『風の値段』

自身が住んでいる稚内は、海を渡る風が吹き抜けている場合が非常に多い地域だ。そういう条件の故、広大な市域の中に風力発電の風車が林立している箇所が幾つも在る。市の域を出た近隣でも風力発電は見受けられる。そういう施設を設える、入替えるというようなことにでもなると、大きな資材を載せた大型貨物船が稚内港に出入する場合も在る。夜遅くという場合が専らだが、港に近い道路上で、長大な資材を、輸送業者が慎重に運んでいる場面も見受けられるという。

そういうように風力発電が何となく身近なので、「作中世界に風力発電を巡る事柄が出て来る小説」と聞くと、凄く興味が湧く。

↓その「作中世界に風力発電を巡る事柄が出て来る小説」ということで手にした一冊である。なかなかに興味深い物語であった。

風の値段



↑基本的には「新技術の開発情報を巡る事件」の解決を図ろうとする物語で、事案に関与する人達の様子や考え方が描き込まれるというような感じだ。

主要視点人物となるのは、新橋の警察署の生活安全課で経済事件を扱う係に在り、係長を務める天木警部補である。

天木警部補は独身で、夕食は署の近くで済ませる場合も多い。酒は飲めないのだが、居酒屋に立寄って何かを食べることを好んだ。その居酒屋で、ベンチャー企業の総務課長を務めている安川という男と言葉を交わすようになり、同年代で、互いに準硬式野球や軟式野球をやっていたというようなことも在って意気投合し、一定の頻度で会うような感じになっていた。

12月上旬の或る日、天木警部補が出くわした安川は何か元気が無かった。天木警部補が尋ねれば、安川の会社に競合他社による新技術の開発情報が持ち込まれた痕跡が見付かったのだという。機密漏洩という事態である。安川の会社は「加害者?」かもしれないということになり、安川は頭を抱えていたのだった。そういう機密漏洩のような事柄は「不正競争防止法違反」という刑事事件になり得る。そして警察でその種の事件を担当するのが天木警部補の係なのである。

安川の相談に乗る中、天木警部補は大いに驚くことになる。学生時代に同じチームで準硬式野球をやっていた、当時は理工学部に学んでいた井口が疑わしい人物なのだという。井口は電力会社から、安川の会社と競合する会社に転職し、数ヶ月前に安川の会社に再度の転職をした経過が在った。

学生時代に同じチームで準硬式野球をやっていたとは言え、天木警部補は大学を卒業して以来、20年間近くも井口には会ったことが無い。この井口の身に何が在ったのか?何を思っていたのか?そうして事案の内偵が始まることになる。

作中の事案で問題になる「新技術の開発情報」だが、それこそが風力発電に纏わる事柄である。現行の、広い用地に風車が林立するようなモノに対して「洋上風力発電」というモノが在る。遠浅の海の海底に風車を固定するという「着床式」と呼ばれるモノは国外では既に色々な例が在る。これに対して「浮体式」と呼ばれる、海面に浮かぶモノの上に風車を据えて発電を行うというやり方に関しては「開発中」である。これが実現すると、遠浅の地形に恵まれない箇所に洋上風力発電を展開することが可能で、台風のような事態に備えて施設をより安全と見受けられる場所へ動かすようなことも出来ることになるという訳だ。

エネルギーに関連する新技術はマダマダ成長の余地が大きい。そういう中で巨大な可能性を秘めた開発情報に関する競争も激しい筈だ。それを背景にした謎解きであり、事案に関わった人達のドラマだ。また、天木警部補が野球に擬えて人生を語るような辺りも好い。加えて、所謂「頭脳流出」、「技術流失」というような事柄を考える材料も提供する物語であると感じた。

『風の値段』という題名が面白い。勝手に吹いている風だが、風力発電事業が巧く運ぶのであれば「金の源」で、“値段”が付けられているも同然というようなことになる。作中のような新技術が実用化されるようにでもなれば、“値段”は上がる筈だ。

様々な要素が織り交じった作品で愉しんだ。御薦めしたい。

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