“大黒屋光太夫”というのは、かなり有名であると思う。江戸時代、乗っていた船が嵐に遭って漂流してしまい、辿り着いたカムチャッカ沖の島からロシアに入り、サンクトペテルブルグで女帝エカテリーナに嘆願して帰国を許され、ロシアの使節ラクスマンと共に根室に帰って来たという人物である…
“大黒屋光太夫”という名は、「日ロ関係の歴史」というようなことに多少なりとも関心を寄せれば、かなり高い確率で出くわす名前である…1782年に彼の乗った<神昌丸>は遭難してしまい、ラクスマンと共に<エカテリナ号>で帰国するのは1792年だ…実は“大黒屋光太夫”以前にもロシアに漂着した人達は居たのだが、「帰国を果たした」のは彼が最初の事例ということになる…
そんなこともあって、この“大黒屋光太夫”に関してはよく知られている小説や、それを原案とした映画も在るのだが、本作は2003年に単行本が登場し、2005年に文庫本が登場したという比較的新しい作品である。そして、かの吉村昭が晩年に手掛けた作品ということになる…
吉村昭が描く“大黒屋光太夫”…本作の存在には以前から気付いていて、永く気に掛かっていたのだが、この度漸く手にして読む機会を得た…読了すると、何か充実感が在る作品だ。

大黒屋光太夫 上

大黒屋光太夫 下
吉村昭の歴史モノは、綿密に史料を探り、可能な範囲で現地調査も繰り返し、「フィクションの体裁ながらもドキュメンタリーの如く」という具合で、“現場の空気感”のようなものさえ伝わる“濃厚な密度”の作品が多い。そういう雰囲気に強く惹かれるのだが、本作もその例に漏れることは無い。
本作に在って特徴的なのは、「比較的新しい史料」を積極的に活用することで、「<神昌丸>に乗り合わせた男達の肉声」を綴ることを試み、同時に「帰国後」に脚光を当ててもいる。
<神昌丸>には大黒屋光太夫自身を含め、17人が乗り組んでいた。彼らが出航する辺りから、物語はシンプルに最後まで時系列で進む…
序盤の辺りは、出航した<神昌丸>が、誰も経験したことが無いような嵐に見舞われて漂流をする辺りである。結果的に<神昌丸>は漂着した島で喪われてしまうのだが、この<神昌丸>が登場している辺りに関しては、何時の間にか随分以前になってしまっているが、大阪に在る“なにわの海の時空館”に展示されているのを見学した、江戸時代の海運で活躍していた船の様子を思い起こしながら読んでいた…
島に漂着するまでに7ヶ月を擁していて、その時点で大半の者が辛うじて生きている…これに関して、「何を食べた?」というのが不思議だったのだが、積荷に在った米で食べ繋いだらしい…水に関しては、確保に苦労が在ったようだ…
やがて彼らは、カムチャッカ、オホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと流れ、イルクーツクで出会った“キリロ様”こと、後に使節になるラクスマンの父の支援を受けてサンクトペテルブルグに向かい、許しを得て帰国する…帰国の際、2人がキリスト教徒になっていたことから帰国を諦めざるを得なくなり、3人が根室に入った<エカテリナ号>に乗る。根室で1人が病死してしまい、大黒屋光太夫ともう一人、磯吉が帰国を果たす…
本作は、密かに伝わった磯吉の回顧録という史料を大胆に採用している。ある程度よく知られている大黒屋光太夫による回顧録の類に関しては、外国事情に関心を寄せる学者が“公”の、或いは“半ば公”の文書として認められたという色彩が濃い。他方、磯吉による回顧録は“私的”な場での話しを僧侶が書き留めたもので、「より生々しい証言」という色彩がある。この「より生々しい証言」である磯吉による回顧録の存在が本作を産み出し得たのかもしれない…
大黒屋光太夫と磯吉とは、江戸に留め置かれた。そして国外経験を濫りに話さないように求められはしたらしいが、“幽閉”のような状況に留められていた訳でもない。一町人として、比較的普通な暮らしを営んだようだ。若かった磯吉については、故郷に肉親も多く、帰郷を果たした。大黒屋光太夫は、故郷に縁者が非常に少ない状況では在ったが、彼も帰郷を果たして、厳寒のロシアで永く抱き続けた「故郷の美しい浜」への想いを満たしている。
磯吉による回顧録は、この帰郷の際に彼が近しい人達に語ったという話しが原典だという。他方、大黒屋光太夫に関しては、女帝への謁見まで果たし、元来が読み・書き・算盤の十分な能力―“沖船頭”と呼ばれた、海運業者の現場責任者としては、こういうことは不可欠な知識でもあった訳だが…―を備えた素養の故に学び得たロシア関係知識―風土や国情や風俗の見聞、ロシア語会話、更に光太夫はロシア語の読み書きも少々出来た…―が尊ばれ、学識者等との交流が盛んであったようだ。
それにしても…本作で強い印象を受けたのが“キリロ様”である…
当時の日本の用語で言う“本草学者”(植物、土壌、鉱石等の研究を行う)であり、イルクーツクに派遣されていた技術系の官吏ということになる彼は、何処までも力強く光太夫達を支援する…
博学な彼は、ロシアとも交流の深かったオランダが“出島”の貿易で利益を得ていることや、“オランダルート”や“漂流民ルート”で当時のロシアに入っていた日本関係情報も一定程度承知していたようだ。或いは、学識者としての関心の故に、官吏としての貿易や軍事の上での利益を慮って、彼は光太夫達と接触したのかもしれない。或いは「遠い国から漂着」という気の毒この上ない彼らの身の上に同情したのかもしれない。色々在ったのかもしれないが、「コダユ(光太夫)、諦メテハイケナイ」(吉村昭作品では「外国人の外国語での台詞」がこういう具合にカタカナで書かれている場合が多い…)と挫けそうになる光太夫の肩を掴んで語りかけて励ます姿が何度と無く出て来る…
この「コダユ(光太夫)、諦メテハイケナイ」…一体何処から出て来たのだろう?学識者としての関心、官吏としての思惑、個人としての同情と色々在った以上に、彼は光太夫に惹かれるものが在ったのかもしれない。光太夫は、飽くまでも<神昌丸>の責任者として、慣れぬ厳寒の中で続々と斃れる仲間を見送り、飽くまでも一行の帰国の許しを得ようと懸命だった。“キリロ様”は、その懸命さに揺り動かされたのかもしれない…そして終いには“キリロ様”が逆に懸命になり、挫けそうになった光太夫が揺り動かされたのかもしれない…
今日とはかなり様子も違う200年以上も昔の挿話を扱った本作だが…改めて気付かされる感なのは、人間には「他者の苦境を慮ってみたり、懸命さに心動かす人」と、「その限りでもない人」というような、若干の性質の違いがあるのみで、容貌、人種、宗教、言葉、育ちなどという各人の違いというようなものは、存外些細なものかもしれないということだ…
何か本作は読んでいるうちに、光太夫達の苦しかったロシア漂着生活の世界に引き込まれてしまうような感がする。比較的薄い文庫2冊で、存外早く読める手軽さながら、内容は重厚だ…