『明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか』

↓その名が知られた史上の人物について、種々の史料を掘り下げ、新たにその人物像を打ち出すという感の内容であった。

明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか (NHK出版新書 608) [ 早島 大祐 ]



↑大変に興味深く読み進め、素早く読了に至った一冊である。

「明智光秀」とでも言えば、本能寺で織田信長を討ち、やがて羽柴秀吉と争って敗れてしまった人物ということが真っ先に想い起される。「“本能寺の変”の人」ということになるのであろう。

しかしその“本能寺の変”に至る迄には長い経過も在る。織田信長の家中の将として頭角を現して活躍していた明智光秀だが、「それ以前」というのは余り明確でもない。織田信長の家中での活躍に関しては、それを伝える様々な挿話も在り、加えて様々な想いの中で活動をしていたことであろうし、史料に遺るその言行からそうした想いが読み取れる場合もあるであろう。そして一言で如何こう言えないのかもしれないが、“本能寺の変”に至った胸中というのも想定出来るかもしれない。

本書はそういうように、「明智光秀」という「人物」により一層の厚みを持たせるべく掘り下げているような感の内容だ。実に興味深かった。

題名に在る「牢人医師」という語である。「牢人」というのは定まった主家に仕えているのでもなく、方々を移動しながら世の中を渡っている武士階級に属するということになっている人物を指し示す。そうした人物は各地で何とか生計を立てようとするが、そんな中で「医師」という活動をする例が在ったのだそうだ。

「医師」というのは、主に居合わせた地域で負傷者の手当をし、体調を崩した人の相談に乗って助言をする診察のようなことをし、必要と診れば薬を用意するということになる。明智光秀が生きた16世紀、或いは更に後の江戸時代の前半頃迄、村落の住民が通じているという程でもない「医師」の知識を有しているのは「何処かからやって来て住み着く牢人」という場合が少なくなかったようだ。明智光秀もそうした形で、住んでいた村で「医師」の活動をしていたと見受けられる。

そんな位置から足利義昭に仕え、更に織田信長に仕えるようになって行く。立場が変わって行く中での様々な経過が本書では挙げられる。

殊更に興味深かったのは、「実際に会って言葉を交わすとどういう感じ?」というのが窺える史料が引かれていることだった。

明智光秀は多岐に亘る様々な仕事に携わっている。そういう中、大和国で起こった係争を巡る訴訟を裁いた経過が在った。興福寺と東大寺との係争で在ったが、これに関して報告を受け、関係者と話し合いながら結論を導いて伝えさせている。そんな中、明智光秀と会って話した人物が「このように仰った」というような調子の“直接話法”的な感じで、明智光秀の言う内容を綴っている。それを観て判るのは、明智光秀というのは伝わっていて把握している内容を「一つ…。一つ…」と箇条書きのように挙げて、問題について論じる理路整然とした話し方で、人名が聞き悪く曖昧な書き方になっている辺りから、話し口調は少し早口だったのではないかと本書ではしている。こういう辺りが、能吏であって、任された戦線を支えると同時に多彩な仕事を効率的にこなす、凄く頭の回転が速い人物というようなことを色濃く感じさせる。

そんな明智光秀が“本能寺の変”へ突き進むのは、色々な出自の人達を取り立てる自由闊達な織田信長の家中が、少し変質して硬直化した中、自身の立ち位置を確保するために行動を起こさざるを得ないと考えたのではないかと本書では纏めていた。

これらの興味尽きない話題に巡り合える本書は御薦めだ。色々な意味合いでの「変化」がもたらされた、明智光秀が生きていた時代、その少し後というようなことも含めて、示唆に富んだ内容が本書には詰まっているのだ。出会って善かった一冊でもある。

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