<しゃちブレンド>が酷く美味い…
珈琲のような嗜好品は、色々と種類が在って、各々の美味さが在って当然だが、<しゃちブレンド>は「広く受け容れられる、好い意味で“公約数”的な、バランスが好い珈琲」という感じで気に入っている。有名な城の鯱に因む名称を冠し、名古屋の業者が自信を持って送り出しているモノである。
珈琲そのものの佳さということも在ろうが、居心地が好い程度に暖房が効いた居室で、朝の時間帯に悠然と頂いているというような「状況…」という要素で、一際美味いような気がすることも在るのであろう…
「11月11日」ということになった…1月1日、2月2日、3月3日、4月4日、5月5日、6月6日、7月7日、8月8日、9月9日、10月10日、12月12日と並ぶ、毎月1回在る「月の数字と日の数字が重なる」という日である。「だから?!」というどうでもいいことなのだが、この「重なる数字」が何となく好きなのだ。何か「好いことでも在るだろうか?」という気分になる。別段特別なこと等無いままに終始するというのが普通であるのだが。
積雪の白色が、画像・映像撮影時の“レフ版”のような働きをするので、暗い冬には暗い冬なりに明るい感じがする場合が在る。現在、そういう様子が見受けられる…
11月9日の夕刻から積もり始め、翌朝までになかなかの量が積もった。日中に道路を除雪していて、些か溶けてはいたが、気温が然程上らずに積雪が存外に残った。そして夜間に少々の降雪、積雪が在ったようだ…
現在はプラス1℃、プラス2℃という次元で、戸外は“冷蔵庫”のような具合だ。やがて晴れ間の光線や、些かの気温上昇でこの積雪もとけるであろう。温暖な地域では、プラス5℃前後の気温になると「雪?!」という話しになると聞いたことが在ったが、5℃であれば間違いなく「冷たい雨」である。現在の1℃、2℃という次元から5℃に気温が上昇すれば、積雪は相当に溶け、雨が降れば洗い流されるようにもなってしまう…
気温の上下に一喜一憂するかのような真似は、何となく「詮無き事」のようにも思うのだが、積雪が見受けられるような時季、一喜一憂に近い気分になる場合が在る。歩く箇所の表面が凍って滑り易くなるのだ…2017年の積雪期の始まるような頃だったが、思わぬアクシデントで、少し難儀もする羽目に陥ったので、それ以降は殊に気に掛けるようになった。滑り易い箇所では注意したい…
アクシデントで難儀するような羽目になって、その原因を探って「善くない!!」と非難したい気分にならないでもないが、そんなこともまた「詮無き事」だ。アクシデントの状況にもよるが、「それでもそこに在る」を感謝するようにした方が好いというような気がしているというのが「近年の気分」だ。
そんな「近年の気分」という中、何となく気になる。多分「21世紀に入ってから?」というように思うのだが、何となく「“敵”を規定して、その“敵”を非難する」ということばかりが前面に出てしまってはいないだろうか?
誰しも心当たりは在ると思うが、例えば「楽しみにしていた催事が悪天候で中止」とか「楽しみにしていた催事の時に風邪で体調が酷く悪くなって欠席」というような事態である。天候やら病気やらというのは、「仕組みがよく判らない“魔法”=漫画『ドラえもん』に登場する道具のようなモノ」でも駆使しない限り、多分人が制御することは出来ないように思う。
私は「例の“事情”」と呼び習わしているが、最近の感染症の流行というようなことについて、問題意識を持って気を付けましょうという以上に、「“敵”を規定して、その“敵”を非難する」かのような振る舞いが酷く目立つような気がする。話題の“芯”を抜き出すと「〇〇業界が拡大の温床だ!何とかしろ!」とか「〇〇しない者は悪い!」というようなことが溢れているような気がして、何か気持ちが曇る。
例の“事情”により、「21世紀に入ってから?」というように感じられる「“敵”を規定して、その“敵”を非難する」という傾向が、非常に強まっているような気がする。或いは「荒んでいる?」というような気もするのだ…自身としては?運悪く妙な疫病に罹患して、不意に他界するような羽目になっても「最期に〇〇したかった!!」が少しでも少ないように、日々ここに自身が在ることに感謝しながら、穏やかに暮らしたいというだけである…
そんなことを想っていた間に、<しゃちブレンド>のマグカップが空いた…
この記事へのコメント