『札幌誕生』

「御出身は?」とでも問われれば、自身は「札幌」というように応えるであろう。既に閉校してしまった、御厄介になった小中学校は札幌市立であった。その後、高校も札幌市内で、卒業後も暫く札幌に在った。その後は他の地域へ出ているが、それでも札幌へは年に何度も足を運ぶ、または立寄るという様子だ。札幌は自身にとって所縁が深い地域ということになる。

↓そういうことなので、本作の題名を見て、凄く興味が沸いた。加えてその作品を愉しく読んだ経過が在る作者による新作だ。

札幌誕生



↑新聞連載として発表されたモノを整理して本としたということのようだが、非常に興味深く、また勢い良く読み進めて読了に至った。

本作は5篇から成る。各篇は札幌に所縁の5人の人物を主要視点人物としている。5人の各々の物語を連結して、札幌という街が産れて育つ様を描こうという訳である。幕末期から大正期位の様子ということになる。

5人の人物達だが、事績等を或る程度承知している人物が1名、名前は聞いているという人物が2名、初めて聞いた人物が2名という様子だった。が、何れにしても本作を通じて5人の札幌に所縁の先人達に出逢えたということになる。

5人の人物達とは島義勇(1822-1874)、内村鑑三(1861-1930)、バチラー八重子(1884-1962)、有島武郎(1878-1923)、岡崎文吉(1872-1945)である。この5人が、5つの篇の各々の主要視点人物ということになる。

島義勇は佐賀鍋島家中の士であった人物で、北海道開拓に取組み始めた明治時代初めに、札幌の建設に着手した人物だ。内村鑑三、有島武郎、岡崎文吉は札幌農学校で学んだ経過が在る。バチラー八重子は有珠の村のアイヌであるが、アイヌの中に分け入って活動していた英国人宣教師の養子ということになって「バチラー」という姓を名乗った。「バチュラー」というように書く場合も在る。本作ではこれらの5人の人生、事績、生きた時代が描かれることになる。

島義勇については、札幌の小学校に在った頃に「札幌の街の建設を始めた人物」として聞いていたのだが、「佐賀の七賢人」としても名が挙がる人物で、色々と紹介されているのに触れたことも在った。(因みに「佐賀の七賢人」というのは鍋島直正、島義勇、佐野常民、副島種臣、大木喬任、江藤新平、大隈重信の7人だという。更に、大隈重信、江藤新平、大木喬任、島義勇に影響を与え、副島種臣の実兄であった枝吉神陽を加えて「八賢人」とする場合も在るようだ。)島義勇については、幕末期に箱館奉行に従って蝦夷地、現在の北海道やサハリンを訪ねたという経過が在り、本作でもそういう様子が出て来る。

本作の3つの篇に札幌農学校で学んだ人達が登場する。往時の札幌農学校は、卒業後に北海道の官署等で勤務するということで、学費を払わずとも学ぶことが可能であったようだ。内村鑑三、有島武郎、岡崎文吉はその恩恵に与っている。内村鑑三や岡崎文吉は、出身家庭の経済状況が必ずしも好くなかった中、学費が要らないようだということで札幌農学校に進んだようだ。

5人の中、「初めて聞いた」はバチラー八重子と岡崎文吉であった。バチラー八重子はアイヌ語も交じる短歌を発表し、歌集も出版されて注目されたという女性だ。岡崎文吉は土木技師で、石狩川の治水工事等に取組んだ業績が知られるという。

本作は「誕生」と言っても「事の始め」にばかり目を向けているのでもない。豊かな精神文化が育まれるようになって行く様、「事の始め」とされている事の更に以前から在る色々なモノと折り合いをつけるようなこと、大自然と向き合って暮し易いようにして行くということ等を経て、札幌が建設開始当初に意図されたとおりに「北海道を代表する街」への道筋を付ける様が描かれているように思う。

飽く迄も個人的な感想だが、最近は札幌が何やら「散らかっている?」というような気もしている。そういう中で在ったので、躍進へ向かって行く、幕末期から大正期位の様子を描いた本作が一層興味深いというように思えた。広く御薦めしたい作品だ。

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