旭橋(2021.02.22)

旭川に立寄るか滞在するかという場面では、「旭橋を眺めて写真を撮る」ということをするのが好きだ。「暗くなる前に一寸歩く?」という感じで、旭橋の辺りまで散策に出てみた…

↓車道の雪は殆ど無いが、歩道には存外に凍り付いた雪が残る中…旭橋辺りに着けば周辺には雪が堆くなっていた…それでも旭橋は凛々しい!
22-02-2021 at Asahikawa (6)

↓本当に少しだけ眺めて引揚げた…
22-02-2021 at Asahikawa (4)

↓今季は河川敷での催事が行われていないので、河原も立ち入り困難な程度に積雪で覆われてしまっていた…
22-02-2021 at Asahikawa (7)

愛用の<X100F>を提げて出て、それを使ったが、雪や金属の質感が巧く記録された…

12階から望む早朝…:旭川(2021.02.23)

「月曜日に所用」という場合、週末に発ってから所用を足し、月曜日の夜遅くまでに北上してしまうという場合が多い。が…考えてみれば今回は火曜日が祝日だった。ということは?火曜日にゆっくりと北上すれば好いではないか!?到着して「途方に暮れる?」ような状態の、日付が改まる周辺の時間帯に入っている稚内駅に到着して帰宅するまでもない。「休日の昼間」にゆっくりと戻れば事足りるのだ…

そんな訳で旭川の随分と馴染んだ場所に宿を求めた。札幌駅からの列車で速やかに旭川駅に到着し、宿に入った…そして、「月曜日に所用」という場合に乗車する夜の列車が旭川駅を出るような頃には…多分、眠ってしまっていた…

そうなれば目覚めも早い…

↓目覚めて戸外を伺うと暗いというのは、この時季には「よく在る…」という感じだ…
23-02-2021 at Asahikawa in early morning (2)

↓12階の部屋に陣取ったので眺望が酷く好かったが…多少の雪が交り始めた…
23-02-2021 at Asahikawa in early morning (3)

↓少しずつ明るくなって来た…
23-02-2021 at Asahikawa in early morning (5)

早起きして、宿の朝食も頂き、何となく元気な朝だ…こういう「休日の朝」という感じがなかなかに好い…

<北海道庁旧本庁舎>(赤レンガ)…(2021.02.21)

旭川駅から札幌駅へ移動した。札幌駅に着いて、何となく戸外に出れば、なかなかに天候が好い感じだった。多少の風の冷たさは気にならず、何となく歩いた…

↓札幌駅の西側から、少しばかり南下した辺りの景色…所謂「赤レンガ」…<北海道庁旧本庁舎>である。
21-02-2021 at Sapporo (3)
↑「酷く素敵だ…」と足を停めて眺めた…建物の正面が東側を向いている。未だ午前中だったが、その時間帯は東側から光線が当たる。何かこの美しい建物の正面から態々照明を当てているかのようだ…

↓非常に好い建物だ…
21-02-2021 at Sapporo (4)

以前は然程注目しなかった建物なのだが、近年は辺りを通ると「好い建物…」とカメラを向けてみる機会が増えたような気もする…

<ROPPONGI ROPPONGI>…(2020.12.26)

↓交差点の辺りに見えている高速道路に「ROPPONGI」の文字が入っていて、暗くなると電飾が点くようになっている…「ROPPONGI」というだけにしては「少し文字数が多目で長い?」と思ったが、<ROPPONGI ROPPONGI>と2回繰り返している…
26-12-2020 Tokyo (12)
↑「イマドキ…」な感じのタクシーが信号停車する「最近の様子」には違いないのだが…この六本木交差点の辺りの眺めが、何か「懐かしい…」というような気がしてしまう…

「六本木」という地名に関しては…「辺りに6本の松の木が立っていて目印になっていた」という説、「辺りに上杉家、朽木家、高木家、青木家、片桐家、一柳家と樹木に因む姓の大名屋敷が6つ在った=6本の木」という説が有力らしいが…何れにしても六本木辺りの事始めとなると、江戸時代の前半である17世紀、然程賑やかでもなかった辺りに寺が開かれ、門前町が形成されたことを契機に街が形成されて行ったということらしい…

今般、この六本木の辺りを「何年振りか??」という程度に久々に歩き廻った…そして意外に愉しかった…

五重塔…:醍醐寺(2020.12.22)

↓五重塔…「冬の朝の光」というような中に浮かび上がる姿を見上げ、「美しい…」と素直に思った。
22-12-2020 at Kyoto, Daigo-ji Temple (6)

↓よく見れば、木材が複雑に組み合わさっているようだが、光の加減により、角度を変えながら眺めていると「視る瞬間毎に表情が変わる」かのようであった…
22-12-2020 at Kyoto, Daigo-ji Temple (8)

この五重塔は931(承平元)年に、前年に崩御した醍醐天皇の慰霊という趣旨で発願されたが、諸事情で工事が滞るなどしてしまい、20年を経て951(天暦5)年に完成したのだという。頂上なでの高さが38mにもなるというが、相輪(塔の頂上部分の金具)が全体の3割にもなる12mにも及ぶ、少し特徴的な姿になっている。

戦禍で伽藍が焼けた経過の中、五重塔は残り続けている。1586(天正13)年の地震で大きな被害を受け、豊臣秀吉の支援で1597(慶長3)年に修理が完成した。時代が大きく下り、1950(昭和25)年には<ジェーン台風>で被害を受けてしまったが、1960(昭和35)年に修理が完成している。

結局、この五重塔は「平安時代の木造の塔」が修理を重ねて現在まで受継がれているという貴重な存在で、「京都最古の木造建造物」ということにもなる訳だ…

↓平安時代から、西暦の年号が“三桁”であった時代から受継がれているということだが…それはそれとして、他の塔とは少し違うような形状が、何か美しいと思った…
22-12-2020 at Kyoto, Daigo-ji Temple (9)

「記憶に留めたい…」という感の五重塔である。

佃島と中央大橋とを望む…(2020.12.26)

永代橋を眺めた際に、橋の背後にタワーマンション群が視えたことに興味を覚え、もう少しそれらが「視易い?」と思えた側へ歩を進めてみた…

↓何か「“未来都市”?」というようなことを連想してしまう光景だった…
26-12-2020 Tokyo (3)
↑緩やかに流れる隅田川の穏やかな水面に、巨大な建築群が揺れている。そして大きな橋が視える。橋は中央大橋だ…

中央大橋は1994(平成6)年に登場したそうだ。恐らく佃島にタワーマンションが登場して行ったような時期であろう…

永代橋の周辺は「河岸の遊歩道」という体裁に整備されていて、水門が設けられている関係でそれが途切れてしまう辺りまで歩き回ってみた…

↓期せずして、なかなかに面白い景色を眺められたと思う…「冬の蒼」が輝いているような感だった…
26-12-2020 Tokyo (4)

東京タワーが視える…:六本木(2020.12.26)

地下鉄駅の出入口が在る交差点の側へ歩を進め、何となく振り返り、思わず足を停める…

↓そういう場面で眼に出来る、こういう光景…何やら酷く愛おしい感じがする…何か「懐かしい」という感を抱いた…
26-12-2020 Tokyo (11)
↑「クリスマスの残滓」とでも言うのか、12月25日のクリスマスを1日過ぎて、それでも「何となくクリスマス風…」な灯りも散見するような様子だった…

時には、こんな景色を愛でるのも悪くないのかもしれない…

永代橋(えいたいばし)…(2020.12.26)

↓隅田川に架かる永代橋の辺りに至った…
26-12-2020 Tokyo (1)
↑これは「江東区佐賀」という住所の側、東岸である。隅田川に沿って設けられた遊歩道に下りて眺めてみた…

永代橋は橋長が184.7mで幅は25mであるという。

1698(元禄11)年、徳川綱吉が将軍であった時代に初めて架橋されたが、20年程を経て幕府が財政難を理由に維持補修を止めてしまった。しかし住民の嘆願で橋はそのまま在った。その橋は1807(文化4)年に祭に集まった人達が大勢殺到したことが契機になって“落橋事故”ということになってしまい、転落、死傷者、行方不明者が1400人以上にもなったと伝えられているという。そしてその後、橋は再建された。

明治時代には鉄橋化された。1897(明治30)年のことである。頑丈であったことから、1904(明治37)年には路面電車も橋を通った。そういう頑丈な鉄橋であった他方、橋底の基部や橋板に木材を使用していたことから、1923(大正12)年の<関東大震災>で拡がった大火災の中で橋が炎上してしまった。

そういう経過を辿った永代橋は、<関東大震災>の後の復興という流れの中、1926(大正15)年に現在の姿で登場している。

↓辺りの遊歩道を歩いて、橋の下を通り抜けた…
26-12-2020 Tokyo (2)

思い付いての散策で、こういう歴史在る橋梁を眺めるというのは実に愉しい。

通天閣の在る光景…(2020.12.19)

↓大阪まで行って、市内に滞在するなら、とりあえずこんな様子を眺めてみたいという気分になるので足を運んでみた…
19-12-2020 Osaka in evening vol01 (1)

↓後から考えると「土曜日の夕刻から夜」に足を運んだのだったが、記憶に在る範囲では最も「静か」であったかもしれない…
19-12-2020 Osaka in evening vol01 (2)

↓この辺り「らしい」という感の電飾看板が目立つ他方、休業しているという店や、改装をしている途中という建物も散見していた…
19-12-2020 Osaka in evening vol01 (3)

↓何処となく落ち着かないような感は否めなかったが、「それでも通天閣は輝く…」と、何となく通天閣を眺めてしまった…
19-12-2020 Osaka in evening vol01 (5)

この通天閣を望むような辺りについては、過去に滞在したことも在り、少し気に入っている場所でもある…

↓また大阪を訪れることが在れば「きっとまた…」と思いながら通天閣を眺めていたことが思い出される…
19-12-2020 Osaka in evening vol01 (4)

月…五重塔…猿沢池…:興福寺(2020.12.23)

夕刻、近鉄奈良駅に極近い―滞在することにした宿…―辺りから、愛用の<X100F>を提げて辺りを歩いた…

↓興福寺の五重塔を見上げた…
23-12-2020 Nara in evening (6)
↑上空に月が輝く…

↓照明機器が据えられていて光を当てるようになっていることは承知していて、以前にも少し視たような気がするが…今般はゆっくりと眺めた…
23-12-2020 Nara in evening (5)

「興福寺」という名称だが、経典「 維摩経」の一節である「福力を興さしむ」(令興福力)(りょうこうふくりき)に由来するという。「福を起こす場となる寺に…」という願いが込められたようだ…

↓五重塔が在る辺りから少し下りた猿沢池の畔に佇んでみた…この場所の、時間帯や季節によってさまざまな表情を見せる感じも、非常に好いと思う。
23-12-2020 Nara in evening (2)

↓こんな「興福寺が見せてくれる景色」が非常に好い!!
23-12-2020 Nara in evening (3)

夜…大仏殿…:東大寺(2020.12.23)

所謂“オフィスアワー”が終了した頃というような感じの午後6時辺り…「公園の中の街」という趣が在る奈良都心部は酷く静かな感じになる…

「薄暗い公園に灯りが散見…」というようにさえ形容したくなる様子の中を歩き廻ってみた…

↓東大寺の大仏殿に続く辺りだ…
23-12-2020 Nara in evening (8)
↑「常時の参拝が可能」となっている二月堂への道が照らされている感だが、辺りは暗い…

↓「夜ならでは…」という空気感が満ちていた…
23-12-2020 Nara in evening (9)

巨大な大仏を収めた大仏殿…日中は大勢の人達が大仏を視に集まる。夜は?静まり返ったこの場所で、大仏様の側が人間界を見詰めている…そんなことを想いながら歩き廻った…

こういう景色に親しむ「夜の奈良…」というのも好いと思う…

夜…:近鉄奈良駅(2020.12.23)

↓足を停め…見上げながら佇み…愛用の<X100F>を使う…「通り過ぎるだけの眺め」が「記憶に留めたい眺め」に換るという瞬間かもしれない…
23-12-2020 Nara in evening (11)
↑看板と時計とが映り込んでいるが、午後6時半を少し過ぎた頃の近鉄奈良駅、入口の辺りである…

古き都であり、営々と歴史が積み重ねられている「県庁所在地」の奈良では、“南玄関”に相当するJR奈良駅と“北玄関”に相当する近鉄奈良駅とが在るように思うのだが、「玄関のイメージ」がやや薄いかもしれない。

JR奈良駅は高架で、近鉄奈良駅は地下だ。何れも「画になり悪い?」という面は否定し悪い…

それでも時には「通り過ぎるだけの眺め」を「記憶に留めたい眺め」へ換えてみたい気がする。

↓「静かな感じの街の、静かな感じの夕べ…」という中、「何時ものように…」という感で佇む建物を、少し離れた辺りから望んだ…
23-12-2020 Nara in evening (10)

近鉄奈良駅も好い感じだ…

<クリスマスツリーの木>…:美瑛(2021.01.02)

「北上!」の意図で札幌市内を早朝の列車で発ち、旭川に泊まる段取りで動くことにした…

そういうことであれば美瑛に寄道と思ってしまう。旭川・美瑛間は概ね1時間に1本の列車が運行されていて、所要時間も片道で30分程度…寄道には「程好い」という感じだ…

美瑛駅前に至ってみれば…この数日は雪が降り頻る場面も多かったらしいが、程々に晴れていて、かなり冷えている感じだった…恐らく「氷点下15℃」というような次元だったと思う。冷える日の「何となく手が冷たくなってしまう感じ」というのが在るのだが、「氷点下15℃」というような次元になると、そういうのも「一味違う…」というのが体感し得ると思う…

駅前で…以前にも一度利用して好かったので「タクシーの1時間チャーター」を利用することにした。当初は「無理矢理歩く?」ということを想わないでもなかったが…無理はしないことにした…

↓<クリスマスツリーの木>を訪ねてみた…
02-01-2021 Biei vol01 (6)

↓誰かが丁寧に描き込んだ心象風景の画という感じがしないでもないのだが、これは眼前に拡がる様子で、ストレートに写真に撮ったのだ…何か酷く感心していた…
02-01-2021 Biei vol01 (2)

↓こういう「描いたかのような“冬景色”」を眺めて愛でるのも時には非常に好いと思う…
02-01-2021 Biei vol01 (4)

建仁寺…(2020.12.22)

祇園に宿を求めて京都に滞在した中、直ぐ傍に建仁寺が在ることに気付いた…

“禅”というモノが普及しようとする中で京都に起こった建仁寺は、戦乱で伽藍が損なわれるような経過も経ながら、禅寺として現在でも活動している場である。賑やかな四条通と交差する花見小路を進んだ先に境内が拡がり、脇の通へ通り抜けられるようにもなっていて、何か「京都の街中に在る、伝統を受け継いでよく名が知られた寺院らしい?」という気もした場所だった…

↓朝早くから京都市内で方々を巡り、午後に宿の辺りに戻り、未だ建仁寺を通り抜けるばかりではなく拝観も可能な時間帯であったので、一寸訪ねてみることにした…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (1)
↑花見小路を進むとこういう門に行き当たり、ここから建仁寺の境内に入り込める…

↓重厚な感じがする本坊から中の方丈等を見学する訳である…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (2)

↓こういうような通路の設え…「伝統の在る寺」とでも聞けば思い浮かべるような雰囲気だ…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (4)

↓何か「世界を抽象」というような、砂を使う庭の感じは面白いと思う…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (3)

↓少し陽が傾いた、冬至の頃の午後という趣が好かった…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (11)

↓「禅寺の庭」という雰囲気が色濃いと感じた…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (17)

↓色付いた葉が存外に多く残っていて、少し驚いた…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (23)
↑そして光加減の故も在って、艶やかな光景に見えた。暫し見入った様子である…

↓瓦にも確りと寺名の「建仁」と入っている。これは栄西禅師が寺を開いた頃の元号に由来する名と聞いた…
22-12-2020 Kyoto, Ken-nin-ji Temple in aftetnoon (22)

なかなかに訪ね易い場所に在る建仁寺だ。ここに親しむ切っ掛けとなるような訪問であったという気がしている…

大洋の夜明け…(2020.12.18)

フェリー<きたかみ>の旅は快適で、示されている案内によれば航海も非常に順調であるようだった…

↓日出が近付いているようだ…<きたかみ>は既に宮城県の沖に差し掛かっていた…
18-12-2020 (on 'KITAKAMI') early morning on ocean..  (1)
↑南下中の船の左側、東の方角は大洋である…

↓こういう時間帯の様子は刻々と変わるものだ…
18-12-2020 (on 'KITAKAMI') early morning on ocean..  (5)

↓やや雲が多めな感であった中、上り始めた朝陽の輝きが視えた…
18-12-2020 (on 'KITAKAMI') early morning on ocean..  (11)

↓大洋に光が解き放たれた感だった…
18-12-2020 (on 'KITAKAMI') early morning on ocean..  (16)

苫小牧から仙台へ向けて乗船した<きたかみ>…忘れ難い旅となった…

フェリー<きたかみ>…:苫小牧港(2020.12.17)

苫小牧港でフェリーに乗船し、仙台港を目指すこととした…

↓フェリーターミナルに着き、手続きを済ませて乗船を待つ間、ターミナルのデッキに出て船を眺めた…
17-12-2020 evening, Port of Tomakomai (3)
↑非常に大きい…殆ど「何かの建造物?」という存在感だ…

<きたかみ>は2019年に就航した船で、主に苫小牧・仙台航路で運用されている。全長192.5m、幅27m、総トン数13,694トンだという…

↓船尾側に「きたかみ 名古屋」という文字が見えるが、名古屋港を母港としている。船を運用している会社は苫小牧・仙台・名古屋の3港を結ぶ航路を運航している…
17-12-2020 evening, Port of Tomakomai (6)

10,880馬力のエンジンを2基搭載し、最大速24ノットという性能であるという。通常は概ね20ノット程度で航行しているのだという。

苫小牧・仙台間は概ね300海里、約560㎞であるという。20ノットは時速40㎞程度なので、15時間の航海ということになる。(国境を越える稚内・コルサコフ間の概ね3倍もの長さだ…)

↓乗船後、甲板で離岸する様子を眺めた…
17-12-2020 evening, Port of Tomakomai (7)

「15時間の航海」だが、快適な船室で休む一夜ということになり、船内は大浴場も設けられ、食事も愉しむことが出来、なかなかに好い旅だ…

↓苫小牧駅辺りで「飲物…」を仕入れておいた…無事に乗船出来たことに感謝し、安全で快適な航海を期し、暗い港を眺めながら中身をゆっくりと空けた…
17-12-2020 evening on the vessel.. (1)

散っている蔦の葉…:<サッポロファクトリー>(2020.11.29)

旭川駅からの列車で札幌駅に到着後、若干南下してやや東に寄った辺りに在る、地下鉄のバスセンター前駅を目指して歩いてみた。

↓<サッポロファクトリー>の建物を眺めてみたかったのだ。
29-11-2020 Sapporo (7)

↓煉瓦の壁が蔦に覆われていて、秋には蔦の葉が色付く。その葉が殆ど落ちたような感だが、未だ残っていて、なかなかに趣が在ると思った。
29-11-2020 Sapporo (6)

↓少し引くと、こういう感じに見える…
29-11-2020 Sapporo (10)
↑この時は雪や氷は殆ど見受けられない状況だった…

札幌都心部で視られる、気に入っている様子の場所の一つである。

路上の落葉…:<サッポロファクトリー>周辺(2020.11.29)

↓大きな街の都心部の歩道で、こういうように落葉が溜まれば、大きな建物の間を抜ける風で拡散するか、さもなければ直ぐに片付けられる…
29-11-2020 Sapporo (9)
↑そういうように思うと、こうやって歩道に何となく落葉が溜まっている様子を視ると、少し愛おしくなる…

札幌の都心部は「秋の終焉」と「冬の始動」とが混在しているような雰囲気であったと思う。積雪らしい積雪は辺りに見えなかったが…

<青い池>:美瑛:雪交じりの夜に…(2020.11.28)

南下しなければならない所用が決まっていた。月曜日の所用なので、日曜日に移動すれば善い。「であれば?」と土曜日に時間が設けられることに思い至った…

「そういう状況なら?」と、「一人から手頃な価格で参加可能」という「出掛ける時は何時も“御一人様”が当然!」である自身にとっては大変に有難い「美瑛町観光協会の<美遊バス>」の運行情報を調べてみた。好い感じの運行が行われることが判って、直ぐに申込んだ…

↓バスが辿り着いた<青い池>である…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (2)

↓未だ「厳冬期」とは言い悪いが、0℃を多少下回る程度の気温か?池の水面は凍ってしまって、氷上に積雪という状態になる…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (5)

↓冬季になると、あの<青い池>を夜間にライトアップしている。<美遊バス>も、それを観に出掛けるという時間帯に運行するようになるのだ…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (3)

↓暗くなってから降雪が交っていた…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (9)

↓堤を築いたところ、水が流れ込んで池になり、水が入った辺りの木が枯れて不思議な造形となったのだが、闇の中で光に照らされると、少し面白い感じに視える…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (12)

↓このライトアップは多くの関係者の御尽力で続いているもののようだが、毎シーズン「少し新しい趣向?」ということになり、ライトアップもドンドン工夫が重ねられている様子が伺える…
28-11-2020 Blue Pond at Biei vol01 (1)

こういう「気に入っている風景と対面」という時間は非常に有意義だと思う!

「こんな所が?未だ在ったのか?」という感…:猿払村道 通称<エサヌカ線>(2020.09.21)

友人の愛車に載せて頂き、少々出掛けたが…「少し変わった経路を!」と移動を愉しんでみることとした…

稚内市内から東側へ進み、宗谷岬を経てオホーツク海側に出て、網走へ至る延長320㎞程の<国道238号>が在る。

稚内市内を発ってこの<国道238号>を進み、オホーツク海側に出て暫し…稚内市の南東の隣ということになる猿払村の域内に入る。

<国道238号>の猿払村域内を南下して暫し…<国道238号>よりもオホーツク海に近い側への村道―猿払村が整備して管理している道路…―へ進入する箇所が在る。その村道に入ってみる…

↓これが村道に入った辺りだ…
21-09-2020 vol02 (3)
↑左側に海が少し見えるのだが、海岸部の湿原のような場所のど真ん中に直線道路…「直線!!」という感の道路がが設えられている…

↓北海道内の道路で「何も無いような感じ…」というのは、町と町とを結ぶ道路の途中で時々見受けられるように気がするが…電柱、電線、街燈、その他の構造物や、森林のような木立や少し高い丘陵や山地というような地形も近くには見当たらないような「本当に何も無い!」というような感の場所は流石に稀で在るような気がする…
21-09-2020 vol02 (5)
↑「こんな所が?未だ在ったのか?」と、一緒にこの場に到った友人と一緒に只管に驚いてしまっていた…

この村道は通称<エサヌカ線>というのだが、延長は16㎞程度であるという。2箇所の90度カーブが在るので全般に「クランク状」に延びているのだが、2箇所の90度カーブ以外の場所は大半が直線区間である。

↓最初の直線区間を通り、90度カーブを経て、また直線区間に到る…何かここまで見事に「何も無い!」という中の直線道路を動いていると訳が分からなくなる…
21-09-2020 vol02 (9)

乗っていた車輛には“カーナビ”が備わっていた。カーナビの画面には「何も目印になるモノが表示されない中に真直ぐの道路が記されている」だけで、走行しても「動いている?停止している?」が判然としないような有様だ…

激しい雨や吹雪というような悪天候でない限り、辺りは「これ以上は望み悪い!!」という程度に見通しが良い。それでも、車輛が走ればエゾシカのような野生動物との衝突というような不運は在り得るであろうし、車輛の呼称というようなことも絶対に無いとは言い切れない。とすれば警察の方やJAFの方へ携帯電話で連絡したい訳だが、「何処ですか?」とでも問われると「何処でしょう??」とでも反応してしまって御叱りを受けるかもしれない程度に、位置を示す“目印”になるようなモノが無い。それ以前に…携帯電話は見事に「圏外」となっているようでもあるが…

↓本当に「こんな所が?未だ在ったのか?」と、半ば言葉を失うような場所だった…何か「地の果てまで延びる道」という気分にさえなってしまう…
21-09-2020 vol01 (12)

単純に「道路を通り過ぎた」というだけのことだが、それだけのことが「忘れ悪い…」という感じとなってしまう。

この通称<エサヌカ線>の南側の端で<国道238号>に交差するのだが、その辺りは猿払村の南隣の浜頓別町の域内に掛っている…

名勝庭園…:智積院(2020.08.06)

↓庭の池に築かれていた築山だ…
06-08-2020 Chisyaku-in, Kyoto vol01 (1)
↑何やら見入ってしまう独特な雰囲気が在る…

↓建物の縁側に囲まれるように、池の在る庭…と言うよりも「池を中心にしている?」というように見える庭が設えられていた…
06-08-2020 Chisyaku-in, Kyoto vol01 (4)

智積院とは、高野山の学僧が開いて隆盛を誇っていた根来道場が1585(天正13)年に豊臣秀吉の軍勢による攻撃を受けて荒廃したことから、その再興を目指したという場所であるのだという。

玄宥(げんゆう)僧正が京都東山で1598(慶長3)年―豊臣秀吉の薨去の年…―に道場再興を目指して活動を始めたことを起こりとしている。1601(慶長6)年に徳川家康の命で坊舎や土地が授けられ、祥雲禅寺を拝領して境内伽藍が順次整備されて行ったという。

智積院の正式名称は「五百仏山(いおぶさん)根来寺智積院」と言うそうだ…

↓それにしても独特な風情の池と築山である…
06-08-2020 Chisyaku-in, Kyoto vol01 (5)
↑土地の高低を利用して築山を造って、その前面に池を掘ったそうだ。山の中腹や山裾に石組みを配して変化を付けているのだという。山は中国の盧山というモノを象ったそうだ…

庭そのものは、現在に受継がれる智積院の前身ということになる祥雲禅寺の時代に原型が造られていたのだという。その後、智積院の庭として整備が進められた訳だ。

智積院には、“国宝”の指定を受けている障壁画が受継がれている。祥雲禅寺の時代に描かれた作品群で、収蔵庫に収められており、拝観することも出来る。その障壁画というのが、庭を眺められるようになっている建物に据えられていたのだとも聞いた…

何か学僧達のイマジネーションを刺激していたかもしれない「独特な小宇宙」が封じ込められたかのような、何となく不思議な魅力の庭園だと思ったのだった…

<A1203>:すすきの停留所付近…:札幌の路面電車(2020.09.05)

「9月」は「秋」というように認識しているが…何やら「30℃を伺う日中の気温」という様相で、「未だ夏?」という感の札幌であった。

夜の街を少々散策していた…

↓すすきの停留所から発車した路面電車が信号停止した…
05-09-2020 evening at Sapporo (6)
↑A1200形のピカピカの車体は街の灯りを跳ね返している…

↓何か「夜の街が酷く似合う…」と思いながら眺めていた…
05-09-2020 evening at Sapporo (8)

こういうような風景に出くわしながら過ごす一時というのが酷く好い…

今治城…(2020.08.03)

伊予国の大名となり、「加増」ということにもなった藤堂高虎は、新たな知行地の治政と自軍の新拠点として今治城を築いて城下町も開いたのだという…

↓海岸部に濠を掘削し、海水を引き込んだのだと聞くが…何か「海に浮かぶ巨艦」という趣も感じられるような城だ…
03-08-2020 Imabari vol01 (2)

↓暫しこういう様子を見入ってしまった…
03-08-2020 Imabari vol01 (1)

今治城はJR今治駅から2㎞程度だそうだ。存外に歩いたが、今治城の存在を、場所を示唆するモノが然程見当たらず、「道を間違えて、妙な場所を徘徊?」と思ったのだが…何とか辿り着き、この「海に浮かぶ城」に出くわしたのだ…

↓辺りを歩きながら、少しずつ違う角度で城を眺めたが、なかなかに好かった…
03-08-2020 Imabari vol01 (7)

↓水面が鏡面のようになっている箇所も見受けられ、何か麗しい景観を創り出していた…
03-08-2020 Imabari vol02 (8)

↓一寸、敷地の中にも入ってみた…
03-08-2020 Imabari vol02 (9)

↓敷地内には、今治城を築いたという藤堂高虎の像が在った…
03-08-2020 Imabari vol02 (11)

↓藤堂高虎は、体躯に恵まれて武芸に優れた豪勇の士として勇名を馳せた他方、職人集団を巧みに率いて色々な発想と工夫を盛り込んだ築城を推進することにも才能を発揮し、大名間の外交でも胆力を見せた武将と伝わる…そういう武将の「威風」が感じられるような像だと思った…
03-08-2020 Imabari vol02 (12)

↓四国上陸の中で松山に滞在し、今治にも立寄り、今治城を訪ねられたことは好かったと思う…
03-08-2020 Imabari vol02 (14)

収拾困難な程度に多数の写真を撮る旅をした…こういう写真を眺めてゆっくりと振り返りたい…

日没の頃…刻々と…:<奈良市総合観光案内所>=旧 奈良駅舎(2020.08.06)

「窓からの景色が好い!」と大変に気に入って、何度か滞在している宿に、何度目かの滞在をしている…

景色が好いのは「既知の事実」に過ぎないのだが…

↓「それでも!」という具合で、何か心揺さぶられる…
06-08-2020 Nara in evening (1)

↓好天が続いているが、美しい様子を見せる日没の頃に至っていた…
06-08-2020 Nara in evening (4)

↓滲むような夕陽の光が宵空に溶けて行ったかのようだ…
06-08-2020 Nara in evening (11)

↓やがて残照が天を染める…
06-08-2020 Nara in evening (18)

↓やがてナイトブルーに天が染まり始める…
06-08-2020 Nara in evening (29)

↓そして暗くなる…
06-08-2020 Nara in evening (30)

景色が好いことは「想定の範囲内」だが、その「佳さ!」が「想定以上…」で些か驚いている…

屋根…:生駒山の寶山寺(宝山寺)(2020.08.05)

近鉄奈良駅から大阪方向へ少し進めば生駒駅で、生駒駅から「ケーブル線」…要するにケーブルカーで生駒山を上ることが出来る。

ケーブルカーが着いた辺りから少し坂道を歩くと寶山寺(宝山寺)が在る。生駒聖天(いこましょうてん)とも呼ばれ、本尊は不動明王で、鎮守神として大聖歓喜天(聖天)を聖天堂(天堂)に祀っているのだという。

生駒山は修験道の道場で、かの弘法大師こと空海も修行に入ったと言い伝えられている。

1678(延宝6)年に湛海(たんかい)(1629-1716)がこの地の寺を再興し、「実質的な開山」ということになった。1688(貞享5)年頃には伽藍が整って<寶山寺>と号するようになったのだという。

↓こんな様子に魅せられた…
05-08-2020 Hozanji Temple on Ikoma, Nara pref vol01 (2)

生駒山の上に、複雑な地形の然程広くもないように視える平らな場所を組み合わせて伽藍が拡がるのだが、何となく「建物の密度」が高い。そして、石段が据えられて高い位置に上ることが出来るのだが、画のように色々な時代の、各々の様式な建物の屋根が折り重なるように並んでいるのだ…

↓この眺め…酷く気に入った…そして「夏らしい!」と思えた光線が忘れ難い…
05-08-2020 Hozanji Temple on Ikoma, Nara pref vol01 (1)

月から始まった感の早朝…:<奈良市総合観光案内所>=旧 奈良駅舎(2020.08.05)

「それでも…」という感で早めに眼が開いた…

勝手に「関西の別邸」と称しているが、奈良の古い駅舎を利用した<奈良市総合観光案内所>が窓から視える宿が好く、滞在している…

神戸空港上陸後、四国へ渡って4県に慌ただしく足跡を記した形になり、そこから神戸に引揚げた。神戸から、道草をしながら、多少勝手知った(つもりになっている)奈良の宿である。

多少、不慣れなことは覆い隠しようも無い30℃をやや超えた場面さえ在った「夏らしい」様子であるが…所謂「梅雨明け」で、酷く湿度が高いでもないように思えるのが少々幸いだ。無意識な中での消耗に警戒し、ゆっくりと休む意図を有していた…

「それでも…」なのだった…

↓眼が開き、眺めた光景だ…月が輝いている…
05-08-2020 Nara in early morning vol01 (1)

↓月は程無く視え悪くなっていた…朝の薄い紫だ…
05-08-2020 Nara in early morning vol01 (2)

↓やがて「朝の蒼」という様相に…
05-08-2020 Nara in early morning vol01 (3)

↓そのうちに窓辺が眩しくなり、「夏らしい…」という感の強めな陽光が溢れ始めた…
05-08-2020 Nara in early morning vol01 (4)

月が輝いている様子から始まった早朝…忘れ難いものだ…

<5001>と<2109>…:松山市駅前停留所:松山の路面電車(2020.08.02)

JR松山駅の他に「松山市駅」という伊予鉄の駅が在る。“市駅”と呼び習わされ、周辺も繁華な様子だ。

↓路面電車の停留所は「行き止まり式」になっている。ここに<5001>が到着した…
02-08-2020 Matsuyama vol01 (2)

この<5001>は<モハ5000形>と呼ばれる2017(平成29)年に登場した、最近は各地で導入されている低床型の車輛だ…

↓到着するのは「降車専用」となっている場所で、乗客を乗せる側に<5001>は動いた…
02-08-2020 Matsuyama vol01 (3)

↓やがて別な運行系統の<2109>が現れ、これが「降車専用」の場所を目指す…
02-08-2020 Matsuyama vol01 (5)

この<2109>は<モハ2100形>と呼ばれる2002(平成14)年の初登場以来増備された車輛である。見掛ける機会がやや多い型だった…連接ではない形状での低床型実現を目指した車輛だ。

↓<5001>が発車した後、この<2109>が乗客を乗せる側に登場した…
02-08-2020 Matsuyama vol01 (7)

因みに、この時は<2109>に乗車した…

こういう具合に、忙しく路面電車が行き交っているのが松山だ…

夕刻に…:明石海峡大橋(2020.07.30)

早朝の列車で稚内駅を発ち、名寄駅、旭川駅、滝川駅、岩見沢駅、札幌駅を経て新千歳空港に至り、神戸空港へ飛び、三宮に出てから列車に乗り、舞子駅に辿り着いた。

↓朝から日が沈むような頃まで…長い移動の果てに眼にした…
30-07-2020 Maiko, Kobe (3)

↓神戸市の西端部、明石市との境界に近い辺りで、本州と淡路島とを結ぶ巨大な橋梁だ…
30-07-2020 Maiko, Kobe (6)

↓25℃は超えていたが、30℃には届いていなかったと思う…舞子駅の傍、巨大な橋梁が視える辺りで「極々短い散策」であった…
30-07-2020 Maiko, Kobe (10)

↓少し角度を変えると、淡路島側の灯りや、大きなフェリーが通り過ぎる様子も視えた…
30-07-2020 Maiko, Kobe (12)

何処をどういう具合に廻っていたのか、少し判り悪かった飛行機であったが、窓から淡路島とこの橋の淡路島側の様子が少しだけ視えた。そんなことで傍まで来てみたが…こういう時間帯にこの橋を眺めたのは初めてだった。

多少、様子を知ったつもりの場所にでも「初見」という様子は在る…そんなモノを追って彷徨うというのが好い感じだ…

向日葵…:<四季彩の丘>:美瑛(2020.07.18)

↓酷く久し振りにこういう様子を眺めたような気がする…
18-07-2020 Biei vol01 (7)

向日葵…「夏の花」という感が強い。力強く咲いているが、そういう様子が似合う夏らしい光線が好い…

所用で出掛けるに際し、何となく時間を設けて道草したのは、こういう「“らしい”季節感」を体感してみたかったからかもしれない…

<A1203>:西8丁目停留所:札幌の路面電車(2020.07.20)

なかなかに好い天候であった中、西4丁目停留所周辺から、路面電車の軌道が在って<電車通>という通称も在った「南2条」の少し西を歩いた。

↓西8丁目停留所に至ると、これが停まっていた…
20-07-2020 Sapporo vol01 (11)
↑A1200形の1輛である<A1203>だ…

夏らしい感の陽光に揺らぐ街の様子がピカピカの車体に映り込む感であった。そういう様子と、低床型を実現しようと工夫された独特な形状が面白い…

<青い池>:美瑛・白金(2020.07.18)

「直近」ということでは「昨年11月」ということになると思うが、或いは「美瑛の最も知られる景色の1つ?」という感でもある<青い池>を訪ねてみることにした。

自身としては…観光協会による<美遊バス>に乗車というのが、最も手軽で便利だ。昨年11月に訪ねた折りにも利用したのだった…

↓到着してみれば、好天に恵まれた中で<青い池>は輝いていた!!
18-07-2020 Biei vol01 (9)

↓この日は「好天な夏の日」という感の天との対比が酷く好かった…
18-07-2020 Biei vol02 (1)

↓池の縁の辺りが散策可能になっていて、色々な角度から<青い池>を眺めることが叶う…
18-07-2020 Biei vol01 (10)

↓観る都度に…「天然の前衛芸術造形」というようなことを想ってしまう…
18-07-2020 Biei vol02 (5)

季節毎、時間帯毎に、そして同じ時季の同じ日でも天候の変化で様々な表情の見せる<青い池>…「森の奥の大きな宝石」のようでもある…

今般は、2台持参したカメラを使って、画角が異なる画を色々と撮っていた。この場所は色々な撮り方が出来ると思う…

<旧 越中屋ホテル>…(2020.07.20)

「(俄かに)小樽の住民」という情況で、札幌を往復するなどしながら所用を足して過ごしていると、特段に縁深いということでもない小樽の駅に着いて「戻った…」という程度に感じるようになってしまう。そういうように感じていた夕刻、軽く何かを摂ろうと辺りを少しだけ歩き廻った…

↓こういう様子を見掛けた…
20-07-2020 Otaru in evening (7)
↑何か「古い時代には“モダン”と言われていた筈…」と思わせる建物だ。夕刻に暗くなり切る前に照明が点り始めたような頃の、なかなかに好い雰囲気を醸し出している…

これは<旧 越中屋ホテル>で、1931(昭和6)年に竣工であるという。往時は、国外でも「日本の北海道の小樽という場所に在る宿」として紹介もされていたらしい。大正時代から昭和の初めの“最新”ということになる建物だ。

現在も、この建物を利用して宿泊施設が営まれているようだ…滞在してみたことは無いが…

その辺に一寸出るという場面でも、何となくカメラは持参してしまう。小樽は「そうさせてしまう雰囲気」が在るような気がする。そしてそういう街の居心地は悪くはない…

<四季彩の丘>の風景…:美瑛(2020.07.18)

↓過ぎる程に鮮やか…迫るモノが感じられ、眺め入って立ち尽くしてしまった…
18-07-2020 Biei vol01 (4)

<四季彩の丘>という場所に、花盛りな時季に立寄る機会を設けられたのは多分初めてだ…

↓様々な種類の花々が溢れていた…
18-07-2020 Biei vol01 (5)

↓或いは他所の人が「夏の北海道」とでも聞けば思い浮かべるのはこういうような様子だろうか?そんなことを考えながら眺めた様子だ…
18-07-2020 Biei vol01 (2)

「思い付いての道草」で美瑛に寄ってみたが…天候に恵まれ、「爽やかな夏!」という風情を愉しむことが叶って、酷く嬉しく、昂って早く休むことが出来なくなってしまっている程だ…

旭川駅:川が見える側にて…(2020.07.03)

旭川駅の「川が見える側」の眺めが酷く好いと思っている…

↓稚内へ引揚げる列車に乗る前に、立寄った…
03-07-2020 Asahikawa Station (7)
↑<東改札口>に近い出入口が見える辺りで、川を背に駅舎を眺めた…

↓なかなかに感じが好いと思った眺めだ…庭園の花々の間に通路が設えられているような感である…
03-07-2020 Asahikawa Station (5)

↓もっと西寄りからの眺めもなかなかに好い…
03-07-2020 Asahikawa Station (4)

この「川が見える側」で旭川駅を眺めるということ…旭川駅で多少の時間が在る場合の「定番」のようになってしまうかもしれない…

旭橋…(2020.07.03)

「他所に泊まる」ということは、「早朝に散策に出てみる」ということも可能ということになると思う。旭川に在っては、早朝6時の普通列車に乗車しようということでもなく、天候が酷いでもないのであれば、「早朝に散策に出てみる」ということを愉しむ場合が少なくないように思う。

前夜は、軽く呑んで早めに休んでしまい、朝は「“深夜”と“早朝”との境界?」というような時間帯に眼を開けてしまった…

↓午前3時台から徘徊という状況である…駅前の宿から旭橋まで歩いた…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (2)

↓雨は交っていないが雲は多い。朝の光は雲に封じ込められているような感であった…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (4)

↓灯りが消えるまでにはやや間が在った感だ…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (6)

↓なかなかに趣深い…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (10)

↓15℃を切る気温だったが、風は微弱で寒い感じではない。温かいとも言い悪いが…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (13)

↓旭川で…早朝に散策して、こういう様子を眺めるというのが、何か酷く気に入っている…
03-07-2020 Asahibashi Bridge, Asahikawa (15)

<ライラック>…:札幌駅(2020.06.01)

札幌から北上しようとしていた…

旭川へ出て、夜の列車に乗って稚内へ引揚げるという段取りだが…最近の「事情」で利用者が減少してしまっている状況を受け、一部列車を減便してしまっている…普段、札幌・旭川間の特急列車は30分間隔程度で運行しているので、大概は20分居ない程度待つ感じで自由席にも楽に座ることが出来る。が、この日は「減便」の事情で45分程度待つような感じになってしまった…

↓この列車に乗車が叶うまでに些か長めな待ち時間も生じていた。
01-06-2020 at Sapporo Station (1)
↑789系電車である。

↓「待望!」した感の列車だった。後尾側に乗車した…
01-06-2020 at Sapporo Station (2)
↑何となく「夏?」という感じな光の中になかなか車輛が映えていたと思う。

小樽駅…:夕刻(2020.05.30)

陽が落ちて「暗い…」という感じになって行くまでに、少々時間を要するような感じになっている時季だ…

↓小樽駅前を通り掛った…
30-05-2020 Otaru vol01 (5)
↑少しタクシーが並んでいる。駐輪スペースにスクーターが在る。スクーターが多目だった時間帯に停めたのだと思うが、何か変に目立つ場所に残っているかのように見えた…

最近の「事情」でやや静かな感ではあったが…小樽を多少散策してみた…好い時間を過ごすことが叶ったと思う。

旧 篠田倉庫:小樽運河(2020.05.30)

↓古い煉瓦の壁は貫禄が在る…
30-05-2020 Otaru vol01 (1)

↓小樽運河に沿って建っている、古い倉庫の建物で、運河の裏側の道路から視ている…
30-05-2020 Otaru vol01 (3)

↓小樽運河側から視ると、左側の倉庫群の左から3番目の建物に相当する…
30-05-2020 Otaru vol01 (4)

1925(大正14)年に築かれた倉庫で、柱や梁を木で造って外壁の煉瓦を積上げる「木骨煉瓦造」という、同規模の倉庫建築では少ない事例ということになる建物なのだそうだ。

↓何となく眺め入ってしまった建物だった…
30-05-2020 Otaru vol01 (2)

こういう建物を眺めて、一寸歩き廻るのは心地好い…

<machibar>(マチバル):旭川(2020.04.03)

高速バスで夜の旭川に到着し、少し街を歩いた…

↓何かクールな感じの景色だと思った…
03-04-2020 Night at Asahikawa (6)

今般は画に写っている店には特段に立ち寄っていない。「画になる…」と思いながら通り過ぎたまでだが、3月には立寄ったという経過も在った…

暗くなってからの旭川…意外に画になる場所が多い…

ここを通り過ぎ、御馴染な<サキソフォン吹きと猫>を眺めてから、翌早朝の列車を待ちながら“夜明かし”という展開だった…「次の機会」が在るのなら、旭川ではもう少々ゆっくり過ごしたい感だ…

03-04-2020 Night at Asahikawa (7)

桜越しに天守閣を仰ぎ見る…:大阪城(2020.04.02)

「資料館」ということになっている天守閣そのものは「事情」により休館中であっても、美しい建物を望む公園内を散策することは出来た…

↓こんな光景!少しばかり気詰まりな感であった中、視たかった…
02-04-2020 Osaka, Osaka Castle vol01 (3)

当然ながら「実際に視た様子」が強く記憶に残るのだが…この画は何度となく引っ張り出して視ている…実に美しい!

桜…:大阪城天守閣周辺(2020.04.02)

大阪城天守閣の辺りに立寄ったが、「資料館」ということになっている天守閣そのものは「事情」により休館中であった。が、非常に天候が好かった中、桜が咲き乱れる辺りを散策するのはなかなかに好かった…

↓この時は「光」が非常に好かった!
02-04-2020 Osaka vol01 (14)
↑咲き誇る桜の向こうに天守閣が少し見えている感じだ…

城跡に桜を植えることが盛んになったのは?そういう場所を公園のようにするようになった明治時代以降のことと聞いたような気がする…ということは?城が実際に使われていたような幕末期までは、咲き誇る桜は然程多くなかった訳だ…何となく興味深い。

大阪城の模型…:大阪城公園駅(2020.04.02)

大正駅から大阪環状線の列車に乗車して大阪城公園駅に至った…

↓改札口を潜った辺りでこういうモノに眼を停めた…
02-04-2020 Osaka vol01 (3)
↑大阪城の中で見受けられる建物等、駅から近い大阪城公園の様子を丁寧に造り込んだ模型が飾られていた…

広壮な大阪城公園を訪ねてみれば、随分と歩き廻ることになる。ぐるりと廻って、復路も大阪城公園駅を利用する場合も在るが、寧ろ歩いて至った先の鉄道駅を利用する場合が多い。そういう事情の故か、これまで何回か大阪城公園駅を利用した経過の中で、この模型が飾られていたことを意識せずに居た…

こういうように「一寸したことに気付く…」というようなことが酷く嬉しい。折角気付いた模型なので、ゆっくりと拝見していた…

桜…:奈良・佐保川(2020.04.01)

近鉄の列車で近鉄奈良駅を目指す場合、軌道が地下に設えられた近鉄奈良駅に通じるトンネルに入る手前、新大宮駅に停車する場合が殆どだ。この新大宮駅に進入する列車が、停車に備えて減速している区間に相当するのだと思うが、この時季には「川に沿って咲き誇る夥しい桜」が車窓に視える…

こういう様子を視て、間近を歩いてゆったりと眺めたいものだと思っていた。聞けば、奈良市内を流れる佐保川の川に沿って桜の木が多数植えられていて、それが時季には見事に咲くのだという。

「気軽に一寸歩いて…」と思って調べると判った…JR奈良駅の、旧駅舎を利用した観光案内所の辺りから、三条通を鉄道高架線の側へ進み、高架の下を潜り抜けて真直ぐ進むと佐保川に行き当るのだ…三条通を逆方向に進んで興福寺辺りに至るより「やや遠い」という程度だ…

↓こんな様子が視られる…
01-04-2020 Nara in early morning (1)

↓JR奈良駅辺りの宿へ引揚げる際には、近鉄の列車で1駅の近鉄奈良駅へ向かおうと考え、鉄道の橋が視える側へ進んだ…
01-04-2020 Nara in early morning (8)

↓実に好い感じだ…川沿いに集合住宅と見受けられる建物が並んでいるが、そこの住民は「毎年窓から花見」ということになる…
01-04-2020 Nara in early morning (6)

↓この辺が近鉄の列車で移動する際に窓から視えるような辺りなのだと思った…背後に列車が走っていた…
01-04-2020 Nara in early morning (11)

振り返ると、この4月1日は雨が降る時間が長くなった1日であったのだが、早朝の曇天の中で「今年も、それでも咲いた!!」という状態の桜が、強い存在感を示している様子を眺めることが叶った…

なかなかに好かったと満足し、列車で近鉄奈良駅へ移動し、興福寺辺りの猿沢池を眺めてからJR奈良駅辺りの宿へ引揚げたのだった。好い朝だった!

特急<ひのとり>:近鉄奈良駅(2020.04.01)

朝、思い立って佐保川の桜を眺めに出た。JR奈良駅傍の宿から歩いて、佐保川の桜に至り、そこから近鉄の新大宮駅に入って、1駅間列車に乗って近鉄奈良駅へ引揚げようとしていた。

近鉄奈良駅へ向かう列車を待つ間、「アレ?何?!」と驚いた、見慣れない車輌の列車が通過した…「何だったのか?」と考えていた間に、近鉄奈良駅へ向かう列車は現れ、乗車すれば直ぐに近鉄奈良駅に到着だ。

↓近鉄奈良駅に着いてみれば…新大宮駅を通過した列車が停車中だった…
01-04-2020 Nara, Kintetsu-Nara Station in early morning (3)
↑実に美しい車輌だ…

↓3月に登場したばかりの新型車輛による特急列車の<ひのとり>が、出発に向けて待機中だったのだと判った。
01-04-2020 Nara, Kintetsu-Nara Station in early morning (4)
↑新大宮駅で見掛けたのは、ここで待機するために回送していたという場面だった訳だ…

↓予期しない形で新型車輛に出くわすのは、何となく嬉しいものだ…
01-04-2020 Nara, Kintetsu-Nara Station in early morning (7)

↓<ひのとり>のマークが美しい…
01-04-2020 Nara, Kintetsu-Nara Station in early morning (8)

↓車体に駅の中の様子が映り込む…ピカピカの新車だ!
01-04-2020 Nara, Kintetsu-Nara Station in early morning (9)

聞けば、この<ひのとり>については、現在6輛編成が3編成導入され、大阪難波-近鉄名古屋間を1日6往復、大阪難波-近鉄奈良間を1日1往復で運行しているのだという。「大阪難波・名古屋間の特急列車に新しい車輌を導入」とは聞き及んでいたが、奈良で走っているとは知らなかった…そしてその「1往復だけの運行」という近鉄奈良駅で、出発待機という場面を視られたのは、少し運が好い!

何時か、この列車にも乗車してみたいと思いながら、近鉄奈良駅を辞去した…

夜桜…:祇園白川(2020.03.30)

滞在した宿から程近い辺りは、食事を摂ることが出来る場所も多かったのだが…辺りを眺めながら歩いて、至った店で夕食を愉しんでみた。

↓そこから引揚げようとした時に眼に停めた様子だ…
30-03-2020 Kyoto, Gion-Shirakawa in evening (1)
↑満開だった桜の花が、辺りの照明に浮かび上がっていた…

↓やや角度を変えて眺めてみた…
30-03-2020 Kyoto, Gion-Shirakawa in evening (4)

この時季…こういう「思わぬ好い景色」が多くなる…

夜桜…:阪急・京都河原町駅周辺(2020.03.29)

香取神宮や佐原の街を風雨の中で歩き廻り、冷たい雨に確り濡れて冷えてしまった中、「時季としては異例…」という雪まで降り積もり始め、逃げるように新幹線の列車に飛び乗って京都へ移動した…京都の宿に着いて、夕刻に辺りを少しだけ歩いてみた…

↓四条通、阪急の起点・終点となっている、地下に設えられた京都河原町駅―以前は「河原町駅」だったが、最近は「京都」を冠するようになった…「阪急が路線網を持つ各都市の中、京都のターミナル」と判り易くしたのであろう…―の地上に出た辺りである…
29-03-2020 Kyoto vol01 (4)

この辺りは、高瀬川に沿うように桜の木が植えられていて、桜の花の時季は殊更に美しい場所であることは既に承知していたのだが…それでも見惚れてしまう…

↓刻々と天の明るさが変わるような時間帯だが…「暗くなり切っていない」という按配が、点き始めた照明の光に浮かび上がる桜を、一層好い感じに見せてくれるような気がしている…
29-03-2020 Kyoto vol01 (3)

こういう景色に会えると思えば…こんな時季には、多少強引にでも京都へ立寄る機会を設けてみたくもなる…

伊能忠敬旧宅と周辺の町並み…:佐原(2020.03.29)

香取神宮を訪ねてみた時点で風雨の中を歩き廻っていたのだったが、更に風雨の中を歩き続け、佐原の街に至った…

↓これが視たかった!
29-03-2020 Sawara (3)
↑かの伊能忠敬が住んだという家である…

伊能忠敬は、江戸時代の19世紀初めに、各地の測量を実施して立派な地図を製作することに功績が在った人物だ。自身の興味と志に則って、そういう研究や仕事に携わったのは「一線を退いた」というような形になった50歳以降のことで、それまでは佐原で「商家の主」であった。婿養子として佐原の伊能家に入り、醸造、貸金、舟運というような事業に取組み、他方に現在で言うと村長に相当するような役目を負って、地域の自治に寄与する活動にも携わっていた。

その伊能忠敬が婿養子に入ってからの30年間余りに亘って住んでいたという建物が現在に伝わっているのだ…

↓辺りは、伊能忠敬が存命であった19世紀初め頃にも在ったかもしれないような建物が林立する町並みが見受けられる…
29-03-2020 Sawara (4)

↓佐原は、江戸時代には盛んに舟運が行われていたという地域で、水路に沿って旧い建物が並んでいる…
29-03-2020 Sawara (7)

↓何やら酷く趣深い建物も多く在った…
29-03-2020 Sawara (5)

「辺りの建物が建築工事中で在った様子を殆ど視た…」というような、「本当に新しく起こった住宅街」で幼少期を過ごし、「或る時代の人々が発した声音や物音が聞こえて来そうな旧い街並み」というようなモノに強い憧憬のようなモノを有したままに長じてしまったと思っている自身だが…この佐原の町並みは好かった!

非常に好かったのだが、伊能忠敬の事績等を伝える資料館等は、最近の「事情」の故に休館を余儀なくされていた…それでも、かの伊能忠敬が「生きた時代の片鱗」が感じられる町並みを散策する機会が設けられたことは嬉しかった…欲を言えば…もう少々、歩き易い天候であれば更に善かったと思うが…

冷たい雨に酷く濡れ、多少弱ってしまったが、「再会を期す!」という念を抱いて佐原駅へ向かったのだった…

桜…:龍田大社(2020.04.02)

↓この時季は桜が好い…何処で出くわしても、各々に好いのだが…この桜は殊更に好かった!
02-04-2020 Nara pref. Tatsuta-Taisya Shrine (3)
↑正しく「満開」で、偶々風が吹き抜け、花びらが宙に舞った…

奈良から大阪へのJRの路線に、様々な方面の路線が交わる王子駅が在り、王寺駅の1駅大阪方向(東)寄りに三郷(さんごう)駅が在る。

三郷駅の傍、少し急な坂道を上がった辺りに古くからの歴史を誇る社が在る…

↓龍田大社(たつたたいしゃ)という…
02-04-2020 Nara pref. Tatsuta-Taisya Shrine (1)

龍田大社は「風神」を祀る神社だ。天地の間に満ちる大気、生気、風力を掌るのが「風神」ということになる。二柱の神々が本殿に祀られ、天地宇宙の万物生成の中心となる「気」を御守護ということになるのだという。

「風神」と聞き及び、この龍田大社を訪ねてみたくなった…「風の街」とも呼ばれる小さな街で暮らす身としては、強い親近感を覚えたのだ…そして訪ねた…

↓桜が迎えてくれる「風神」の社…心地が好かった…
02-04-2020 Nara pref. Tatsuta-Taisya Shrine (2)

桜…:姫路神社…(2020.04.03)

姫路城については、広い域内に夥しい数となる桜の木が植えられている場所で、花の時季には少し驚く程度に花が咲き乱れている…

それは承知していたが、神戸空港へ向かう前の時間を利用して姫路まで足を伸ばし、姫路城に立寄ってみた。

↓白の北西側になるらしいが、静かな一隅で見事な桜の花に眼を留めた…
03-04-2020 Himeji, Himeji-jinjya Shrine (3)

↓明治20年の年号が刻まれていたが、少し貫禄が在る感じの石造の鳥居が見受けられた。神社だ…
03-04-2020 Himeji, Himeji-jinjya Shrine (1)

↓「右近の橘」、「左近の桜」と言ったと記憶するが…両方に木も植えられた、なかなか味わい深い社殿だ…
03-04-2020 Himeji, Himeji-jinjya Shrine (5)

姫路神社は、明治期に起こっている。江戸時代に長く姫路城に在った酒井家の功績を伝えるべく、姫路酒井家の祖を旧臣や住民が祀る神社を起こしたのだ。昭和期に入って、姫路城の一隅の地に遷座して現在に至っている。

知名度は?よく判らないのだが、姫路城の一隅で桜が美しい場所である…思いがけず、なかなかに感じが好い場所に出くわした…

黄昏…:<奈良市総合観光案内所>=旧 奈良駅舎(2020.04.02)

精力的に動いた感の1日…夕刻に宿に居室に引揚げることを、頭の中で「帰還」と考えていることに気付いて、軽く苦笑いをしてしまう。窓からの風景に愛着を覚える宿泊施設の居室…それを、同じ場所に滞在する場合に繰り返して利用という状況…少なくとも自身の中ではJR奈良駅に近い宿という例が思い浮かぶばかりだ…

↓「帰還」してみると、ベッドが置かれた辺りの窓からこういう様子が視える…
02-04-2020 Nara in evening (1)

↓前日は雨が降り続いたが、この日は好天であった…刻々と天の色は変わった…
02-04-2020 Nara in evening (3)

↓天がグラデーションになる様を見入ってしまった…その下で特徴的な建物が鎮座し、県内の中心的な駅の一つということで多くの人達が動き廻り、周辺道路も色々な車輛が行き交っている…
02-04-2020 Nara in evening (4)

↓何度も眺めたが、時間を追う毎に暗さが増して行き、様々な灯りが寧ろ目立つようになった…
02-04-2020 Nara in evening (6)

居室で過ごす都度にこの光景を愉しんだが、忘れ難い光景だ。何度視ても、どういう時間帯に視ても、どういう天候条件で視ても、「視る都度に好い」と思うのだ…

こんな光景に「再会を期す!」と念じながら、奈良を発ったのだった…