年末に聞いたニュースから…

<KASUGA>という名の、恐らく「春日大社」等の“春日”から採ったと思われる命名の、奈良から取寄せて在ったブレンドの豆を挽いて淹れている。「珈琲らしい」というような苦味が薄い、独特な感じ…寧ろ「紅茶の一種?」というようなブレンドだ。例によって、眠気に抗わずに何時の間にか眠り、起き出せば「深夜?」というような感の早朝という中で啜る珈琲としては悪くないのかもしれない…

自身の感覚としては「やや地味…」という程度に想いながら、少しゆっくりと年末年始の期間を過ごしていた。そういう中で、幾分は「気になったニュース」というようなモノは耳目に触れた。

「今時?そういうのが?」と少々驚いたのは、特定の政策事案を担当ということになって政府に入っている国会議員に対して現金が贈られている、または豪華な家族旅行の代金が負担されているという「贈収賄」の事件が発生していたという一件だった。

ハッキリ言えば…何かの事案で「不始末?」と見受けられるような事態が惹起した場合、或いは「不始末?」とまでは言えないにせよ「少なくとも不具合?」という状況が在ったとして、何方かが「引責」というような状況、「こういうように改めて行こう!!」と宣せられる状況というモノが余り見受けられないような気がしている。これは裏返せば、新たに何かを始めるような場面で、「責任者が推進しようとしているから」というだけで事案が円滑に進むのでもないということになるように思う。事案が「不始末?」とか「不具合?」になった場合に「誰も責任は取らない」のだから…逆に積極的に進めるという程のことにもならないであろう。

何時の間にかそういうのが常態である中、「責任者が推進しようとしているから」という「方向に誘導」と「“責任者”の歓心を買う」ということを画して贈賄攻勢を仕掛けるという程のことを行うのは、「(刑事事件になってしまうという)リスクを負う」だけで得るところは少な過ぎるのではないであろうか?こういうような理屈が組立てられて、それが常識化しているという程のことでもないのかもしれない。が、単純に「“責任者”の何某さんの一存」で事案が動くのでもない中、贈収賄は「そこまで?それは必要も無いのでは?」というような“感覚”は広範に拡がっているような気はしている。

そういうように思うので、“オンラインカジノ”に携わっていた会社が、「“リアルカジノ”を新たに?弊社にも参画機会!」と思った時に、「責任者が推進しようとしているから」という「方向に誘導」と「“責任者”の歓心を買う」ということを画して贈賄攻勢を仕掛けたという話しに、何やら「現実感が乏しい??」という感さえ抱きながら驚いていた…

所謂「カジノのゲーム」というモノは、“確率”のゲームな訳で、「コンピュータによるゲーム」で模して造ることに適している種類のモノかもしれない。と言って、そういうゲームを使用するサービスと見受けられる“オンラインカジノ”を切り盛りすることと、何処かの場所に設ける“リアルカジノ”を切り盛りすることとは…多分、「シミュレーションゲームで“戦車隊”や“戦闘機隊”や“艦隊”を配置して戦闘が行われたということにする」ということと、「車輛、航空機、艦船を製造しながら乗員の訓練を進めて何処かの現場に出動する」ということとの間のような違いが在る筈だ。誰でも“ゲーム”という程度の機器操作は難なく出来ようが、高度な技術を要する本物の乗物を用意することや、それを自在に扱う要員を訓練することは出来る訳が無く、それらを何処かへ派遣するような運用等も出来る筈が無い…

“オンラインカジノ”と“リアルカジノ”とは多分その程度に違うと思うのだが、それでも“オンラインカジノ”を切り盛りする会社が“リアルカジノ”への進出、その種のモノをやっていなかった国で「行われそうである」という中での進出を企図し、「責任者が推進しようとしているから」という「方向に誘導」と「“責任者”の歓心を買う」ということを画して贈賄攻勢だ…そして“責任者”と目された人達が収賄してしまった…

現在の時点で「とにかく凄い!!」ということをやっていても、かなり以前の段階では「何もやっていなかった」という事例ばかりが世の中には溢れている筈なので、“オンラインカジノ”を切り盛りする会社が「あそこで出来る?では是非“リアルカジノ”をやろう!」と思い立って取組み、それが成功する可能性は在ると思える。しかし、「責任者が推進しようとしているから」という「方向に誘導」と「“責任者”の歓心を買う」ということを画して贈賄攻勢というのは…非常に好くなかったと思う。或いは、“リアルカジノ”を推進する機運そのものに、既に大きな損失を与えてしまったかもしれない。「公職者に賄賂を贈ってまでどうこうしようとするような後ろ暗い利権」という巨大なレッテルを貼り付けてしまったのではないか?そうなれば、この先に“リアルカジノ”が登場したとしても、「そう言えば何やら贈収賄騒ぎが在って登場したサービスで…」と心理的に距離を置く人達がそれなりに多く在る感で、期待する程にサービスが拡大しないような気がする。

好ましいのか、好ましくないのかは判じ悪いが…考えてみると、不始末、不具合で誰かが責任を取るように見えない裏返しで、新たな事案を強引に誰かの一存で進められるのでもない中、贈賄が然程の効果も無いという程度に「何となく思う」という状況が在ると思う。そしてそれに関して、或いは近年、「少し変わっている」とか「思い違いしている人達?」という存在が発生しているかもしれない。

何かが喧伝されているので、「どういう意味なのか?」と誰かに訊ねてみれば「〇〇さんが言っている」という次元の話ししか聞こえて来ないという場合が多くなってしまっているような気がする昨今だ。本当にそれが正しいのか?ここで出て来る「〇〇さん」が非常に大きな立場の人であろうが、失礼ながらどうでもいいような人であろうが、「〇〇ってどういう意味」の「中身」が大切なことは簡単に動かない筈だ。或いは、何となく「〇〇とはどういう意味なのか?」と誰かに訊ねてみれば「〇〇さんが言っている」ということが多くなり過ぎて、何か“思考停止”のようになっていて、「本来はもう少し好い感じになっている筈?」が何も動かない…というのが増えた、或いは増え過ぎたが故に、何か閉塞感のようなモノが漂うのが最近の様子であるような気がしないでもない。この“思考停止”、“閉塞感”の「“元凶”またはその一部」という人達が、今般のカジノの事例で収賄の側に在った人達なのかもしれない。漫然とだが、そんな気がする…

“リアルカジノ”が、多少なりとも「世の中の役に立つ」とか「好い効果が在る」なら、「直ぐ出来るように、可能な範囲で実施」すれば好いのではないだろうか?「好い訳が無い!!」という意見も多いということなのであろう。だからこそ、直ぐに登場しない訳だ。が、それでも“誘致断念”の事由に“環境破壊懸念”を挙げた例も見受けられた程に「大規模開発を行う文脈」で“リアルカジノ”が語られている…何か…解せない。これもまた「“目的”が“手段”に摩り替わってしまう」という「よくある話し」というモノだろうか?

「不始末?不具合?」で「誰も責任を取らない?」というように見える状況を好ましいとも思わない。逆に「一存で…」と簡単に出来ることが好ましいのでもないかもしれない。そういう中で“思考停止”はやってはならないと思う。色々とアレもコレもと思っているのだが、「様々な要素の適当な組合せを何とか見出そうとして行く」というようなことが、恐らく大切な筈だ・

そうこう考えていた間に、<KASUGA>を満たした<NARA>のマグカップが空いてしまった。中途半端に残った<KASUGA>を1/3に対し、<龍之助>を2/3という「その辺に在り合わせブレンド」の豆を用意して新たに<NARA>のマグカップを満たす珈琲を淹れた。2種類の豆が「互いの好さ」を適宜補い合っているというような味わいの1杯が登場した…

早朝というより深夜…

<龍之助>を満たした<NARA>のマグカップを傾ける…随分と暫く振りな気がする…実際、12月下旬から年が明けるまで、拙宅の居室で珈琲を淹れたということでもないので「暫く振り」なのは間違いない…

就寝時刻には早過ぎると思われる時間帯に居眠りに陥り、やや長く眠ってしまえば、深夜帯に眼が開いてしまう…深夜であるから休もうとは思いながら、既に身体は休まっているので、何となく冴えてしまう…そうなれば珈琲でも淹れたい…そんな「自身の流儀」の「普通」が暫く振りに居室で発生しているのだ。

12月23日に札幌で所用が発生していたため、それ以降の年末を休暇ということにして、年末年始は何となくゆっくりとしてみることにしたのだった。その期間も、思っていたよりも速く感じられる程度に過ぎ去ってしまった感である…

「少しだけ纏まった時間」を用意出来たというようにも思えたが、結局“年末”なので、何となく交通や宿泊の事情で「少し窮屈?」と思えなくもないモノが在ったので、それ程動き回ってもいない。“居候”という感で札幌に在った他、道内を少しだけ列車で動き回ったという感だった。とは言え、この間に随分と多く写真は撮ったかもしれない。追って、少しずつ整理をするのも愉しみというものである。

昨日は「札幌方面から稚内へ引揚げる際の気に入っている方法」の実践というもので、前日に旭川入りして泊まり、早朝から<稚内行>という普通列車に乗込んだ。車中で居眠りもしながらゆっくりと、感じ方として「何時の間にか北上…」という程度に稚内へ引揚げた。列車は年始シーズンの旅行者が存外に多く乗車していた感だった。順調に稚内駅に至り着いた…

そこから拙宅に戻ってみるが…屋内がとりあえず冷えている状況なので、暖房を入れ、効果が出るまでの数時間は喫茶店巡りであった。そういうことをしながら、近所の店で昼食や夕食を愉しみ、夕食を摂ってから然程の時間も経ずに眠ってしまい…深夜帯に眼を覚ましてしまったという次第だ…

日曜日の今日はどの様に?然程深刻な問題でもないが…

<A1201>:幌南小学校前停留所付近:札幌の路面電車(2019.12.30)

↓<A1200形>に乗車する機会が生じると、何となく嬉しい気分になる…「誰もが乗降し易い…」を目指して工夫された3連接で低床型の車内も広く、座席も多い…<A1201>に乗車した!
30-12-2019 Sapporo (6)
↑下車して、信号停車をしていた様子を眺めた…

札幌に在る時には「視たい!乗りたい!」と感じる<A1200形>である…

何時の間にか?「もう少しだけいっしょにいたいから。今日は市電に乗ろう」というキャッチコピーが書き込まれたモノが車輛側面に貼り付いていたが…好いかもしれない…

12月31日…

「12月31日を迎えた」と言ってみたいのだが、実際には「気付けば日付が12月31日だった」というような感である。

慣例的な年末年始の休業に、12月下旬に生じた所用に鑑み、所用が在った時期と年末年始との間の何日間かも休暇ということにして、何やらゆっくりと過ごして現在に至っている。

そういうことなので「1年の最終日」とは言え、「迎えた」というよりも「気付けばその日」という感が強いと思える訳だ…

この休暇の間…気が向くように少しだけ出掛けたが…他は“居候所”と呼び習わしている場所―巷では「実家」と言うようだ…―に滞在し、思い付けば散策に出る等で「何となく…」という時間を過ごしている感だ。

昨日、地下鉄を利用した。大通駅から新さっぽろ駅へと向かったのだった。

大通駅では、何となく「乗客が入れ替わる」というような感で、車内は一時かなり空いて、何となくロングシートの座席に陣取り易くなる場合が多い。昨日もそういう例に漏れず、ロングシートの座席に陣取った。

座席で何気なく見上げて、車内の吊広告に眼が停まった。「美しい女性…」という写真が眼に留まった。何時の間にか随分と以前から存外に多く視掛けるモデルなのだが、名前が思い出せない。航空会社による羽田・ホノルル路線の広告であったようなのだが、確か件のモデルはハワイ育ちというような話しが在ったような気もする。そこまで思い出すのだが、名前が思い出せない。そうやって考えていた間に新さっぽろ駅に到着してしまった…

何か最近は「顔と名前」というような「セット」で記憶すべきモノの「片方が欠落」が多いかもしれない。「顔と名前」であれば、顔は覚えていて、名前が思い出せないというような場合が多いかもしれない。

こういうのは、例えば映画やテレビドラマや小説に関しても頻繁に在る。作中人物の醸し出す何か、作中世界の雰囲気や出来事、色々な事を記憶するのだが、作品の題名や作家名や監督名というような事をアッサリと忘れている場合が在る。

何か妙な性向かもしれないのだが…或いは自身は「中身」を重視して「看板」は然程重視していないということなのであろう…売れているという作家の小説であるということはどうでも構わず、偶々本を手にして愉しいと思える中身であったか、その限りでもなかったかが重要で、気に入った中身であれば同じ作家の作品―“シリーズ”の他作品ということも多い…―を紐解こうとする。

個人的な愉しみの範囲である、映画やテレビドラマや小説に触れる場合の個人的な流儀はどういうモノであっても差し支えない筈だが、思うとあらゆる事柄に関してこんな流儀を貫いてしまっているかもしれない。何処の何方が言っていることであろうが、それは然程重要だとも思わない。言っている内容が納得し得るのか、その限りでもないのかが重要なのだと思う。

近年は…「近年」と言いながら、既に存外な事実を経ているかもしれないが…何かが喧伝されているので、「どういう意味なのか?」と誰かに訊ねてみれば「〇〇さんが言っている」という次元の話ししか聞こえて来ないという場合が多くなってしまっているような気がする。本当にそれが正しいのか?ここで出て来る「〇〇さん」が非常に大きな立場の人であろうが、失礼ながらどうでもいいような人であろうが、「〇〇ってどういう意味」の「中身」が大切なことは簡単に動かない筈だ。

或いは、何となく「〇〇とはどういう意味なのか?」と誰かに訊ねてみれば「〇〇さんが言っている」ということが多くなり過ぎて、何か“思考停止”のようになっていて、「本来はもう少し好い感じになっている筈?」が何も動かない…というのが増えた、或いは増え過ぎたが故に、何か閉塞感のようなモノが漂うのが最近の様子であるような気がしないでもない。

自身の「中身」を重視して「看板」は然程重視していないかもしれないという傾向…100%そういうことを貫いて来たかどうかは判らないが、最近は何処となくそれを「意識」するようになったかもしれない。そして、そういう傾向が「多分、少数派」であることも自覚している。

自身がどちらかと言えば「少数派」であろうが、それで不都合が在るのでもない。振り返ると、何となく「少数派」という側に与する場合が多いような人生を辿って来たのかもしれない…勿論100%でもないとは思うが…

思い返すと、昨年と一昨年の年末年始は出先に在ったので、“居候所”と呼び習わしている場所でゆっくりとしているというのも「随分と久し振りだ…」という気がする。だからどうしたという程のことでもないのだが…

このところは「とりあえず平穏に生きて居ることに感謝しよう」という気分が強まっているように思うのだが…そういう調子で2019年が過ぎ、そして2020年もそういう調子が続くことであろう…

好い感じな朝…

<MIKASA>というブレンドは奈良の街から、拙宅が在る稚内まで運ばれて来た…「三笠山」という場所が在ったと記憶するが、地元の地名に因んで<MIKASA>とブレンドに名付けたのであろう。「似合うシーンは“朝”」と謳っている…「そう仰るなら…」と正直に朝にこれを淹れてみる…所謂「フルーティーな珈琲」という感で、何やら「余韻が深い」とでもいうような感の味わいだ…

現在の時季、暖房用の灯油を切らしてしまうことはすべきではないと思うが…「珈琲豆を切らしてしまわない」ということも、私自身にとっては暖房用燃料に負けない程度に重要なのだ…敢えて新しい豆を開封するまでもなく<龍之助>を愉しむことも適うが、あの奈良の街から折角やって来てくれた珈琲豆を「歓迎申し上げよう…」と、<MIKASA>を淹れて愉しんでいるのだ…

「愉しい夕べ」の余韻というような朝である…「用が在ったら、ここへ電話してくれ」と嘯く程度の頻度で訪れる近所の店で寛ぎ、「早寝早起き傾向」な自身としては「少し遅い?」と言わざるを得ないかもしれない時間帯まで、居合わせた人と何やら話しが弾んでいたということなのだ。こういう「愉しい夕べ」の翌日、殊に朝には「愉しい1日の予感」というようなモノが沸き起こって、少しばかりは気分が弾むものである。

巷には「時々在る?」ということなのだと思うが…例えば「是非Aを実施したい。やり方は色々だと思うが、Bに合わせるというのも悪くはないように視る」という程度の申入れを受け、「どうしましょうか?」という程度のことになって行く。そういう時に、何時の間にか「Bを実施する序でにAを行うことが出来るか、出来ないか」というような趣旨の話しになってしまっている場合が在る。

「是非Aを実施したい。やり方は色々だと思うが、Bに合わせるというのも悪くはないように視る」ということに関して、「御意見を頂きたい」と問われ、問うている方が何やら「Bを実施する序でにAを行うことが出来るか、出来ないか」という調子で論じようとしている。「オカシイ…」と思い、「是非Aを実施したい。やり方は色々だと思うが、Bに合わせるというのも悪くはないように視る」という申し出が「在った訳だ?」と問い、「そうだ」ということになれば「ではBは最初は度外視して差し支えないのでは?」と投げ掛ける。

こういうことをやると「Bを実施する序でにAを行うことが出来るか、出来ないか」という調子で、その場の話しを継続することは困難になる。で、「御意見を頂きたい」と問うた側は話し合いを停めようとする。停まれば好い。

こんなことが辺りには多いような気がしている。「だから?」という類の話しだが…そういうようなことが気になるような状況下で、実に好い感じで、朝に余韻を感じる程度に「愉しい夕べ」を過ごすことが叶ったのは、非常に好いことだ!

いよいよ“年末”というムードが高まっているという気がしないでもない…交通や宿泊が混み合う場合も在る時季なので、少々時間を設けたと言って、余り気儘に動き回るというようなことも適わないかもしれない時季ではあるが…

そんなことを思っていて、<MIKASA>を満たした<NARA>のマグカップが空いてしまった…そこで<REVOMAX>の魔法瓶に容れて持ち運ぼうと<龍之助>を淹れた…何か好い感じな朝は、多少空も明るい…

「普通」な朝に…

香気が立ち込めるマグカップを手に、中身の<龍之助>を静かに啜る…未だ暗い早朝…少しだけ留守にしたので「何日かぶり」ということになるが、拙宅での「普段の…」という按配な早朝の過ごし方というのは悪くないと思う…

週末から週の初めに他出して、戻って来たということになる昨日は何やら身体が少し重く感じられた。最近は「少し痩せた?!」と色々な方に指摘されることが在り、何ヶ月か前との比較でも体重そのものは多少減少しているのは確かだ。が、「それ程でもない…」と思っていながら、振り返れば「十分に“精力的”と言い得る」というような按配で動き回っていたので、少しだけ草臥れて、昨日の夕刻辺りには「動きがやや鈍い?」と思っていた面が在る。そういう状態を「身体が重く感じる」と言う訳だ…

そんな「重く感じる」という程度になれば、眠気も沸き上がるというもので、昨夕は「何時もの感じで…」と夕食を愉しんで、直ぐに休んでしまった…時間帯はハッキリと確かめてはいなかったが、早めであったと思う。眼を開けて「酷くよく眠った!」と起き上がり、時刻を視て「早朝?早朝にスッキリ眼が覚めたのは好いが…早過ぎ?」という状況だ。

それでも何となくゆっくりして、思い付いて珈琲を淹れて、それをゆったりと愉しむという程度のことをすると、何となく「正しい朝の過ごし方」というようなことを思わないでもない。

玄関前で戸外の様子を窺う。土曜日は「雪の朝」という状態だったが…不在の間でその時の雪は大部分が融けてしまっていた。昨日は雨も交じった。そして雨の降り方が少し強めな場合さえ在った。多分、夜間の間に気温が0℃程度になっていたのだと思うが、辺りに凍った箇所が広く散らばっているように見える。「凍った箇所」は厄介だ…昨日の日中時点でも些か見受けられ、加えてそういう箇所に雨水を撒き散らしたかのようになっていたのだった…

何やら「惑星<ちゅら>」とか「恒星<カムイ>」という名前を視掛けた。「何のことだ?!」と思えば、ここ地球を含む太陽系の外に在る、恒星の周りを惑星が廻っている場所に関して、惑星や恒星に名前を付けることになって<国際天文学連合>(IAU)という機関が日本からの提案である「惑星<ちゅら>」と「恒星<カムイ>」を採用したというのだ。「惑星<ちゅら>」とか「恒星<カムイ>」と聞けば、何やら「漫画?特撮ヒーロー?」というような感じがしたが…今後は何処かで天体の研究というような文脈で「惑星<ちゅら>」とか「恒星<カムイ>」と論じられることになる訳だ。

「恒星<カムイ>」ということだが、周辺の惑星にとっての“太陽”ということになる。太陽というのは、“神”というような語で表現される「人知の及ばない、過ぎる程に偉大な自然の力」というような概念を象徴する存在かも知れない。そういう訳で“神”を意味する古語、アイヌ語ということになる<カムイ>が恒星の呼称に採用されたというのは面白いかもしれない…

<カムイ>と言えば…その名を愛称としている特急列車に乗車する機会が極最近に在った。旭川・札幌間の列車である。<カムイ>は、古くは旭川・札幌間の急行列車の愛称で、後に<スーパーカムイ>と特急列車の愛称になって、やがて<カムイ>ということになった。

最近、近く行われるダイヤ改正で<スーパー〇〇>という列車愛称が消えるというようなことが話題になっているようだ。あの<スーパー〇〇>という列車愛称だが…「新型車輛を投入し、より高速に走行するので、終点に速く着く」ということで登場したのだと思う。最近は?停車駅が多いか少ないかで、少しばかり出発から到着までの所要時間に差異が在るという程度なのであろう。

<スーパー〇〇>という列車愛称が消えるというようなことだが…飽くまでも「個人的な好み」ということでは歓迎だ。<スーパー〇〇>という場合の<スーパー>が「野暮ったい…」とずうっと思っていたのだ。停車駅の数が違って、運行所要時間が異なる列車が各々走るなら、各々に“A”、“B”と異なる愛称を冠すると好いのではないかと思っていた。そういうことで<スーパー〇〇>という列車愛称が消えるということ自体は、然程気にならない…

そんなことを考えていた間に<龍之助>を満たしたマグカップが空いてしまい…さり気なく「今朝の2杯目」を淹れた…再び香気が立ち込めている…

雑感…

「地元」と「他所」との中間位な感じだと思うが、「多少勝手知った(つもりになっている)他所」というような場所が在る。そして「地元」と「多少勝手知った(つもりになっている)他所」との中間位に「地元に準じる(というように思っている)他所」という場所も在るような気がする。

こういうようなことは「勝手知った」というように感じる「度合いの差」で「何となく分類」というようなことになるのだと思う。そして思うのは、「(勝手知ったの)度合いの差」に加えて、勝手に感じる「親近感の差」というようなことも在るのであろう。

「勝手知った」という「度合い」で言えば、学生時代に住んでいた辺りは「多少勝手知った(つもりになっている)他所」というような場所になるのかもしれないが、余りゆっくり訪ねていない、或いは「敢えて素通り…」というようなことをして、戯れに「あそこは“出入禁止”になっているかもしれない…」と嘯く状況で、何となく意識の中で「他所」と分類している…対して、学生時代に住んでいたというようなことも無く、縁も薄い各地に関して、何となく居心地が好いので何度か寄る中、または必要が在って何度も寄る中で「移動の際に寄るのも便利…」と益々頻繁に寄って、意識の中で「多少勝手知った(つもりになっている)他所」という分類になっている場所も在る。

これに対して「地元」と言えば、自身で住んでいる場所という以外に無い。そして「地元に準じる(というように思っている)他所」も、一定期間に亘って地元同然に活動していた場所か、結果的に永く縁が途切れない場所で、少し強い「親近感」を抱く場所ということになるので、非常に限られる。

実は…現在その「地元に準じる(というように思っている)他所」に出て来た。本来は「多少勝手知った(つもりになっている)他所」で月曜日に所用が在るのだが、一寸「買い出し…」を思い付いて、そのために足を伸ばしてしまった。明日には「多少勝手知った(つもりになっている)他所」へ移動し、悠然と月曜日の所用を足して、「地元」へゆっくりと引揚げる…

色々な事が頭を巡り、少し婉曲に表現していたが…結局、旭川で所用が在るという状況下、「買い出し」も思い付いたので札幌に出たということに過ぎないのである…

稚内を発った時は「雪の朝」という状況だった。風は然程強くもなく、合わせて0℃程度のやや粒子が大きな雪が静かに降っていた…「普通な雪」だったが、「稚内として」は「風が弱い中での雪」は「何となく不思議」な感じだった。

旭川までは雪が交じったが、乗換が必要な旭川の駅で一息入れ、札幌へ出てみれば「積雪は殆ど無い…」というような状況だった…札幌都心は夕刻に陽が落ちてからも「プラス1℃」というような次元だった。

思い付いた「買い出し」…これを無事に済ませ、一息入れてから宿に入り、夕刻に少しだけ散策をして、10月に立寄って好かったバーに寄り、後は「何時でも御休み頂いて差し支え在りません」という状態だ…

時にはこんな調子というのも悪くはない…持ち込んでいるパソコンのプレーヤーで音楽を流せば…何だ?!『仁義なき戦い』のBGMが出て来たではないか?!

気付かなかった…

<龍之助>の芳香が、暖房機の音だけが聞こえるような室内に立ち込める…静かな朝にゆっくりと珈琲を淹れて頂くのは好い…

<弁慶>、<牛若丸>、<冨久>と各々に愛称が冠せられた京都の店による珈琲豆を順次使って、残して在った<龍之助>へ一巡りした訳である。

例えば夕食を愉しんで「手持ちであった紙幣を使い切って、小銭入れの中に十円硬貨が何枚か見えている」という状況で朝を迎えると…何となく落ち着かないと思うのだが、拙宅に在って「珈琲を…」と思い立って、1杯分の豆も見当たらないということになると、落ち着かないを通り越して、酷く哀しい気分にさえなってしまうというものだ…

深夜に地震が発生したらしい…「らしい」としたのは、熟睡中で何も気付かなかったからだ。

熟睡中であろうと、昨年9月の地震で札幌に居合わせた時には「誰だ…?身体を揺すって起こそうとしている?今は何時だ?」という程度に感じられ、「何か妙だ…」と不機嫌な感じに陥って、そのうちに「これは?!地震…!!!」と判る程度にガタガタと居合わせた建物が揺れているのがハッキリ判り、迂闊に動くと危ないかもしれないと揺れが収まるのをじっと待ち、とりあえずニュースをチェックしていると停電が発生ということになったのだった…だから、一定程度以上の揺れ方が発生したのであれば、気付いたと思う。「気付かなかった…」というのは?観測されても、居合わせた場所の地盤や、屋内であれば建物の状況等によって、感じる場合も感じない場合も在る<震度1>というようなことだったのだと思う。

「北海道北部で地震」ということで、遠方に在る親しい方達の一部から「大丈夫ですか?」というメッセージも頂いた。有難いことだ。拙宅は何ら通常と変わりない状況だ。大きく揺れたのであれば、暖房器具が自動停止になる筈だが、そういうことにもなっていない…

冬季に災害というようなことになると、暖房が利用し悪いというような懸念が在ると思う。冬季に災害の話しを耳にする都度、「今、ここで災害が起きたら?嫌だよな…」と思ってしまう。昨年の「地震後の停電で混乱」という状況は、未だ暖房を使わない9月前半であって、そういうことは気に掛けていなかった。そして拙宅辺りは早めに通電が回復したエリアでもあった。更に、あの時は程無く稚内を発ってしまったということも在った…

そんなことが気になったが、週明けから気温は上昇し、一昨日、昨日から「プラス」だ。何やら「雨」が断続している。玄関前で戸外の様子を少々窺ってみれば、中途半端に残って硬くなっている積雪面に散水でもしたようになっていて、テラテラと光っている…昨日は「凍っていて歩き悪い」が多々見受けられたが、今日もそういう傾向に変わりは無い、または「更に好くない」という具合だ。

気温が多少上昇すると、暖房器具の燃料消費が些か減るという“経済的利点”は在るが、中途半端に「動き悪い」という状況が生じて好ましくはない。とは言え、静かな居室で気に入った珈琲でも淹れてゆっくり啜るというような、「余りにも有触れた普段の様子」というものが現に在るということには“感謝”すべきなのかもしれないとも思う…

そういうように思っていた間に、<龍之助>を満たした<NARA>のマグカップの中身が残り少なくなった…

僅かに気温が…

僅かばかり、「1杯分」に足りない程度に残っていた<牛若丸>を加えた<冨久>をゆっくりと淹れた。<NARA>のマグカップに注いでゆっくりと頂いている…

昨夕は<あさ開>を少々―清酒を醸す際の酒粕を使い、手を掛けて蒸留した43度の蒸留酒…ストレートで少々というのが非常に好い!―頂いてから食事―「用が在ったら、ここへ電話してくれ…」と嘯くような頻度で寄る御近所の店で、非常に気に入っているモノ…―を愉しみ、食後には直ぐに休んでしまったが…「早寝早起き」というもので、深夜同然な雰囲気である早朝に眼を開けてしまったのだ。こういう時は、気に入っている珈琲を淹れて頂くのが好い…

「相対的に」と留保はしなければならないと思うが…「温かい」と言わなければならないかもしれない。俄かに「プラス」の気温になった。と言って「一桁の前半」という辺りだが…

週末、土曜日は気温が上がらずに推移し、日曜日は氷点下5℃、更に氷点下8℃という次元にもなり、強風が吹き抜けて積もった雪が「煙?霧?」という様相で風に舞い、「空冷式」というようなモノで、戸外に在れば冷たい強風に晒されてしまい、直ぐに身体の色々な部分が冷たくなってしまうという酷い様相だった。突然に「厳冬期…」という様相になっていたような感じだ…

一昨日には強風が落ち着き、0℃を多少割り込むかもしれないような気温だったが…昨日は確実に気温は0℃を超えていた。かなり湿った雪が早朝に少しだけ積もったが、以降は時々「小雨」で、辺りの積雪が中途半端に融けていた…歩道を歩く場合は「車道から極力離れて…」を意識すべき状態だった。車輛が通過する時に水が撥ね上がるような感じだった…

こういう具合…不意に「相対的に温かい」ということになって、積雪が中途半端に融けるというのは、積雪シーズンの後半、終盤という感の3月頃か何かのような雰囲気かもしれない。「厳冬期」の様相と、「積雪期終盤」の様相とが、短い周期で入れ替わる…少々変な感じだ…

「空冷式」という状況になる「低温+強風」を好ましいとも思わないが…「積雪の状態」に関しては、低温時の方が安定的で動き易い。中途半端な気温上昇の下で積雪が残れば…濡れる…滑り易い…という、些か愉快でもない状況となってしまう。

2017年11月の“アクシデント”という経過が在るので、「滑り易い」という状況には殊更に注意をしたいと思っているが、言い換えれば「殊更に注意しなければならない状態を強いられる」ということで、余り面白くもない…

そんなことを思っている間に、<NARA>のマグカップの中身、<冨久>は残りが少な目になって来た…

休日の朝…

<冨久>という京都の店によるブレンド…焙煎がキツいタイプでもないのだが「珈琲らしい…」と思えるような苦味が心地好い。

美味い珈琲をゆったりと啜ると、何か大きな安堵感のようなモノが感じられるのだが…この時季に戸外へ出て、そこから戻って淹れる珈琲を啜る場面では、殊更にその安堵感は大きくなると思う…

マダマダ「静かな休日の朝」という風情だが…多少薄暗い位の時間帯に戸外へ出て、拙宅から歩いて15分程度と見受けられるコインランドリーへ足を運んだ。そして洗濯に勤しんで―と言って、機械を動かして、運転終了を舞っているというだけのことだが…―から引揚げた。

何やら強風に雲が流されているのか、降雪と晴れ間、或いは曇天との入れ替わり間隔が酷く短い。そしてランダムに風が強くなり、積雪が風に舞う。時折、多少視界が悪くなり、風向きで粉雪を正面から被ってしまうような羽目にも陥る…

そういう中を歩いて戻り、洗濯を終えたモノを適当に片付けながら、粉雪で湿ったズボンを穿き替えて、「さて…」と湯を沸かし、珈琲豆を挽いて、沸いた湯でゆったりと淹れる。そして<冨久>というブレンドの芳香と苦味と、淹れたばかりな珈琲の温かさをゆっくりと飲み込む…これは「安堵感が身体の中に拡がる」というものだ。

冷たい強風で、雪の粒子が細かくなるような気温である中、戸外を歩く場合に手袋を着用するのだが…それでも「痛い…」という程度に手が冷たくなってしまう場合も在る。結局「空冷式」という訳で、冷たい風で冷えてしまう訳だ…

「空冷式」と言えば…降り積もった、吹き飛んだが混ざって、一応除雪は入ったらしいものの、不規則に積雪が多少厚い場合も在る歩道を歩いていたのだったが…積雪が酷く少ない他方、シャーベット状になったような雪が「ボコボコ」と凹凸を形成して貼り付いているような、奇妙な状態の箇所が見受けられた。そういう様相だったのは、辺りで最大の病院の真ん前に設けられたバス停周辺だった。歩道の歩行面の下に装置を入れて温め、積雪し悪いように、そして多少積もったモノが融けてしまうという仕掛け「ロードヒーティング」をやっている訳だが…冷たい風による「空冷式」という状況になってしまい、「ロードヒーティング」が十全に機能した時のような状態でもない状態になってしまっていたのであろう…

最近は「急に?」という感じに「氷点下」が半ば「当然化」という感だ…こういうようになると、暖房用の燃料消費が少々「勢い良い」という感じになってしまう。切らしてしまわないように、時々様子を視なければならないであろう。「自身への注意喚起」という意味で書いておきたい…

そういうことを思っていた間に…<NARA>のマグカップを満たしていた<冨久>が空になった…もう一杯、或いは他の珈琲を淹れるのも好いが…最近、暖房が効いているというのでもない玄関辺りに何となく置いている焼酎が、特段に何をするのでもなく「程好く冷えている」という状態になっている。それを「錫のタンブラー」に注いで…そういうのが素晴らしく美味い!

考えている傍らで、既に身体は動き、「錫のタンブラー」を引っ張り出して、玄関辺りに置いて在った宮崎県えびの市産の<明月>という焼酎を注いでしまっていた…「休日の朝」という風情である…

UUS=ユジノサハリンスク…

最近は「ウラジオストク便」という航空関係の話題を少し多く見掛ける。

ウラジオストク空港は「北東アジアの新たなハブ空港」というような、或いは「極東の玄関」という位置を求めようとしているのであろうし、方々の航空会社としては「未だ旅客の動きが長期的に伸びる余地が大きい地域」としてウラジオストクに注目しているのであろう。

ウラジオストクの街そのものは60万人程度の人口だが、片道が1時間や1時間半というような程度で街の中との間を往来可能―空港が在る場所自体が該当するが…―な“商圏”ということでは90万人程度、またはそれ以上の人口を擁するであろう。それなりに大きい。

これに比べると、ユジノサハリンスクは街そのものの人口が20万人程度で、片道が1時間や1時間半というような程度で街の中との間を往来可能な“商圏”ということで30万人程というような人口である。ウラジオストクよりかなり小さいので、単純比較はし悪いが、「ユジノサハリンスク便」という話題は余り無い。

ところがここに「ユジノサハリンスク便」の話題が出て来た。何と「道民の翼」こと<エア・ドゥ>が「大阪・ユジノサハリンスク」に、来年5月初めにチャーター便を運航するというのだ。

サハリン側から見れば、これは「サハリン→関西→首都圏→サハリン」というような「日本旅行“黄金ルート”巡り」がより容易になるということになる。「成田・ユジノサハリンスク」は既に運航中なのだ。そういう訳で期待が膨らみ、<エア・ドゥ>関係者がサハリンを訪ねたという話しが現地で大きく報じられている。

「大阪・ユジノサハリンスク」は「とりあえずトライアル」で、定期便という話しでもない。それは「将来への期待」ということである。

「ウラジオストク便」という話題が多い中で「ユジノサハリンスク便」という話題なので、思わず注目してしまった。

ユジノサハリンスクもウラジオストクと同様で、日本国内の方々から2時間前後、地点によっては1時間余りで着いてしまうような場所である。所謂「近隣諸国」の1つだ。「近隣諸国」ということになると「気軽、手軽な旅行先の候補」ということになる。

ユジノサハリンスクもまた「気軽、手軽な旅行先の候補」と言い得る筈だが…最近でも未だに「そもそも訪ねられる場所なのか?」と目を覆いたくなる次元の御尋ねさえ頂く場合も在る。更に「モノは在るのか?」と「何時の話しだ?!」という御尋ねも多い。一寸変わったモノは須らくネット通販でも利用して求めた方が速くて安いという「モノが無い」状態なのは、稚内のような日本国内の地方に在る小規模な人口の街の方で、ユジノサハリンスクは何でも在る。本当に「近隣で、短時間で訪ねられる。気軽、手軽な旅行先」という認識が“欠落”しているのかもしれない。

「大阪・ユジノサハリンスク」という便が動いたとすれば?「サハリン→関西→首都圏→サハリン」というような「日本旅行“黄金ルート”巡り」がより容易であるとして、ユジノサハリンスクを出る便は“満席御礼”になる可能性が高いと思う。が、大阪を出る便は如何であろう?「サハリン→首都圏→関西→サハリン」と“逆コース”を選ぶサハリンの人達が溢れるかもしれないが、日本の旅客は如何か??

ユジノサハリンスク等に関して、多分「近隣で、短時間で訪ねられる。気軽、手軽な旅行先」という目線で見ることに資するような情報が「全然足りない」のであろう。ユジノサハリンスクは、モノは在り、演劇鑑賞や音楽演奏を愉しむことやプロスポーツ観戦まで出来る街だ。日本国内の人口20万人程度の街で「演劇鑑賞や音楽演奏を愉しむことやプロスポーツ観戦」が「出来る街」が在るだろうか?在るかもしれないが、直ぐには例が思い浮かばない。

ということで、何となく考える切っ掛けになった報道を一寸御紹介しておきたい。

>>2019年12月4日 20:06 SAKH.COM 配信 (ロシア語原文)

↓以下拙訳
ユジノサハリンスク空港で日本のチャーター便に関する協議

航空会社<AirDo>(エア・ドゥ)関係者一行が、<ユジノサハリンスク空港株式会社>との協力体制構築を目的とし、初めてサハリンを訪れた。日本の航空会社は、大阪からの日本の旅客向けのユジノサハリンスク空港へ向かうトライアル・チャーター便を2020年5月2日から6日の期間に運航する計画である旨、SAKH.COMでは空港のウェブサイトの情報に関連して報じていたところである。

<AirDo>(エア・ドゥ)執行役員である浦澤英史の言によれば、最初にやって来たのは企画と販売実施の担当部門の社員グループであり、次に空港を訪ねることになるのが航行に関する技術的な事柄に携わる専門家のグループということになるということだ。日本側関係者が真っ先に関心を示したことは、機材のメンテナンスや給油に関することであったが。

「弊社は20年以上運航を続けている。私達は北海道と日本国内他地域とを結ぶ航空輸送を行っている。日々概ね60便を運航しており、旅客輸送量は年間330万人程となる。未だ国際定期便は手掛けていないが、弊社ではタイへのチャーター便運航の実績が在る」と日本側の代表は話している。

会合の中、<ユジノサハリンスク空港株式会社>の開発担当の副社長であるシャハバス・ダヴドフは、サハリンに於ける空港インフラの発展が目指す概念に関して、日本のパートナーに紹介した。

「先ず申し上げたいのは、私達の利益は一致するということだ。私達は地域間、国際の定期路線網の拡大を図っており、そういう中で私達の間での合意の実現に向けた作業には何時でも入ることが叶う。来る年、私達の空港は実り多い時季に入ることとなる。新たな旅客ターミナルの建設や、搭乗口や駐機場の改修を終えることとなっている。この1年間でユジノサハリンスク空港を利用した旅客は100万人に上った。<国際民間航空機関>(ICAO)の取極めに在る各機種によるフライトについて、A380型以外については全てに対応可能だ。実際、A380型以外の各機種は現在でも離発着可能である。新たに航空会社との提携取極めを交わすのであれば、私達としてはロシアの会社に限らず、日本、韓国、中国のパートナーとの間との関係を拡げたいと希望している。市場状況を、私達の可能性を研究するマーケティングにも精力的に取組んでいる。そうしたことから、今日の会合に関しては、私達が選んだ発展の道筋が確かなものであることの証左であると申し上げたい。最初のチャーター便運航が無事に行われること、長期に亘る互恵的協力の初めの一歩となることを御祈念申し上げる」とはシャハバス・ダヴドフの発言であった。

ユジノサハリンスク空港側は、空港内での業務上の規制、スロット(発着枠)の決め方、更に滑走路の特性に関する技術的な情報、旅客施設でのサービス等について情報提供を行った。ロシア側専門家は日本側から予め一連の書面で寄せられていた質問への回答を準備していた。日本側代表によれば、券の販売は年明けに開始するが、旅客の電子登録に関してロシアのシステムと合わないということが在り、この件に関してはIT関係専門家が協働で取組んで行くことになるという。

「私達のシステムがロシアのものに合っていない。当初は手作業で関係作業をしなければならないであろう。しかし、乗客の登録に纏わる電子的な扱いに関しては新たな技術を導入しながら適応して行くことが出来ると見込んでいる」と協議の中で浦澤英史は話していた。

ユジノサハリンスク・大阪間の旅客航空路が起こるということになれば、これはロシアの旅客にとって、新たに登場する有望な運航先ということになるであろう。現在の時点では、ユジノサハリンスクから日本の南寄りに在ってサハリンの人々にも人気が在る街ということになる大阪へ、真直ぐに向かう空路は無いのだ。空港の新たなパートナーということになる<AirDo>(エア・ドゥ)は国内路線を専らとしていたのだが、サハリンの市場に参入し、この大胆な一歩からロシアでの事業発展に結び付けられるかもしれない。

「以後のことは最初のトライアル・チャーターへの引き合いによるのではないだろうか。日本のパートナーは、私達の気候状況に通暁している。年間を通じて冷涼だ。が、2020年5月初旬の便は一杯になると思う。来週、12月11日になるが、私達はこの便の運航に関する仔細を話し合うべく、技術的な事柄の専門家を迎えることとなる。日本の航空会社はロシア航空局の許諾を得てロシア国民向けにも並行的に券を売ることとなる。最初はツアー商品関係の移動に関することになるのであろうが、双方は長期的協力を相互利益と考えているので、この航路が定期便化することを希望している」と空港側は会合に関して纏めていた。

氷点下…強風…

<牛若丸>という愛称を冠した京都の店によるブラジルの豆のブレンド…<弁慶>を出しているのと同じ店のモノだが…これも美味い!

例によって、遅くなる前に眠気に抗わずに休み、眼を開けると早朝という状況である。そしてゆったりと珈琲を淹れた…こういうような按配が、何時の間にか「普通」で、そしてそういうのが好いと思っていることに気付く…

昨日から氷点下5℃程度の気温になってしまった。気温がプラス側になって雨が交じった状況から一転した訳だ。今季はこういう“一転”が何となく目立つように感じる。例年も多少は在るのだろうが…

こういう中で雪が時折交じり、風が強い…昨日は稚内空港で、旅客機が発着を断念して欠航したと聞くが、そういう次元の強風だ…

あの空港に関して、強風や雪の影響で冬季は欠航が存外に目立つ。個人的には「打てない野球チームの打率のような感」と例える「2割台後半から3割に届くかどうか」という程度―プロ野球シーズンに「あのチームは打たないよな…」という話しになれば、チーム打率は2割9分前後であると思う…―になっている期間さえ見受けられる…更に近年は、方々の雪の関係で列車の運行も時々乱れるということまで在る…空も陸も交通機関が変な影響を被ってしまうことになるのだが…何か「動き悪い時季」ということになる冬が本格化して来たというような気がしている。

極最近の自身の経験で、「冷たい雨に濡れる」というよりも「粒子が細かい雪を少しばかり被る」という程度の方が、幾分は好いとは思う。「濡れる」ことで感じる冷たさはキツい…が、強風は何れにしてもキツい…所謂“体感”というモノだが、強風のために「氷点下5℃」という次元よりも「更に低温?」と想像してしまう。が…「更に低温」ということになる氷点下10℃台、場合によって氷点下20℃が散発するユジノサハリンスクに滞在した経験を想い起すと…内陸、盆地という地形で強風が吹き抜ける場合が少ないユジノサハリンスクでのそういう「氷点下二桁」は、強風が吹き抜ける稚内での0℃よりも「楽!!」だった。

結局、「氷点下二桁」という気温、「食品加工会社等の冷凍倉庫」という次元の気温でも、強風が吹き抜けないのであれば戸外は「天然の冷凍倉庫」という様相を呈するに過ぎない。昨シーズン、ユジノサハリンスクの街では屋外に「氷の彫刻」を飾るというようなことを盛んにやっていたが、そういうモノを置いておくのに好適な状態になるというだけだ。風は…始末が悪い…稚内の対岸のような、サハリンのコルサコフ等も冬季に強風が吹き抜けて、何やら稚内に少し似た様子になることが少なくないと思う。稚内のような「北国の沿岸部の街」は、冬季には「少し独特な寒さ」ということになるのであろう…

稚内の今日の日出時刻は「6時54分」で、日没時刻は「15時50分」だそうだ。日が出ているということになる時間は「8時間56分」ということになる。

このところ、朝には「何時までも暗いじゃないか?」というような気がしていたが、冬至に向かって明るくなる時間帯が遅くなって来たという訳だ…夕方の暗くなる時間だが…暗くなるのが早いので、「ゆっくり食事でも…」と空腹感やそれに似たような気分が、やや早めな時間帯に訪れてしまう…そして、それを受けて夕刻は早々と食事をゆったりと愉しみ、そして眠気も覚えて早々と休んでしまう訳だ…

「動き悪い」という感の冬季ではあるが…それはそれとして、何やら何処かに出掛けてみたいというような気分は高まる…と言って、色々と所用も在る中、多少の制約は生じる。が、制約を制約と捉えず、所与の条件の中で可能な範囲で動くというのも好い…

そんなことを思っていれば<牛若丸>を満たして在った<NARA>のマグカップは残りが少なくなって来た…他方…未だ外は暗く、居室の中は深夜のようだ…時間帯は早朝なのに…

夕べの冷たい雨…:稚内港北防波堤ドーム(2019.12.02)

昼頃から雨が交じった…降水が“雪”というようにはならない範囲のプラス気温であるようだ…

その雨は日没後に至っても断続している…

↓辺りを少し歩いて様子を伺った…
02-12-2019 evening (1)
↑雨で濡れてしまった路面に、灯りに浮かび上がる稚内港北防波堤ドームが映り込み、灯りで明るい箇所では雨粒が少し判る感じだ…

↓丁度、雨脚が少し強くなった頃合いだったようだ…
02-12-2019 evening (3)

↓雪の時とは明らかに雰囲気が異なる…
02-12-2019 evening (5)

身体に当たる雨水は冷たかった…手袋を着用していなかったが、素手に冷たい雨水が少しの間当たり続けた…酷く冷たい感じ…もう少し低温の場面以上に手が冷たい感じがした…

そういう状況下、“防滴”を謳う愛用の<X-Pro2>に、同じく“防滴”を謳う<XF35㎜F2>を装着した状態で写真を撮った…

月が改まった…

<弁慶>という愛称を冠した、京都の店による「モカイルガチェフ」を淹れた。芳香が立ち込めているのだが、これが美味い!

何時もの<NARA>のマグカップに気に入っている珈琲を満たしたが…静かな早朝とも言い得る時間帯であると同時に、ハッキリ言って「深夜…」というような按配の時間帯だ…

日曜日は、何やら暗くなり始めて少し経ったような頃、何気なく横になって…時間帯は確かめていないが、過ぎる程に早い時間帯に眠ってしまったようだ…気付けば日付が改まって少し経ち、夏季の日出が早い時季であれば明るい場合も在るような時間帯になってしまっていたのだった…

日曜日に月が改まった…時々在るのだが、日曜日に月が改まると、何となくそれを見過ごすようなことが在る。月曜日に至って、「あっ!月が変わっていて…」と、少し明確に自覚するようになるということが時々在る…

今年は?12月になるまでが「早く感じられた」という面も在る。

2019年を迎えた時にはユジノサハリンスクに在った…その後、2月末、4月初め、6月初めに時間を設けて他地域に出掛けてみる機会が在った。8月は所用のために札幌に在った。9月初めに多少の寄道をしながら稚内に戻った。10月下旬には久々にユジノサハリンスクを訪ねた。6月後半以降は、何度か所用で出掛けていて、11月に入ってからもそういうことで出掛けて美瑛に寄った。何処となく「御出掛けが多目?」という状況であったかもしれない。前年も前々年も「御出掛けが多目?」という状況ではあったかもしれないが、今年は少しだけ雰囲気は異なった。前年、前々年は「出先に在った期間が長め」である、または「出先に在った中で動き回った」という状況だった。今年は「地元にとりあえず在りながら、出るべき用事が在る、または用という程でもなく時間を設けて出掛けた」というのが積み重ねられた感だ。

12月に関しては…特段に所用が無ければ、「用という程でもなく時間を設けて」ということでもしてみたいと思っていたが、何となく所用は発生している。そういう前後に、少しばかりの寄道というようなことは、多分してしまうのであろう…

最近は「2019年を振り返って」という感じで、1月以降の様々な分野の出来事を挙げてみるというような記事が配信されているのを眼にする機会が増えたように思う。正しく「そういう時季」に何時の間にか突入していた訳だが…

今年を振り返ると…詳しく調べたでもないが、或いは調べて確かめるまでもないのかもしれないが、何やら「災害が目立った年」というように思える…場合によって、被災箇所の復旧に時間を要するということも在るのであろう…来る年には、少しなりともそういうことが減ると善いように思う…

近年、年末になると思い出すことが在る。毎年のように、4月頃になると「自転車でも入手しようか…」と思うのだが…入手せずに「もう直ぐ雪が…」という時季になってしまう。今年もそういう感じだった…来年はどうするのであろうか?

一寸、戸外の様子を視たが…昨日の日中に融けて湿っていた雪が凍り付いてしまっている…些か動き悪い感じになってしまっている。これからは、日々こういうのに配意しなければならなくなる訳だ…

そんなことを思っていれば…<弁慶>を満たした<NARA>のマグカップは、殆ど空になってしまっている…

ブラックフライデー?

<龍之助>は今朝の2杯目だ…何か酷く好いので、「(拙宅での)在庫枯渇」を避けようと“追加発注”をして、豆が届いたところなので、或る程度は「御随意に…」とドンドン淹れることも適うようにしている訳だ…

今朝も雲が多い感で、少し薄暗い…陽の光が解き放たれない曇天である…

一昨日、「履物?」と朝早くに何となく思っていたが、湿った雪がドンドン降る場面が在って、道路面が濡れていたので冬季用と思って用意している“防水ブーツ”を履いて戸外へ出て好かった…

その後、雪の断続と気温低下が並行して進んだ。昨日は氷点下5℃程度に…湿っていた積雪が凍り、そこに粒子の細かい雪が降り積もり、多少踏み固められるというような状況で、少しばかり戸外に出れば非常に手が冷たくなり、終いに冷たいを通り越して「痛い…」というような按配にもなる…何か「1月頃、2月頃に見受けられるような雰囲気?」と思った。

昨日は言葉を交わす人が在れば、とりあえず「酷く寒い…」が挨拶代わりだ。1月や2月になれば「戸外に雪が積もって氷点下の低温」というのが“常態化”しているので、「やや気温が(数日間との相対的な関係で)下がった?」という時に「寒い…」というのは在るが「慣れてしまう…」という面も在る。が、厳しい冬の“初期”に相当するような時期に氷点下5℃というのは「唐突に不慣れな寒さ…」という按配になってしまう。

昨夕のテレビニュースによれば「強い寒気」が入り込んで、各地で俄かに寒い状態になってしまっていた様子だ…「最高気温が0℃を超えない」という現象…「真冬日」と言う訳だが、その「真冬日」という表現を久々に聞いた…

そして明けてみれば…気温は多少上昇したようにも思える。と言って「0℃を割り込む」という状態とは見受けられるが…

拙宅の玄関前で「0℃を割り込む」という状態を何となく確かめていれば…「太鼓の音」が少々聞こえた…“御近所”と言い得る範囲に神社が在る。あの神社には大きな太鼓が在る。鼉太鼓(だだいこ)と呼ばれるという、雅楽の打楽器で最大級のモノという程度に大きいか否かは判らないが、あの神社の太鼓はなかなかに大きくて好い音がする。確か、宮司さんの父子は雅楽の楽器を演奏する心得が在って、何かの折りに楽器を演奏していたのを聴いた記憶も在る。太鼓を鳴らして、朝から何かの神事を催しているのであろう…そうやって街の安寧が日々祈られているのだ。そんなことを思うと、何となく聞こえる太鼓の音が少し有難いモノに思える。

最近「ブラックフライデー」という表現をよく視る気がする…

「ブラックフライデー」という語を聞けば、何やら「ネガティブな影響が大きい金融市場での変事」というようなことを想起するが、そうでもないようだ…

米国の小売業界で、“感謝祭”(サンクスギヴィング)ということになっている木曜日の後、金曜日に「感謝祭商戦の売残りを売り尽くそう」と特売を仕掛けるというのがよく在るらしい。それが年末に向けて、小売業界を盛り上げるセールとして、定着して盛り上がって来たという経過が在るらしい。

そうした中、米国東部の大都市の一つであるフィラデルフィアで…街の色々な店がセールで賑わって、人が街に溢れるような状況下、警察の様々な仕事が何となく忙しくなってしまうことから、警察関係者の間に「注意すべき日である」として“ブラックフライデー”という符牒が登場した。この「感謝祭の後の金曜日に始まるセールの時季」を指す呼称が特段に無かったことから、この警察官達の符牒であった“ブラックフライデー”が拡がって流行った…

フィラデルフィアの小売業界としては「“ブラック”?何か不穏なイメージでは?普通にセールを打っているだけなのに…」と、些かの不快感を抱いて「ビッグフライデー!」と言い出したようだが、それはブラックフライデーに替ることにもならなかった。そのうち、地元新聞の論説に「商店が黒字を計上出来るようになる日である“ブラックフライデー”が…」という表現が現れた。小売業界は、この「商店が黒字を計上出来るようになる日である“ブラックフライデー”」が気に入ったようで、「ブラックフライデー!」と抵抗無く用いるようになったということだ…

そういう経過が在る「ブラックフライデー」…11月下旬にセールを打つという場合、米国に留まらず、色々な国や地域で何時の間にか用いるようになったようで、日本国内でも視掛けるようになっている訳だ…

この種の「目新しい?」という表現に関しては、「少し前のフィラデルフィアの警察官達の符牒が起こり」というような“蘊蓄”を知るのが、存外に好きであったりする訳だ…それにしても…自身はブラックフライデーであろうと、他の何であろうと、懐具合が許す限り、欲しいと思うモノはセールかセール以外かというのも深く気にせずに買ってしまう方だと思う…だから金が貯まらない…

今朝は…特段に「極々短い散策」というのに出るでもなく、何となく<龍之助>を啜ったが…<NARA>のマグカップが何時の間にか空いていた…

プラスの気温…

<龍之助>という京都から取寄せたブレンドの豆…挽いてハンドドリップで淹れて頂いているが…既に今朝の2杯目だ。

例によって未だ暗い早朝の時間帯に眼を開けた。現在の時季は「早朝」と言う程に早くない時間帯でも、朝はやや薄暗い時間帯が長めかもしれない…

朝、東寄りな空を窓から覗けば、日出前の時間帯に「寄り集まる雲の隙間に光?」という様子が視える場合が在るが、今朝はその限りでもない。戸外の様子を伺うが、何やら平素よりも薄暗く、敢えて「極々短い散策」ということをしようという気にもならなかった…

気温が「プラス」となっている様子だ。昨夕に「変な箇所が凍っている…」と、路面が街灯のランプの灯りでテカテカとしている箇所へ「忌まわしいモノ」に向ける視線を向けていたのだったが…そういう箇所の氷が融けている。

現在は「雨交じりな湿った感じ」という状態である。激しく降るというのでもなく、「多少交じる」という状態で、「雨除けに上着を着て、帽子でも被って戸外へ…」という感じで然程気にならないと思う。私は「極力傘は使わない」というような具合だ。傘を持てば何となく動き悪く、更に余程大きな傘でもなければ、身体がやや大柄なので、傘を使っても存外に濡れてしまう。そこで雨の日も「雨除けに上着を着て、帽子でも被って戸外へ…」という感じを好む。

朝の時点では雨なのだが…これから気温が下がれば“雪”となることであろう…

この時季に散々流れているメロディーの歌…その歌詞に「雨は夜更け過ぎに♪雪へと変わるだろう♪」というのが在ったと記憶するが…雨が雪に切替わるのは、夜更けに限ったことでもないと思う。歌の歌詞は、「待ち人が現れない…」という状況下に静かに夜が更け、やがて雪模様になって、辺りが白く染まる様を見詰めるという情景を麗しく綴っている訳で、それは大変に結構なのだが…

かなり以前に出くわして、妙に記憶に残る詩の一節―他の部分は全く記憶していないが…―に「冬はきっぱりとやって来る」というのが在った。が、今季は「行きつ戻りつで現れる」という感になっているような気がする。ハッキリ言えば「きっぱり!」とやって来るように感じられると同時に、雪の積もり具合は「行きつ戻りつ」というように思える場合が多いかもしれない。しかし今季は「それなりに雪が激しい感じ…雪があっという間に消える…また激しい…また消える…」と“落差”が大きい。

最近、「冬季用…」ということで“防水ブーツ”というモノを入手して愛用し始めた。今朝早くに、何となく「今日は他の履物でも可?」と思ったが…雨交じりで濡れていて、恐らく「何時の間にか雪へと変わる」であろう中、「とりあえず…」と“防水ブーツ”を使うべきかもしれないというようなことを思った。

長閑にこんな次元のことを考えている朝だが…何時の間にか「11月」も残りが少なくなっている。そして<NARA>のマグカップを満たしていた<龍之助>も残りが少なくなって来た…

『東寺の謎―巨大伽藍に秘められた空海の意図』

何かの折りに入手した本を、何となく少し長く置いたままにして紐解かない状態が続いてしまうという場合が在る。そして或る時に紐解いて読み始めてみれば…「速やかに読んでおくべきだった…」と自身の誤算を多少呪いながらも、結果的に好い一冊と出くわしたことに感謝する。そういう場合が時々在る…

京都の東寺に立寄った経過が在ったのは4月のことだった…関西方面に入って「奈良に滞在して京都に足を伸ばす」ということをした中、「京都駅に近い東寺…寄ってみると面白そうだ…」と思い付いた訳だ。

その時に色々と土産等が売られていた境内の店で一冊の本に出くわした。何やら凄く面白そうだった…

↓4月に東寺の境内で出くわした一冊は、東寺に関する内容を紹介したモノだ…

東寺の謎―巨大伽藍に秘められた空海の意図 (祥伝社黄金文庫)



↑2001年に登場した本だが、現在に至るまで版を重ねていて、入手したモノは「第13刷」だったが、なるほど「価値在る一冊」と呼び得ると思った。長く何となく置いて在ったということは間違いであった…他方、実に好い一冊に出会うことが叶ったというのは大感謝だ…

本書は、長い歴史を誇る東寺という寺の成り立ち、空海の指導下での勃興、空海の伝記的な情報を含めた紹介や、空海が説こうとした真言宗や仏教のこと、寺に在る様々なモノに関する事柄やそうした貴重なモノが辿った経過、更に著者自身が「僧侶にして教育者」ということで東寺や当時が関連する学校に関わった人生に関するエッセイというような具合に、盛沢山の内容が収められている。

東寺は、平安京の建設の構想当初から建設が設置された寺であり、当時と変わらない場所に永い時を経た現在でも在って活動を継続しているという存在で、永い歴史を誇る京都に在っても特異な存在だ。「現存する唯一の平安京の遺構」とさえ呼び得るのだ…

ここに登場するのが、当時から敬愛された空海なのだが、この人物は「当時の大物文化人」ということに留まらず、“密教”という新しい思想を紹介して発展させ、それに基づく新たな様式の仏像の制作に関与し、寺院の建設や土木工事の指揮を執り、自身は能書家で文章家であった「文化史上の巨人」という大きな存在感を有し、更には民間信仰の対象というようになって生き続けている。そういう様子が巧みに紹介されているのが本書だ。

東寺は平安京の草創期からの永い歴史を有する存在で、荒廃してしまった時期、存亡の危機に陥ったような時期を乗越えている。また貴重な仏像等が傷んでしまって、それを修復して来たような経過も多々在る。そういう経過の紹介も非常に面白い。

更に秀逸なのは、末尾に付された「僧侶にして教育者」として歩まれた著者自身の人生に関するエッセイだ。東寺に在って、終戦後の混乱の中から寺の活動を立て直し、“弘法市”を巡って警察の協力も得ながら利害関係者との様々な調整を行うようになって行く辺りのことや、現在では「京都の有名進学校」として知られる洛南高校を育んだ話し等、「この部分だけで独立した一冊?」という面白さだった。

東寺に立寄った経過の後、長く本書を置いたままにしていたのは「大きな間違い」だった…本書の御蔭で「文化史上の巨人」たる空海が身近になり、彼が懸命に創建に携わった東寺に関して様々なことを知ることが叶った…取り出し易い場所に置いて、随時参照したいとも思うような一冊だ。非常に手軽な文庫本でもあり、広く御薦めしたい!

薄暗い朝に…

<龍之助>という愛称を冠した、色々な意味で「喫茶店激戦区」と見受けられる京都で約半世紀の歴史を誇る店で供しているというスタンダードなブレンド珈琲…取寄せた豆を挽いてハンドドリップで淹れているのだが、早くも今朝の2杯目ということになった。美味い…

昨日、友人と話題にした。広く出ている「スタンダードなブレンド」というような珈琲は「公約数的」な「珈琲?こんな感じ…」という程度に纏まっていて、破綻が無く、非常に飲み易い美味いモノが色々と見受けられる。この<龍之助>もそういう例に漏れないかもしれない。京都は何時、何処へどういうようにして行っても、何やら混み合っている感で、この<龍之助>を供する店のような名店を巡ってゆったりとするというようなことを近年はしていないかもしれないのだが…

その<龍之助>を<NARA>のマグカップに満たし、静かに啜っている…<NARA>のマグカップ?全国展開する有名なカフェチェーンが、方々の都市や地域をイメージしたイラスト等を入れてマグカップを出している。関西方面では大阪、京都、神戸というのが少し古く「過去のシリーズ」から在ったが、「現在のシリーズ」の中で比較的近年に奈良のモノが登場したのだった。奈良で求めたのだったが、カップに<NARA>と在るので「<NARA>のマグカップ」と呼んで拙宅で愛用中だ。その話しを同僚にしてみれば、「<NARA>?大仏や鹿のイラスト?」という反応だったが、正しくそのとおりで、カップの表面には大仏が鎮座していて鹿が遊んでいるというイラストが見受けられる…

今朝は薄暗い…雲が厚目であり、加えてやや風が強めになっているような気もする…朝早くからコインランドリーにでも出るというような意図も在ったが…止めてのんびりすることにした…そこで京都の珈琲を奈良で求めたカップに満たして、ゆったりと啜っている訳だ…

気温がプラスになっている…現在の時季、0℃周辺がプラスに転じても、「気温と言うより風の強弱に拠って感じる寒さが違う」という状況で、気温上昇は然程気にならない。0℃前後の時のような確りした防寒衣料を着込んで、プラス気温に転じた戸外で精力的に歩くようなことでもすれば、多少汗をかいて気温上昇を少し強めに意識する場合も在ろうが…そういうことをしないのなら、その限りでもない。「風を通し悪い、ナイロン系の表生地で裏地が在るより低温向けな上着」というようなモノが、「少しだけ上昇した気温」の中で冷たい強風の故に「より相応しい」と感じる場合も少なくないのだ…

そういうように言っても、気温上昇を意識せざるを得ないのは…積雪状況の変化を眼にする時である。最近の薄目な積雪が、昨日辺りからの若干の気温上昇により、「ベチャベチャと水浸しなようで…」という「嫌な段階…」を経ながら融けてしまい、現在では「一部の日陰や、余程人や車輛が近付かない場所」というのを覗くと、「積雪期直前」のように融けてしまっている…

こうした「身近な辺りの“変化”をも含む様子」を写真に撮って、そうした写真を公開して方々の方に御覧頂くようなことをすることを自身は好む。他方で、他地域の方が似たようなことをされている場合にそれを拝見することを好む。加えて、配信されているニュース等に添えられた画を視て「〇〇地域はこういう様子か?」とニュースの“本題”から逸れるかもしれないが、様子を視ることも好む。

そういう状態なのだが、このところ少し気になっていることが在る。

例えば「新緑の候、皆様におかれましては益々御清祥のことと御慶び申し上げます」というような類の“定例文”というようなモノが在るが、その種のモノに関して、「稚内に在って眼にする場合」には「殆ど悉く」が「ズレている…」と思えてしまう。例示した“新緑”というようなモノに関しては「新緑だと?この辺の木は未だ芽も見えないぞ!!」ということになるシーズンばかりだ…

そういう条件下で各地の写真を視るというのは、「当地は〇〇な感じだが…あそこは…」というような“ズレ”ばかりに気付くことになる。だから、「当地の状況」に照らす限りにおいて少し「時季外れ?」な画を視ることには馴染んでいる。抵抗感は全く無い。

それでも…最近は「時季外れ」が「やや過ぎる?」という画を随分な頻度で視掛ける。桜が咲いている、桜の周りに色々な著名な人達―「〇〇のXXさん」と判る場合も少なくないような人達―が集まっているというような画だ…

例えば「冬が鬱陶しい…桜が待ち遠しい!!」、「あの場所は桜の時季が殊更に美しい」、「有名な桜の木を護ろうと懸命な人達が在って」というようなこと、当該の時季の想い出等を論じるという文脈でもない中、今の時季に「桜の在る画」が眼に触れるのは「流石に違和感…」だ。

そう思っていて気付いたのだが、最近は<桜を見る会>なる催事について「問題視」されていて、その件がニュースとして随分取り上げられ、その文脈で「余りに時季外れ?流石に違和感…」という画を眼にする機会が増えていた訳だ…

<桜を見る会>なる催事…これは政権政党が宣伝のためにやっている催事のように思っていたが…それは間違いで、色々な分野で活躍する人達を顕彰するような意味合いで“政府”が「公の予算」で催しているのだそうだ。その催事に関して、国会議員の後援会で何やら“ツアー”のように後援会員が申し込んで、政府機関の担当部局が発行する招待状を受取って催事に入るという例が多々在ったそうだ。更にその“ツアー”のようなやり方の中、「そこは?オカシイのでは?」が色々と出ている様子だ。そしてそれを「国会議員としての総理大臣」がやっていたらしい…

こういうようなことが“問題視”という中で、「来年は<桜を見る会>を中止」というような話しにもなっているようだ。率直に「“政府”が“必要である”という見解で続けて来た催事であれば簡単に中止出来るのか?簡単に止められるなら、最初からやる必要など無かったのではないか?」と思ってしまったが…

未だ「進行中」のような事案で、この<桜を見る会>なる催事を巡る事柄がどういうようになるのかはよく判らない。が、何れにしても思わざるを得ないのは、最近は「“公”である筈が“私”または“半ば私”」というのが、政府主催の行事等という次元に留まらず、各界各層で増えている、或いは溢れているという状況が生じてはいないだろうかというようなことだ…

そんなことを思いながら…窓の外は相変わらず、気温の多少の上昇にも拘らず寒々しく薄暗いことに思い至る…そして<龍之助>を満たした<NARA>のカップは空いてしまった…

今季初?

本日の「2杯目」となるが、<弁慶>という愛称を冠した、京都の店による<モカイルガチェフ>が酷く美味い…1杯目はロシアの会社によるブレンドで、ユジノサハリンスクで仕入れた<ピョートル大帝>だった…“メディアプレイヤー”のヴォリュームを少し上げ、<ナウチールス・ポンピリウス>の楽曲を静かな部屋に静かに鳴らす…何か酷く寛いだ気分だ…

酷く寛いだ気分ではあるが…戸外の様子は先週末の「荒天への注意喚起」が懸命に行われていた感であった時の状況よりも、余程「冬季らしい…」というような雰囲気である…

雨や雪が降るという現象を「降水」と言うようだ。雨も雪も「天から降り注ぐ」という時のメカニズムに違いは無い筈だが…雨の雫と雪の粒子は質量が異なるようで、「風雨」と「風雪」とでは「様子」は異なるように思う。気温が0℃を割り込んだ時に見受けられる雪の粒子は、恐らく雨の雫よりも軽いのだと思う。降るモノが風に舞うと同時に、積もって―そもそも洪水でもなければ、雨水は何処かへ流れ、積もらないのだ…―いるモノが風に舞って宙に浮き、地面を這う…昨日からそういう状況が生じていて、今朝もそういう感じが継続している…

昨日…今季として初めて、拙宅に暖房用の灯油を補給した。そして、拙宅の玄関前辺りに若干積もった雪を除けた。これも今季として初めてだ…拙宅の場合、1階の居室であるので「扉を開ければ直ぐに戸外」ということで、扉の開閉がし悪くなることを警戒すると同時に、備付暖房器具の排気口が直ぐ前の外壁に在る関係で、それが積雪に埋まり悪いように、或いは埋まりそうな時に雪を除ける作業を行い易いようにしたいということが在る…

何となく…「冬季らしさ」が俄かに、少しずつながら深まって行く感…11月も第3旬に入る訳だ…

そう思っていた間に、<弁慶>を満たした<NARA>のマグカップが空いた…

深夜の到着…:稚内駅の<サロベツ>…(2019.11.12)

↓「11日」が「12日」に切り替わった少し後…旭川駅から北上を続けた特急列車<サロベツ>が稚内駅に到着した…
12-11-2019 Wakkanai Station.. (1)
↑稚内を出発した11月8日には辺りを染めていた雪が消えていた…

この時間帯…稚内駅は「無人駅」の様相を呈していて、建物そのものも深夜の閉館に向けた準備という感…何か「速やかに退出しましょう!」という空気感が漂う…

↓“レギュラー”のキハ261系ディーゼルカーの“代走”で登場したキハ183系ディーゼルカーの“ノースレインボー”…こうやって眺めて「御苦労様…ここまで連れて来てくれてありがとう…」と眺めてみたくなる…
12-11-2019 Wakkanai Station.. (2)

この時間の列車、定刻であれば「日付が変わる少し前」に到着だが、大きな差異は無いような気もする。何時も思うのは「全く初めて稚内駅に辿り着く」という人がこの列車で着くのであれば…「些か困惑??」というようなことだ…

最近は「所用のために…」と出掛ける機会が生じていて、そういう場面でこの「夜の列車」を何度も利用しているのだが…今後も少し御世話になる機会が続くかもしれない…

一寸「キツい」かもしれない寒風…

<弁慶>という愛称が冠せられた京都の店による<モカイルガチェフ>が美味い…豆を挽いて、ゆったりと淹れて味わう、静かな休日の朝である。

平日であれば、既に1日が始まっている時間帯だが、休日なので珈琲を淹れて寛いでいるということになるが…実は「一仕事」を既に済ませた。コインランドリーへ足を運んで洗濯を済ませた訳だ…

「荒天への注意喚起」ということになっている。一昨日からである。昨日は「かなり危険視」という状況でありながら「普通な冬の天候」という趣だった。と言っても多少強風な傾向で、一部になかなか強烈な瞬間風速というのも在ったらしい。それでも「普通な冬の天候」で推移した。

「その後」が気になる訳だが…今朝に至っても、多少雲が多く、時折少々の雪が交じるという「普通な冬の天候」で、少し風が強めである…気温は下がってしまって、氷点下2℃や氷点下4℃という感じである。

振り返ると…冬季のユジノサハリンスクに在って“氷点下二桁”が連発していた状況を経験している。“氷点下二桁”というのは、食品加工関係の工場等に見受けられる「冷凍倉庫の中」というような気温である。こういう気温自体、酷く驚かされるもので、戸外に一寸出ると「流石に…冷えている…」というようには思った。しかし、そういう時に冷たい風が吹き抜けているのでもないので、少しばかり手や顔が冷たいが、「キツい…」というようには思わなかった…

そういう「極端な低温…風は微弱…」に対し、「在りそうな範囲の低温…風は強い…」という当地の現況は、正直「キツい…」という感じがする。何となく…被ってその辺を歩き廻れば「笑われる?」場合も在るかもしれないような「ロシアの防寒帽子」でも持ち出してみたくなる気分になる…それとも、そろそろニットキャップでも持ち出すか…実際には、最近酷く気に入ったレザーのハンチングを被っているが…

一昨日、昨日、そして今日の現時点でも「強風で勢い良く雲が流れる」という感じで、空の明るさが変わり易いような気がする。今日は、何となく昨日より薄暗い度合いが高いかもしれない…

氷点下2℃や氷点下4℃という感じ…「在りそうな範囲の低温」と思っているのだが、場所によっては「多分、滅多に無い…」という次元なのかもしれない。日本国内の方々の気温の情報を視ると、13℃とか15℃というような次元の箇所が多いようで、北海道内では当地と似たような次元の気温帯が目立つ感である…

コインランドリーを往復した際に思ったが…「路面の薄い積雪が凍り付く…」という状態になっていた箇所が多かった…戸外を歩く際には慎重を期さねばならないであろう…

そういうことを想っている間に、<弁慶>を満たした<NARA>のカップは空になった…

「冬の天候」へ…

<フレンチ>という札幌の店のブレンドが好い感じだが、早くも豆―今般は「経過」が在って、挽いた状態で持ち帰ることとなったのだが…―の残りが少な目になってしまっている…そういうことも在るであろう…

昨日から「荒天への注意喚起」が盛んに行われ、実際に機能の午後辺りから降雪も見受けられ、風が少々強めで多少吹雪くという状況が断続していた。が…“小休止”のように降り積もった雪が融けてしまっていて、少々上がっていた感の気温が俄かに下がり、「普通の冬の天候」が戻ったというように思っていた…

個人的には「普通の冬の天候」が戻ったという程度に感じていたが…「荒天への注意喚起」が盛んに行われる中、稚内市内の学校の「15日は休校」というのが早々と決まり、一部の交通機関も運行(または運航)を見合わせようということにもなった。手近なところでは、15日夕刻に予定されていた催事が順延という話しになるというのも在った…

そういう中、夜は友人と会うというような具合で「普通に愉しく」という感じで過ごし、深く眠ってスッキリと起き出した。そして戸外の様子を伺った…

戸外の様子…気温は“氷点下”になってしまって、マイナス2℃、マイナス3℃ということのようで、冷たくやや強い風が吹き抜け、積もった雪の一部が風に舞い上がっている状態も見受けられた…が…こういう感じは「至って普通の冬の天候」であると思った…

これから先?どのように推移するものか?何となくの“勘”だが…このまま「普通の冬の天候」で推移しそうな気がする。現在、降雪は見受けられない…多少、風は強いが…演奏の心得が無い者が無理矢理にフルートか何かの音を出してみようとする場合にでも生じそうな、奇異な風の音が聞こえるという程でもないが…

昨日は日中に俄かに気温が下がって行ったが…「小さな間違い」であったのは、年間を通して使うモノながら“タンクトップ”をアンダーウェアとして着用していた。これが俄かに気温が下がる中で酷く寒い感じがした。そこで夕刻にアンダーウェアを長袖シャツに切り替えた…今日もそういう具合にすべきであろう…

未だ「積雪期の初期」と言い得ると思う。積雪期は全般を通じて色々と面倒ではあるが…この「初期」については、「やや分厚い塗膜で吹付塗装…コーティング…」というような具合に、道路面に雪と氷が貼り付くような感じになる。堆くなるモノを漕ぎ分けるようにして歩くような必然性は無いものの、足下には相応の注意を払うべき状態だ…

2017年11月に足下が実は凍結していたという場所で、迂闊なことに足を滑らせて少々酷い目に遭ってしまった…そういう訳で「積雪期に足下に…」という警戒心が自身の中で妙に高くなっている。

或いは?蓋を開けてみれば「普通の冬の天候」であっても、「荒天への注意喚起」が盛んに行われていた昨日からの状況というのも、近年の相次ぐ災害の中、人々の間で「備え在れば…」という心象、警戒心が強まっている状況の反映なのかもしれない…

そんなことを思っていた間に、<NARA>のマグカップを満たした<フレンチ>は空になってしまった…

穏やかな朝に…

拙宅では、珈琲は「豆のまま」で仕入れて、何処の家にでも在りそうなモノが無い中でどういう訳か確り持っている道具を駆使してそれを挽き、そこからハンドドリップで淹れて頂くことを通例としている。しかし時には通例を離れ、「挽いた状態」で入手という場合も在る…

現在、札幌圏では少し知られたチェーン店の<フレンチ>というモノを頂いているが、これは「挽いた状態」で持ち帰ることになった代物である。

札幌圏では少し知られたチェーン店が、何時の間にか存外に長い歴史を刻んでしまった新札幌の商業施設館内で、何時の頃からか、相当長く開いている「古き善き喫茶店」の趣が濃い店が在る。所用で札幌に出て、新札幌エリアに在る中で時間が出来ると、件の店にはよく寄る…今般、所用で札幌へ出た際には残念ながら寄らなかったのだが…私がよく寄ると聞いた“母上”が少し前に「そう言えば、近隣にも拘らず、一度も寄ったことが無かった…」と思い付いて立寄ったのだそうだ。そして少し休んだ後に「珈琲豆でも買って帰ろう」と思い付き、私が「あの店では<フレンチ>を頂くことが殆ど」としていたのを思い出し、それを求めて挽いてもらったのだという。が…“母上”が帰宅してみれば、家には確りとコーヒーメーカーで淹れて愉しむための珈琲豆を挽いてある状態のモノが大量に在った。敢えて求めてみるまでもなかったというのだ…

そういう経緯を聴かされ、結局200gの挽いた状態の<フレンチ>を持ち帰った…袋に入った状態では扱い悪いので、道中の旭川の店でその種のモノを保管するような場面で使う硝子製容器を仕入れ、早速それに挽いてある<フレンチ>を移し容れた…

その<フレンチ>をゆっくりと淹れている。今朝の2杯目だ…新札幌の商業施設館内の「古き善き喫茶店」の趣が濃い店で頂く場合が殆どだが、あのチェーン店で頂く、キツい焙煎で「しっとりと苦い」という感の<フレンチ>と同じような味わいになる…「気に入っている店の、気に入っているブレンド」を自身の普段の居室で頂くというのも悪くはないものだ…

率直に…拙宅にも「珈琲豆が完全に切れてしまうと、珈琲を淹れて愉しむことが叶わなくなる…それはダメだ…」と少しばかり“常備”はしている。つい最近も「残りが少ない…」と仕入れたばかりだった。そういうタイミングで“土産”に珈琲豆を寄越されるのも、多少戸惑うが…好奇心に駆られて珈琲豆を買い求めてしまった“母上”の側でも、「迂闊なモノでもない…毎日のように費消しているらしいモノだから、邪魔にはならない筈…」と寄越して来たのであろう…

ハッキリ言えば、珈琲は「豆のまま」の方が、「挽いた状態」に比して少し日持ちはする筈だ…そういう訳で<フレンチ>から先に、折角頂いたモノなので愉しく淹れて、有難く頂くことにしよう…

そんなことを思いながら、<フレンチ>を満たした<NARA>のカップを傾ける…

所用で出る際、何となく“道草”というのも恒例化した。それも悪くないと思っている。「出る」という機会に、一寸気に入っている文物、風景、或いは「実は知らなかった…」に触れてみること自体、好いことだと思う。

今般は…美瑛に寄った…

所用で出る時季に鑑みて、「些か残る紅葉に若干の雪」というような風景が視られそうだと思ったのだった。観光協会によるツアーに参加し、それ以前に「貸切タクシーでドライブ」ということまでやって、「満喫!」という感であった…

そこから札幌へ向かって、無事に用事を足して、月曜日の深夜の火曜日に日付が変わった少し後に帰還である…昨日は…正直なところ、少しばかり草臥れていた感だった…

そういう訳で、昨日はやや早めに休んだ。そうなると今朝もやや早めに起き出す…

所用で出掛ける際には雪が交じったが、稚内へ戻って来るまでに雪は消えてしまっていた…直ぐに天候が崩れて「吹雪??」という話しにもなっているのだが、現在は穏やかだ…

「身の丈」??

<モカ(ロシア流通)>が美味い…ユジノサハリンスクで求めて持ち帰った豆を使い切ってしまったが…「美味かった」ということが記憶に残ったので、機会が在ればまた求めたい…

「深夜同然な早朝」という時間帯に入っている。世間の“受験生”か何かのように、自宅で夕べにやらなければならない課題を抱えているのでもないので、眠気を覚えれば遠慮会釈無く「何時でも御休み頂いて結構です…」という態勢に入って、何時の間にやら眠ってしまう。そうやって寝入る時間帯が早ければ、眼が開く時間も早くなる…睡眠時間が極端に長くなる訳でもないのだから、それも当然だ。「プラス2時間」な「サハリン時間」で考えれば、「眠ってしまって起き出す時刻」に関しては、然程妙な時間帯でもないとは思うのだが…

自身は“受験生”か何かのような課題を抱えているのでもないが…最近、大学受験の制度を改めて行こうという件に関して少し話題になっているようだ。

何か「身の丈に合わせて」という言辞が取上げられている…

“一般論”として「身の丈に合わせて」という言辞は、「誰でも何時でも頭の中に」という考え方なのではないだろうか?人には偶々置かれた状況の故に可能性が開かれる、開かれないというのは在るであろうし、各人には得手不得手も在り、向き不向きも在るのだから、何かをするか選ぶかという中で「身の丈に…」という考え方に向かって行く、またはそうせざるを得ないのではないだろうか?そんなことを想い起して、自身に関しては「向き不向き」の“不向き”が余りに多いというのか、「常識を疑う」というような傾向が強過ぎて、「身の丈」も何も在ったものでもなく、「規格外?上等!!」と好き勝手に年齢を重ねて来て、先が見えない状態なのかもしれないと思うことも在るのだが…

昨今話題の「身の丈に合わせて」という言辞は、“一般論”としての「言辞そのもの」のことでもなく、導入しようとしていた新しい大学入試制度を巡る事柄に深く関連することなのだという。

大学入試に英語の試験が在る。この英語というモノに関しては、方々に色々な“資格試験”というようなモノが在る。それを受験して、その試験を以て入学試験での合否選考の材料として行くという案が在った。

この“資格試験”に関しては、「全国各地が開催」と言っても、受験に出掛けるのに「最低1泊2日で出掛ける」ということが必要な地域―北海道で考えれば、「全国各地で開催」というような“資格試験”の会場は札幌や旭川等に開設されるであろうが、稚内のような場所に在れば「最低1泊2日」で出掛けなければならないというようなことになる訳だ…―も多く、受験料も安価とも言えない。故に、「開催会場が設けられる地域の人は何度も出掛けられる」とか「幾らでも受験料を負担出来る人は何回でも受けられる」という“不公平”が酷いという声が在る。これに関連して「身の丈に合わせて」という言辞が飛び出して、「オカシイ」となっているようだ。

“資格試験”が受験し易い地域に在るか否か、受験料を負担し得るか否かというのは、受験生本人の「身の丈」とも言い悪い面が含まれる事柄かもしれない。それが公平か?公正か?という話しだ…

私は英語の“資格試験”を以て入学試験での合否選考の材料とするという「そのこと自体」に疑問を感じていた。

大学入試の英語の問題に関して、様々な毀誉褒貶は在るのであろうが、例えば「〇〇大学の入学試験は科目がAとBとCでX月X日に実施。出願は…」と正面から告知して行う限り、その「試験科目の英語」は「明確に合否選考の材料」という目的を持って現れた代物だ。しかし様々な“資格試験”は、「各々の目的」が在る筈で、性質、性格が各々な筈だ。言わば「全く別な競技」のようなモノで、それを掻き集めて大学入試の合否選考の材料にしようというのは、「最初から“不可能”なのではないか?」と個人的には視ていた。受験生本人の「身の丈」とも言い悪い事情が発生し得ることが公平、公正でもないかもしれないという問題の遥か以前に、「成立し悪いモノではないのか?」と視えてしまうのだ。尤も、近年は面接等で合格者を選ぶというような選考も色々と在るらしいから、そういう中で“資格試験”を受けていて一定の成績を挙げているという事実は、少なくとも不利にはならない筈ではあろうが。

英語でも他の外国語でも構わないが、最近何となく「言葉そのものを知っている知らない」という以上に、「知識を習得して行くというのはどういうことか?」ということや「知識を他所の人に判り易く伝えるとはどういうことか?」というような、「営みに関する哲学」とでもいうようなことが「より一層大切?」というような気がして来ている。

「明確に合否選考の材料」という目的を持って現れた「大学入試の問題」というような代物…それに対応しようとすること自体は、不毛と言えば不毛なのかもしれない。が…「知識を習得して行くというのはどういうことか?」ということや「知識を他所の人に判り易く伝えるとはどういうことか?」というような、「営みに関する哲学」をほんの少しでも意識すれば、「得る知識」を「活かし得るものとするのだ!」とでも思っていれば、“無駄”ということは無い筈だ。

「大学入試の問題」としての英語?自身はそれを寧ろ「大苦手!!」にしていただけに、不毛とか無駄という意識も強かった。が…「所謂“背水の陣”で、今年“全滅”なら何処かの大学に入学出来なくても構わない。何かを学んで、自身で納得出来るように生きて行くことは、何をどうやっても出来る筈だ…」という程度に想い、英語に関しては「得る知識」を「活かし得るものとするのだ!」とでも思って、色々と「変な方法??」で「勉強した振り」のようなことを受験生時代にはやっていた。そしてそれは無駄になってはいないと、相当な年月を経て思っている。

そんなことを思い出していた間に、<モカ(ロシア流通)>を満たした<NARA>のマグカップが空いてしまった…戸外の様子を伺えば、未だ「深夜同然な早朝」だが、空気が冷えている…

海面と雲と…:稚内港北防波堤ドームを中央埠頭側から望む…(2019.11.04)

「初雪観測」が伝えられるが…降り頻る様子や、少しばかり積もった様子を視掛けたということでもない…しかし、着実に寒くなった…

↓夜明前の様子だ…
04-11-2019 early morning (7)
↑雲が緞帳のような様相で空を覆い、緞帳の裾から灯りが漏れるように「日出前の光」が覗く…滑らかな海面に空の様や辺りの灯りが映り込むような感だ…

↓或いは非常に「時季らしい」のかもしれない…
04-11-2019 early morning (10)

風は然程強くはなかったが…空気は冷たくなっていた…

回復…

ロシアで出回っているブレンド<ピョートル大帝>の芳香が室内に立ち込める。ユジノサハリンスクで求めて持ち帰った代物だ…焙煎は相対的にキツくない感じで、スッキリした味わいになっているように感じる。異様なまでに、何にでも精力的だったと伝えられる“大帝”の名を冠した珈琲を頂くと、妙に元気が良くなるかもしれない…

稚内では、本当に「寒いですね…」が挨拶代わりになってしまっている昨今である。気温は1日を通じて「プラス一桁」の範囲に収まってしまっているように思える…風が微弱であっても「空気が…」という感じになっている…

そういう中で「三連休」であった。何やら「何をした」というのでもない間に、その連休期間が過ぎ去ってしまった感である。私の場合、10月下旬に出掛けなければならない用事―ユジノサハリンスク…―が在り、11月第2週にも所用で出るので、両者の合間になる11月初めはゆったりとしたいと思っていたのだが、偶々三連休になっていたのだ…

三連休は、洗濯をしたことの他は読書に興じるという感じであった。昨日に至っては、永く「入手しようか…見送るか…」と逡巡していた「錫のタンブラー」を入手してしまい、暗くなってしまう前にそれを使って本格焼酎―宮崎県えびの市から取寄せて、置きっ放しになっていた<明月>…―を一寸頂いた。そして気分好く“居眠り”となってしまい、何となく「半ば深夜のような早朝」に至ってしまったのだ…

ユジノサハリンスクに関しては「稚内からの直線距離」を想うと、「馬鹿々々しいまでに大廻」を強いられ、復路は「12時間ぶっ続けで移動の途上」という感で、率直に「二度と行きたくない!!」という気分になってしまう程度に草臥れていた…数日を要して“回復”したとおもっていたが、昨日の「大胆な長い居眠り」というのは、「実は回復していなかったかもしれない」という証左かもしれない。

近年は、少しばかりエネルギーを使ったかもしれないような状況の後、「回復」に存外な時間を要するようになってしまったという気がしている…

時々他所の方に「未だ御若いですから…」と言って頂くが…「そうでもない…かの上杉謙信が斃れたとされる年代を過ぎてしまっている…」と応じ、「そんなに昔のことを…」と笑われる。上杉謙信のような人を持ち出すのは、私の流儀の冗談のようなモノだが、それはそれとして「エネルギーを使った後の回復に妙に時間を要するようになったかもしれない」という辺りに、「身体の衰え」というようなモノを少々感じている…

それでも私は「歩く」ということを好む性分で、周囲には「エネルギーが余っている」と見られているかもしれない。そう思いながらも「回復に時間を要する=衰え…」と感じている。

と、何やら面倒なことを考えていた間に<ピョートル大帝>を満たした<NARA>のマグカップが空になろうとしている。

何時の間にか11月に…

<モカ(ロシア流通)>の芳香が立ち込めている。「早朝」と言い得る時間帯に差し掛かっているようには思うが、何やら「深夜帯の真只中」という雰囲気が色濃い…

昨日は沖縄県の首里城が焼け落ちてしまったというニュースに驚かされた…残念ながら自身の眼で視たことは無い。と言うより沖縄県自体に足を踏み入れたことが無かったのだが…首里城は、何時か訪ねてみたいと思っていた場所の一つだった。首里城は戦禍で損なわれてしまったモノを、大変な苦心を重ねながら見事に再建したのだと聞いているが…

「地域のシンボル」というような首里城が損なわれてしまって落胆している方も多いと思う。心より御見舞い申し上げたい。そして、再建を応援したいと思う。

何となく近年は、色々な事由で文化財や「地域のシンボル」というようなモノがダメージを被ってしまうというような話しが幾分続いて伝わっているような気がする。

地震で「地域のシンボル」の熊本城が大きなダメージを被ってしまった熊本という例が在った。3年掛かりで修復が進んだということが伝わっているが、彼の地では「首里城の再建を応援」と早速に募金活動が始まったというようなことが伝わっている。熊本の人達は、「地域のシンボル」がダメージを被ることの悔しさ、残念さ、そして「何とかしよう!」と沸き上がるモノをマダマダ記憶に新しいこととして判っていて、そこで沖縄県の件で「応援しよう」と言い出したのであろう。

首里城や熊本城というように大きく取り上げられないにしても、最近は台風に関連する災害が連発して、方々で色々な被害が生じている。何れも応援はしたいが…個人的に出来ることなど限りが在るというものだ…それでも可能であれば、今年の台風の被災地域に近い辺りを、多少落ち着くであろう時期に訪ねてみようかというようなことは時々考えている。

何時の間にか11月に入っていた…最近は日出が午前6時過ぎで、日没は午後4時半前になって来た…「暗い時間帯」が少し長めになって来た訳だ。

「暗い時間帯」が多少長い中であっても、何となく「明るく溌溂と在りたい」というようには思う…

<モカ(ロシア流通)>を啜りながら、そんなことを思っていた…

深夜に…

深夜の室内に芳香が舞っている…<モカ(ロシア流通)>と呼び習わすことに勝手に決めた、ユジノサハリンスクで買い求めた豆を挽いて淹れた珈琲が酷く美味く感じる…

昨日は、朝から「普通の平日」という按配に過ごし、多少間隔が開いた「ランチはよく頂くスープカレー」ということにして、午後の早めな時間帯までは普通だったが…何やら午後3時前後に至ってみると「調子悪い…」を連呼していた…何かに集中出来るのでもなく、身体が怠い感じだった…

要するに「疲れた…寝る!!」という状態だった訳だ…そこで、夕刻は極近所の店でサラダと串焼き盛合せを摘んで、帰宅して遠慮会釈なく眠ってしまったのが、多分午後7時過ぎだった…そして「よく寝た…」と起き出してみると、未だ午前3時前だったのだ…

「サハリン時間」(プラス2時間の時間帯)であれば、「午後9時頃に眠気が強くなったので抗わずに休むと、朝は5時前に眼が開いた」ということになるのだが…「日本時間」では、少し妙な動きという感になってしまうかもしれない…

ここに至って「少しだけ寒さが和らいだ??」というように思う。と言って、既に温かい感じでもないのだが…

<モカ(ロシア流通)>を少々ゆっくり頂くこととするが…何をしようか?或いは、珈琲を頂いてから再度眠ってしまうかもしれない…

長過ぎた道程…

眠気に包まれているような気がすると同時に、「直ぐに眠れそうもない…」というような気がするという場面が、時には在るような気がする。

そういう場合には、無理に眠るのでもなく、無理に起きているのでもなく、何となく時間を過ごすという程度が好いであろう…

少しばかり他出していた関係で「暫く…」という形になるのだが…拙宅で珈琲を淹れる…<Мокко-Южная Америка/Африка (средняя обжига)>(モッコ-ユージナヤ アメリカ/アフリカ スリェードニャヤ オブジガ)という豆…モスクワの会社がロシア国内等で流通させている珈琲豆で、要するに「南米またはアフリカのモカ(ミディアムロースト)」ということである。ユジノサハリンスクのスーパーマーケットで仕入れた。正しく「持ち帰ったばかり!」だ…便宜的に<モカ(ロシア流通)>とでも呼び習わそう…

<モカ(ロシア流通)>の芳香が辺りに舞い出る…心地が好い…そういう好い心地の中、この<モカ(ロシア流通)>が「妙に身軽?」と旅に同行した皆さんに言われてしまう場合も在るトランクに入り込んで辿った経路…私自身の移動でもある経路を振り返る…

「サハリン時間」の12時40分頃…御世話になっていた宿から車で出発して空港に向かい、国際線で新千歳空港に到着し…JRの快速で札幌駅に着いた時には「日本時間」の午後3時過ぎ…“指定休憩所”と呼んでいる場所で1時間余りゆっくりして、大通の東側に在るバスセンターへタクシーで移動…乗車した都市間バスは午後5時に発車…2回の休憩停車と、運転士交替のために1回の業務停車が入っているが、バスは順調に北上し、午後10時35分頃に稚内駅前に着き、そこから数分で拙宅だった。

考えてみれば…「サハリン時間」で何日間か過ごしていることを思えば、「昼12時台から日付が変わった少し後の深夜まで」の「概ね12時間」を移動に費やした。

「概ね12時間」?新函館北斗駅・東京駅間の新幹線の列車移動は4時間余り…東京駅・新大阪駅間の新幹線の列車移動は2時間半程度…新大阪駅・鹿児島中央駅間の新幹線の列車移動は4時間余り…ということは?新幹線の列車に「概ね12時間」も乗車しようと思えば、新函館北斗駅から鹿児島中央駅まで行くことも不可能ではないということになる…

時々口にするのは「東京から茨城県や栃木県に向かうために、名古屋へ行って飛行機に乗る」という例え…「稚内からサハリンへ向かう」という場合の現状なのだが…「移動に要する時間」という観点では「新幹線の列車で日本縦断も可能な時間」ということになる…

実に苦々しい!!!口にしている珈琲は、格別に苦くもないが…そのうち…眠くなったら休んで…明日からは「平日」だ…

少しエネルギーを使った後に…

<大阪ストロング>を「今朝の2杯目」として愉しんでいる。「1杯目」の<スマトラ ミディアムロースト>とは一味違う…

昨日は何やら「エネルギーを少し多く使った」というような気がした。少々草臥れた感で、早めな時間帯から眠ってしまい…迎えた朝は少々早起きになった訳だ…

「エネルギーを少し多く使った」かもしれないというのは、昨日の日中のみでもなく、実は一昨日の夜もそうだったのかもしれない。

一昨日の夕刻、会って食事を愉しみ、<黒白波>や川岸を変えて<電気ブラン>をも少々頂いたが、高校の同級生でもあった友人と愉快に過ごした。様々な場所での見聞を背景に、色々と未だに我々の財産になっているかもしれないような面白い話しをしてくれる先生が様々在って…というようなことや、当時は日本国内で然程の盛り上がりでもなかったサッカーW杯の決勝トーナメントの表を大きな用紙に誰かが書いて、教室の時間割の脇に掲示し、「勝ち上がるのはあのチーム!!」と勝手にクラスで盛り上がっていて、それを眼に留めた各教科の先生が不意にサッカーに纏わる思い出話等を始めてしまって、授業が停まってしまったという想い出話で大笑いしていた…

私自身が高校生であったような頃というのは、明らかに“時代”も違うような、かなり昔なのだが…実は昨日、現役の高校生と言葉を交わす機会が在った。

最近の高校生の間では、現在の2年生が大学受験をする年度から入試制度が変わるということが、「詳しいことが判り悪いので困っている」というので話題になっているらしい。入学試験とは別に、“英検”の類のような資格を持って出願するようなことも在るらしく、そういうような資格を得るのは2年生時点位から色々とやらなければならない訳で、詳しいことが判らないのは困る。更に、その種の資格試験のようなモノは、稚内で催行されるのでもなく、旭川や札幌のような開催場所に乗込む必要も在る。これも色々な意味で大変だ…

仔細を忘れる程度に昔だが…私自身が大学を受験したような頃も、少し前からの制度が大きく変わるというようなことが在った時代だった…こんなのは、何年かに一度出くわしてしまうのであろう。私自身の場合…古くから入試制度そのものが余り変わらずに推移していた場所に挑んだのだったが…あの時は…「所謂“偏差値70”?そんなモノは10万人受ける模試の上位200名のことだ。特定の大学の学部について、その200名全員が受ける訳でもない。全員が受けても、合格者が千人以上なのだとすれば、平均点の“偏差値50”というような次元の者が受けて、合格してしまう確率は…相当に在る筈だ!!そういうのを狙うのが善いのだ!!」と「通説無視!!」な「恐るべき勝手な理屈」を唱えていたものだった…

世代が異なる方と言葉を交わせば、こういう時代によって変遷するモノを巡る違いというのにも出くわすが…時代と無関係と思われるようなことで「些かの驚き」というモノに出くわす場合も在る。

言葉を交わした生徒は、「稚内港北防波堤ドーム」について「何のために建設されたモノ」というようなことを「知らない…」としていた。更に、同級生の多くも「多分知らない…」としていた。

稚内に限ったことでもないが、それなりに知られていると見受けられる名所旧跡であっても、近くに住んでいるとか、立ち回り先の辺りに在るというのでもなければ「そう言えば近くに行かない…」は多々在る。寧ろそれが自然であるとも思う。が…「知らない」は如何か?

自身、札幌に在った小学生の頃、学校で色々と札幌の街の起こりや有名な場所、少し名前が知られている人物等に関して色々な話しを聞いた記憶が在る。そういうのが好きでもあったが…どうも、そういうことでもない例が在るようだ。

他地域の人達と接するようなことになれば、「地元の色々」は好い話しのタネだ。そして、自身が育った地域が育まれた経過を何となく知っておくというのもマイナスにはならない筈だ。そんなことを申し上げると、言葉を交わした生徒の下の学年では、地域の色々を学ぶというような取組に力が入り始めているらしいということであった…

そんなことを思い出していたが…今朝は曇天で雨も交じっている…そして…<大阪ストロング>を満たしたマグカップも空いてしまった…

利尻富士の浮かぶ日本海…:<稚内市開基100年記念塔>からの眺望(2019.10.16)

「裏山」というような言い方を耳にしないでもないのだが…稚内の市街の後背に丘陵が在り、その一部が整備されて<稚内公園>となっている。

この<稚内公園>の丘陵の高くなっている辺り、標高170m程度の場所に、高さ80m程の塔が建っている。現在の稚内市の辺りに「初めての役場」が設置されてから100年を経たことを記念し、1978年に竣工した<稚内市開基100年記念塔>である…

場所の標高と、建っている塔の高さを合わせると…概ね250mの高さだが、その場所に「展望室」が在る…

沿岸の市街でも多少風が強く感じる場合も在ったが…塔が建つ辺りは、何か「巨大な雲をも押し流す強風」という感じで、戸外に佇むのが少々キツいように思える場面さえ在ったのだが…

↓塔の上、「展望室」からの眺望が素晴らしかった…
16-10-2019 (1)

↓複雑に拡がる雲が天空を流れ、午後の光に海面が煌めくというような中、美しい利尻富士が浮かんでいた…
16-10-2019 (3)

久々にこの場所に立寄る機会が在ったが…美しい光景を眺められた…善かった!

三連休明け…

仄かに温かい室内に<スマトラ ミディアムロースト>の芳香…好い感じだ…

<大阪ストロング>も未だ在るが、多少残りが少ないので、先日訪ねた旭川で<スマトラ ミディアムロースト>を視掛けて仕入れたのだった。「極深煎り」の<大阪ストロング>に対し、<スマトラ ミディアムロースト>は「中煎り」という按配で、「真っ黒!」でもない色合いになっている豆だ。スッキリしている感じの奥に、程好い苦味が在るというような具合…スッキリと飲み易い珈琲だ…

何となく「一桁気温」が定着してしまったかのようで、日曜日の夜から、拙宅室内の暖房を稼働させるようにした。“省エネルギー”だの「環境に…」というようなことを意識するのでもないが、「温度設定」は「18」というような程度にしておけば、概ね室内は好い感じになる。以前に、暖房器具等を扱う業者の方が「ここの部屋でこの器具?もう一回り以上小さな器具でも対応可能かもしれない」とされていたが、「18」程度の設定でもなければ、室内が「少し暑い…」というような按配になり易いのだ…

「さて…今日は何をしようか?」という程度の事が頭を過ったが…今日は「平日」なので、「平日」の普通の行動をすればそれで善いのだ。最近は「三連休」が連発し、「さて…今日は何をしようか?」という程度のことを思う月曜日が増えていて、そういう流れに頭の中がなり易い。最近困るのは、「月曜日」と「火曜日」とを混濁してしまい易いということだ。三連休が明けた火曜日に、何やら月曜日のような気分で居て、月曜日にやるべきこと―例えば収集ステーションにゴミを出すようなこと…―を火曜日にやろうとして「出来ない…」というようになってしまうのだが…恥ずかしながら、今般もそういう具合に、既になってしまっている…

この三連休…本当に「何もしない…」という程度の過ごし方だった…散策に出て写真を撮ったということ、食事や珈琲を愉しみに出たということ、出先で持ち込んだ本を読んだということ、1回サウナ(温泉浴場)を利用したということ、更に拙宅で珈琲を淹れて頂くか、眠ったかという程度のことだ…「文字どおりの休み」である…

三連休は台風の話題か、大健闘したラグビーの日本代表チームの話題が溢れていた感だった…

今般の台風…何やら相当に広い範囲に大雨関係の被害をもたらしてしまった様子だ。死傷者も多く発生しているようで、心より御見舞い申し上げたい。

それにしても…「川の氾濫」という状況で、今回程度に広範囲に大規模なモノが方々で発生というのは、流石に余り記憶に無い…車輛基地に置いた新幹線車輛が10編成丸ごと水没とか、改札機を据えた駅の改札口が水没しているとか「何だ…これは!?」という様子も伝わって流石に驚いた…

あの<東日本大震災>を想えば、あれ程に死傷者が発生したのではないが…それでも甚大な被害だ。端的に言えば、例えば「新幹線車輛10編成が水没」というのは、1編成が30億円からする代物なので「300億円から」という損害で、これは「小さな街の年間予算額」というような、小さくはない金額だ。そして「車輛繰り」に不具合を強いられ、列車運行に何ヶ月間も影響が出ることも免れないであろうから、そういう被害も金額換算すれば莫大なモノになってしまう筈だ。要するに「損失総額」が「算出困難」な程度の大被害である…

今一つ、非常に話題になっているラグビーワールドカップだが、釜石のような会場に関しては「<東日本大震災>からの復興」という意味も込めて試合開催を決めた訳だったが、残念ながら試合は中止になってしまった。それでも、「少しでも役に立てば…」と、更に災害復旧への願いを込めて街に流れ込んだ泥を片付ける作業を、試合のために現地入りしていたカナダ代表チームの面々が手伝う姿が伝えられた。相次ぐような災害の中、地元の人達の心温まる記憶になって行くことであろう…

「相次ぐ災害」と言えば、9月にも台風で広域停電が発生してしまったような地域が在ったが、そういう場所では「これから本格的に色々と…」という場面で「また…」という例も在る筈だ。これはきっと大変だ…

とは言え、台風の通過した直ぐ後に、ラグビーワールドカップ「日本VSスコットランド」の試合や、プロ野球のクライマックスシリーズの試合等「数万人が集まるような催し」が、参集者の中で「普段より些か交通が不便」という状況が在ったにしても、普通に開催出来ている。災害の影響を振り払って日常を取り戻す“力”は在る訳だ。少しなりとも早く、そういう“力”を発揮して行けると善いと思う。

自身は“寄付”を行う程の経済的余力が在るのでもないが…巷を些か賑わしている<ふるさと納税>のような寄付に関しては、この際「災害復興基金のようなモノへの寄付」にでも一本化してしまうような感じが、或いは善いのかもしれないと、地方の小さな街―それこそ、新幹線列車車輛の「300億円から」というような年間予算額という規模の街…―の一住民として漠然と思わないでもない…

そんなことを思っている間に<スマトラ ミディアムロースト>を満たした<NARA>のマグカップが空いてしまった…もう1杯分の豆をグラインダーで挽いた…何時だったか「冷蔵庫が無い?それでも珈琲豆を挽く道具は在る?!」と驚かれたことも在ったが…そのグラインダーで再び<スマトラ ミディアムロースト>を挽き、<NARA>のマグカップを珈琲で満たした。気温は上がらないが、天候は悪くない感じだ…東寄りの窓辺が非常に明るくなって来た。

早朝に…

何処でどういう具合に頂くのであろうと、マグカップを満たす熱い珈琲をゆったりと啜るのは好い。拙宅の室内に<大阪ストロング>の香ばしい芳香が舞っている感だ…珈琲は砂糖を加えない“ブラック”が好い。人生は甘味料が多目な甘いモノである方が好ましいのかもしれないが…

「午後10時前に眠気を覚えて、眠ってしまって起き出せば朝6時前」とでも言えば「在りそう」な感だが…「マイナス2時間」であれば「少し妙」かもしれない…昨日は午後8時前には「何時でも御休み頂いて結構…」という状態で、何となくぼんやりしてしまい、何時の間にか眠って、起き出してみれば午前4時頃だった…こういうのも「サハリン時間」であれば「午後10時前に眠気を覚えて、眠ってしまって起き出せば朝6時前」という状況である訳だが…

前々日に所用で旭川に出て、1泊して前日の午前中に列車で稚内へ引揚げて来た。宿は快適であったが、何か眠りが浅い感で、午前5時前に起き出して、手持無沙汰なので散歩をするようなことをしていた。そういうことで、移動の列車内では「途中駅に停車、乗降が在って、また発車」というのが「全然判らない…」という程度に眠ってしまったが…それでも「拙宅で、ゆったりと休みたい…」という感で、夕刻は「早く…寝よう…」という気分になっていた。

旭川で列車に乗る前…駅の辺りのカフェに立寄り、珈琲を求めたが…殆ど初めて「最近の様子の変化」を意識した…

少し名前が通ったチェーン店のカフェで、紙コップのようなモノに好みの珈琲を用意して頂き、後は何となく店内で啜ろうが、一息付いてそれを外に持ち出そうが「御随意に…」であった訳だが…“店内”か“持ち帰り”か、「念押し」でもするように、少々強く店員さんに尋ねられた…

実は紙コップのようなモノで珈琲を用意して頂き、何となく店内で一口啜って「やれやれ…改札へ向かって、列車を待とうか…」とフラフラと駅側に向かいながら、或いは駅で珈琲を啜るというような状況を思い描いていたので、“店内”か“持ち帰り”かは然程気に掛けていなかった…

そういうことだったが…最近は「“店内”か“持ち帰り”かは然程気に掛けていない…」というのが「許されない!!」ということになったらしい…同じ材料で、同じ器具を使用し、同じ労力で珈琲を淹れ、それを紙コップのようなモノに注いで、買い求めようと現れた私に寄越すまでの労力も全く変わらないが…“店内”か“持ち帰り”かを「厳格に区別」しなければならないのだということになった。それは“店内”と“持ち帰り”とで「消費税率」が違うからなのだそうだ…

何やらよく判らない…“店内”か“持ち帰り”かで「消費税率が異なる」というのは聞いてはいたが、旭川駅辺りのカフェで、実質的に初めて意識させられることになったという訳だった…

随分と永い間、「<悪平等主義人民共和国>とでも呼ぶべき奇怪な国」にでも住んでいる「居心地の悪さ」を感じないでもない感だったのだが…「訳が解らないルールの新設」で「居心地の悪さ」が「また拡がった…」かもしれない等と思ったのだった…

そういうことを思い出しながら…<大阪ストロング>を満たしたマグカップを空けた早朝…未だ暗い…

利尻富士が見える車窓…(2019.10.09)

特急列車が稚内駅を発つと、直ぐに南稚内駅に着き、南稚内駅でも始発の稚内駅と同様かそれ以上に乗込む乗客は多い。殊に平日の朝の列車はそういう傾向が強いかもしれない。南稚内駅は、稚内市内の住宅が多目なエリアからは稚内駅よりも近いのだから…

そういう事情で、車掌さんによる車内検札は、この南稚内駅を過ぎた辺りで行われる…そうしている間に、特急列車は停車しない抜海駅に列車は近付いて行くが…

↓南下する場合は「進行方向右側」、指定席で言えば「D」の辺りであれば、こういう様子が視える場合が在る…
09-10-2019 vol01 (14)
↑日本海岸の少し小高い辺りに軌道が敷設されていて、海の見晴らしが好い箇所が在り、天候状態によって利尻富士が見えるのだ…

こうやって視えると、何度も視ているにも拘らず、視る都度に「おぉっ!」となってしまう…

↓稚内駅で何となく写真を撮っていたので、愛用のカメラ(広角ズーム装着の<X-Pro2>)は提げたまま着席していた…それを直ぐに使った訳だ…
09-10-2019 vol01 (15)
↑この様子が視える区間を通過する時間は短い…「右手の窓から、海に浮かぶ利尻富士が御覧頂けます」と車掌さんがアナウンスして徐行する場合も在るが、多分2分前後で通過してしまうと思う…列車の窓への変な映り込みを避ける意味で、窓硝子にレンズを半ば密着させ、ズームでフレーミングをどうこうするゆとりは無いので、最初から「24㎜」に決めてしまい、列車が走っている箇所に若干の傾斜が在るので水平線が斜めにならないということをある程度意識し、「可能な限り!」と多い回数のシャッターを押す…そうやって撮った画だ。

この辺り…「何が見えるでもない…」という状態になってしまう場合も多いのだが…山頂が1,721mという利尻富士に若干の雪が被った状態が、「大海と天空との間に漂う幻」のように見えた…

旭川に到着するまでの間の3時間余り…「列車に乗って好かったぁ!」と大いに満足していた。個人的な満足度という観点では、そのまま引揚げてしまっても悔いが無いとさえ思った程度に満足していたが…当然ながら旭川で普通に用事も足した…そして休む前に写真の整理に着手している…

何か「過ぎる程に長大な“盲腸”のような路線」という感の、稚内・旭川間の宗谷線で列車本数も限られてしまうのだが…この稚内市内ということになる辺りで視られる車窓は、非常に好い!

風がやや強い休日…

外側へ開くようになっている扉を押し開けようとすれば…「妙な抵抗感」が生じる。強風に圧されているのだ…強風に由来する妙な音が屋内で聞こえるという程度に風が強いのでもないが、昨日から強風な傾向が続いている。昨日は、扉を開けようとして風に圧されてしまうということも無かったのだが…或いは偶々、開ける扉を圧してしまう風向きになったのかもしれない。

屋内に<大阪ストロング>の香りが立ち昇る…強風に圧される扉を開けてコインランドリーへ出掛けて、洗濯を済ませて引揚げ、何となく一息入れている…強風に加え、曇天で時折雨も交じる、やや薄暗い感じの日になっているのだが、未だ「静かな休日の朝」という雰囲気である…

想い起せば、今般の前の休日は“所用”に絡めて出掛けていたのだった…縁が深い札幌に出掛け、縁が深いにも拘らず訪ねた経過が余り無い、または全然無いというような場所にも立ち寄ってみたのだった。そういうような「縁が深いにも拘らず訪ねた経過が余り無い、または全然無い」という場所は未だ幾らでも在るのであろう。また機会が在れば、そういう場所へ寄るということを計画してみたいものだ…加えて、何度か訪れた場所でも季節が異なれば様子も違うであろうから、そういう場所を訪れてみるのも好い。更に…頭の中には「無制限に分厚い!」という感の「訪ねてみたい場所のリスト」というモノも在る。そのリストの頁は日々編集されていて、例えば「或る時俄かに150頁から3頁へ」という“優先順位”らしきモノの変更が頻繁だ…

休日の時間を利用して、何処か他所へ出るのも好いが…余り出てばかりいるのも身体が休まらない…字面どおりに「休む」ということも大切だ。自身では「正しい休日」と半ば戯れに称するのだが、「コインランドリーを利用…サウナを利用…食事を摂り、読書に興じ、何となく過ごす…」という程度の過ごし方…そういうのも悪くはない…今日は、その種の過ごし方になりそうな気配だ…

<KFC>…(2019.09.30)

早朝5時台に軽いモノを摘まんで“朝食”ということにして…午後1時近くまで“所用”を済ませるために時間を要してしまった…

新札幌地区の商業施設の辺りに在って…「何か…」と“昼食”ということにすべきモノを探した…

↓こういうモノに出くわした…
30-09-2019 Sapporo, lunch (1)

稚内で「昔は…」と少し古いことに話題が及ぶと…「札幌に出ると、<ケンタッキー>を“バーレル”とか言う大きな容器で買い求めて、急行列車の網棚に乗せて稚内へ持ち帰っている人が、2回の移動に1回位の頻度で見受けられた…」という話しになる場合が在る。実は自身でも目撃したことが在る…

その後、稚内にもこの<ケンタッキー>こと<KFC>の店が開業した。最初に開業した場所から、商業施設内のテナントという形になって移転し、その後閉店してしまって既に久しいような気がする…

↓何となく久し振りにこれを頂いてしまった…
30-09-2019 Sapporo, lunch (2)
↑このチキン…大きさが存外にバラバラなように思うが、この時は少し大きなモノが出て来た…

因みに…現在では「列車の網棚に乗せて稚内へ持ち帰っている」は見掛けない…

「枕崎駅より 3,099.5km」:稚内駅(2019.09.28)

↓稚内駅で列車に乗ろうとすれば…こんなモノを眼に留めた…
28-09-2019 Wakkanai vol01 (4)
↑鹿児島県…薩摩半島の沿岸を巡る鉄路が行き着く先…枕崎駅…3,099.5kmも彼方だ…

どんなコースを通れば「3,099.5km」なのだろうか?

実は2011年12月に「稚内→旭川→小樽→札幌→郡山→会津若松→新潟→新大阪→博多→鹿児島中央→指宿→枕崎」と、新幹線や当時は動いていた<北斗星>や<きたぐに>という夜行の特急や急行も駆使して枕崎駅に「鉄路のみ」で到達してみたということが在った…復路は鹿児島中央駅に引揚げ、都市間バスで大阪に出てから空路で新千歳空港に入って、そこから列車で稚内に戻ったのだったが…(2011年12月頃と言えば<S95>というカメラを主に愛用していて、モノクロの画は殆ど撮らなかったのだったが…)

↓更にこんなモノも…
28-09-2019 Wakkanai vol01 (5)
↑枕崎側から申し出を頂き、“南”と“北”の終着駅を擁する小さな街どうし、互いに鰹や昆布という“出汁”の材料を送り出すという共通項も在るので友好交流をしようということになった訳で…その旨が掲示されているのだ…

「線路は続くよ♪」というメロディー…阪神電車の列車が到着する時に使っているが…稚内から「線路は続くよ♪」ということなら…少なくとも枕崎まで「3,099.5km」も続いている訳だ…

10月に…

「日本の会社が国外に出している仕様」の機械式自動巻腕時計を“逆輸入”したという代物を愛用中だが…文字盤の「3」の箇所にカレンダーが仕込まれている。「曜日」の標示は、使い始めた時に調整して以降は、基本的に触る必要も無いのだが…朝、「日付」は「31」となっていたことに気付いた。さり気なく「1」に調整した。

「30」で終わるべき月が改まった時、この腕時計のカレンダーの「日付」は調整しなければならない。随分以前、当時使っていた腕時計のこの状況を無視し続けていたことが在ったが、何時の間にか「何日?えっ?何!?」と訳が判らない数字が表示されるようになってしまっていた。2月、4月、6月、9月、11月というような「30」または「28」(閏年は「29」)で終わる月に、腕時計のカレンダーの調整を無視し続けていれば、そういうことにもなってしまう訳だが…近年は真面目に調整するようになっていると思う…

そのカレンダーの調整を行った今日の前日…9月30日は“所用”が在って札幌に出ていた。その“所用”に間に合わせるよう、前日に札幌入りすれば善かったのだが、何となく土曜日から出掛けてゆっくりと…或いは何となくパタパタとしてしまったかもしれないが、「御出掛けの週末」という展開だった…

そういうことで、前日は夜遅くに稚内へ着く特急列車に乗って戻ったのだが…(長大な)単線区間ということになる宗谷線で時々起こる、「行き違いの列車が遅れる」という事由で、途中の士別駅で少し長く停車し、稚内駅到着は若干遅くなった。何やら「日付が改まった少し後」というような時間帯に拙宅に引揚げ、「車中での中途半端な居眠り」の“効能”(??)なのか、直ぐに眠気に包まれるのでもなく、何となく暫くの間は寝入ることが叶わなかった…そのために、日頃の「早寝早起き」な生活時間帯が多少ズレてしまい、何となく「ゆっくりと起き出した(?)」という感の朝たっだ…

少し妙な感じ、ぼんやりとしたような感じの中で「10月1日」を迎えた…

「10月1日」を迎えたと言って、何かが特別な訳でもない。週末に出掛けた流れで月曜日に“所用”を足し、明けて“火曜日”を迎えたというだけのことである…

現在使われている「365日」の暦が使われるようになった時…月の動きの周期で「1ヶ月間は30日間」という目安になったというが、それでは「365」が巧く割り切れない…そこで「31, 29 (30), 31, 30, 31, 30, 31, 30, 31, 30, 31, 30 」として、「30」と「31」とが混在し、2月のみが「29」(閏年に「30」)としたそうだ。それから年月を経て「31, 28 (29), 31, 30, 31, 30, 31, 31, 30, 31, 30, 31」に改められたという。何やら「31」の「7月」に対して、「8月」の「30」が「好ましくない?」と考えた皇帝が在って、2月から1日マイナスして「8月」を「31」にしてしまったと伝わるそうだ…

そうして考えると…「1ヶ月間は30日間」という目安は「月の動きの周期」という“科学”なのだが…月毎の日数に関しては、かなり“恣意的”というように思える…だから…日付や月が改まったと言って、格段に何かを強く意識する必然性も無いような気がしている…

そんなことを思ってはいるのだが…今年に関しては6月下旬から、多少気が重い一面も在る“所用”が生じ、8月にはその関連で取り込むようなことになり、9月は「慣らし運転」というような気分も在った。そういう経過を辿っているので、何か10月に入ると「少しずつ調子を上げて、色々と好い感じの事柄も?」という“気分”は在る…

こういうような「色々と好い感じの?」という“気分”は…“気分”のみで終始し、何やら実際に何かが在るでもない場合が多いものだ…

ところで…週末から月曜日、札幌では日中の最高気温が24℃程度になり、何やら半袖Tシャツで戸外を動き回った。前日の夜遅くに稚内に戻った場面では、長袖シャツを引っ掛けたが…或いは「戸外を半袖Tシャツで動き回る」というのは、私自身としては「今季最後」という話しであったかもしれない…就寝や起床の時間帯がズレてしまい、何やら酷く眠い感じな中で、そんなことも思い出した…

<スパイシーダブルモスチーズバーガー>(2019.09.15)

<モスバーガー>というモノが在る…チーズが加わって<モスチーズバーガー>となる…ハラペーニョを入れると<スパイシーモスバーガー>になる…そこにチーズが入っていれば<スパイシーモスチーズバーガー>だ…<モスバーガー>のハンバーグが2枚でチーズとハラペーニョが入ったモノは<スパイシーダブルモスチーズバーガー>と呼ぶようだ…

何か、加わったモノを意味する表現が前に付く場合や後ろに付く場合が混在していて…何やらよく覚えられないが…

↓実際的には?カウンターでモノの写真が入ったメニュー表を見て、<スパイシーモスチーズバーガー>の画を指差して「これを…ダブルで御願いします…」と申し出れば善い…そう言って出て来たモノだ…
15-09-2019 lunch (1)

↓こういう具合に…サラダとスープと合わせ、食後に愉しむ珈琲も求めた…
15-09-2019 lunch (3)
↑「新発売の〇〇」だの「期間限定の〇〇」だのと、様々な誘惑が在る場所だが…一寸考えて「これを頂こう…」ということにしたら、他のモノは敢えて頼まないようにする…

↓ミートソースにトマト、そこに辛いハラペーニョと蕩けるようなチーズ…そしてハンバーグが2枚…実に高い満足度を得られるモノだ…
15-09-2019 lunch (2)

拙宅からは「やや遠い…」という感な場所だが、好天の休日等は一寸訪ねて、こういうモノを頂いてみたくなる…

赤い♪赤い♪

久し振りに、真っ赤なシャツを着てみた…

何時のことだったか?何枚か纏めて長袖シャツを求めた時、紺やチャコールグレー、ライトブルーに白いストライプというモノと併せて、何となく真っ赤なモノも求めていた。衣類に関しては、求めたのが何時のどういう機会であったか想い起せない位に長持ちしてしまうことが珍しくないのだが。他のモノも未だ時々着用しているが、この真っ赤なモノは少し出番が少ない。やや鮮やかに過ぎるような感が否めないのだ…

しかし今日、何となくその辺に在るのが眼に留まって着用し「そう言えば久し振りだ…」ということに思い至った…鮮やかな色のシャツは、何となく気分が弾むかもしれない。少し天候も好い休日には好適であろうか?有名な夏目漱石の『坊っちゃん』だったと思うが、“赤シャツ”と綽名される劇中人物が在って、好んで赤いシャツを着用することに関して、何やら能書きを語っていたというような叙述が在った…という気がした。

鮮やかな色のシャツを身に着けて、少しばかり気分が弾むような気がしているが、そういう「着用するモノと気分や調子の関係」というのは意外に在るのかもしれない…

例えば…プロスポーツのチームで、ホーム用、アウェイ用の他に色違いのユニフォームを用意して、シーズン中に何色かを使い分けている事例が在る。近年は日本のプロ野球でも盛んに在るのだが…アレに関して、「この色のユニフォームの時、何やら勝率が落ちていないか?!」というのが在るような気がしている…

この「色違いのユニフォーム」というのは、米国のメジャースポーツで少し盛んに行われていて、日本のプロ野球にも伝播したように見受けられる。彼の地では、歴史や伝統を誇るチームが「往年のデザインのユニフォーム」を使う例が見受けられるが、日本のプロ野球でもそういうのが見受けられるようになっている。個人的には、キャップのデザインが好いと思っていた<大阪近鉄バファローズ>のユニフォームがシーズンに何回か現れて、そのロゴマークが入ったモノが売られているというのが、何となく嬉しいというのが在るが…

野球以外では、バスケットボールのNBAで幾つものチームが毎シーズンそういうのをやっている。私が強く記憶に留めるのは…何時の間にか10年以上も前になっているが、「玄関マット」―皆が踏んでいるが、誰も顧みない…という含意…―と揶揄される弱小チーム、プレイオフに進出が叶わなかったシーズンの連続で“記録”を作っていた時代のゴールデンステート・ウォリアーズが「間違って(?!)」というように第8位でギリギリにプレイオフを果たしたシーズンだ…あの頃、ホームの白、アウェイの紺―“ナイトブルー”と称していた…―の他に、彼らの地元であるサンフランシスコの大橋梁に因んだ「ゴールデンゲート・オレンジ」―大掛かりな構造物に、安全のために視認性を高めようと鮮やかなオレンジを塗装する…そこに関連している…―と称する華やかなオレンジのユニフォームを用意していた。このオレンジのユニフォームを着用したウォリアーズは、何時も善戦し、勝率もやや高まったかのように見えた…

現在でこそ「プレイオフの決勝に進みそう…」という話しも毎シーズン出るような、リーグを代表する強豪になっているが、あの頃は「誰も知らない?」ようなチームだった…が、あの鮮やかなオレンジのユニフォームのウォリアーズ…凄く記憶に残る。

あの時の様子を思うと…「燃える闘志が滲むような、鮮やかな、サンフランシスコを代表する巨大な橋梁に因む命名の“ゴールデンゲート・オレンジ”のユニフォームに身を包み、悲願のプレイオフ進出を果たしたウォリアーズ…地元オークランドでの試合…サンフランシスコベイエリアの全てのスポーツファンが待ち望んだ、何年ぶりであったががどうでもよくなる程に永く待たされたウォリアーズのプレイオフが、いよいよ始まります。“ジェイソンをプレイオフへ連れて行こう”を合言葉にチームは苦しい戦いを潜り抜けました。そして漸く、シーズンが間も無く終わろうという時期に至って第8シードの座を掴み取りました。オールスターのダンクコンテストで、あの伝説のマイケル・ジョーダンしか成し遂げたことが無かった“連続優勝”を果たした、バスケットボールファンに留まらずリーグの選手の誰もが一目置く程の、ウォリアーズ生え抜きのエース、ジェイソン・リチャードソンは、デビュー以来一度もプレイオフに登場していません。そのリチャードソンが、プレイオフのコートに初めて立ちました。リチャードソンの傍らには、“ボス”と呼ばれ、チームを牽引するデイヴィスが居ます。そしてジャクソンが不敵に微笑み、ハリントンがコートに睨みを利かせます。センターサークルに若いビーエドリンスが進みます。間もなく、ティップオフです…」と勝手に“実況中継”のような言葉が溢れ出て、少々熱くなってしまう…こういうのも困ったものかもしれないが…

鮮やかな色のモノを身に着けると…少し“力”が沸くのかもしれないが、真っ赤なシャツを着て、何となく思い出した。

往年のテレビ放映された“特撮ヒーロー”の作品で、主人公がヒーローに“変身”する前の場面で、何か「鮮やかな色で無地のシャツ」というのがよく在ったような気がする。自身の真っ赤なシャツを身に着けた様子が硝子等に映り込んだ様を見て…「(私自身程度の年代に)少々年をとってしまった変身ヒーロー」と苦笑いをしてしまった…

少しばかり“力”が得られるかもしれない真っ赤なシャツを着ている休日だが…ゆったりと過ごそう…

休日の朝…好天…

<オータムブレンド>という、旭川駅辺りの店で仕入れた豆で淹れた珈琲が非常に好い…<NARA>のマグカップでゆったりと頂いている…

“一仕事”―コインランドリーに足を運んで洗濯…―を終えたところだが、未だ「休日の朝」という風情が漂う感だ…

酷く天候は好い。色画用紙のような、雲が視えないような空が広がる…多少気温が上がり、日差しが射し込むような場所では暑いと感じる場合もあろうが…20℃を少し超えているのかもしれない程度で、爽やかだ。

「異例の中の異例…」と言いたくなった暑さであったのは、丁度1週間前だ…随分以前のような気がしていた…コインランドリーに持ち込んだモノの中、その先週の日曜日に着用していたTシャツやジーンズが在った。アレは「海や川に落ちて、着衣のままに泳いだ??」というような状況でも在ったかのように、酷く濡れていた…汗を酷くかいて衣類を汚してしまった訳だが…何か「洗濯直後…」という濡れ具合だった。その衣類だが…「未だ完全に乾いていない??」と感じるような、何ともスッキリしない按配だった。他のモノと合わせて洗って乾燥で、何やら非常にスッキリした…

そういう“一仕事”の後に、ゆったりと珈琲を淹れて寛いでいるという次第だ…

朝早くは長袖Tシャツ―「ロシア仕入れ」のモノ―を着ていたが…やや気温が上がったので半袖Tシャツに替えた…好天の休日…「これからどうしよう??」という感だ…

恙無く…

「恙無く…」という感でウィークデーが“幕引き”に向かおうとしている…

日曜日の「29℃」は何だったのか?直ぐに「この時季らしい…」という範囲、20℃を切り、風が少しばかり冷たく感じる場合が在るというような按配になった。秋は「天候が変わり易い」ということであろうか?

今日は「13日の金曜日」であった。『13日の金曜日』というホラー映画のシリーズが在ったと思うが、「縁起が悪い」とされているようである。

が…「13日の金曜日」を「縁起が悪い」と考えるのは米国辺りでポピュラーな考え方のようで、他の国や地域では然程意に介されていないような感でもある。

米国では“13”を「アンラッキーなナンバー」と考えるようだ…

聞いた話しだが…第2次大戦期、独軍のベテラン搭乗員が乗り込んだ戦闘機に“13”という機番が大きく書かれていて、その機が米軍機を撃墜して悠然と引揚げるというのが何回か在った。米軍の搭乗員達は「あの“13”!?」と、技量に優れた搭乗員の乗機らしいと認識したようだが、同時に「あれに出くわすと不運?!」とも認識したらしい…

スポーツの世界でも“13”という背番号は、各競技の選手達の間で「やや人気が低い」というようなことも聞く…

アメリカンフットボールでは、ポジション毎に割り当てられる背番号が慣例的に或る程度固まっている。攻撃の起点となるクォーターバックは一桁の番号や10番台が割り当てられる。そういう中、“13”を選ぶ選手は少ないらしい…有名選手で「俺は運、不運と無関係に力を尽くす!」と好んで“13”を選んだという例も在るらしいが…他方で、鳴り物入りでチームに参加したという程でもない選手が「空き番号は?“13”?」と“13”のユニフォームを着用というのが在るようだ。時々、そういう経緯で“13”を負った選手が活躍してチームの躍進を演出する場合も在るようだが…

バスケットボールでは、かなり著名な選手が“13”を使っていて、有名選手の栄誉を伝える「欠番」にその“13”が指定されている事例も幾分聞くが…各チームの選手名簿に“13”が無い場合も多い。しかし、NBAのようなリーグで米国以外出身の選手が多くなると、「出身国で何時も“13”を使っていた…」と希望する選手も在るようで、その場合は“欠番”でもない限りは御本人の希望が容れられ易いようである…

私の場合…「13日の金曜日」であろうと、他の何であろうと、最近の様子を思えば「恙無く…」という感である。特別な何かが在るのでもないが、「運?不運?」と二分するのであれば、「寧ろ好運」なのかもしれない。最近はそういうようなことを思う傾向が強まっているかもしれない…

今週の場合は…殊更に「恙無く…」という感でウィークデーが“幕引き”に向かおうとしているという思いが強いかもしれない…

黎明…朝焼け…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.11)

↓雲が多い感である多方、低い空が明るい…鮮やかな黎明という感である…
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↓朝陽の光が干渉し、空の色は刻々と変わる…
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↓燃えるような色合いに…
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↓朝焼け…雲が“火の鳥”のようだ…
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↓朝陽が多少滲むような按配に覗いているらしい…
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何か…素晴らしい様子を視た早朝だった…その後は…何となく薄曇りのような様相になっている…

函館山からの眺望…(2019.09.01)

半ば衝動的に流れ着いた函館…久し振りだ…函館駅周辺の宿に陣取ってみた…

嵩張るモノは宿に置き、路面電車に乗って出掛けて、ロープウェーに乗り継いで…函館山の展望台に上った…

↓到着した頃はこういう様子…
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↑“夕景”という趣きになり始めたような頃合いだった…

↓日没が近付き、光線が劇的に変わり始める…
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↑そして展望台もなかなかの混雑を見せ始める…

なかなかに混雑する展望台に、確か“リアクション芸人”と称する男性がスクーターで地方の街を巡るというようなテレビ番組のロケをやっていたらしく、一行が現れて騒然となった…

↓何となく騒然としていたが…それはそれとして景色を愉しんでいた…
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↑そのうちにテレビ番組の撮影をしていた一行は姿を消した…

↓日没の時刻を過ぎ、街に灯りが入り始めた…
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↓やがて…街が輝き始める…
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酷く混み合い、それでも団体客等がドンドンやって来る状況…スムースに下りられなくなると観た…そこで、こんな様子を眺めて直ぐに下山した…

この場所は…「天候次第…」という感じもする…こういう評判が好い景色というようなモノは…機会が在れば、とりあえず観ておきたい感だ…

蒼天と高層建築…:<ホテルエミシア札幌>(2019.08.30)

よく晴れた空を、何気なく仰ぎ見る…そういう「普通なこと」が「酷く新鮮」と感じる状況…暫く“所用”で屋内に閉じ籠っていて、全然戸外に出なかった故であろう…何か「特殊な事」でもしているかのような、妙な気分になりながら辺りの蒼天を見上げた…

↓辺りで抜きん出て背が高い建築が、適当に白雲が拡がる蒼天に輝いているように見えた…
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↑新札幌駅の周辺だ…

↓何時の間にか、建物が竣工して開業してから存外な年月が経ったような気がするが…高層建築はホテルである…
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新札幌駅周辺に関しては…個人的には「かなり古い時期」からよく知っているので、このような「相対的には酷く古いのでもない」という高層建築を見上げるのは、何となく感慨深い…

『スカーフェイス3 ブラッドライン 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』

↓所用を済ませて安堵し、ふらりと立ち寄った商業施設内の書店で眼に留めた…「あのシリーズ!!」と素早く入手した一冊である…

スカーフェイス3 ブラッドライン 警視庁特別捜査第三係・淵神律子 (講談社文庫)



↑買物の後に喫茶店に立寄って紐解き始め…引き込まれてしまって頁を繰る手が停まらなくなってしまった…そして素早く読了に至ってしまった…かなり夢中になった…

本作は女性刑事、淵神律子をヒロインに据えたシリーズの第3作で、過去作品は大変に愉しく読了している…

淵神律子は格闘技も射撃も車の運転も得意で、独特な勘も持った腕利きの刑事だ。被疑者との格闘で頬に傷を負った経過が在って一部に<スカーフェイス>と呼ばれている。この淵神律子はやや荒っぽい面が在って、捜査一課で持て余され、資料整理が本分となっている“閑職”の「特別捜査第三係」に左遷されてしまう。そしてそこで、若いキャリア組の藤平や、大ベテランの円と組んで独自の活動で事件の解決を目指すのである。他方、淵神律子には年老いた両親が在り、看護師の町田景子と一緒に住んでいるという暮しも在り、それらが事件に絡む場合というのも在った…

第3作となった本作…若い藤平が、警視庁を訪ねて来た友人の母親と、その友人の婚約者の女性から相談を受ける辺りから物語が動き出す。

相談を受けた藤平の様子を視て、酷く思い悩んでいると観た淵神律子と円は事情を問い質す。藤平の友人が「学生時代のテニスサークルで縁が在った女性を誘拐して行方を眩ませてしまっている」という話しになっていて、警察が既に捜査活動を行っているのだというが、事情がよく判らずに悩んでいて、警視庁に勤務している藤平を思い出して相談に訪れたのだという。藤平としても、婚約者も在る友人が、女性を誘拐するというような事態は想像し難いことで、とりあえず相談を聴き置いたが、どうしたものか悩んでいたのだ。

淵神律子と円は係長に申し出て、捜査一課で取り組まれている捜査とは別に“調査”を独自に行うということにした。時間外に本来業務とは別に行うということで、藤平と淵神律子と円は“調査”に取組む…

行方を眩ませてしまった女性が住んでいた部屋からは、藤平の友人の指紋や、女性と争った際に散ったと見受けられる2人の血痕が発見されている。その指紋や血痕の故に藤平の友人は誘拐をしたと視られているのである。

調べ始めると、判らないことだらけの不思議な事態である。行っては戻りという状態で調査は続くが…

ということなのだが…思わぬことから「もしかして!?」と事件の謎が明らかになる…それにしても、この事件の犯人…「恐るべき…」である。

過去2作に比べるとアクションというような要素は少な目だが、淵神、藤平、円という面々が各々の持ち味で謎が多い事件に挑む様子は夢中になる…

日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)=日前宮(にちぜんぐう)(2019.02.27)

和歌山に「紀伊国一之宮」という格式の、古い由緒を誇る神社が在る…JR和歌山駅から発着する<和歌山電鐵>の列車で2駅…「直ぐ!」な場所に<日前宮>という駅が在って、その傍だ…

この神社…左右に2つの神社が在って、「2つで1つ」のようになっている…

↓日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)の“右”となる國懸神宮(くにかかすじんぐう)である…
27-02-2019 Wakayama, Nichizen-gu Shrine (8)

↓日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)の“左”となる日前神宮(ひのくまじんぐう)である…
27-02-2019 Wakayama, Nichizen-gu Shrine (2)

日前宮(にちぜんぐう)のが通称だが、敷地内に2つの本殿が並んでいる。それらは各々に<日前神宮>(ひのくまじんぐう)、<國懸神宮>(くにかかすじんぐう)という名称も在る。これらを合わせて<日前國懸神宮>(ひのくまくにかかすじんぐう)というのが“正式名称”なのだ…

一寸面白いが、各々になかなかに趣きが在る…

休日の朝…

<モカイルガチェフ>の芳香が、未だ「静かな休日の朝」という雰囲気が残る中に漂う…<NARA>のマグカップを傾け、何となくゆったりした気分に浸る。

残量が少なくなっていた珈琲豆は使い果たし、とりあえず拙宅の在庫は切れてしまったが…仕入れるのは「そのうち…」で差し支えない状況だ。序に申し上げるなら、休日に珈琲を頂く場所には事欠かない…

「未だ」と「静かな休日の朝」を形容したが…早くからコインランドリーを利用した。先週は何となく賑わっていたので、先週よりやや早く足を運んだ。結局、洗濯と乾燥を済ませるまで“貸し切り”で終始した。こういう“一仕事”を済ませてしまった後であっても「朝…」という感が色濃い訳で、何となく「未だ」が口を突くのだ。

空気は温くもないが、他方で酷く冷たいのでもない。しかし湿っている…他方で吹き抜ける風が多少冷たい。結果的に「涼しい」を少しばかり通り過ぎてしまっている…方々で「災害」とでも呼ぶのが相応かもしれないような暑さが続くと聞くが…当地はそういう状況を免れている。「(飽くまでも当地の基準での)暑さ」は、然程巧くもない“一撃離脱戦法”のように、中途半端に過ぎる程に速く攻め込んで、唐突に去ってしまったという感じだ。誰かが「もう…暑くはならないか??」と口にしていたような気もするが…現在は多分18℃程度の気温であろう。暖房は無用である…厳冬期に暖房を稼働させていて、18℃の室温と機器が示すような状況下よりも温かく思える程度だ。冷房?それも無用だが、拙宅には最初から冷房は備えられてはいない…

ジーンズ穿き、半袖Tシャツ、その上に長袖ワークシャツ…現在の状況下でこういう服装だが、考えてみるとこのような感じが年間を通じて最も多い。そして風や雨や雪等の条件を視て、適宜上着を羽織る。勿論、厳冬期の低温の中では防寒上着を着込んで、防寒目的を含む帽子を着用する…

そういう状態だが…こんな「他所と随分様子が違いそうだ?」という中で、他所へ出るようなことにでもなると、「何を着て出る?」ということになってしまう…こういうのは、出る前には酷く気になるのだが、出てしまえばどうということも無いという場合も多い…出先が少々暑いので、持参した半袖Tシャツを着用で、稚内へ戻る段階で長袖シャツを引っ掛けるというようなことが「ありがち」な展開か…6月上旬に他所の地域へ出た場面では、出先で半袖Tシャツを求めて、早速に着用ということもしていたが、そんなのも悪くはない…

そんなことを思っていた間に…<NARA>のマグカップが空いてしまった…

とりあえず…今日は「正しい休日」を決め込みたい…

「8月9日」に…

多少強めになった感の風が涼やかに感じられる…そんな一日だった…

「1945年8月9日11時2分」というのが、長崎に原子爆弾が投下された日時と時刻であるそうだ。この「8月9日11時2分」に、原爆犠牲者の追悼と平和を祈念する黙祷が呼び掛けられる。今日、それが行われた…

こうした惨禍を伝える場所というモノは見受けられる訳だが…そういうことに特化しているのでもない場所で「これも忘れてはならない」と伝えていること…或いは、惨禍を直接に伝えるようにしている事例以上に記憶に残る場合が在ると思う。

長崎を訪ねると、街を行き交う路面電車が眼に留まるのだが、その路面電車に関することを紹介している場所が市内に在って、そこを訪ねた時に掲示されていた「原爆投下の日に電車に乗務」ということをしていた方の手記を読んだ。これが忘れ難い…

1945(昭和20)年頃、何年も戦争が続いていた最中、方々の街では多くの働き手が徴兵ということになっていて「手が足りない…」という状況が随分見受けられたらしい。現在で言えば高校生位の年代に相当するような若い人達が、様々な仕事をしている例が見受けられたのだという。

長崎の街では、路面電車の車掌として、そういう若者達が働いていた。そういう、当時は高校生位の年恰好の若者であった人が綴ったモノに触れたのだった。路面電車のことを紹介している場所でのことだった…

手記の筆者は、沿線の浦上地区に在る、行き交う路面電車から見えるアパートに住んでいたという。そして同じく路面電車の乗務員をしていた仲間も、同じアパートに住んでいた。同じアパートに住んでいることもあって両者は親しくしており、互いに交代で各々の勤務に出ていたが、共にアパートに居ることが在れば一緒に過ごす場面も多かったという。

8月9日、手記の筆者は朝から路面電車に乗務していた。何時ものように自分が住んでいるアパートが見える辺りも通過している。そして偶々、何回目かにアパートの辺りを通り過ぎた時、窓辺に仲良くしている仲間が居るのが見えた。互いに「非番でゆっくりしている…」、「何時ものように元気に乗務している…」と気付いて、さり気なく手を振ったという。その少し後…突然の轟音と暴風で訳が判らなくなってしまった…

突然の轟音と暴風で訳が判らなくなってから、一体どの位経ったのか?手記の筆者は、乗務していた電車が脱輪して停まってしまっている辺りに倒れ込んでしまっていたが、気が付いた。「何が起こった?」と訳が判らず、辺りを見廻した。乗っていた路面電車が駆け抜けた筈の方角、軌道の先の浦上地区方向を見た。様子を眼にして言葉を失った。路面電車も行き交っていて、日頃暮らしていた街が灰燼に帰していた。方々で炎上して煙が上がる様子も見受けられた。走行中の路面電車や、乗務していた自身や乗り合わせた人達は凄まじい爆風に吹き飛ばされてしまっていたという訳だ。それが原爆だったことを知るのは少し後だったという…

驚くべき事態が起こってしまい、訳が判らない状態で灰燼に帰した浦上地区を眺めた手記の筆者は思い至った。気を失うほんの少し前、互いに気付いて手を振った仲間のことである。爆心地から然程遠くない辺りで壊滅してしまった住宅に居合わせたということになる仲間は…助からなかった…消息不明なままだ…

というのが、記憶に残っている読んだ手記の顛末である…

原爆は大変な規模の惨禍をもたらしてしまった。その規模の酷さが伝わるようなモノや話し以上に、「楽ではない時代の中ではあっても、携わることになった活動を真面目に展開して、精一杯に生きていた普通の若者の日常を、一瞬で粉砕されてしまったような異常事態」というのが、非常に強く伝わる内容だと思った。「瞬時に日常が粉砕される惨たらしさ」が、「とある路面電車の車掌を務めていた若者」という視点人物が在ることで、濃密に読む側に迫ったのだ…

何回も立ち寄った長崎へ、初めてか2回目かに寄った際に読んだものだと思う。存外に年月を経たが、こういうように書き綴ることが出来る程度に内容を記憶に留めている…「長崎の原爆」とでも聞けば、この「路面電車に乗務していた若者」という話しを思い浮かべる。何かで長崎に話題が及んで、人にこの話しをしたことも在ったと思う。その程度に記憶に残る話しになっている…自身、長崎とは縁が薄く、路面電車等の輸送事業に携わっているのでも何でもないが、長崎を訪ねて路面電車に強い親しみを覚えているので、その路面電車と原爆という物語が、何か強く響いたということなのかもしれない…

因みに、原爆で甚大な被害を蒙ってしまった長崎の路面電車は、関係者の大変な努力で3ヵ月余りを経た同年11月下旬に運転を再開出来たという。失われた電気設備等を入れ替えて、必死で使い悪くなった軌道を修復し、使用可能と見られた車輌を整備した訳である。

何気なく、また愉しく利用するような路面電車に、戦時と戦後復旧という苦難の歴史も在った訳だが…時にはこうした先人の哀しみや労苦に想いを巡らせてみることも悪くはない…

他方、色々な場所へ自在に、気軽に訪ねることを可能ならしめている長崎の路面電車というのが…妙に懐かしいような気分にもなるのだが…

幸か不幸か…

温くなって湿っている空気が室内に滞留してしまうような状況は、然程気にならない程度になって来たように思う。当地は20℃程度の気温で曇天だ…感じ方に個人差は在ろうが、人によっては「寒い…」と感じるかもしれない。当地では“暑さ”らしきモノは「通常戦速の3倍!」とでもいうような、“彗星”のように飛び去ってしまう…

このところは、誰かが言ったとされる事柄の中身が多少軽んじられ、「○○さんが言った」というような事ばかりに眼が向いているという傾向も在るような気がしている。辺りで耳目に触れた或る事柄に関して「それはどういう意味だろうか?」とでも問えば、「○○さんが言った」という回答しか得られないような状況…もしかすると年を追う毎に拡大してしまっているかもしれない。

私の場合、「○○さんが言った」が酷く曖昧なまま「こんなことを書いたか話したかしていた人が在ったらしい」と中身だけ記憶している他方に、何処の何方の言であったかを半ば、または殆ど忘れてしまっている場合も少し多いかもしれない。

「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」というような表現が酷く記憶に残っている。「イワノフでもペトロフでもトルストイでも」と「誰でも構わないのだが」というようなことを言う場合の、ロシア語の慣用的表現を何となく思い出したが、この「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」はかの作家トルストイが何かの小説に書いたか、何かの折りの談話が伝えられたかであったような、曖昧な記憶も在る。トルストイであれ、他の誰であれ、何方の言であるのかは然程重要とも思わない。「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」という表現が記憶に残る。

「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」という表現を思い出したのは、嘗て首相を務めた方の御子息ということになる、なかなかに人気の在る国会議員が、少し有名で美人のニュースキャスター等で活躍していた経過が在る女性と結婚することにしたという報が伝えられたのに触れたからだ。

「幸せな家族は一様に」と思ったのは、著名な人達が結婚するような話しが伝わる場面の“感じ”というモノは、主役が俳優や歌手、スポーツ選手、政治家、その他の何であっても「然程の差異は感じられない」というように思ったからだ。御本人のコメントを拾おうと様々なメディアの記者が集まっている様子が伝わるという雰囲気は、本当に主役が俳優や歌手、スポーツ選手、政治家、その他の何であっても変わらないと思った。国会議員が主役である場合には、政治関係の情報を担当する記者が一定以上多く居るであろうというのが、他の関係の著名人の場合との差異であるのであろう。

とりあえず御結婚が伝えられ「一様」に「幸せ」に見えるが、その「幸せ」の在り方は「各々」というのが実際なのかもしれない。しかし、遺憾ながら先々に「不幸」が生じてしまう場合の「各々」よりも、その振幅は小さいような気がする。

そして「不幸」ということだが…トルストイの言らしい「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」という表現に関して、「家庭」を「モノ」とでも読み替えて考える場合が時々在る。「モノ」は“者”でも“物”でも構わない。“個人”でも“団体”でも“国”でも“地域”でも差し支えないと思う。

「不幸」と言うと、多少大袈裟に聞こえてしまうかもしれないが、大雑把に捉えると「按配が好くない」という事柄全般を思い浮かべると好いかもしれない。

こうして「幸せな家族は一様に幸せだが、不幸な家族は各々に不幸だ」を読み替えれば、「幸せなモノは一様に幸せだが、不幸なモノは各々に不幸だ」となり、更に「按配が好い場合には一様に按配が好いが、按配が好くない場合には各々に按配が好くない」という具合になるように思う。

巷には色々な話題が在るように思うのだが…「按配が好くない」という事柄については、「あっちも、そっちも、こっちも」と方々で発生している場合も少なくない。そうなると、「共通の要素も在るあっち、そっち、こっちで按配が好くない。如何する?」という話しになって行く場合もあろう。が…「按配が好くない」という「不幸」は「各々」であり、内容の振幅は「幸福」より大きい。これが意外に難しいと思えてしまう…

「あっちも、そっちも、こっちも」と方々で「按配が好くない」が生じた場合…一見すると共通項も在る3箇所で共に不具合ということにもなるのかもしれないが、他方で例えば「あっちは外部の影響で、自力救済の術が見当たらない。そっちは、実はずうっと前から然程変わらない按配の悪さで、一見目新しいようなモノが一寸登場しているので、今新たに按配が悪いように見えているに過ぎない。こっちは、下手を打ってしまった結果に過ぎないもので、あっちやそっちとは実は性質が大きく異なる筈…」という具合に「各々」で、その振幅も非常に大きいように思えるのだ。

不意にこんな面倒なことを思い浮かべてしまった…「幸せ」であれ「不幸」であれ、突き詰めれば何でも「各々」なのであろう。

「幸せ」にも、例えば、赤、青、黄色と様々なモノが在るのだと思う。例えばその赤、青、黄色の「幸福」と「少々縁が薄い?」とでも思うのなら、例えば黒や白を追い求めてみれば、そこに簡単に至ることが出来る新たな境地というようなものが在るかもしれない。そしてその新たな境地というようなものは赤、青、黄色に縁が強い人達にとっては縁が薄いモノということになるのかもしれない。

著名人の御結婚が伝えられたと言って、別段に自身がどうこうなるのでもない。著名人に限らず、知人や友人、その他全然知らない無数の人達がどうであろうと、自身の諸状況がどうかなるのでもないが。それでも、偶々触れたニュースが切っ掛けで一寸考えてしまった…

偶々「幸福」やら「不幸」やらを思い付いて話題にしたが…その何れであろうと、過ぎてしまった「過去」は変わらないが、「未来」にはどうとでもなるのである…そんなことも併せて考えた…