『吉村昭の平家物語』

↓吉村昭の作品は色々と読んでいるのだが、本作は「異色作」と言えるのかもしれない。が、なかなかに興味深く読んだ。

吉村昭の平家物語 (講談社文庫)



↑本作は「古典文学を現代語訳というようにすることで、少年少女向けとして世に問う」という企画で登場しているのだという。言わば「現代語訳『平家物語』 吉村昭 訳」というような一冊なのだ。

吉村昭は熱心に取材を重ね、そういう成果を踏まえた、作中世界で流れる時間や景色が強く感じられるような、濃厚で精緻な描写で知られていると思う。本作は必ずしもその「本来のスタイル」ということでもない。「翻訳」なのだ。同時に、伝えられている『平家物語』を詳細に訳出しようというのでもない。好いテンポで、「普通の小説」として読み易いように整理して綴っているのだ。そういうことで、作品の起りは「少年少女向け」ながらも、自身も含めて「嘗ての少年少女」、「少年少女と呼ばれた時期も在った筈」という人が読んでも、「有名な『平家物語』はこういう感じ」と興味深く愉しむことが叶う。

『平家物語』は、通読したことがなくて―と言うより、個人的には「通読した」という方に出遭った記憶が無い…―も、題名は多くの人に知られ、作中に登場する史上の人物達の一部、描かれる挿話の一部も意外に知られていると思う。そういう訳で、『平家物語』にも言及が在る人物や挿話に題材を求めたような小説も色々と在るとは思う。が、本作はそういうモノとも違う。

巻末の解説によれば、吉村昭は随分と悩みながら本作を完成させたようである。各作品で吉村昭が示した流儀を半ば封印して綴り続けたのだから、「産みの苦しみ」は大きかったのかもしれない。が、それだけに「『平家物語』とは?」に判り易い回答例を示してくれる一冊に仕上がっている。

『平家物語』で取上げられる所謂「源平合戦」に関しては、物語と史実との違いが指摘されている事項も色々と見受けられる様子である。が、所謂“琵琶法師”の「弾き語り」という芸能の題材となって伝播し、継承され、時代が下って読物となって伝わっている『平家物語』の内容は、「俗にこういうように信じられている歴史」という観方が出来るかもしれない。それが判り易く整理された本書のようなモノに触れるのは、それ自体に価値が在るかもしれない。

本作を読んでいて思った。「源平合戦」の時代は「遠い昔」である。が、実に「不透明な時代」で、当時の色々な人達の葛藤のようなモノが渦巻いている。そういう「時代の不透明さ」というような要素は、多分この『平家物語』の「源平合戦」のもっと以前から、現代に至る迄、「各々の時代なりに…」という具合に存在し続けているのではないだろうか。

『平家物語』の原本のような、所謂“古文”を読むのは敷居が高過ぎるかもしれない。が、本作はその内容を「普通の小説」という感じで知ることが叶う。なかなかに好いと思う。

『脱出』

↓長い期間に亘って多くの作品に触れている作家の未読作品を知る機会が在って、手に入れてみた。大変に善かったと思っている。

脱出 (新潮文庫)



↑1970(昭和45)年から1982(昭和57)年に各々発表―初出は雑誌に掲載―されている5つの短篇が収められている一冊である。(1篇が1970年だが、残る4篇は1980年前後ということになる。)読み易いボリュームの各篇を順次読み進めると素早く読了に至る。が、自身の場合は1篇を読んだ後に直ぐ「次の篇は?」という感じになり、頁を繰る手が停められなかった。

5つの篇は、何れも第2次大戦末期から終戦の少し後、1945(昭和20)年頃、場合によってその翌年辺りという時代を背景としている物語だ。

表題作の『脱出』には“稚内町”―稚内が“町”から“市”となるのは1949(昭和24)年だった。―が登場する。樺太に戦禍が起こり、脱出をする人達という物語だ。

『焔髪』は、奈良の東大寺三月堂の仏像を「疎開」させ、他所に運び出したモノをまた戻すようにしたという顛末の物語だ。

『鯛の島』は、瀬戸内海の小さな島、作中に明記はしていないが、山口県と愛媛県との間の海域だと思われる場所で、鯛を釣る漁船で働いた少年を巡って色々と起こるという物語だ。

『他人の城』は、沖縄県から各地へ船で疎開するということになって、船が米艦の攻撃を受けてしまい、生き残る少年が辿る経過という物語である。

『珊瑚礁』は、サイパン島で砂糖黍農園を営んだ一家の少年が、戦禍が起こったサイパン島で辿る経過という物語だ。

何れの作品も、表題作の題名の「脱出」がキーワードになるかもしれない。戦禍に巻き込まれた地域から離れる、他地域から離れて独自な慣行が行われていた地域を離れる、貴重なモノを戦禍の危険から離そうとするというような事柄が、各篇の肝ということになる。

『焔髪』は東大寺の僧侶が視点人物となっている。他の『脱出』、『鯛の島』、『他人の城』、『珊瑚礁』の4篇は、何れも「地元の少年」が視点人物となっている。

「地元の少年」が視点人物となっている各篇の中、『脱出』と『他人の城』とが強く記憶に残る。

『脱出』は、戦争の経過の中で比較的影響が少ない様子が続いた「樺太」で、唐突に戦禍ということになり、沿岸部の村から小さな船で対岸の稚内へ向かうというような話し、そういう船を稚内の海岸で迎えようとする話しである。稚内や、樺太の一部については「現在」の感じが判る場所も作中に多く在り、吉村昭の重厚な筆致で描き出される情景が、何やら沁みた…

『他人の城』は、米艦の攻撃で沈んだ疎開船が実は数の中ではそれ程の割合ではなかったらしい中、攻撃を受けてしまって必死で生きようとする主人公が在る。そして、沖縄から九州各地に入った人達の様々な苦労が在って、戦後に何ヶ月間かを経て沖縄に入ってみると戦禍で変わり果てた様子に出くわすこととなるのだ。

作者の吉村昭は、1980年代位迄は「当時を知る、または知り得る人達」の話しを聴く取材を積極的に展開し、戦時中や終戦直後位の時期に関連する作品を多く発表していたという。本書の各篇も、そうした系譜の作品だと思う。

最近、人の生命を擦り減らすような戦禍というようなモノに心を傷める場面も在るが、過去からそれは何度も繰り返されている。その過去の戦禍の周辺で、時代を目撃した少年の目線で語られるような本書の各篇は「今、読むべき!」というように感じた。そして『焔髪』は、千年も大切にされたような、敬うべきとされる大切なモノが翻弄される様を見詰める僧侶の目線を通じて、戦禍の無情さを静かに訴えているように思った。実は作中に在る東大寺三月堂、その仏像の一部を収めた東大寺ミュージアムを訪ねた経過も在るので、作中に在るモノが少し判る。それで中身が何か迫って来た。

このところは「好い本」または「佳い本」に多く出くわしていると思う。そういうことに感謝せねばなるまい。因みに…本書に関しては、実は「稚内市立図書館の司書の御薦め」ということにもなっている。「(稚内の)御当地モノ」という要素も在る…

『海も暮れきる』

↓1980(昭和55)年に本が出ている小説であるという。40年以上前の作品なのだが、活き活きと迫ってくるような作品で、少し引き込まれながら、頁を繰る手が停められなくなった。そして素早く読了に至った。

新装版 海も暮れきる (講談社文庫)



↑幾つもの作品に触れている吉村昭の作品である。題材にしているのは俳人の尾崎放哉(おざきほうさい)(1885‐1926)の人生である。

明治期から大正期を生きた実在の人物をモデルにした主人公が登場する、ハッキリ言って「伝記」という感も在る小説である。加えて、「主人公本人が頭の中で思っていることを、綺麗に、客観的に綴っている」というようにさえ感じられて引き込まれた。それでも何処となく「小説のために創造された主人公」という感さえ抱く。一読する印象としては、“実在”というより“虚構”という感さえ否めないのだ。と言うのも、「不思議な生涯」という感じな生き様で、「伝記」とでも言った場合に思い浮かぶような「色々な意味で偉い」が感じ悪いような人物像の主人公なのである。

「色々な意味で偉い」という感で後世に何らかの形で名が伝わるからには、その事績が知られて伝わっているということになる。尾崎放哉は俳人としての事績が伝わる人物である。尾崎放哉の年長の学友でもあった荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)は「自由律俳句」という新しい表現を提唱し、『層雲』という雑誌を主宰していたのだが、尾崎放哉はその『層雲』の名が通った同人であった。没後に荻原井泉水達が尾崎放哉の句集を刊行し、そういうようなモノも通じて事績(=作品)が伝わって知られるようになったということになる。

尾崎放哉は鳥取の、武家の流れを汲む官吏の家庭に生まれ育ち、順調に学歴を重ね、東京帝国大学に学んで社会に出ている“エリート”である。が、酒に纏わる失敗等が重なり、幾度かの転職を繰り返した中で病を得てしまう。そして妻とも離れ、遁世の暮らしの中で流転しながら、句作を続ける。やがて小豆島に至って、寺の別院の庵で所謂“庵主”という墓守ということになった。そこで病が進行して力尽きてしまう。

本作は放哉が小豆島に辿り着くという辺りから起こり、他界してしまう迄が描かれる。末尾に些かの後日談も加わっているが、「小豆島に暮らして力尽きた尾崎放哉の8ヶ月間」というのが本作の軸である。その小豆島での様子の中、尾崎放哉の来し方が振り返られる。

来し方の他方で展開する「8ヶ月間」である。「迷惑を振り撒き続けて何もかもを棄て、棄てたところでまた迷惑を顧みるのか否かも判らずに生き」というような様子であった中、自棄、自己憐憫、諦観というような様々が入り混じった様子で尾崎放哉は在る。「その才が一定程度評価されている句作」を拠所にしていて、内面的な「最期の輝き?」というような様が在るかもしれない中、病に蝕まれて力尽きて行くまでが冷徹に無惨な迄に描かれているというような感じがした。様々なモノが入り混じり、傍目には判り悪い御本人の心情と行動とが展開し、他方で殆ど不可逆的に衰える身体が在って、その身体を擁して戸惑うという様子が描かれるのだが、何か「迫る」というものが在る。

作者の吉村昭は、文芸を愛好する若者であって俳句も嗜んだというが、そういう時期に肺の病で少し長く苦しんでいた経過が在って、そんな時期に「病を得ながら多くの作品を遺した」という尾崎放哉を知り、作品にも親しんだ経過が在るのだという。それを踏まえて、長きに亘って取材等を重ね、文献を紐解いて、この『海も暮れきる』を創ったようだ。“エリート”の矜持、一定の評価を得ている俳人という矜持の他方、余り褒められない経過で生活の手段を損なって漂泊しているという境涯に在り、それでも尚「性質が悪い…」という言動が垣間見えて、棄てたとしている妻への未練も募り、そして力尽きるという様子を、「御本人が憑依」という感じで作者は綴ったのであろう。吉村昭作品については色々と親しんでいるが、本作は「酷く想い入れが強い作品」なのだとも感じられる。

実は思い付いて尾崎放哉の作品に触れてみた経過が在る。そういう中で、同時に「あの吉村昭が着目?」と関心を抱いて本作と対峙した。“尾崎放哉”という程度ではなくとも、巧くやったとも、やっていないとも言い得るような経過で年齢を重ね、自身で明確に理解出来ずに体調を損ねている可能性も排除出来ないという中、「何となれば海に…」という人生への諦観と同時に、何とか生きようとし、生活の糧をもたらしてくれる動きが生じる時季に期待し、他方で病による体の衰えの故に「何となれば海に…」ということにもならないことを解し、藻掻いている中で力尽きる“尾崎放哉”が、何か「迫る…」というような感じがする。

或いは、「偶々出くわした小説作品」ということでもなく、「作品の側からすり寄って来た」という存在感なのかもしれない。強く記憶に留まる作品になるであろう…

『蚤と爆弾』

↓「吉村昭の作品が新たに文庫で登場」と聞けば、とりあえずチェックだ!!

吉村昭/蚤と爆弾 文春文庫
↑例によって、重厚でクールな雰囲気の文章に引き込まれ、夢中で読了した…「重い」内容の一冊である…昭和40年代辺りに、吉村昭は「戦中の秘話」に類する題材を多く取上げている。他方、医学の発展のような技術史的な題材も多い。本作は、或いは双方の要素が在るかもしれない…

『蚤と爆弾』という題名である。“蚤”はピョンピョン撥ねる小さな虫で、人間や動物に付いて血を吸う虫のことだ…“爆弾”は炸裂して何かを壊すようなものだ…「両者の結び付き?」と思ったのだが…実はこれは、「炸裂する爆弾に類するモノを使って、蚤を撒き散らそうとした」という内容なのである…

随分以前に、“731部隊”と通称されていた陸軍の機構に関する作品を読んだような記憶が在るのだが、本作はその機構をモデルにした「関東軍防疫給水部」の物語である。

“防疫”と言えば、伝染病を予防することのようなイメージである。“給水”と言えば、雑菌やゴミが交じる水を浄化しようとするようなイメージである。“軍”の機構にそういう呼称の機関が設けられるとすれば、どういう状況も在り得る各地に部隊が展開する以上、計画どおりの活動を確保する上で、病気を防いだり、安心して利用可能な飲料水を確保するような活動は必須な筈で、「関東軍防疫給水部」は正しく「軍の活動を支えた“縁の下の力持ち”」という感もする…

「関東軍防疫給水部」は、実際に水を浄化する装置を工夫して、部隊が展開する各所で飲料用にも利用可能な水を供給する活動を展開していたが、実は「密かな活動」が展開されていた。それは“細菌戦”の研究である。

“細菌戦”…強力な病原菌等を撒いてしまうと、敵の戦力は損なわれ、重要施設には近付けなくなる。その“可能性”を考える人達は在ったが、なかなか実践的研究等出来るものでもない。そして、細菌を活かしたままで巧く撒くというのは、技術的にも実は存外に難しい…

本作の主人公、「関東軍防疫給水部」の責任者で、細菌学者でもある軍医の“曾根二郎”は、その“細菌戦”の“可能性”を考え、実践的な研究を続け、「細菌に感染した蚤をばら撒く」、「細菌に感染した蚤を陶器製の容器に詰め込み、微弱な爆発で拡散」という“実施方法”を開発してしまった…そして…一部に実践もした…

そうした恐ろしい経過が、重厚でクールな雰囲気の文章で淡々と綴られる…“細菌戦”の方法として“風船”の研究まで行われ、それが転じて「風船爆弾」なるモノが登場した経過も在るというが、そういう辺りにも言及が在る…

「時代の狂気」というのか、「狂気の時代」というのか、恐るべき企みに「大変に優秀な科学者」が熱中していく様が、何やら怖い…

“曾根二郎”とは、実在の人物をモデルとはしているが、飽くまでも「小説の主人公」である。そして本作は、「具体的な個人名」で語られる劇中人物は“曾根二郎”のみという印象である…そういう文面の雰囲気が、「時代の狂気」とも「狂気の時代」とも言えそうな、「或いは、今からそういうような事態に?」という“迫力”を醸し出している…

今年は戦後70年…こうした「戦中の秘話」に類する題材に触れてみる折なのかもしれない…

『落日の宴』

前夜に読了した本のことを少々思い出しながら珈琲―今朝は最近入手して気に入っている<がりゅう>ブレンド―を頂くというのは、非常に心地好いことだ…

「興味深い史上の人物が劇中に登場」と覗えて、「気に入っている作品の作家の未読作品」と判れば…「是非、読みたい!!」ということになるものだが…

↓そんな大きな期待と共に出くわして入手した作品である。文庫として登場したばかり…“最近の本”なのでで文字も大きめで、上下2冊という割には酷いボリュームとも思えない…(旧版は1冊であって、新装版にする際に分冊したようだ…)或いは、夢中で読んでしまい、ボリュームが気にならないとも言える…

吉村昭/新装版落日の宴 上 講談社文庫


吉村昭/新装版 落日の宴 下 講談社文庫
↑紐解き始めると、「続き」が気になって、頁を繰る手が停まらなくなる…夢中で愉しく読了したが、深い余韻も残った。

本作の主人公は川路聖謨(かわじとしあきら)である。川路聖謨は幕末期に活躍した幕臣だ。

本作の冒頭は、この川路聖謨が勘定奉行に就任して日が浅かった時期、役目を帯びて旅をしている場面から始まる。各所で驚く程の丁重さで迎えられ、接待の申し出が限りなく在って―川路聖謨という人は、公務出張中は酒を控えるようにしていて、接待は極力申し出た側の面子を保つ程度に留めようとしていたという…―、大変に権威を持つ役職に就いたことに驚きながら旅を続けている。この旅の場面の詳細な描写が好い。読んでいると、川路聖謨勘定奉行様御一行の片隅で同行しているかのような気分にもなる…彼の旅路を追いながら、何か時間や空間を超えて、川路聖謨が活躍した場面に誘われる感である…

本作の前半の三分の二程度は、川路聖謨が関った「ロシアとの交渉」の経過に割かれている。“黒船”と驚かれた蒸気船を含む艦隊で来航した、かの米国のペリーより少し遅れて、ロシアのプチャーチンも来航している。最初に現れたのが長崎で、川路聖謨はプチャーチンと話し合う“応接掛”を拝命して長崎へ急いでいたというのが、本作冒頭の場面である…

長崎での談判から暫らく経って、日米和親条約の話しになっていた頃、プチャーチンは下田に現れて幕府との話し合いを申し入れた。ここでも川路聖謨は“応接掛”を拝命して下田へ急ぐ。「何時まで待たせる!?」と雰囲気も悪くなる中、川路聖謨一行は急ぐ…ここの描写も、「吉村昭の流儀」というような、精密で臨場感溢れるもので、引き込まれてしまう…

こういう旅の様子や、プチャーチンとの交渉の様子の隙間に、川路聖謨の人物描写や、伝えられる日頃の言行等が入る。川路聖謨はかの間宮林蔵と交流が在った。樺太探検で知られる間宮林蔵の経験談等を親しく聴いていたようで、方々を旅する役目であった間宮林蔵が「日に三十里を歩き抜いたことがございます」等と話し、タフに動き回れるように鍛錬もしているとしていたことに感化され、川路聖謨も鍛錬を怠らない一面が在ったという。旅の場面では、宿場町や城下町に出入りする場面では駕籠を使うものの、他では「歩く方が好い」としていたらしい。

前半のハイライトは、ここで発生した津波である…プチャーチン一行の乗る<ディアナ号>は下田沖に停泊していたが、そこに津波が襲い掛かった。沿岸部も大被害を蒙ったが、<ディアナ号>も荒波に翻弄されながら奮闘していた。そこに沿岸の住民が流されて来た…<ディアナ号>の乗員達は、彼らの中にも死傷者が発生してしまっていたにも拘らず、力が及ぶ限り彼らを救助し、船医が救助された人達の世話をするなどしていたという…

ここで、川路聖謨とプチャーチンとの交渉に新たな項目が加わった。津波被害で損傷した<ディアナ号>の修理の件である…曲折を経て戸田村に曳航する段取りが決まったのだが…曳航中に俄かに天候が荒れ、<ディアナ号>は沈んでしまった…今度は海に飛び出した乗員を、沿岸の住民が必死に救援し、乗員全員が無事だった…

やがて交渉は再開され、日露和親条約へと至るのだが、ここでロシア関係者の帰国を巡る問題が生じ、その経過が詳しく描かれる…<ヘダ号>建造の物語も在る…

後半は安政の大獄で左遷されるなどし、一旦は復活するものの、病を得て身体が利かなくなり、幕府崩壊の情勢下で失意の中で命を落としてしまうという最期までが描かれる…

吉村昭は「川路聖謨の物語…」という思いを永い間抱いていたようで、本作はそうした好い意味での思い入れが滲む秀作である。互いに譲り難いものを持っていて激しく言い争いながら交渉した川路聖謨とプチャーチンだが、互いに「人間として」の敬意を抱くに至っていた様子も描かれる。これは名作だ!!!

『総員起シ』

レストランやカフェで新聞に眼を通すことが在る。そういう時、出版社による“今月の新刊”というような広告に眼が向くことが在る。広告の中に、過去にその作品を興味深く読んだ経過が在る作家の名を視付けると、その新刊は記憶に残り易い…

当地の場合、新聞の広告で興味が沸く新刊を視掛けて、早くて翌日か翌々日に近所の書店にそれらが登場する場合が殆どだ…近所の書店で思い出して求める場合も在れば、気になって通販で探して求める場合も在る…

“吉村昭”…この作家に関しては、広告でその名を視掛けると、とりあえず書名を記憶する場合が多い。幾つもの作品が記憶に残っている…

↓その吉村昭の短篇集が、新装の文庫で登場した。早速入手し、興味深く読了したところである。



総員起シ新装版(文春文庫)

↑昭和40年代に雑誌で発表されたのが初出であるという5篇の作品が収められている。5篇共に読み応えが在る。

吉村昭は、昭和40年代辺りには戦時や終戦直後の挿話に題材を求めた作品を多く発表したことで知られている。昭和20年に20代の方は、昭和40年代には40代、30代であれば50代、40代であれば60代と関係者が存命であった場合が多かったので、何度も関係者の証言を聴き、可能であれば現場にも足を運び、吉村昭は例の精緻に情景を描き出す筆致で数々の物語を綴っていたのだ…

今回入手した本に収められた5篇も、何れもこうした「吉村昭の流儀」で綴られた作品で、戦時や終戦直後、更に戦後の出来事が語られている…何れも「深く刺さり込む」ような読後感が在る…

この本の5篇には、北海道や樺太を舞台とした物語が3篇在り、私としては「比較的身近な場所の過去」ということで、嵌った…

『海の柩』は北海道の日高地方の海岸部に在る村が舞台となる物語だ…戦争の末期…海岸の小さな村の人達は、眼前の海岸に夥しい数の遺体が漂着した様に肝を潰した…放置も出来ないということで、懸命にそれらを収容し、関係機関に通報した…輸送艦が撃沈されたと見受けられ、乗っていた兵士の一団と見られる遺体なのだが…様子が少々妙だった…

『鳥の浜』は北海道の日本海側、増毛辺りが舞台となる物語だ…昭和20年の8月…漁村に妙な人達が現れた…実は、村人が接した経験の無い地域出身の少し聞き慣れない訛りの在る人が、冷え切って疲弊した状態で巧く話せなかったというだけなのだが、村人は不審な外国人の一団が上陸したと警戒する…そんな場面から起こされるのは、樺太からの引揚者を乗せた<小笠原丸>が撃沈されてしまった事件と、事件の事後処理の物語だ…

『手首の記憶』…これは「もう一つの“九人の乙女”」というような物語である…樺太の塔路は炭鉱を擁する街で、大きな病院も在った。病院に勤務した看護婦―作中の、また当時の用語を用いる…―達は必死に働いたが、ソ連軍の進撃の報に脱出し、途中で集団自決を図った。6人が死亡した事件が在った…その真相を探ろうとした人達の物語である…

こうした「比較的身近な場所の過去」に関する物語は、何か迫って来るものが在った…

『剃刀』は沖縄戦の物語だ。「軍属・理髪員」ということで、沖縄戦の司令部が在った壕に居たという経験を有する理髪師の回想という内容なのだが、何か「一篇の映画」のような感―或いは、これを原案とする映画を創ったら、秀作になりそうだと読後に思ったのだが…―で、読みながら、戦場の一隅を走り回る様を追体験したような気になった…密度が濃い作品だ…

そして表題にもなっている『総員起シ』である…“総員起シ”というのは、軍艦で用いられていた用語の中で比較的知られているモノである。軍艦の乗員は「1班、2班…」というようなグループ編成になっていて、平穏な航海を行うような場面では「1班が働いて2班は休む」というような体制だったが、戦闘が始まったり、荒天や事故で人手が要る場面では「総員起シ!!」の号令で、乗員達が総出で活動した訳である…そういう題なので、軍艦の中での出来事を扱った物語と想像したが…やや異色だった…潜水艦の沈没事故と、戦後に行われた引き揚げ作業の物語である…「水深61mに沈んだ潜水艦を引上げる」という程に大袈裟なモノでもないが、事故船の始末という話しは個人的に少々身近なので、思わず力が入ってしまった…

色々な意味で、各作品に「惹かれる理由」が私個人の中に在るのだが、それらを割り引いても、各作品は「流石に高名な吉村昭の作品!!」という魅力に溢れている。題材となっている挿話も、「考えさせられる」とか「迫るモノが在る」ものである。安価で読み易い文庫でもあるので、多くの人に奨めたい一冊だ!!

『幕府軍艦「回天」始末』

文庫で読める吉村昭作品は大概読んでしまったような気がしていたが…未読のモノは幾分在る…中には「品切れ・再販未定」というのも見受けられていて、存在は知っていて「読みたい!!」と思っていた作品で、未読に終始しているものも在る…

↓そういう作品の一つが眼に留まり、早速入手し、素早く読了してしまった…



幕府軍艦「回天」始末


「幕府軍艦“回天”」とは、あの五稜郭の戦いで奮戦した艦の一つである。新政府側が手中にした“甲鉄”を奪取する作戦を実行すべく僚艦と共に宮古を目指し、僚艦が順調に宮古に向かえなかった中、単艦で新政府側に仕掛けたという話しも在る…本作は、この“回天”や「最後の幕府海軍」による戦いの物語である。

本作もまた、かの吉村昭作品に独特な、沈着な筆致でドキュメンタリーのように描かれている“世界”へ読み手を誘ってくれる作品に仕上がっている。“回天”に乗務した人達や周辺の人間を描いていながら、作中では「満身創痍になりながら、男達の矜持を載せ続けた艦」の存在が、全編を通じて背後に感じられる…

作品登場の経過…三陸地方を盛んに訪ねていた吉村昭が、“回天”の僚艦が近くで座礁し、乗組員が上陸した物語を知ったことが切っ掛けになっている。

限られた紙幅の中に、「知られているようで知られていないかもしれない」ような“回天”の勇戦ぶりが凝縮されている。お奨めだ!!

そして…極短い作品だが『牛』という作品も本書には収録されている。奄美群島の宝島で、英国船らしき外国船乗員と村人が戦闘に及んだという、なかなかに興味深い事件が描かれている。1824年の出来事で、後の“攘夷”思想に影響を及ぼしているような一件である…

『羆嵐』

過日サハリンで会食をした折りに同席した方の中に本が好きな方が在った。私もどちらかと言えば本好きなので、随分と愉しく歓談したのだった。その際に吉村昭作品の話題で少し盛り上がった…

昔の出来事を取上げ、その現場を経験した生存されている方の証言や、当事者の手記、史料の収集と精読、出来事の在った現場を実際に訪ねての見聞と観察など、あらゆる手法で取材し、淡々として精緻な語り口で主題の出来事や周辺の様々な事象を読者に追体験させてくれる…或いは、自身も「偶々居合わせて、主題の出来事を目撃、体験している」ような気にさえしてくれる…というのが、多くの吉村昭作品の特徴だと思う。

↓その同席した方と色々な作品の話しをしたが、先方が「殊更に面白かった!!」と仰った作品がこれだった…

羆嵐
↑その同席した方は、手頃な分量で直ぐ読め、北海道の昔の雰囲気が凄く伝わる良作であるとしていた…

実は私は…この作品は残念ながら未読だった…が、吉村昭作品のネタで愉しく話し合った方の“一押し”であるので、「是非、機会を設けて!!」と思った…

そして「念ずれば通じる」ということでもなかろうが、近所の書店で本書を眼に留めた…「喫茶店で愉しむ一杯の珈琲」程度の価格で入手可能な一冊…勿論、すぐさま入手して紐解いた。

本作は、現在の苫前町の辺り、山側の集落で大正時代に発生した羆の騒動の顛末を描いたものである…苫前町は留萌市の北側に在る。日本海側で、札幌などから稚内へ北上してくる道筋だ…

大正時代の初め頃、第1次大戦というような時代の北海道は、一部には各種の産業で成功者も登場していたのだったが、マダマダ“開拓”という営みを続けていた地域も多々在った…年月を重ね、開墾した土地からの収穫を少しずつ増やしながら暮らしていた人達が多かった訳である…

そんな集落に厳しい冬が訪れた頃、変事が発生した…冬眠に適した穴を見付け損なったと見受けられる羆が現れたのだった…羆は集落の人々を襲った…

最初に犠牲になった主婦の通夜が催された…その際、「動物は火を怖れる」と集まった人々は信じ、煌々と家の周囲で火を燃やしたのだったが、逆に「“餌”になる人間が間違いなく居る証」とばかりに羆はまた現れ、家に乱入し、更に犠牲は拡大した…

人々は羆を怖れて避難した。人々が避難してしまっていて、無人の集落を羆が蠢く…最初に女性を喰らったからなのか、女性の肉を求めるようになっているらしく、侵入した無人の家で女性が身近に使っていたモノに噛み付く等の痕跡を残していた…

この恐るべき羆に人々は如何に対峙し、駆除したのだろうか…詳しくは是非とも本書を紐解かれたい…本作で扱われている羆の騒動…“獣害”で死傷者が出た事態で記録が詳しく残っている事例としては、最も被害が大きかったものであるという…

警察官が馬でやって来たり、人を呼びに一晩費やして山道を歩いて越えて行ったりと、「大正時代の暮らし」が伝わるのも意外に面白い…過日、増毛を訪ねた経過も在ったが、この時代の苫前等の地域で「警察の本署」が在ったのは増毛だったようだ…

そういうディーテールも何となく興味深いが、「巨大な自然の力」の象徴でもあるかのように立ちはだかる羆と、それに対峙する色々な人々の姿という本筋は、何か色々と示唆に富んでいるような気もした。

過日お会いした方と再会する機会が在れば…今度は本作の話題で盛り上がることも在るのかも知れない…

『関東大震災』

“名著”と呼ばれる作品が多い吉村昭作品だが…

↓これもそうした作品の一つであろう…

関東大震災

本作は、文字どおり“関東大震災”を巡る話題を拾い上げて綴ったものだが、当時の地震学者の話しから、地震の際に火災が発生して死傷者が増えていった経過、当時の地震報道、更に“不安”が拡がって様々な事件が続発する様等が淡々と克明に綴られている…

前半の方は、地震後は開けている場所が安全と考えて集まった4万人にも上ろうという人々が、その地区を囲むように拡がった火事のために犠牲になってしまった経過など、災害の凄まじさの描写に費やされている…

後半の方…或いはこちらの方が、本作の“主眼”なのかもしれない…湧き上がった“不安”の故に、“暴力”が拡がってしまった経過が非常に詳しく綴られている…或いは、こういう人々の“闇”の怖さを伝えることが、関東大震災を語る中で大切なテーマなのかもしれない…

末尾の方では、災害で破壊された街のその後のことなどが詳しい…

昨今の災害を受けて、本作は注目されている作品であるようだ…やや遅ればせでは在ったが読了した…

『三陸海岸大津波』

少し久し振りに吉村昭作品に触れた…

↓この作品である…

三陸海岸大津波
↑薄い文庫本で、「夕べの読書」という状況で一気に読了してしまった…

昭和40年代に発表され、改題もされながら何度も文庫化されて登場している作品だ。言わば、“古典”である。

その“古典”に初めて触れたのだが、津波による三陸地方の甚大な被害が記憶に新しい今、更に輝きを増している作品かもしれない…

三陸地方の歴史を紐解けば、津波の記録は多々在る。訪れる者を魅了する独特な地形は、津波発生時に被害を拡大してしまう面も在るのかもしれないと本作でも説明されている…

本作では、三陸地方を襲った津波の中から、明治29(1896)年のもの、昭和8(1934)年のもの、昭和35(1960)年のものにスポットライトを当てている。

明治29(1896)年のものは蒸し暑さと雨による肌寒さが入れ替わりに出現する6月の津波…昭和8(1934)年のものはマダマダ寒さが厳しい3月初めの津波…昭和35(1960)年のものは南米チリの地震が原因で、“予兆”や地震が在った訳でもなく突然やって来た津波…という具合に各々違った状況である…

本作執筆当時には存命だった、明治29年のものや昭和8年のものに関しての体験者の証言や、災害当時に綴られた様々なもの、更に各種資料を丹念に取材した上で綴られているものだ。本作は引用も多めである。

吉村昭は、三陸地方の「海が人々の暮らしと共に在る様」やその景観が気に入っていたらしく、非常にこの地方に愛着を抱いていたという。何度と無く訪れた中で、津波災害の話題を取り上げることにしたという。

「吉村昭作品!」だけに、丹念な取材に基づいて淡々と語られる、巧みな“記録文学”に仕上がっている。静かな調子の中にも、恐るべき災害に遭った人達の想いが強く伝わる文章も、厳選して引用されている…殊に、災害で生き残った若い教師が、やはり生き残った児童・生徒に綴らせた作文から選ばれたものなどは、切々と迫るものが在る…巧みな綴り手である吉村昭が引用したのも肯ける…

晩年の吉村昭は、「三陸地方の歴史に纏わる著作の多い有名作家」ということで三陸地方の町に講演に招かれ、本作に綴った津波のことを話題にしたことも在ったという。そして、「過去に三陸地方で聴いた話し」を地元の人達が愕きながら聴いていたことに、彼は驚いているということが“あとがき”に綴られていた…

本作は薄い文庫本であったので素早く読了してしまった訳だが、そうなったのは「引き込まれるもの」が在ったからでもある…

本作は災害の後だけに話題になっていて、既刊文庫本としては異例とも思える好調な売れ行きらしい…吉村昭の御遺族は、印税を彼が愛していた三陸地方の復興のために寄附したいとしているという…

私が住む稚内は、三陸と地形こそ異なるが「長大な海岸に街が貼り付くように拡がる」という辺りは共通項であるように思う…そして昨今の大震災に在っては、津波に襲われた沿岸部の被害がより深刻で、注目されている…そういうことで手が伸びた本作だった…

『長英逃亡』―克明に描かれる流浪の日々…

高野長英…“蛮社の獄”と呼ばれた知識人への弾圧に連座し、“永牢”(終身禁錮)の処分を受けた…5年半にも及ぶ獄中生活の後、彼は脱獄を図る…

その脱獄と、脱獄後の逃亡は6年以上に及んだのだが、その流浪の日々に光を当てた作品が在る…


長英逃亡 上巻


長英逃亡 下巻

あの吉村昭作品である。丹念に史料を探り、扱う事件や人物に関係の地方で取材を重ね、“再現ドキュメンタリー”のように緻密な筆致で描かれる吉村昭作品の数々を愉しんでいるのだが、本作は作家の“持ち味”のようなものが見事に活きている作品だ。

「早すぎた先駆者」というような難しい位置に居た高野長英という人物…異国船を巡る政策に関して批判的見解を盛り込んだ論文を著したことで“思想犯”、“政治犯”というような立場に陥ってしまう。彼を救おうと多くの人が動くのだが、それを阻む人も在る…そんな人は“永牢”どころか「即座に斬れ」という勢いなのである…

劣悪な環境の中で、“永牢”ということなら、やがて死ぬのを待つのみという“極限状態”に身を置き続けた高野長英は、「火災時の“切り離し”」(避難のために囚人を牢から一時的に出す)を利用して脱獄することを思い立つ。そのために、放火をさせた…ここに至って、高野長英は“刑事犯”になってしまう…

高野長英は、自らの力で当時は手掛ける人が殆ど居なかったオランダから入ってくる軍事関係書の翻訳を手掛けたいという強い想いを抱いていた…そして老母に一目でも会いたかった…妻子と安らかな時間が過ごしたかった…彼を救う多くの人の動きに只管期待をしたが、それを阻む人が依然として力を持ち続けている状況に彼は絶望し、賭けに出た…

そこまでして脱獄を果たし、苦心しながらの逃亡生活を送っていると、彼を“思想犯”、“政治犯”という立場に追いやった人が失脚するという話しが伝わってくる…既に“刑事犯”(少なくとも「放火教唆」と「脱獄」の罪状を負う羽目になっている…)となり、「後戻り」も出来ない状態で、彼は「老母に会う」、「軍事関係書の翻訳」、「妻子との時間」という想いを遂げようと邁進する…

本作ではそんな状態に在って揺れる長英の心情や、大勢の協力者を得ながらの流浪の生活の様子が、史料の狭間を巧みに埋めながら克明に綴られている。虚偽情報による取締りの撹乱という高等戦術まで飛び出している…

大変皮肉なのは…既に死亡説が定着したかのような頃に、密かに行った翻訳の仕事の出来栄え故に「何処かに生きている?」という説が起こり、捜査が再開されてしまい、長英はまた捕らえられてしまうことである…その捕えられた際に自刃したというのが長英の最期を巡る定説だが…その場面は是非本作を紐解いて御覧頂きたい…グロテスクなまでにリアルな最期だ…

高野長英は「早すぎた先駆者」で、「豊か過ぎた才能」の他方で地位や富を思うままに得られた訳でもなく、青年時代には倣岸な振る舞いも見受けられたらしい…他方、「早すぎた先駆者」であったものが、時代の移ろいで「先駆者」たり得るようになった時点では獄中に在って身動き出来なかった…錯綜した様々な想いの中で、余りにも大それた行動に出てしまった…何か「やりきれない」ようなものも感じられる…

大変読み応えが在り、内容が非常に面白い。休日を利用して愉しく読了した。

『ふぉん・しいほるとの娘』―揺れる時代を生きた女性の物語…

タイトルを視て気になっていて、入手出来た本である。あの吉村昭の作品だ!!上下2巻で、なかなかヴォリュームも在るのだが、色々とやっていた合間に、少しずつ愉しみながら読了したところである。


ふぉん・しいほるとの娘 上


ふぉん・しいほるとの娘 下

稚内の“百年記念塔”内に在る“記念館”には、伊能忠敬一門が作ったとされる蝦夷地(北海道)の地図の写しが在る。北海道の長大な海岸線を徒歩で測量して作図した労作で、非常に大きなものだ。これが少し広めな“記念館”の床に貼られていて、来館者は馴染みの在る場所を見付けてみたり、カタカナで記された沿岸の旧い地名を興味深く見ているというような訳だが…

この“記念館”の地図が出来て日が浅かった頃、この地図の国外持ち出しを図った人物が居る。シーボルトである…

シーボルトは実はドイツ人だが、長崎の出島に在ったオランダ商館に医師として赴任し、オランダ政府の意向も受けて日本研究に勤しんだ。彼の研究成果の一部はオランダのレイデンに在る博物館で見られるらしい。アムステルダムから然程遠い訳でもなく、レイデンの駅に立寄った覚えは在るが、寄ったのは夜でシーボルトの研究成果の一部というものは見たことが無いのだが…

シーボルト達のようなオランダ商館関係者は、原則的に出島を出られず、“お楽しみ”と言えば“オランダ行き”と呼ばれていた遊女を招き入れるという位のものだったという。

本作はシーボルトが乗った船が長崎に到着する場面から始まり、其扇(そのぎ)という遊女(本名はお滝)と出会う辺りから展開する。シーボルトとお滝は、実質的に夫婦のようになり、二人の間に娘のお稲が生まれる。このお稲が本作の主人公である。

シーボルトは、当時の最新知識を有する医師で、医師として、医学や科学を伝える教師として活躍をする。そういう中で知り合った大勢の人達との交流の中で日本研究を続ける。やがて、商館長の江戸訪問に随行したシーボルトは様々な学者と交際し、地図の入手を企てる。だが地図は幕府の“軍事機密”であり、国外への持ち出しは禁じられていた。事件が露見し、とんでもない事態が引き起こされ、シーボルトは“永久追放”ということになる。

こういう状況で始まったお稲の人生である。当時はかなり珍しい「外国人の父と日本人の母」の間に産まれたお稲だが、母のお滝と共に人生を歩み始め、やがて「学問を!!」という志を抱くに至る。

シーボルトが日本人に伝えたような欧米の科学知識は、江戸時代には“蘭学”と呼ばれていた。その“蘭学”に携わった人達に関しては、色々な出来事も在った。本作では、そういう挿話も多く集められており、読み応えがある。

やがて時は流れ、お稲は類例が稀だった「女性の産科医師」となっていくが、世の中も“幕末”に入り、そしてシーボルトも再来日を果たす。お稲は物心付く前に分かれた父と再会は果たすが…顛末は是非本作を御覧になって頂きたい。

本作は吉村昭作品独特な精密で重厚な語りで、「次々に色々なことが…」と驚く程に劇的なお稲の人生が綴られている。「半年程度に亘って放映されるテレビシリーズを毎回愉しみに見る」かのような感覚で、ヴォリュームの在る作品を少しずつ読み進んだのだが、非常に興味深かった。

吉村昭は、本作関係でシーボルトに関わりが在った色々な人達の足跡を丹念に取材し、そこから別な作品を綴る切っ掛けさえ得ていたようである。彼の作品は、非常に丁寧に情景が描写されるので、「時間と空間を超えて、劇中人物達が居る世界へ案内される」ような感覚で愉しむことが出来ると思う。お稲に縁が在る、彼女が生まれた長崎や、後年色々と在る宇和島というような土地は訪ねたことが無いのだが、それでも何か生き生きと街の様子を思い浮かべられるような感さえ抱く…

非常にお奨めな作品である!!



『大黒屋光太夫』―厳しい漂流に加えて“その後”にも詳しく切り込んだ秀作…

“大黒屋光太夫”というのは、かなり有名であると思う。江戸時代、乗っていた船が嵐に遭って漂流してしまい、辿り着いたカムチャッカ沖の島からロシアに入り、サンクトペテルブルグで女帝エカテリーナに嘆願して帰国を許され、ロシアの使節ラクスマンと共に根室に帰って来たという人物である…

“大黒屋光太夫”という名は、「日ロ関係の歴史」というようなことに多少なりとも関心を寄せれば、かなり高い確率で出くわす名前である…1782年に彼の乗った<神昌丸>は遭難してしまい、ラクスマンと共に<エカテリナ号>で帰国するのは1792年だ…実は“大黒屋光太夫”以前にもロシアに漂着した人達は居たのだが、「帰国を果たした」のは彼が最初の事例ということになる…

そんなこともあって、この“大黒屋光太夫”に関してはよく知られている小説や、それを原案とした映画も在るのだが、本作は2003年に単行本が登場し、2005年に文庫本が登場したという比較的新しい作品である。そして、かの吉村昭が晩年に手掛けた作品ということになる…

吉村昭が描く“大黒屋光太夫”…本作の存在には以前から気付いていて、永く気に掛かっていたのだが、この度漸く手にして読む機会を得た…読了すると、何か充実感が在る作品だ。


大黒屋光太夫 上

大黒屋光太夫 下

吉村昭の歴史モノは、綿密に史料を探り、可能な範囲で現地調査も繰り返し、「フィクションの体裁ながらもドキュメンタリーの如く」という具合で、“現場の空気感”のようなものさえ伝わる“濃厚な密度”の作品が多い。そういう雰囲気に強く惹かれるのだが、本作もその例に漏れることは無い。

本作に在って特徴的なのは、「比較的新しい史料」を積極的に活用することで、「<神昌丸>に乗り合わせた男達の肉声」を綴ることを試み、同時に「帰国後」に脚光を当ててもいる。

<神昌丸>には大黒屋光太夫自身を含め、17人が乗り組んでいた。彼らが出航する辺りから、物語はシンプルに最後まで時系列で進む…

序盤の辺りは、出航した<神昌丸>が、誰も経験したことが無いような嵐に見舞われて漂流をする辺りである。結果的に<神昌丸>は漂着した島で喪われてしまうのだが、この<神昌丸>が登場している辺りに関しては、何時の間にか随分以前になってしまっているが、大阪に在る“なにわの海の時空館”に展示されているのを見学した、江戸時代の海運で活躍していた船の様子を思い起こしながら読んでいた…

島に漂着するまでに7ヶ月を擁していて、その時点で大半の者が辛うじて生きている…これに関して、「何を食べた?」というのが不思議だったのだが、積荷に在った米で食べ繋いだらしい…水に関しては、確保に苦労が在ったようだ…

やがて彼らは、カムチャッカ、オホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと流れ、イルクーツクで出会った“キリロ様”こと、後に使節になるラクスマンの父の支援を受けてサンクトペテルブルグに向かい、許しを得て帰国する…帰国の際、2人がキリスト教徒になっていたことから帰国を諦めざるを得なくなり、3人が根室に入った<エカテリナ号>に乗る。根室で1人が病死してしまい、大黒屋光太夫ともう一人、磯吉が帰国を果たす…

本作は、密かに伝わった磯吉の回顧録という史料を大胆に採用している。ある程度よく知られている大黒屋光太夫による回顧録の類に関しては、外国事情に関心を寄せる学者が“公”の、或いは“半ば公”の文書として認められたという色彩が濃い。他方、磯吉による回顧録は“私的”な場での話しを僧侶が書き留めたもので、「より生々しい証言」という色彩がある。この「より生々しい証言」である磯吉による回顧録の存在が本作を産み出し得たのかもしれない…

大黒屋光太夫と磯吉とは、江戸に留め置かれた。そして国外経験を濫りに話さないように求められはしたらしいが、“幽閉”のような状況に留められていた訳でもない。一町人として、比較的普通な暮らしを営んだようだ。若かった磯吉については、故郷に肉親も多く、帰郷を果たした。大黒屋光太夫は、故郷に縁者が非常に少ない状況では在ったが、彼も帰郷を果たして、厳寒のロシアで永く抱き続けた「故郷の美しい浜」への想いを満たしている。

磯吉による回顧録は、この帰郷の際に彼が近しい人達に語ったという話しが原典だという。他方、大黒屋光太夫に関しては、女帝への謁見まで果たし、元来が読み・書き・算盤の十分な能力―“沖船頭”と呼ばれた、海運業者の現場責任者としては、こういうことは不可欠な知識でもあった訳だが…―を備えた素養の故に学び得たロシア関係知識―風土や国情や風俗の見聞、ロシア語会話、更に光太夫はロシア語の読み書きも少々出来た…―が尊ばれ、学識者等との交流が盛んであったようだ。

それにしても…本作で強い印象を受けたのが“キリロ様”である…

当時の日本の用語で言う“本草学者”(植物、土壌、鉱石等の研究を行う)であり、イルクーツクに派遣されていた技術系の官吏ということになる彼は、何処までも力強く光太夫達を支援する…

博学な彼は、ロシアとも交流の深かったオランダが“出島”の貿易で利益を得ていることや、“オランダルート”や“漂流民ルート”で当時のロシアに入っていた日本関係情報も一定程度承知していたようだ。或いは、学識者としての関心の故に、官吏としての貿易や軍事の上での利益を慮って、彼は光太夫達と接触したのかもしれない。或いは「遠い国から漂着」という気の毒この上ない彼らの身の上に同情したのかもしれない。色々在ったのかもしれないが、「コダユ(光太夫)、諦メテハイケナイ」(吉村昭作品では「外国人の外国語での台詞」がこういう具合にカタカナで書かれている場合が多い…)と挫けそうになる光太夫の肩を掴んで語りかけて励ます姿が何度と無く出て来る…

この「コダユ(光太夫)、諦メテハイケナイ」…一体何処から出て来たのだろう?学識者としての関心、官吏としての思惑、個人としての同情と色々在った以上に、彼は光太夫に惹かれるものが在ったのかもしれない。光太夫は、飽くまでも<神昌丸>の責任者として、慣れぬ厳寒の中で続々と斃れる仲間を見送り、飽くまでも一行の帰国の許しを得ようと懸命だった。“キリロ様”は、その懸命さに揺り動かされたのかもしれない…そして終いには“キリロ様”が逆に懸命になり、挫けそうになった光太夫が揺り動かされたのかもしれない…

今日とはかなり様子も違う200年以上も昔の挿話を扱った本作だが…改めて気付かされる感なのは、人間には「他者の苦境を慮ってみたり、懸命さに心動かす人」と、「その限りでもない人」というような、若干の性質の違いがあるのみで、容貌、人種、宗教、言葉、育ちなどという各人の違いというようなものは、存外些細なものかもしれないということだ…

何か本作は読んでいるうちに、光太夫達の苦しかったロシア漂着生活の世界に引き込まれてしまうような感がする。比較的薄い文庫2冊で、存外早く読める手軽さながら、内容は重厚だ…

『海軍乙事件』―「歴史への関心」に止まらない一冊…

何処かで週刊誌に掲載のエッセイを読んだ。「不祥事、不始末が起こった場合、関係者の処分でけじめをつけ、原因究明を行いながら、気を引き締めて後のことを進めるべきであると思うのだが、最近の幾つかの状況を見ると、一寸不満を感じる」というような論旨だった。

そのエッセイの中で、戦時中に日本の海軍で発生した事件を、話しの枕のように引いていた。高官を乗せた飛行艇が遭難してしまい、脱出したが敵対的ゲリラに囚われてしまった。その際に暗号や作戦等の機密情報が彼らに渡ってしまった。そして敵方が内容を知る。海軍では救出された高官を処分せず、また機密漏洩の可能性も在る中で善後策も然程熱心に講じていなかった。結果、少し後の戦いで大きな犠牲を強いられる羽目に陥った。ということなのだという…

何かこの話しが気になっていると…「戦時中に日本の海軍で発生した事件」を扱った作品に出会った。

海軍乙事件


かの吉村昭の作品である。例によって手軽な文庫本を入手した。

文庫には、“海軍乙事件”と呼ばれた、海軍高官がゲリラに囚われた一件の他、“海軍甲事件”と呼ばれた連合艦隊司令長官搭乗機の撃墜を巡る一件、更に「戦犯裁判に先駆けて、日本の軍法会議に掛かった人達が居た」という話し、日清戦争の「進軍ラッパを吹き続けたままで戦死した兵士」の話しの4編、加えて初めて文庫本が出版された際に出された作者の文章が収められている。或いは取っ付きが良い文庫本である…

“海軍乙事件”、“海軍甲事件”の2編が殊に興味深い。例によって、淡々として緻密な文章で、情景と情報や、現場に居た関係者の息吹が伝えられている…

“海軍乙事件”はフィリピンへ輸送船で向かう陸軍部隊の様子から書き起こされる。なかなか大変な状況で陸軍部隊は出動するのだが、その様子を読みながら「?」と思った…だが、この陸軍部隊は後段でゲリラと向き合うことになるのである…

詳しくは是非本書を紐解いて頂きたいのだが、私が愕いたのは“事後”の話しである…「ゲリラは奪われた機密文書に然程の関心を示していなかった」として、暗号やら計画やらに手を入れることもなく、そのままにしてあったらしいという辺りである。「“都合が悪い”ことは“無かった”ことに」というような傾向…大きな犠牲が生じるかもしれないような、戦時下にも…

戦時下のような状況でさえ「“都合が悪い”ことは“無かった”ことに」というような傾向というのが妙に“刺さった”…なるほど、本書を手に取る切っ掛けとなった週刊誌のエッセイの筆者も、論旨を導く例として挙げてみたくもなる筈だ…実は手近な所で、随分とこういうことに関して考えてしまうことが無いでもない…

そして“海軍甲事件”…これは筆者がある人物と待ち合わせをするという辺りから書き起こされ、事件の話しに入って行く…会っていたのは、事件関係者である…

“海軍甲事件”は、連合艦隊の司令長官ら高官を乗せた2機の一式陸上攻撃機が撃墜されてしまった一件なのだが、護衛に6機の戦闘機が出動しており、そのパイロット達は事件後も生きていた。その人達はどうしたのか?作者はそこに着目している。

これを読んで気付いた。吉村昭の『零式戦闘機』を読んで思い立ち、映画『零戦燃ゆ』をDVDで観たのだが、あの映画に出ていた“浜田”というキャラクターには「実在のモデル」が居た…映画で“浜田”は「“長官機”の護衛」として出動し、肝腎の機が撃墜されてしまった中で帰還する。その後、九州で…という展開が同じ人物が本作にも紹介されているのである。一寸驚いた…

上述の、偶々観た映画に関連して新たなことに気付くというようなことも在ったが、それ以上に本書は、色々な意味で考えさせられた…『海軍乙事件』は「歴史への興味」を満たしてくれる作品だが、同時に「何かに取組む姿勢」というようなことをも考えさせてくれるような気がするのだ…

『零式戦闘機』―新鋭戦闘機生産の陰の意外過ぎる事実…

“零戦”、或いは“ゼロ戦”と言えば、「昔の日本の戦闘機の“代名詞”」のような知名度だと思う。その零式戦闘機を巡る話しは色々と出回っているが、あの吉村昭の筆によるストーリー…大変に興味が湧く…


零式戦闘機

“零戦”は昭和12年頃から設計・開発が始まり、昭和15年に制式化され、終戦まで活躍した。当時の最新鋭戦闘機である。本書では、その制式採用に至るまでの経過が本書では克明に紹介され、中国大陸で鮮烈な登場をして以降の活躍や、戦争後半の苦戦の様子等が綴られている。

というようなものは、戦闘機のことを紹介した他の本でも読むことが出来ると思うのだが、この吉村昭作品は一味違う。“最新鋭戦闘機”が造られた背後の、「そんな状態だったのか?!」とビックリさせられた話しが取上げられているのである。

“零戦”は、主に名古屋に在った三菱の工場で生産されていた。飛行機なので、組み立てられた後は滑走路に運ばれ、それが使用される現場に飛行して向かうことになる。「工場の直ぐ脇」のような場所に飛行場が在れば話しは簡単だが、名古屋に在った三菱の工場の場合はそういうことにはならなかった…飛行場まで、名古屋の街を抜けて近在の町や村の隘路や悪路を通って、飛行場へ出来上がった飛行機を運ばなければならなかった。その輸送手段として、牛が牽引する“牛車”や、帯広の“ばんえい競馬”に出ている大きな農耕馬であるペルシュロンが牽引する馬車が使われていたというのだ。

“最新鋭戦闘機”と“牛車”や“馬車”…凄い組み合わせである…そして、自動車で運ぶ場合は震動で積荷が壊れてしまうので“牛車”が使われたというのだが、「では道路整備を…」という話しにならない、或いはそれが出来ないという中で、兵器を生産して戦争を遂行していたという史実に驚愕せざるを得なかった…“零戦”も他の機種も、名古屋に在った三菱の工場で生産された飛行機は「飛行場脇で組み立てると飛行出来る」という具合にばらされて“牛車”に積み込まれ、輸送には24時間は掛かったという…また、この「“牛車”による輸送」は零戦以外の大型機でも実施されており、それについては「24時間で輸送」どころではなく、とんでもない話しになっていたことも紹介されている。

本書は、この輸送の話しのように「余りにも意外」に思えた話しも取上げられているが、もしかすると「見落としがちなこと」に属することにも確りと触れられている。それは、零戦の生産に携わった工場従業員や勤労動員の生徒(少年少女)というような人達のことである…

“零戦”は非常に優れた戦闘機だった。“零戦”を擁する日本軍と戦った米軍でも、なかなか「総合的な能力」で勝る戦闘機を送り出せなかった。しかし、次第に圧倒的多数の米軍機に囲まれて、どんどん損失が広がるようになった。そういう中で増産が急がれたが、生産はなかなか拡大出来ない…工場の従業員や動員の少年少女は凄まじい努力をする…本書にはそんな様子も詳しく綴られている…

本書は戦闘機というメカが辿った経過を軸に、その開発に携わった人達、それを使った人達、そして生産に携わった人達を確り描いている。そして“総力戦”というものの恐ろしさも伝わる…本書は、色々な意味で一読の価値が高い!!

『陸奥爆沈』―巨艦の哀し過ぎる最期を巡る物語…

“戦艦陸奥”というのは、第二次大戦下に在って国内にもその名が知られていた、「海軍の代表的な艦船の一つ」だったのだが、その最期は然程詳しく知られていた訳でもない。これは当時のどの艦船にも或る程度は共通するのかもしれないが…

「戦艦が爆沈」などと聞けば、「激戦の末に悲壮な最期を…」という様を思い浮かべるのだが、陸奥は闘いの末に沈んだのではない。事故で呆気なく喪われたのだった…

その顛末等を伝える一冊に出会った…


陸奥爆沈

このところ、多少読む機械が増えている吉村昭作品の一つである。

本作は“小説”と“紀行”の中間のような、吉村昭作品を色々と読んだ目線では「やや意外」な形式で綴られた作品である。“あとがき”に在るのだが、敢えてそうしたようだ。そして、それが妥当なのかもしれないと読後には納得した。

本書の“語り手”は、作者自身である“私”である。

戦時中には海軍の艦船が待機していた瀬戸内海の“柱島”を訪ねる機会を得た筆者は、戦艦陸奥が近くで爆沈してしまった事件が在ったことを知る。そこから、“私”は憑かれたかのように、戦艦陸奥の事件について調査を始め、執念深くそれを続けて行く。“私”が様々な関係者に接触を図って、推測したことを確かめたり、示唆を受けたり、新事実を見出すというプロセスが、“私”の知った様々なことと合わせて綴られている。様々な人の証言が、なかなかに生々しい。“私”が確りと整理した文章も在るが、“私”が取材する場合の流儀らしい「漢字とカタカナで速筆」という“取材メモ”をそのスタイルのまま転記した箇所も見受けられる…

本書を読んでいると、“私”に同行して、戦艦陸奥の事件を一緒に調査しているかのような感さえ覚える。なかなかに読み応えがあるが、分量的には比較的手軽である…

突然の爆発で、呆気なく沈んでしまった戦艦陸奥…「中から爆発」ということは、調査の結果として間違いないことが明らかになったが、その原因がよく判らない…実は、日本の海軍では、戦闘などではない爆発事故で艦船が重大な損害を受けたり、爆沈してしまったという事件が幾つか発生している。艦砲に用いる火薬の類に何か在ったという“化学”とか、設計や施工の上で何かが在って、漏電のようなことが在ったというような“技術”というようなことで「原因?」という問いに明確な回答が与えられず、結局“人間”に回答を求めようとした経過が在る…その辺りに関しては、是非本書で愉しんで頂きたいので、ここでは詳述しない…

本書は昭和40年代の作品である…“私”たる作者自身も他界してしまっているが、様々な証言を寄せている関係者の多くも同様であろう…そういう意味で、今となっては“貴重な史料”的な色彩も帯びているかもしれない…

海軍の艦船…殊に巨大戦艦は、存在自体がある種の象徴だが、中には生身の人間達が居て、色々なことが在る…読後に色々なことが思い浮かぶような一冊である…

『白い航跡』―国内以上に国外で評価が高い医学者の伝記…

伝記的内容を含む小説を読むと、取上げられている興味深い人物について、またその人物の事績について知ることが出来る訳だが、取上げられている人物に関する知識が少ない場合には読後の「驚き」、「感心」の度合いが強くなる…

白い航跡 上


白い航跡 下


高木兼寛…この人物に関しては殆ど知識が無かった…上下巻から成る『白い航跡』を通じて、この人物や彼の事績に関して詳しく知ることが出来た。

高木兼寛は明治時代に海軍軍医として活躍した人物である。上巻は高木兼寛の生い立ちに類する内容に紙幅が割かれている。上巻の前半は「医療担当で従軍した若者の目線で語られる戊辰戦争」という感である…下巻は彼の事績や老後に紙幅が割かれている。

高木兼寛は薩摩領の小さな村の出身である。大工の息子であったが、寛容な父親の下で学問に勤しむ中、身分と関係なしに社会的な敬意を払われる医師に憧れるようになる。そして医師になり、戊辰戦争に従軍する。しかし、彼自身は“医師”としては活躍したという訳でもなかった。彼が非常に若く、寧ろ“勉強中”であったこともあるのだが、それ以上に当時は「正しい外科治療」の知識や技術の普及度が充分ではなかったからである。ということがあり、高木兼寛は更に研鑚を重ね、海軍軍医となり、英国留学し、帰国後は海軍の軍医部門の幹部となって活躍する訳だ。

この高木兼寛の事績を巡る本書の記述で知ったのだが、明治期辺りには“脚気”というものが実に厄介な存在だったようだ。例示すれば…日清戦争では“戦死者”の数よりも、“脚気”が重症化して亡くなった兵士の方が遥かに多いそうだ…その凄さには驚いてしまった。そして、その問題の改善に向けて全身全霊で、なりふり構わずに打ち込む高木兼寛の様は更に凄い…

高木兼寛は海軍に在って、この“脚気”を殆ど一掃することに成功する。しかし、学界では傍流であることなどから、彼の事績はそれ程評価された訳でもなかった。他方国外で、彼の事績は大変に注目されていた。

本書の高木兼寛の物語を読むと…周りの人に凄く恵まれた幸運に凄く感心する他方、結果として“傍流”という立場になっていたという辺りに、明治時代も現在も然程変わらない「生きる難しさ」のようなものを感じてしまった…

以前、幕末から明治期に活躍した医師、松本良順の物語も読んだことがあった。松本良順も将来を嘱望された息子達を病気や事故で早く喪ってしまうのだが、高木兼寛に関してもその種のエピソードが在る…

本書は、「こういう人が居たんだ」という“発見”のようなものが在る。こういう本は貴重だ!!

『戦艦武蔵』―夢中で読了した名作…

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何か「今更ブログで紹介するのか?」という程に著名かもしれない作品だが、それでも自分にとっては初めて出会った作品である。そしてとても素晴らしかったので、敢えてここで取上げたい…

戦艦武蔵 (新潮文庫)
戦艦武蔵 (新潮文庫)

手にした文庫本の奥付に「昭和四十六年八月十四日 発行 平成二十一年十一月二十日 七十刷改版」とある。この文庫本を手掛ける出版社が、各回で何部刷るのかは知る由も無いし、出版社が刷った本が全て売れて誰かが読むという訳でもないものかもしれないが…“七十刷”というのは凄い数字のように思う…初めて見た…とにかくも多くの人に読まれている作品であることは確かだと思うが、実際に紐解けばそれも納得である!!夢中になってしまった…

書店の売り場で、文庫本は同一出版社のものが集まっていて、各々50音順で作家別に整理されているという場合が殆どのように思う。近所の書店も、札幌や旭川で寄ったことの在る一寸大きな店もそうなっている…私は吉村昭作品が大変に気に入っていて、50音順の“よ”の一画で色々な作品が収まった各文庫本を眺め、「これが面白そう!!これも!!こっちも未読だ…」と何冊かに眼を留める…そんな場合…この『戦艦武蔵』は何時も「どっちにしようか?」という“選択最終段階”で“落選”するケースが多かった…

私が文庫本を求めようとした際、何度も“落選”させてしまった『戦艦武蔵』だが、今回“当選”となったのは、“切っ掛け”が在ったからに他ならないと思う。「海軍工廠が在った街、呉を訪ね、海事博物館(大和ミュージアム)を見学したこと」と「それを受けて『戦艦「大和」開発物語』を読んだこと」が在ったからのように思う。『戦艦武蔵』は“七十刷”というような次元で読み継がれる名作である。それ自体が持つ“力”に、私自身の中に偶々芽生えた“切っ掛け”という助力も加わり、多分「他のどのタイミングで読むよりも面白い」という状態になっていたのだと思う。

吉村昭作品で歴史上の人物や事象に題材を求めたものでは、綿密な取材の上に、淡々とした筆致で適度に“隙間”を埋めつつ、扱っている事象や人物の性格や事跡が読み手に力強く迫ってくる。何か「フィクションでありながらノンフィクション的」で、同時に「ノンフィクションを超えるフィクション」という按配に、描かれている世界へ誘ってくれる…

この『戦艦武蔵』は、巨大な金属の怪物のような軍艦が産み出され、そしてそれが喪われるまでの顛末が克明に綴られる。その中で、建造に携わった有名・無名の人達や、乗り組んでいた人達の群像、そしてこの巨大艦が産まれて喪われた時代の空気が描写されている。賛美でも批判でもない、実に淡々とした調子である…正しく「フィクションでありながらノンフィクション的」で、同時に「ノンフィクションを超えるフィクション」という按配なのだ…

建造計画時点、建造工事時点で“武蔵”は“第2号艦”と通称されている。この“第2号艦”は、今風に言えば「海軍省と三菱との間で、技術力や設備の都合により、見積合せで随意契約が行われ、三菱が建造工事を請負った」という具合で建造されている。建造工事が行われたのは長崎の造船所だ。“武蔵”の建造費として出て来る数字は、同型―巨大さは全く同じ―の“第1号艦”こと“大和”の半額程度らしいが、これは飽くまでも「海軍省から三菱に支払われた“工賃”」であり、わざわざ専用船を用意して呉の工廠から長崎の造船所に搬送したという“主砲”等の装備品を製造する経費が表に出て来ないからに他ならない。全ての経費を考え合わせると、“武蔵”は後から「旗艦としての設備の増設」やら、「先行した“大和”の運用を踏まえた改造」等も在ったので、より多くの経費が投じられているであろう。

“武蔵”は、動き廻れば莫大な燃料―戦時中、日本は燃料の確保に苦心していた…―が必要である等の事情も手伝って、就役後は前線の基地港に行って、そこで長く停泊しているということが多かった。ということで、本作では建造開始から竣工までの物語が大半を占めている。『戦艦武蔵』という題名を見れば「海軍軍人が活躍する?」という感も抱くが、本作は寧ろ「“とんでもない仕事”に携わることになった、民間人である造船所関係者達の物語」という色彩が濃いかもしれない。或いは、一頃流行ったテレビ番組の『プロジェクトX』に通じるものも多少在るかもしれない…

“武蔵”は、“大和”の呉とは色々な事情が異なる長崎で建造されている。造船所の条件により、進水を行うことに関しては、なかなか大変な技術的冒険や、文字どおりに血が滲む作業も在った。また、“武蔵”の機密を護るということに関しては大変な努力も払われ、地元の人達も随分とそんな動きに巻き込まれ、独特な空気も生じている。そして、建造工事の最中に“事件”も起こっている。本作では、そうした様々なことが次々と描かれ、頁を繰る手が止まらなくなる…

全長263m、最大幅37mの巨大な軍艦…どう考えても目立って仕方ないが…これの建造が行われていることを秘匿しようと、「意外な作業」が建造前に行われている…『戦艦武蔵』は、その「意外な作業」の経過から書き起こされている…その冒頭部から、“武蔵”が喪われる最終盤、更に吉村昭が取材中に出くわした年老いた漁師の挿話が綴られた後書に至るまで、全てが興味深い!!

何か「今更ブログで紹介するのか?」という程に著名かもしれない作品ではあるものの、それでも「これは一読の価値在り!!」とお奨めしてみたい…

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『桜田門外ノ変』―時代を震撼させた事態の愕くべき裏面…

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このところ気に入っている吉村昭氏作品である…

桜田門外ノ変 上巻  /吉村昭/著 [本]

桜田門外ノ変 上巻 /吉村昭/著 [本]


桜田門外ノ変 下巻  /吉村昭/著 [本]

桜田門外ノ変 下巻 /吉村昭/著 [本]


“桜田門外の変”…余りにも有名な事件である。1860年3月3日、「井伊大老が水戸浪士の襲撃を受けて絶命」という事件だ…余りにも有名な事件で、時代劇のネタとしても随分取上げられていると思う。(「殺された大老が実は替え玉で…本物は?」というようなネタさえ観た記憶がある…)

この吉村昭氏の『桜田門外ノ変』は、事件の実行グループの一人で、現場で指揮を執った関鉄之介が主人公に据えられ、例によって克明なリサーチを背景にした淡々とした調子で綴られる…何か、モノクロ画像の中に、血生臭い事件の血の色だけが色を帯びているような…独特な調子である。

あの事件のグループは“水戸浪士”として知られるが、何故“浪士”なのだろうか?本作では、水戸の家中で激しい派閥争いや、安政の大獄関連で随分と色々在った経過が綴られている。愕く程色々と在り、大老暗殺が計画され、グループは実行に向かって進んでいく…

本作では“事件”は“クライマックス”ではあるが、事件の前、事件の後と切り離される印象ではなく、飽くまでも関鉄之介の目線を軸に、一貫してぶれることなく綴られている。水戸家中の色々な事柄が凄惨な様相を帯び、開国以来の幕政の不安定化、手を尽くして大老暗殺の準備が進められる様、事件そのもの、事件後の関係者の逃走・潜伏…全て一貫した調子だ…何か「鉄之介の目線で時代を追体験」という按配になっている。

中でも秀逸なのは…“クライマックス”である“事件”である。鉄之介は現場の指揮役で、直接には剣を振るって戦ってはいない。“実行犯”が動き回り、大老を斬るのを確りと確りと見届けている…その「客観的に描かれる凄惨な事件現場」というのは凄い…その凄い描写は、「是非御自身でお読み頂きたい」ということで、敢えて詳しくは触れないが…“事件”の時、大名の登城風景を見物する人達が存外居合わせたらしい…当時の通の片隅で、実際に群集の一人として“事件”を目撃してしまったかのような気分になってしまう…

本作は“事件”に止まらず、19世紀半ば辺りの水戸家の混迷が、その背景も含めてよく判る…そして時代は『天狗争乱』の時期へ進む…

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『天狗争乱』―“敗者”の足跡を執拗なまでに丁寧に描く…

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水戸の“天狗党”…幕末の歴史に関する読み物などで、その名は時々耳目に触れる。しかし「天狗党の挙兵が鎮圧された」というような主旨の一行か二行で流されていることが多いような気がする…

実際には、方々に色々と語られているのかもしれないが、私自身にはその「一行か二行」の印象である…

ということで、その「簡単な叙述で名前は見掛ける」という印象を私自身は抱いている“天狗党”に関して、「あの吉村昭氏の作品で“天狗党”の経過を扱ったものが在る」と知った時は、「とにかく読まなければならない!!」と強い想いが湧き上がった…

天狗争乱  /吉村昭/著 [本]

天狗争乱 /吉村昭/著 [本]


「簡単な叙述で名前は見掛ける」他方、その行動の詳しい顛末等を知らなかった“天狗党”である…本作『天狗争乱』は、その顛末を詳しく知ることが出来たが、「彷徨う男達の姿を淡々と描く」というような、吉村昭氏作品らしい雰囲気も色濃く、なかなか力が入る…

“天狗党”と言うが、これは「あいつらは天狗になっている」と、それに与しない人達から言われたからとも、それを逆手に取って「世直しの天狗」という意味で自称したとも言われる呼称である。“尊王攘夷”思想を抱く、水戸の雑多な人達の集まりである…

この“天狗党”の“挙兵”だが、当初は「長州の攘夷派と連携して行動」というような主旨だったのだが、一部の者が軍資金調達名目で色々と蛮行をやらかしたことなどがあって、水戸家中の内乱のような状況が生じてしまう。そのうち、事態収拾に水戸入りを目指した水戸侯の親戚筋の大名も争いの巻き添えになり、無念の切腹という話しになってしまった…“天狗党”は水戸侯の縁者であり、京都にある一橋慶喜に自分達の想いを伝えようと、水戸領から中山道方面を通って京都へ進もうとするのである…そして京都を目前に、彼らは敦賀で一橋慶喜その人が、彼らを“鎮圧”する目的で京都から出て来たことを知り、結局降伏する…そして…過酷な弾圧を受けてしまう…

本作では、この“天狗党”の顛末が、吉村氏の筆致で実に鮮やかに描かれている。“天狗党”が進む先々での進軍、闘い、関係者の行動…暑い盛りから、秋、そして雪が舞い、積雪に行く手を妨げられるような時季に至るまでが、鮮やかに眼に浮かぶ…様子が手に取るようで、引き込まれてしまった…

引き込まれながら読んだ他方で、やや気になったのは“一橋慶喜”である…彼こそは“最後の将軍”である訳だが…この“天狗党”の事件を巡っての動き…「?」である…

水戸…実は個人的には少々縁が在る。学生時代、アルバイトで水戸に何度も寄ったことが在ったのだ…そういう意味で、「水戸の…」と聞けば多少気になったりはする。

幕末に至るまでの水戸に関して色々と聞くと、「色々な意味でユニーク」である…

江戸時代の大名家で、“○万石”と表向き言われている“以上”の収入力が在った例は幾つか知られている。が…“○万石”と表向き言われている“以下”の収入力という例は…幾つも在りそうだが、水戸の例が最も極端かもしれない。水戸では検地の単位をわざわざ小さめに設定して、石高の“水増し”をしたらしいのだ…所謂“御三家”ということで、見栄を張ったらしいのだが…そして、その見栄も在るのだろうが、財政が大変な他方で文化事業には随分と力が入っていたという…

その水戸…この“天狗党”関係でかなり酷い“内乱”をやっている…“天狗党”側に加担した人達に関しては「一族郎党を処刑」ということまで仕出かしていて、“戊辰戦争”の時期に入ってからも、敵味方に分かれて色々と在ったという…御蔭で水戸は“尊王攘夷”という“時代の思潮”を強く意識した人達が多かった割りには、“損失”も著しく、明治期に目立った活躍をする人材を送り出していない面も在るという…

“天狗党”…彼らは、結局は“敗者”ということになるのであろう…その辿った経過が、本作では実に鮮やかに描かれていて読み応えがある本作だが…読みながら「彷徨える敗者の様は、時や場所を変えても変わらないのか?」等と考えていた…とにかくも読み応え十分でお奨めな一冊である…

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『深海の使者』―戦時下に日欧間を結んだ知られざる冒険…

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日独伊三国同盟”というのが在った…この同盟と、それ以外の国々が第二次大戦を戦った訳だ…

同盟の日独伊…“独伊”は欧州の国々で、互いの往来には色々な手段も在ろう…しかし日本は欧州から遠い…戦火の下、日本と欧州を結ぶにはどうしたのだろうか?

↓そういう疑問に答えてくれる一冊を見付けた。



深海の使者 (文春文庫)


↑最近、少々傾倒している吉村昭氏作品である。

第二次大戦位の時代、日欧間の人や物の移動手段としては…シベリア鉄道、何度か補給をしながらの海路、何度も補給で着陸しながらの空路ということになる。シベリア鉄道に関しては、“独ソ戦”という情勢で、日本が利用することは憚られた…空路に関しては、当時の飛行機の航続距離の問題でなかなか難しく、戦争を巡る状況で通過可能な空域にも制限がある。船舶だが、英国と敵対しているため、スエズ運河が利用出来ない…また、空から海からの哨戒が厳しく「敵の船」となれば容赦なく攻撃を受ける…

というように、日独伊の同盟とは言っても、日欧間の往来が困難であったため、同盟国間での協力というようなことがし難かった…それでも、技術情報のやり取り、貴重な物資の交換など、連絡は取りたかった…

連絡を取ろうにも、考え得る手段が「悉く支障の在る」状況だった。ここで登場するのが“潜水艦”である。東南アジアの日本占領下の港からインド洋に出て、洋上で支援船から補給を受け、アフリカ喜望峰の遥か沖を廻り、大西洋北上してフランスドイツ占領下の港を目指すのである…

当時の潜水艦は「機構上の制約」で、常時潜って居られる訳ではない。洋上を航行し、必要な場面で潜航する仕組みである。日本の潜水艦は、洋上では20ノット程度で航行出来たらしいが、それは“経済速度”ではない。“経済速度”はもっと遅い。海中を潜航する場合は、最大でも10ノット程度だったという。日欧間の航海だが、片道でも概ね3ヶ月から4ヶ月を要する、非常に過酷なものであったという。そして、敵勢力下での哨戒・攻撃というのが過酷さに輪を掛ける…

本書では、その「日欧間の潜水艦による往来」という過酷な任務に関して取上げている。何度も試みられ、各々が厳しい運命を辿っている…

更に、「潜水艦しかない?」という事情の下で何例か試みられた“空路”という話題も在る…

吉村作品の、淡々としながらも熱いタッチで、過酷な任務に挑んだ関係者の姿が生き生きと浮かび上がる…“軍事機密”に類する技術情報を抱えての過酷な航海に関して、それ程広く知られていた訳でもないようだが、そういう知られざる歴史に光が当てられる…なかなか「入り込んで」しまう一冊だ…

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『大本営が震えた日』―「よく知られた話し」の「知られざる裏側」について…

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戦争の歴史を多少意識する8月だが、関連の興味深い一冊に出会った。

↓最近、やや傾倒している吉村昭氏の作品である。


大本営が震えた日 (新潮文庫)

↑何か非常に惹かれるタイトルである。“大本営”というのは、「戦時陸海軍統帥する最高決定機関」のことである。その大本営が「震えた」というのはどういうことか?興味が湧く…

1941年12月8日、日本は対米英戦に踏み込む。この開戦の時、海軍はハワイの真珠湾攻撃を行い、陸軍がマレー半島に進攻した。“奇襲攻撃”であった。

この“奇襲攻撃”という事実は有名で、日本の海軍がハワイの基地を攻撃する様が出て来る映画さえ何本か在る程だ…

が…“奇襲攻撃”というものを成功させるというのは、なかなか難しいということに思い至る…

ハワイへの攻撃だが、戦艦、航空母艦巡洋艦タンカーと当時の「一番大きな船の類」が犇く大艦隊が太平洋を越えてハワイを伺う位置に進出したのである。そんなに大袈裟なものが動くことを「如何にして秘匿したのか?」という疑問を禁じ得ない。陸軍のマレー半島進攻にしても、大兵力が集められて、輸送船団で上陸計画地域へ移動した訳だが、敵側にその意図が判らないように移動するためには、色々な工夫が在った筈である…

当時は衛星写真のようなものが在った訳でもないが、既に航空機による偵察も盛んに行われ、電信も多用されていて、一部にレーダーも導入されていたのである。大規模な艦隊の動向を探る諜報活動も盛んであった筈だ。そういう中で“奇襲”成功のために、作戦開始時点まで大部隊の動きを隠すというのは大変なことだ…

本書は、そういう辺りに着眼して、色々と詳しい調査を行って構成された一冊である。実は12月8日に至るまでの間、作戦計画を秘匿しながらも、開戦と同時に行動を起こすため、大変な努力が行われている。そして「作戦内容や行動が漏洩?」と危惧される事態も幾つか発生し、それを何とかしようと必死な努力がなされている…

淡々と事象を描くような調子ながら、各方面で刻々と進められた“開戦準備”が、なかなかスリリングに描かれている。

本書の前に読了した『指揮官たちの特攻』の中に、1941年12月8日の攻撃で、最初に爆弾を投下した飛行隊長の話しが出て来るのだが…その最初の一弾が投下されるに至るまでに、既に様々な犠牲が払われながら、開戦へ歩を進めていた…これについては、実はこれまで余り考えたことがなかった…新しい発見をしてしまった…

本書の冒頭の方では、日米開戦が避け難くなってしまった中、ある参謀将校の搭乗した旅客機が墜落遭難し、“大本営”が狼狽したという話しから始まっている。それは何故だったのか!?大変興味深い内容である。是非本書を紐解いて、何が起こったのか観て頂きたい。

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『暁の旅人』―幕末の医師、松本良順の人生の旅路…

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このところ、若干傾倒している吉村昭氏の作品ということになる。

幕末から明治を生きた医師、松本良順(明治期には“松本順”と改名している…)の物語だ。



暁の旅人 (講談社文庫)

↑例によって、寧ろ淡々とした調子で、リアルに「ある時代を生きた人々」を活写している…

前半部は、幕末期にオランダ人から当時の先進医学を学ぼうと懸命に努力する姿に割かれている。

吉村作品に『海の祭礼』というものが在り、そこには利尻島に上陸して長崎に送られた米国人を通じて英語を学んだ人達の話しが取上げられている。何となくそれを思い起こすような話しが本書の前半部に在った。

例えば「医者による病気の説明」というようなものは、普通に日本語で話し合う内容としても、“判り難い”ものの代表格のような気がする。これが「外国人医師と外国語で」となれば、更に大変である。本書では、海軍の知識を伝えるべくやって来たオランダ人の中に医師が居るということで、医師や医学を志す者がオランダ人医師から学ぼうとした話しが出ているのだが、これがなかなかに凄い話しだ…当初は“通詞”が入ったが、彼も医学系用語でとんでもなく苦戦する。そこで、医師や医学を志す者達はオランダ語を勉強し始め、教授をするオランダ人医師も日本語を学び始める。時間を掛けて意思疎通が出来るようになっていく中、「医学の基礎の基礎から」という方針、また「実践に基づく知識や技術を伝える」という考え方で研修が続けられる。

松本良順という人は、このオランダ人医師を教授とする研修で、自らも大いに学びながら、日本側の医学を志す者達を纏めて大変に立派な成果を挙げる…

後半部は、実力を認められて立場を得た松本良順が、戊辰戦争の中を駆け抜ける物語である。

「幕臣として」、同時に「医師として」ということで松本良順は時代と向き合い、自分の信じる道を進もうとする。何か心打たれる…

松本良順は、言わば「幕府の主席医官」という地位を得る。不運にも病を得て若死にしてしまう将軍の最期を医師として見届ける…そういう中で、“幕臣”として、混乱の中で筋目を通そうとする。他方で、戦争で傷を負った者の治療を行う、或いは知識が乏しい医師達に助言を与えるなど、「専門職の矜持」で努力をする。この辺りが最も引き込まれた…

この部分では、松本良順の目線で新撰組や会津侯、榎本武揚と言った人達が描写されていて、なかなか面白い…

終盤は明治に入り、私立病院を起こしたり、軍医、或いは軍医部門の充実という政府の仕事に努力する辺りの話しである。そして、仕事では大変な実績を残しながらも、息子達が病気や事故で早世し、妻に先立たれて寂しい老後を余儀なくされたことなどが語られる…

松本良順は、当時の常識、因習を打ち破るような仕事を、現場で必死に工夫する中でやってのけている。本書では、その様子が「幕府の一医官」として、現場での必死な努力で成し遂げられるというように、“等身大”に描かれているのが凄い。決して“英雄譚”ではない調子が、寧ろ読み手に「迫る」感じだ…そうした結果が「有無を言わせぬ知識・実績」ということになり、結果的に松本良順は地位も得た…そしてそれが戊辰戦争という状況で揺れる…実に興味深い!!

本書の題は“暁の旅人”であるが、秀逸だと思う。「闇夜に暁を求めて道を急ぐ」かのように、松本良順の人生は江戸、長崎、江戸、京都・大坂、江戸、奥州、横浜、東京と物理的に旅が多い他、新技術・新知識を追い求める探求の旅、新たな医療を求める模索の旅に満ち溢れているのである…

手頃な分量の文庫でもある…是非、本書で松本良順という人物の“旅”を追体験されることを多くの皆さんにお奨めしたい…

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『ニコライ遭難』―明治の日本を揺るがした“国難”の顛末が克明に…

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“大津事件”…私は、高校での選択科目が日本史だったので聴いたことが在る。

明治時代のお話し…ロシアの皇太子が来日し、大津を訪れた折り、警備の巡査がいきなり皇太子に斬りかかって怪我を負わせてしまった。事件の処理を巡り、「犯人に対して皇室に対する罪をもって処罰すべし」という“政治介入”が為されようとしたが、「普通の謀殺未遂」が罪状として適用された。“政治介入”が排除され、“司法の独立”が護られたという事案である。

ハッキリ言えば、“大津事件”という用語、そして上述程度の話しは聴いているが、それ以外のことは余り知らない…

↓ということで、下記の一冊を読むと上述以外のかなり詳しいことが判る…


ニコライ遭難 (新潮文庫)

↑このところ、少々嵌っている吉村昭氏の作品である…

物語は、皇太子ニコライ(ロシア最後の皇帝となったニコライ2世)が日本に到着して各地を巡り、大津で事件が発生し、犯人の巡査が捕縛され、裁判が在り、他方でロシア皇太子の緊急帰国を巡る話しが在り、最後は捕縛された巡査に判決が言い渡され、北海道の獄中で彼が病死してしまうまでの顛末が、緻密な筆致で綴られている。何か“ドキュメンタリー”のようでもある…

正直、最近はバタバタしていたのだが、その合間にこの“ドキュメンタリー”のような物語を夢中で紐解いていた…

ウラジオストクにやって来た皇太子は、日本からの招聘を受けて御召艦に乗り込み、艦隊を引き連れて長崎港に辿り着いた。物語はこの長崎港到着、お忍びでの上陸といった辺りから書き起こされる…

当時の日本にとって、ロシアは「第一の脅威」とでも言うような、恐るべき存在であり、そこの王室を代表する皇太子の来訪ということで、“接伴掛”というものが設けられ、万全の歓迎体制が整えられた。皇太子は行く先々で、爽やかで心優しい貴人という好印象を残し、皇太子側でも日本側への感謝を連呼している。この辺りは実に興味深かった…長崎県当局は、皇太子の動向を陰に陽に見守っていて記録を綴るのだが、責任者の知事は“はしたない”までに詮索はしていない…この辺りの描写が素晴らしい!!

やがて不幸な事件が発生してしまう…事件を巡り、揺れに揺れた世情に関して、なかなかに詳しく綴られており、これは非常に勉強になった。更に…犯人の巡査…この人物に関して、教科書にはその氏名が出ているに過ぎないが、伝えられている彼の歩みや聴取時の様子等が興味深い。

「リアリティーが薄いながらも、困難なことが山積みに?」と思える昨今だが、“国難”なる表現がリアリティーを持っていた時代の物語に触れると新鮮な感じがした…妙な感じ方かもしれないが…

本作の主演級劇中人物となっている皇太子ニコライだが、他の吉村昭氏作品でも、出番は少ないものの大きな存在感を示している。皇太子ではなく“皇帝”としての登場だが、『海の史劇』『ポーツマスの旗』が在る…

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『生麦事件』―非常に有名でありながら、存外脚光が当たっていない事件を題材に、“大転機”の日本を描いた大作…

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何となく「日本史に題材を求めた小説」に嵌っている感じがする。偶々「関心の在る題材を提供してくれる作家達の作品群」に運良く巡り合えているのだとも思う。

今年に入って『会津士魂』(集英社文庫)のように、途轍もない大作―文庫本で21冊…―に至るまで読んでしまっているのだが、「面白そうな作品を探して読む」というエネルギーはなかなか尽きない…このところは、そのエネルギーが「吉村昭氏の作品群」に向かっているように思う…

吉村昭氏の作品に関しては、既にこのブログでも幾分取り上げさせて頂いている。「この作家の作品が好かった…他には?」と何気なく眼を向けると…「これは!?」と興味に眼が輝いてしまうようなものが次々と出て来る場合があると思う。(実際、書店の文庫本売場は、作家別に本を並べていたりするのだから…)吉村昭氏の作品群に関しては、現在が正にそんな状態だ…

↓下記の『生麦事件』…上下2冊を殆ど一気に読了した!!



生麦事件〈上〉 (新潮文庫)




生麦事件〈下〉 (新潮文庫)


“生麦事件”というのは…薩摩の島津家の“大名行列”が東海道を進み、生麦村という場所に差し掛かった時、通り掛った乗馬中の英国人が行列を横切るような素振りを見せたということで、島津家中の武士が当時の定法によって彼らに斬り掛かり、1名を殺害してしまったという事件である…『生麦事件』では、この事件そのものの経過、“薩英戦争”という事態、そして同時代の様々な事件があって、所謂“明治維新”に雪崩れ込む様が描かれている…

先ず引き込まれるのは、事件を起こしてしまう島津家の行列が出発する様や、行列の描写である。大名行列というのは、「大名の暮らし」をそのまま旅行中も維持するための仕組みであった。専用の食材を持参して、それを調理する専属料理人は同行するし、専用の布団、専用の風呂桶、挙句の果てには専用の便器に至るまで持参するので、夥しい数の関係者が動くことになり、途方もない経費を要する…こういう辺りが、吉村昭氏の作品に在る、淡々としているようでいて、詳しい調査に裏打ちされた精密な描写で語られる…

そこから始まり、島津家の行列の主である島津久光侯の当時の活躍などが紐解かれ、いよいよ事件が発生してしまう…

事件の後始末が紛糾し、英国公使は艦隊と共に鹿児島に乗り込み、戦闘が始まり、その講和を巡る話しなどが詳しく綴られている…一つ一つ非常に興味深い…

本作は2002年頃に発表されている小説だが、この小説以前に“生麦事件”に関する目立った研究は見当たらなかったらしい。それだけに、かなりの労力が本作には注がれているようだ…

“生麦事件”に“薩英戦争”…教科書でも見覚えが在る…しかし双方とも「開国期の混迷で生じた外国(人)との摩擦」という感じで括られていて、「“攘夷”という考え方をしていた、少し後に“維新”を担う人達が悟った体験」というようなことでアッサリ流されてしまっているように思う…

本作では、“生麦事件”や“薩英戦争”が、半ば何かの記録のように、時間の流れを追って、未曾有の事態に突入した島津家中の人達、幕府の人達、領民達の描写も織り交ぜて語られており、興味尽きなかった…

“薩英戦争”に関しては「英国艦隊が鹿児島城下を焼き払った」という話しが伝わっており、何か「薩摩が敗れた」という印象だが、実は必ずしもそうではない…本作にその辺りが非常に詳しい…

“薩英戦争”後、両者は急接近する。その辺りの話しで、英国商人グラバーが登場する。グラバーは1838年6月6日生まれ…私は1世紀以上も若いが、誕生日は同月同日なので勝手にグラバーに親近感を持っていて、彼が生まれたスコットランド北東部の町フレイザーバラを訪ねた想い出が在る…他方で彼が活動していて、邸宅が残っている長崎を訪ねたことはないが…

更に“薩英戦争”に関して、事後の講和交渉に臨む島津家中の人達が描かれるのだが、何となく「居丈高な西洋人に押される?」という“開国の頃の人達”というイメージとは一味違う、堂々たる交渉ぶりだったらしい…そういう辺りも面白い…

或いは…未だ明確な“型”を与えるに至っていない、やや漫然とした想いなのだが…「“開国”という時期を生きた人々の物語の中に、“今日的な何か”を求めようとする」かのような問題意識が私の中に在り、このところそういう部分が辺に刺激されていて、それ故にこの種の小説が殊更に面白く思えるのかもしれない…

ということで興味尽きない本作を多くの皆さんにお勧めしたい…

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『海の史劇』―ロシア側のことも詳しく描かれた“日本海海戦”の物語…

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日露戦争の講和条約を巡る物語、『ポーツマスの旗』を読了した経過が在ったが、その前段の“日本海海戦”の物語である『海の史劇』も読了した。



海の史劇 改版 /吉村昭/著 [本]


実は、何度も横須賀に在る“戦艦三笠”を観た経過が在り、日本海海戦の話しというのには興味が在る…

『海の史劇』はロシア艦隊がバルト海を発とうとしている場面から始まっている。皇帝夫妻の御召艦まで登場し、多数の艦船の威容に眼を瞠る群集に見送られての出航である…その辺りで一寸引き込まれた…

ロジェストヴェンスキー提督が率いた艦隊は、北海から大西洋を南下、アフリカの西岸から南端部を回ってインド洋に出て、東南アジアから海戦の行われた対馬辺りまで、遠大な航海をしている…この大航海の様子にかなり紙幅が割かれていて、なかなかに興味深い…

当時の軍艦は、膨大な量の石炭をボイラーで焚いて推進力を得ていた。その石炭の確保をしながらの遠大な航海…“外交戦”が在って、ロシア艦隊は随分な苦心を強いられた…また北国育ちのロシア将兵には殊更にキツいであろう熱帯のマダガスカルで後続部隊を待つ羽目になるなど、自然との闘いも見られた…

ロシア艦隊はウラジオストクに入り、日本艦隊を牽制して戦局を優位にすべくやって来たが…「対馬沖を直進するコースしかない」と待ち構える東郷提督の前に敗れ去ってしまった…

稚内の住民としては、この経過に多少興味が在る…宗谷海峡を見下ろす丘陵に小さな望楼が在る。ここは、日本海海戦の時のロシア艦隊が、「場合によって太平洋岸に迂回し、津軽海峡か宗谷海峡を抜けてウラジオストクを目指す?」という可能性が在ったので設けられたのだ…ロシア艦隊には石炭が足りなかった…正面突破しか選択肢は無かったようだ…

本書で活写される大海戦…「大砲を備えた軍艦の群れどうしが海上を動き回って撃ち合う」というタイプの戦いでは、史上最大のものの一つかもしれない。本書を読むと、横須賀に在る「大きいような、小さいような…」という印象を与える三笠の敢闘ぶりが益々凄いと思える…

この『海の史劇』は、ロシア将兵が日本で捕虜として過ごした経過等にも結構な紙幅が割かれている。「本当に?!」と驚く程、彼らは優遇されたようだ…この辺の話しも興味深い…

この作者、吉村昭氏の作品…淡々とした感じながら細密に情景を描写し、作中の時代の空気感や、主役的な劇中人物の光と影を伝えてくれる、私としては「なかなか嵌る」作品を多く遺してくれている…『海の史劇』はそうした作品群の中で、殊更に輝くものの一つであろう…

とにかく興味深く読了した一冊であった!!

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『ポーツマスの旗』―歴史の“転機”と「忘れ得ぬ外交官」を描ききった力作!!



ポーツマスの旗 /吉村昭/著 [本]


思いがけず土曜日に時間が出来たことから、何気なく手にして、読み始めると非常に興味深かったので、そのまま日曜日までに読了してしまった一冊である。

1904年から1905年の“日露戦争”…これは「突っ走ってきた所謂“明治維新”以降の流れが“曲がり角”に突き当たった」というような出来事である…

その出来事を、米国のポーツマスで結ばれた講和条約会議の全権委員だった小村外相を主人公に据えながら、綿密な取材で「ドキュメンタリー?」と思わせるような仔細さを備え、濃密で力強い筆致でありながらも、些か淡々と描く、なかなかの力作だ。

日露戦争の戦況の概要が説明されている箇所もあるが、殆どは小村が担った講和までのお話しと、講和の内容が伝えられた後に発生した“騒擾”の顛末、更に小村の晩年というのが本書『ポーツマスの旗』の概要である。

綿密な取材の跡が伺える情景描写のお陰で「地味な外交の会議」の話しが生き生きとしている。沈着な小村と、パフォーマンスで米国の一般受けを狙うウィッテと日露の代表は対照的な様子を見せるのだが、そういう様子が眼前に浮かぶようで、引き込まれてしまった。

驚いたのは、19世紀末から20世紀初頭の“諜報戦”が想像以上に激烈であったことを窺わせる描写である。これは非常に興味深い…

そして主人公の小村…作者はこの人物の「光と影」、「栄光と挫折」のようなものを『ポーツマスの旗』に織り込んでいる。小村は、仕事の上では大変な功績を挙げている他方、私生活では必ずしも幸せでもなかった様子だ…

この『ポーツマスの旗』で描かれる史実…「南樺太領有」だが、稚内とも無縁ではない。稚内が「場末の漁村」から「重要な港湾を擁する都市」に変貌したのは、この“樺太”という要素のお陰である…更に私個人に関しても“樺太”は看過出来ない。母方の祖父母が樺太に住んでいたことがあり、伯父の一人は樺太生まれであった。(祖父母も伯父も他界してしまっているが…)

というような、地元の歴史、私個人のルーツと多少関わりが在る史実“ポーツマス条約”を扱った作品なので、読んでいて力が入った面も在る。

そうした地元だの個人だのという要素を度外視しても…「困難かつ重要な案件に取り組んだ男達の物語」として“熱い”ものが在ると思う。

随分以前に、何処かで制作したテレビドラマもあったような記憶が漠然と在るのだが…一寸思い出せず苛立っている…

『ポーツマスの旗』…手にした文庫本の初版が“昭和58年”と言うから…1983年…一寸前の作品だが、その価値は些かも損なわれていない…多くの人に勧めてみたい作品だ!!

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『彰義隊』―数奇な運命を辿った宮様の物語…

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“幕末”には様々なエピソードが溢れていて、それに関連した小説も多々在る。この『彰義隊』もそうしたものの一つということになる。



彰義隊 /吉村昭/著 [本]


“彰義隊”というのは、上野寛永寺を本拠地とした幕臣などを中心とした集団である。江戸城が“無血開城”となった後、新政府側に対して抗戦した。壮絶な戦いの末に敗れている…

この“彰義隊”が寛永寺を本拠地として「守護する」としていた対象となっていたのが“山主”である皇族、“輪王寺宮”である。本作『彰義隊』の主人公は、この宮様である…

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この“宮様”が主役に据えられることで、本作では幕府の終焉から日清戦争辺りまでの流れを俯瞰することも出来るようになっている。「彰義隊の戦いが勃発するまで」の話し、「彰義隊が敗れた後」の話し、「奥州の戦乱」の話し、「色々な人達が欧米へ渡って学ぶ」辺りの話し、「日清戦争」の話しという按配である…

“宮様”は正しく“流転”している…寛永寺というのは、今日の上野のものを遥かに凌駕する規模を誇った大寺院で、代々皇族を“山主”に迎えていた。本作の主役もそういう人物である。

しかし幕府が瓦解し、戦いも避けられなくなり、奥州では“奥羽越列藩同盟”の“盟主”に擁立される。この“宮様”は「“皇族”でありながら“朝敵”と呼ばれた」という経歴を負うこととなる…

奥州での敗北の後、“謹慎”となるが、後にドイツ留学を経て職業軍人となる。やがて日清戦争を迎える…

作者の吉村昭氏は、彰義隊の戦いの舞台となった地域の出身で、永く彰義隊関係の作品を構想していたらしいが、この“宮様”を主役に据えることで漸く作品を完成させるに至ったようである。吉村昭氏は2006年に他界しており、本作は作者の“最後の歴史小説”という型になってしまっているのだが…

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2008年、稚内辺りに“北方警固”として会津の武士がやって来たという出来事から200年というような話しで、会津若松の物産が毎年恒例の“みなと南極祭り”に登場し、観光パンフレットを頂いたということが在った。以来、彼の地への興味が非常に高まり、昨年12月に訪問を果たした…

爾来、「会津関係の歴史小説、史実や史跡等を紹介するもの、論評」の類に何となく惹かれて読んでいるが、この『彰義隊』に眼が向いたのもそういう流れである…

“200年”と言えば…宗谷から樺太を目指し、彼の地が“島”であることが確認されたのも1809年と伝えられる。その探検に関して詳しい『間宮林蔵』も吉村昭氏の有名な作品である…



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