<Qグレード認証 エチオピア>を挽いて淹れた「今朝の1杯目」が酷く美味い気がする。居室の中で立ち昇る芳香と、苦味以外の「珈琲の味の様々な要素」が華やかに交じり合ったというような感が心地好い…
今朝は何となく雨が交っていた。昨日より少しだけ雲は薄いかもしれない。が、最近は天候が変わり易く「秋」の深まりを多少意識せざるを得ない。
随分以前に“親父殿”が、伯父の言に「なるほど…」と思ったとして話していたことが在った。「昔…“飛行機で出掛ける”とでも言えば、総理大臣か何かから勲章でも頂くかのように確りと礼服を着て出掛けなければならないというような“大事”だったような気がする。最近?その辺の店に牛乳を1本買いに行くような普段着姿にサンダル履きで空港に出掛けて、そのまま飛行機に乗って旅行して差し支えないというような感じかもしれない…」とである。
本当に「空の旅」は手軽に、気軽になっていると思う。“親父殿”や、その兄である伯父の世代が言う「昔」とは、昭和30年代、昭和40年代というような感、1960年代に入る前後から1970年代の前半位までを指し示しているような気がする。そこまで遡らない、そういう時代を「昔」と感じる世代の息子であり甥である私自身の世代が「昔」と感じるような1980年代や1990年代辺りと比べても「空の旅」は手軽に、気軽になっていると思う。近年は、とりあえず“正規”ということになっている運賃よりも安価な料金で、ネット予約等で航空券を入手して、訪ねた先で改まった席が在るというのでもなければ、「近所を一寸動き回る普段着そのもの」で特段に荷物らしい荷物さえ持たずに、酷く気軽に空港に行って「近所でバスや鉄道を利用する」ということに近い感覚で飛行機に乗って出掛けることが出来てしまうように思う。
こういうようなことを不意に思い出したのも、LCCの<エアアジア>という会社のニュースを視たからだ。<エアアジア>は残念ながら利用したことは無い。LCCの範疇になるモノでは<ジェットスター>を何回かと、<ピーチ>を一度利用したという感じだ…
この会社は国内線3路線と国際線1路線を運航しているのだというが、12月にそれらを「廃止」とする手続を進めているのだという。飛行機を運航する、路線の権利を返上してしまうということになるのであろう。
会社が合併したり、破綻の危機で再建というようなこと等、色々と在ったが、古くからの大手航空会社が在る。そして元号が平成になったような頃に現れた新興航空会社が在る。更に低価格を前面に押し出したLCCと呼ばれる航空会社が在る。近年はこのLCCに勢いが在ったように見えていたが、今般「(路線の)廃止」ということに踏み切ったのはこのLCCの一つだ。
LCCは低価格で高い搭乗率が維持されることを前提にして運営されているのだという。最近の諸事情により、その「前提」が崩れてしまったということなのであろう。
LCCに関しては、旅客の往来を増やす一因になり得ると注目されていた、或いは―最近の諸事情で目下は動きが余り無いにしても…―現在でも注目されているのかもしれない。しかし、この<エアアジア>の例のような「路線を維持出来ないので運航そのものから手を引く…」という話しが出て来ると、「これからどうしようか?」ということにもなって来るであろう。
LCCは「かなり極端?」な運賃の券も一部に売っているようだが…空路に限らず「交通費は知れている」ということなら、旅客が動き回り易くなる契機とはなるのかもしれない。そうやって動き回った旅客がどうするのか?
少し前まで、北海道内では札幌や旭川に用事で出る場合、「宿泊が…取れない!取れそうなのは、なかなかに高級な場所か、値段が随分と跳ね上がっている場所…」ということが余りにも多かった。そういうようになるので「思い付きのような形では、敢えて出掛けない」という感覚になってしまっていた。最近は宿泊施設の数がさり気なく増えたとか、「最近の諸事情」で需要が鈍化しているという感の中、「思い付きのような形」で出るようなこともやり易くなったかもしれない。
何かこの例に限らず、少し前まで例えば「4万人定員の野球場に、無理に5万人入れた。グランドに人を入れたので試合は出来ない」というような状況を思い浮かべる程度に、とりあえず旅客の数がドンドン増えるばかりで、「旅行?意外にやり悪いなぁ…交通費は知れているが…」というように、或いは「旅行?混まない時期は何時??」ということばかり思うようになってしまっていたような気もする。
何時の間にか「随分と時間を経た」というような期間に亘って、もしかすると「旅客の往来の“数”を増やす」ということにばかり眼が向いていて、「で、動いた人達はどうする?どうなる?」は後手に回ってしまっていたのではないだろうか?低価格で高い搭乗率が維持されることを前提にして運営されているLCCのようなモノが「運営が…」というようになる程度に旅客の往来が落ち込んだのであれば、今こそ「で、動いた人達はどうする?どうなる?」を考えようとするべきなように思う。
とりあえず「旅客の往来の“数”を増やす」ということにばかり眼を向けていたかの感な中、最近の諸事情で“数”が従前程に伸びないようになっている。であれば?「用事が在ってどうしても動く」という以外の「思い付きのような形」で動くことが許容されるような雰囲気を創るとか、「一寸出掛けてみようかな?」という想いを盛り立てるとか、尊重するというような、そんなことを考えてみるべきではないのか?
そんなようなことを想っていて…<Qグレード認証 エチオピア>のカップが空いたので、さり気なく「今朝の二杯目」でバランスが好い<しゃちブレンド>を淹れて頂き始めている…
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