<しゃちブレンド>のバランスの好い感じの味わい、「適当に濃い…」というのが好ましいと思う。名古屋の業者が、街のシンボルのような「名古屋城の鯱」に因んで命名したらしい、彼らが自信を持って送り出しているブレンドだ。もう何度も取寄せて使っているが、なかなかに好い感じだ。
その珈琲豆が送り出された名古屋に少しだけ立寄った経過が在った。名古屋城の鯱を仰ぎ見るような場所、名古屋城を眺めるような場所に足は運ばなかったが、城に関連する由来の地名と見受けられる「丸の内」という辺りに滞在したのだった…
最近は「不要不急の外出は控えるべきだ」という声も大きいと思うが、自身としては「出たい…」と思って出るのは、自身にとっては「要」だから出るに過ぎない話しで、それを「不要不急だ!」とでも言われるなら…「自身の人生そのものが“不要不急”か?!」というようなことを思う。「自身の人生そのものが“不要不急”か?!では、何処で如何なろうと、随意で構わないであろう…」という気分にさえなる…
「不要不急の外出は控えるべきだ」という声がまた少し、更に大きくなっている様子が伺える。感染症を巡る事情な訳だ…
何となく思うのは、感染症そのものが冬季に活性化してしまう、冬になると流行るインフルエンザの亜種のような感じのモノであれば、「感染症が拡がる=感染したと見受けられる人が増える」というのは「免れる術が無い」というように思う。「気を付けよう!」とか「拡大防止に努めなければならない!」と「煩いぞ!!いい加減にしてくれ!!!」という程度に言っているように思うのだが、「それでも!!!」と感染者の数というのが「“記録更新”…」で全然減らないのだ。
生身の人間が簡単に逃れられるのでもない感染症への感染である。「こういう人達が原因!」と特定出来るのでも何でもない。「犯人捜し」、「悪者呼ばわれ」を「したくて仕方がないのか?」というような言辞が随分と聞こえるような気もするが…生身の人間が簡単に逃れられるのでもない、或る種の「天災」であるモノに関して「こういう人達が原因!?」と声を大にしても、何か「心荒む」というようになるばかりではないかと思う。そしてそういう「荒み」は、或いは快復困難な次元に入ってしまっているような気がしている。
「こういう場所で感染が発生しました」という事例は色々と在るが、正しく「色々」であって、「これを何とかしろ!」と特定出来るのでもない。そこで「これ!」とやれば、それは「悪者呼ばわれ」というもので、名指しされた分野に直接間接に携わる人達を「結果的に迫害…」というようなことになるのではないか?本当にそんなことで構わないのか?
感染症関係の事情を巡り、何やらまた「緊急事態宣言」なるものが首都圏で出たようだが…上述のようなことを思わざるを得ない感じで、何となく釈然としない。
そういうことも気になるが、昨日から「荒天への注意喚起」が為されている。当地に関して、早朝に戸外の様子を少々伺う限りでは、数日来の「降る…」という感じであった雪が「吹く…」という、「上空から降り注ぐというより、辺りに少し積もったモノが風に舞う」というような感じに変わっていた。降雪量自体、気にする程のものでもないように視えた…
「荒天への注意喚起」という中、既に方々で列車の運休というようなことも発表されている。個人的には、年末年始に色々と動き回った後で、何となくゆったりと過ごす意向なので、交通の状況は然程気にはならないが…それでも、強風や多目な降雪は少し警戒すべきであろう…
そう思っている間に<しゃちブレンド>のマグカップが空いた…
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