<Qグレード認証 エチオピア>の独特な味のバランスが好ましいと思う。今朝の1杯目として淹れたが、この豆の残量が乏しくなって来た。他のモノが在るので、居室に在って珈琲を淹れる術が無くなると慌てるという程のことも無いが…
土曜日、日曜日は所謂「寝て曜日」に近い感も在ったかもしれない。午前中や午後や、何処となく妙な時間帯に眠気を覚えて眠ってしまい、何となく夜の就寝や朝の起床のタイミングがズレて、月曜日の朝に至っても何となくスッキリしないような気がする。
「タイミングがズレる」というようなこと?考えてみると、存外に多いのかもしれない。
そういうように思うのは、結果として「タイミングがズレる」というようなことが在って、得られたかもしれない何かを得られないままに逃してしまっているというような可能性が認められる事項を時々想い起さないでもないからだ。
そういうような「タイミングがズレる」という中で「逃した?」が多い他方、「ズレているタイミング」の中に在るが故なのか、思いも掛けずに成功した、または成功したような気がするという事項も想い起さないでもない。
総じて、他所の多くの人達が逃していないことをアッサリと簡単に逃してしまったままである場合が多いような気がしている他方で、他所の多くの人達が縁薄いというように思っているかもしれない事柄に何となく縁が在るという場合が見受けられる。自身の人生というのは、そういう感じかもしれない。
「タイミングがズレる」というようなこと?自身の色々なことを何となく振り返って、「あのタイミングであのようではなく、このようであったなら?」という程度の事柄であれば、個人の勝手な夢想や妄想であって、何ら影響が何処かに及ぶのでもないであろう。だが、多くの個人や団体等が絡まる何らかの取組で、例えば決めた期日に結論や方向性を示すことが出来ないとなれば、そういうのは迷惑というものだ。
何かを新たに始めようとする時期が想定されている中で、そういう具合に事を進めようとするために、或る時点で何かを実施するというのも在る。これも「タイミング」だ。
こういう方向にも想いが至ったのは、大阪で、大阪市を4つの特別区に再編して大阪府と一体化してしまうということの賛否を問う住民投票が催され、その案が否決されたというニュースを聞いたからだ。新制度実施を目指す時期から逆算で、このタイミングでの投票実施だったのであろう。
「大阪市を特別区に再編して大阪府と一体化」という件は、以前にも住民投票を行って否決された経過が在った。推進しようとする勢力への支持は、以前の住民投票の辺りから現在に至るまで低い訳でもない中、この住民投票は連敗であるというのは些か不思議な現象のように見える。
推進しようとする勢力への支持が低いのでもなく、大阪市長や大阪府知事がその勢力を背景とする人が選任されている状況だ。であれば、住民投票をして新制度に移行することに拘泥せず、「大阪市の行政区を再編して合理化」とか「“二重行政”とされる様々な事柄を順次解消」ということに関して、市長や知事の任期の中で順次取組めば好いのではないか?
「大阪市の行政区を再編して合理化」と称して区の数を減らして仕事を進め、住民サービスの利便性等が何ら変わらないというのであれば、「特別区へ再編?」としても「構わないのではないか」ということになるような気がする。現状では「A区が消える?」とか「あのサービスはどうなる?」という考え、または感情が前面に出るのではないか?
「“二重行政”とされる様々な事柄を順次解消」と称して、“府立〇〇”と“市立〇〇”とを統合する、一本化するということを進めるというようなことについて、どうしても並立しなければならないモノというのは、多分無いと「他地域の部外者」ながら思わないでもない。これは、北海道のように“道立〇〇”が在って“市立〇〇”が見受けられないという例が多く在る場所なのであれば「問題?」かもしれない。北海道では、例えば札幌市内に“道立〇〇”と“市立〇〇”とが並立しているという例は在るかもしれないが、他では余り聞かない。
それにしても、「他地域の部外者」の勝手な言い分であるが、大阪は「大阪市を特別区に再編して大阪府と一体化」という新制度を採ろうが、現行の大阪府と大阪市とであろうが、「何時でも、何時までも“大阪”」という個性や魅力を放つ地域である。或いは在って欲しい。
何やら「タイミング」ということから話しが弾んだが、“大阪”というニュース関連のことに想いが至ってみると「また…大阪辺りにふらりと…」というような想いが沸き起こる。“何処かへ行きたい症候群”が疼く…
そうしている間に<Qグレード認証 エチオピア>のマグカップは空いた。更に…何時の間にか「11月2日」と月が完全に改まってしまったということに思い至った…
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