曇天…

<しゃちブレンド>は今朝の2杯目となっているが、相変わらず好い感じのブレンドであると思う。

1杯目は<アロママグ>と称する、旭川で仕入れた赤いマグカップで頂いた。2杯目は奈良で仕入れた、「持ち帰り用カップ」のような感じになっている黒いカップで頂いている。器を変えて気分はほんの少し変わっているのだが、味わいに差異は無い…「淹れ方」も少し安定しているということかもしれない。或いは好い傾向だ…

今朝は雲が多く薄暗い。昨日のように一部に日出時刻前の朝陽の光による天への干渉が見受けられたというのでもない。敢えて天の様子や海の様子を眺めに「極々短い散策」に出るまでもないと考え、何となく珈琲を淹れて頂きながら過ごしていた。何か、眠っていた間に些か雨が交ったという痕跡も認められる朝だ。戸外の様子を伺うと、道路面が少し濡れていた…

少し前に、少し知られた俳優が他界したという報が伝えられていた。こういう報に触れる時、時々気になるのは故人の享年だ。自身の年齢より若いような場合には殊に気になる。「XX歳?その頃はどうだったか?」という程度に何となく思うのだ…

他界するという場合、その事由は様々であろうし、個人差も色々と在るのだと思う。80歳代半ば以降であれば、広い意味で老衰ということになるのだろうか?他は疾病、負傷ということか?稀にそれらに該当しない場合も在るのかもしれない…

何処かの方の訃報や享年ということに触れ、「XX歳?その頃はどうだったか?」と何となく思うと同時に、「手近な人達の悲嘆」を想像して気持ちが曇る場合も在る。敢えて「手近な人達」と表現したが、そこには家族や親族の他に、他界した方の生涯を通じて少しなりとも縁が在った様々な人達を含んで考えたいという意図だ。

少し以前まで、自身ではこういうような問題意識を殆ど持たなかったと思う。2017年11月に、一寸不手際というのか、不運な状況が生じて負傷してしまった経過が在って少し経った頃から、こういうことに意識が向くようになったのかもしれない。

正直、少し前に眼に留めた、少し知られた俳優が他界したという報のようなことに関して、従前は眼に留めることも無かったと思う。かなり好きな作品に出演していた著名な俳優や、大好きな楽曲で知られるミュージシャンの訃報ということなら「残念!それでも、或る時に何処かにふらりと現れてくれそうな気がする…逝去が受け容れ悪い」という程度に思う場合は在った。が、それは寧ろ例外的な感じ方だったように思う。

2017年11月に負傷してしまった際には、傷そのものが癒えた後、「こんなモノであろう…」という程度に恢復し、医師に「大きな問題は無い」と断じて頂いて一件落着になるまでに想像以上に時間は要した。が、その間は些かの不自由は強いられたものの別段に不都合という程のこともなく暮らしていた。そしてそういう中で、「あの時の状況?もっと面倒な負傷という場合も在り得た?であれば未だに治療中??変な場所を強打して落命した場合も?!」という変な事も思い浮かんだ。

そういうことを通じて、何となく「“今、ここに在ること”に関して、何かに感謝の意を表することもしなければなるまい…」という程度に思うに至った。或いは、時にそういうことを思い出すということで、より平穏に「少しなりとも心豊かに」という程度に思えるようになっていると、自身で勝手に考え得るようになっている気がする。文字どおりの「怪我の功名」というモノか??

それにしても、或る程度注目されるような方が「XX歳?その頃はどうだったか?」と思うような年代で他界ということ自体が残念だが、疾病や負傷に該当しない場合らしいと伝えられているというのは非常に気持ちが曇る。

少し位気持ちが曇っても、可能な限り晴れやかな気分で過ごしたいとも思うが…雲が多い感ながらも、一部に明るい天が視えるような感じに天候が移ろいつつ在る様子が伺える。悪くはない…

そんなことを想っていた間に、2杯目の<しゃちブレンド>の残りが少なくなって来た…3杯目は<大阪ストロング>とすべく、湯を沸かし始めた…

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