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「コペンハーゲン警察のカール・マーク警部補」は、自身にとっては「遠い天の下に在る知人」のような存在感が在る。気に入った小説のシリーズの主人公というのはそんなモノだと思う。
「特捜部Q」とは、コペンハーゲン警察本部の使われていなかった地下室がオフィスとして宛がわれて開設された小さな部署だ。未解決になってしまっている事件等の捜査を行う。カール・マーク警部補はそこの責任者を拝命した。捜査を補助し、庶務を行うということで事務職員が配属されるのだが、現れるのはシリアからの移民の出であるというアサドや、かなり個性が強い女性のローセと独特な面々だ。最も後から加わった若手刑事で長身が目立つゴードンが「普通」というような具合だ。
アサドが現れた当初、カールは「不思議な男?」と感じるのだが、行動を共にし、互いの危機を救うような場面も在り、「好き相棒」となっている。しかし、アサドは個人的な様々な事柄、生い立ちや経歴に関連するような話しは何故か殆どしない。話題が及んでもはぐらかすという、少し妙な面も在った。
そしてこの通算8作目となる『特捜部Q―アサドの祈り― 』である。
殺人捜査課または重大犯罪捜査課のラース・ビャアン課長が心筋梗塞で急逝し、その兄であるイェス・ビャアンも訃報を受けて自殺してしまった。
アサドの姿が視えない中、カールはアサドはラース・ビャアン課長と個人的な繋がりが在るらしいということを思い出した。「特捜部Q」が設けられた時、アサドを採用する話しを進めていたのはラース・ビャアン課長だったのだ。
旧知の人達が相次いで急に他界してしまったことに衝撃を受けていたアサドはローセを訪ねてみた。ローセは事件に巻き込まれて心身にダメージを受けたことから、仕事を退いて自宅アパートに籠るような暮らしをしていた。アサドは時々立寄って、外での用事を引き受けるようなこともしていたのだった。
ローセは各種の新聞を隅々まで読んで、印象に残った記事を切り抜いて、アパートの室内の壁に貼っているという、一寸変わったことを重ねていた。そんな彼女が貼った記事の写真をアサドは眼に留め、そして瞠目した。ボートで漂着した中東の難民が死亡する場合が在り、2117人目の死亡者と見受けられるのはやや高齢な女性だったという記事である。そしてアサドは、関連する記事の別な写真を視て、更に大きな衝撃を受ける。
「2117人目の死亡者」という記事は、「特ダネで一発当てる!」と考えて冴えない状態に在ったバルセロナのフリーの記者が、「難民が死亡」の件を偶々聞いて思い付き、キプロス島へ強引に出掛けて写真を撮って記事にしたということで登場したのだった。
こういう他方、「特捜部Q」では時々架かる不審な電話にゴードンが悩んでいた。「レベル2117で決行」と殺人か、その他何かのテロを仄めかすようなことを口にする若い男からの電話だった。同一人らしいが、調べると使い捨てのSIMカードを毎回交換して架電という様子で、発信源を辿ることも難しい。性質の悪い悪戯なのか、本気で殺人のような事を仕出かすのか見当も付かないのだ。如何いう具合に対処するのが善いのか、ゴードンは考えあぐねていたのだ。
アサドを巡って巻き起こる出来事、「2117人目の死亡者」という記事が切っ掛けで関連取材と称して行動することになる記者の動き、ゴードンが悩む不審な電話に纏わる事案と、場面毎に中心視点人物を替えながらスピーディーに物語が展開する。
気に入っているシリーズで、「遠い天の下に在る知人」のような存在感が在る劇中人物達の活躍が非常に面白いのだが、本作に関しては「因縁の敵」と向き合うことになって行くアサドと、「あいつを助けたい…」と行動を共にするカールの動きに夢中になった。「これまでの残業の代休で、上の階で話しを着けて…時間を作ろう…」とカールはアサドに言い放ち、とりあえず同行するのである。こういう言い方が「カールらしい」とにやりとしてしまう。
敵の影を追ってアサドとカールはドイツに入り込む。警察官としての職権が在るのでもない土地へ入り込み、ドイツの関係機関の協力者ということで動くことになる。こういう展開の故に、ドイツで出た独語版はかなりヒットしたそうだ。(ドイツではこのシリーズはなかなかに人気が高いようではあるが…)また「クライマックス」に出て来る場所は、多分現在の様子と少し違うと思うが、随分以前に自身で寄ったことも在った場所で、一部は「現場の雰囲気」が思い浮かぶので、何か酷く夢中になった。
頁を繰る手が停まらなくなって素早く読了してしまった。大満足だ。しかし…アサドのその後は酷く気になる。本作でアサドの生い立ちや経歴、「因縁の敵」の事等は明かされるが、読後に「寧ろ今後が…」と強く思った。また、個人的なことで幾つかの動きが在ったカールのその後も気になる。
特段にシリーズとして各作品を読んでいなくとも「コペンハーゲンの警察部内で遊軍的に動く捜査班が在り、責任者の警部補の相方がシリアからの移民という話しの不思議な男である。余り自身の過去に触れない相方が、或る報道が契機になって来し方を明かすようなことになり、因縁の敵の影を追って奮闘」ということで、独立的に愉しむことも可能だと思う。

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