…モノは在るの?」と人に訊ねてしまうような感覚が色濃く残っているように思える。情報が余りに少ないということか?

偶々、他所の都府県で“北海道物産展”が非常に盛んで、“北海道”の“ブランド”というものの凄さに思い至った。その他方、余り知らない他所の都府県の色々なことを知ってみたい、更に北海道についてもより詳しく知ってみたいという思いも沸いたが…

実は“日本”というものも同様のような気がする。外国での“日本”の評判を聞きつけ、そういう話しをしている人達のことを知り、更に評判になっている日本について更に詳しく知る…こういう“サイクル”を産むべきであるような気がしている…

そういう中で「何を学ぶ」、「どのように学ぶ」、「そのために何を求める」というような課題が、各々の立場毎に判ってくるように思える…

**********

「真実は何時も一つ」
古代のファラオはこう仰せだった。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

**********

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の“サビ”の歌詞である。改めて「深い…」と思う…

「隣国ロシアとの向き合い方」の“変わらない”部分も“真実”であろうし、それを“変えよう”と考える場合の課題を探る部分にも“真実”が在る…更に…『Тутанхамон』(トゥタンハモン)は十数年経ってから聴いても好いというのも、“真実”である…


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連載:『Nautilus pompiliusまたはНаутилус Помпилиусのこと…』03

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私にとって正しく「まんまあの頃が甦るナンバー」である、“ナウチールス・ポンピリウス”の『Тутанхамон』(トゥタンハモン)に関して、その歌詞を「字面どおり」に見た後、「受け止めた内容」を纏めてみた。

その内容を改めて…

**********

外面の好い狡猾な連中が擦り寄るが、“財産”は護られるのか?
狡猾な連中の前で愛想好く呑んでいても“財産”は無事か?
一度道を踏み外せば、何処までもその穢れた道を進むことを免れ得ない。
やってしまったことの取り返しはつかない。
元に戻るということなど在り得ないのだ。
起こってしまった現実の前に、そのまま佇むばかりなのだ。

「真実は何時も一つ」
古代のファラオはこう仰せだった。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

知り合いの女は、こっそり抜け出すことばかり考えていた。
出入り口など無数に在るのに、あの女はこっそり抜け出すことばかり考えていた。
あの女は死にかけていても、それでも相変わらずこっそり抜け出すことばかり考えていた。
あの女のような人物は、狡猾な連中に擦り寄ることはしないであろう。
あの女のような人物なら、愛想笑いを浮かべて狡猾な連中と呑むようなこともないであろう。
穢れた道へ踏み込んだり、取り返しのつかないことも仕出かさないであろう。

「真実は何時も一つ」
古代のファラオはこう仰せだった。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

**********

この作品が登場するのは、赤旗が下ろされ、“ポストソ連”の“混迷”という中にロシアが在った頃である。

今日、ロシアは例えばサハリンの天然ガスを液化して日本にも送り出すなど、豊富な資源を世界中に輸出する国として存在感を増しているのだが、あの頃は“冷戦”などと呼ばれていた、永く続いた激しい競争に敗れた直後であり、「赤旗は捨てました!!」と高らかに宣言してはみたものの、「で…今からどうします?」という状況だった…

“赤旗”に象徴されたソ連という体制は、「ソ連の域内で全てが自己完結」というような、一種の“虚構”だった。その“虚構”を捨て去って“現実”に引き戻されてみると、実は不具合が多い状態の社会資本、実力が発揮出来る筈もない状態の産業基盤、“張子”のような側面も見え隠れする軍事というようなものばかり目立つ…酷いインフレも発生し、何か「捨て鉢」というのか「虚脱感」というのか、何処となく「厭世的気分」さえ一部には在ったかもしれない。

「厭世的気分」さえも在った中、公式名称を直訳すると“民営化証券”とでもすれば良いのか、“バウチャー”(ロシア語では“バウチェル”)と呼び習わされた「旧国営企業の株と引き換えられる証券」がばら撒かれたり、それを集める動きも在った。それに関連、或いは関連の薄い様々な投機も多々見受けられた。

この頃のゴタゴタを経て、ロシアではやがて“新興財閥”のようなものが登場するのだが、この『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の前半は、そういう“時代”を想起させてくれるように思う。狡猾に利権や財産を集める者の他方で、“財産”らしきものが在るのか無いのか、在ったとしてどの程度の価値なのか、全く判らずに「取り返しがつかないことをしてしまったのか?」と呆然としてしまっているような状況…それが“ポストソ連”という局面だったのかもしれない…

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の後半…ここには「喩え瀕死の重傷を負っても、こっそり抜け出すことばかりしていた知り合いの女」というものが出て来る。この“知り合いの女”だが…「どんな体制下であろうと“己の良心”に正直であろうとした知識人等」を暗示しているように思える…

「喪失感漂う世相の中、狡猾な人達が如何に手近な所で暗躍しようと、己の良心に正直で在り続ければ、取り返しがつかない窮地に陥ることもあるまい…それは、或いは古代から一貫して変わらない“真実”かもしれない」というような具合であろうか?

以上が、1993年から1994年に掛けて、モスクワでこの『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を聴いて想った内容だ。

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連載:『Nautilus pompiliusまたはНаутилус Помпилиусのこと…』02

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私にとって正しく「まんまあの頃が甦るナンバー」である、“ナウチールス・ポンピリウス”の『Тутанхамон』(トゥタンハモン)に関して、その歌詞を少し考えてみようとしている。

ロシア語の歌詞を「字面どおり」に訳出してみたが、「益々よく分からない」感さえ在る。これを見ると、「人気バンドによるヒット曲の歌詞」というよりも、「文学部の授業で読まされる何処かの作家の詩」という雰囲気である…

ロシアでは、小説や戯曲を著す作家と同様か、それ以上に詩人への敬意が払われている。「韻文による文学」というようなものが非常に盛んな面がある。そういうことを念頭に『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の歌詞を今一度見てみると、「歌詞故に…」という側面もあろうが、“韻文”として配慮された言葉の塊になっていることに思い至る。

私は勝手に思っているのだが…言葉というものは「発する者の意図」を表現する手段であるが、それ以上に言葉を「受ける者の物」ではないだろうか…言葉は発する者と受ける者とが“意図”を解し合う手段であるのだが、一旦発せられてしまえば、発した側の意図を通り越して何処までも飛んで行くという面があるように思う。

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の歌詞は、歌と無関係に「韻文による文学(=詩)」として読むと、「作者の置かれた状況や想いが、暗示的に綴られた作品」という気がする。“暗示”なのだから、“字面”では“意味不明”に近い状態となってしまうのも当然だ…

1993年の秋…或いは晩秋という趣のモスクワで、『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を聴いていたラジオから流れてくるコマーシャルを耳にした。“ナウチールス・ポンピリウス”のコンサートの告知で、チケットが50米国ドルであると連呼されていた。当時のロシアでは「○○ドル」と価格表示をして、それを広告することさえ“お咎めなし”だった…そんな中、“50ドル”は殊更に高価に思えた。あの頃…芝居やクラシックのコンサートやアイスホッケーの試合のチケットは、レートでドルに換算すれば10ドルに届くか届かないかであったと記憶している。5ドルに満たない場合さえ多かったかもしれない…そういう中での“50ドル”…“ナウチールス・ポンピリウス”が「ソ連時代に最も人気が高かったロックグループの一つ」だという“証拠”を突き付けられたような気がしたものだった…

“ナウチールス・ポンピリウス”は1979年頃から活動し、1983年頃のアルバムによってソ連でメジャーになり、以降10年に亘ってソ連の音楽シーンで大きな存在であり続けた…

“停滞の時代”と言われたブレジネフ政権の時期が1982年に終わり、アンドロポフ、チェルネンコと二代の短命政権を経て、1985年にゴルバチョフが登場した。“ナウチールス・ポンピリウス”のようなロックもゴルバチョフ時代には“市民権”を拡大していた。実際の地理とは無関係に、政治的な事情で“東欧”と呼ばれていた国々で変革の浪が起こり、あの“ベルリンの壁”が打ち壊されて1990年代のカレンダーが捲られ、やがてソ連の赤旗が引きずり下ろされた。

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の、“字面”では意味が分かり難い歌詞を何度も聴き、何度も読み返すと…「“ナウチールス・ポンピリウス”自身と彼らの作品に親しんだ人々が歩んだ10年余りの後に出現した“ポストソ連”の社会への複雑な想い」というようなものが滲んでいるような気がする。

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の歌詞またはそういう題名の詩に込められたかもしれない、と私が勝手に想像しているのは下記のようなものだ…

**********

外面の好い狡猾な連中が擦り寄るが、“財産”は護られるのか?
狡猾な連中の前で愛想好く呑んでいても“財産”は無事か?
一度道を踏み外せば、何処までもその穢れた道を進むことを免れ得ない。
やってしまったことの取り返しはつかない。
元に戻るということなど在り得ないのだ。
起こってしまった現実の前に、そのまま佇むばかりなのだ。

「真実は何時も一つ」
古代のファラオはこう仰せだった。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

知り合いの女は、こっそり抜け出すことばかり考えていた。
出入り口など無数に在るのに、あの女はこっそり抜け出すことばかり考えていた。
あの女は死にかけていても、それでも相変わらずこっそり抜け出すことばかり考えていた。
あの女のような人物は、狡猾な連中に擦り寄ることはしないであろう。
あの女のような人物なら、愛想笑いを浮かべて狡猾な連中と呑むようなこともないであろう。
穢れた道へ踏み込んだり、取り返しのつかないことも仕出かさないであろう。

「真実は何時も一つ」
古代のファラオはこう仰せだった。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

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という具合だ…勿論、こんなものに“正解”など在る筈もない…

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連載:『Nautilus pompiliusまたはНаутилус Помпилиусのこと…』01

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2000年4月から、地元稚内で『音の惑星』というラジオの音楽番組に携わっている。現在は毎週土曜日の21時30分からFMわっかないで流れているのだが…

「時間と空間を超え…世界の音を…」と謳い、年代やアーティストの出身国を問わず、人気があろうがなかろうが「お構いなし!!」に気が向いた音楽を流すというスタイルで随分永く続いてしまっている。週1回の30分番組だが、平均して一回あたり20分以上は音楽である。

このスタイルを思い付いたのは…モスクワで『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を聴いていた小さなラジオを鞄の隅に入れて訪ねた色々な国々―訪ねたのは欧州諸国が殆どだ…―の音楽番組を聴いたことが切っ掛けだった。大概の国や地域で音楽中心の放送をしている局が在ったり、その限りでない局でもそういう時間帯があるようだった。そこでは新旧様々、当該の国や地域の内外の作品をガンガン流していた。それらに関する説明は無い…「1時間何気なく聞いていて、コマーシャルが3分か4分で、パーソナリティー(と思しき人物)が喋ったのは合計2分程度」というのも多々在った…

この“欧州流”に触発され、更に「昔々親しんだ…外国映画の吹替えのような、或いは朗読か何かのような喋り方で随意に多少話して、何となく耳に残る音楽が…」というスタイルを思い出し、いつの間にか『音の惑星』のスタイルが出来上ってしまったのだった…

この『音の惑星』では、然程詳しい説明も加えず、実は何度も『Тутанхамон』(トゥタンハモン)を流している…

文字数が意外に嵩む“連載”のここまでを読了頂いた皆様にあっては、「個人的に色々と想い出が多いモスクワ時代に出会った、勝手に思い入れのある“お気に入り”」を思い付いて何度も取り上げていることは御理解頂けたと思う。このブログは、「或いはラジオで取り上げたネタの補完」という意図も無い訳ではないので、この“連載:『Nautilus pompiliusまたはНаутилус Помпилиусのこと…』”というのが登場したのである…

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)に関してだが、2009年5月、サハリンで音源を入手した。それ以前にも当然持っていたが、“ナウチールス・ポンピリウス”の他作品と合わせ、改めて入手すると、当然ながら聴く機会は俄かに増えるというものだ…

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)は、私にとって正しく「まんまあの頃が甦るナンバー」で、イントロを聴くだけで色々と思い出してしまうのだが…

歌詞は下記のようなものだ…

**********

Если ты пьешь с ворами, опасайся за свой кошелек.
Если ты пьешь с ворами, опасайся за свой кошелек.
Если ты ходишь по грязной дороге, ты не сможешь не выпачкать ног.
Если ты выдернешь волосы, ты их не вставишь назад.
Если ты выдернешь волосы, ты их не вставишь назад.
И твоя голова всегда в ответе за то, куда сядет твой зад.

"Правда всегда одна" -
Это сказал фараон.
Он был очень умен,
И за это его называли -
Тутанхамон.

Я знал одну женщину, она всегда выходила в окно.
В доме было десять тысяч дверей, но она выходила в окно.
Она разбивалась насмерть, но ей было все равно.
Если бы ты знал эту женщину, ты бы не стал пить с ворами.
Если бы ты знал эту женщину, ты бы не стал пить с ворами.
Ты бы не стал ходить по грязи и разбрасываться волосами.

"Правда всегда одна" -
Это сказал фараон.
Он был очень умен,
И за это его называли -
Тутанхамон.

**********

この歌詞だが…聴けば聴く程…こうやってテキストを起こして読めば読む程…色々なことを想い浮かべざるを得ない…

何か…内容は“禅問答”のような感じもするが、他方に「ソ連の旗が下ろされて日が浅かった頃」の様々なものが暗示されているような気もしないではない…

私は“本職”ではなく、拙い仕上がりで恐縮ながら、上記を訳出してみる…

訳出に関しては、「字面どおり」を意図して試してみる…

**********

『トゥタンハモン』(拙訳)

盗賊と酒を酌み交わすには、財産に気を配らなければなるまい。
盗賊と酒を酌み交わすには、財産に気を配らなければなるまい。
汚れた道を行くには、そこで脚を汚さない訳にはいかない。
髪を引き抜いてしまったら、元には戻せない。
髪を引き抜いてしまったら、元には戻せない。
そして頭はそのまま後ろに残っている。

「真実は何時も一つ」
ファラオはこう仰せだ。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

女が居た。何時も窓から外に出ていた。
家には一万枚も扉が在ったが、それでも女は窓から外に出ていた。
女は瀕死の傷を負ったが、それでも変わらなかった。
こういう女が居れば、盗賊と酒を酌み交わすなどすまい。
こういう女が居れば、盗賊と酒を酌み交わすなどすまい。
汚れた道を行かず、髪を振り乱すこともあるまい。

「真実は何時も一つ」
ファラオはこう仰せだ。
あの方は大変に賢明であらせられる。
故にこう呼ばれるのだ。
“トゥタンハモン”と。

**********

という訳である…

「字面どおり」では「何が言いたい?」という感も否めないものである…

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最近は世の中のテンポが速い。

6月17日に発売になった忌野清志郎の『Oh!RADIO』が既にカラオケに入っていた…歌いこなすには、多少の練習も必要だが…

この『Oh!RADIO』の歌詞に「まんまあの頃が甦るナンバー」というのがある。この歌詞…個人的にはかなり心に響く…

「まんまあの頃が甦るナンバー」と聞けば、私は「1993年から1994年に掛けて、殆ど毎日モスクワのラジオで聴いたあの曲」を思い出さずには居られない…

「1993年から1994年に掛けて、殆ど毎日モスクワのラジオで聴いたあの曲」とは、当時のロシアのヒット曲『Тутанхамон』(トゥタンハモン=“ツタンカーメン”のこと)に他ならない…

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)の歌と演奏は“ナウチールス・ポンピリウス”というグループである。確かこれは海洋生物の学名だった筈だが、彼らのグループ名は“Nautilus pompilius”と綴るのが正しいようだ。ロシア国内ではロシアのアルファベットで“Наутилус Помпилиус”と綴ることも多い。私は当初は後者のロシアのアルファベットで記憶し、後に普通のアルファベットの方が寧ろオリジナルであることを知った…

「“ナウチールス・ポンピリウス”とは何か?」という問いへの端的な回答…一般的には「ソ連時代に最も人気が高かったロックグループの一つ」ということになるであろう。私個人にとっては「“まんまあの頃が甦るナンバー”を多く送り出したアーティスト」いうことになる…

1993年の9月から1994年の6月まで、私はモスクワに滞在していた。私が在留した“資格”は「ソ連政府奨学金留学生」であった…

本来は1991年9月にモスクワ入りの筈であったが、ロシアの用語で“国家非常事態委員会事件”という「ゴルバチョフ大統領が軟禁されたクーデター騒ぎ」が8月に発生し、12月にソ連が赤旗を下ろすに至った混乱の中で渡航に必要な査証が取得出来なかった。文部省(当時)や外務省というような関係機関は、正式に案件の“中止”を発表していなかったが、一部メディアは勝手に“中止”と言い立てるなどしていた…

それが1993年になり、漸く私の査証取得が可能な状況になった…どうも1991年9月からの留学を予定していたグループでは、私が最後の最後だったらしい…従って、私は「最後のソ連政府奨学金留学生」ということになる…

その「最後のソ連政府奨学金留学生」としてモスクワへ旅立つ少し前、店の場所や名前は忘れてしまったが、東京の秋葉原で小さなラジオを求めた。ラジオは今でも拙宅に在り、時々使用しているのだが…あの小さなラジオは、モスクワの地下鉄環状線駅から程近い、建物が中途半端に集まっている場所に在った、私が住んでいた部屋で様々な電波を捉えていた。その電波に乗って届いた音楽…色々在ったが、その中で殊更に懐かしい響きが在り、今でも入手した音源で愉しんでいるのが『Тутанхамон』(トゥタンハモン)である。

『Тутанхамон』(トゥタンハモン)は、当時のラジオ各局では“へヴィーローテーション”だった。殆ど毎日耳にした…

「最後のソ連政府奨学金留学生」だった私は「ソ連時代に最も人気が高かったロックグループの一つ」の、“後期の名作”に正しく“リアルタイム”で出くわした訳である…

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