スコッチを啜りながら…

<ティーチャーズ>というのは、「拙宅の冷蔵庫のような存在…」と言ってみたくなるような極々近所の店に並んでいる酒類の中で、安価な部類に入るウィスキーだ。スコットランドのグラスゴーで起こった会社によるモノなのだが、安価な割にはなかなかに美味い“ブレンデッド”のウィスキーだ。

「夜の残滓」が色濃いというよりも、時計を視ずに居れば「深夜と区別し悪い早朝」の時間帯に、錫のタンブラーに<ティーチャーズ>を注いで、ストレートで頂いていると、居室に在りながら「居心地の好い、気に入っているバーで時間を過ごす」というような気分がしないでもない…

この数日は、米国の大統領選挙の話題が随分と頻繁に耳目に触れる。

日本国内の国政選挙、地方選挙に関しては、投票日の翌日朝には「開票終了 A候補XXXX票 B候補XXXX票…」という少々詳しい情報が開示され、当落は明らかになっている。更に、随分以前からのことながら、投票所での出口調査というようなことなどを通じた状況分析、判断というモノに拠って、「投票終了…開票が始まります」というような頃に、直ちに「A候補が当選確実!」と報ぜられるような場合も少なくない。結果がどうしたこうしたというのでもなく、当確情報の「速さ!」に驚き呆れる場合も多い…

そういうことを想うと、米国の大統領選挙の話題が何日も続いている様子が些か不思議に思うのが率直な感想だ。しかし、二大候補の何れが当選するのか、接戦で明確になり悪いという状況でもあるということなのであろう。

米国の大統領選挙は、長い経過の中で成立して現在に受継がれている、やや煩雑にも見える制度だ。米国は州が集まった連邦国家で、州毎の選挙結果を集めて全体の結果が出るということになる。州毎に少しずつルールが違うようだ。が、総じて「各州に割り当てられている“選挙人”を取り合う」という争いで、各州は「1人だけ当選の小選挙区のようなモノ」になっているというのが殆どであるらしく、優勢な候補が州に割り当てられた“選挙人”の人数を獲得出来るというようになっている。それが積み重なって、「過半数を二大候補の何れが?」ということが続いている訳だ。

“大統領”を戴く国は数多在る。国によっては「〇年間の任期をX期まで」と規定している。「終身」というようなことになってしまっている例も見受けられるようだが…米国に関しては「4年間の任期」は明文化されているようだが、「X期」は明文化されていないのだという。しかし初代のワシントン大統領が2期で勇退した故事に因み、「2期」が慣例化している。多分、唯一の例外と見受けられるのは、第二次大戦の頃のルーズベルト大統領が4期務めようとしたという例だ。ルーズベルト大統領は4期目の任期に入った後に逝去し、トルーマン副大統領が大統領に就任したのだったが。

そういう米国の大統領だが、大概は2期務めている。1期4年間の後、対立候補が4年間の在り方を批判する、または4年間の在り方が不人気という場合、新しい大統領が登場している。

現職の大統領の前、オバマ前大統領は人気が高かったようで、2期8年間を務めた。その後は現大統領が選任された選挙だった。落選した側の候補の前評判は高かったようだが、「この数十年の政治?もう沢山だ!」というモノが有権者の中に実は強く在ったらしい。そんな訳で「型破り!」とされた現職が選任された訳だ。

そして1期4年間の後に今般の選挙である。

現職大統領の対立候補は、「この数十年の政治?もう沢山だ!」の「一部!」ということになる、前大統領の下で副大統領を務めていたという方だ。その方が主張したとする「この4年間で国が“分裂”してしまったのではないか?何とかしよう!」という事が伝わったが、それには頷いてしまった。

最近、米国の色々な問題が伝えられている。問題というのは俄かに発生して、俄かに何やら騒がしくなる場合も在ろうが、或る程度は「長く潜在」ということなのだと思う。それが顕在化するというのは、切っ掛けが何処かに在る筈だ。それが、或いは“分裂”を助長するような現大統領であった可能性を否定し悪いような気がするのだ。

米国というのは、色々な出自の人達、各々の後裔に相当する人達が集まり、より豊かな社会を目指そうと統合した連邦国家であった筈だ。前大統領は複数の人種の血を引く人物で、様々な出自の人達が暮らしている国の人々が戴く指導者のイメージを存在だけで体現していたかもしれないような感も在るが、大量破壊兵器の封印を主張してみるようなことで諸外国の人達からも賞賛されていた。対して?現大統領は国内外に“敵”を規定して、“敵”を非難する言辞を吐き続けるばかりなのではないか?

日本では、「この人には投票する権利が在る」ということであれば、住民登録の情報に依拠して勝手に選挙の投票の案内が送付される。米国はそうではないのだという。選挙で投票する権利が在ることの確認を求める行為、「有権者登録」を自らした上で投票を行う。だから「この地域の問題を訴える候補を応援しましょう!」ということになると、街で色々な人達に「有権者登録をして下さい!」と促すのが所謂“選挙運動”の第一歩であるらしい。そんな米国で、「嘗て無い程度に投票が多い」、「郵便投票制度の利用者が想定を遥かに凌駕している」という今般の米国の大統領選挙である。その事実だけで「問題意識が滲み出ている」とか「噴出している」というようにも感じられる。

自身と米国と?米国のプロスポーツのネタが好きであるという位の係りしか無く、たった2回、シカゴやサンフランシスコに降り立った想い出が在るというのに過ぎない。それも、降り立った頃に子どもでも生まれたとすれば、既に子どもが大学に進学するような年恰好という位に以前だ…「そんなあんたにあの国の何が判る?」と言われればそれまでだ。しかしながら、「周辺の建物が建てられている過程を殆ど悉く眺めていた幼少期」という「新興の中の新興という住宅地」で育った自身は、何処となく「大西部の開拓村で育った…」という「19世紀の米国人?」のようなメンタルが奥底に在るのかもしれない。故に「色々な出自の人達、各々の後裔に相当する人達が集まり、より豊かな社会を目指そうと統合した連邦」というようなことに、殊更に浪漫のようなモノを感じて、最近のニュースに触れているのかもしれない。

何やら「大接戦!」な中で、劣勢と言われる現職大統領が投開票への不満をぶちまけているらしい。放送局が、そういう発言が連呼されていた会見の生中継を、聞くに堪えず、後から嘘の垂れ流しで批判に晒されかねないと打ち切ってしまうという異様な事態まで生じているらしい。ここで揉めても“分裂”が拡がって固定されるばかりで、米国の人々の幸福には全く役立たないことは明白だ…

色々と思いながら<ティーチャーズ>を啜っていた。休日の早朝…何をどうして過ごしたものか…

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