夕刻に…

夕刻…錫のタンブラーを出して、ニッカがウイスキー造りのノウハウを応用して造ったという麦焼酎を注ぎ、それをゆっくりと頂く…無限に好い…

戸外では足下が凍っている状態が続く…「大きな敷地の端と端」という程度の短い距離を歩くにも少々気を遣い、無事に帰宅すれば気に入った酒でも呑みたくなってしまう…

積雪が気温上昇で融けかかった中で気温が下がってそれが凍り、「路面に硬い氷を確り貼り付けてしまった…」かのようになってしまった。そこから気温が低めな状態が続き、纏まった量の降雪・積雪で凍った箇所が隠れてしまうのでもない感じである。街灯が灯るような時間帯には、灯りの光を氷が跳ね返して不気味だ…

戸外を歩き廻れば、非常に滑り易い。滑って転倒し、そこで「人生の幕引き」となってしまうような「呆気無い…」という展開も在るかもしれない…そして、「自身の人生の幕引き」というようなモノも、存外にその種の「呆気無い…」に終始するような気がしてしまう場合も在る。

何時の間にか「年単位…」の時日が過ぎたが、アクシデントで負傷した時も、本格的に積雪が多くなる前の時季、凍った箇所を踏んで足を滑らせたというアクシデントの故に負傷してしまったのだった…そのアクシデントで負傷したような場合に関しては、「傷めてしまった…少し大きなダメージ?」というのは直ぐに自覚出来る。そして「耐え悪い…」という程度の痛みが在って、やがて治療を受けて落ち着く。そして快癒にやや時間を要してしまう訳だ…

不意にそんな余計なことまで思い出したのは?最近は「病気を患ってしまう」というようなことに関連して、「こういう状態=症状が生じる場合に要注意」というような話が耳目に触れるからだ。

「負傷したような場合」は、残念ながら経験も在れば、負傷の原因になる動きが在り、更に「耐え悪い程度に痛み…」というのは直ぐにでも、嫌でも判る。他方、何かの病気に関連して「こういう状態=症状が生じる場合に要注意」となっても、件の「こういう状態」が「実際に如何なる?」のかが皆目見当も着かないのだ…

件の「こういう状態」が、「経験の範囲で、何となくであっても、思い浮かぶ状態」ということなら、素直に「あのような状態か…そうなったら注意だ!」と思って話しを聴けば善い。が、「思い浮かばない状態」であれば、「とりあえず如何する?如何なる?」と訳が判らない。

例えば、最近何かと話題の感染症に罹患してしまうと「嗅覚・味覚障害が生じる」というようなことが聞こえて来る。こういうようなことに関して、「嗅覚・味覚障害」という状態について「とりあえず如何する?如何なる?」と訳が判らない。例えば、少しの間“刺激臭”に触れた―ペンキ塗りをするとか、模型用塗料の一部の種類を使うというようなこと―後に臭いが判り悪くなるとか、極端に辛いモノを口にして―何かの料理に辛味調味料を点け過ぎてしまうような事―しまった少し後に別なモノを口にして味が判り悪いという程度なら、時には在るかもしれない。が、そういう状態を、恐らく「嗅覚・味覚障害」というようには言えないと思う。だから、状態が判らないのだ…

「問題が在る」ということには間違いが無い。しかし「問題が在る」ということが、自覚し得るのか否か、全く想像が出来ない…「何でも経験…」とは言うが、体調が悪くなってしまうような類の事柄に関しては、出来れば御免である…

「個人の体調」というような次元のことなら、或いは「“問題が在る”ということには間違いが無いが、“問題が在る”ということが自覚し悪い」という状態に陥っても「それはあんたの勝手…御随意に…」ということになるのかもしれない。

しかし、こういうことが思い浮かぶと、何となく思い至ってしまうことが在る。

様々な事案に関して、「これはこういう意味で“問題”なのではないか?」と誰かが気付いたとする。そんな時、「“問題が在る”ということには間違いが無いのかもしれないが、“問題が在る”ということが自覚し悪い、または“問題”を黙殺する、更には“問題?”と言う者に“黙れ!!!”と言う」という場合が、大袈裟な事柄から手近な一寸したことに至るまで、実は非常に多くないだろうかということだ…

何れにしても、戸外で足下が凍っている状態は、色々な意味合いで酷く按配が好くない…凍った状態が少しばかり落ち着くことを期待すると同時に、「妙な不運」を自身に招き寄せてしまわないように配意せねばならないであろう…

この記事へのコメント