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↑この作者が何本も展開している“シリーズ”ということでもない、独立の篇ということになる小説だ。
物語は地方裁判所の法廷から起こる。
永尾は新聞社の社会部で“遊軍記者”という形で仕事をしている。刑事裁判の傍聴に訪れていた。被告の竹藤は元プロ野球選手である。この竹藤が赤坂の飲食店で、包丁を使って刺殺事件を起こしてしまったということで、その一件の公判が始まったのだ。
永尾と竹藤であるが、共に同じ年に大学を卒業して社会人になった。永尾は駆け出しの新聞記者として、新聞社の横浜の支局で仕事を始めた。竹藤は横浜のプロ野球チームで投手としてデビューを果たし、好成績で注目されるようになって行った。
永尾はスポーツ欄を担当する運動部の所属ではないが、横浜の地元で活動する記者として、竹藤が所属するチームに関する事の取材にも携わっていた。
竹藤は新人ながらも、投手成績の5つの部門でトップという驚異的な大活躍を見せ、「未来の大投手」という名声を得て、低迷が続いていたチームも「0.5ゲーム差で首位チームを追う」という好成績でシーズン最終盤までリーグ優勝を争った。
そうした中で「野球賭博」の疑惑が持ち上がり、関係者が逮捕された。その中に竹藤も在った。そしてこの事件の報道の口火を切ったのは永尾だった。
「未来の大投手」という名声を得ていた竹藤は、伝説的な成績を残した1シーズンで選手生活を終えて何処かへ去ってしまった。永尾は一連の報道に関して新聞協会賞という栄え在る賞を受けた。が、以降は特段に目立った実績を挙げるのでもなく、淡々と独身のままに記者としての生活を続けていた。
永尾にせよ、竹藤にせよ、大学を卒業して社会人になったルーキーのシーズン、人生の早い時期に「ピーク」というような状況を経験した。他方、その後は冴えない。
そういう2人が法廷の傍聴席と被告席とに各々在る状態から物語が起こるのだ。2人が大学を卒業して社会人になったルーキーのシーズンから17年、各々に40歳代に差し掛かっていた。
物語は、刺殺事件の事実関係を争うでもない竹藤の様子を視た永尾が、伝わっている事件の事実関係に不自然なモノを感じて引っ掛かるということから展開を見せ始める。或いは「記者としての過去の栄光」に縋るかのような振る舞いと、一部の者に揶揄されながらも、新聞紙面に掲載可能な記事になるのか否かを度外視し、「重大犯罪を犯してしまうに至った17年を探る」という名目で竹藤の辿った経過や事件のことを調べてみようと、永尾は活動を始める。
本筋は、特定の場所に詰めて場所の関連事案を担当というようなことでもない、寧ろ“フリー”に近い感覚で活動可能な永尾が、或る意味で強い因縁が在る竹藤の過去と近況とを調べる中で、気に懸かった“事件”の真実を解き明かすという内容だ。しかしそれ以上に、本作に関して「男の人生の寓話」というような感じで、何か引き込まれながら読み進めた。
多くの人が夢見るプロ野球選手になったものの、伝説的な成績を残した1シーズンで選手生活を終えて何処かへ去ってしまった竹藤という男は、竹藤が球界を去る契機の記事を出して記者としての将来を嘱望された永尾に比して「より不幸?」または「より幸福?」ということが、少し考えさせられる面も在るのだ。
謎を明かすミステリーに特化するでもなく、或る男の人生を如何こうと語る物語に特化するのでもない。何か名状し悪い独特な味わいが在る。
なかなかに秀逸な一作で、広く薦めたい!

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