『空海の哲学』

↓「漫然とした興味」というようなモノに駆られて手にした。本当に“哲学”という分野の一冊だった…

空海の哲学 (講談社現代新書)



↑空海という人物の足跡や、“仏教”と括られるモノの経過や拡がりを概観し、空海が説いた「密教」というモノを少し考えるというような内容であったと思う。

「教科書に名前が載っている昔の人物」ということになる空海は弘法大師の諡号でも知られ、俚諺のタネにもなっていて、民間信仰の対象にさえなって今日も「生きている」とも言えるかもしれない人物だ。が、「何者?」とでも問われると、とりあえずは「平安時代の初め頃に幅広い活躍を見せた文化人。僧侶」とでも言う他にない。一口に説明し悪い訳だ。

この空海の、恐らく御本人も最も重要視していたであろう“本業”は「密教の祖師」であり、密教を巡ってその考えを纏めた著作が色々と在るという。本書の著者は、仏教関係者ということではなく、仏教や関係思想の内容や経過を学んで伝える研究者である。本書は、そうした研究者の立場で、「空海は何を説こうとした?」を語る一冊である。

個人的に、空海には「漫然とした興味」というようなモノを抱いている。

空海が密教の考え方で整備したという京都の東寺を訪ね、その空海の事績や東寺に関することを紹介した内容の本に出くわした。興味深く読了して暫く経って、偶々テレビ放映されていた往年の映画で、空海の伝記的な内容になっている『空海』という作品を興味深く観たのだった。

↓東寺に所縁の著者による、空海の事績や東寺に関することを紹介した内容の本。
>>『東寺の謎―巨大伽藍に秘められた空海の意図』

↓往年の映画『空海』の予告編。


仏教?多分、“仏”という境地に至ろうとする考え方と営為とのことなのだろうが、密教はその仏教の密教が成立する以前のモノを鳥瞰し、更に考えたことを加えて、より強く“仏”という境地を追及するというような…本書を読む限り「そういうようなこと?」と思った。

御陰様で少し興味深い出会いを経験出来たかもしれない一冊である。

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