<勘定場の坂>:杵築(2018.11.26)

現在の大分県の版図は、江戸時代には色々な大名の領地や幕府の直轄地が複雑に入り組んでいたということで、方々に「辺りの領主だった○○家の居城が在って、城下町が形成された」という経過を有している場所が在る。

別府の少し北に在る杵築も、そういう「城下町が形成された」という経過を有している、大分県の方々に在るような場所の一つだ…

「城下町」というものは、或る意味では城そのものの防衛装置の一環かも知れない…城を囲むように武士達の屋敷や商工業活動が行われる場、或いはモノを運ぶための拠点等を集める訳だ。そういうことになれば、城を攻めようとする軍勢は「真っ直ぐに城へ突入」ということにはならないであろうから、城下町は防衛装置でもある…

防衛装置であるとは言え、無理矢理に城の周囲を拓いて町に出来るでもない…城下町の形成も「地形」の制約は免れ悪い…城の周辺の地形に合わせて、町の建設も工夫されることになる。

杵築は、その「地形の制約」の故に少し独特な町を形成している…城の近隣に2つの高台が在り、その高台に武家屋敷を集め、2つの高台の谷間に商工業活動の場となる町を興した…「サンドイッチ型」と呼ばれるようだが、類例が思い当たらないような感じだ…

↓杵築は城下町の趣を伝える様な旧い街並みを多々残している…武家屋敷が集まるエリアに通じる坂道の様子だ…
Kitsuki, Oita pref on 25-11-2018 (3)
↑「北海道等では視られない!?」ということで、左側の竹林にも少し注目したくなる…この画は、杵築で今般出くわした景色の中、最も気に入っていると言い得るモノである…

↓何か…着物に袴という服装で、刀を身に着けた武士が足早に下りて来ても…違和感が無いような…「江戸時代の城下町ってこういう感じ?」という様子である…
Kitsuki, Oita pref on 25-11-2018 (4)

こういう「旧い時代の記憶」を、「空間丸ごとに留めた」かのような場所との邂逅…一寸、勝手が違う地域を廻ってみる場面での大きな楽しみだ!

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