<しゃちブレンド>を今朝の一杯目ということにした。名古屋の業者が自信を持って送り出しているらしい、なかなかに好い感じのブレンドだ。暫くは大阪からやって来た<ハイブレンド>を寧ろ中心に愉しんでいたが、そちらの残りが少なくなったので、残量にゆとりが在った<しゃちブレンド>をまた使っている。
全く「だから?」というような程度の事柄だが、朝は気に入った珈琲を淹れて悠然とそれを啜っているというような過ごし方をすることが好いものだと思う。「好い」と思うと同時に「そうしたい」とか「そのように在りたい」というようにさえ思う場合も在る。それは、如何なる場合でも「ドタバタしたくはない…」というような感じ方の裏返しでもあると観ている。
深く眠ることが叶ったような、その限りでもなかったような、妙な按配の朝となっている気がする。「何?」という程のこともせず、読書に興じる他は、少しばかり拙宅近隣や、近隣という程でもない街の中を動く程度で、文字どおりに「何となく…」という具合に三連休が過ぎ、明けた月曜日も特段に変わったことも無い感じで過ぎた。月曜日の夕刻は軽く<あさ開>の粕取焼酎を嗜んでから食事を愉しみ、直ぐに休んでしまった。変な時間帯に眼を開け、少し居室でぼんやりしてからまた休み、そしてまた起き出した。こういうことになると、最初に思わず休んでしまった時には「深い眠り?」という感だが、少し後に再度休むと何やら「眠りが浅い?」と感じてしまう訳だ。こういうような差異の詳しい理由が判るのでもない。そして、それを追求しようかという意志も無いが…
相変わらず、何処をどういう具合に視ても<COVID-19>関係の話題ばかり溢れているような感だ。「疫病が世界的に流行ってしまう」というのを<パンデミック>と言うそうだが、何か特殊な感じがしないでもないこういう用語が、日常的語彙に入り込んで居座っているというような感だ。
<パンデミック>という様相だが、世界保健機関(WHO)が出しているレポートを視ると、他地域を往来した人が「感染症の陽性」であったことが明らかになったという例が在る地域も在るが、各国内で感染が拡がっているという地域も多くなっていて、後者では重症化して残念な結果になっている例も目立っている。一部に「何故、あの国はこんなに亡くなっている??」という少し気になる様子が見受けられる。そういうのは、例えば「50人収容の医療機関が在る所で、150人の患者が在って、美味く手が施せず…」というような状況でも積み重なっているのであろうか?
国内の様相?未だ「〇〇で感染」がドンドン伝えられている感ではあるが、他方で「“対策”の故に“滞ってしまっている”様々な事」を「如何に?」という事への関心が高まっているような気がする。
「“対策”の故に“滞ってしまっている”様々な事」を「如何に?」という事…何か、「人々の営みは人々が動き回ることによって成り立っている」という「当然!」な事を、“対策”の故に停めようとしてしまった結果によって、強く思い知らされたというように感じる。
“対策費”というようなことで、余りにも桁が大きく、「如何程の金??」と正直なところ理解に苦しむ程度の額を投じようとしていると伝わっている。“激変”で多くを損なった人達を何とか救うということでは幾つか取り得る手段も在るのかもしれない。が?“激変”の中で、冷静に考えて収入が損なわれたということでもないということなら、それに該当する人達は「少し以前の“普通”への回帰」を「少し意識的」に試みてみるということ位しか出来ないのではないか?少しばかりの現金や、何やらのクーポンが配布されたとして、然程有効でもないような気がしないでもない…
3月中の様相に関して…何か「感染症そのもの」よりも「感染者が出入したらしい(=感染経路?)と名指しされること」をより一層警戒しているかのような、何か重苦しい空気感を感じ続けて来た。個人レベルに関しても「何処かの人達から伝染する?」、「自身が誰かに伝染させてしまう?」というような事を、方々から延々と繰り返し繰り返し言い立てられているかのような、「何も悪い事をしていないのに、あなたがそこに居ること自体が悪い!」とでも、「世の中全体から生きていることに異を唱えられている?」かのような「酷く嫌な気分」になっていた。
然程混み合うとも見受けられない場所を一律に閉鎖してしまうとか、施設の本旨を損なわないように何らかの工夫の余地も在りそうな場所を延々と閉めているという様子に、「感染症そのもの」よりも「感染者が出入したらしい(=感染経路?)と名指しされること」をより一層警戒しているという感が酷く強まっていた。或いは「感染症そのもの」の以前に「社会の心が病んでしまった?!」とでもいうような、妙な感じがしていた。そしてその感は余り変わっていない…
自身は「丈夫な位が長所?」という程度に自認している「人並な体力の成人男性」ということであるが、近年は「年代相応?」という程度に些か「健康を損なってしまっている…」という面も在る。<COVID-19>の感染症だが、重症化してしまう場合と、その限りでもない場合が在る。例えば「人並な体力の成人男性」ということが共通していても、体質や傷病歴や服用している医薬品やその他の“個人差”によって、症状は色々と異なるらしい。自身は「人並な体力の成人男性」だが、傷病歴のようなことを思うと、或いは「感染症に罹患した場合に重症化する可能性が低くない?」という分類になってしまうかもしれない。
自身について「傷病歴に鑑みて、感染症罹患の場合に重症化?」という危惧が心の奥に在るので、「何処かの人達から伝染する?」、「自身が誰かに伝染させてしまう?」というような事を、方々から延々と繰り返し繰り返し言い立てられているかのような状況を「殊更に嫌だ!!」と思っているのかもしれない。そう思っていると、「何も悪い事をしていないのに、あなたがそこに居ること自体が悪い!」とでも、「世の中全体から生きていることに異を唱えられている?」かのような「酷く嫌な気分」にもなる。
個人的にも「愉しくない気分」を半ば強いられるような状況だと感じ、何となく「世の中がパッとしない?」という空気感が周囲に満ちているように思う中…「人生の終焉」というようなことにでもなれば「無念!!」ということになってしまう。そういうことが無いように…少しでも「自身なりの“普通”」に過ごしたい感が少し強まる昨今である。
<しゃちブレンド>は1杯目が空いた。2杯目を淹れてみたところだ。未だ朝の時間はゆったりと流れている感だ…雪が消えていたところに、淡い雪が不意に降り積もったが、天候が好転しているようで、日中には降り積もった分が余り気にならない感じになりそうな様子だ…
この記事へのコメント