巷では「出羽守」(でわのかみ)なる言い方が在るようだ。
「出羽守」と聞けば、自身は時代モノのファンでもあることから、古くは朝廷が任じた官職の呼称について、時代が下って武士の呼び名に用いられていたというようなことを思い浮かべるのだが、最近巷で使われている「出羽守」は一寸意味合いが違う。
色々な事案に関して、他所の場所や他分野での事例を持ち出して「○○では」というような言い方をする、そして論じる内容が「難癖?」に聞こえるという事例を捉えて「出羽守」と称するのだそうだ。自身、比較的最近になってそういう言い方が流布しているらしいことに気付いたのだった。
何かに関して「難癖?」というのは少し困るのかもしれない。が、或る事柄について思い出した他所の場所や他分野での事例を持ち出してみるというのは駄目なのだろうか?例えば、巧く事が運んでいるようにも見えない事柄に関して、「他所でこういう具合に巧く運んでいる事例が在った…」と話題にしてみるようなことが不都合であろうか?
こういうことに思いが至ったのは、「○○では」というような言い方になる事をふと思い出したからだ。
以前に、サハリンのネべリスクに在る学校を訪ね、日本の中高生に相当する年代の生徒諸君に迎えて頂き、催事に参加したということが在った。
サハリンを含むロシアの学校では、6歳から17歳の児童生徒が一貫した11年教育の学校に通うことになっている。その中、9年生から11年生が参加対象で、参加を熱望した8年生も紛れていたらしいという催事に参加したのだった。正しく中高生相当年代の生徒諸君と対面したことになる。
ロシアというのは、実は「意外に多民族な国」だ。民族という意味で、色々な背景の在る人達が交じり合っている。その中で“ロシア人”という多数派が在る訳だが、北方の人達の血が濃いと見受けられる人達も、南方の人達の血が濃いと見受けられる人達も、中央アジアや東アジアの血が入っていると見受けられる人達も在って、その風貌も様々である。
サハリンのネべリスクに在る学校で出くわした、中高生相当年代の生徒諸君の様子も多様であった。中高生相当年代の生徒諸君に関しては、大人びて見える人も、子どもっぽく見える人も在って、纏まった人数が集まった場合に各人が醸し出す雰囲気は様々なのだと思うが、サハリンのネべリスクに在る学校では更に「意外に多民族な国」であるが故の要素も感じられた。
ネべリスクの学校の生徒諸君も「意外に多民族な国」の各々の家庭から来ている訳だが、髪の毛の色、眼の色、肌の色が様々だった。だからと言って、それが特別なことでも何でもなかった。髪の毛の色、眼の色、肌の色がどうであろうと、生徒達は各々に学校での活動に勤しんでいて、自身が迎えて頂いた際の催事にも各々が積極的に参加していた。生徒諸君の髪の毛の色、眼の色、肌の色が様々だからと言って、学校生活に何らかの支障が生じているというようにも見えない。
こんな「サハリンのネべリスクでは」というような事をふと思い出したのは、少し前の国内での出来事を取り上げたモノを何となく読んだからである。
国内の高校で、髪の毛が少し茶色味を帯びているという生徒が在って、「茶髪を染めろ!!」と言われ続け、無理をして黒く毛染めをして頭皮が異常を来す等の健康被害も生じ、執拗に言われ続けて鬱屈してしまって不登校に陥ってしまったということが在ったのだそうだ。そして不登校に陥れば、生徒名簿から退学もしていないのに氏名を削除されてしまったのだそうだ。
その生徒の側が、学校側に賠償を求める訴訟を起こして4年程係争していたそうだ。不登校に陥った際に氏名を名簿から削除したという行為に関して、裁判所は違法と判定し、そのことに関する賠償を命じたが、不登校に陥るに至った経過に関する主張は容れられず、賠償ということにはならなかったのだそうだ。
或る高校の或る教室という程度の人達が何となく集まっていた場合、敢えて染髪しているという人が誰も居なくても、人の髪の毛の色はよく見れば様々であるものだ。一口に「黒」と称する範囲だけに限っても、明るい、暗いと色々で、主に明るい部類の中には茶色味を帯びて見える例も少なくはないと思う。「自分で選んだ好きな色に!」と敢えて染髪でもしない限り、髪の毛の色というようなモノは、選べる訳でもない筈だ。それを学校で教職員が如何したこうしたと言うこと自体、何か変な事のような気がする。
髪の毛が少し茶色味を帯びているという生徒が在ったとして、入学した頃からそういう状態で、暫くして髪が伸びた場面や、髪を切った場面でも様子が変わらなければ、それは自然な状態であるということが判りそうなものである。しかしそういうように様子を観察するのでもなく、「茶髪を染めろ!!」なのである…
結局、数ヵ月でも様子を見れば判る事について、直ぐに決着が着かなければならないと執拗に迫るというような、上述の訴訟を起こした生徒が在学していた学校でのやり方は「提供者側の自己都合の押付け」という以上でも以下でもないような気がしてならない。
一寸考えてみると、様々な分野でこの「提供者側の自己都合の押付け」という以上でも以下でもないようなモノが、必要以上に幅を利かせて、何処となく「窮屈?」というような空気感が拡がっているというような気がしている。
「意外に多民族な国」の各々の家庭から生徒諸君が集まっている学校では、髪の毛の色、眼の色、肌の色が様々だったが、それが学校での諸活動に何らかの支障となっているようにも見えなかった。それを思った時、偶々髪の毛の色が茶色味を帯びていたという当該生徒が鬱屈して不登校になるまでに「茶髪を染めろ!!」という学校は「何?」と思うことを禁じ得ない。
国内でも、既に一部の街や、一部の地区では、例えば「両親か、親の片方が外国人」という家庭が一定以上の割合になっていて、各々の家庭から生徒諸君が集まっている学校で、髪の毛の色、眼の色、肌の色が様々という事例も見受けられるような気がする。そういう場所で?流石に、偶々髪の毛の色が茶色味を帯びていたという当該生徒が鬱屈して不登校になるまでに「茶髪を染めろ!!」と言い続けるということになるであろうか?
「サハリンのネべリスクでは」としながら国内の話題に言及したが、こういうのを巷で「出羽守」と称するのかもしれない。しかしながら、「他所ではこういう様子だから、ここもそういう様子であっても差し支えないじゃないか?」と考えてみることは自由である筈だ。或いは、「出羽守」と称する言い方自体が「提供者側の自己都合の押付け」というようなものを「甘受しなければならない」という「押付けの極め付け」であるような気がする。
何れにしても、最近思うのは「年を追って、月を追って、日を追って“窮屈”と感じる頻度が高まっている」というようなことなのだ。時には、そういうような漠然とした想いを整理してみたくなる。
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