2011年3月の震災を受け、東北地方の復興支援という趣意を込め、東北地方に所縁の人物を主人公のモデルにしたいということになり、会津出身の新島八重をヒロインとするドラマが制作されることとなったのだそうだ。準備が進められ、2012年9月にクランクインということだ。
このドラマの「総集編」を偶然にも鑑賞する機会が生じた。テレビ放映当時に全部を観たということでもなかったので、少し新鮮な想いで観た。
大きく揺れ動いた幕末期から明治期を背景にヒロインの新島八重は生きた。物語そのものは、ヒロインの人生、家族のような身近な人達、そういう人達が巻き込まれる時代の動きが描かれることになる。
1話が45分間で50回にも及ぶ連続ドラマでは、時代の動きに関する事柄の部分がやや大きく重くなる。その時代の動きに関する事柄の部分も、重厚な俳優陣の演技も相俟って非常に素晴らしいのだが、ヒロインと身近な人達の人生や運命という部分が少し判り悪くなる傾向は免れ悪いと思う。所謂“視聴率”というような尺度で、この作品が人気ドラマと呼び得るか否かは微妙だというのは、そういう傾向の故なのかもしれない。
これが「総集編」となると、かなり趣が異なると思った。「ヒロインの人生、家族のような身近な人達、そういう人達が巻き込まれる時代の動き」というのが、「2時間弱のディスク2枚」という尺の中で実に要領良く纏まっていた。なかなかに愉しんだ。
大雑把な流れである。
ヒロインの八重は会津松平家中の武士、砲術師範を務めていた山本家の娘として生まれた。子ども達を温かく見守る両親、父の後継者で非常に優秀な、八重が敬愛した兄の覚馬、仲良しの弟であった三郎という家族だった。
「砲術師範」というのは、大砲や鉄砲を扱う関係の研究をし、運用する場合には指揮を執る役も担う。鉄砲の試射や銃の改良を研究している父や兄の様子を見て育つ八重は、家に在る資料に目を通すなどし、後に兄に請うて鉄砲の扱い等を学んだ。
激動の時代、会津松平家は「京都守護職」という幕府の新しい役に就く。乱れた京都の治安を維持するという役目である。会津松平家では、当主の松平容保を先頭に武士達が京都へ向かうということになった。八重の兄の覚馬もこの中に加わり、京都で活動することとなった。
「力は称えられ、恐れられ、やがて恨まれる」と作中の台詞にも在ったが、幕末の争乱「戊辰戦争」の中で会津は討幕派、新政府の怨恨を一身に受けてしまうような経過を辿ってしまう。
前半はこの戊辰戦争で会津の戦いが始まって、それが激化するという経過迄、戦いの中で知識と技芸を活かして奮戦する八重の様子が描かれる。
そして後半は、会津が戦いに敗れてしまう経過とその後が描かれる。
会津松平家中の武士であった人達等は「斗南藩」というものを起こして下北半島方面の開拓に取組むようになったが、これが余り巧く行かない。
こうした動きの他方、八重達は米沢の知人の好意でその屋敷の離れに身を寄せていたが、京都で「処刑された?」という話しも在った覚馬が存命であったことを知り、京都へ向かう。
覚馬は視力を損ない、歩行も不自由になっていたが、「京都府顧問」ということになって、理想の街づくりを目指していた。八重はそういう様子に心動かされる。
そんな中で新島襄との出会いが在る。米国で学んで帰国し、学校の設立を目指した新島襄は、当初は大阪での学校設立を目論んだが事が巧く運ばない。そこで京都に向かった。京都では覚馬が協力者となった。そして新島襄に請われて八重は妻となる。夫妻で手を携え合っての歩みが在る。
やがて新島襄が病を得て世を去ってしまい、以降は明治30年頃までの八重の歩み(赤十字社の支部を起こし、自身も看護活動を展開する)や、「皇族以外の女性として初めて叙勲」という経過が出て来る。
ざっと流れを振り返った。
会津松平家の苦闘、会津での凄絶な戦いというような経過、西南戦争の辺りまでの時代の動きに纏わる部分は、色々な物語を読んでいる関係で何やらぐっと来た。が、それ以上に新しい時代を開くべく、運悪く障害を負ってしまっていながらも邁進する覚馬や、その考えに心動かされる八重の様子に感心し、更に「夫婦で支え合う」という「真のパートナーシップ」というようなモノで結ばれたような新島夫妻の様子に心動かされた。
本当に「偶々…」という感じで作品を観る機会を得たのだったが、非常に善かったと思う。
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