![]() |
↑2024年8月に登場した本であるということだ。2025年の催事に纏わる話題なのだが、既に2024年8月の時点で「失敗」と問題提起をしようとしているのは如何いうことなのかと思いながら本書を手にした。そして催事そのものの成功、失敗を断じるには早いが、様々な問題が在る様子を論じておくべきで、加えて万博という催事に留まらない問題のようなモノも感じられるということになるのだと思う。
本が登場してから少し時日を経ているのだが、それでも自身が本書を手にして読了した2025年2月時点で「未だ始まっていない」という催事を題材にしている。万博の会場へ向かう場合に利用する地下鉄の駅が開業したという話題が耳目に触れたのが少し前で、「これから」なのだ。が、これに関して本書の冒頭に話題となっている。催事が終わった後では「善かった」に塗潰され、種々の問題を問題として論じ難くされてしまう可能性が高い。故に本が出る時点で「失敗」と見受けられる諸問題を論じておきたいとしているのである。
そういうことであるので、本書では目指した入場者数が在った、無かったというようなことや、現場での何らかの出来事というような、予め論じようが無いことは論じられていない。会場が決まって行く迄のよく判らない事柄、遅々として進まないというようなことになっていた建設を巡る様々な問題、万博という催事と問い組む様々な人達の様子、絡まる政治、喧伝される経済効果というような事柄に関して、詳しく掘り下げている。その内容に関して、肯ける内容が実に多い。
「経済効果」を「錦の御旗」のように大きな催事を進めることに関して、これは今般の万博に留まらないと思うのだが、「経済効果?」と随分掘り下げて論しているのが興味深かった。万博というような壮大な次元の事柄ではなくとも、「経済効果」を「錦の御旗」のように進めようかというような事例は在ると思う。そういう意味で本書の内容は拡がっていて活が在ると思う。
経験や知識が特定の会社にばかり蓄積され、諸般の事情で特定の会社が退いてしまうと途端に不具合が生じるという図式に関しても本書では詳しかったと思う。逆に言うと、万博のような諸外国の政府や団体が建物を建てて催しを行うようなことになると、酷く煩雑で、国内の建設業関係者が簡単に手を出せることでもないという様子、それ故の建設が遅々として進まない様子というのは当然なのかもしれない。
1970年の万博の後に関西は伸び悩んだという感なのかもしれない。或いは、その過去の上手く行かなかったが「繰り返される?」という見方も在るらしい。そんなことにも本書では触れられている。
また本書に関しては、この10年、15年の「大阪の政治」というような状況の故に万博を巡る様々な動きが在ったのかもしれないという問題提起、逆に言うと「最近の“大阪の政治”?」という問い掛け、更に「国内の政治?」という注意喚起につながる内容が在ると思った。
もう直ぐ万博は始まる。4月から10月であるそうだ。終わった後では確かに「善かった」に塗潰されるのであろう。故に「現在時点で“失敗?”という切り口で“問題”を挙げておきたい」という、本書の意図は有益だと思う。結局、終わってみて「善かった」に塗潰され、事前には「水を差すな!」で、疑義に関しては「黙れ!!消え失せろ!!」という話しになるのであろう。そういうことが長い間、随分と重ねられたのであろう。
色々な意味で1960年代や1970年代と時代状況が異なる中、五輪や万博というようなモノが社会や経済を好い方向に導くということになるのか否か、余りよく判らないような気もするのだが、本書は非常に有効な考える材料となるであろう。様々な事柄を巡って、疑義に関しては「黙れ!!消え失せろ!!」という話しになる傾向は間違いなく在ると観る。そういう観点でも本書は貴重だ。

この記事へのコメント