運行日誌 - 2017.09.22-23

ユジノサハリンスクからノグリキへ向かう列車は午後10時42分に発車するが、発車する30分前から乗客を迎え始める。

駅正面の、空港の保安検査のようなことをする場所以外からはホームに出入が出来ないような状況になっている…そこからホームへの出口へ向かう…

ホームでは…チョロチョロして列車の写真を撮るというようなことは出来ない感じである。直ぐに乗車する車輛を探さなければならない状況…「何号車ですか?!」と尋ねて来る係員が大勢居る…とりあえず乗車する車輛に至る…

各車輛に係員が貼り付いていて、手元の名簿と乗車券を照らし合わせ、パスポート等との書類とも照合する。

乗車券等を求める場合…パスポートの番号や氏名が券に記載される。これに誤記が在ると、乗車時に「乗車出来ない」ということになるのだという…そう聞いて、券を求める際には確かめることにしたが、駅の窓口の係員の側でも「お確かめ願います」と言う。実際、確かめるとどうしたものか氏名のアルファベットが一文字違った…直ぐに「ここが違いますが…」と訂正して頂いた…

こういうような調子なので、券の変更のようなことに関しては融通は利かないであろう。が、変更が容易な程の旅客列車の運行が見受けられるのでもない。

列車はディーゼル機関車が客車を牽引するというものである。上下2段で4人1室のような状態になった「クペー」と呼ばれる寝台…奇数番号が下段で、偶数番号が上段のようだ。指定されていた番号は35番だった。1車輛に36人分の場所が在る。乗った客車の車内は、概ね半分かそれ以上の乗客で埋まっていた。全般的にもそれなりに乗客が多かった…

車内では…券の下に薄い紙で券と同じような内容が入っているモノが付いていたが、乗務員はその薄い紙を回収した…そういうことが終わると…直ぐに眠った…

深夜に一旦眼を醒ましたが…結局6時前まで深く眠った感である…起きれば外は薄暗く、内陸の森の中で霧が掛かっていた…

ティモフスコエには確りと定刻に到着した…

直ぐにアレクサンドロフスク・サハリンスキーへ向かうバスへ接続…既にバスは待っている。そしてバスは満席状態で立席も…そして大きな荷物を持ち込んでいる人達が在って、バス車内の込み具合に拍車を掛ける…

アレクサンドロフスク・サハリンスキーの“アフトスタンツィヤ”と呼ばれるバスターミナルまでは、途中での下車も入って1時間20分程度だった…距離にして60㎞弱だ…

アレクサンドロフスク・サハリンスキー!終にやって来た!

到着後に最初にやったこと…明日のバス券を入手することだが…これはアッサリと巧く出来た…バスターミナルの窓口が普通に空いていたので、そこで頼んだというだけのことだが…

道すがらに教会を視て、その足で予約したホテルへ…この街では「ホテル」と言えば、私が滞在する一軒のようだ…ここは既に部屋も使用可能で、モノを置いて街へ出る…

チェーホフ関係の資料館、郷土資料館を続けて見学した…ここは一体的に資料館として整備するようにして来た様子だ…嘗ては少々様子が異なったとも聞くが…なかなかに興味深いモノが在った…

そして「凄く鄙びた…」場所を歩いて海岸の方へ…途中のАСМП(多分「アレクサンドロフスク・サハリンスキー・モルスコイ・ポルト」で「アレクサンドロフスク・サハリンスキー港」という意味なのだろう…)という文字が視える門が在った辺りで、数頭の番犬に追い掛けられ―繋がれていない…―て驚いた…

「酷い犬達だ…飼い犬はああいう具合だ…」と思いながらトロトロと歩けば、<三兄弟>の岩が視えた!!

その辺りの海岸を進み、嘗て流刑囚が掘ったというトンネルを抜けると灯台が在る辺りへ上ることも出来るということだったが…海岸は通ることが出来る場所が海水の下になっていて、進めない…打ち上げられた海藻でフカフカな海岸をかなり進んで近付いたのだが…「これは無理…かなり確りした長靴でも、足下が悪いので危ない…」と断念して引揚げた…

そしてホテルへ戻って一息…灯台に関しては、少し大きく廻って視える場所へ行く術が在るということで…ホテルでタクシーをお願いした…

やって来たタクシー…ドゥエの街の片道500ルーブルを往復するのに準じて1000ルーブルという話しになったのだが、その値は在った!!山道を廻りながら、途中の車輛通行は困難な脇道を徒歩で100m程も踏み入る…崖の上からあのアレクサンドロフスク・サハリンスキーの灯台というモノが視えるのだ!!これが見事だった…他方、崖の上は風が強く、足下も悪いのでややキツい…また、場所までは街から歩くにはやや遠い…

そうこうしている間に夕刻の時間が進み、陽が傾いて暗くなった…何やら精力的に動いた感…急に眠くなって来た…

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