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↑或る程度年齢を重ねた方と同席し、その方による「子どもの頃は…」、「仕事を始めた頃は…、「知られているあの出来事の頃に自分は…」というような来し方を語る御話しに耳を傾けるかのような感じでドンドン読み進められる一冊であると思う。程好い分量で、また小さな纏まりを折り重ねたような体裁であるので、読み進め易い。
著者の降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんは、現在は北海道の旭川に住んでいるというが、その来し方は複雑であった。1943(昭和18)年に樺太で生まれている。1945(昭和20)年の終戦後、1948(昭和23)年頃迄で樺太に在った日本の人達の多くが引揚げたのだが、降旗さんの御一家はその機会を逸してしまい、ソ連の中で生き続けていた。サハリンで成長し、ソ連市民として生きて行くことになったが、レニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)の大学に学ぶ機会が在って、そこで伴侶に巡り合った。やがて妻の出身地であるウクライナに移り、夫妻と1人息子とで人生を歩んだ。年齢を重ね、息子も伴侶を得て孫が産れ、更に曾孫も生まれるというようになって行った。そうした中で旗を下ろして行くことになるソ連の経過、ウクライナが独立国となった経過等が在って、2022年の戦争という事態になる。日本で避難民を迎えるとの報が出て、孫から提案が在った。(この時点で妻と息子は他界している。)「おじいちゃんに所縁の国に妻達を連れて行って欲しい」とである。日本で避難民を迎え始めて未だ日が浅かった頃、降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんは来日して注目された。そして所謂「永住帰国」ということになって行く。(因みに一緒に来日した孫の妻達は少し経ってウクライナへ帰国している。)
正しく本書の題である「サハリン、ウクライナ、帰郷」という経過の降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんの来し方が本書の内容である。本書は長野県の地方紙での連載が基礎になっている。降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんの御両親は長野県の安曇野の御出身だ。そこから樺太へ仕事に出ていて、子ども達を育てても居たが、引揚の機会を逸してソ連で生き、帰国は叶わなかった。そういう長野県に所縁の降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんの来し方に関して、長野県の地方紙で連載記事を組みたいということになって申し入れ、降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんが承諾して作業が進められたということであるそうだ。
各々の事情により樺太から引揚げる機会を逸してサハリンで生きていた人達に関して、一時帰国をして親族との再会や所縁の地を訪ねることを目指すという運動は、概ね1980年代の最後頃から盛んになっていて、1990年代に入った頃から一時帰国が実現している。降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんのサハリンに在った御兄弟はこうした動きで何度か来日し、やがて永住帰国ということで現在は日本国内に御住いだ。降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんは、サハリン等に在る同胞との交流を進める団体の招きで日本国内を何度か訪れた経過は在る。が、それは「旅行」の範囲で、日本語が堪能な訳でもない。口を突いて出る言葉はロシア語だ。そういう様子なので、今般はロシア語で草稿を起し、日本語に翻訳し、編集者との話しで加筆や整理等も在り、やがて新聞に掲載する日本語文案をロシア語に訳し、降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんが確認して新聞への掲載に至ったのだそうだ。大変に貴重な証言ということにもなる訳で、新聞の読者の反響も大きかったという。それを纏め、恐らく連載以降のことの加筆も在るのが本書だ。
自身が住む稚内の港では、サハリンに在った同胞が一時帰国をした際に船で入国し、船で出国して引揚げる場面が見られた経過が在る。そういう関係で、ソ連時代の経過でサハリンではない遠い地域に在るという人達も見受けられ、そういう人達の一時帰国が実現したというような話しも伝わってはいた。そういうことで、本書の事を知った時、著者を少し身近に感じた。加えて、個人的に「迫る」のは、降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんは自身の両親より僅かに若いという「殆ど同年代」であり、既に他界したという息子さんは恐らく自身と同年代である筈だ。そういうことで「両親の世代の来し方」というような感じ方もしないではなかった。
御一家が引揚げの機会を逸してソ連で生きることになったが、そういう面倒な事情は第2次大戦末期のソ連の参戦と侵入に起因する訳で、降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんには色々な想いも在る訳だが、それでも同じような年代の人達と同じように人生を歩んで来た。日本統治下の樺太で生まれてはいるが、様子としては「1940年代前半産れのソ連市民で、後にウクライナ市民」という形になる。そういう中での見聞、経験、感じた事、考えた事が判り易く綴られていると思う。この年代の「普通の人」の人生、その中での経験が判り易く語られているという本書のような内容は類例が豊富な訳でもないと思う。貴重だ。
降簱英捷(ふりはたひでかつ)さんにおかれては、80歳代の人に見受けられるような健康上の課題も在るようではあるが、心安らかに穏やかに御過ごし頂きたいと願いばかりなのだが、本書に在るように、豊かな大地に真面目な人達が暮らすウクライナが好い状態になって行くよう、平和を祈るばかりである。そして、こういう一冊になって行く新聞への連載を手掛けて頂いたことに深く感謝したい。

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