<しゃちブレンド>の芳香、適度な苦味、その奥に拡がるような諸々の要素の何れもが好い感じだ。朝にゆったりと気に入っている豆を挽いて、ハンドドリップで淹れてみて、珈琲を啜るのは心地好い。
雨が交る次元ではないが、雲が多く薄暗い朝を迎えている…
戸外の様子を伺おうとし、少し「吃驚!」という感だった。半袖Tシャツを着て裏地の無い上着を引掛けて戸外に一瞬出て、「寒い?」と瞬時に屋内に引っ込み、その辺に在った長袖で生地が少し厚いパーカーを着て、改めて戸外に出てみて「まぁ、こんな按配…」と落ち着いたという状況だった。
いきなり15℃程度の気温になり、少し冷たくも感じるような風で、数日来の温く湿った空気が吹き飛ばされてしまったかのような感だ…今朝はやや暗く光が解き放たれた感は薄いが、日出時刻は5時を過ぎるようになったようだ。夕刻の日没は午後6時を待たないという辺りになっている。何時の間にかではあるが、着実に季節は動いた訳だ。
昨日は、強弱の幅が広い変化を伴いながら、雨が断続していた。そういう状況下、何となく戸外へ出ようとすると、そのタイミングで「少し雨の降り方が?強まった?濡れる?」ということになる場合が在った。
雨中に戸外に出れば濡れてしまうのは当然で、厭う程のことでもないと個人的には思う…「雨の中を歩いて濡れない」ということであれば?昨日、不意に思い出して笑い話になったのが『妖怪人間ベム』という古いアニメ作品だ。ハットを被ってコートを着込んだ劇中のベムが雨が降り頻る夜に歩き廻っている様子が出て来ると、何やら「雨中を歩く身体が雨を弾いてしまっている?」というように見える画になっていた。あの劇中人物が「雨には濡れない」という設定になっていたか否かは記憶しないが、「雨の夜に降り頻る雨を弾いてしまうような感で歩き廻る」というのがあの劇中人物のイメージのように思う。
昨日も夜に至ってしまえば、日中から夕方までの断続する雨が止んでしまい、濡れていた路面は直ぐに乾き、そして朝に至っているような感だ。
最近、時々思う。
「間違い」と「間違いではない」というモノが在る。「間違いではない」ということであれば、それが「好い」のか「好くない」のかということになるであろう。更に、殊に「好くない」と感じられたような場合には「正しいのか?」というように考えてしまう場合も在るかもしれない。
例えば…或る事案に関して100人の人の耳目に触れたとする。多分100人中の10人位は、事案に全く無関心で、数の中に入らない感になってしまうことが多いであろう。残る90人の中で、80人位が「十分なモノではないのでは?」と思い、10人位は「十分だ」と思ったとする。
こうなると多数派の「十分なモノではないのでは?」という論が容れられ、何か手が施されるというように思えるが、その限りでもなく「十分だ」という「ことになっている」というのが存外に多いのではないだろうか?「十分なモノではないのでは?」も「十分だ」も、少なくとも「間違いではない」ということではあろうが、「何れが正しい?」は、何れも「間違いではない」という状況である以上、結論は何時までも出ない。
「十分なモノではないのでは?」という論に依拠して、何かの手を施すという経過が生じても、「十分だ」という「ことになっている」として途中で施す手を停めるようにしてしまい、「十分なモノではないのでは?」という論が封殺という場合さえ在るかもしれない。これも「十分なモノではないのでは?」も「十分だ」も、少なくとも「間違いではない」ということで、「十分だ」を「正しい」という「ことにしてしまって」も差し支えないという訳だ。
少なくとも「間違いではない」として、「正しい」という「ことにしてしまって」というのが少し多い状況?こういうのを変な“同調圧力”が高い状態と呼ばなければならないのではないか?
今日は9月11日だ。多くの人が「何の映画かと…」と驚き、「“現実”の出来事のようには思い悪い…」という程度に感じた<同時多発テロ事件>が発生した日だ。2001年のことだった。あの事件は米国での出来事なので、精確を期せば、日本時間の9月12日なのだが…
21世紀を迎え、<同時多発テロ事件>のようなオカシな事態も発生した中、何処となく「変な“同調圧力”」とでも呼ぶべきモノが「高まり易い」というような、何か名状し悪い違和感のようなモノが「世界情勢のどうしたこうした」という辺りから、「極々手近な辺り」に至るまでに少しずつ拡がり、浸透して行った…というような気がすることが在る。
オカシな事態を引き起こしてしまった連中は憎まれて当然かもしれない。が、その連中と近い地域の出身であるとか、近い人種であるとか、そういう地域の出身者や人種が有している文化を受継いでいるということで、憎しみめいた眼差しを向けるのは不当だ。が、それも可であるかのような「変な“同調圧力”」があの頃は在ったかもしれない。他方、そういう中で「それはオカシイと思う」と発言した、何かの分野で一定程度の知名度を有するような人達も在った…
こういうようなことを「簡単に忘れないようにしよう」というように何となく想う…
そんなことを考えていた間に<しゃちブレンド>を満たしたカップは空いてしまった。
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