紅いマグカップで珈琲を啜りながら…

紅いマグカップを満たす珈琲が揺れ、芳香が拡がる中、微妙な苦味の周りに些かの他の要素が絡まるような味わいなのだが、これが「老舗の解答」とでも呼ぶべき味なのであろう。

「今朝の1杯目」は、京都の<スマート珈琲店オリジナル>というブレンドの豆である。1932年創業という老舗の喫茶店ということになる。「立寄って珈琲を頂く」というような業態の店が方々の街で拡がり、流行って行くというのが、1930年代前半頃、昭和の初めの方に相当する時代なのだと思うが、そんな頃に起こった店の伝統を確かに受継ぐという店が<スマート珈琲店>だ。

京都に滞在した経過の中、「所謂“老舗喫茶店”で朝を…」と思い立ち、滞在していた宿から散策的に歩いて訪ね易い範囲に所在するということで<スマート珈琲店>を訪ねたということが在った。好い想い出なのだが、店のオリジナルブレンドの豆が通販されていて、遠くに在っても入手可能と判り、既に何度か入手し、拙宅でも愉しんだ経過が在った。極々最近、久し振りに入手してみたのだ。

想い出の味であり、同時に居室で一寸頂くお気に入りでもある<スマート珈琲店オリジナル>を満たした紅いマグカップを手に、<スマート珈琲店>を訪ねた時のことを思い出していた。

店は<寺町>という商店街の一隅に在ったのだが、直ぐ傍に寺が在った。その見掛けた寺が在るから<寺町>という地名になったのか否かは承知しない。が、<スマート珈琲店>が「寺の視える<寺町>に所在…」というように酷く記憶に残った。

京都の街では方々に大小様々な寺が在るので、漠然と「寺が在って…」という話しでは訳が解らない。で、<スマート珈琲店>の直ぐ傍に在った寺の名を確認した。<本能寺>である。

<本能寺>?<寺町>という商店街の、色々な店が並ぶ辺りにも境内への出入口が在った寺なのだが、あの『本能寺の変』の<本能寺>だったのだ。京都に関しては「無造作に史跡が…」という感なのだが、少々意外ではあった…

かの織田信長が討たれてしまったという『本能寺の変』の当時、寺が在った場所は現在地から少し離れた場所であったそうだ。当時の最高実力者であった織田信長が京都に滞在する際に居館のようにしていた本能寺であるが、当時の下京の端側の、平坦なようでありながらも坂道になるような高低差も在る京都のやや低めな場所に所在したという。敷地は概ね130メートル四方という具合であったようだ。

<本能寺>を襲撃した軍は、かの明智光秀が率いた訳だが、丹波亀山城から中国地方を目指すとして集結していた軍勢は1万3千人程度であったと伝わる。「1万3千人の軍勢」と言うが、多分半数程度は食糧、陣地構築の資材、将兵の装備品、消耗品となる鉄砲の弾薬や弓矢の矢、その他の傷み易いモノの換えというような「軍勢の必需品」を輸送することが主任務になる人達であったであろう。そういうことで、半数の6千人から7千人を「号令一下で敵に向かって突進する」ための戦闘要員と想定してみるが、「概ね130メートル四方」という<本能寺>であれば、この人数なら「一分の隙も無い…」という程度に囲んでしまえるということになる…

そんな事態を映像化した作品…ドラマ『麒麟がくる』の最終話を録画したモノを、祝日であった昨日の午前中に拝見した。休日になればよく寄る喫茶店で、店主氏が録画していたモノを拝見する訳だが…

あのドラマでは、象徴的な棟梁を擁して平和に統治される体制を築いて行こうという想いを抱き続けた明智光秀が、同志と恃み、主君ということにした織田信長とは共闘を続けて行けないと決断して事件を起こすというような感に纏まっていた。なかなかに好かったと思う。イマドキの作品なので画も美しかった…

『本能寺の変』に関しては、創作に携わる人達が想像の翼を羽ばたかせる余地が随分と大きいように思う。自身でも様々な時代モノの小説で、あの『本能寺の変』を巡る物語に触れている。最近読んだ中、「酷く説得力が?」と思ったのは…中国地方の大勢力である毛利家との抗争の渦中で、明智光秀はより好い体制を構築するため、方々に根回しをして織田信長の討死を画策するが、織田信長に対して激しい私怨を抱く者が本能寺に侵入して襲撃、殺害しようとしているという情報が入り、慌てて軍勢を率いて乗込んで…という物語だ。

極々最近のテレビドラマでも話題の<本能寺>を、現在の場所の近くに在る老舗の喫茶店によるブレンド珈琲を頂きながら想ったが…実は<スマート珈琲店>を訪ねた折り、<本能寺>には寄らずに、次の動きに向けてとりあえず滞在していた宿に引揚げたのだった…何れ、立寄る機会は設けてみたい感だ…

そうしていた間に、<スマート珈琲店オリジナル>を満たした紅いマグカップは空いてしまった…

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