『シネマ・コミック 風の谷のナウシカ』

映像作品や小説作品等に関して、何度となく題名が耳目に触れて記憶に残っているにも拘らず、その内容を然程詳しく承知していないという場合が多く在ると思う。

題名を承知していて、内容を承知していないという状態に在ったとして、大きな問題は無いと思う。それでも或る時、「あの作品?」と気になる場合が生じると思う。

↓『風の谷のナウシカ』は、自身にとっては「題名を承知していて、内容を承知していない」の最たるモノかもしれない。他のアニメーション作品に関連する本の存在を知って、それを愉しもうとした際に本書の存在を知ったのである。

シネマ・コミック1 風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫) [ 宮崎 駿 ]



↑知られているアニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を漫画のような感じで愉しむことが叶うシリーズを知り、何作かの本を愉しく読んだのだったが、シリーズはこの『風の谷のナウシカ』を契機として順次送り出されていたようだ。

作品は漫画作品を原案として創られたということである。恐るべき兵器を駆使した戦争で文明が損なわれてしまい、生き残った人達とその後裔達が生きる世界となって千年を経た頃が舞台というファンタジーだ。

こうした大胆な設定ということになると「説明」が多々必要になってしまうのかもしれない。が、本作ではそういう「説明」という要素が、作中人物達の言動、作中世界での出来事を介して観る側に順次伝えられる。観る側はゆっくりと作中世界に入って行くことが叶う。

冒頭部、作中人物達がガスマスクのようなモノを着用している様子が出て来る。恐るべき兵器を駆使した戦争で文明が損なわれてしまった後、「瘴気」(しょうき)という有毒ガスを発する「腐海」(ふかい)と呼ばれる森が散在し、その毒を恐れながら人々は暮していた。そして変異か進化かで巨大になった「蟲」が方々に棲息しているような様子だ。

こんな中、荒涼とした地域と、緑豊かな地域とが点在しており、人々は様々な共同体を築いて暮らしている。「風の谷」と地域の通称を冠した共同体では、指導的な人物の下で穏やかな暮しが営まれていた。その指導者の娘で、後継者と目され、住民達から「姫」と呼ばれているのがヒロインのナウシカである。父や年長者の技術や知恵を受け継ぎ、ナウシカは共同体の穏やかな暮しを護り、有毒ガスを発する「腐海」(ふかい)の影響力が弱まるように心を砕いていた。

やがて「風の谷」の穏やかな日々が脅かされる。軍事力を駆使して版図を拡げようと活動する「トルメキア帝国」が動いていた。彼らは「ペジテ市」へ侵攻して征服してしまって、或る重要なモノを輸送機で運ぼうとしていたが、その輸送機が「風の谷」の辺りに墜落してしまう。

この輸送機の墜落が契機で「トルメキア帝国」の軍勢が「風の谷」に現れる。そこに制圧されてしまった「ペジテ市」の関係者も絡み、争いが展開される。こういう状況を何とか解決しようとナウシカが奔走するようになる。

こんな本作の、物語と画の魅力が満載の1冊を夢中で読んだ。旧い作品ということにはなってしまうが、殆ど初めて作品に向き合った自身にとっては新作同然である。そういう意味合いで新作同然と感じてはいたが、本作は長い年月を経ても、断じて劣化等しないと思う。

本作の作中世界では、空を飛び回るメカが色々と使われていて、他方でダチョウのような鳥獣に乗って移動するというような様子や、一部に戦車も登場するが、「文明が損なわれてから千年を経た」という全くのファンタジーである。それでも軍事力を行使する勢力や、それに異論が在る勢力が存在し、「禁断の超兵器」(=文明が損なわれる主な要因になったと見做されるモノ)を巡る動き、毒を発するような、過酷な状態になってしまった環境への対応と、「1980年代に創られた」というように思い悪い程度に「今日的」であると感じた。或いは作品の登場から40年程度にもなる現在こそ「『風の谷のナウシカ』が暗示する何か」が「リアル」になっているような気さえしてしまう。

『風の谷のナウシカ』のアニメーション作品が登場したような頃の後、長く続いた体制が揺らぐような事態や、テロや軍事紛争が相次いだかもしれない。が、近年は巨大な軍事力が蠢き、他方で“無人機”のような威力の他方で手軽なような感じの兵器が平和な街を襲い、不吉な不発弾が多く残り、核兵器の使用を示唆というような話しが何度も伝えられ、恐らく酷い環境負荷が生じているであろう「戦禍」が見受けられるようになってしまっている。こういう禍々しい中であるからこそ、「風の谷」の穏やかな様子を護ろうと奮闘するヒロインの様子が描かれた本作の物語が心に刺さる。

題名を承知していて、内容を承知していないという状態に在ったとして、大きな問題は無いとは思う。しかし、この『風の谷のナウシカ』がそういう状況になっているのだとすれば、それは余りにも残念ということになるのかもしれない。

「今更…」と嘲笑の対象になるようなことかもしれないのだが、本作に出逢えて非常に善かった。

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